『身分を隠して大学デビューした内親王ですが、普通の恋が難しすぎます!』 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

36 チャプター

第1話 内親王殿下は、青春ラブコメがお好き

第1話 内親王殿下は、青春ラブコメがお好き 午前零時四十三分。 瑞穂宮邸の東棟二階、結月内親王の私室では、本来ならばとうに消えているはずの明かりが、分厚い遮光カーテンの隙間からほんのわずかに漏れていた。 もっとも、その明かりは天井の照明ではない。ベッドの中に潜り込み、布団を頭までかぶった十九歳の少女が、手元の小さな読書灯をつけているのである。「……そこです。そこで引き止めなければ駄目です。どうして帰らせてしまうのですか。今ならまだ間に合います。走ってください、早く……!」 声を潜めているつもりなのだろうが、興奮すると少しずつ大きくなる。 結月は枕へ頬を押しつけながら、手にした漫画のページをめくった。 作中では大学生の男女が、雨の降る夜の駅前で別れようとしていた。 互いに好きなのは読者なら百ページ前から分かっている。それなのに本人たちは、相手に好かれているはずがないと勝手に決めつけ、言わなくてもいいことを言い、聞けば済むことを聞かず、見事なまでに話をこじらせていた。 結月はそういう場面が大好きだった。 いや、他人事だから好きなのである。「違います。『元気で』ではありません。そこは『行くな』でしょう。どうして男性というものは、こういう肝心なときに……あっ」 次のページをめくった瞬間、結月は口を押さえた。 青年が走り出した。 駅へ向かった彼女の腕をつかみ、振り向かせ、そのまま抱きしめる。 そして、ついに告白した。「……よかったぁ……」 皇族として公式行事に臨むときには、決して人前で見せることのない、心の底から安堵した顔だった。 結月はもう一度そのページへ戻り、告白の台詞を読み返した。それから少し迷い、枕元に置いてあった紺色のノートを手に取る。 表紙には、自分で書いた題名があった。『大学生活で絶対にやりたい青春イベント百選』 世界中の誰にも見せられない秘密のノートである。 結月は万年筆を取り、すでに書いてある項目へ小さく補足を書き加えた。『四十三、雨の日に好きな人と相合傘をする』『四十四、駅で帰ろうとしたところを引き止められる。ただし腕を強くつかむのは痛そうなので要相談』 そこで手を止める。「……要相談とは、誰と相談するのでしょう」 書いてから気づいた。 相談すべき恋人など、当然ながら今はいない。 そもそも結月には
last update最終更新日 : 2026-09-13
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第2話 普通の大学へ行きたい内親王と、絶対に許可したくない父

第2話 普通の大学へ行きたい内親王と、絶対に許可したくない父 結月が父の書斎で「一般の学生として大学へ通いたい」と直訴した翌朝、瑞穂宮邸では、本人の知らないところで少々面倒な会議が始まっていた。 少々、というのは結月から見た場合の話である。 警護担当者からすれば胃が痛くなる話であり、宮家の事務を預かる職員からすれば「殿下はなぜ今になってそんな難題を」と天を仰ぎたくなる話であり、父である雅久親王にとっては、娘の成長を喜ぶべきなのか頭を抱えるべきなのか判断のつかない話だった。「もう一度確認します」 会議室の長机の向こうで、警護責任者の榊原が眼鏡を外した。 五十歳を少し過ぎた、見るからに生真面目な男である。日頃は表情を崩すことが少ないが、今朝に限っては額に深い皺が寄っていた。「結月内親王殿下は、春から一般学生と同様の形で大学へ通学されることをご希望なのですね」「ああ」 雅久は短く答えた。「通学だけでしょうか」「本人はそういう意味で言っていないだろうな」「と、おっしゃいますと」「友人を作りたいそうだ」 榊原が黙った。「食事にも行きたいらしい」 榊原はまだ黙っている。「大学祭にも参加したいと言っていた」「……なるほど」「アルバイトにも興味があるようだ」 そこで榊原は眼鏡をかけ直した。 動作は静かだったが、「なるほど」では済まないという気配だけは会議室いっぱいに広がった。「殿下」「言いたいことは分かっている」「まだ申し上げておりません」「顔に書いてある」「これは生まれつきの顔です」「昔からおまえはそういう言い方をするな」「殿下こそ、昔から無茶なご相談をなさいます」 長年の付き合いがなければ成立しない会話だった。 雅久は椅子にもたれ、腕を組んだ。「私が言い出したわけではない」「御息女から頼まれたからといって、そのまま我々へ投げるのはいかがなものかと」「まだ投げていない。検討しろと言っているだけだ」「検討した結果、危険です」「早いな」「三秒で分かります」 榊原が即答した。「講義へ出席するだけなら、まだ方法を考えられます。大学側と連携し、警備区域や移動経路を固定し、必要に応じて警護員を配置する。しかし殿下がおっしゃった希望は、それとはまったく別です」「分かっている」「友人と自由に出かけたい。予定外の行動
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第3話 内親王殿下、普通の大学生になる訓練を始める

