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日蔭スミレ
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Romans de 日蔭スミレ

機械仕掛けの偶像と徒花の聖女

機械仕掛けの偶像と徒花の聖女

「実を結ぶ花」の名を持つ伯爵令嬢・キルシュは、努力しても報われず、運命に見放された“徒花”。 『忌まわしき古き信仰の名残』とされる異能と孤児の出自により、学院や家族からも蔑まれる身分だった。 ある日、義兄の苛烈な言葉に傷つき家を飛び出した彼女は、真夜中の森で恐ろしい怪物に襲われる。 そこを救ったのは、機械仕掛けの青年ケルン――王子様のような彼は、キルシュの記憶から消えた大切な幼馴染みだった。 その再会は、孤独な心に初恋の花を咲かせる。しかし、その裏には残酷な運命の導きが秘められていた……。 これは、儚く甘い初恋と再会、そして別れの物語。産業革命・近世風×異能ロマンスファンタジー。
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Chapter: エピローグ 火輪の花が照らす、永遠の約束
 その夏の盛り。キルシュとケルンはツァール西部の地、メーヴェを後にした。  向かう先は海の向こう。西の島国、イフェメラだった。    帝都炎上から半年以上。  混乱の最中、二人の生存が世に知れ渡れば、再び騒乱の種になってしまうだろう。  それを避け為にも、静かな隠居の地を求めて、今こうして波に揺られていた。 あの日から、二人はブリギッタが治める西部領地の屋敷に身を潜め、使用人として暮らしていた。 ──キルシュに関しては、生活力に長けていた事もあり、家事において他の使用人に劣る事はなかった。  一方のケルンも、頭の回転が早く、計算や帳簿付けの手腕に優れており、領地の管理を多忙にこなすブリギッタにとって、大変心強い助けとなっていた。 だが、いくら優秀であろうと、若い恋人同士というのはなかなか隠し切れないものがある。  暇さえあればケルンがキルシュにちょっかいをかけ、彼女を膝に乗せては愛でる始末。休憩時間にはおやつを「あーん」と食べさせ合い、夜には寄り添ってバルコニーでいちゃいちゃと月を眺める。 ──つまるところ、目に余るほどの馬鹿っぷるだったのである。 そうしてとうとうブリギッタは痺れを切らし、ある日、二人を呼び出し分厚い封筒を渡した。  そこには金色の文字でこう記されていた。『使用人(仮)退職金』と……。 その額は、慎ましく暮らせば三年は生きていける程。  労働力に見合わないあまりに多すぎる退職金にキルシュが「正気?」と猛抗議をしたのは言うまでもない。「うるさいわね! 私はあんたより頭が良いのは存知でしょう? こっちは貿易で儲けのある金持ち貴族よ。黙って貰っておきなさい」  と、一蹴りされてしまったのである。 しかし、真意は後にユーリから知らされた。 「見ていて苛立つ」というのも、あながち嘘ではなかったが――  本当のところ、ブリギッタが気に病んだのはケルンの立場だった。    存在を隠され、間引きされた筈の第一皇子。  皇帝が退位を表明した今、もし彼の存在が明らかになれば、次期皇帝の権限すら持つ可能性がある。  彼自身は「そんな器じゃない」と、謙遜していたが……だからこそ、二人がツァールに居続ける事は不安材料だったのだ。「……事実、俺たちがツァールに居るだけで、また国が揺れる恐れはある。ブリギッタ嬢の厚意に甘えよう
Dernière mise à jour: 2025-07-26
Chapter: 71話 二人で還る場所
 ※ 永遠の夜、ナハトを討った後の記憶は、あまりにも曖昧だった。 それはまるで、どこまでも長い夢を見ていたような、静かでゆらゆらとした時間だった。 ──きっと、自分は死んだのだろう。キルシュは、そう理解していた。 視界は真っ黒に塗り潰されて、どこにいるのかも分からなかった。 意識だけはしっかりとあるのに、目は見えず、声も出せず、身体も動かせなかった。 ただひとつ、分かっていた事がある。 まるで凪いだ水面をたゆたっているような、静かで優しい感覚。 母親の胎内の記憶がもしあるなら、きっとこんなだろうなとでもいった感覚だ。  それでも確かだったのは、自分の手が誰かの手と固く繋がれていた事だった。 無骨で温かく、どこか懐かしい手のひら。 目に見えなくとも、声が聞こえなくても、それがケルンの手だと、キルシュには分かる。『もう離さない、ずっと一緒』 声が聞けずとも、そう言われているような気がしたのだから。 それだけで、どこか安心できて、怖さは不思議と感じなかった。 けれど──夢から目覚める直前、キルシュはクレプシドラの声を聞いた。