Masukある夏、少年と少女が出逢い、別れ、また出逢い そんな繰り返しの中で未来が紡がれていく……。 ――それはひと夏では終わらないボーイミーツガールだ。
Lihat lebih banyakひまわり島に向かう船の甲板で、僕は潮風を浴びていた。季節は夏、暑い日差しが降り注ぐとき。そして、あの子と何度もお別れをした季節。でももう終わりにしよう。これは最期で最初の物語だ。
◆◆◆
僕がはじめてひまわり島に来たのは小学校1年生のときだ。ひまわり島には祖父の家があり、忙しい両親が僕を預けたのがきっかけだった。祖父は寡黙な人で、特に遊んでもらった記憶ない。祖母は亡くなっていたので、男2人のなんとも言えない生活だった。
そんな暇な祖父の家を抜け出し、僕は島を散歩する。目的地はこの島がひまわり島と呼ばれる所以でもあるひまわり畑だった。「うわあ」
一面に広がるひまわり畑は、まるで夏の太陽の写し鏡のようだった。そのまばゆさの中に、別の輝きがあることを見つけた。白いワンピースに麦わら帽子をかぶった少女だった。これだけ暑い夏なのに、日焼けをしておらず、その肌は白く輝いていた。
僕が少女をじろじろと眺めていると、ふいに目があった。僕は慌てて目線を四方八方に散らした後、少女にいった。「こ、こんにちは……」
「……こんにちは」
少女が微笑む。すると僕の頬は熱くなり、慌てて手で顔をあおいだ。
「きょ、今日は暑いね」
「そうだね。君は見ない子だけど、どこから来たの?」
「と、東京から、おじいちゃんの家に遊びに……」
「東京!?」
少女は目を輝かせると僕に近づき、両手で僕の手を握った。
「えっ? えっ?」
「わたし、ひまわり! 君は?」
「僕は、太陽……」
「東京の話、聴かせてよ!」
それが長い付き合いになる2歳年上のひまわりと、僕、太陽の出逢いだった。
婚姻届を僕に書かせたのは、僕が大学で浮気をしないようにさせるためのけん制の目的があることをのちに僕は知り、彼女の大学でのけん制はすさまじいものがあった。結婚式はお互い夢をかなえてからでいいといってくれたが、結婚指輪を(主に僕が)することにひまわりはこだわった。とはいえ、入学金や2人で暮らす部屋の入居にかかるお金、家具・家電などを揃えていては指輪どころではなかった。だからこそ入学してから半年間、僕はアルバイトに精を出した。安物でも彼女に指輪と想いを届けるために。 クリスマスイブの日、僕らはデートに出かけた。目的地は遊園地、ダッフルコートを着たひまわりはうれしそうに僕の腕にしがみついている。「いやあ、遊園地に行くのなんて初めてだよー」「島には遊園地はないものな」「あー、いまバカにしたでしょ」「してないしてない」 僕は苦笑いを浮かべる。「でも遊園地の定番は知っているわよ。ジェットコースター!」「いきない絶叫系。大丈夫なの?」「波が激しいときの船に比べればましでしょ? ほら、いこ」 ひまわりがしがみついている腕をひっぱりジェットコースターの列に向かう。僕は微笑みながらそれに続いた。◆◆◆僕たちはジェットコースターに乗り込み、腹の底から叫んだ。「ひゃあああああ!」「うわああああああっ」ジェットコースターから降りた僕は三半規管がグルグルするのを感じながら、ひまわりに尋ねた。「大丈夫だった?」「うん! 楽しかった!」 それは良かったと思いつつも、次はコーヒーカップに乗りたいとひまわりが言い出したため、さすがに連続で三半規管を攻撃されるのはつらいとどうにか止めるのだった。「んー、じゃああれは?」 ひまわりが指さしたのはメリーゴーランドだった。◆◆◆「なあ、ひまわり」「なあに、太陽」「メリーゴーランドってこんな乗り方するものだっけ」「さあ、でも太陽がやっていたゲームではこうしてなかったっけ」「うっ」 そう言われると反論できない。今僕は、ひまわりが乗っているメリーゴーランドに2人乗りしている。前に乗った彼女を抱きしめるような形でのタンデム乗馬だ。はずかしい……けれど彼女のあたたかさが心地よかった。「あったかいね。太陽」「うん」◆◆◆ そうしていろいろなアトラクションを楽しんだあと……夕方の定番である観覧車に乗った。ひまわ
合格発表の日、僕はひまわりと共に大学に来ていた。いち早く合否を知りたかったからだ。僕自身は推薦をもらっているのに、下手をしたら本人のひまわりよりドキドキしているかもしれない。2人でならんで掲示板にひまわりの受験番号を探す。「あった! あったよ太陽!」 ひまわりがはねて喜びを表現する。そのあと僕の両手を自身の両手でぎゅっと握る。「これで行けるね!」「うん、一緒の大学に……」「違うよ、役所だよ」「役所?」 僕は頭にはてなを浮かべた。そうするとひまわりは、人だかりから僕を連れ出し、カバンから1枚の書類を取り出した。「じゃーん! 婚姻届! 私の方の記入は済んでるから早く書いて出しに行こうよ」「ええ……」 相も変わらず強引なひまわりに手を引かれ、あれよあれよという間に役所にある書類を書くための台にまで連れていかれてしまった。目の前にはひまわりのサインと証人として僕と彼女の父親の名前まですでに書きこまれていた。「ほら太陽、早く書いて」 ひまわりは満面の笑顔だった。