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Todos los capítulos de たった10回の約束: Capítulo 1 - Capítulo 10

11 Capítulos

第1話

機密任務への参加申請を提出し終えたところで、朔も家に帰ってきた。今回は前よりも慎重だったのか、体に残っている香水の匂いはかなり薄い。ただ、男というのは本当にこういうところが抜けている。シャツの襟元に、鮮やかな赤い口紅の跡が半分残っていることを、すっかり忘れている。朔は優しげな笑みを浮かべ、スマホを手に、向こうにいる相手へボイスメッセージを送っている。【今帰ったよ。いい子にして、ちゃんと言うこと聞いてよ】ところが、振り返って私の姿を見た瞬間、朔の表情は冷たくなり、声からもさっきまでの温度が消える。「まだ寝てなかったのか?」私は答えず、テレビの音量を最大まで上げる。高画質の画面には、十数人の記者に取り囲まれた私が映っている。真っ黒なマイクが、まるで私を飲み込もうとしているようだった。「奥さん、昨日のニュースをご覧になりましたか?風間社長が、今売り出し中の女優・野原結奈さんと不倫しているという噂は本当ですか?」「昨夜撮影された写真についてもお聞きします。風間社長と野原さんが駐車場でキスしている写真が出ていますが、何かコメントをいただけますか?」……昨日、朔と結奈がホテルへ一緒に出入りする動画が、ネットで大きな話題になった。動画の中で、結奈は清楚な服装をして、一方の手には花束を持ち、もう一方の手は朔と指を絡めてしっかりつないでいた。その姿は、誰が見ても仲睦まじい恋人同士だった。けれど朔は、手をつなぐのが嫌いだったはずだ。昔、私は人前で何度も彼に手を振りほどかれ、そのたびに眉をひそめながら言われた。「風間家の奥さんなら、もう少し慎ましくしてくれ。人前で、みっともない真似をするな」朔は花も嫌っていた。あんなものは一番安っぽい贈り物だ、と。結婚して7年、私は花びら一枚すらもらったことがない。それなのに結奈は、朔の腕にぶら下がるように甘え、薔薇の花が朔の顔に当たっても、彼は怒るどころか気にも留めない。結婚指輪だってそうだった。私は5年間、何度頼んでも朔に指輪をつけてもらえなかった。なのに動画の中では、大きな手と小さな手がしっかりと指を絡め合い、二人の薬指には、お揃いのペアリングがきらきらと輝いていた。まるで、私の結婚生活を嘲笑うかのように。私はようやく分かる。朔は、手をつなぐのが嫌いだっ
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第2話

私は一晩中泣き続け、そしてようやく、いろんなことが分かった。翌日、私はかつての恩師を訪ね、まだ発表していなかった研究成果と引き換えに、政府の機密機関へ入るための採用枠を手に入れる。あとはその時が来るのを待つだけ。そうすれば私は、朔と二度と会うことはない。ニュースがここまで流れたところで、朔の顔色もみるみる悪くなる。険しい眉を寄せ、私に「10回の約束」のことを思い出させようとしたそのとき、テレビからこんな言葉が聞こえてくる。「皆さん、ご心配いただいてありがとうございます。でも、旦那と野原さんは、ただの友人です」画面の中の私はマイクを握り、目には強い光を宿していた。そこには、少しの無理をしている様子もない。「どうか皆さん、これ以上、野原さんへの根も葉もない噂や誹謗中傷はおやめください。もし続くようであれば、我が風間グループが最後まで責任を追及します」朔は呆然とする。信じられない、とでもいうように。実は3週間前にも、同じようなことがあった。朔が結奈を連れて海辺へ行き、二人で熱烈なキスをしているところを記者に撮られたのだ。あのときの私は、慌てふためいていた。写真を見た瞬間、目を真っ赤にして、泣きながら朔のもとへ駆けつけ、本人に確かめた。けれど朔が私に返したのは、たった一言だった。「俺にはまだ4回残ってるだろ」私は朔とは幼馴染で、10年間ずっと彼の後を追い続けてきた。その10年間、私は海外留学の機会を捨て、自分が心から愛していた専門分野まで捨てた。ただ、いつか朔が振り返って、私を見てくれる日を待つために。私は、待ち続けた。そして、ようやくその日が来た。願いどおり、私は朔と結婚した。けれど人生は、ただ待っていれば必ず報われるものじゃない。結婚して7年目。朔の初恋の結奈が、帰ってきた。彼女が帰国したその日、朔は泥酔し、何度も「結奈……」と彼女の名前を呼び続けた。私は、もう彼を愛し続けることができなくなった。だから朔を引き止め、二人の間で一つの約束を決めた。――私と結奈のどちらかを選ぶ場面で、朔が10回彼女を選んだら、そのとき私は彼と離婚する。1回目。私の誕生日に、朔は結奈と買い物へ出かけた。2回目。結婚記念日に、朔は結奈と恋人同士の記念写真を撮った。3回目、4回目、5回目…
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第3話