『我は未熟な神故に、変則的な使徒を二つも留め続ける事はできない。……だが、お前たちの生を強く望む者がいる。再生の聖痕と、芽吹きを支える光の聖痕を引き換えに、お前たちをあるべき場所へ還そう』 そんな言葉だったと、ぼんやりと思い出す。  そして、どれほどの時が過ぎたのかも分からぬまま──キルシュは誰かの声に呼び戻されるように、ゆっくりと意識を取り戻した。 目を開けた時、そこは見覚えのない部屋。 そして、目の前では散々自分をいびってきた筈のクラスメイトが、大粒の涙を溢して抱きしめていたのだ。 それはまるで、夢の続きを見ているようだった。 けれど、現実は確かに動いていた。 帝都は本当に炎に包まれたのだと知らされた。──あれから、もう半年が経っているらしい。 自分は、西部領地
Dernière mise à jour: 2025-07-24
Chapter: 70話 徒花は、冬の果てで再び咲く
 書き物机に向かい、帳簿に向かうブリギッタは深いため息をつきながら、眉間を揉む。  帝都炎上からというもの、女貴族たちは皆、忙しない日々を送っていた。 本来、ツァールの女貴族の務めといえば──花を愛で、刺繍に親しみ、教会での慈善バザーに顔を出す事。特に何もせずとも聡くある事。これが仕事だ。  けれど、帝都が崩れて以来、領主である男性たちはみな帝都の復興の為に出向き、留守を預かるのは女たちとなった。 しかし、女手さえ足りていない領では、聖職者や名門家が代わりに政を担っているとも聞く。  ──それでも、やはり「学識こそ宝」と教えられてきたのは間違いではなかった。 計算ができる事が幸いし、数字に纏わる事務作業をそつなくこなせる事で、今の自分をどれほど助けているか。   だが、問題は量だった。 支援物資、避難民への義援金、それらに関する出納帳が山積みとなって、日が暮れても帳簿の終わりは見えなかった。 (……さすがに、くたびれるわね)  ブリギッタは癖も無い青肌色の髪をくるくると指に絡めながら、暗算に集中していると──バタン、と扉が荒々しく開く音がして、思わず眉をひそめる。 見なくても誰が入って来たか分かる。 乱れた金髪に碧眼、息を切らしながら駆け込んできたのは──帝都からともに逃れてきた南部辺境地・ヴィーゼ伯爵家の使用人、ユーリだった。 「ブリギッタ嬢、大変だ!」 彼はまるで火急の知らせでもあるかのように声を張り上げる。 ──彼とは、帝都崩壊の最中に知り合った。学院で負傷したブリギッタを、キルシュの命を受けて、メーヴェの領地まで送り届けてくれた恩人だ。  その後、帰郷するように言ったものの、彼は「神堕ろしの証人」だと語り、南部への帰還をためらった。 恩義と恐れ。そのどちらもが彼の胸にあったのだろう。結果、彼は西部に留まり、屋敷の雑務を手伝ってくれていた。 まして、現在は、宗教改革が起きて、南部辺境地はまさに今騒動の渦中に置かれている。〝帰りた
Dernière mise à jour: 2025-07-24
Chapter: 69話 名もなき祈りは今も冬に眠る
 推定死亡者数、八百人以上。 行方不明者、およそ千名。 帝都炎上から、半年。ツァール帝国は初夏の日差しが差し込んでいた。 だが、国全体はいまだに揺らいだまま。 ツァール聖教、そして国の統治そのものが、足元から崩れていった。  国教は邪教崇拝だった。 聖職者たちや諸派の上位に就いていた者たちが次々と、自らの罪を告白し懺悔を口にした。 その中心に立っていたのは、南方辺境を治める辺境伯イグナーツ・ヴィーゼである。  彼が従っていたという《蝕(エクリプセ)》と呼ばれる諸派は、一般にはほとんど知られていなかった。 それは、まるで富裕層だけが入会できる会員制組合のように、水面下でひっそりと活動していたという。 彼らは語った。 来るべき戦乱と国の衰退を見越し──能有りたちを生贄に〝神堕ろし〟という、悍ましい儀式に手を染めたと。 その結果として、帝都に現れた禍々しき機械仕掛けの偶像が現出したのだと、イグナーツは語った。  信じ難い話ではある。 だが、目の当たりにした人々の多さが、疑念を打ち消した。 更には、その信憑性に拍車をかけたのは、皇帝陛下自身の懺悔だった。 ──陛下は、第一子が能有りであった事から、精霊返しを行っていたと、衆目の前で告げたのである。 ……その子息が、生きている事を知り、機械仕掛けの偶像の器に捧げたのだと。 更に、過激諸派《蝕》の支援を行っていた事も……。 邪教に手を染め、罪の無い犠牲を多く出した。もはや、この国の上に立つ資格は無い。 陛下は事態が落ちつき次第、退位を宣言した。  だが、災いを呼んだ《蝕》、更にはそれを支えた皇帝すら裁ける者は、もはやこの国に存在しなかった。 なぜなら、誰もが同じく邪教に呪縛され、盲信の果てにあったからだ。 洗脳が解けた今となっては、皆が等しく同じ立場に違いない。 帝国性は廃止となるだろう。公国となる
