あの作品の終わり方について考えると、心理的な解釈と物語的な解釈が交錯するのが面白い。『新世紀エヴァンゲリオン』の最終盤は、心の内面を描く象徴主義として受け取る向きが多く、僕はその読み方に共感することが多い。登場人物たちの葛藤や自己否定が内省的なモノローグや抽象的な映像で表現されており、外的な解決よりも“自己理解”が重点になっていると感じるからだ。
一方で、物語世界の出来事としての帰結を求めるファンは別な終わり方を望んでいて、それが別作品としての『THE END OF EVANGELION』への分岐を生んだ。僕は両方の視点を許容する派で、どちらも正解になりうると考えている。制作側が提示した曖昧さが、解釈の幅を生み、今なお熱い議論を生んでいるのだと受け止めている。