第3話 内親王殿下、普通の大学生になる訓練を始める 結月内親王が「普通の大学生になるための訓練」という言葉を最初に聞いたとき、正直なところ、それほど難しいことだとは思っていなかった。 大学へ通う。 自分で電車に乗る。 自分で買い物をする。 飲食店を利用する。 友達と出かける。 文字にして並べてみれば、ごく簡単なことばかりに見える。 少なくとも、十三歳から外国語の公式挨拶を暗記し、十五歳で海外王族を交えた晩餐会に出席し、十七歳には百人以上の招待客を前に原稿を見ずにスピーチをした人間にとって、恐れるほどのことではないはずだった。 そう考えていた。 午前十時十二分。 都内某所のコンビニエンスストアにて。「……困りました」 結月はセルフレジの前で、人生でもかなり上位に入る種類の敗北感を味わっていた。 画面には、明るい文字で、『商品をスキャンしてください』 と表示されている。 その意味は分かる。 問題は、どこへ、どのようにスキャンするのかだった。 手元には鮭のおにぎりが一つ。 棚から自分で選んだ。 ここまではいい。 むしろ大成功だった。 ただ、そこから先へ進めない。 結月は商品を片手に持ち、画面と機械を交互に眺めていた。 少し離れた棚の向こうでは、私服姿の警護担当者が雑誌を読んでいるふりをしている。 もちろん本当に読んでいるわけではない。 彼の視線が何度もこちらへ向いているのを、結月は知っていた。 さらに、店の外には別の警護員がいる。 今日の訓練には、かなりの人数が動員されていた。 コンビニでおにぎりを一つ買うために。 その事実を思い出すと、余計に負けられない気持ちになる。「……これでしょうか」 小声で呟きながら、おにぎりを画面へ近づけてみる。 何も起こらない。 次に、カードを置く場所らしき部分へ乗せてみた。 やはり何も起こらない。 結月は少し考えた。「ひょっとして、声で認識するのでしょうか」 試してみる。「鮭のおにぎりを一つ、お願いいたします」 当然ながら、機械は無反応だった。 後ろから小さな咳払いが聞こえた。 振り返ると、大学生くらいの男性が一人、買い物かごを持って待っている。 結月は慌てた。「申し訳ありません。少々お時間をいただいております」「いや、いいですけど」 男性は微妙
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第4話 水瀬結衣を作ろう

