私は、ドアを蹴り破って浮気現場に踏み込むような真似はしなかった。ヒステリックに泣き叫んだり、相手の女を罵倒したりすることもない。ただ、すっかり冷え切ってしまった手作りのお弁当を提げたまま、静かに彼と暮らす家へと引き返しただけだ。「奥様!どうしてそんなに顔色が真っ青なんですか?立ちくらみですか?ああっ、奥様、その荷物を早く手放してください!華奢なお体に傷でもついたら大変です!」玄関を開けるなり飛んできた、長年我が家で働いてくれているお手伝いの松本(まつもと)の悲鳴のような声で、私はようやく我に返った。無意識のうちにランチバッグの持ち手をきつく握りしめていたのだろう。私の手のひらには、くっきりと二本の赤い鬱血の痕が残っていた。たかが赤い痕がついただけなのに、松本はオロオロと私の周りをうろたえ回っている。無理もない。あの凄惨な火事の後、私は過度なショックとストレスから造血機能に障害を抱え、血小板の数値が慢性的に低い状態になってしまった。ちょっとした傷でも血が止まりにくく、少しぶつけただけでも酷い内出血になって治りにくいのだ。私がかすり傷一つ負うたびに、奏也は自分のことのように青ざめ、激しく自分を責め立てていた。その異常なまでの過保護さに、いつしか家で働く使用人たちまでが神経質になってしまったのだ。私の手のひらから血が出ていないことを確認して、松本はふうっと安堵の息を吐き出した。そして、少し呆れたような顔をして小声でぼやき始めた。「旦那様も困ったものですね。奥様のお体では妊娠も出産もリスクが高すぎるというのに、あんなに子宝に執着なさるなんて。奥様からも少し言ってやってくださいよ。毎日毎日、ご自分で得体の知れない煎じ薬なんか飲まれて……万が一、本当に奥様がご懐妊なさったら、そのお体でどうやって産むつもりなんでしょうか」言い過ぎたとハッとしたのか、松本はそれ以上言葉を続けることなく口をつぐんだ。私は彼女の言葉を否定することもできず、ただぼんやりと宙を見つめていた。奏也の、あの執念にも似た「子作り」への渇望。子宝に恵まれると有名な山奥の神社まで赴いた彼は、何百段もある険しい石段を、一段上るごとに土下座をして祈り続けた。スーツの膝を破り、額から血を流してまで、たった一つの「子授けのお守り」を
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