Todos os capítulos de ピンポーン!修理に伺いました: Capítulo 21 - Capítulo 30

36 Capítulos

21話. 冷たい仮面と完璧な盾

書斎の引き出しを乱暴に開け閉めしていた靴音が、再びフローリングを踏みつけ、バルコニーへ近づいた。「美咲! 車のキーは見つかった。戸締まりくらいちゃんと……あ?」バルコニーへ入ろうとした慎吾の足が、固まった。ユーティリティー収納の扉を音もなく開け、出てくる大柄な男が見えたからだ。濃紺の作業服。片手には重い革の工具箱。大河だった。美咲を最も奥の暗がりへ完全に隠したまま、大河は一瞬も動揺せず、平然とバルコニーの中央へ歩いた。肘まで捲った袖の下には硬く盛り上がる前腕。手には電動ドライバーとアルミ製の水平器。圧倒的な体格が窓辺の午後の光を遮ると、慎吾の頭上へ重く冷たい影が長く落ちた。清潔な石鹸と機械油の香りが、狭いバルコニーの空気を一気に支配する。「……誰だ、あんた。どうして人の家の物置から出てくる?」慎吾の眉間が醜く歪み、甲高い声が鋭く跳ねた。いつも妻を虫けらのように見下し、「家の主」という傲慢な優越感で相手を押さえつける、高圧的な態度だった。だが大河は瞬きひとつしない。濃い眉の下、青く沈んだ深い瞳で、慎吾の歪んだ顔をまっすぐ見下ろした。二人の視線が、火花を散らすように衝突する。身長も体格も、全身から放たれる威圧感も、慎吾は大河の相手にならなかった。冷たい気迫に押され、慎吾の喉がわずかに揺れる。大河は作業用の革手袋を手の甲で軽く払い、低く明瞭に名乗った。「東都総合メンテナンス、アフターサービス責任者の黒瀬大河です」無駄のない抑えた声が、冷たい空気を静かに押さえつける。「東棟702号室の奥さまから、リビング側サッシレールの破損と下部ローラー脱輪について緊急補修の依頼を受け、点検していました」「何? サッシの補修?」慎吾は顎を歪めて上げ、吐き捨てた。「俺は許可してないぞ。所有者の確認も取らず、勝手に人の家へ入ったのか?」幼稚で無理のある難癖にも、大河の無表情には塵ほどの亀裂も生まれなかった。胸元から管理会社の受付印が押された正式な緊急点検票を出し、慎吾の前へまっすぐ差し出す。「外壁側アルミサッシのがたつきとレール破損は、強風時の脱落、下階への漏水につながる重大な不具合です」法令を読むように、冷たく明晰な声だった。「こちらは管理会社が受理した緊急点検票です。サッシ脱落には転落・漏水の危険があるため、同居人お一人からの申
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22話. 嵐のあとに燃え上がる炎

カチャリ、ピピッ。玄関が施錠され、リビングが完全な静寂へ戻った。大河の大きく硬い胸に抱かれて出てきた美咲は、全身を震わせ、シャツの襟を必死に掴んでいた。薄い扉一枚の向こうで、慎吾の荒い呼吸と靴音が耳を叩いていた、あの恐ろしい瞬間。すべてが露見し、奈落へ落ちかけた恐怖が、遅れて大波のように押し寄せる。美咲の顎は白くなるほど震えた。「大河さん……っ。本当に、終わったんですよね? あの人、ちゃんと出ていったんですよね?」目に溜まっていた大粒の涙が落ち、大河の硬い鎖骨を濡らした。大河は美咲を革のソファへそっと下ろした。手を離そうとしたが、美咲が先に手首を掴む。そこでようやく、大河は青ざめた両頬を荒い掌で包んだ。火傷しそうな熱が、凍った頬を優しく溶かす。「終わりました。あいつは完全に出ていきました」低い声が、美咲の耳をしっかり震わせる。「俺が全部防ぐと言ったでしょう。俺の目の前にいる限り、誰にもあなたの指一本、触れさせません」濃い瞳には、美咲へ向かう激しい保護本能と、抑えきれない熱が渦巻いていた。慎吾が押しつけた偽善的な支配ではない。美咲という存在そのものを、全身で守るという荒い男の絶対の誓いだった。美咲は泣きながら、太い首へ両腕を回した。「怖かった……大河さんまで怪我をしたらどうしようって。私のせいで困らせたらって、それが怖かったんです」細い告白が、大河の胸の奥へ激しい火をつけた。美咲を抱いたまま、ソファへ深く沈み込む。革が軋み、二人の重みを受け止めた。広い胸が美咲へぴたりと触れる。「あなたが、俺を心配するんですか」荒く熱い吐息が、開いた唇へ降り注ぐ。「俺を心配して……こんなに全身を震わせて泣くんですか」大河の喉が重く動いた瞬間、唇が濡れた目元、頬、そして震える唇を荒く呑み込んだ。発覚の危機を越えた直後の口づけは、これまでで最も濃く激しかった。片腕で腰を強く抱き、もう一方の手でカーディガンの前を迷いなく開く。冷たいリビングの空気へ晒された白い鎖骨と胸元へ、熱い唇が激しく押しつけられた。「はっ……ん……大河さん……!」美咲は震え、広い背中へ爪を立てた。作業服の下で張る僧帽筋と背筋が、指先の下で荒く動く。慎吾が三年間植えつけた恐怖と抑圧の残骸は、大河の重く熱い身体の下で燃え、跡形もなく灰になっていった。硬い
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23話. 居直る女と冷たい逆転