第4話 水瀬結衣を作ろう 結月内親王を「普通の十九歳の女子大生」に見せる。 言葉にすると簡単だった。 しかし実際にやってみると、これが想像以上に難しい。「……もう少し肩の力を抜いていただけますか」「抜いております」「まだ抜けておりません」「では、これ以上どうすればよいのでしょう」「そこを今から考えます」 瑞穂宮邸の一室。 姿見の前に立った結月は、三人の女性職員と黒川沙耶に囲まれていた。 現在の服装は、白いブラウスに紺色のカーディガン、淡いベージュのロングスカート、白いスニーカー。 服そのものは、ごく普通である。 値段も特別高くない。 ブランドのロゴが目立つわけでもない。 鞄も、街中で大学生が持っていそうな帆布のトートバッグへ変更した。 にもかかわらず。 どう見ても普通ではなかった。「なんでしょうね」 女性職員の一人が腕を組んだ。「服は普通なんです」「はい」「髪型も、そこまで特別ではありません」「はい」「でも、どうしてでしょう」 結月は不安になる。「似合っていないのでしょうか」「いえ、むしろ似合いすぎています」「それは問題なのですか」「今は少し」 意味が分からない。 結月は鏡を見る。 自分としてはかなり地味な格好に見える。 公務で身につける服に比べれば装飾も少ないし、色合いも落ち着いている。「黒川さん」「はい」「私、普通に見えませんか」 沙耶は少し考えた。「普通の服を着た、かなり育ちの良い方に見えます」「それでは駄目なのですか」「大学に育ちの良い学生がいてはいけないわけではありません。ただ、結衣さんの場合は目立ちます」「服装が地味なのに?」「服装の問題ではないと思います」 結月は首を傾げた。 すると職員の一人が、少し申し訳なさそうに言った。「立ち方ですね」「立ち方?」「はい。それと、手の置き方」 結月は自分の手を見る。 自然に腹部の前で重ねていた。「こちらは何かおかしいでしょうか」「おかしくはないんです。ただ、大学生が友達を待っているときの立ち方ではありません」「では、どのように待つのですか」 三人の職員が少し困った顔をした。 説明しろと言われると難しい。「もっと、こう……」 一人が壁にもたれた。「こういう感じでしょうか」「壁へ体重を預けるのですか」
last update最終更新日 : 2026-09-13
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第5話 内親王殿下、ひとりで電車に乗る

第5話 内親王殿下、ひとりで電車に乗る 結月内親王にとって、「一人で出かける」という言葉ほど、意味の曖昧なものはなかった。 もちろん、一人で歩いた経験ならある。 宮邸の庭を散歩することもあるし、廊下を移動するときに誰も横を歩いていないことだってある。 けれど、それは本当の意味で一人ではない。 少し離れたところには必ず誰かがいる。 外へ出れば警護担当者がいるし、訪問先では職員が待っている。車に乗れば運転手がいて、目的地へ着けば迎える人がいる。 予定表には、その日の行動が分単位で記されている。 だから結月は十九年間、「一人で出かける」ということが、具体的にはどんな感覚なのか知らなかった。 そして今日。「では、ここからお願いします」 黒川沙耶が言った。 午前九時二十七分。 都内の駅から少し離れた歩道。 結月はベージュのコートに白いスニーカー、大学生活用に用意されたトートバッグを肩へ掛けて立っていた。 髪はいつもと分け目を変え、黒縁の眼鏡をかけている。 鏡で見ても、完全な別人とは思えない。 ただ、公務中の結月内親王とはかなり印象が違っていた。「ここから、というのは」「駅へ入り、指定した大学最寄り駅まで移動してください。その途中で一度乗り換えます。到着後は駅前の書店へ入り、指定された本を一冊購入。そのあとカフェで十五分過ごし、こちらからの連絡を待ってください」「黒川さんは?」「見える範囲にはいません」 結月が目を瞬いた。「本当に?」「完全に一人にはできません。複数名で周囲から警護します。ただし、結衣さんからはなるべく見えない位置を取ります」「つまり」「一人で行動しているつもりで動いてください」 結月は思わず周囲を見渡した。 駅へ向かう会社員。 自転車で通り過ぎる人。 買い物袋を下げた年配の女性。 どこに警護担当者がいるのか分からない。「もう配置されているのですか」「はい」「どなたです?」「教えません」「一人くらい」「教えません」「けちですね」「訓練ですので」 相変わらず融通が利かない。 だが、結月は少し嬉しかった。「では、本当に一人で行ってきます」「気をつけてください」「はい」「何かあったときは、大学生活用の端末から指定番号へ連絡を」「分かりました」「それから」「まだありますか」
last update最終更新日 : 2026-09-13
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第6話 今日から私は、水瀬結衣です

