1分もたたないうちに、楓が慌ただしく入ってきた。怜司がひどく不機嫌なのは、ひと目でわかった。楓は慎重にテーブルへ近づき、メモとカードに目を留める。「奥様が……出ていかれたのですか」楓も眉をひそめた。これはまずい。「すぐに連絡して、戻っていただきます!」怜司は何も言わず、楓を見ることもなく背を向けた。険しい顔で書斎へ入り、扉を強く閉める。楓は額の冷や汗を拭い、閉じた扉を見た。この人の機嫌は、ますます読めなくなっている。……夏帆が受付に立ってから1時間以上が経った頃、楓から電話がかかってきた。画面に楓の名前が表示され、気が重くなる。とうとう、そのときが来たのだ。電話に出て、自分から口を開いた。「佐伯さん、すみません。勝手なことをしてしまって……離婚の手続きは、明日になりますか?」楓は一瞬、言葉に詰まった。「奥様、私たちが戻るまで待っていただきたかったです」困り果てた声に、夏帆は目を伏せた。待っていても、結果は同じだったはずだ。冷たい顔で追い出されるなんて惨めすぎる。それなら、自分から出ていくほうがまだましだった。夏帆が何か言おうとすると、楓が先に続けた。「3年の契約は、まだ始まったばかりです。契約書にサインをして報酬も受け取られた以上、約束は守っていただかないと。どうしても一方的に契約をやめるとおっしゃるなら、お支払いした額の10倍を違約金としていただくことになります」10倍。つまり、5,000万円。夏帆は頭が真っ白になった。そんな大金、払えるわけがない。「違います、私から出ていきたかったわけじゃ……」必死に言いかけて、はっとした。「じゃあ、私……追い出されるわけじゃないんですか?」信じられずに聞き返した夏帆の目に、光が戻った。「ええ、そうです」楓が電話の向こうでため息をついた。「早く戻ってください。会長はまだ食事をなさっていません」「はい、すぐ帰ります!」何度もうなずいて答えるうちに、胸のつかえがようやく取れた。電話を切ると、ちょうど退勤時間だった。更衣室へ向かおうとした夏帆を、鋭い声が呼び止めた。「ちょっと、そこの受付。エレベーターの前に届いてる薬を倉庫に運んでおいて」少し離れたところに、美咲が腕を組んで立っていた。顎を上げ、見下すような目をこ
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