私は何でも細かい。だから、朔が私を愛していないと分かっていても……それでも頑なに、彼の後を追い続けた10年と引き換えに、あの馬鹿げた「10回の約束」を手に入れようとしていた。でも、もう終わる。私も、もう馬鹿な真似はしない。涙を拭い、私はそのままソファに横になってスマホをいじり続ける。ただ、画面が古いせいなのか、見ているうちに視界が何度もぼやけてしまう。少し考えてから、私は体を起こし、もう一度恩師に電話をかける。「先生、審査、もう少し早めてもらえませんか?私、もう待つのはちょっと……」恩師は眉をひそめる。私がそんなことを言い出したのが、意外だったらしい。「どうして急ぐんだ?朔さんと、ちゃんと別れを告げるつもりはないのか?君はあの子を追いかけるために、国からの誘いを何度も断ったんだ。それどころか、自分の研究成果まで風間グループに無償で提供した。今になって何も言わずに去って、本当に後悔しないのか?」私は目を伏せた。視線の先には、7年間、一人で愛し続けてきた結婚指輪がある。けれど、迷いは一切ない。「後悔しません」恩師は黙り込む。そして、ようやくそれ以上は何も言わなくなる。しばらくしてから、はっきりと答えてくれる。「審査は今夜中に通す。明後日の朝、迎えに行く」その言葉が終わった瞬間、背後から、少し掠れた朔の声が聞こえる。「誰が迎えに来るって?」振り返ると、朔が紙袋を提げて立っている。その目には、困惑の色が浮かぶ。私は電話を切り、何事もなかったように振り返る。「何でもないよ。先生と、機密任務のことを少し話してただけ」朔の顔色が変わる。ほとんど反射的に、私の目の前まで駆け寄ってくる。「機密任務って何だ?これからもずっと俺のそばにいるって言っただろ?俺は、お前が行くなんて許さない」私は二歩ほど後ずさり、適当に答える。「ちょっと興味があって聞いてみただけ。別に、大したことじゃないよ」それを聞いて、ようやく朔は落ち着きを取り戻す。そして、手にしていた紙袋を私へ差し出す。少しだけ得意げな顔をしている。「この前のブレスレットは数に入らない。別のものをもう一つ買ってきた」その袋を開けた瞬間、私は息を止める。私が一番好きだったケーキ屋のものだ。子供の頃、母に会いたくて寂しくなるたび、
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第4話

