Chapter: 校外学習 動物園⑤ 何も言えずにされるがままでさくらちゃん達から離れると、「そういえば」と日高くんが呟いた。「いつまでお前は俺を日高くんって呼んでるんだ?」 低い声で言うから怒っているのかと思って顔を見上げると、そうでは無く不貞腐れているだけだと分かる。 怒り顔というよりは拗(す)ねているみたいだったから。「え? だめなの?」 最初からこの呼び方だったし、変える必要あるのかな? こ、恋人になったならともかく、まだあたしは返事をしていないんだし。 そう言えばそっちの返事とかも、いつまでも待たせるわけにはいかないよね? 美智留ちゃんはゆっくりで良いっては言ってたけれど……。「ダメじゃねぇけど……よそよそしいって言うか……」 考え込みそうになるあたしに、今度こそ拗ねた様に言う日高くん。「よそよそしい、か……」 まあ、恋人じゃなくても仲良くはなっているし、もうちょっと親しみのある呼び方をしても問題はない、のかな? 大体日高くんはあたしの事名前呼び捨てだしね。 でも日高くんじゃないなら……日高? うーん、呼び捨てはちょっと抵抗あるなぁ。 名前は陸斗だよね。陸斗くん……? うーん、いや、いっそ――。「じゃあ、りっくんとか?」「いきなりあだ名呼びかよ!?」 驚かれた。「お前、たまに斜め上を行くよな……」 とため息をつかれ、「陸斗って呼べよ」と要求される。 呼び捨ては抵抗があると思っていたのでちょっと躊躇(ためら)っていると。「呼べよ」 と顔を近付けてきて甘い声で囁かれた。 何このフェロモン出しまくり男子はぁ!!?
Last Updated: 2025-08-08
Chapter: 校外学習 動物園④「宮野さん、昨日はごめん!」 朝から避けられていたからだろうか。 花田くんは真っ先に頭を下げて謝った。「俺、昨日はつい中学の時の藤原さんと宮野さんを重ねちゃって……。二人は違うのに、本当にごめん!」 目の前で頭を下げる花田くんをさくらちゃんは怖いくらいの無表情で見つめ、淡々と言葉を紡いだ。「そうだよ。あたしと藤原さんは違うよ」 それが当たり前の事なんだと、言い聞かせるように繰り返す。「大体さ、昨日からイケメンがとか顔の良い方がとか言ってるけど、花田くんの顔も日高くんの顔も、あたしの好みじゃないからね?」「え?」 淡々と口にされた衝撃の事実に、花田くんは顔を上げる。 あたしも内心ではええーーー!? と驚いていた。「顔の好みだけで言ったら、小林くんみたいな可愛い系の方が好きなんだから」 それは初めて知った。 というか、沙良ちゃんの好みも小林くんって言ってたから小林くん人気だねぇ……。「花田くんなんてパッと見チャラ男だし、見た目だけならむしろ苦手なタイプだよ」「え……じゃあ、何で」 何で好きになってくれたのか。そんな言葉も最後まで言えないほどショックだったのか、花田くんの体が少しふらついた。「何で好きになったかって? 藤原さんの事を愚痴られたときに、花田くんの事色々知ったからだよ」 言葉には出てこなくても続きを察したさくらちゃんはそう答える。「たまたまいたあたしに愚痴ったりとか女々しいところがあったり、意外と寂しがり屋で本当は誰かに甘えたいって気持ちがあるところとか」「甘えたい?」 つい呟く。 いつもみんなのフォローをしているお兄さんみたいな花田くんがそんな風に思っているとは思えなかった。 でも当の花田くんは目を見開いて驚くだけで否
Last Updated: 2025-08-07
