バリキャリ佳奈と独身主義者でCEOの啓介は 共に結婚願望がないことで盛り上がり交際に発展。しかし、突然佳奈からプロポーズを受ける。 「私たち最高の夫婦になると思うの、結婚しよう」突然の告白に驚く啓介。 しかも、ただの結婚ではなく『自由を手に入れるための結婚』独身のような生活は維持しつつ、結婚することで得られるメリットを享受しようとする2人。合理的な選択のはずが啓介を狙う元カノや跡取りが欲しい両親、佳奈を狙う同僚が迫ってきて新婚早々二人の生活に波乱が襲う!
View More「ねえ啓介?私たち、結婚しよう」
週末の日曜日、予約が取れない人気のフレンチレストランで食事をしながら彼氏の啓介にプロポーズをした。
「え、佳奈?どうしたの?急に?」
啓介はティラミスを食べる手を止めて、驚いた顔をして私を見ている。
「啓介が結婚に前向きじゃないのも知っている。だから私たち最高の夫婦になると思うの。」
ーーーーーーーーーー時を遡ること、3分前。
「啓介。私のこと、好き?」
「ん?どうしたの急に。」
女性の扱いに慣れている啓介は私の手に自分の手を重ねてきた。
「好きか嫌いかで言ったら好き?」
「え、もちろん。佳奈のことが好きだよ。だから付き合っているんじゃないか。」
「良かった。私も啓介が好き。だから、私たち結婚しよう」
私は宣言するように声を張って言った。
「え、今、なんて?」
聞こえていないはずはないのだが、啓介は聞き返す。
「だから、結婚。啓介、結婚しよう。」
「え、佳奈?どうしたの?急に?」
啓介は目を丸くして驚いている。先程までの優しい微笑みは姿を消し困惑とどのような返答をしようか考えているようだった。
「佳奈、なんでそうなったか聞かせてもらえないかな。この前、同僚が結婚したと話をした時に君は結婚の意味が分からないって否定的なことを言ってたよね。それが今日は急に結婚しようだなんて。言っていることが矛盾していると思うんだ。」
啓介は手を額に当てて厄介なことになったと言う顔でこちらを見ている。彼は結婚願望がない。『結婚できない男』ではなく『結婚したくない男』だった。しかし、そんなことは気にせずに私は続けた。
「結婚の意味が分からないのは今でもそうだよ。啓介が結婚に前向きじゃないのも知っている。だから私たち最高の夫婦になると思うの。」
「……ごめん、意味が分からない」
「啓介はなんで結婚したくないんだっけ?」
「それは……別に一人の生活に不自由もないし困っていないからだよ。一人でも生活できるスキルはあるし好きなことも出来る。」
周りから結婚して金銭面や時間の面で自由がなくなったと聞いていて、今の生活を楽しみたい啓介は否定的らしい。
「そう、私もなの!仕事が好きでこれからもっと上に行きたい。遊びやプライベートも充実させたいけど一番したいことは出世。出世してお金を稼いで自分の好きなこともして自由を手に入れたいの。」
「それなら今の関係のままで良くない?」
「ううん、良くない。啓介は、一人息子だからご両親から結婚はまだかとかお見合いや彼女の有無を聞かれるのにうんざりしているでしょ?」
「私は、今の会社は結婚していないと性格に問題があるんじゃないか?って疑われる。うちの会社には男性でも独身の役員はいない。役職クラスの昇進試験でも独身だと分かると性格とか内面の人間性を確認しているの。それって偏見じゃない?」
「それはそうだけど……。だから結婚って無茶苦茶すぎないか?」
「普通ならね。制限されることの方が多いし自由を求めるなら独身の方がいい。だから私たちは今のままの生活を送ろう」
「偽装結婚……ってこと?」
「いいえ、私は啓介のことが好きだし啓介も好きだと言ってくれた。だから愛のある結婚よ。私たちはお互いの自由を守るために結婚するの。」
「ごめん、理解が追いつかない。」
「いい?結婚することで啓介は親からの催促から逃れ、私は社会で不利益な扱いを受けないで済むってわけ!」
「つまりお互いに利害関係にあるといいたいのか?」
「その通り。好きな相手と恋愛感情以外でも求めているものが一致するなんて、私たち最高にいいパートナーだと思うの。こんな人もう出逢えないんじゃないかって思うくらいあなたに惹かれている」
「佳奈が言うことは確かに一理あるけれど、そんなに上手くいくかな?」
「上手くいくよ。上手くいくために婚前誓約書を作るの!」
「婚前契約書……?」
こうして私の猛烈なプロポーズから、私たちの結婚生活は幕を開けた。
佳奈side引っ越しを終えた翌週の週末――――この日は久々に予定がなく、朝のんびりと目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む柔らかな光が部屋全体を温かく照らしている。隣には、口を少し開いて眠る啓介の姿があった。今まで何度も泊まったことはあったが、朝起きて毎日隣には啓介がいる生活はなんだか不思議な気分だ。一緒に過ごし始めても、平日はお互いに帰りが遅く、朝も慌ただしく起きてゆっくりと家で過ごす時間がなかった。だから、この穏やかな朝が特別に感じられた。そっとうつ伏せになり、隣にいる啓介の寝顔をじっくりと見つめた。長いまつ毛もうっすら伸びた髭も、寝息を立てる小さな唇も、その一つ一つが愛おしい。普段は、仕事のできる頼もしい男だが、この瞬間だけは子どものように無防備だ。「ふふ、可愛い。」近くで見すぎていたのか、笑い声の息が啓介の耳にかかったようで、「ん、んん」と言いながら寝返りをして、背中を向けてしまった。そんな姿を見て、私は思わず後ろから抱きしめた。温かくたくましい背中にぴったりと密着すしながら、首元や背中から伝わる熱や匂いを感じていた。「啓介、好き。」啓介の耳に唇を軽く添えて、そっと
