「NieR:Automata」の真エンドで展開されるシーンは、まさに『けじめ』という概念を圧倒的な形で表現している。2Bや9Sといったアンドロイドたちの長い戦いの果てに訪れる選択肢——プレイヤー自身がデータを消去することで他のプレイヤーを救うかどうかという究極の決断だ。ゲームシステムそのものが物語のテーマと融合し、セーブデータの削除という現実的な行為を通じて、犠牲と再生の循環を体感させる。
背景で流れる『Weight of the World』の合唱が、この瞬間の重みをさらに際立たせる。開発陣が仕掛けたメタフィクション的な仕掛けは、単なるゲームの枠を超えたところで、プレイヤーに倫理観を問いかける。データを消去した後に見えるスタッフロールのメッセージは、誰かが自分の犠牲の上に救われたことを示し、虚無感と希望が奇妙に混ざり合う感情を生む。
悲憤慷慨の感情をこれほどまでに描き出したゲームはなかなかない。『The Last of Us Part II』のエリーブレイクの物語は、怒りと悲しみが複雑に絡み合った感情の渦を表現している。特に、彼女が復讐のためにすべてを犠牲にする過程で、プレイヤーはその感情の重さに圧倒される。
ゲームの演出も秀逸で、暴力の描写が単なる刺激ではなく、登場人物の感情を深く掘り下げる手段として使われている。終盤の決闘シーンでは、プレイヤー自身が「本当にこれでいいのか?」と自問させられる。感情的なクライマックスは、ゲームというメディアならではの没入感を生み出している。