Todos los capítulos de 中絶を強いられた日に私は姿を消した: Capítulo 11 - Capítulo 20

25 Capítulos

第11話

マンションからは、美空が忙しなく動き回る姿が消えた。彼女がまとっていた、かすかな香りさえ、今では記憶の中にしか残っていない。夜中、ふと目を覚ましたときなど、雅人はいつもの癖で隣に手を伸ばし、彼女の腰を抱こうとする。けれど、腕の中には誰もいない。そのたびに雅人ははっと目を覚まし、隣の空いたスペースを見つめたまま、しばらくぼんやりと座り込んでしまうのだった。オフィスで書類に目を通しているときも、つい内線電話に手が伸びる。「吉沢、社長室に来てくれ」そう指示してから、受話器の向こうにいる新しい秘書が気まずそうに黙り込んだことで、ようやく我に返る。美空はもう、退職したのだ。新しい秘書の仕事ぶりに不満はなかった。けれど、彼女が淹れるコーヒーは、雅人が好きなコクがなかった。そして今、雅人はマンゴージュースが入ったものを誤って口にし、アレルギー症状を起こしていた。肌がむずむずとかゆみ始め、赤い発疹が浮かび上がってくる。新しい秘書は今にも泣き出しそうな顔で、慌てて申し出た。「申し訳ございません!今すぐ病院へお連れします!」雅人は落ち着いた様子でグラスを置き、秘書とともに宴会場を出ようとした。そのとき、会場の入り口に立つ人影が、ふいに視界に飛び込んできた。雅人は目を見開いた。信じられないものを見るように、その姿を凝視する。「……美空?」美空自身も、こんなに早く京浜市へ戻ってくることになるとは思っていなかった。航平は大学時代から起業し、いくつかの成長の波をうまく捉えて事業を拡大してきた。今では、京浜市でも名の知られた新進気鋭の経営者となっている。しかも、天野グループと篠原グループは、同じ業界に属していた。雅人の秘書を務めていた美空は、仕事で天野グループと何度もやり取りをしていた。それでも、まさかその会社が、幼い頃に一緒に遊んだ航平の会社だったとは思いもしなかった。美空は実家で1ヶ月近く休養していたが、彼女のこれまでの職歴を知った航平から、天野グループへの入社を勧められた。航平は会社の主要事業を川原市へ移すことを考えていた。そのため美空はこのところ、彼に同行して京浜市と川原市を行き来する日々を送っていた。仕事に追われる毎日で、雅人のことを思い出す機会もほとんどなくなっていた。京浜市は、ときに
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第12話

雅人はしばらく美空を見つめたあと、秘書に付き添われて病院へ向かった。美空は彼の後ろ姿を見送ったあと、何事もなかったかのように航平のそばへ戻った。一方、雅人は病院で検査を受け、薬を追加で服用したうえ、点滴を受けることになった。早い段階で薬を飲んでいたおかげで、症状はそれほど深刻ではなかった。点滴を終える頃には、身体に出ていた発疹もだいぶ落ち着いていた。秘書が会計を済ませると、雅人はそのまま彼女を帰らせた。一人きりになった病室で、雅人はスマホを見ていた。そのとき、病室の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。顔を上げると、玲奈が急いで駆け込んでくるところだった。「雅人、アレルギーが出たって?もう大丈夫なの?」玲奈は心配そうに顔をのぞき込んだが、雅人の表情は冷ややかだった。ここ数日、彼は玲奈からの連絡をすべて無視していた。1ヶ月前から、玲奈は何度も会社に顔を出しては、自分が雅人の婚約者であることを周囲に知らしめようとしていた。特に、容姿の整った女性社員に対しては、まるで敵意をむき出しにするかのように目を光らせていた。何人かは裏で呼び出され、釘を刺されていたという。そのせいで、長年勤めていた社員が2人も退職に追い込まれた。さらに1週間前には、雅人の後をつけ、彼が不在の隙にマンションへ忍び込んだこともあった。あろうことか、服を脱いでベッドに潜り込み、誘惑しようとしたのだ。だが、雅人が本当に腹を立てていた理由は、ほかにあった。心配そうな顔で自分を見つめる玲奈を前に、雅人は鼻で笑った。「俺がアレルギーを起こしたと聞いて、心配で駆けつけてきたのか?それとも、美空が戻ってきたと聞いて、自分の立場が危うくなるのを恐れたのか?」玲奈の表情が一瞬、こわばった。しかし、すぐに傷ついたような顔を取り繕い、訴えるように言った。「もちろん、雅人が心配だったからよ!私はあなたの婚約者なのよ?どうしてそんなふうに、私の気持ちを疑うの?」これまで雅人は、玲奈のわがままにも目をつぶってきた。だが、この1ヶ月、彼女は身勝手な振る舞いを繰り返し、雅人の我慢もとうとう限界に達していた。雅人は冷ややかな目で彼女を見据えた。「確かに、お前は俺の婚約者だ。だが、それ以上でも、それ以下でもない。俺たちの婚約は、互いの利益のために結んだものに
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第13話

