Mag-log inそれから半月後。私が直接当局に提出しておいた「決定的な証拠」の数々が、一つ残らず事実として裏付けられた。ついに、奏也に正式な逮捕状が執行されたのだ。彼が冷たい鉄格子の中へ送られたと聞いたその日、私は彼の「最後に一度だけ会いたい」という願いを叶えてあげることにした。私は帰国し、面会室のアクリル板越しに彼と向き合った。丸坊主にされ、頬がこけて骸骨のように痩せ細った彼は、かつての華やかな面影など見る影もなかった。それでも、私が姿を現した瞬間、その死人のように濁りきっていた瞳にパッと執着の光が宿るのが見えた。「奏也、今日は離婚の報告をしに来たわ」私の冷ややかな声が響いた瞬間、奏也の体から命の灯火がフッと消え去ったかのように見えた。私は面会室の隙間から、一枚の紙を彼に向かって滑らせた。――裁判所から発行された『離婚判決書』だ。彼には重い社会的な犯罪歴があり、私には彼の不貞の明確な証拠がある。今回ばかりは、彼に私の要求を拒絶する権利など、これっぽっちも残されていなかった。奏也はアクリル板にすがりつき、泣きながら何度も言葉を紡いだ。自分の心には私しかいないこと。他の女を愛したことなど一度もないこと。あのシャンパンタワーが倒れた時でさえ、言い訳じみた弁明を必死に繰り返していた。私は彼の言葉をすべて聞き流し、最後にたった一つだけ問いかけた。「ねえ、奏也。あなたが私を本気で愛していた頃、私に誓ってくれた言葉を覚えている?」奏也の目から、すっと焦点が消えた。彼自身の口から、かつての誓いが虚ろにこぼれ落ちる。「……心が別の女に向くのも、体を重ねるのも、どちらも等しい裏切りだ。裏切るような人間に、愛される資格はない。俺は永遠に紬希だけを愛し抜く。もし俺が他の女を抱くようなことがあれば……それは間違いなく、俺が君を愛さなくなった証拠だ」私は小さく、けれどはっきりと嘲笑った。「そうよ、奏也。あなたが彼女を抱いたということは、あなたはもう私を愛していなかったという紛れもない証拠なのよ」人の愛情というものは、時に恐ろしい。自分自身の心からその愛がこぼれ落ちていくことにすら、気づかないことがあるのだから。彼はずっと自分は私を愛していると信じ込んでいたけれど。果たして、私が彼の愛を理解でき
同じ頃。保釈され、逃げるようにして自宅の豪邸へと戻ってきた奏也は、もぬけの殻となった静まり返る邸宅を見て、どす黒い狂気を瞳に宿した。「紬希は!?紬希はどこに行ったんだ!!」何度電話をかけても「この電話番号は使われておりません」という無機質なアナウンスが流れるだけで、彼はすでに私が永遠に彼の元を去ったことに気づいていたはずだ。それでも、現実を受け入れられずに怒鳴り散らした。長年勤めるお手伝いの松本が、ひどく怯えた様子で震えながら、彼に一通の封筒を差し出した。「旦那様、奥様は……この家を出て行かれました。これを、旦那様にお渡しするようにと……」奏也は震える手で封筒をひったくり、中身を取り出した。そこに入っていたのは、二枚の精密検査の診断書だった。【高瀬紬希:造血機能および生殖機能は完全に回復しており、妊娠に全く問題はない】【高瀬奏也:重度の精子無力症および乏精子症。自然妊娠の可能性は極めてゼロに近い】奏也の目は、まるで血を流すかのように真っ赤に充血した。彼は紙を握りしめたまま硬直して息を止め、やがて喉の奥から絞り出すように掠れた声を漏らした。「……な、なんだよこれ……俺が、俺が原因だって……?そんな馬鹿な。子供が産めないのは、紬希の方だったはずじゃないか……!なんで俺なんだよ!!」「旦那様……奥様のお体は、とうの昔に完治しておられたんです」松本が悲痛な顔で口を開いた。「奥様は、旦那様にサプライズでそのことをお伝えするつもりで、あの日の昼間に会社へお弁当を……でも、奥様はあの日、旦那様と林美羽の……あの、見てはならない場面を目の当たりにされてしまったんです」――サプライズで教えようとした日。それはまさに、彼が社長室の窓際で、嬉々として美羽の胎内に自分の「種」を植え付けていたあの日のことだ。「それに、旦那様が先に会場へ向かわれた後、あの林美羽がこの家にやってきたんです」松本は躊躇いながらも、全てを打ち明けた。「実はこれまでも、奥様が別荘へ足を運ばれるたびに、あの女は奥様のことを『子供も産めない役立たずの石女』だと罵っていたそうです。さらに今日は、『旦那様はあの別荘を自分名義にしてくれると言った』などと勝ち誇り……」「もういい、黙れ!!」奏也は頭を抱え、獣のような絶叫を上げて松本の言葉
