言葉の余白が音になって広がっていく感覚が、
ロザリーナの歌詞を聴くたびに蘇る。最初の印象は軽やかなポップだが、よく読み返すと細かな傷や迷い、日常のささやかな救いが織り込まれているのに気づく。私は特に、一見すると矛盾する言葉を並べる手法が好きだ。優しさと苛立ち、希望と諦めといった相反する感情が同じフレーズ内で揺れ動くことで、聴き手は自分の中にある似た揺らぎを投影することができる。
歌詞の中で繰り返される小さなモチーフ、例えば季節や光、街の断片といったイメージは、個人的な記憶を呼び起こす引き金として機能していると感じる。抽象的な比喩を濫用せず、具体的なワードを丁寧に積み重ねることで、聴く側の頭の中にそれぞれの物語が立ち上がる余地が残されているのだ。私はその“隙間”に自分の経験を入れて聴くのが楽しい。
結局、ロザリーナの歌詞が伝えているのは、完璧な結論ではなくて、揺れながらも進むための言葉だと思う。冷静な観察とちょっとしたユーモア、そして脆さを恐れない率直さが混ざり合って、日々の些細な勇気をそっと後押ししてくれる。