Alle Kapitel von 五人の輪に、私の居場所はなかった: Kapitel 1 – Kapitel 10

10 Kapitel

第1章

志保に返信した直後、拓海から個別メッセージが届いた。【今日リストラされたんだろ?ちょうど暇になったんだし、ついでにケーキを受け取ってきてくれないか?】私はそのメッセージを見つめたまま、しばらく動けなかった。私がリストラされたことは、ちゃんと見て知っていたのだ。それなのに、泣いていないかと心配することも、これからどうするつもりなのかと尋ねることもなかった。拓海にとって、私が仕事を失ったというのは、ただ暇な時間ができたというだけのことらしい。私はスマホを伏せてテーブルに置き、数分間ぼんやりと座っていた。それでも結局、靴を履き替えて家を出た。ケーキ屋に着くと、店員が注文番号を確認し、白いギフトボックスを差し出してきた。「モンブランですね。中に昇進祝いのメッセージカードも入っていますので、ご確認ください」私は箱を開けて中を確かめた。カードにはこう書かれていた。【柚葉へ。昇進おめでとう!これからもますますの活躍を祈ってるよ】私はカードを戻し、ケーキを持って川沿いのレストランへ向かった。個室の扉を開けると、柚葉が拓海の腕に絡みつきながら、楽しそうに話していた。「あ、菜月!来たんだ」柚葉は私に笑いかけると、立ち上がってケーキを受け取った。「わざわざありがとうね」「ううん、大丈夫」私はケーキを壁際に置いた。拓海はちらりとこちらを見ただけで、隣の椅子を引いた。「とりあえず飯にしよう。ケーキはあとで開ければいいし」私が席に着くと、店員が料理を運び始めた。食事の間、話題はずっと柚葉の新しい仕事のことばかりだった。新しいオフィスは26階にあって、窓から川が見えるのだと柚葉が話せば、拓海は遮光カーテンを買い替えたほうがいいんじゃないかと心配した。最近、肩や首が凝ってつらいと柚葉がこぼすと、井上健太(いのうえ けんた)が箸を置いた。「土曜日、一緒に整体に行こう。知り合いの店があるんだ」すると、小林航平(こばやし こうへい)は柚葉の皿からパクチーを取り除いた。「これは食べるなよ。パクチー食べると、いつも胃の調子が悪くなるだろ」三人は代わる代わる柚葉に声をかけ、至れり尽くせりの世話を焼いていた。私は箸を握ったまま、何度か話に入ろうとした。「私、今日ね……」そのとき、柚葉のスマホが鳴った。
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第2章

柚葉はお酒を何杯か飲んでいたせいか、立ち上がったときに足元がふらついた。拓海がすかさず彼女を支え、健太はバッグを持ち、航平は個室の扉を開けてあげた。私はその後ろについて、レストランの入口まで歩いた。拓海が振り返って言った。「菜月はタクシーで帰りな。家に着いたら連絡して」「うん」三人は柚葉に付き添い、そのまま車に乗り込んだ。私は一人道端に取り残された。タクシーがつかまるまで十数分も待つことになった。家に帰ると、拓海からメッセージが届いていた。【柚葉がちょっと具合悪そうだから帰るの遅くなる。先に寝てて】私はそのメッセージを見つめたあと、志保から送られてきた会社の資料をもう一度開いた。もう後回しにされるだけの関係に期待するのはやめよう。翌日、私は元の職場へ退職手続きに向かった。人事担当者は書類を差し出す前に、私の顔色をうかがった。「伊藤さん、本当にいいんですか?今回の件は部署の再編が理由で、あなた個人に問題があったわけじゃないんですよ」「わかっています」私は書類の最後のページを開き、署名した。デスクを離れる前に、引き出しの中身を一つずつ段ボールに詰めていった。マグカップ、専門書が数冊、それから三年間育ててきたミントの鉢植え。同じチームの後輩が荷物を運ぶのを手伝おうとしてくれたけれど、上司に呼ばれて行ってしまった。私は最後の一本のペンを箱に入れると、スマホを取り出し、グループチャットにメッセージを送った。【六時には会社を出る。荷物が多いから迎えに来るの忘れないでね】拓海からすぐに返事が来た。【わかった。仕事が終わったらそのまま向かう】健太も返信した。【俺は車で行く。予備の段ボールも持ってく】航平からもメッセージが届いた。【俺も仕事が終わったら合流する】そのやり取りを見て私はようやく少しだけ安心した。午後六時ちょうど、私は段ボールを抱えて、オフィスビルを出た。辺りはすでに薄暗く、入口の街灯がともり始めていた。階段の脇に立ち、まず十分待った。六時二十分になっても、拓海は来なかった。健太も航平も姿を見せない。私はスマホを取り出し、メッセージを送った。【着いた?】誰からも返事はなかった。さらに数分待ってから拓海に電話をかけたが、呼び出し音が鳴り続けた末に、
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第3章

