機密任務への参加申請を提出し終えたところで、朔も家に帰ってきた。今回は前よりも慎重だったのか、体に残っている香水の匂いはかなり薄い。ただ、男というのは本当にこういうところが抜けている。シャツの襟元に、鮮やかな赤い口紅の跡が半分残っていることを、すっかり忘れている。朔は優しげな笑みを浮かべ、スマホを手に、向こうにいる相手へボイスメッセージを送っている。【今帰ったよ。いい子にして、ちゃんと言うこと聞いてよ】ところが、振り返って私の姿を見た瞬間、朔の表情は冷たくなり、声からもさっきまでの温度が消える。「まだ寝てなかったのか?」私は答えず、テレビの音量を最大まで上げる。高画質の画面には、十数人の記者に取り囲まれた私が映っている。真っ黒なマイクが、まるで私を飲み込もうとしているようだった。「奥さん、昨日のニュースをご覧になりましたか?風間社長が、今売り出し中の女優・野原結奈さんと不倫しているという噂は本当ですか?」「昨夜撮影された写真についてもお聞きします。風間社長と野原さんが駐車場でキスしている写真が出ていますが、何かコメントをいただけますか?」……昨日、朔と結奈がホテルへ一緒に出入りする動画が、ネットで大きな話題になった。動画の中で、結奈は清楚な服装をして、一方の手には花束を持ち、もう一方の手は朔と指を絡めてしっかりつないでいた。その姿は、誰が見ても仲睦まじい恋人同士だった。けれど朔は、手をつなぐのが嫌いだったはずだ。昔、私は人前で何度も彼に手を振りほどかれ、そのたびに眉をひそめながら言われた。「風間家の奥さんなら、もう少し慎ましくしてくれ。人前で、みっともない真似をするな」朔は花も嫌っていた。あんなものは一番安っぽい贈り物だ、と。結婚して7年、私は花びら一枚すらもらったことがない。それなのに結奈は、朔の腕にぶら下がるように甘え、薔薇の花が朔の顔に当たっても、彼は怒るどころか気にも留めない。結婚指輪だってそうだった。私は5年間、何度頼んでも朔に指輪をつけてもらえなかった。なのに動画の中では、大きな手と小さな手がしっかりと指を絡め合い、二人の薬指には、お揃いのペアリングがきらきらと輝いていた。まるで、私の結婚生活を嘲笑うかのように。私はようやく分かる。朔は、手をつなぐのが嫌いだっ
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