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第76話

Author: レイシ大好き
何せ、美月は昔から強気な人だった。

二川グループの会長でありながら、女性でもある。そんな立場でいる以上、株主たちはまるで獰猛な獣のような存在だった。

その中で生き抜くのがどれほど困難だったか、容易に想像できる。

だが、美月はこれまで紗雪の前でそんな苦労を語ったことは一度もなかった。

彼女が口にするのは、会社を継げという言葉ばかり。できるだけ早く独り立ちするようにと。

記憶の中の母は、厳格で強圧的な人だった。何事も完璧を求め、妥協を許さなかった。

だからこそ、母が誤りを認めるのは、これが初めてだった。

紗雪はしばらく黙ったまま、美月を見つめた。

美月もまた、不安げに彼女の反応を待っていた。

やがて、美月は目を伏せた。長いまつげの影に、その落胆が隠れた。

よく考えれば、自分はあまりにも酷かった。

なぜ、ちゃんと話を聞きもしないで辰琉の肩を持ったのだろう?

自分の実の娘と、ただの赤の他人。

なぜ、よりによって娘ではなく、他人を信じる選択をしたのか?

この瞬間、美月はようやく気づいた。

自分は紗雪に対して、あまりにも多くの誤解を抱えていたのだと。

「私は、一度もあなたを恨んだことはないわ」

紗雪はふっと微笑みながら、美月を見つめた。

その眉目は穏やかで、どこか優しげな色を帯びている。

「母さんがどれだけ大変だったか、ちゃんと分かってる。ひとりでここまで来るのに、たくさんのことを乗り越えてきたでしょう?だから、私は恨んでなんかいないし、厳しくされるのも理解してる」

美月は驚いたように唇を開いた。

紗雪の顔立ちはどこか自分と似ている。

その強気で冷徹な雰囲気は、商談の場で敵を容赦なく叩き潰す自分の姿と重なった。

まるで、自分の若い頃を見ているようだった。

美月の目に、薄く涙が滲んだ。

ゆっくりと紗雪に歩み寄る。

その動きを察し、紗雪のほうが一歩先に近づいた。

「......?」

紗雪は、不思議そうに美月を見上げる。

だが、次の瞬間、美月は彼女をそっと抱きしめた。

肩にそっと頭を預け、静かに呟く。

「......そうね。私が間違ってたわ」

「私を理解してくれて、本当に嬉しい」

紗雪の体が、一瞬だけ硬直した。

母とこんなに近い距離で触れ合うのは、どれくらいぶりだろうか。

何でもひとりでやってきた。

母がしてくれ
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