ゲストルームのドアの裏には柚葉のパジャマが掛けられ、洗面所には彼女のスキンケア用品が並んでいた。冷蔵庫の中まで、柚葉の大好きなジュースでいっぱいになっている。その一方で、私がいつも飲んでいたものは、もうずいぶん前から買い足されていなかった。夕食を作ったのは拓海だった。食卓についた柚葉が胃の調子が悪いと言うと、拓海はあっさりした料理を彼女の前に移した。健太は柚葉の皿から唐辛子を取り除き、航平は温かいお茶を差し出した。「ゆっくり食べろよ。また胃が痛くなるぞ」私は黙って食事を続け、食べ終わると、食器をまとめてキッチンへ運んだ。誰かに頼まれたわけでも、催促されたわけでもない。ただ、柚葉がいると、洗い物は決まって私の役目になった。柚葉は仕事で図面を描かなければならないし、ネイルもしたばかりだからと言う。拓海は、柚葉は胃が弱いから、冷たい水に触ると体調を崩すかもしれないと言う。そんな言葉を何度も聞かされているうちに、私自身もそれが当たり前だと思うようになっていた。蛇口をひねると、リビングから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。最後のお皿を洗い終え、手を拭いてリビングへ戻ると、部屋の照明はすでに消されていた。テレビの青白い光だけが辺りを照らしている。画面にはホラー映画が流れていて、ちょうど廃病院の廊下が映し出されていた。柚葉が拓海の隣の空いた場所をぽんぽんと叩いた。「菜月、早くおいでよ!席、空けておいたよ」私はソファに近づき、テーブルの上にミルクティーが二杯置かれていることに気づいた。私の分は、一杯買うともう一杯無料でもらえるキャンペーンのマンゴーミルクティーだった。私はマンゴーアレルギーだ。そのことはみんな知っているはずだった。柚葉の前に置かれているのは、彼女の大好きな栗のクリームがのったミルクティーだった。拓海が私をちらりと見た。「菜月、なんで飲まない?」「私、アレルギーだから」「じゃあ飲まなくていい。そのまま置いとけば?」柚葉が慌てて口を開いた。「ごめんね、知らなかった。よかったら私のと交換する?」すると拓海は、柚葉のミルクティーを少し遠ざけた。「柚葉は自分のを飲んでなよ。菜月は飲まないならそれでいいだろ」そのとき、映画から突然悲鳴が響いた。驚いた柚葉が拓海の腕をつか
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第4章

