あの鉄製の首枷の重さは想像以上だったらしいよ。実際の引き回しでは、罪人によって使われる道具が微妙に違っていて、軽犯罪者なら縄だけ、重罪人だと手枷と
足枷を同時につけられた。特に江戸後期になると、『世論操作』的な要素が強まって、
庶民の不満をそらすために故意に派手な引き回しを行うこともあったとか。
面白いのは、町民たちが野菜くずを投げつける描写が定番だけど、実際にはそんな無駄なことはせず、主に言葉による非難が中心だったという記録も残っている。引き回しの最中、罪人が『晒し者』として扱われる過程で、町の辻々で番所の役人が交替で警護を引き継ぐ決まりだった。こうした手間のかかるシステムが、当時の社会における『秩序の見える化』にどう役立っていたのか、考えると興味深いよね。