玲奈は手をきつく握りしめ、胸の内は不安でいっぱいだった。元彼とはただの遊びだった。本当に好きなのは、ずっと雅人だったのだ。ただ、雅人は以前から女性にほとんど興味を示さず、親しい女性といえば美空くらいだった。だから玲奈は、寂しさを紛らわせるために何人かの男性と付き合ったのだ。ところが、篠原家が白川家との縁談を考えていると知った矢先、思いがけず妊娠が発覚した。玲奈はこっそり病院へ行き、中絶しようとした。だが、医師から告げられたのは、体質の問題で、中絶すれば将来妊娠しにくくなる可能性が高いうえ、大量出血の危険もあるということだった。どうすればいいのか、玲奈は散々悩んだ。結局、リスクを冒すまで中絶する勇気はなかった。そこで考えたのが、雅人と関係を持ち、彼に自分の子だと思い込ませることだった。しかし、雅人は自分にまったく触れようともしない。時間が経てば経つほど、お腹は目立つようになっていく。追い詰められた玲奈は、ついに雅人のマンションへ忍び込んだのだった。だが、焦って取った行動が、かえって雅人に不審に思われた。そして彼は、手がかりをたどって玲奈の秘密を突き止めたのだ。大股で立ち去っていく雅人を見つめながら、玲奈は涙を流し続けた。彼の背中をにらみつけ、悔しさを抑えきれずに叫ぶ。「雅人!名家の令嬢だからって、みんなが身持ちの固いお嬢様だと思ったら大間違いよ!私と婚約を解消したところで、私以上に品行方正な相手なんて、そう簡単に見つかるはずがないわ!それとも、吉沢さんと結婚するの?普通の家庭を出た彼女を、あなたの両親が受け入れるはずがないでしょう?あなたに一番ふさわしいのは、私だけよ!」しかし、雅人は振り返りもしなかった。玲奈の叫びなど耳に入っていないかのように、足を止めることなく去っていく。玲奈は手のひらをさらに強く握りしめ、歯を食いしばった。目に憎悪をにじませ、吐き捨てる。「吉沢……美空……!全部、あなたのせいよ!」彼女が戻ってきたせいで、自分は見捨てられたのだ。……美空は、病院でそんな騒ぎが起きていたことなど知る由もなかった。彼女は航平に付き添って会食をこなし、宴会が終わる頃にはすっかりほろ酔いになっていた。航平の腕にそっと手を添え、2人で会場をあとにする。天野グループは事業規模が大きく、主
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第14話