佳奈side週末、私の部屋から啓介の部屋へと荷物を移動した。家具や家電は、啓介の家にあるものをそのまま使うため運ぶ荷物は少なく、あっという間に引っ越しは終わった。「ね、せっかくだからこれ書こうよ」私が事前に用意していた婚姻届を啓介に手渡すと、啓介は少し驚いた顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。「佳奈も用意していたの?忙しいかと思って、この前役所に用事があった時に俺も取ってきたんだ」二人して同じことを考えていたことに笑い合い、私たちは丁寧に記入していく。署名欄に名前を書き込むとき、ペンを持つ手がわずかに震えた。「なんかこういう書類って緊張するわね。」「大丈夫だよ。間違えたら俺が貰ってきた分もあるし。」婚姻届を書き終え、捺印を押し、あとは承認欄を書いてもらうだけになった。紙切れ一枚なのに、その重みがずっしりと心にのしかかる。「ねえ、本当にいいの?これを出したらもう独身じゃなくなっちゃうのよ?」
廊下を歩いていると片井さんとすれ違った。片井さんは頭脳集団と呼ばれる法務部に長年所属しており、経験年数も知識も人一倍秀でていた。しかし彼女は、独身を理由に昇格試験に三年連続で落とされている。頭脳明晰な片井さんが筆記で落ちるはずがない。彼女は毎年、面接で落とされていた。うっかり面接官を務めた役員が酒の席でこぼしたことをきっかけに、周りからの猛烈な批判を受けて、四年目にしてようやく役職を得たが今も課長のままだった。片井さんとはあまり話したこともなければ、年も一回り以上上の先輩だが、この会社でキャリア意欲を隠すことなく主張する数少ない戦友だと思っていた。「同僚から聞いたのですが、坂本さん、結婚されるんですね。おめでとうございます。」「ありがとうございます。」「以前から意欲的な話を聞いていたので坂本さんのことが気になっていたんです。」気さくに声を掛けて、祝福してくれることに喜んでいたが、片井さんは表情を硬くして、周囲を気にして声のボリュームを落としてからこう呟いた。「でも、気を付けてください。この会社は、体制としてはまだまだ古いです。出る杭は打たれるように、我々のようなタイプの女性は、『杭』なんですよ。」
佳奈sideこの日、私は上司に呼ばれて会議室にて面談をすることとなった。ノックをして部屋に入ると、上司はいつもの穏やかな表情で椅子に座るように促した。「失礼します。お話とはなんでしょうか?」「ああ、大したことじゃないんだ。わが社で結婚する社員全員にヒアリングするように義務付けられていてね。まあ、コンプライアンス対策だ。」上司はそう言って、私に一枚の書類を差し出した。「はあ……。」「結婚するにあたって、部門の配置換えなど希望があるなら教えてほしい。家庭優先にしたいから残業が少ない部門がいいとか、家庭があるから土日出勤がない部門になりたいとかね。」私は、即座に答えた。「いや、今のままで大丈夫です。結婚することとは関係なく、今まで通りに仕事をしたいです。これって、希望を出したら出世に不利なんですか?」私のストレートな問いかけに、上司は苦い顔をしながら答えた。「まあ、不利益が出ないようにと言われているが、同じような評価内容で自分の要望を通してる人材と、会社の指示に従う
啓介side「社長は、結婚式や新婚旅行はするんですか?」昼休み、会社の休憩室で社員にそう聞かれた。「いや、入籍だけ先にしようと思っていて詳しいことはまだなんだ。」俺も佳奈も入籍以外のことは話をしていなかった。今は、お互いの信頼関係があるが、初めてプロポーズされた時は、お互いに「独身の生きづらさ」を解消するための選択だった。(佳奈は、どう思っているんだろう?)その日の夜、佳奈が帰ってきてからリビングのソファでくつろいでいる彼女に尋ねてみる。「佳奈って、結婚式や新婚旅行は考えている?」「え、あんまり。でも、結婚した時くらいしか、長い休み取ること出来ないだろうから、旅行は行くのも良いかなって。啓介は希望ある?会社経営しているから大々的にやるとかあるの?」「俺は、別に。目立ちたいタイプではないし、そういう付き合いとかで呼ぶのは好きじゃないんだ。新婚旅行は、事前に日程分かれば調整できるよ。」「それなら写真だけにするか、やるにしても親族と親しい友人とか小規模でいいわよね?ホームパーティーのようなアットホームなものにする?」
佐藤side黙って聞いていた裕子は「ぷっ」と声を出して笑った。俺との会話で面白そうに笑う声を聞いたのは、久々だった。「それを聞いて、裕子が母さんと直接話した方が、お互いの都合も分かって決めやすいし、店を選ぶのも気分転換になるかと思ったけれど、気を重くさせていただけかもしれないって思ったんだ。だから、もし気が変わったら連絡くれ。」俺の言葉に、裕子は静かに頷いた。「……分かったわ。」「それじゃ、おやすみ。」しばらく待っていたが、裕子はリビングでくつろいでいるようで、寝室になかなか来なかった。そのうち、俺も寝入ってしまったようで、気がついたら朝になっていた。朝、起きて挨拶をしても普段と様子は変わりない。(んー。裕子の本心が分からん。昨日は、裕子が本当は行きたいというテイで話をしたが、もし俺に興味がなくて行く気がないとしたら、うぬぼれている感じでかっこ悪いな……。)俺の言葉は、彼女に届かなかったのだろうか。満員電車に揺られながら考え直してみると、我ながら自意識過剰で恥ずかしい。すると胸ポケットでスマホのバイブがブルブルと振動した。
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