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愛人の妊娠を喜ぶ種なし夫を捨てます

愛人の妊娠を喜ぶ種なし夫を捨てます

Por:  砂糖九割Completo
Idioma: Japanese
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私、高瀬紬希(たかせ つむぎ)は、「胃が痛い」と顔をしかめる夫のために、消化に良いお弁当をわざわざ作って社長室へと急いだ。 しかし、少しだけ開いていたドアの隙間から目に飛び込んできたのは、全面ガラス張りの窓に、今年入ったばかりの若いインターン生の女を乱暴に押し付ける夫の姿だった。 夫である高瀬奏也(たかせ そうや)は、「君の綺麗な手が汚れるから」と、食後のブドウの皮さえ丁寧に剥いてくれる、優しくて過保護な愛妻家だったはずだ。 けれど今、その大きな手は、あろうことか若い女のブラウスを急かしかけるように剥ぎ取っている。 「社長……私のお腹にはもう、三ヶ月になる赤ちゃんがいるんです。まさか、この子を私生児にするつもりじゃないですよね?」 すがるような女の甘ったるい声に、奏也は冷酷に手を振り上げ、女の頬を激しく張り飛ばした。 「身の程を知れ。お前なんかが、紬希の代わりになれるとでも思ったか?」 しかし―― 冷たい言葉を吐き捨てた直後、私はこの目で見てしまった。彼が、泣き崩れる女の唇を塞ぐように、再び激しいキスを落とすのを。 部屋の中は甘い情欲で熱を帯びているというのに、弁当箱の包みを握りしめる私の指先は、凍りつくように冷え切って痛みを覚えるほどだった。 あの火事の日。 私が自分の命を投げ打ってでも、燃え盛る炎の中から這いずりながら救い出した愛しい人。 「子供なんていらない。跡継ぎなんてどうでもいいんだ。紬希さえ生きてそばにいてくれれば、俺の人生はそれだけで完璧なんだから」 病院のベッドで私の手をきつく握りしめ、ボロボロと子供のように涙をこぼしていたあの日の奏也は、もうどこにもいない。 ああ、そうか。 私がここから消えるべき時は、とうの昔に来ていたんだ。

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Capítulo 1

第1話

私は、ドアを蹴り破って浮気現場に踏み込むような真似はしなかった。

ヒステリックに泣き叫んだり、相手の女を罵倒したりすることもない。

ただ、すっかり冷え切ってしまった手作りのお弁当を提げたまま、静かに彼と暮らす家へと引き返しただけだ。

「奥様!どうしてそんなに顔色が真っ青なんですか?立ちくらみですか?