美空はぼんやりと航平を見つめ返した。胸の鼓動が乱れていることに、少し遅れて気づく。宴会場から2人の住む場所までは、それほど遠くない。航平はふいに笑いかけた。「家に着くまで、少し歩かない?」ちょうど酒が回ってきて、身体の重さや息苦しさを感じていた美空は、すぐにうなずいた。航平はその場で運転手に車を止めるよう指示した。2人が車を降りると、美空が薄手のドレスしか着ていないことに気づいた航平は、自分の上着を脱ぎ、そっと彼女の肩に掛けた。体温の残る上着に包まれると、雅人との再会で沈んでいた美空の気持ちも、少しずつ回復していった。航平に何か聞かれる前に、美空は口を開いた。「篠原さんは、アレルギーを起こしやすい人なの。秘書をしていた頃から、バッグに薬を入れておくのが習慣になっていて……退職したあと、取り出すのを忘れていただけ。彼のために、わざわざ持ち歩いていたわけじゃないから」航平は彼女の頭に手を置き、軽く髪を撫でながら、冗談めかして言った。「分かってるよ。美空さんがうちの会社に入社してまだ数日しか経っていないけど、君がどれだけ優秀で仕事のできる人なのか、身にしみて分かったよ。篠原さんが手放してくれたおかげで、僕はいい人材を手に入れられたわけだ」まるで大当たりを引いたとでも言いたげな航平の顔に、美空は思わず吹き出した。航平の手は、そのままゆっくりと下りてきて、美空の手をそっと握った。温かく力強い手に包まれ、美空は一瞬戸惑ったものの、すぐに自然な動きで指を絡めた。2人は手をつなぎ、並んで歩き始めた。ところが、少し歩いたところで、美空は足を止めた。履き慣れないハイヒールのせいで、かかとが擦れてひどく痛んでいたのだ。それを知った航平は、迷うことなく彼女をおんぶした。2人は話をしながら、ゆっくりと帰路をたどった。酒が回っていた美空は、雅人と過ごした日々についてぽつぽつと語り始めていた。航平の首に腕を回し、広い背中に頬を寄せながら、美空はどこか苦い笑みを浮かべる。「篠原さんと付き合っていた数年間、彼はいろんな景色を見せてくれたし、仕事のこともたくさん教えてくれた。これまでの人生で経験してきたことは、どれも無駄じゃないと思ってる。彼を恨んではいないし、後悔もしていない。そして……いつまでも引きずるつもりも
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第15話

雅人の顔から、さっと血の気が引いた。「……婚約者?」美空の口にしたその言葉を、確かめるように繰り返す。彼女の強情な顔を見下ろすうちに、怒りが込み上げ、いっそ笑えてきそうだった。手招きすればすぐに戻ってきてくれると思っていた猫が、いつの間にか拗ねて牙を剥き、爪まで立てるようになっていた。威嚇する姿はどこか愛らしいのに、その爪は確かに彼の心を傷つけている。雅人は目を細め、意味ありげに美空を見つめた。「俺たちのこと、そこの……婚約者の前で話してもいいのか?」声には、わざとらしいほどの余裕と、含みのある響きがあった。いつもの冷ややかで隙のない顔つきとは違い、今はどこか不遜で、挑発的な色が浮かんでいる。美空は思わず、2人きりのときに見せていた雅人のろくでもない一面を思い出した。途端に警戒心が募る。少し迷った末、美空は眉を寄せ、航平に目を向けた。「……航平さん、先に帰ってて。彼と少し話し合うから」航平は穏やかな眼差しで彼女を見つめた。「一人で大丈夫?」美空は笑顔を見せる。「大丈夫。心配しないで」航平は険しい顔をした雅人にちらりと目をやり、それから美空に念を押した。「何かあったら、いつでも呼んで」美空が頷くと、航平はようやく少し離れた場所へ移った。2人の会話までは聞こえない距離だが、何かあればすぐに駆けつけられる位置だった。言葉をたくさん交わさずとも通じ合っている2人の様子に、雅人の胸には嫉妬が渦巻いた。航平が本当に美空の婚約者なのか、雅人にはまだ信じられない。だが、航平が美空に特別な感情を抱いていることくらい、見ればわかった。遠ざかる航平の背中を見つめ、雅人は冷笑を浮かべた。そして、抑えきれない苛立ちを美空にぶつける。「ずいぶん懐いてるな。次はあの人に乗り換えるつもりか?」美空の表情が強張った。それでも雅人は容赦なく、彼女の心をえぐるような言葉を重ねた。「天野さんは知ってるのか?お前が7年間、俺と寝ていたことも、俺の子を身ごもったことも。それに、今のお前があるのは、俺が一から仕込んだからだってことも……全部承知のうえなのか?……ベッドの上でも、あの人は俺ほどお前を満足させられるのか?」「もうやめて!」美空の顔からも、すっと笑みが消えた。怒りに胸が激しく上下する。子ども
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第16話

