LOGIN六十歳の誕生会が始まる二時間前、私は書斎で夫の柏原和樹とその初恋との二十年も続けてきた不倫を発覚した。 私は息ができなくなるまで心臓が傷んでいたが、震えたいた手を動かして彼らが互いへの思いと語った手紙の束を元に戻し、作った笑顔で和樹と誕生会に出た。 誕生会がケーキを切るところまで進行した時に、和樹は急なことで私を押し退けて、焦りそのものの動作で客人の渦に飛び込んで、老耄した体をなんとかして楢崎理央の前で片方の膝で跪いた。 「今日は、僕たちの四十年の約束の期限だ。僕のところに嫁にきてくれるのなら、僕は直ちに文郁と離婚するのだ」 楢崎は感激で手で口を遮って、涙をこぼしながら頷いた。 その光景を見届けた客たちは、喧々諤々と言葉を交わしていた。 和樹も同じように感激で楢崎の手を取ってすぐ、彼女を抱き締めた。そして、冷たい眼差しで彼の決断を私に伝えた。 「佐伯文郁、離婚しましょう」 久々に旧姓に呼ばれた。 手に取っていたケーキナイフを強く握りしめた後、私はそのナイフを楢崎と和樹のいた方向に向けて投げた。 「ああ、そうしましょう。先に後悔したほうが負け犬だから、くれぐれも粘らないように」
View More柏原和樹の視点文郁は目もくれずに、振り向かずに行ったのだ。彼女はもう戻らないことを、僕はちゃんと分かった。全部僕が悪にのだ。僕は理央に心を捕われたから、文郁の辛抱や捧げを疎かにしたのだ。昔、僕は文郁のことを学問のなく、いいようにされても平気な存在だと思っていた。だから、本心で彼女を尊重したことは一度もなかった。彼女が嫁にきた時、彼女の出身の村人全員が、運の良いことだと彼女を褒めた。運がいいから、都会で生まれ育たられた大学生の僕と結婚できたのだ。あの時、理央が急なことに結婚していなかったら、何がどうなっても文郁は決して、僕と結婚するなんていい話に恵まれることはなかった。僕がいなければ、彼女が都会のマンションに住めたはずがなかった。あの頃の暮らしは些か貧困だったが、彼女は一躍で都会の住人となり変わった。その後、僕は頑張って大学に教授になった。彼女もそのお陰で、教授夫人となった。彼女のことを買い被らない人なんていなかった。そもそも、彼女は僕が理央と結婚できなかったから、嫁に来たことが出来たのだ。宝くじに当たったようなもので、結婚して僕の性格悪さに当たられても、過酷に要求されても当然のことだろう。もう何年も耐えてきたというのに、どうして老婆になった今更、我慢し続けなかったの?文郁の六十歳の誕生会も、はなから本心で開いたあげたものではなかった。自分が僕の新たな妻になることを披露し、みんなの前で文郁に離婚を告げて欲しいと理央に言われたから、誕生会をやってあげたのよ。僕の想像では、彼女はきっと今まで通り弱虫でいてくれて、離婚することに頷き、財産を何も持たずに家を出てくれる。そしたら、私は理央と寄りを戻せる。けど、彼女が大暴れするのは予想外だった。六十歳の老婆が、なんと屋上に登って自殺しようとした。彼女がいつその手紙を探し出せたのか、僕は全く見当もつかなかった。ましてや、あんな派手な形でマスコミに投げたこと。昔の僕だったら、きっとやり返したが、世論に息ができなくなるまで追い詰めていた。大学のほうからも停職処分をもらい、自ら進んで退職届を出すと言われた。仕方なく私はプライドを捨て彼女に電話をした。彼女と話をして、ちゃんと自分の立場を弁えろと言ってやらないといけなかった。けど、まさかのことに、彼女のほうから
再び隼人から電話がかかってきたのは、一年後のことだった。電話で隼人は潤った声で話していた。「母さん、親父はもうダメかも。最後に、もう一度母さんに会いたいそうだ」和樹が病気だったことはよく知らなかった。ただ、楢崎が財産の大半を持ち去って、老後の生活がなんとなく出来るくらいの金しか残してくれなかったことなら、耳にしていた。会いにいかいつもりだった。自分を二十年も裏切った男に会うなんて、考えてだけで癪に障る。けど、電話の向こうの隼人が泣き止まなかったのだ。多分、和樹の死後何をどうするのかわからないだろう。楢崎と離婚した和樹は、あまり良いとは言えない暮らしをしていたのは聞いたことはあったが、本気で彼を見た時、私は確かに彼のだらしいない様子で驚きを覚えたのだ。ひどく痩せていた彼は、ガリガリな体でベッドに丸まった。背中には褥瘡だらけだったから、彼は横向きに寝転んでいた。けど、この姿勢だと、骨が当てえられて痛くなるそうで、彼は呻き声をこぼすことで痛みを解した。私はを見た瞬間、和樹の濁っていた眼は一瞬だけ光った。そして、彼は苦痛のあまりに泣き出した。「あなたに申し訳ないことをしたのだ。僕はずっと自分が洒落た生活が出来たのは、自分一人の動力のお陰だと思い違いをしたいたのだ」「病気にならない限り、自分の苦しみは人には分からないという言葉の意味を知ることは出来なかったのだ」「楢崎理央は人でなしだ。なんと長年僕を騙し続けてきたのだ」「僕は今の自分をピエロのように思う。僕は二十年もあの女に弄んできたのだ」「今の僕はようやく分かったの。この世界で一番僕のことを表くれるのは、文郁、あたなしかないってことを。けど、もう遅い」「私は自ら一度手に入れた幸せを壊したのだ」「名誉も、金も、家も無くした......」「僕と楢崎理央がああいう関係だったのを知った時、文郁、あなたは悲しかっただろう。僕のこと憎いと思うか......」彼の苦しんでいた様子を見て、私は些か不憫に思った。彼に私の顔を見られないように、そっぽ向いた私は冷たく返事した。「そうは当然だ」「私は文句の一つも溢さずに三十五年間、あたなの世話をしてきた」「やっとのことで、六十歳の誕生会でちょっとだけでも羽を伸ばして天に登れたような気分になれると思えば、あっとい