ああっ、奥様、その荷物を早く手放してください!華奢なお体に傷でもついたら大変です!」

玄関を開けるなり飛んできた、長年我が家で働いてくれているお手伝いの松本(まつもと)の悲鳴のような声で、私はようやく我に返った。

無意識のうちにランチバッグの持ち手をきつく握りしめていたのだろう。

私の手のひらには、くっきりと二本の赤い鬱血の痕が残っていた。

たかが赤い痕がついただけなのに、松本はオロオロと私の周りをうろたえ回っている。

無理もない。

あの凄惨な火事の後、私は過度なショックとストレスから造血機能に障害を抱え、血小板の数値が慢性的に低い状態になってしまった。

ちょっとした傷でも血が止まりにくく、少しぶつけただけでも酷い内出血になって治りにくいのだ。

私がかすり傷一つ負うたびに、奏也は自分のことのように青ざめ、激しく自分を責め立てていた。

その異常なまでの過保護さに、いつしか家で働く使用人たちまでが神経質になってしまったのだ。

私の手のひらから血が出ていないことを確認して、松本はふうっと安堵の息を吐き出した。

そして、少し呆れたような顔をして小声でぼやき始めた。

「旦那様も困ったものですね。奥様のお体では妊娠も出産もリスクが高すぎるというのに、あんなに子宝に執着なさるなんて。

奥様からも少し言ってやってくださいよ。毎日毎日、ご自分で得体の知れない煎じ薬なんか飲まれて……

万が一、本当に奥様がご懐妊なさったら、そのお体でどうやって産むつもりなんでしょうか」

言い過ぎたとハッとしたのか、松本はそれ以上言葉を続けることなく口をつぐんだ。

私は彼女の言葉を否定することもできず、ただぼんやりと宙を見つめていた。

奏也の、あの執念にも似た「子作り」への渇望。

子宝に恵まれると有名な山奥の神社まで赴いた彼は、何百段もある険しい石段を、一段上るごとに土下座をして祈り続けた。

スーツの膝を破り、額から血を流してまで、たった一つの「子授けのお守り」を手に入れてきたのだ。

どこからか怪しげな民間療法を見つけてきても、決して私に試させることはなかった。

その代わり、吐き気がするほど泥臭くて苦い薬草の煎じ汁を、毎日毎日自ら進んで飲み干していた。

「不妊の悩みで、女の人ばかりが薬を飲んで辛い思いをするなんて絶対におかしい。

君の体に効く薬なら、俺が飲んだって同じように効果はあるはずだ。紬希にはもう、これ以上の苦痛を味わわせたくないんだ」

あの真剣な眼差しでそう言われてから、私は彼が薬を飲むのを止めるのをやめた。

彼の不器用で深い愛情に胸を打たれた私は、彼に内緒で海外の権威ある専門医に連絡を取り、密かに最新の精密検査と治療を受けていたのだ。

今日、わざわざ会社にお弁当を届けに行ったのも、彼を驚かせたかったから。

――私の体はもうすっかり回復して、あなたの子供を産めるようになったわ。

そんなとびきりのサプライズをプレゼントするつもりだった。

まさか、そのサプライズの箱を開ける前に、社長室の窓際で繰り広げられるインターン生との濃厚な情事を見せつけられるだなんて、思いもしなかったけれど。

いつも私の髪を、頬を、壊れ物のように優しく撫でていたあの大きな手が。

いやらしく蠢きながら、若いインターン生の短いタイトスカートをめくり上げていた光景が、脳裏に生々しくフラッシュバックする。

胃の奥から、ドロリとした耐え難い吐き気が込み上げてきた。

社長室の大きな窓際で、二人の体が生々しく絡み合う音や、甘ったるい嬌声が、まるで耳元を飛び回る羽虫のように私の脳内でブンブンと鳴り響いていた。

「結城(ゆうき)先生、離婚協議書の作成をお願いします。

ええ……話し合いから離婚届の提出まで、すべて代理で進めていただけませんか。もう二度と、あの人の顔を見たくないんです……」

顧問弁護士との通話を終えようとした、まさにその時だった。

ガチャリと寝室のドアが開いて、奏也が足早に入ってきた。

彼は私の青白い顔を見るなり、血相を変えて駆け寄ってきた。

「紬希?今、誰の顔を見たくないって言ったんだい?

