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第18話:長崎の海、九州の食探求

Author: ちばぢぃ
last update Last Updated: 2025-06-15 09:00:33

長崎の港、春の陽光が波に映える昼下がり。佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、弟子の太郎を連れ、長崎の市場を歩いていた。享保年間の九州、博多を拠点に新たな食の探求を始めた宗太郎は、海風亭や潮騒軒の評で博多の食文化を高めていた。偽名「佐藤宗次」を名乗り、江戸での暗殺未遂を逃れた宗太郎だったが、松葉屋の藤兵衛と博多の権力者・黒崎藤十郎の陰謀が、刺客・弥蔵を通じて迫っていた。母・雪乃の煮込み、江戸の焼き鳥やうなぎ、博多の鯖や豚骨の記憶が、彼の舌を支え、太郎の初評が筆を後押ししていた。腕の傷は癒え、宗太郎と太郎は博多を拠点に九州全域で活動を始め、長崎の異国情緒漂う食文化に挑もうとしていた。

長崎の市場は、博多とは異なる活気で満ちていた。南蛮船がもたらす異国の香辛料、唐辛子や胡椒が魚介の匂いと混じる。宗太郎は、腰に筆と紙を携え、長崎の海の香りに鼻を動かした。太郎は、漁師の息子らしい好奇心で、市場の珍しい食材を指差した。

「宗次さん、この魚、見たことねえ! なんか赤くて、江戸の鯛より派手だぜ!」

宗太郎は笑い、太郎の目を褒めた。それは、南蛮船が運んだ赤魚(メバル)だった。市場の奥、屋台「波濤軒」に足を止めた。店主の康次は、45歳ほどの元船乗りで、長崎の魚介と南蛮の調味料を組み合わせた料理を出す。康次の目は、海を渡った男の深みと、食への情熱を宿していた。宗太郎は、カウンターに腰を下ろし、康次に声をかけた。

「康次殿、赤魚の焼き物を一品。それと、魚介の南蛮煮を頼む。」

康次は頷き、炭火に赤魚を並べ、鍋で煮込みを始めた。宗太郎は、魚の焼ける香りと南蛮のスパイスの刺激に鼻をくすぐられた。屋台は、漁師、商人、南蛮船の乗組員で賑わう。宗太郎は、長崎の異国と日本の融合に心を弾ませた。だが、藤十郎の監視と、弥蔵が放ったスパイの気配が、市場の片隅で蠢いていることを感じていた。

やがて、赤魚の焼き物と魚介の南蛮煮が運ばれてきた。赤魚の焼き物は、塩と胡椒で焼き上げられ、身がふっくらと輝く。南蛮煮は、イカと鯖に唐辛子と酢を効かせ、赤いスープが食欲をそそる。宗太郎はまず赤魚の焼き物を手に取り、香りを嗅いだ。塩のキレと胡椒の刺激が
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