乾いた平手打ちの音が、夜の静けさに響いた。その場の空気が、ぴたりと凍りつく。雅人は舌先で、打たれた頬の内側を押した。やがて顔を上げ、美空を見つめる。瞳には、暗い怒りが渦巻いていた。だが、怒りに燃えていたその目が、彼女の顔に触れた途端、わずかに揺らいだ。美空は怒りに震え、悔しさに目を赤くしていた。その姿を目にした瞬間、雅人の怒りはどこかへ消えてしまった。彼は眉を寄せた。「美空、俺は……」言い終わる前に、横合いから拳が飛んできた。狙い違わず、雅人の頬を打ち抜く。航平は遠くへ行っていなかった。雅人が美空に無理やりキスする姿を目にした瞬間、とうとう堪忍袋の緒が切れ、駆け戻ってきたのだ。不意打ちを食らった雅人は、よろめきながら数歩後退した。口の端が切れ、すぐに血がにじむ。航平は美空を自分の背後へ引き寄せ、かばうように立った。それから彼女を振り返る。「大丈夫?」美空はこくりと頷いた。「うん……私は大丈夫」そう答えながらも、彼女は不安げに航平の服の裾をつかんでいた。いつも穏やかで、感情を荒らげることのない航平。こんなふうに怒りを露わにする姿を見るのは初めてだった。一方、雅人は美空をかばう航平を見据え、冷ややかに笑った。「お前……いい度胸だな」拳を握りしめると、そのまま航平に向かって突進し、顔面に一発叩き込んだ。「航平さん!」美空が悲鳴を上げる。航平もすぐさま反撃し、2人は殴り合いになった。互いに拳を振るい、一歩も引かずにやり合う。あっという間に、2人とも顔や身体に傷を負っていった。美空は頭を抱えたくなった。「もうやめて!2人とも、やめてってば!」必死に間へ割って入ろうとしても、まるで聞く耳を持たない。とうとう自力ではどうにもならず、美空はマンションの警備員を呼んだ。駆けつけた警備員たちが何とか2人を引き離し、ようやく喧嘩は収まった。普段は気品に満ち、隙のない雅人も、今や顔を腫らし、見る影もなくなっていた。いつもは端正で物腰の柔らかな航平も、ネクタイが曲がり、すっかり余裕を失っている。2人が引き離された途端、美空は雅人には目もくれず、まっすぐ航平のもとへ駆け寄った。雅人の拳を受けた頬には、痛々しい痕が残っている。美空は心配と後悔で胸がいっぱいになり、おそるおそ
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第17話

雅人の顔から、さっと血の気が引いた。体の痛みさえ、もう気にはならなかった。彼はただ、美空と航平が握り合う手を、呆然と見つめていた。もう、自分に言い聞かせて誤魔化すことはできない。美空の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。7年間、共に働いてきたのだ。彼女が嘘をついているかどうかくらい、雅人にはわかる。自分は、美空と結婚するつもりはなかった。それでも――彼女がほかの男と結婚する日が来るなんて、考えたこともなかった。言いたいことを告げ終えた美空は、もう雅人を見ない。航平の手を引き、そのままマンションの中へ入っていく。……「手当てするね」2人の部屋は、向かい合わせになっている。航平が美空の部屋を訪れるのも、これが初めてではなかった。美空は彼をソファに座らせると、急いで救急箱を探し出した。航平はソファの背にもたれ、少し顔を上に向けて、彼女から手当てを受けている。整った顔にいくつもの傷がついてしまったのを見て、美空は困ったように眉を下げた。腹立たしいやら、申し訳ないやら、それ以上に痛々しくて心配だった。「次からは、あんなに無茶しないでね。腫れが引くまで、何日かかかりそうだし」部屋に入ってから、航平はほとんど口を開いていなかった。その代わり、ずっと熱のこもった眼差しで美空を見つめている。彼女の言葉を聞くと、航平はわずかに目を伏せ、静かな声で答えた。「婚約者がほかの男に無理やりキスされているのを見て、何もせずにいられるわけがないよ」美空ははっとした。申し訳なさそうに航平の顔を見つめる。「……ごめんなさい」あんな場面を目の当たりにすれば、誰だって気分がいいはずがない。美空はためらいながら口を開いた。「航平さんさえよければ……」言い終わる前に、航平がすっと手を伸ばした。その腕が、彼女の細い腰に回る。不意を突かれた美空は、前のめりになって彼の胸に手をついた。気づけば、そのまま航平の膝の上に腰を下ろしていた。一瞬にして、2人の距離が縮まる。出会ってからずっと、航平は穏やかで礼儀正しく、何事にも節度を守る人だった。そんな彼が今、隠していた独占欲をあらわにしている。美空は何が起きたのかすぐには理解できず、目を丸くしたまま固まっていた。航平はゆっくりと顔を近づける。少し掠れた声が、
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第18話

