ことばの裏にある遠回しさに注目すると、編集者としての注釈はまず史実と伝聞の線引きから始めることが多い。世間に広まった「月が綺麗ですね=I love you」という話は、夏目漱石の教え話として語られてきたが、一次資料に明確な形で残るわけではない。だから私は読者に向けて、伝承としての成立過程や出典の有無を示す注を付けるだろう。
次に重要なのは語感の翻訳論だ。直訳すれば「月がきれいですね」だが、その背後にある情感や遠回しな告白の文化を注で解説する。英語圏の直截的な愛の表現と対比して、なぜ日本語では婉曲表現が愛情表現になりうるのかを、明治期の礼節観や当時の文体と結びつけて補足する。
最後に現代読者への手引きとして、似たニュアンスをもつ現代表現やメディアの例を挙げる。例えば、間接的な告白が持つ余白の美学や、受け手の解釈に委ねる余地が文学的効果を生む点を示して、注を閉じる。こうした注は単なる事実列挙にならず、作品を読むための感覚の地図を提供する役割を果たすと考えている。
英語で「愛想を尽かす」を表現する場合、ニュアンスによって複数の言い回しがあります。例えば、'lose patience with someone'は、相手の態度や行動に我慢できなくなる様子を指します。
もう少しカジュアルな場面では、'get fed up with'がよく使われます。これは日常会話で「もううんざり」という感覚に近いです。例えば、'I got fed up with his constant complaining'(彼のいつもの文句に愛想を尽かした)といった使い方です。
より強い感情を込めたいときは、'can't stand'や'be sick of'も選択肢になります。特に後者は、物理的な不快感を含むほど嫌気がさしている状態を表します。