第6話 今日から私は、水瀬結衣です 入学式の朝、結月は午前五時四十二分に目を覚ました。 目覚ましが鳴る十八分前だった。 普段なら、予定の早い公務がある日でも、目覚ましよりこれほど早く起きることはない。昨夜なかなか寝つけなかったせいで、むしろ寝不足のはずなのに、目を開いた瞬間から頭だけは妙に冴えていた。 今日は大学へ行く。 見学でもなければ、訓練でもない。 水瀬結衣として、本当に大学生になる日だった。「……とうとうですね」 ベッドの中で呟いた途端、頬が緩んだ。 天井を見つめながら、もう一度心の中で繰り返す。 大学生。 今日から自分も大学生。 漫画やライトノベルの中で何百回と目にしてきた言葉なのに、自分へ当てはめると、それだけで胸の奥が落ち着かなくなる。 結月は掛け布団を跳ね上げた。 その勢いのままベッドを降り、洗面台へ向かう。 途中で、ふと立ち止まった。「落ち着きましょう」 誰も見ていないのに、自分へ言い聞かせる。 十九歳にもなって、大学へ行くだけで早朝から走り出しそうになっている場合ではない。 今日は特に目立ってはいけないのだ。 普通に。 とにかく普通に。 それが今日の最大の目標である。 ところが朝食の席へ着いた時点で、すでに家族からは普通ではないと判断されたらしい。「姉上、朝から顔がうるさい」 向かいに座っていた弟の直希が、トーストをかじりながら言った。 結月は眉を寄せる。「顔がうるさいとは、どういう意味ですか」「何も言ってないのに『楽しみです』って顔に書いてあ
last update最終更新日 : 2026-09-14
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第7話 運命の出会いは、コーヒーまみれでした

第7話 運命の出会いは、コーヒーまみれでした「……前、見て歩けよ!」 第一声としては、かなりひどかった。 少なくとも結月がこれまで読んできた青春ラブコメ作品の中に、ヒロインの服へコーヒーをぶちまけた直後、「前を見ろ」と怒る男性主人公はほとんどいなかった。 普通ならまず謝る。 大丈夫かと心配する。 あるいは、慌ててハンカチを差し出す。 そこから何となく気まずそうに自己紹介をし、後日偶然教室で再会する。 それが王道というものではないのだろうか。 ところが、目の前の青年には王道へ寄せようとする気配がまるでなかった。 結月は胸元からスカートにかけて広がったコーヒーの染みを見つめ、それから青年へ視線を戻した。「……それは、こちらの台詞ではありませんか?」「は?」 青年の眉間に皺が寄った。 そこで結月も気づいた。 自分も謝っていない。 曲がり角でキャンパスマップへ目を落としていたのだから、結月にも非はある。 しかし同時に、相手だってかなりの勢いで角から出てきた。 しかも、ふたの緩い紙カップを片手に持ちながら。「私も前をよく見ていなかったことは認めます。ですが、あなたもかなり急いでおられたでしょう」「だからって、地図見ながら角曲がるか普通」「あなたも同じように、進行方向を十分確認していなかったではありませんか」「俺は見てたよ」「では、どうしてぶつかったのです?」「そっちが急に出てきたからだろ」「こちらから見れば、あなたが急に出てきたのです」「いや、だから——」
last update最終更新日 : 2026-09-15
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第8話 昨日ぶつかった男が、なぜ今日もいるのですか

