薄暗い部屋に、モニタの光がわずかに揺れていた。高田は両肘を机についたまま、画面のカーソルが瞬くのをぼんやりと見つめていた。画面にはコードの断片がいくつも開かれているが、どのタブにもカーソルは動かされていない。視線はそこに向いているのに、意識は別の場所にあった。
キーボードから手を離し、静かに息を吐く。その動作すら、どこかぎこちない。長時間座っていたせいで、足元の血流が鈍くなっていた。何かが、自分のなかでずれている。それは不具合とも言えず、バグでもない。ただ、処理の優先順位が狂っている感覚だった。
彼は右手を伸ばして手帳を取る。黒い表紙は手汗を吸って微かにぬめりがあり、ページをめくると指先に紙のかすかな引っかかりが戻ってくる。毎日の記録、ログのように綴られた日々の数式と断片的な単語。機械のように淡々と綴ってきたはずのページが、ここ数日はどこか様子が変わりつつあった。
ページを一枚めくる。今日の日付を記入する前に、手は一瞬だけ止まった。鉛筆の先を紙に触れたまま動かさず、頭の中で言葉の配列を探る。思考の奥に残っているのは、夕方に交わされた短い会話。弁当を渡され、箸を動かし、「うまい」と言ってしまったあの瞬間。
自分が、自分の言葉で何かを伝えていた。それがどうしても引っかかっていた。
ゆっくりと鉛筆を動かし始める。まずはコード形式の記録から。言葉より先に論理。数値で整理されて初めて、彼にとってそれは“扱える”対象になる。
```c
// 大和 奏多:感情変動トリガー認定if (大和 == present) { 情緒安定度 += 26; 拒絶反応 = 無し; 注意領域 = 彼に収束;}```文字を書きながら、高田は自身の内部にある“違和感の正体”を解析しようとする。なぜ、この人物の存在が、ここまで自分の内部状態を揺らすのか。それは他者の誰でも起こせる反応ではない。接触する他人はすべて、一定の疲労とストレスを与える存在だったはずだ。だが、大和だけは違った。接触後、明らかに思考