搭乗ゲートをくぐり、飛行機が滑走路を飛び立ったちょうどその頃。会場では、いよいよセレモニーが始まろうとしていた。奏也はエントランスで焦ったように私の到着を待っていたが、当然私が姿を現すことはない。そこへ、着飾った美羽が得意げな顔で近づいてきた。「社長、もう時間です。これ以上は待てませんよ」奏也はギリギリまで待ってから、自宅へと電話をかけた。しかし、電話口から返ってきたのは、私が事前に言い含めておいた使用人の言葉だった。「旦那様、奥様は急に体調を崩されてしまって……でも、『私の苦労を無駄にしないためにも、定刻通りに式を始めてほしい』と仰っていました」「……そうか。分かった。紬希にはゆっくり休むように伝えてくれ」電話を切った奏也は、気を取り直して壇上へと上がり、誇らしげな笑顔でスピーチを始めた。そして、彼の合図とともに、会場の正面に設置された巨大なスクリーンに映像が映し出された。――しかし。そこに映し出されたのは、輝かしい会社の軌跡でも、彼の偉大な功績でもなかった。全面ガラス張りの社長室の窓際で、獣のように生々しく絡み合う男女の裸体。フルHDの高画質、無修正。そして、最高級の音響設備を通じて、美羽の淫らな嬌声と、奏也のあの名言が、満員の会場中に大音量で響き渡ったのだ。「自分の立場を弁えろ。お前なんかが、紬希の代わりになれるとでも思ったか?お前はただの器だ。紬希が苦しむのが嫌だから、お前に産ませることにしただけなんだよ。紬希がいなければ、お前みたいな女が俺に近づく機会すらかつてなかった。この先もずっと、俺の妻は紬希だけだ。俺は彼女一人しか愛していない」しかし、その身の毛がよだつような「深い愛の告白」の直後、スピーカーから流れてきたのは、再び始まった激しい情事の水音と喘ぎ声だった。会場は、水を打ったような――いや、死に絶えたような静寂に包まれた。壇上に立つ奏也の顔から、あの誇らしげな笑顔がピシッとひび割れて硬直する。客席の最前列に座っていた美羽は、まるで雷にでも打たれたように全身を震わせ、次の瞬間、狂ったように音響スタッフに向かって絶叫した。「消してっ!!早く消しなさいよ!!違う、これは合成よ!AIで作った偽物よ!誰かが私を陥れようとしてるのよおおっ!!」しかし、誰も彼女の制
退院してからの私は、まるで人が変わったかのように大人しくなった。二度と「離婚」の二文字を口にすることはなくなり、それどころか、自分から率先して美羽を郊外の別荘へと移し、「安産のためにゆっくり休ませてあげましょう」と提案までしたのだ。奏也は狂喜乱舞して喜んだ。「紬希!やっぱり君も、心の底ではずっと子供が欲しかったんだね。あの女が無事に産み落としたら、すぐに遠くへ追い払うから。そうしたら俺たち三人で、ずっと幸せに暮らそう」私はニコニコと微笑みながら彼のネクタイの歪みを直し、その喉仏を指先でそっと撫でた。どこまでも優しく、彼を包み込むような声で囁く。「ええ、楽しみに待っているわ」彼を完全に安心させるため、私は頻繁にあの別荘へ足を運ぶようになった。表向きは「妊婦の美羽を気遣うため」だが、本当の目的は全く別だ。――確実に彼を地獄へ突き落とすための証拠を集めること。奏也は私に対して微塵も警戒心を抱いていない。そして美羽もまた、私が完全に「愛人の子供を育てる本妻」という立場を受け入れたのだと勘違いしていた。彼女は私が来るたびに、これ見よがしに勝ち誇った態度を見せるようになった。「社長、昨日の夜も会いに来てくれたんですよ。『美羽の肌は、嫁のなんかよりずっと滑らかで気持ちいい』って言ってました。あーあ、社長が特別に作らせている高級な滋養スープも、毎日飲んでると飽きちゃいますね。紬希さんも一口いかがですか?あ、でも社長が『あいつの貧弱な胃腸じゃ、栄養が強すぎて腹を壊すからダメだ』って言ってましたっけ」私は彼女の浅ましい挑発を最後までニコニコと聞き流し、ご丁寧にみかんの皮まで剥いて差し出した。「そうね。奏也は最近本当に忙しそうにしているわ。赤ちゃんのミルク代を稼ぐんだって、大きなプロジェクトを成功させたところなのよ。美羽さん、あなたはこれからの高瀬家にとって最大の功労者よ。ちゃんとこの家にも、あなたの居場所を用意してあげるからね」私が全く怒らないのを見て、美羽は苛立たしげに顔を歪めた。彼女だって薄々気づいているのだ。彼女のお腹に子供がいる限り、奏也はそれが本心であれ演技であれ、私に対する「一途で完璧な愛」を貫き通すだろうということに。自分の腹に宿した子供が、愛する男が本妻への愛を証明するための道具