翌朝、私はパソコンを開き、転職先に提出する資料を整理しようとした。ところが、デスクトップに置いていたフォルダがいくつか消えていた。ごみ箱を開いてみたけれど、そこにも見当たらない。デザイン案も、契約書も、何日も夜更かししてまとめたプロジェクト資料も、すべてなくなっていた。私は検索欄を開き、ファイル名を一つずつ入力し直したが、画面にはただ一行、こう表示されるだけだった。【一致する項目が見つかりません】私はパソコンを抱えて部屋を出た。柚葉は洗面所で歯を磨いていた。「昨日の夜、私のパソコン使った?」柚葉は歯ブラシをくわえたまま、寝ぼけた様子でうなずいた。「急に仕事しなきゃいけなくなったんだけど、パソコン持ってきてなくて。拓海が菜月のを使っていいって言うから、ちょっと借りたの」「私のファイル、どうしてなくなってるの?」柚葉は口をゆすぎ、ようやく少し目が覚めたようだった。「間違えて消しちゃったの」「転職先に提出する資料も入ってたんだよ。ずっと前から準備してたデザイン案だってあったのに」柚葉はその場で固まった。「ごめんね。今日使うなんて知らなかったの。デスクトップに置いてあったから、前の会社の古いデータだと思っちゃって……」声を聞きつけた拓海がリビングからやってきた。彼はまず柚葉を見て、笑いながら言った。「柚葉はほんと、そそっかしいな」それからようやく、私のほうを向いた。「もういいだろ、菜月。柚葉だってわざとやったわけじゃないんだし。お前ならそれくらいすぐ作り直せるだろ?」「今日、提出しなきゃいけないの」「リストラされたばっかりなんだろ?今は時間もあるんだし、一日くらい遅れたって別にいいじゃん」私は拓海をじっと見つめた。「つまり、私のファイルが消されても、大したことじゃないってこと?」拓海は眉をひそめた。「そんなこと言ってないだろ。柚葉は今日、昇進してから初めての部署の報告会があるんだ。こんな大事なときに失敗させるわけにはいかないだろ。お前、こういうトラブルに対処するの得意だったじゃん。もう一回作るくらい、難しくないだろ?」そのとき、玄関の鍵が回る音がした。朝食の入った袋を提げた健太と航平が入ってきた。ちょうど拓海の最後の言葉が聞こえたらしい。健太が袋をテーブルに置いた。
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第5章

飛行機が離陸すると、私はスマホを機内モードに切り替えた。空港の待合ロビーにいる間に、拓海、柚葉、健太、航平の四人を全員ブロックし、長年参加していたグループチャットからも退会していた。あのグループに残っているのはもう四人だけ。きっとすぐに気づくだろう。だがその頃には私はもう、新しい街へと向かっていた。空港の出口では志保が待っていてくれた。スーツケースが一つしかないことに気づくと、彼女は私のパソコンバッグを受け取りながら尋ねた。「ほかの荷物は?」「とりあえず置いてきた」志保はちらりと私を見たけれど、それ以上は聞かなかった。「会社が短期滞在用のマンションを用意してくれてるよ。オフィスからも近いし、こっちの生活に慣れてから、ゆっくり自分の部屋を探せばいいから」私はうなずいた。車が走り出すと、私は窓ガラスに額をもたせかけた。この街も前に住んでいた街と大して変わらない。交差点では相変わらず渋滞が起きるし、夕方になれば空も少しずつ暗くなっていく。それでも、もうあの家に急いで帰る必要はないのだと思うと、不思議な気分だった。あの部屋はもともと拓海が借りたものだった。先に拓海が賃貸契約を結び、私はスーツケースを二つ持って引っ越してきた。それから少しずつ服や本、日用品が増え、いつの間にか私も、あそこを自分の家だと思うようになっていた。でも部屋の名義も賃貸契約も私の名前ではなかった。だから出ていくときは自分のものだけ持っていけばよかった。その夜、拓海が部屋に帰ると、柚葉はすでにリビングに座っていた。スマホを見ていた彼女は、玄関の開く音に顔を上げた。「菜月、帰ってきた?」「さあ、知らない」靴を履き替えようとした拓海は、玄関から女性用のスリッパが一足なくなっていることに気づいた。寝室に入ると、クローゼットの右半分はほとんど空っぽになっていた。机の上にあったパソコンも消えている。ベッドサイドの引き出しには、古いチケットの半券が数枚残っているだけだった。私がいつも使っていたマグカップはきれいに洗われ、キッチンのシンクの脇に伏せて置かれていた。ダイニングテーブルには一本の鍵が置いてあった。私が持っていた合鍵だ。拓海はそれを手に取り、長い間じっと見つめた。「……荷物、全部持っていったんだ」ほどなくして、
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第6章