隼人は悔しそうな顔で私を見て、泣いた。「母さん、私が悪かった。昔の私は母さんが家庭主婦だから、母さんのことを馬鹿にしてた。そのうえ、何も出来ない母さんがいることを恥っていた」「この半年間で初めて、母さんがこの家のためにどれだけ尽くしたか初めて知った」「母さんのいなかったその半年間、私と花緒は今までにないほど忙しかった。あの楢崎理央は全然親父のことを気にかけていないし、私たちのこともだ。八時や九時までに残業して、帰りが遅くなった時、親父のところで温かい飯でも食べに行こうとしたら、一人でインスタントラーメンで夕飯をなんとか誤魔化そうとした親父を見たの」「お母さんにまめに世話をしてもらってきたから、ずっと女ならそうであるべきだと思い込んでいたのだ」「母さんをひどく傷つけたのは私たち全員だ。いくら怒られても殴らようとも、孫を免じて親父と復縁してくれないか......」そう言いながら、隼人は六歳の孫の歩を私の前に押し付けてきた。私を見たら、歩は「わ」と泣き出して、私の懐に飛び込んできた。「ばあば、帰ってきて、ばあば」歩の泣き声を聞いていたら、私は悲しくなって、こぼしそうになった涙を我慢して、歩の頭を撫でてあげた。何かを言おうとしたら、栄子は私を側に引っ張って、自分の体で私のことを庇って、冷笑して隼人のことを見た。「あの時、君が何を言ったのかは、全部お母さんから聞いたから。確か、自分のお母さんは楢崎とは比べものにならないって言ったかの」「そんなにあの楢崎がいいのなら、文郁に助けなど求めないで頂戴」「君たちのために、半生を捧げた彼女は、容易にあなたたちに捨てられたのだ。彼女の価値に気付いた今、全員揃って後悔しても、もう遅いのだ」私を見つめていた栄子の顔は、怒りで真っ赤になっていた。「もし、再びあの家に戻る真似などしたら、私はお前と縁を切るから」私は少し力を入れて、栄子の手を握り返した。「安心して、いくら私でもそこまで馬鹿じゃない。私はただ歩のことが可哀想で、気の毒に思っただけよ」隼人を見て、私はため息をついた。「親というものとは、一体どうあるべきかを他の人を見習え。希望を全部他人に託すのは筋ではない」「今の展開になったのも、全部あなたたちの自業自得だ。お父さんと言ったら、隼人と言ったら、冷たい人間だ」
病院で、ベッドで寝込んでいた和樹の息が荒かった。彼は憤怒で楢崎のことを指で指していた。「この悪女め、僕に手をかけるとは」「隼人から孫の面倒を見るのを頼まれたのいうに、百貨店まで連れて行ったのはともかく、麻雀までに連れて行ったとは。麻雀するだけでそんなに慌てる必要はどこにあった?孫を家まで送る暇も作れないのか!?」「文句を一つや二つ言っただけで、殴りかかってくるとは」「嫁にもらうのは、お前を神のように祭り上げるためじゃないぞ」「孫の世話くらいろくにできないうえ、僕を殴るなんて」「さっさと出ていくがいい。離婚しても、一円たりとも金は渡さないからよ」和樹の頬は怒りで真っ赤だった。顔中は爪痕だらけだった。私は目を伏して、楢崎の手を見た。新しいネイルのようで、かなり長かった。そして、ラインスローンまでつけた。楢崎は両腕を組んで、和樹に向けてにやついた。「一円たりとも金は渡さないだと?私たちは結婚してるのよ、婚姻届を出す前、和樹さんは自ら進んで私の名前を不動産証明書に他してくれたんだ。離婚するのなら、財産の半分を渡さないと」和樹はずっと白い目を楢崎に送り続けた。そして酸素マスクを握っていた彼は、彼女に向けて大声で叫んだ。「この恥じ知れず!僕の家庭を壊して、二十年近く僕の愛人でいておいて、今度成り上がったら、僕のことを大事にしないのだけではなく、手をかけるだなんて......」和樹は振り向いて、赤く染まった目で私を見た。「文郁、僕が悪かったのだ。僕たちはもう生涯の半分を共に歩んできた。僕の本性を一番よく分かったいるでしょう。これは全部楢崎のせいだ。僕には妻子持ちだって知りつつも......」私は冷たい目で和樹を見ていて、無性に虫唾が走った。「柏原和樹、それでも男か」「あの時、あなたは楢崎とのことを正当かにするためには、六十歳の誕生会で、私に大恥を欠かせた。あの時の私は無様だったのよ」「けど、楢崎と結婚して半年しか経っていない今、全ての汚名を彼女になすりつけようとした」「楢崎の片思いだったら、こんなことにはならなかったの。彼女宛のそのラブレターも、彼女に寄付した金も、彼女に強いられたからやったことか」和樹は私を見つめていて、口をなんとか開けた。「僕が悪かったから、許してくれないか」「孫もやはり文