私の冷ややかな指摘に、奏也はハッとして言葉を詰まらせた。そして、すぐにいつものようにペコペコと謝り始めた。「ご、ごめん紬希。 俺はただ、俺たちの子供に何かあったらと焦ってしまって……」見え透いた言い訳をした後、彼は美羽に向かって冷酷な声で言い放った。「さっさと出て行け!」美羽はしゃくりあげながら、病室から逃げるように去っていった。病室に再び静寂が戻っても、私の胸の奥には、飲み込むことも吐き出すこともできない重苦しい鉛のような感情が居座っていた。彼が私に謝るスピードは、いつだって驚くほど早い。私に対して、彼は永遠に「完璧で優しい夫」であり続ける。だが、その息の詰まるような愛情の押し売りは、今や私の首を真綿でギリギリと締め付ける重い枷でしかなかった。「紬希、あいつの言うことなんて気にしないでくれ。妊婦は情緒不安定になるものだから……後で俺からキツく叱っておくよ」彼はまるで親に叱られた子供のように、ビクビクしながら私の手に触れようとしてきた。私がサッと手を引いて避けても、彼は怒るどころか、ウサギのように目を赤くして卑屈にすがりついてくる。「お願いだから、機嫌を直してくれ。君がストレスで体を壊したら、俺は心配で死んでしまうよ」そのひたすらに優しく、愛情に満ちた顔を見ていると、胸の奥がひどく締め付けられ、息ができなくなりそうだった。私は滲みそうになる涙を必死に堪え、冷たく静かな声で告げた。「奏也、冗談で言ってるんじゃないの。本当に離婚して」その「離婚」という二文字を聞いた瞬間、奏也はパニックに陥ったようにベッドの横に崩れ落ちた。 私のパジャマの裾を死に物狂いで掴み、ポロポロと大粒の涙を流し始める。「嫌だ!紬希、絶対に嫌だ!どうしてそんなこと言うんだ!?俺たちはあんなに愛し合っているのに、どうして離婚なんてしなくちゃならないんだ!今回のことで君に辛い思いをさせたのは分かってる……でも、俺は本当に、俺たちの家族のためにやったんだよ!」彼は私の手を強引に引き寄せ、涙で濡れた自分の頬に押し当てて、すがるように哀願した。「紬希、あと数ヶ月で子供が産まれるんだ。そうすれば、俺たちも立派な三人家族になれる。もう誰にも『跡継ぎも産めないのか』なんて後ろ指を指されなくなるんだよ。それでも……もし
彼は抱きしめていた美羽を突き飛ばし、無様な姿で床を這いつくばるようにして私のもとへ駆け寄ってきた。その声は、聞くに堪えないほどガタガタと震え上がっている。私は重い首をわずかに持ち上げ、彼に向かって、昔のようにあどけなく、とびきり可愛い笑顔を向けてあげた。ああ、私が信じ続けた10年の愛は、あのガラスのようにあっけなく砕け散ったのね。「ねえ、奏也。あのシャンパンタワー、彼女が自分でぶつかって倒したのよ。それからね――彼女のお腹にいる赤ちゃん、あなたの子なんかじゃないわ。もう、終わりにしましょう。私たち、離婚よ」……再び目を覚ました時、真っ白な病室の天井よりも先に、奏也の憔悴しきった顔が視界に飛び込んできた。「紬希……!ああ、よかった……!国内で一番腕のいい医者を集めたんだ。傷は痛まないかい?あいつのことは、もう俺がきちんと処理しておいたから。君が腹を立てるのも当然だ。俺を殴っても、気が済むまで罵ってもいい。でもお願いだから、自分を傷つけるようなことだけはしないでくれ……」彼はベッドの脇に半ば跪くようにして私の手を握りしめ、ひたすらに卑屈な言葉を並べ立てた。数日徹夜したかのように目の下には真っ黒な隈ができ、無精髭も生えている。けれど、背中に走るズキズキとした熱い痛みが、あの瞬間、彼が誰を最優先で庇ったのかを、私に残酷なほど鮮明に思い出させた。私が何も答えずに冷ややかな目を向けていると、奏也は私の機嫌を取るように自分のスマートフォンを取り出し、画面を押し付けてきた。そこに映っていたのは、どこか薄暗い地下室の監視カメラの映像だった。コンクリートの冷たい床の隅で、美羽がボロ雑巾のように丸まっている。彼女の肌には血の滲む痛々しい鞭の痕が幾つも刻まれており、声を上げて泣くことすら許されないのか、ただヒッ、ヒッと喉の奥で悲鳴を殺し、過呼吸のように喘いでいた。「紬希、信じてくれ。俺はあの女のことなんて、これっぽっちも愛していないんだ。君が子供服のお店を通りかかるたびに、立ち止まって寂しそうに見つめていただろう?俺は知っていたんだ。君がどれほど子供を欲しがっているかを。あいつはただの器だ。無事に産み落としたら、すぐにでも遠くへ追い払う。あの子供は俺たち二人だけのものになるんだ。それでいいだろう?」