翌朝早く、拓海は私が以前勤めていた会社を訪れた。受付の女性は拓海の顔を覚えていたらしく、丁寧に答えた。「伊藤さんでしたら、昨日すでに退職手続きを済まされています」「新しい住所は聞いていませんか?」「申し訳ありませんが、そういった情報はお伝えできません」「転職先はどこですか?」受付の女性は再び首を横に振った。「伊藤さんからは何も伺っておりません」拓海はロビーに立ち尽くし、ほかに何を聞けばいいのかわからなくなった。そんな拓海に、顔を覚えていた警備員が声をかけた。「伊藤さんなら、昨日いくつか段ボールを抱えて出てこられましたよ。しばらくタクシーを待っていましたね。帰るときはずいぶん落ち着いた様子でした」「誰かに連絡していませんでしたか?」「そこまでは見ていませんね」健太は人事部へ向かい、航平はビルの下で私と同じチームだった社員を探して話を聞いた。だが得られた情報はどれも似たようなものだった。私はすでに退職手続きを終え、パソコンのデータも無事に復元していた。そして行き先を誰にも告げずに会社を去ったのだという。拓海は車に戻り、再びスマホを開いた。連絡先にはまだ私の名前が残っていたけれど、プロフィール画像は真っ白になっていた。拓海は、以前の私のことを思い出した。嫌なことがあると、私はまず自分の部屋にこもった。けれどしばらくすると出てきて、何事もなかったかのように夕食を作り始めた。たとえレストランの入口で置き去りにされても、グループチャットで「もう着いた?」と聞くくらいだった。でも今回は違う。グループチャットにはもう四人しか残っていなかった。それなのに誰も何を送ればいいのかわからなかった。最初にメッセージを送ったのは柚葉だった。【とりあえず、菜月を探したほうがいいんじゃないかな?】健太が返信した。【そうだな。探そう】航平は何も言わなかった。ずいぶん時間が経ってから、拓海がようやく一文を打ち込んだ。【まずは見つけて、それから謝ろう】その夜、四人は大学の近くにある、昔よく通っていた店を何軒か訪ねた。馴染みのラーメン屋の店主は、私のことを覚えていたが、事情を聞くと首を横に振った。「ずいぶん見てないねえ。昔はみんなでよく来てたじゃないか」誰も答えられなかった。ラーメン屋を出たところで、柚
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第7章

志保の会社に入ってから、私はまず二日間かけてプロジェクトの資料に目を通した。その案件はこれまでに担当者が二度も交代していた。資料は複数の部署に散らばり、進捗管理表の数字にも食い違いがあった。志保が資料を差し出した。「このプロジェクト、本当は別の人に任せる予定だったんだけど、クライアントがずっと納得してくれなくて。菜月、担当できそうか見てくれる?」私は最後のページまで目を通してから尋ねた。「来週もう一度プレゼンする予定なんだよね?」「そうだよ」「それならまだ間に合うかも」私は担当者の名前と業務内容を整理し直し、不足している情報を一つずつ洗い出した。午後には新しい進捗管理表をプロジェクトのグループチャットに送った。それを確認した中川美咲(なかがわ みさき)が尋ねてきた。「菜月さん、ここって私が前に見落としていた部分ですか?」「見落としじゃないよ。前のデータの参照元が変わっていただけ。美咲さんは仕入れ先に確認してくれる?私はクライアントとのスケジュール調整をするから」美咲はうなずき、仕事に戻っていった。プロジェクトで問題が起きれば、まず担当者を確認する。私が入社したばかりでも、みんな当たり前のように協力してくれた。失敗をあげつらったり、誰かが困るのを面白がったりする人はいない。ミスが起きたときも、担当者が経緯を記録し、私と一緒に解決策を考えてくれた。仕事が順調に進んでいるとき、こんなにも穏やかな気持ちでいられるのだと、私は初めて知った。一週間後、クライアントは改めて私たちのプレゼンを聞き、プロジェクトを引き続き任せてくれることになった。プレゼンが終わると、先方の責任者がわざわざ残って声をかけてくれた。「以前お願いした二社は、修正した資料を送ってくるだけで、問題点を一つずつ整理して説明してくれることはありませんでした。伊藤さん、今回のご提案はとても実用的でしたよ」私はパソコンを閉じ、丁寧にお礼を伝えた。会社に戻る車の中で、志保が尋ねてきた。「緊張した?」「最初はちょっとだけね」「全然そう見えなかったよ」「ちゃんと準備してきたって、自分でわかってたから」志保はちらりと私を見た。「前からそれくらい自分を信じられてたら、もっと早くあの会社を辞めてたかもしれないね」私は車窓を流れてい
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第8章