Dernière mise à jour: 2025-07-22
Chapter: 68話 永遠の夜に咲く火輪の花
 片や、正面からナハトに対峙したキルシュは、うつむきながらも小さく笑い出した。 「ねぇ……頭が悪い私が言うのもなんだけど、憎悪の神って随分と知能が低いのね? 貴方、私の本当の願いをまるで見抜けてない。私は彼の教えてくれた《希望》だけは、絶対に忘れられない」  ──だから、私は貴方に《心》なんて渡さない。  強く言い放ち、顔を上げたキルシュは、瓦礫の上に倒れていたファオルに鋭い視線を投げる。 「いつまで寝たままでいるの! 甘えないで! あなたの目と耳は、今まで何を見て、何を聴いてきたの? 私とケルン、二人分の信仰と《心》じゃ、まだ足りないのかしら!」  ──目覚めなさい、クレプシドラ!  キルシュの叫びに応えるよう。ファオルの身体がまばゆい金の光に包まれ、渦巻く粒子がひとつの人影を形づくっていく。 『我は未熟で、不甲斐ない神。だが、その声は確かに聞き届けた』  厳かだが、どこかファオルに似た子どもの声だった。  やがて光が晴れると、翠の髪と黄金の瞳を持つ、小さな人の姿が現れた。  白を基調とした短いローブには、繊細な金の幾何学模様が縫い込まれている。耳にはファオルの瞳に似た赤い飾りが揺れ、胸元には金の砂が詰まった砂時計──それが、刻を司る神・クレプシドラだった。  ──亡きツァイト王国で信仰されていた古の神。男とも女ともつかない、まるで人形のように愛らしい子どもの姿をしていた。 「この国なんてどうでもいい。でも、罪もない人たちが苦しむのはもう嫌。未来には希望がある筈。憎悪を、闇を、私は打ち砕きたい」  ──その加護を、私に。……《心》は、二つじゃ足りないの?  問いかけるキルシュに、クレプシドラは静かに首を横に振る。 『加護は与えられる。だが、おまえは生きた人間だ。己の《心》を我に委ねれば……その身体は持たぬ。しかも我が身の一部、《聴く者》の願いは──』 途端にクレプシドラの耳飾りは赤々と光った。  これがファオルの本当の姿なのだろう。 きっと『自己犠牲などしないと言ったじゃないか』と言っているような気がした。 ファオルの泣きじゃくる声が自然と頭に過る。  それを悟ったキルシュは、クレプシドラに歩み寄り、赤い耳飾りに唇を寄せた。 「馬鹿ね。私だって自己犠牲なんてくそくらえよ? ただ、こんな迷惑な邪神を野放しにしておきたくな
Dernière mise à jour: 2025-07-19
Chapter: 67話 六万五千の刻を超えて
 直後、機械仕掛けの偶像は、花びらが舞うようにキラキラと光に還っていった。 残されたのは、彼──ケルン自身。 侵蝕はすでに深く進んでいたものの、人の姿を取り戻した彼は、釣り上がった黄金の瞳を細め、無骨な腕でそっとキルシュを抱き寄せる。 「キルシュに、最後のお願いがある。……俺の《心》を全部、貰ってくれないか。ひでぇ事、言ってるのは分かってる。これが最後の我が儘だ……その先、別の誰かと結ばれたっていい。でも俺、キルシュにだけは、忘れられたくない」 どこで息をしているのかも分からない、消え入りそうな声だった。 彼は、何度もキルシュに謝罪の言葉を繰り返した。 キルシュは、彼の手を強く握りしめ、何も言わずに頷いた。 拒む理由が見当たらなかった。 否、受け入れるべきだと、はっきりと思えた。 これが運命で、これが生きる意味なのだと……。 キルシュは、か細い息を上げる彼の唇に、そっと自分の唇を重ねた。 もう力が残っていないのだろう。彼はただ、やんわりとキルシュの唇を食む。 その瞬間──キルシュの脳裏には、夥しい彼の記憶が一気に流れ込んできた。 ──レルヒェの市場へ使いに出た少年時代。 盗みを疑われた彼を庇ってくれた、茜髪の小さな少女がいた。 子供たちの中で一番のチビ。強気なくせに、すぐ泣いてしまう。 その少女の名は、熟れた桜桃を思わせる茜色の髪にふさわしく、キルシュといった。『ケルンに意地悪しないで!』 稚い声で泣き叫んだあの日から、彼は彼女に惹かれていた── 素直で、純粋で、笑った顔が格別可愛い。そんなキルシュが初恋だった。 時を経て、礼拝堂のステンドグラスの下で、永遠の友情を誓い合い、未来では恋人として生き、必ず守ると誓った事。  運命に引き裂かれたあの日の、底知れぬ絶望と憎悪。 啓示として渡された未来の断片……自ら選んだ運命の事。
Dernière mise à jour: 2025-07-17
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