午前十一時。重い静寂の降りたリビングへ、鋭く苛立った呼び鈴が荒々しく響いた。ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!インターホンを何度も押し続ける乱暴な指。慎吾は出勤中で、管理会社の点検予定もない。美咲は手にしていたティーカップを静かに置き、落ち着いた足取りでモニターへ近づいた。画面には、濃いサングラスを頭へ載せ、赤い高級ショルダーバッグを持った知らない女が立っている。苛立ったようにハイヒールで廊下の石床を鳴らし、唇を噛んでいた。昨夜、酔いつぶれた慎吾の財布から見た名刺――ルーチェ・インテリアデザイン代表、水城紗也香の顔だった。美咲はわずかにも動揺せず、玄関のロックを外した。カチャリ。扉が開くなり、鼻を刺す濃く華やかな高級香水が、澄んだ空気へ流れ込んだ。昨夜、慎吾のワイシャツから漂っていた、まさにあの不快な香りだ。紗也香はサングラスを人差し指で押し上げ、美咲を頭から爪先まで眺めた。赤い唇へ、卑しく傲慢な笑いが浮かぶ。「あら。思った以上に地味で、冴えない人。慎吾さんがどうして家へ寄りつかず、毎週末、私のところへ来たがるのか、すぐ分かったわ」靴を脱ぐ気もなく、厚かましく玄関から顔を差し入れ、リビングを覗き込む。妻を前にしても少しも怯まず、顎を上げる不倫相手の居直りだった。以前の美咲なら、心臓を縮ませ、指を震わせ、羞恥と恐怖に潰されて泣いたはずだ。だが今、胸にあるのは、氷のように冷たく硬い落ち着きだけだった。大河の腕の中で取り戻した自尊心と、彼がくれた確かな勇気が、背筋をまっすぐ伸ばしていた。ポケットのスマートフォンで録音を開始し、静かな目でドアノブを握る。「人の家の前で、下品な香水を撒き散らさないでください。用件だけ簡潔にどうぞ。ルーチェ・インテリアデザイン代表、水城紗也香さん」正確な氏名と肩書を突きつけられ、紗也香の傲慢な笑みが一瞬固まった。「何? どうして私の名前を……ああ、慎吾さんが正直に全部話したのね?」動揺を隠すように腕を組み、甲高く言い返す。「なら、はっきり言うわ。私、慎吾さんとはもう一年以上つき合ってるの。慎吾さんはあなたと別れて、私と新しく始めたいって言ってる。家のことも満足にできず、毎日怒られてるくせに、その席へしがみついても惨めでしょう? 少し慰謝料をもらって、おとなしく離婚届へ判を押して出ていき
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24話. 完璧な武器と秘密の誓い