四人は三日間、私の会社の前で待ち続けた。私は初日、地下駐車場から出て正面玄関を避けて帰った。二日目には受付の人から、まだ彼らが外で待っていると聞かされたので、そのまま会議室に残り、最後の報告書を仕上げてから退社した。そして三日目の午後、志保が私のそばにやってきた。「いつまで避け続けるつもり?」「そのうち諦めて帰るでしょ」「でももう三日も待ってるんだよ」私はパソコンを閉じた。「……じゃあ、一度だけ会ってくる」オフィスビルを出ると、四人は道端に立っていた。私の姿を見つけた拓海が、すぐに一歩前へ出た。「菜月」私は立ち止まった。「何か用?」柚葉が私を見つめていた。その目には疲れがにじんでいた。「……ごめんなさい」そう言うと、彼女の声はさらに小さくなった。「パソコンのファイル、消したのは私なの。あのときは自分の報告会のことで頭がいっぱいで、菜月が翌日使うなんて考えてもいなかった。あとから、もう航空券まで買ってたって知って……」「それはもうわかってる」「ごめんって言っただけで、許してもらえるとは思ってない」「じゃあ私にどうしてほしいの?」柚葉は何か言いかけたけれど、結局何も答えられなかった。今度は健太が前に出た。「俺も謝らなきゃいけない。昔、みんなで車に乗るとき、柚葉は車酔いするからって、いつも助手席を譲らせてたよな。ショッピングモールでお前を置いていったときも、俺はお前のことを、のろいって責めた」航平も小さな声で言った。「俺はいつも、お前が怒るのを面白がってた。何も言わなくなってからも、やっと気にしなくなったんだって勝手に思ってた」彼らが口にしたのは、どれも些細な出来事ばかりだった。だがそんな小さな出来事の積み重ねが、私をいつでも後回しにしていい存在へと変えていったのだ。彼らもようやく気づいたのだろう。本当につらいのは、一度忘れられることではない。忘れられた挙げ句、「それくらいわかってくれるよね」と言われることなのだと。拓海は三人の後ろに立っていた。「お前がいつも許してくれるから、それが当たり前になってた。今までずっとそばにいてくれたから、これからもいてくれると思い込んでたんだ」「だからいつも私を待たせてたんだね」「……ああ」「今になって、やっとわかったんだ」
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第9章