Chapter: 校外学習 動物園③ この動物園はそこまで有名な場所というわけでもない。 それなりに広さはあるけれど、キリンやライオンなどの大型な動物は少なく小動物の触れ合いコーナーがメインの動物園だ。 小学生が初めて来るにはピッタリ、といった感じの場所。 そんな中でも唯一の大型動物が象で、園の目玉とも言える。 さくらちゃんが行った方向にはその象舎(ぞうしゃ)があるので、取りあえずそこへ向かうことにした。 特に何も話さず歩いていたけれど、あたしは思い切って聞いてみることにした。「あのさ、花田くん。聞いてもいいかな?」「え? 何を?」 さくらちゃんは花田くんのプライベートなことだから話せないと言ったけれど、やっぱり気になるし、あんなことを言った理由を知らないとあたしが花田くんを許せない。 だから、聞くことにした。「昨日どうしてさくらちゃんにあんなことを言ったの? さくらちゃんは理由を知ってるって言ってたけど、花田くんのプライベートのことだから言えないって。……どうしても無理なら言わなくていいけど、出来れば教えて欲しいなと思って」「ああ……宮野さんは知ってるんだっけ……」 そう言って視線を落とした花田くんは、しばらく無言で足を進めたあとポツリポツリと話し出す。「そんな、大した話じゃないんだ。……ただ、俺がバカだっただけで」 中学の頃の話だよ、と苦みを抑えるような微笑みで語りだした。「中二のとき、俺のこと好きになってくれた女の子がいてさ。でも俺、その子はタイプじゃなかったし、友達以上には思えなかった。それでもずっと好意を向けられてたら気にもなってくるし、悪い子じゃなかったからね。多分、ほとんど好きになりかけてたんだ」 恋愛話にはうといあたしだけれど、何となくは分かる。 友達以上には思えなくても、嫌いじゃない。 多分、友達としては好きな方だったんだろう
Last Updated: 2025-08-06
Chapter: 校外学習 動物園②「ガッツリメイクって感じじゃねぇけど、それだけでも雰囲気変わるんだな」 日高くんの感想に、意識を今に戻す。「うん。アイブロウとアイライン、あとリップ軽く付けただけだけどね」 目元はマスカラを付けると更に印象が変わるけれど、流石にそこまですると叱られそうとでも思ったんだろう。 美智留ちゃんが持って来ていた化粧品の中には入っていなかったし。「……あんまし他の男に近付くなよ?」「へ?」 言葉は分かるけれど、意味が分からない。 彼は突然何を言い出すのか。「前にも言ったと思うけどよ、お前メイクすると変わるんだよ。そんなちょっとしたメイクでもよく見れば可愛いって思うやつは結構いるんだ」「そうかなぁ?」 流石にそこまではいないと思うけど……。「だから、近付くなよ?」 近くで念を押される。「う、うん」 強い眼差しで見つめられて、それ以外言えなかった。 あたしが了承するとやっと離れてくれる。 あんまり近付かれると、今までキスとか色々されたことを思い出してしまうから心臓に悪い。 うるさい心臓を落ち着かせて皆と共に並ぶと、さくらちゃんの姿が目に入る。 とにかくあたしのことは置いておいて、さくらちゃんと花田くんがちゃんと仲直り出来ると良いと思った。 そんなこんなで、気不味い雰囲気を継続しながら動物園に到着したあたし達。 入場してすぐに工藤くんが分かれて回ろうかと提案して来た。「で、宮野は司とーー」「日高くん、一緒に行こう!」「え?」 二人を仲直りさせようと思ったんだろう。 工藤くんはさくらちゃんと花田くんでペアにしたかったみたい。 だけど、当のさくらちゃんがその言葉を遮って日高くんの腕を掴んだ。「ほら、早く行こ
Last Updated: 2025-08-05