カチャリ、ピピッ。玄関のロックが外れると、大柄な大河が荒い息をつき、急いで入ってきた。黒い革のジャケット。片手には重い書類鞄。獲物を守る獣のように、表情は冷たく鋭く固まっていた。「美咲さん!」靴を脱ぎ捨てるようにリビングへ入り、まっすぐ近づく。大きな手が、細い肩、手首、頬を慎重に包み、傷がないか急いで確かめた。「怪我はありませんか。あの女が、勝手に触れたり暴れたりしませんでしたか」荒い息に乗る清潔な石鹸と、ほろ苦い革の香りが、リビングを一瞬で頼もしく温かな空気へ変えた。美咲は淡く笑い、首を振る。「大丈夫です。手を止めて、証拠のことを話したら、真っ青になって帰りました」堂々と落ち着いた答えに、大河の鋭く張っていた眉間がゆっくり緩んだ。唇へ深い弧が浮かび、濃い瞳には、美咲への感嘆と愛情が渦巻く。「よく対処できました。もう美咲さんは、誰かに脅されても、最初から頭を下げたりしませんね」片腕で腰を抱き、胸へ強く引き寄せた。硬い胸板の奥から伝わる、熱く規則正しい鼓動が、美咲の全身へ深い安堵を満たす。広い胸へ顔を埋め、長く息を吐いた。しばらくして、大河は手を取り、ダイニングの椅子へ座らせた。持ってきた重い書類鞄を開く。さらり――とん。厚い茶封筒が三つ、テーブルへ順に置かれた。「これは……全部、何ですか?」「慎吾からリベートを要求された協力会社の代表が、法律事務所へ提出した内部告発資料の写しです」低く明晰な声が、テーブルの上を重く沈めた。「現場で世話になった先輩が被害会社の代表を紹介してくれました。資料は正式な委任を受けた弁護士が保管しています。慎吾が発注単価を不当に下げたあと、裏でリベートを受け取った口座記録、水城紗也香名義の都心高級マンション購入契約書まで入っています」美咲は封筒を押さえ、一枚ずつ書類をめくった。瞳が驚愕と冷たい怒りに染まる。慎吾は生活費を一万円多く使っただけでも目を剥き、「寄生虫」と罵った男だ。その裏で、一億二千万円を超える会社資金と裏金を抜き、愛人へ高級不動産を与え、贅沢をさせていた。「これだけ証拠があるなら……単なる離婚では終わりませんね」「はい。業務上横領、背任、脱税の疑いまであります。身柄を拘束するかは捜査機関の判断ですが、社内監査と刑事捜査は避けられないでしょう」大河はテーブルの後ろへ回
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25話. 言い訳のない夜とまっすぐな渇望

シンク下へ落ちていた冷たい水滴も、軋みながらドア枠を削っていた寝室のハンドルも、四方へ熱湯を噴いていた温水バルブも、すべて正しい位置へ戻っていた。家のどこにも、故意に捻って作った隙間や、壊された不具合はもうない。それでも美咲は、レンチやドライバーを探して、引き出しの隅を焦りながら漁ることはなかった。嘘の理由と壊れた道具の陰へ隠れなくても、あの男は呼べば、何もかも放り出して迷わず走ってくる。今では全身の感覚で、それを信じていた。午後八時。冷たい秋雨が、バルコニーの二重窓を、静かにとん、とんと叩いている。カチャリ、ピピッ。玄関のロックが柔らかな電子音を立てて外れ、重く確かな足音が廊下を横切り、リビングへ入った。濃紺の作業服も、片手を重くした革の工具バッグもない。身体へ端正に沿う濃いチャコールのシャツとスラックス姿の大河が、雨粒のついた長傘を傘立てへ整えて置き、リビングへ歩いてくる。広い肩と厚い胸へまとった冷たい秋雨の匂い。美咲の凍った心を溶かす、ほろ苦く濃い石鹸の香り。それらが部屋へ淡く広がった。美咲はダイニングの前に立ち、自分へ向かう深い瞳を見上げた。「どこか……壊れた場所はありませんか」落ち着いた声が、耳を優しく包んだ。問いは初めて訪れた日と同じだった。けれど、そこへ込められた温度は、比べられないほど熱く、優しい。美咲は静かな笑みを浮かべ、首を横へ振った。「いいえ。どこも壊れていません。水も漏れてないし、扉も滑らかに開きます。ただ……何の理由もなく、大河さんに会いたくて呼びました」偽りの名目も、歪んだ言い訳もない、真っ直ぐな告白。大河の眉間が一瞬、深く固まった。ためらいなく歩幅を狭め、片腕で細い腰を掴み、胸へ強く引き寄せる。どんっ。硬い胸の奥で荒く打つ心臓が、薄い服を通り、肌へ直接伝わった。荒く大きな掌が細いうなじを慎重に包み、顔を上げさせる。太い親指が震える顎をゆっくり撫でるたび、胼胝のざらつきと焼ける体温が、眩暈のする電流を全身へ流した。「理由もなく……俺の顔だけ見たいと呼んでくれる日を、どれだけ待ったか分かりません」重い吐息が耳を熱くした瞬間、火のような唇が、開いた唇を深く荒く呑み込んだ。罪悪感と恐怖に押し潰されながら交わした、これまでの密会とは違う。まだ片づけるべき現実は残っている。それでも今
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26話. 闇を照らす番人