誰かに嫌なことでも言われたのか?俺に言ってごらん。どんな相手だろうと、俺が絶対に解決してみせるから」

私の前にしゃがみ込み、不安げに顔を覗き込んでくる彼は、いつだって私のすべてを守ってくれる、頼もしくて完璧な夫の顔をしていた。

――もし、彼が脱ぎ捨てようとしているスーツの襟元に、べっとりと擦り付けられた真っ赤なルージュの跡さえなければ。

「……誰も私に嫌なことなんて言ってないわ。ただ、少し気分が塞いでるだけ」

ただ、もうあなたのことがいらなくなっただけ。

そう突き放せばいいのに、楽しかったあの頃の記憶が足枷となって、私の心を雁字搦めにしていた。

彼を見つめているうちに、堪えきれなくなった涙がポロポロとこぼれ落ちる。

私の涙を見た途端、奏也の目まで痛ましそうに赤く潤んだ。

「ごめん……全部俺のせいだ。君が何を悩んでいるのか、どうしてそんなに悲しんでいるのかすら気づいてやれないなんて。俺は本当にダメな夫だな……」

そう言って、自らを責めながら私の頬の涙を指で拭う彼の仕草は、心の底から私を愛し、私を何よりも大切にしているようにしか見えない。

けれど、視界の端にチラつく鮮やかなルージュの赤が、「全部嘘っぱちだ」と私を嘲笑っていた。

ああ、私が彼に捧げたこの10年の歳月は、全部ドブに捨てたのと同じだったんだ。

昔の彼は、こんな人じゃなかった。

私と結婚したあの日、彼は誓ってくれたのだ。

「紬希はただ、毎日笑っていてくれればいい。外で汗水垂らして稼ぐのは、男である俺の役目だからね」

そして、彼はその言葉通りに行動で示してきた。

この10年間、彼は文字通り身を粉にして働き、私の個人資産には指一本触れようとしなかった。

実家である桐生(きりゅう)家にも、決して頼ろうとはしなかった。

桐生家の一人娘である私が一言口添えすれば、彼の会社の事業なんて一瞬で軌道に乗るはずだった。

それでも彼は、過労で血を吐いて倒れそうになっても、私に助けを求めることはなかった。

「君みたいな素晴らしいお嬢さんをもらっておいて、君の親にまで甘えるような真似をしたら、君の顔に泥を塗ることになるからね」と、不器用に笑うだけだった。

それでも、桐生という巨大な資本の影は否応なく彼を助けてしまっていた。

取引先が「桐生家の婿殿だから」と便宜を図るたびに、彼は私の前でポロポロと涙を流して「男として情けない」と謝り続けた。

その涙を見るたびに、私は彼を選んだ自分の決断は間違っていなかったのだと、密かに安堵していた。

当時、私の周りには名だたる名家の御曹司たちが群がっていた。

それなのに、私はごく一般的な中流家庭で育った、取るに足らない小さな会社の跡継ぎでしかない彼を選んだ。

理由はただ一つ。

彼が誰よりも純粋に私を愛し、私のどんな我儘な性格も、すべて優しく包み込んでくれたからだ。

結婚後、過度なストレスによる免疫異常で、私の体が「極めて妊娠しにくい状態」だと判明した時のことだ。

ひどく落ち込む私を笑わせるためだけに、彼はこっそりプロの教室に通って手品を習い、不格好なピエロの真似事までして見せてくれた。

会社の社長という肩書きがありながら、私の機嫌を取るためなら、人前でおどけて見せることすら厭わなかったのだ。

しかし、子供ができないことで、彼の親族からの風当たりは日に日に強くなっていった。

家柄の釣り合わない嫁というだけでも面白くないのに、跡継ぎすら産めないのかと。

ある日、ついに限界を迎えた奏也は、自分の両親に向かって真っ赤な顔で机を叩きつけた。

「俺は紬希がいればそれでいい!もし紬希が産めない体なら、俺の代で高瀬家の血が絶えても構わないんだ!

