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溶けていく描写に合わせて音を作るとき、まず画面の“速度”と“形”を観察する習慣が身についている。絵がじわりと滲むのか、一気に溶け落ちるのかでリズムやアタックが決まるからだ。私はテンポを落とすだけでなく、小さなノイズや不均衡なハーモニーを差し込んで、溶解感を増幅させることが多い。
レイヤーを重ねる手法もよく使う。メインの和音をゆっくり鳴らし、その上にグラニュラーなパッドや反転した環境音を薄く配置して、音の輪郭がぼやける瞬間を作る。特に『聲の形』のような繊細な感情の変化には、高域を薄く残しつつ低域をフェードアウトさせることで、観客の聴覚に“残像”を残す効果が出ると感じる。
最終的にはミックスと空間処理で勝負する。リバーブのプリディレイを長めにして残響が溶け合う様子を演出したり、マルチバンドのサチュレーションで局所的に崩れを作ったりもする。こうした細かな処理を積み重ねると、映像の“溶ける”瞬間がより説得力を帯びてくるのだ。
音の質感で“溶ける”を表現するとき、直感的に触る機材やソフトが違ってくる。波形を引き裂くような派手さよりも、じんわりと変化する方に重心を置くようにしている。私はまずアタックを弱め、ディケイを長く設定するところから作業を始めることが多い。これだけで音自体が溶け込むように感じられる。
具体的な手法としては、フィルターをゆっくり動かして高域を削りつつ、グラニュラー合成で音を細かく砕き再配置するのが定番だ。さらに、少しだけピッチをモジュレートして音程が揺れるようにすると、画面の境界が滲む感覚が強くなる。『メイドインアビス』の深海的な質感を参考に、聴覚的に“暗く溶ける”方向へ寄せるのが好きだ。
最後に、音のバランス感覚を大切にする。画面の微かな動きに対して過剰な音像を当てると説得力が失われるから、引き算で表現する勇気が必要だと感じている。
音色の選び方だけで、描写が“溶ける”印象を大きく左右する。柔らかい倍音を持つ楽器を中心に据え、打鍵や弦のはじき方を弱めにして、エッジを丸めるように演奏させることが多い。私はそうすることで映像の輪郭が自然にぼやけていくように感じる。
もう一つ意識しているのは声や人の音をどの程度残すかという点だ。完全に消してしまうと冷たくなるので、遠くで響くかすかな人声や合唱を薄く混ぜ、情感を残すバランスを探る。『天気の子』の一部シーンで使われるような広がりのあるコーラスは、溶解する空気感をうまく補強してくれると考えている。
音量よりも質で説得する、そんな作り方が好きだ。
手順を整理すると実践しやすい。まず映像を何度も見て、どの部分が“溶ける”と感じられるかをメモする。それからベース素材を用意する:持続音のパッド、細かいノイズ、フィールドレコーディングの断片など。私はここで複数の素材を用意して、どれが映像に馴染むかを試すのが常だ。
次にフォルマント処理やグラニュラー合成を使って素材を変形させ、徐々に輪郭が崩れるように加工する。イコライザで高域を削り、リバーブで空間を溶かしていく作業も同時に行う。ピッチシフトを微妙に加えると、音が液状に動く印象を与えられる。最後に全体のダイナミクスを整えて、映像のクレッシェンドやフェードに合わせたオートメーションを加えると、完成度が上がる。
こうした工程を踏むと、画面の“溶ける”瞬間に説得力のある音がつくれると実感している。
音の構造そのものを“溶ける”ように変形させるのが楽しい。まず和声面でのアプローチとして、安定したコード進行を徐々に解体していく方法を好む。分厚いトライアドがだんだん開放されたクラスターや不協和に移り変わると、視覚の溶解と連動して強い効果を出せる。私は作業中にピッチスライドやポルタメントを多用して、音が溶けながら移動する感覚を作る。
技術面ではスペクトル処理が鍵になる。短時間フーリエ変換を使って一部帯域を時間軸で引き伸ばしたり、逆に圧縮したりして、音の“粘性”を操作する。グラニュラー処理で粒子状に分解した音をゆっくり再合成すると、まさに溶けていくようなテクスチャが得られる。『秒速5センチメートル』のような繊細な画面に対しては、こうした微細な変化を丁寧に当てることが多い。
また、アニメのタイミングに合わせて微妙にテンポを揺らすと、動きと音が自然に馴染む。同期を厳密にしすぎず、むしろリズムに“溶ける余白”を残すことが肝心だと考えている。