「朔。これって、あなたが結奈を選ぶ、9回目ってこと?」私は朔を見つめる。赤い発疹は、もう顔にまで広がっている。ここで朔が振り返れば、私が本当にアレルギーを起こしているだけで、嘘をついているわけではないと分かるはずだ。けれど朔は、その場に立ち尽くしただけだ。垂れ下がった手を、ぎゅっと拳に握りしめる。そしてとうとう、何かを決意したように、静かに口を開く。「じゃあ、これが最後だ」車のエンジン音が響き、屋敷には再び静寂が戻る。私はとうとう耐えきれず、その場で意識を失う。次に目を覚ましたとき、私は病院にいる。朔は今にも泣き出しそうなほど取り乱している。「どうしてアレルギーのこと、ちゃんと言わなかったんだ?家政婦が気づいてくれなかったら……本当に死んでたんだぞ……」「言ったよ」私は彼の言葉を遮る。自分でも驚くほど、心は穏やかだ。「アレルギーだって言った。死ぬって、ちゃんと言ったよ」朔は言葉を失う。まるで今になって初めて、その意味を理解したように、目を逸らす。「俺……お前がただ……」そこまで言って、続きが出てこない。朔は自暴自棄になったように、私の手を握る。まるで、その手を自分の体の中に埋め込んでしまいたいとでもいうように。「もう二度としない。梨々香、俺、本当にもう二度としないから」私は「うん」とだけ答える。けれど、もう何とも思わない。10回の約束は、とっくに終わっている。今起きていることなんて、私が彼のもとを去っていく途中の、小さな出来事にすぎない。そんなことを知らない朔は、ただ頑なに私のベッドのそばに居続ける。私に自分を見ていろと言わんばかりに、決して目を離させようとしない。胸の中にある不安を埋めるように、これでもかというほど私を気遣おうとする。結奈から電話がかかってくる、その瞬間までは。今回は、朔も少しは学習したらしい。彼は申し訳なさそうに私を一度見てから、そっとトイレに入っていく。けれど、私はそれでも聞いてしまう。結奈が私にも電話をかけてきているからだ。「あなた、朔と約束したんでしょ?朔が私を10回選んだら、大人しく身を引くって。よく聞いて。これで13回目。今夜は12時まで、朔には私と一緒にいてもらうから。これ以上恥をさらして、しつこく付きまとうのはやめ
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第5話

「朔、もし12時になっても帰ってこなかったら、あなたが10回目のチャンスを使ったってことにしてもいい?」朔の足が止まる。私が何かに気づいたと思ったのか、顔が一瞬で真っ青になる。けれど幸い、私はそれ以上何も言わず、平然と横になって眠ったふりをする。朔は唇をきゅっと結び、振り返ると、私を引き寄せて何度も確かめる。「梨々香、俺と離婚しないよな?俺と離れるなんて、できないよな?」私は一瞬固まる。それから、ぼんやりと頷く。「うん」どうせ朔には何度も騙されてきたんだ。私だって、一度くらい彼を騙してもいい。朔はほっとしたように、私の頭を撫でると、大股で部屋を出ていく。12時まで、あと3時間。私は高いお金を払って配達代行を頼み、ケーキを一つ買ってきてもらう。朔の秘書の小野が、SNSに投稿している。まだ残業中で、会社にはもう自分一人しか残っていないと、愚痴をこぼしている。朔から、私にもメッセージが届く。【今、会社に着いた。すぐ帰るから】12時まで、あと2時間。アルバムを整理していると、私と朔の結婚式の写真が一枚出てきた。写真の中で、ハンサムな男は、いつになく真面目な顔をしている。けれど、よく見ると耳の先まで真っ赤になっていた。ふと心が動いて、私はSNSに投稿する。【気づけば、私たちも7年になった】朔から、すぐに返信が来る。【7年以上だろ】それと同時に、夜景の写真も一枚送られてくる。【今夜は月がきれいだ。早く帰って梨々香に会いたいなあ】私は返信しない。なぜなら、写真に写っている高層ビルの背景が、会社の近くではないと知っているから。そこは市内中心部、この街で一番ロマンチックだと言われるラブホテルが集まる場所だ。結奈も我慢できなくなったのか、私に何枚か写真を送ってくる。【ねえ、今夜はどんなことをすると思う?】写真の中では、白い鎖骨にくっきりと残ったキスマークが、やけに目につく。12時まで、あと1時間。私は病院のベッドに横になりながら、かつて朔のために書いたラブレターを繰り返し再生し、配達してもらったケーキを一口、また一口と頬張っている。なのに、どういうわけか。食べれば食べるほど、ケーキがしょっぱくなっていく。もう、これから先は好きになることなんてないだろう
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第6話