午前八時。静かだったリビングへ、荒い嵐が押し込んだ。バン! バン! バン!玄関が壊れそうな音とともに、酒に酔った慎吾がよろめきながら乱入した。真っ赤に充血した目。汗と油で乱れた髪。曲がった高級ネクタイ。本社監査部が秘密裏に始めた、一億二千万円規模の法人カード不正利用と裏金調査の刃が、自分の首へ向いたと知り、青ざめて理性を失っていた。「美咲! どこに隠れた、この寄生虫が!」リビングへ入るなり、ダイニングチェアを蹴り飛ばし、憎悪に満ちた声で叫んだ。「おまえが領収書とカード明細を抜いたんだろ! 監査の連中が、俺の借名口座もマンション契約も全部洗ってる! おまえの仕業だな! 今すぐ言え!」殺気のある目で、美咲の胸元を掴もうと手を伸ばす。以前なら恐怖で床へ崩れ、震えただろう。だが美咲は瞬きもせず、冷たく半歩下がり、手のスマートフォン画面を慎吾の前へ真っ直ぐ掲げた。「触らないで。今の罵声も暴れている様子も、弁護士と共有している暗号化フォルダへリアルタイムで保存されています」声は不自然なほど明瞭で冷たかった。「何だと? 弁護士? 本社監査部? この狂った女、牢屋に入りたいのか!」追い詰められた慎吾が、リビングの隅に立ててあるアルミ製のゴルフクラブへ手を伸ばした瞬間、美咲は準備していた緊急メッセージを送信した。カチャリ――バン!ワンタイム暗証番号でロックを開けた大河が、玄関を押し開けた。「その手から、ゴルフクラブを下ろしてください」冷たい空気を切って現れた大柄な大河が、慎吾の前へ一瞬で立ちはだかった。濃紺のジャケット。広い肩と圧倒的な体格が慎吾の視界を完全に塞ぐと、リビングはたちまち薄氷のような静寂に覆われた。全身から放たれる鋭い威圧に、空気まで凍りつく。冷たく沈んだ濃い目が、慎吾の震える首へ真正面から突き刺さった。「美咲さんへ一歩でも近づくか、クラブを振り上げたら、すぐ制止します。通報画面もすでに開いています」慎吾は巨大な体格と獣のような気迫に押され、後ずさった。「お、おまえ、またこの野郎か! 人の家へ何度も勝手に入ってくるな!」「相沢美咲さんから、救助要請を受けました」大河は110番の発信待機画面と、録画中のカメラを見せた。「クラブを置いて下がってください。次の行動は、そのまま警察へ送られます」隙のない対応と、相手を圧
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27話. 書類の重みと、ようやく閉じる扉

闇の深く落ちたリビング。大理石のダイニングテーブルには、重い青いファイルが三冊、整然と並んでいた。かさり。冷えた美咲の指先が、厚い表紙をゆっくり撫でる。紙を擦る音が、静かな部屋へ異様に鮮明に響いた。ファイルには、慎吾がこの三年間、密かに動かしていた借名法人名義の口座記録、税務調査を避けるため親族名義へ分散した隠匿不動産の一覧が整理されている。高級ホテルのレシート、法人カードの決済履歴、紗也香が不倫関係を自ら認めた玄関先の録音書き起こしも、日付順に綴じられていた。一つひとつが慎吾の息を止め、社会的地位と名誉を奈落へ落とす、致命的な矢だった。少し前まで、手首を青く腫らし、生臭い水のにおいがこもるシンクの下で息を殺して泣くことしかできなかった美咲には、想像もできなかった完璧な反撃の武器だ。「準備はすべて終わりました」背後から、低く落ち着いた声がした。いつの間にか音もなく近づいた大河が、美咲の冷たい肩へ、自分の濃いチャコール色のカーディガンを優しくかける。繊維に淡く染みた男の体温と、ほろ苦い石鹸の香り、冷たい夜気が混ざり、震えていた呼吸を静かに整えた。大河はテーブルの書類を大きく硬い手で揃え、澄んだ瞳をまっすぐ見つめた。深い目には、不安も迷いもない。「法律事務所の事前確認は終わっています。慎吾がどんな弁護士をつけても、不倫、暴力、財産隠しのすべてを同時に否定するのは難しいでしょう」「……本当に、終わりが見えてきたんですね」唇から漏れた声は細く震えた。けれどそこには恐怖ではなく、冷たい決意が固く満ちていた。美咲は顔を上げ、家の中をゆっくり見回した。息を詰まらせた高い天井。慎吾の罵声が壁紙へ染みつき、悪臭を放つように思えた冷たい大理石の床。いつも身を縮め、逃げ込むしかなかった暗いキッチン。この家は安らぎの場所ではない。魂を少しずつ腐らせた、華やかな牢獄であり、巨大なごみ箱だった。「大河さん」「はい、美咲さん」「今日は、この書類と数日分の服だけ持っていきます。残りは法的な手続きが進んでから、私の物だけ回収します。慎吾からもらった宝飾品は、置いていきます」美咲は迷いなく、指にはめていた華やかなダイヤモンドの結婚指輪を外し、テーブルへ落とした。ころり、と冷たいガラスの上を転がる音が、恐ろしかった結婚生活へ終止符を打つ銃声のよ
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28話. 審判の朝、堂々たる宣告