Chapter: 校外学習 動物園① 翌日。 他の生徒達が楽しそうに今日の予定を話したり、寄り道したい場所などをキャアキャア話題にしていた。 そんな中、あたし達のグループだけはお通夜の様な……ピリピリしている様な、なんとも言えない雰囲気を漂わせている。「お、おはよう」 まずは工藤くんが挨拶してきた。 でもそれすらもぎこちない。「おはよう、今日は楽しみだね」 そんな工藤くんに、さくらちゃんはこの雰囲気とは真逆な笑顔で返した。 その様子を見て安心したのか、いつもの調子を取り戻して「おう、楽しみだな!」と笑顔になる工藤くん。 空気が重苦しいままだと言うことに気付いていないみたいだ。 鈍感だって言われるあたしでも、朝からずっと続くこの空気には知らないふりも出来なかったのに。 でも男子は何だかそれで安心したみたいで、皆も挨拶し始めた。 そして、ためらいがちではあるけれど花田くんもさくらちゃんに声を掛ける。「宮野さん、おはよう。その、昨日の――」「あ! 先生も集まって来たよ。そろそろ並んでた方が良いんじゃないかな?」 花田くんの言葉を遮(さえぎ)って、さくらちゃんは先に離れて行ってしまった。「……」 取り残された花田くんは無言。 その様子を見た男子たちは流石にこの空気に気付いたのか、固まっていた。「……なあ、宮野って……もしかしなくても滅茶苦茶怒ってる?」 あたしの近くにいた日高くんが、小さな声で探るように聞いて来た。「……うん」 どう伝えるべきか考えて、結局肯定の言葉だけを口にする。 取り残された花田くんが可哀想にも見えるけれど、元は彼の失言が原因なのだからどうしようもない。 それに昨日協力すると約束したし。
Last Updated: 2025-08-04
Chapter: 校外学習 一日目③「違うって、言ってるのにっ!」 叫ぶ彼女を見て驚く。 こんな風に感情を曝(さら)け出して叫ぶ姿を初めて見たから。「宮野さん……」 花田くんが戸惑いながら彼女の名前を呼んだ。「ちょっと、どうし――」「何やってるの? もうすぐ消灯時間よ!? 早く部屋に戻りなさい!」 美智留ちゃんがどうしたのか聞こうとすると、見回りをしていたらしい先生に叫ばれてしまう。 どうするべきかと一瞬迷ったけれど、さくらちゃんが目に涙を溜めながら花田くんを睨むと踵を返して歩いて行ってしまった。「あ、さくら!」 追いかける美智留ちゃん。 あたしと沙良ちゃんも放っておけなくて、すぐに追いかけた。 さくらちゃんは部屋に戻ってからもしばらく泣いていた。 花田くんに嫌な事を言われたんだろうって事は去り際の言葉で分かるけれど、何があったのかは分からない。 美智留ちゃんと沙良ちゃんもその前の会話は聞いていなかったみたいで、分からないと言っていた。「……ごめんね、突然叫んで戻ってきて」 しばらくして少し落ち着いたさくらちゃんは、目を赤くしてあたし達に謝ってくる。「ううん、それだけのことがあったんでしょう?」「そうそう。それは気にしなくて良いから。……何があったか、聞いてもいい?」 二人がそう言っている間に、あたしはタオルを冷やしてきてさくらちゃんに渡した。 冷やしておかないと、明日の朝腫れぼったくなってしまう。「ありがとう……」 そう言ってタオルを受け取ったさくらちゃんは、目を冷やしながら話してくれる。「えっと、日高くんが素顔みせてくれたでしょ? それであたし、呆気にとられて……そのまま色々考えてたの。灯里ちゃんは知ってるのかなとか、どう
Last Updated: 2025-08-03
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート⑤「デートのラストと言ったらあれでしょ!」 と日葵が指さしたのは敷地内でひと際目立つ大きな観覧車。 確かに、二人きりで夜景を見ながらゆっくり過ごすとなると丁度いいと思った。 なんだかんだで疲れもあったし、最後は落ち着いたものが良いと私も思う。 男性陣からも反対意見はなかったので、私たちは二人一組でそれぞれゴンドラに乗った。 とりあえず向かい合わせで座り、私はふと思ったことを口にする。「この観覧車、かなり大きいけど……高いところは大丈夫なんだよね?」 