私はスマホの振動を無視し、そのまま電源を切る。これで、私と朔は、それぞれ別の道を歩いていく。ラブホテルの豪華なスイートルーム。朔はまだバスローブ姿だ。さっき結奈が赤ワインのボトルを倒し、ワインが朔の服にかかってしまった。朔が潔癖症なのを知っている結奈は、自分から部屋を一つ取って、先に着替えてもらえばいいと言う。身なりを整えてから、また私のところへ戻ればいい、と。朔は最初、少し迷っていた。なぜかは分からない。私はいたって平静で、何かがおかしいことにも気づいていないように見える。それなのに、朔の胸にはどうしようもない不安が込み上げてくる。まるで――私が、自分のもとを去ってしまうような。だから、結奈に「少し遅くなってから戻ればいい」と言われたとき、朔はその提案に心を動かされる。少し時間を取って、自分の気持ちをちゃんと整理したい。そう思った。けれど、シャワーを浴び終えて部屋に戻った時、スマホが震える。朔は一瞬、動きを止める。そしてすぐに、さっき私のもとへ届けさせたジュエリーのことを思い出す。20カラットのネックレス。結奈に贈ったものよりも、大きくて、美しい。梨々香なら、きっと気に入ってくれる。もしかしたら今頃、甘えながらお礼を言ってくるのかもしれない。何しろこれまで、たとえ高価なジュエリーじゃなくても、仕事の付き合いを終えた朔が何気なく持ち帰った食事の残り物でさえ、私はいつも大喜びして、感動していた。そう思うと、朔の口元には、思わず得意げな笑みが浮かぶ。けれど、朔がスマホを開くと、画面に次の二行のメッセージが表示されている。【ケーキは、もう買ってこなくていいよ。10回のチャンスは全部使い切った】【私たち、離婚しよう】頭の中で、何かが轟音を立てて弾け飛ぶ。朔は信じられないものを見るように画面を凝視し、顔色が一瞬で真っ青になる。その気配に気づき、結奈がベッドから顔を覗かせる。「朔?」彼女は真っ赤なレースのキャミソールを身につけている。真っ白な肌と大きなベッドが相まって、ここまで準備してきたことが一目で分かる。結奈はベッドから降りると、白い腕を蛇のように朔の腕へ絡ませ、甘い吐息を漏らす。「朔、何見てるの?早くこっちに来て、私と一緒にいてよ」朔は動かない。ただひたすらスマホの
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第7話

「朔?朔!」結奈は悲鳴を上げながら立ち上がり、朔を止めようとする。けれど朔は、どんどん歩く速度を上げていく。何か恐ろしいものから一刻も早く逃げ出したいかのように。「朔!戻ってきて!どうして私を置いていくのよ!」結奈は完全に取り乱し、信じられないという顔で廊下まで朔を追いかける。けれど、ここでの騒ぎはすでに周囲の宿泊客を引き寄せていた。特に、もともと二人を張っていた芸能記者たちはすぐに反応する。「これ、野原結奈じゃない?なんであんな格好してるの?誰を呼んでるの?」「まさか、風間社長?二人、本当にそういう関係なのか?」「早く、撮れ!今売り出し中の女優がホテルであんな格好のまま大騒ぎしてるんだぞ。こんな美味しいネタ、絶対に逃すな!」「何が清純派だよ。あんな格好して……愛人は愛人だな。最低だ」……カメラのフラッシュが次々と光り、ひそひそとした嘲笑と嫌悪の声が飛び交う。その瞬間、結奈はようやく我に返る。反射的に自分の姿を見下ろし、そこで初めて、自分が着ているのがほとんど下着同然のキャミソールだと気づく。結奈は慌てて体を隠しながら、逃げるようにスイートルームへ戻る。一方その頃。朔は、私が本当に自分を無視しているなんて、まだ信じようとしない。何度も諦めずに、私へ電話をかけ続ける。72回目の冷たい「電源が入っていない」というアナウンスを聞いたとき、ようやく朔は焦り始める。「そんなはずない……梨々香はあんなに俺を愛してる。俺から本当に離れていくなんて、そんなことするはずがない」自分に言い聞かせるように、何度も呟く。そして、73回目の電話をかける。「おかけになった電話は、電源が入っていないため……」「ガンッ!」朔はスマホを、思いきりハンドルへ叩きつける。黒いマイバッハはこの街を猛スピードで走り抜ける。けれど、朔は気づいていない。交差点の複数の車線が交わる場所、一台の茶色い大型バスが、朔の車とすれ違っていく。私は窓際の席に座り、俯いたまま離婚協議書を打ち込んでいる。分かっている。朔の妻である私には、朔に離婚協議書へ署名させるだけの力はない。でも、政府の機密任務に関わる人間としてなら。私は、彼といくらでも時間をかけて向き合える。最後の一行を打ち終えると、私は離婚協議書を恩
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第8話