翌朝早く。美咲は弁護士の助言どおり、管理会社へ入室の予定を伝えてから、あの家へ戻った。大河は玄関の外で待機している。美咲は用意してきた二つの厚い封筒をダイニングテーブルの中央に置いた。冷たい朝の空気が、リビングの大きな窓を薄く震わせていた。やがて寝室のドアが乱暴に開いた。きっちりとプレスされた高級スーツ姿の慎吾が、ネクタイを苛立たしげに締め直しながら出てくる。社内監査と役員会の圧力に追い詰められているのか、その眉間には深い皺が刻まれ、いつもの傲慢で神経質な目がテーブルへ向けられた。「おい、相沢美咲。今日が役員会だって分かってるのに、なんでタイピンを引き出しの奥なんかに入れたんだ。何度言えば分かるんだよ」いつものように、当然の権利のように浴びせられる罵声。以前の美咲なら、ドアの音を聞いただけで肩をすくめ、頭を下げていた。けれど今日は違った。ダイニングの上座に背筋を伸ばして座り、慎吾を静かに見つめている。きれいに梳かした髪。凪いだ水面のように冷静な瞳。そこにはもう、怯えも萎縮も一片たりとも残っていなかった。むしろ宙でぶつかった視線の鋭さに、慎吾の足が思わず止まる。「……なんだ、その目は。人が話してるのに立ちもしないのか?」舌打ちをしながら、慎吾はテーブルへ荒々しく詰め寄った。――バンッ!美咲は迷うことなく、二つの封筒を大理石の天板へ叩きつけるように置いた。鈍い摩擦音とともに、中から滑り出した白い書類が、慎吾の胸元まで届く。「なんだ、これ」慎吾が眉をひそめ、最初の書類に印刷された太い文字を読み下ろした。【夫婦関係調整調停(離婚)申立書・慰謝料等請求書】申立人 相沢美咲相手方 相沢慎吾申立ての趣旨――相手方による常習的な暴言、精神的支配、家庭内暴力、不貞行為および財産隠匿により婚姻関係が破綻した責任の確認。慰謝料三千万円ならびに、婚姻期間中に形成された正当な純資産の六割相当の財産分与を求める。慎吾の瞳が激しく揺れ、白目に赤い血管が浮き上がった。「お、お前……ふざけてるのか? 離婚? 俺の金がなきゃ何もできないお前が、どこからこんな紙切れを持ってきた!」「ふざけていません。隣の封筒も確認してください」美咲の低く澄んだ声が、慎吾の怒声を踏みつけるようにリビングを切った。慎吾は震える手で、もう一つの封筒を破る。中
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29話. 砕かれた暴力と絶対的な制圧