翌朝、美空は航平と一緒に会社へ向かった。航平は、朝食を2人分用意してくれていた。美空はそれを受け取ったものの、どうにも航平の目をまともに見られない。つい昨日までは、彼と接するときも平然としていられたはずなのに。昨夜、互いの気持ちを打ち明け合い、あんなにも親密なキスを交わしたせいだろうか。何かが少しずつ変わり始めている。そんな気がしてならなかった。航平は、美空の視線に浮かぶ照れやぎこちなさに気づいていた。けれど、あえて指摘することはせず、口元にそっと笑みを浮かべる。顔には殴られた痕がまだはっきりと残っている。それでも、機嫌がいいことは隠しようもなかった。2人は会社に着くと、すぐにそれぞれの業務に取り掛かった。それから数日、雅人は姿を見せなかった。美空はようやく胸をなで下ろした。ところが、再び航平に同行して宴会へ出席した日のこと。会場に入って間もなく、美空は玲奈がこちらへ向かってくるのに気づいた。視界の端にその姿を捉えた瞬間、思わず眉をひそめる。玲奈の目には、隠しようのない憎悪が燃えていた。彼女は美空に向かって突進すると、手にしていたグラスをためらいもなく振り上げ、中の酒を美空の顔めがけて浴びせようとした。また……?美空は玲奈を見た瞬間から、何か仕掛けてくるのではないかと警戒していた。酒が飛んできた瞬間、とっさに身体をひねって避けようとする。それでも、液体である以上、すべてをかわすのは難しい。多少はかかってしまうだろう。このままでは、ひどい目に遭う。そう思った、そのときだった。美空が身をかわすよりも早く、隣にいた航平が迷わず一歩前へ出た。彼女をかばうように立ち、己の身体で守った。酒は容赦なく航平の背中に降り注ぎ、高級スーツを濡らした。美空は呆然と彼を見上げた。航平は彼女をかばったまま、気遣うように顔を覗き込む。「大丈夫?」美空ははっとして、小さく頷いた。胸の奥に、じんわりと温かなものが広がっていく。航平は念入りに彼女の様子を確かめ、酒がかかっていないことを確認してから、ようやく振り返った。その顔には、今まで見たことがないほど冷たい怒りが浮かんでいる。呆然と立ち尽くす玲奈を見据え、低い声で言い放つ。「白川さん。僕の婚約者にこんなことをして、ただで済むとは
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第19話