朔の足が、床に落ちていた指輪を踏んだ。「これは?」彼はゆっくりとしゃがみ込み、床から指輪を拾い上げる。内側に刻まれた見慣れた「LS」の文字を見て、またその場で固まる。それは、私と彼の結婚指輪……朔は覚えている。あれは結婚式の一週間前だった。友人に言われて初めて、まだ結婚指輪を買っていないことを思い出した。指輪を選ぶのが面倒だった朔は、適当に街のジュエリーショップへ入り、たった3分でこの指輪を決めた。指輪を受け取ったとき、朔は梨々香が泣いたことを覚えている。何を言われても、いつも太陽のように明るく笑っていた女の子が、自分から贈られた指輪を見た途端、ようやく帰る場所を見つけた子犬のように泣きじゃくった。朔は覚えている。梨々香はソファの上で体を丸め、涙で白いワンピースを濡らしていた。少し不格好で、少し可笑しくて。その時、私は朔にこう言った。「ありがとう、朔。これ、一度私にくれたなら、絶対に返してなんて言わないでね。 この指輪……命より大切にするから。お母さんが亡くなってから、また私に家をくれて……ありがとう、朔」では、あのとき朔は何と言ったのだろう?ただ、可笑しいと思った。たかが指輪一つで、どうしてこんなに泣けるんだろう、と。でも同時に、胸の奥がじんわりと温かくなった。まるで甘い蜜の中に浸かっているようだった。あのとき、朔は初めて思った。――うん。こんなふうに、そばにいてくれる人がいるのも悪くない。けれど今、その指輪を梨々香はもういらないと言った。まるで、自分のことまで……もういらないと言われたように。朔の体がふらりと揺れ、そのまま力なく床に座り込む。息ができない。胸が締めつけられる。そこで初めて、朔は気づいた。梨々香がいなくなっただけで、自分は一日すら耐えられないのだと。そのとき、スマホが一度震える。画面に新しいメッセージの通知が浮かぶ。送信者:梨々香。朔は一瞬呆然とし、次の瞬間には慌ててスマホへ飛びつき、急いで画面を開く。「やっぱり、梨々香はあれだけ俺のことが好きだったんだ。今回だって、ただ俺に腹を立ててるだけだ。本気で俺のもとを……」朔の言葉は最後まで続かなかった。トーク画面を開いた瞬間、そこに表示された文字を見たからだ。【離婚の手続きは、もう
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第9話