「ぐっ……離せ!」大河は、美咲へ向けられていた慎吾の右腕を外側へ返し、一歩横へ押し退けた。骨を痛めつけるのではなく、肘と手首の角度だけを固定し、もう掌を振るえないようにする。「美咲さんに触れないでください」低く抑えた警告が、リビングを切り裂いた。大河は美咲の前に立ちはだかり、慎吾の動きだけを見ている。「お、お前……またこの野郎か! 人の家に勝手に入り込んで、誰に触ってると思ってる!」慎吾が左手でテーブル上のクリスタル花瓶をつかみ、大河のこめかみ目がけて振り抜いた。――ブンッ!大河は上体をずらしてかわすと、慎吾の前腕をつかみ、その軌道を床へ逃がした。花瓶が手から抜け、大理石の床へ落ちる。――ガシャン!硬い破裂音とともに、無数のガラス片が飛び散った。大河はすぐに、美咲と破片の間へ自分の体を入れた。続けて慎吾の重心を横へ崩し、床へうつ伏せに倒したうえで、両手を背中側にまとめて押さえる。傷つけるための力ではない。警察が到着するまで、これ以上の暴力を止めるために必要な力だけだった。「動かないでください。美咲さん、今すぐ一一〇番を」大河は、慎吾の肩がガラス片へ押しつけられないよう膝の位置を変えた。手首を無理に捻らず、肘を胴体の近くへ固定して動きだけを封じる。慎吾が体を捩るたび、力任せに押さえ込むのではなく、同じ警告を繰り返した。「力を抜いてください。暴れると、ガラスで怪我をします」美咲は大河の指示に従い、テーブルの反対側へ下がった。足元の破片を避けるためスリッパを脱ぎ、スマートフォンを耳へ当てる。「警察ですか。港区のパークセントラル・レジデンス東棟、七〇二号室です。夫が私を殴ろうとして、花瓶を振り回しました。今は知人が取り押さえています」通信指令員が、加害者から距離を取るよう案内する。美咲は住所、オートロックの解錠方法、今のところ重傷者はいないことを順番に答えた。声は震えていた。それでも、一つひとつの言葉は途切れなかった。誰かに向かって、はっきりと「助けて」と伝えられたのも、初めてだった。大河の袖には、小さなガラスの粉が付着していた。美咲は近づいて払いたかったが、今必要なのは安全な距離だった。震える片手をもう一方の手で包み、指令員の案内を最後まで聞く。大河も美咲を振り返ることなく、慎吾の腕と呼吸だけを見ていた。
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30話. サイレンと、覆された力関係

ウウゥ――、ウウゥ――!マンションの車寄せを満たしていたサイレンが、東棟のエントランス前で止まった。続いて、エレベーターの扉が開く音と、急ぐ複数の足音が廊下から響いてくる。――ドンドンドン!「警察です! 七〇二号室、開けてください!」美咲は取り乱すことなく、まっすぐ玄関へ向かった。スマートロックを解除する。カチャッ。重い防音扉が開くと、防刃ベストを着用した所轄署の警察官三名が、緊張した面持ちで素早く室内へ入ってきた。「一一〇番通報を受けて臨場しました。通報者の方はどちらですか」警察官たちの目に最初に入ったのは、砕けたクリスタル花瓶の破片が散乱する大理石の床だった。その中央には、大河に両腕を背後で押さえられ、うつ伏せのまま荒い息を吐く慎吾がいる。一人の警察官が花瓶と破片の位置を確認し、別の一人が美咲と慎吾の間へ入った。大河がゆっくり手を離すと、警察官がすぐに慎吾の両腕を確保する。三人目は美咲を玄関寄りの安全な場所へ誘導し、怪我と呼吸状態を確認した。顔や手首に新しい傷がないかを見たあと、現場写真を撮る。大河にも打撲などがないか確認したが、二人とも直ちに治療を要する負傷はないと答えた。「お、お巡りさん! 助けてくれ! こいつが勝手に人の家へ入って、俺を殴りつけたんだ!」警察を見るや、慎吾は好機とばかりに唾を飛ばして被害者を装った。しかし大河は落ち着いて膝を離し、静かに立ち上がった。胸元から身分証を出し、警察官へ提示する。「東都総合メンテナンス、アフターサービス部の黒瀬大河です。相沢美咲さんから緊急の救助要請を受けて入室しました。相沢慎吾氏が花瓶を振り回したため制止し、警察が到着するまで必要な範囲で動きを止めていました」美咲も揺るがない態度で、スマートフォンを警察官へ差し出した。「こちらが防犯映像と音声の原本です。相沢慎吾は離婚申立書を見たあと私を殴ろうとし、黒瀬大河さんの頭を花瓶で殴ろうとしました」画面には、慎吾の罵声と暴行未遂の一部始終が鮮明に映っている。血走った顔。殺気を含んだ怒声。振り上げられた掌と、花瓶。映像を確認した警察官たちの表情が、一気に冷えた。「相沢慎吾さん。暴行および凶器を用いた暴行の現行犯で逮捕します。配偶者暴力事案として、被害者と分離します」カチャン、カチャン。冷たい銀色の手錠が、慎吾の
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