雅人の眼差しは、凍りつくほど冷たかった。それを向けられた玲奈は、思わず全身を震わせた。青ざめた顔で、彼を見上げる。「ま……雅人……どうして、こんなことを……」雅人は口元に冷ややかな笑みを浮かべた。そして、もう一杯の酒を手に取ると、頭から容赦なく浴びせた。「きゃああっ!」玲奈は悲鳴を上げ、慌てて顔にかかった酒を拭った。信じられないという表情で雅人を見上げる。しかし、雅人は彼女の惨めな姿を、冷ややかに見下ろすだけだった。「どうして、だって?」彼は淡々と言い返す。「お前がやっていいことを、俺がやっちゃいけない理由でもあるのか?」雅人が指を鳴らすと、そばに控えていたボディーガードがすぐさま歩み寄った。「白川さんは、他人に酒を浴びせるのがよほど好きらしい。だったら、浴びせられる側の気分を、本人にも味わってもらおうか」雅人は少し離れた場所にあるシャンパンタワーを、何気なく指さした。「承知しました」ボディーガードは即座に応じ、2人がかりで玲奈をシャンパンタワーのほうへ引きずっていった。「雅人!やめて!お願い、もうしないから!私が悪かったわ……こんなことしないで!」玲奈は必死に抵抗した。会場にいた招待客たちも、騒ぎに気づいて次々とこちらを振り返る。玲奈はもともと、根に持つ性格だった。表向きはいつも愛想よく振る舞っていたが、裏ではずいぶん多くの人間を敵に回していた。そのため、今の彼女の醜態を見て、ひそひそと囁き合いながら面白がる者も少なくなかった。玲奈は屈辱のあまり、泣き叫んだ。「離して!お願いだから離してよ!私は白川家の人間なのよ?あなたたち、こんなことをしてただで済むと思ってるの?」それでも、ボディーガードたちは手を緩めなかった。2人は玲奈をシャンパンタワーのそばまで連れていき、その場に押さえつけた。もみ合ううちに、玲奈の手がグラスに当たった。何脚ものグラスが次々と倒れ、床に落ちて砕け散る。その拍子に、玲奈は手を割れたガラスの破片に押しつけてしまった。「いやああっ!」鋭い痛みに、玲奈は悲鳴を上げた。全身がぶるぶると震える。だが、雅人の顔には同情の色ひとつ浮かばなかった。彼はただ、無表情にその様子を眺めている。床には酒と血が混じり合い、赤く濡れた跡が広がってい
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第20話

雅人は無意識に息を詰め、緊張した面持ちで美空を見つめていた。美空は驚いて顔を上げた。まさか、あの雅人が一度手放した相手を取り戻したいと思う日が来るなんて。けれど、彼女の返事には迷いがなかった。「……お断りします」雅人は呆然と美空を見つめた。「昔のような、体だけの関係じゃない。お前に、俺の彼女になってほしいんだ」今度こそ、美空は本当に驚いた。思いもよらない言葉に、目を見開いて彼を見つめる。雅人は居心地の悪さを感じているようだった。それでも、諦めきれない様子で美空を見つめ続ける。その口調には、普段の彼からは想像もできないほどの弱さがにじんでいた。「だめ……なのか?」美空は数秒ほど黙っていた。そして、ゆっくりと首を横に振る。「もう、遅いです」雅人の瞳から、少しずつ光が消えていった。彼は美空を見つめ、焦りと戸惑いを隠せないまま、言葉を重ねた。「美空。俺たちは7年も一緒に過ごしてきたんだ。お前がどれだけ俺を大切にしてくれたか、どれだけ深く愛してくれていたか……俺だって、本当はちゃんとわかっていたはずなんだ。これまで、俺の立場や財産目当てで近づいてくる女も、ただ俺の顔が好きだという理由で好意を寄せてくる女も、いくらでもいた。だから……お前も同じなんじゃないかって思い込んで、お前が俺に向けてくれた気持ちを、たいしたものじゃないと決めつけていたんだ。でも、俺が間違っていた。そうじゃないと気づいたときには、俺もいつの間にかお前を好きになっていた。俺が欲しいものを、お前はいつだって誰より先に用意してくれた。ふと振り返れば、そこにはいつもお前がいて……お前がそばにいてくれるだけで、俺は安心できたんだ。一緒に暮らす中で、言葉にしなくても通じ合えることも、体の相性のよさも……いつの間にか、俺にとって当たり前になっていた。俺はずっと前から、お前を愛していたんだ。ただ、自分の気持ちに気づくのが遅すぎただけで……こんなことを言う資格がないのはわかってる。それでも、もう一度だけ、俺にやり直すチャンスをくれないか?」彼の口調は、ひどく弱々しかった。瞳には焦りと戸惑いが浮かび、まるで美空の気持ちが離れてしまった理由を、本当には理解できていないかのようだった。篠原グループで働いた7年間、美空は必死に雅人へ近づこ
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