私がはっきりと拒絶したあとも、彼らは何度か連絡を取ろうとしてきた。拓海は、私が置いていった古い本やアルバムを会社宛に送ってきた。志保に代わりに受け取ってもらい、箱を開けると、中には一通の手紙が入っていた。短い手紙だった。【お前のものだから返す。ごめん】私はアルバムだけ手元に残し、手紙はそのままごみ箱に捨てた。その後、健太も一度だけ会社に来た。中には入らず、大学時代に私が置いていった本を数冊、紙袋に入れて警備員に預けていったらしい。私は本を受け取り、受付の人に、もう何も届けなくていいと伝えてもらった。受付の人から、紙袋を送り返すかと聞かれたけれど、私は首を横に振った。「いえ、大丈夫です」本はオフィスに持ち帰り、その日の仕事が終わってから開いた。表紙をめくると、大学時代に自分で書いた名前が残っていた。文字は少し色あせていた。何ページかめくっていると、間から古い切符が一枚出てきた。初めて四人で郊外へ遊びに行ったときに買ったものだった。私はしばらく切符を眺めてから、それを本の間から抜き取った。本は会社の共有本棚に置くことにした。航平が姿を見せることは、それきりなかった。柚葉は共通の友人に電話をかけ、私が元気にしているか尋ねたそうだ。その話を聞いたとき、私はただ一言だけ返した。「心配しなくていいって伝えて」その頃、残された四人のグループチャットでは、たびたびメッセージが交わされていた。最初に口を開いたのは柚葉だった。【今日、みんなでご飯行かない?】誰からも返事はなかった。数日後、健太がメッセージを送った。【もうこのグループで菜月のことを話すのはやめよう。あいつは戻ってこないよ】拓海はすぐに返信した。【わかってる】その短い返事を見つめ、柚葉は思わず尋ねた。【まだ菜月とよりを戻すつもりなの?】長い沈黙のあと、ようやく拓海が返信した。【このまま終わりにはしたくない】するとそれまで黙っていた航平からメッセージが届いた。【これ以上菜月にどうしてほしいんだ?もうはっきり断られただろ】その一言を最後にグループチャットは完全に静まり返った。拓海はスマホを伏せ、テーブルに置いた。拓海が借りたあの部屋には、まだ私の古い持ち物がいくつか残されていた。部屋の隅に置かれたミントの鉢植えも
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第10章

半年後、私が担当していたプロジェクトが正式に始動した。会議ではクライアントから名指しで高く評価され、会社の責任者からも新しいプロジェクトチームを正式に任されることになった。会議が終わると、志保が一枚の書類を差し出してきた。「おめでとうございます、伊藤チーフ!」私は書類を受け取り、思わず笑ってしまった。「そんなにかしこまった呼び方しないでよ」「ダメダメ。今や会社の重要プロジェクトを任される人なんだから」その夜、プロジェクトチームのみんなで食事に出かけた。美咲は事前に私のアレルギーや苦手なものを確認してくれていて、テーブルには私の好きなものばかりが用意されていた。誰かが写真を撮ろうと言い出したとき、私は無意識に端へ寄ろうとした。すると美咲が私の腕をつかんだ。「菜月さんは真ん中ですよ!」私はスマホの画面に映るみんなを見つめ、それから中央へと移動した。シャッターが切られた瞬間、私はみんなの真ん中に立っていた。全員がきちんとカメラを見ていた。家に帰ると、志保からプロジェクトの祝賀会で撮った写真が送られてきた。【この写真、SNSに載せてもいい?】私は少し考えてから返信した。【うん、載せていいよ】写真が投稿されてからも、私はしばらくスマホを開かなかった。その後、共通の同級生から、柚葉が以前の会社を辞め、別の街で働き始めたと聞いた。健太と航平はたまに会っているらしいけれど、拓海を誘うことはなくなったという。拓海はあの部屋を引き払っていた。退去の立ち会いに来た大家さんは、部屋の隅に置かれたミントの鉢植えを見て、持っていかなくていいのかと尋ねたそうだ。拓海はしばらくそれを見つめていたけれど、最後には首を横に振った。ミントの鉢植えは、そのまま窓辺に残された。あの四人のグループチャットはまだ残っていた。グループ名は一度も変更されず、アイコンも私が去る前に撮った集合写真のままだった。けれど、次の集まりについて話す人は、もう誰もいなかった。それからずいぶん経った頃、柚葉がグループを退会した。数日後には健太も抜けた。最後に航平が一言だけメッセージを残した。【みんな、そろそろ前に進もうぜ】そして航平もグループを去った。残されたのは拓海一人だけだった。拓海は誰もいなくなったチャット画面を見つめながら、
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