これ以上彼女を苦しめるような真似をするなら、親だろうが親戚だろうが、全員俺の人生から出て行ってくれ!」

その日を境に、彼は自分の実家と一切の連絡を絶った。

私たち夫婦の絆の深さは、社交界の奥様たちの間でも有名な話になり、誰もが奏也の深い愛情を羨んだ。

その時の私は、心底「自分は人生の勝者だ」と信じ切っていたのだ。

けれど、高層ビルの社長室にあるあの全面ガラス張りの窓の前で、私の長年の誇りも、夫への信頼も、見事に粉々に打ち砕かれた。

ずっと前から周到に用意されていた、酷く悪趣味なドッキリ番組のピエロにでもなった気分だ。

惨めで、滑稽で、笑い飛ばすしかないほどに。

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第1話
私は、ドアを蹴り破って浮気現場に踏み込むような真似はしなかった。ヒステリックに泣き叫んだり、相手の女を罵倒したりすることもない。ただ、すっかり冷え切ってしまった手作りのお弁当を提げたまま、静かに彼と暮らす家へと引き返しただけだ。「奥様!どうしてそんなに顔色が真っ青なんですか?立ちくらみですか?ああっ、奥様、その荷物を早く手放してください!華奢なお体に傷でもついたら大変です!」玄関を開けるなり飛んできた、長年我が家で働いてくれているお手伝いの松本(まつもと)の悲鳴のような声で、私はようやく我に返った。無意識のうちにランチバッグの持ち手をきつく握りしめていたのだろう。私の手のひらには、くっきりと二本の赤い鬱血の痕が残っていた。たかが赤い痕がついただけなのに、松本はオロオロと私の周りをうろたえ回っている。無理もない。あの凄惨な火事の後、私は過度なショックとストレスから造血機能に障害を抱え、血小板の数値が慢性的に低い状態になってしまった。ちょっとした傷でも血が止まりにくく、少しぶつけただけでも酷い内出血になって治りにくいのだ。私がかすり傷一つ負うたびに、奏也は自分のことのように青ざめ、激しく自分を責め立てていた。その異常なまでの過保護さに、いつしか家で働く使用人たちまでが神経質になってしまったのだ。私の手のひらから血が出ていないことを確認して、松本はふうっと安堵の息を吐き出した。そして、少し呆れたような顔をして小声でぼやき始めた。「旦那様も困ったものですね。奥様のお体では妊娠も出産もリスクが高すぎるというのに、あんなに子宝に執着なさるなんて。奥様からも少し言ってやってくださいよ。毎日毎日、ご自分で得体の知れない煎じ薬なんか飲まれて……万が一、本当に奥様がご懐妊なさったら、そのお体でどうやって産むつもりなんでしょうか」言い過ぎたとハッとしたのか、松本はそれ以上言葉を続けることなく口をつぐんだ。私は彼女の言葉を否定することもできず、ただぼんやりと宙を見つめていた。奏也の、あの執念にも似た「子作り」への渇望。子宝に恵まれると有名な山奥の神社まで赴いた彼は、何百段もある険しい石段を、一段上るごとに土下座をして祈り続けた。スーツの膝を破り、額から血を流してまで、たった一つの「子授けのお守り」を
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第2話
適当な言い訳をして彼をなだめ、私は彼をバスルームへと向かわせた。人が何か行動を起こせば、必ずどこかに痕跡が残る。それは奏也だって同じだ。私は彼が持ち帰った仕事用のカバンやファイルを、震える手で片端から探った。そして、一番下の目立たない場所から、くしゃくしゃに丸められた一枚の病院の領収書を見つけ出した。患者名には、「林美羽(はやし みう)」とある。――あの若いインターン生の名前だ。そして内容欄には、産婦人科、妊娠検査、妊娠6週目と印字されていた。さらに絶望的なことに、支払人のサイン欄には、見慣れた奏也の文字が堂々と書き殴られていた。日付は先月。妊娠6週目……計算すれば、ちょうど私の誕生日の頃だ。あの日、彼は「急なトラブルが起きた」と言って、一晩中家に帰ってこなかった。翌朝、ひどく疲れた顔で帰宅した彼は「ごめん、紬希を驚かせるための準備で徹夜していたんだ」と優しく笑った。私はてっきり、その日の夜に彼が用意してくれた盛大なサプライズ花火のことだと思い込んで、嬉し泣きまでしたのだ。まさか、本当のサプライズが、他の女の腹の中に自分の子供を仕込んでいたことだったなんて!家では完璧な愛妻家を演じながら、外では若い愛人と体を重ねる。ねえ、奏也。