特に、私がある研究成果を完成させたとき……渡辺先生は大喜びし、その場で私に自分たちの研究室へ来ないかと誘ってくれた。一緒に空気力学の研究を、さらに深く追究しようと言ってくれたのだ。けれど、まさか私は朔と一緒になることになるなんて。私は彼のために、先生の誘いを断った。それどころか、自分が何よりも愛していた研究の道まで捨ててしまった。ただ、朔にこう言われたから。「俺は、自立しすぎた妻なんて好きじゃない。俺に頼って、俺の言うことを聞いてくれれば、それでいい」あの頃の私はまだ若くて、頭もどうかしていた。まるで馬鹿みたいだった。今でも覚えている。渡辺先生が私のもとを去る前、言葉を選ぶように、私をまっすぐ見つめていた。その目には、後悔と失望、そして、才能があるのにそれを無駄にしてしまう私へのもどかしさが滲んでいた。「小倉さん。自分がこれほどの才能を持っていることが、どれほど貴重なことなのか分かってる?家庭だけに縛られる必要なんてない。あなたには、本当はもっと広い世界が待っているのよ」20歳そこそこの梨々香は、そんな先生の思いを理解できなかった。本当に、どうしようもない馬鹿だった。30歳になった梨々香は、恋に傷ついて、ようやく少しだけ物事を考えられるようになった。幸い、今からでも遅くはない。幸い、まだすべて間に合う。一晩中意識を失っていた朔も、ようやく目を覚ます。目覚めて最初にしたことは、秘書に私の消息を探させることだ。もちろん、何も見つからない。朔が今にもおかしくなりそうになったとき、結奈とのニュースがまたネットのトップに躍り出る。今回は、前よりもさらに露骨だ。ニュースのトップ画像にまず載ったのは、バスローブ姿の朔が慌ただしくホテルを出ていく姿。そして、その後ろには、服が大きく乱れ、見るも無残な姿になった結奈が映っている。見出しは、さらに人目を引くものだ。【清純派女優が深夜に枕営業?風間グループ御曹司が慌てて逃走――清純派の美女、実は肉食系だった?】コメント欄には、数10万件もの書き込みが殺到する。【だから言ったじゃん。芸能界に清純な人間なんているわけない。結局みんな枕営業でしょ】【でも前は、風間社長と野原結奈って真実の愛だって言われてなかった?】【何が本物の愛だ
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第10話

「荷物を全部捨てたって、私があの女の目の前で平手打ちしたって、朔は何も言わないわよ」許可が出たと分かると、ボディガードたちはすぐに動き始める。屋敷はあっという間に荒らされ、あちこちに物が散乱して、見るも無残な状態になる。その一方で、朔も退院し、家へ向かっている。「野原さん、これも壊しますか?かなり高価なものに見えますが」ボディガードが、丁寧に包装されたジュエリーボックスを差し出す。中に入っていたのは、20カラットのアクアマリンのネックレス。朔が私に贈ったものだった。私は受け取らず、ここを出る前に人を通して送り返したのだ。ネックレスを見た瞬間、結奈の目に欲望が浮かぶ。そして次の瞬間には、深い嫉妬へと変わる。朔は、梨々香なんかにこんな高価なものを贈ったんだ。あの女に、こんなものを持つ資格があるっていうの?そう考えれば考えるほど、結奈は腹が立って仕方ない。そして、ほとんど無意識のうちに、そのネックレスを自分の首にかける。その直後、玄関の外から、怒鳴り声が響く。「それを置け!誰が触っていいと言った?」玄関に立っていた朔は、両目を恐ろしいほど赤くしている。普段から人の上に立つ者が放つ威圧感に、結奈もボディガードも思わず半歩後ずさる。けれどすぐに、結奈は我に返る。愛想笑いを浮かべながら朔の腕に絡みつき、甘えた声を出す。「どうしたの、朔?そんなに怖い顔しないでよ。このネックレス、すごく気に入ったの。私にくれない?」朔は彼女の手を振り払い、容赦なく言い放つ。「それは梨々香のものだ。触るな!」結奈は諦めきれず、唇を尖らせて足を踏み鳴らす。「梨々香なんて、どうせ気にしないでしょ?今までだって、朔が私にあんなにたくさんプレゼントしても、梨々香は何も気にしなかったじゃない」朔は固まる。胸が締めつけられるように痛む。なぜなら朔には分かっていたからだ。私は、気にしていなかったんじゃない。気にしたところで、どうしようもなかっただけだ。以前、結奈が朔から私への誕生日プレゼントを欲しがったことがあった。私は怒ったし、泣いた。どうしても手放したくなかった。その結果、私は深夜3時に朔から車を降ろされた。誰もいない夜道を、裸足で5キロも歩いた。その一方で結奈は、朔の腕の中に甘
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