「......言わないか?」
修は冷たく言い放つと、踵を返した。
「なら、お前は俺との取引のチャンスを逃したってことだ」
そう言い捨て、病室を出ようとする。
「待ってください!」
ノラが慌てて呼び止めた。
修は足を止め、振り返る。
「......考えを変えたのか?」
ノラは少し考え込むように視線を落とし、やがて言った。
「今すぐに交換条件を思いつきません。でも、先に貸しにしてもらえますか?後で僕が何かお願いするとき、ちゃんと聞いてもらえます?」
修はゆっくりと歩み寄り、ベッドの横で腕を組む。
「......いいだろう。約束する」
「なら、教えます。でも......」ノラは慎重に言葉を選ぶように続けた。「絶対に僕から聞いたとは言わないでくださいね?お姉さんにバレたら、怒られますから。僕、もう藤沢さんの味方ってことでいいですよね?」
ノラはベッドサイドのメモ用紙を取り上げ、ペンを走らせた。
「ここがアメリカで一番の病院です。西也お兄さんはここで治療を受けています。そして、こっちが住んでいる場所。病院の近くですよ」
修はメモに書かれた住所を一瞬で覚えた。
そして、無言で紙を握りしめると、そのままくしゃくしゃに丸める。
瞳の奥には冷たい光が宿っていた。
「僕たち、約束しましたよね?」ノラは小指を差し出した。「絶対に僕が教えたって言っちゃダメですよ。ちゃんと誓ってください!」
修はちらりと彼を見たが、何も言わずに病室を後にした。
侑子がすぐに後を追う。
「藤沢さん!」
しばらく無言のまま歩いていた修は、ふと足を止めた。
「......山田さん、さっきのことは忘れてくれ」
「でも......見ちゃったよ」
侑子は不安げに言った。
「住所を手に入れたってことは、アメリカに行くつもりなの?前の奥さんに会いに?」
彼が前妻に会いに行くことが、彼のためになるとは到底思えなかった。
それに―あの人が、もしまた彼を傷つけたら?
前回、修があんなにも深く傷を負ったのは、あの前妻が関わっているせいだと聞いたことがある。
もし、また同じことが起きたら?
それに、アメリカは危険な場所だ。銃社会でもある。
もし本当に彼女に命を狙われたら―?
「そんなの、関係ない」