そんな二重生活をしていて、疲れないの?心の中でヒステリックに彼を罵倒しながらも、私はその領収書を彼に突きつけて答えを迫る気にはなれなかった。バスルームのシャワーの音が止んだ。私は音を立てないように、急いでベッドに潜り込んだ。腰にバスタオルを巻いたまま出てきた奏也は、いつものようにごく自然な動作でベッドに入り、私を抱きしめようとした。私は彼に背を向けたまま、目尻からこぼれ落ちた涙をシーツに擦り付け、できる限り平坦な声を絞り出した。「……今夜は、ゲストルームで寝てくれない?少し風邪気味みたい。あなたにうつしたら大変だから」奏也は一瞬動きを止めたが、すぐに私の額へ心配そうに手を当ててきた。「かかりつけの医者を呼ぼうか?俺は寝なくていいから、ずっとそばについてるよ」「ううん、いいの。あなたが隣にいると、かえって気を遣って休めないから」私は自然なふりをして、彼の手の温もりから逃れるように体をずらした。今回ばかりは彼も無理強いはせず、ただ毛布の
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第3話
奏也は舌打ちをし、「すぐに相手をしてやる。今はとにかく黙ってろ」と吐き捨てて、乱暴にクローゼットの扉を閉めた。そして彼は、大きく深呼吸を一つした。たったそれだけの動作で、彼の顔には、私がこの10年間見続けてきた「底抜けに優しくて妻思いの夫」の仮面が、完璧に貼り付けられた。玄関の扉が開き、足早に外へ出てきた彼が、私の車を見つけて駆け寄ってくる。運転席で苦しそうにうずくまる私を見るなり、彼の瞳からは痛ましいほどの愛情と心配が溢れ出した。「紬希!どうしてこんな所まで来たんだい?あいつら、君の体調が優れないのを知っているのに、一人で出歩かせるなんて……!帰ったら使用人は全員クビにしてやる!」怒りと悲しみで息が詰まりそうだった私は、ただ力なく手を上げ、「そんなことしないで」と彼を制止することしかできなかった。「紬希、お願いだからこれ以上自分を痛めつけるような真似はしないでくれ。俺を心配で死なせる気かい?」細かく震える声で私を気遣う彼のその態度は、まるで私が触れただけで壊れてしまうような、かけがえのない宝物であるかのようだ。つい数分前まで、別の女と獣のように絡み合っていたくせに。私はこみ上げる強烈な吐き気と感情を必死に押し殺し、努めて平坦な声を出した。「会社で、あなたがこのエリアの開発プロジェクトを視察しに来ていると聞いてね。……でも、どうして仕事の途中で、この別荘に立ち寄ったの?それに、あなた一人だけ?」私の探るような問いかけにも、奏也は顔色一つ変えずに柔らかく微笑んだ。「実は、ベビー部屋の改装の下見に来ていたんだよ」彼は私の頭を優しく撫で、愛おしそうに、けれど少しだけ困ったように目を細めた。「君へのサプライズにしたかったんだけど、バレてしまったか。紬希、遠い異国の代理母エージェントと話がついたんだ。俺たちも、もうすぐ自分たちの子供を持てるようになるんだよ。そうしたら、君と俺と子供と、家族水入らずでここで暮らそう。君はただ子供のそばで笑っていてくれればいい。俺が外で稼いで、家事も全部やるから。……一生、そうやって生きていこう。ね?」甘く蕩けるような瞳で愛を囁く彼を見つめながら、私は全身の血液が凍りつくような悪寒に襲われていた。奏也、あなたの口から吐き出される嘘は、どうしてそんなに滑らかなの
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第4話
彼は抱きしめていた美羽を突き飛ばし、無様な姿で床を這いつくばるようにして私のもとへ駆け寄ってきた。その声は、聞くに堪えないほどガタガタと震え上がっている。私は重い首をわずかに持ち上げ、彼に向かって、昔のようにあどけなく、とびきり可愛い笑顔を向けてあげた。ああ、私が信じ続けた10年の愛は、あのガラスのようにあっけなく砕け散ったのね。「ねえ、奏也。あのシャンパンタワー、彼女が自分でぶつかって倒したのよ。それからね――彼女のお腹にいる赤ちゃん、あなたの子なんかじゃないわ。もう、終わりにしましょう。私たち、離婚よ」……再び目を覚ました時、真っ白な病室の天井よりも先に、奏也の憔悴しきった顔が視界に飛び込んできた。「紬希……!ああ、よかった……!国内で一番腕のいい医者を集めたんだ。傷は痛まないかい?あいつのことは、もう俺がきちんと処理しておいたから。君が腹を立てるのも当然だ。