しかしこんな流されるように書いてもいいものだろうか。「な、なあ、ひまわり……、こういうことは2人でよく話し合って……、ほら、僕ちゃんとプロポーズも……」「婚約者から夫婦に変わるだけだって、変わらない変わらない!」「うーん……」 そう婚約している時点でプロポーズは終わっているし、両家への挨拶も終わっている。年齢的にも結婚できる年齢になった。だから答えはシンプルだ。僕が結婚したいか、したくないかだ。だから僕は……。――婚姻届にサインをした。「わーい」 ひまわりは僕がサインした婚姻届を手に取ると、内容をじっくりと確認し、ぐふふと気持ち悪い笑みを浮かべた。そしてそのままの流れで彼女は書類を戸籍課に提出しにいくのだった。そして僕とひまわりは恋人つなぎで手をつなぐと、静かに役所を出た。2人とも少し顔が赤かったと思う。なんにせよ、その日、僕とひまわりは夫婦になった。
祖父が亡くなった後も、僕は夏になるたびひまわり島を訪れた。祖父の家はひまわりが管理をしてくれており、きれいな状態が保たれていた。高校3年生になった僕は早々と推薦を決め、ひまわり島を訪れていた。まずは祖父の家の奥にある墓に向かった。ここもひまわりたち島の人が手入れしてくれているようで大変きれいな状態だった。祖父の墓に手を合わせた僕は家の玄関に向かう。島特有の警戒心の薄さから鍵が開けっ放しのドアを僕は開く。「ただいまー」「おかえり、太陽」 出迎えてくれたのはひまわりだった。お互いの想いを伝えあってから、彼女は僕のことを呼び捨てで呼ぶようになった。しかし彼女の服はいつまでたっても白いワンピース。僕と出逢ったときの服だから、と強いこだわりがあるらしい。ただ今日はワンピースの上からエプロンをしていた。「お昼出来てるよ。食べるでしょ」「うん、荷物おいてくるね」 祖父が生きていたころは客間を使っていたが、今は祖父が使っていた部屋を使っている。ひまわり曰く「この家の主は太陽になったんだから、太陽がおじいさまの部屋を使わなきゃ」らしい。だから僕は祖父の部屋だった部屋に荷物を置くと、居間に向かった。 僕が上座に座る(本当は上座という柄ではないのだが、これもひまわりがうるさく言うのである)と、ひまわりが料理を運んできた。そうめんだった。そうめんの上には細く切った玉子焼きと、同じく細く切ったきゅうり、ハムが乗っていた。ひまわりは僕の対面に座ると、自分の分をテーブルに置いた。気持ち僕の方が多い気がするのは「たくさん食べて大きくなれ」という意味だろうか。背丈こそひまわりに負けない程度になったものの、どうにも筋肉の付きが悪いのだ。「いただきます」「召し上がれ。大きくなるんだぞ」 やっぱりだった。◆◆◆ 昼食を食べ終えた後、僕とひまわりは麦茶を飲みながら雑談していた。「それでどう? 島での仕事は?」「んー」 島にはかろうじて中学校まではあるものの、高校はなく、ひまわりは通信制の高校を卒業し、家業の手伝いをしていた。「仕事って言ってもほとんど雑用ね。うちは農業が中心だけど、そんなに手広くやっているわけじゃないし。それよりも……」 ひまわりがにやりと笑う。「早く太陽と結婚しろってうるさいんだけど」「……っ」 僕は顔を熱くし、麦茶を吐き出しそうになった。あの日
それから僕は毎年夏になると祖父の家に行き、ひまわりと遊ぶようになった。しかしただ1度だけ、夏以外にひまわり島に行ったことがある。それは春。桜の舞い散る中学2年生のときだった。祖父の葬式に出るため、僕はひまわり島に訪れた。 遺族側の席に座った僕はぼんやりとしていた。弔問客は途切れることを知らず、島中から人が来ているようだった。寡黙な祖父だったが、人から好かれる人だった。……僕も好きだった。やがてセーラー服を着たひまわりが弔問に来ると、僕を気遣わしげに見た。僕は、彼女の目を見ることもできなかった。◆◆◆ 夜になった弔問客が減ると、僕は制服姿のまま海に向かった。1人砂浜に座り込み、ぼんやりと暗い海を眺める。寡黙な祖父と過ごした日々を思い出していると後ろから声がした。「こんなところにいた」 僕が振り返ることも返事をすることもしないでいると、声の主、ひまわりは僕の隣に座った。ひまわりは何も言わず、静かに、辛抱強く僕が口を開くのを待った。だから僕は思考の回らないまま、口を開いた。「……僕、じいちゃんのこと好きだった」「うん」「……でも、ちゃんと伝えられなかった」「大丈夫、ちゃんと伝わってたと思うよ」「どうして?」 ひまわりは僕の手を優しく握る。「言わなくても伝わる想いってあるでしょ?」 ひまわりの顔が少しだけ赤い。「そう、だね。でも僕は、言わないで後悔するなんてこと、もうしたくないな」 僕はひまわりの手を握り返す。「ひまわり」「うん」「僕は、ひまわりが好きだ」「知ってたよ。ずっと」「じいちゃんが、あの家を僕のために遺してくれたんだ。だから、僕が大人になったら、一緒にあの家で暮らしたい」「……わかった。待ってるね」「ひまわり……」 ひまわりはそっと僕の身体を抱きしめた。ふわりと、彼女のやさしいにおいを感じた。「ずっと一緒にいたい」「うん、ずっと一緒だよ」 そこでようやく僕は涙を流すのだった。