第8話 昨日ぶつかった男が、なぜ今日もいるのですか 大学生活二日目の朝、結月は前日の失敗をかなり真剣に反省していた。 曲がり角を曲がるときは、必ず前を見る。 歩きながらキャンパスマップを確認しない。 コーヒーを持った人物が近くにいる場合は、普段以上に周囲へ注意する。 そして、よく知らない男性と口論しない。 最後の項目については、自分だけの責任ではない気もしたが、黒川沙耶から「殿下は相手が失礼だと、思ったより言い返されるのですね」と妙な感心をされてしまったので、一応は反省することにした。「今日は何事もなく終わらせます」 宮邸を出る前、結月は鏡の中の自分へ向かって宣言した。 大学生活用の服にも少し慣れてきた。 淡い色のブラウスにカーディガン、長めのスカート。昨日のような不慮の事故が起きても困らないよう、今日は白ではなく薄い灰色を選んだ。 別にコーヒー対策ではない。 少なくとも本人はそう思いたかった。 黒縁眼鏡をかけ、髪を整える。 これで水瀬結衣。 十九歳。 文学部一年生。 昨日、入学初日に同級生の佐倉美月と知り合い、上級生の高瀬湊にコーヒーをかけられた女子大学生。 最後の情報はいらない。「……忘れましょう」 結月は昨日のことを頭から追い出した。 高瀬湊。 大学には何千人もの学生がいる。 同じキャンパスに通っていたとしても、毎日会うわけではない。 まして学部も違う。 昨日はたまたまぶつかっただけ。 次に会うとしても、一週間後か、一か月後か、あるいはそれ以上先になるだろう。 だから、あの人物につ
last update最終更新日 : 2026-09-16
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第9話 別に気になってなどいません。たぶん

第9話 別に気になってなどいません。たぶん 大学生活三日目の朝、結月は生まれて初めて、「昨日知り合った友人と駅で待ち合わせをする」という経験をした。 正確には、大学の最寄り駅の改札前で佐倉美月と合流し、そのまま一緒に一限の講義へ向かうだけである。世間一般から見れば、わざわざ日記に書くほどの出来事ではないのだろう。 しかし結月にとっては違った。 公務で誰かと合流する場合、時間も場所も事前に決められている。相手が到着すれば職員から知らされるし、結月自身が駅の改札前で時計を気にしながら待つようなことはなかった。 今日は違う。 黒川沙耶をはじめとする警護担当者は、どこかから見守っているだけである。 午前八時十二分。 美月との約束は八時十五分。 結月は改札近くの柱のそばに立ち、人の流れを眺めていた。「三分前……」 腕時計を見る。 待ち合わせとは、こういうものなのか。 相手がどこから来るか気になり、何度も改札へ目を向ける。 一分後。 また見る。 まだ来ない。「遅れているわけではありませんね」 約束の二分前である。 分かっている。 それでも、なぜかそわそわする。 すると大学生活用のスマートフォンが震えた。『ごめん! 電車着いた! 今改札向かってる!』 美月からだった。 結月は反射的に、『大丈夫です。お気をつけていらしてください。』 と打ちかけた。 指が止まる。 硬い。 自分でも分かるようになってきた。 全文を消して、
last update最終更新日 : 2026-09-17
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第10話 友達って、いつから友達なのでしょう

第10話 友達って、いつから友達なのでしょう 恋愛感情というものは、もう少し分かりやすく始まるのだと、結月は長いこと信じていた。 漫画なら、一枚絵で分かる。目が合った瞬間に背景へ花が咲くとか、胸が大きく鳴るとか、相手の顔だけ妙に輝いて見えるとか、とにかく「ここから恋が始まりました」と読者へ親切に教えてくれる。 小説ならもっと分かりやすい。 主人公が自分の心情を語ってくれるからだ。 なぜ胸が苦しいのか。 なぜ相手の名前を見るだけで嬉しいのか。 どうして別の異性と話している姿が気になるのか。 ところが現実には地の文がない。 少なくとも、自分の頭の中へ都合よく解説を入れてくれる第三者はいなかった。 だから結月は、今朝から何度も自分自身へ問いかけていた。 高瀬湊が知らない女子学生と話していたとして、それが何だというのだろう。 その答えは当然、「何でもありません」 であるべきだった。 しかし。「結衣ちゃん、さっきからそれ三回目」 隣を歩いていた美月が言った。 結月は足を止めかける。「何がですか」「『何でもありません』って独り言」「……声に出ていました?」「かなり普通に」 困った。 結月は最近、自分が思った以上に独り言の多い人間だったと知りつつある。 宮邸では一人で過ごす時間が多かったからだろうか。漫画を読みながら感想を口にする癖もある。 大学でそれをすると、周囲からかなり不思議な人だと思われる。 いや。 もう少し手遅れかもしれない。「で、何が何でもな
last update最終更新日 : 2026-09-18
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