俺を殴っても、気が済むまで罵ってもいい。でもお願いだから、自分を傷つけるようなことだけはしないでくれ……」彼はベッドの脇に半ば跪くようにして私の手を握りしめ、ひたすらに卑屈な言葉を並べ立てた。数日徹夜したかのように目の下には真っ黒な隈ができ、無精髭も生えている。けれど、背中に走るズキズキとした熱い痛みが、あの瞬間、彼が誰を最優先で庇ったのかを、私に残酷なほど鮮明に思い出させた。私が何も答えずに冷ややかな目を向けていると、奏也は私の機嫌を取るように自分のスマートフォンを取り出し、画面を押し付けてきた。そこに映っていたのは、どこか薄暗い地下室の監視カメラの映像だった。コンクリートの冷たい床の隅で、美羽がボロ雑巾のように丸まっている。彼女の肌には血の滲む痛々しい鞭の痕が幾つも刻まれており、声を上げて泣くことすら許されないのか、ただヒッ、ヒッと喉の奥で悲鳴を殺し、過呼吸のように喘いでいた。「紬希、信じてくれ。俺はあの女のことなんて、これっぽっちも愛していないんだ。君が子供服のお店を通りかかるたびに、立ち止まって寂しそうに見つめていただろう?俺は知っていたんだ。君がどれほど子供を欲しがっているかを。あいつはただの器だ。無事に産み落としたら、すぐにでも遠くへ追い払う。あの子供は俺たち二人だけのものになるんだ。それでいいだろう?」
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第5話
私の冷ややかな指摘に、奏也はハッとして言葉を詰まらせた。そして、すぐにいつものようにペコペコと謝り始めた。「ご、ごめん紬希。 俺はただ、俺たちの子供に何かあったらと焦ってしまって……」見え透いた言い訳をした後、彼は美羽に向かって冷酷な声で言い放った。「さっさと出て行け!」美羽はしゃくりあげながら、病室から逃げるように去っていった。病室に再び静寂が戻っても、私の胸の奥には、飲み込むことも吐き出すこともできない重苦しい鉛のような感情が居座っていた。彼が私に謝るスピードは、いつだって驚くほど早い。私に対して、彼は永遠に「完璧で優しい夫」であり続ける。だが、その息の詰まるような愛情の押し売りは、今や私の首を真綿でギリギリと締め付ける重い枷でしかなかった。「紬希、あいつの言うことなんて気にしないでくれ。妊婦は情緒不安定になるものだから……後で俺からキツく叱っておくよ」彼はまるで親に叱られた子供のように、ビクビクしながら私の手に触れようとしてきた。私がサッと手を引いて避けても、彼は怒るどころか、ウサギのように目を赤くして卑屈にすがりついてくる。「お願いだから、機嫌を直してくれ。君がストレスで体を壊したら、俺は心配で死んでしまうよ」そのひたすらに優しく、愛情に満ちた顔を見ていると、胸の奥がひどく締め付けられ、息ができなくなりそうだった。私は滲みそうになる涙を必死に堪え、冷たく静かな声で告げた。「奏也、冗談で言ってるんじゃないの。本当に離婚して」その「離婚」という二文字を聞いた瞬間、奏也はパニックに陥ったようにベッドの横に崩れ落ちた。 私のパジャマの裾を死に物狂いで掴み、ポロポロと大粒の涙を流し始める。「嫌だ!紬希、絶対に嫌だ!どうしてそんなこと言うんだ!?俺たちはあんなに愛し合っているのに、どうして離婚なんてしなくちゃならないんだ!今回のことで君に辛い思いをさせたのは分かってる……でも、俺は本当に、俺たちの家族のためにやったんだよ!」彼は私の手を強引に引き寄せ、涙で濡れた自分の頬に押し当てて、すがるように哀願した。「紬希、あと数ヶ月で子供が産まれるんだ。そうすれば、俺たちも立派な三人家族になれる。もう誰にも『跡継ぎも産めないのか』なんて後ろ指を指されなくなるんだよ。それでも……もし
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第6話
