愛は散りゆく花のごとく結婚後、私――小西詩央里(こにし しおり)は夫の小西京志郎(こにし きょうしろう)と共に、絶海の孤島にある海上風力発電の建設拠点へと移り住んだ。
冬の嵐で補給船が途絶えて数週間。せめて髪を洗いたいと、わずかな生活用水の追加配給を申請した。
しかし、所長である彼に冷たく却下された。
「貴重な真水は設備の保守作業が最優先だ。お前も少しは環境に適応して我慢しろ」
だがその直後、実習生の荒木真未(あらき まなみ)が更新したSNSを目にしてしまう。
【ドラム缶風呂に入ってみたいって言ったら、小西所長が二つ返事でたっぷりの真水を割り当ててくれた上に、目隠しのテントまで張ってくれたの。幸せすぎる〜】
怒りに震え、京志郎を問い詰めた。
普段は冷徹な彼が、この時ばかりは珍しく声を和らげた。
「ここの環境は過酷だろ。万が一真未が耐えきれずに辞めたら、ただでさえ足りない人手がもっとキツくなる。
お前はシステム管理の中核メンバーだ。プロジェクトの特別報酬だってかなりの額になる。あいつはただの実習生なんだから、少しは大目に見てやってくれ」
湧き上がる悔しさを呑み込んだ。
そして、第一四半期のフェーズが完了した時のこと。
いつまで経っても口座に振り込みがないため、不審に思って本社へ連絡を入れた。
名前を告げると、電話の向こうの担当者から怪訝な声が返ってきた。
「実習生の小西さんに特別報酬なんて出るわけないでしょう?それに、システム部門の責任者は最初から荒木真未さんですよ」
送られてきた人員名簿にある、京志郎の直筆サインを見つめる。
その瞬間、すべてを悟った。
私は静かに荷物をまとめ、本土へ帰る乗船券を予約した。
最果ての離島に吹き荒れる海風は、ひどく冷たい。
もう二度と、ここには残らない。