退院してからの私は、まるで人が変わったかのように大人しくなった。二度と「離婚」の二文字を口にすることはなくなり、それどころか、自分から率先して美羽を郊外の別荘へと移し、「安産のためにゆっくり休ませてあげましょう」と提案までしたのだ。奏也は狂喜乱舞して喜んだ。「紬希!やっぱり君も、心の底ではずっと子供が欲しかったんだね。あの女が無事に産み落としたら、すぐに遠くへ追い払うから。そうしたら俺たち三人で、ずっと幸せに暮らそう」私はニコニコと微笑みながら彼のネクタイの歪みを直し、その喉仏を指先でそっと撫でた。どこまでも優しく、彼を包み込むような声で囁く。「ええ、楽しみに待っているわ」彼を完全に安心させるため、私は頻繁にあの別荘へ足を運ぶようになった。表向きは「妊婦の美羽を気遣うため」だが、本当の目的は全く別だ。――確実に彼を地獄へ突き落とすための証拠を集めること。奏也は私に対して微塵も警戒心を抱いていない。そして美羽もまた、私が完全に「愛人の子供を育てる本妻」という立場を受け入れたのだと勘違いしていた。彼女は私が来るたびに、これ見よがしに勝ち誇った態度を見せるようになった。「社長、昨日の夜も会いに来てくれたんですよ。『美羽の肌は、嫁のなんかよりずっと滑らかで気持ちいい』って言ってました。あーあ、社長が特別に作らせている高級な滋養スープも、毎日飲んでると飽きちゃいますね。紬希さんも一口いかがですか?あ、でも社長が『あいつの貧弱な胃腸じゃ、栄養が強すぎて腹を壊すからダメだ』って言ってましたっけ」私は彼女の浅ましい挑発を最後までニコニコと聞き流し、ご丁寧にみかんの皮まで剥いて差し出した。「そうね。奏也は最近本当に忙しそうにしているわ。赤ちゃんのミルク代を稼ぐんだって、大きなプロジェクトを成功させたところなのよ。美羽さん、あなたはこれからの高瀬家にとって最大の功労者よ。ちゃんとこの家にも、あなたの居場所を用意してあげるからね」私が全く怒らないのを見て、美羽は苛立たしげに顔を歪めた。彼女だって薄々気づいているのだ。彼女のお腹に子供がいる限り、奏也はそれが本心であれ演技であれ、私に対する「一途で完璧な愛」を貫き通すだろうということに。自分の腹に宿した子供が、愛する男が本妻への愛を証明するための道具
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第7話
搭乗ゲートをくぐり、飛行機が滑走路を飛び立ったちょうどその頃。会場では、いよいよセレモニーが始まろうとしていた。奏也はエントランスで焦ったように私の到着を待っていたが、当然私が姿を現すことはない。そこへ、着飾った美羽が得意げな顔で近づいてきた。「社長、もう時間です。これ以上は待てませんよ」奏也はギリギリまで待ってから、自宅へと電話をかけた。しかし、電話口から返ってきたのは、私が事前に言い含めておいた使用人の言葉だった。「旦那様、奥様は急に体調を崩されてしまって……でも、『私の苦労を無駄にしないためにも、定刻通りに式を始めてほしい』と仰っていました」「……そうか。分かった。紬希にはゆっくり休むように伝えてくれ」電話を切った奏也は、気を取り直して壇上へと上がり、誇らしげな笑顔でスピーチを始めた。そして、彼の合図とともに、会場の正面に設置された巨大なスクリーンに映像が映し出された。――しかし。そこに映し出されたのは、輝かしい会社の軌跡でも、彼の偉大な功績でもなかった。全面ガラス張りの社長室の窓際で、獣のように生々しく絡み合う男女の裸体。フルHDの高画質、無修正。そして、最高級の音響設備を通じて、美羽の淫らな嬌声と、奏也のあの名言が、満員の会場中に大音量で響き渡ったのだ。「自分の立場を弁えろ。お前なんかが、紬希の代わりになれるとでも思ったか?お前はただの器だ。紬希が苦しむのが嫌だから、お前に産ませることにしただけなんだよ。紬希がいなければ、お前みたいな女が俺に近づく機会すらかつてなかった。この先もずっと、俺の妻は紬希だけだ。俺は彼女一人しか愛していない」しかし、その身の毛がよだつような「深い愛の告白」の直後、スピーカーから流れてきたのは、再び始まった激しい情事の水音と喘ぎ声だった。会場は、水を打ったような――いや、死に絶えたような静寂に包まれた。壇上に立つ奏也の顔から、あの誇らしげな笑顔がピシッとひび割れて硬直する。客席の最前列に座っていた美羽は、まるで雷にでも打たれたように全身を震わせ、次の瞬間、狂ったように音響スタッフに向かって絶叫した。「消してっ!!早く消しなさいよ!!違う、これは合成よ!AIで作った偽物よ!誰かが私を陥れようとしてるのよおおっ!!」しかし、誰も彼女の制
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第8話
同じ頃。保釈され、逃げるようにして自宅の豪邸へと戻ってきた奏也は、もぬけの殻となった静まり返る邸宅を見て、どす黒い狂気を瞳に宿した。「紬希は!?紬希はどこに行ったんだ!!」何度電話をかけても「この電話番号は使われておりません」という無機質なアナウンスが流れるだけで、彼はすでに私が永遠に彼の元を去ったことに気づいていたはずだ。それでも、現実を受け入れられずに怒鳴り散らした。長年勤めるお手伝いの松本が、ひどく怯えた様子で震えながら、彼に一通の封筒を差し出した。「旦那様、奥様は……この家を出て行かれました。これを、旦那様にお渡しするようにと……」奏也は震える手で封筒をひったくり、中身を取り出した。そこに入っていたのは、二枚の精密検査の診断書だった。【高瀬紬希:造血機能および生殖機能は完全に回復しており、妊娠に全く問題はない】【高瀬奏也:重度の精子無力症および乏精子症。自然妊娠の可能性は極めてゼロに近い】奏也の目は、まるで血を流すかのように真っ赤に充血した。彼は紙を握りしめたまま硬直して息を止め、やがて喉の奥から絞り出すように掠れた声を漏らした。「……な、なんだよこれ……俺が、俺が原因だって……?そんな馬鹿な。子供が産めないのは、紬希の方だったはずじゃないか……!なんで俺なんだよ!!」「旦那様……奥様のお体は、とうの昔に完治しておられたんです」松本が悲痛な顔で口を開いた。「奥様は、旦那様にサプライズでそのことをお伝えするつもりで、あの日の昼間に会社へお弁当を……でも、奥様はあの日、旦那様と林美羽の……あの、見てはならない場面を目の当たりにされてしまったんです」――サプライズで教えようとした日。それはまさに、彼が社長室の窓際で、嬉々として美羽の胎内に自分の「種」を植え付けていたあの日のことだ。「それに、旦那様が先に会場へ向かわれた後、あの林美羽がこの家にやってきたんです」松本は躊躇いながらも、全てを打ち明けた。「実はこれまでも、奥様が別荘へ足を運ばれるたびに、あの女は奥様のことを『子供も産めない役立たずの石女』だと罵っていたそうです。さらに今日は、『旦那様はあの別荘を自分名義にしてくれると言った』などと勝ち誇り……」「もういい、黙れ!!」奏也は頭を抱え、獣のような絶叫を上げて松本の言葉
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第9話
それから半月後。私が直接当局に提出しておいた「決定的な証拠」の数々が、一つ残らず事実として裏付けられた。ついに、奏也に正式な逮捕状が執行されたのだ。彼が冷たい鉄格子の中へ送られたと聞いたその日、私は彼の「最後に一度だけ会いたい」という願いを叶えてあげることにした。私は帰国し、面会室のアクリル板越しに彼と向き合った。丸坊主にされ、頬がこけて骸骨のように痩せ細った彼は、かつての華やかな面影など見る影もなかった。それでも、私が姿を現した瞬間、その死人のように濁りきっていた瞳にパッと執着の光が宿るのが見えた。「奏也、今日は離婚の報告をしに来たわ」私の冷ややかな声が響いた瞬間、奏也の体から命の灯火がフッと消え去ったかのように見えた。私は面会室の隙間から、一枚の紙を彼に向かって滑らせた。――裁判所から発行された『離婚判決書』だ。彼には重い社会的な犯罪歴があり、私には彼の不貞の明確な証拠がある。今回ばかりは、彼に私の要求を拒絶する権利など、これっぽっちも残されていなかった。奏也はアクリル板にすがりつき、泣きながら何度も言葉を紡いだ。自分の心には私しかいないこと。他の女を愛したことなど一度もないこと。あのシャンパンタワーが倒れた時でさえ、言い訳じみた弁明を必死に繰り返していた。私は彼の言葉をすべて聞き流し、最後にたった一つだけ問いかけた。「ねえ、奏也。あなたが私を本気で愛していた頃、私に誓ってくれた言葉を覚えている?」奏也の目から、すっと焦点が消えた。彼自身の口から、かつての誓いが虚ろにこぼれ落ちる。「……心が別の女に向くのも、体を重ねるのも、どちらも等しい裏切りだ。裏切るような人間に、愛される資格はない。俺は永遠に紬希だけを愛し抜く。もし俺が他の女を抱くようなことがあれば……それは間違いなく、俺が君を愛さなくなった証拠だ」私は小さく、けれどはっきりと嘲笑った。「そうよ、奏也。あなたが彼女を抱いたということは、あなたはもう私を愛していなかったという紛れもない証拠なのよ」人の愛情というものは、時に恐ろしい。自分自身の心からその愛がこぼれ落ちていくことにすら、気づかないことがあるのだから。彼はずっと自分は私を愛していると信じ込んでいたけれど。果たして、私が彼の愛を理解でき
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