ジェットコースターの二の舞にはならないといいなと思って言った言葉に、紅夜も察したのか少しムッとなって答えた。「俺の部屋の高さ知ってるだろ? 高いだけなら大丈夫だよ」「そうだよね。ごめん」 そうして笑いながら謝っているうちに、ゴンドラはどんどん暗さを増した空へと上っていく。 私たち以外の人の気配が遠ざかって行って、二人きりなんだなと実感した。 そうなってからおもむろに紅夜が真剣な様子で口を開く。「で? 何を気にしてんの?」「え?」 突然の質問に、何を聞かれているのか最初分からなかった。「さっきのふざけた女たちのこと。あのとき美桜様子おかしかっただろ?」「え!?」 確かに、彼女たちの言葉そのものは気にしていなくても少し思う所はあった。 でもそれは言っても仕方のないことだし、結局は私の気の持ちようだと思うから表に出したつもりはなかったんだけれど……。「俺はお前のことちゃんと見てんの。誤魔化すなよ?」 人差し指で額をトンと押され、私は少し押し黙る。 ちゃんと見てると言われて……気づいてくれて嬉しかった。 でも、言うつもりなんてなかったのに……。
Last Updated: 2025-06-19
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート④「次はあれに乗ろう!」 私たち以上にはしゃいでいるんじゃないかと思うくらいハイテンションな日葵がジェットコースターを指さして言った。 あれだけ怖がっていた紅夜のことを気にしないくらいキラキラした目をして、愁一さんを見ている。 対する愁一さんは、ずっと愛しいものを見るような目で日葵を見守っていた。 でも日葵のハイテンションっぷりに流石に心配になったのか、頭をポンポンと軽くたたいて落ち着かせようとする。「突っ走りすぎだ日葵。あれ乗ったら一回休憩するぞ?」「っ! うん……分かった」 幸せそうに眼を細めた日葵は、愁一さんと手をつないで先を歩いた。 私たちは別行動をとっても良かったのかもしれないけれど、どれに乗ろうかと迷ってしまうのでつい一緒に行動してしまっていた。 だって、最初から楽しみにしていた日葵は色々調べていて、初めてのデートにはココ! というような場所とルートを押さえていたから。 だから日葵の誘導は私たちにとっても丁度良かったんだ。「ジェットコースターかぁ。夜なら夜景とか見えるのかな?」 取れてしまいそうだからと犬耳のカチューシャを外しながら、初めての暗い中でのジェットコースターにドキドキする。 そしてふと思いつく。「紅夜は絶叫系大丈夫?」 暗い中以前に、ジェットコースター自体初めてな紅夜は大丈夫なんだろうかと少し心配になる。「高いところとかは平気だし、まあ大丈夫なんじゃないか?」 怖がっている様子もなく普通にそう言うので、私も安心していたんだけれど……。 ……。 …………。「……うっ」 ベンチにうなだれて座る紅夜は本当に辛
Last Updated: 2025-06-18
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート③「……まさか泊まるホテルもあそこだとは」 そうつぶやいたのは愁一さんだったけれど、みんな思っていることでもあった。 まずは荷物を置くためとチェックインのためホテルへ先に行ったのだけど……。「でもなかなか泊まれるところじゃないし、良かったんじゃない?」 と、日葵は嬉しそうだった。 私も実は嬉しかったりする。 今日泊まるホテルはデイズパークランド内にある提携ホテルだった。 ホテル自体がデイズパークランドの一部になっていて、それぞれの部屋が色んなお話をモチーフにして作られていた。 私と紅夜の部屋が赤ずきんだったのは紅夜が狙ったのかと思ったけれど、今回は本当に偶然だったらしい。 ちなみに日葵たちは雪の女王だったとか。「美桜は? 嬉しいか?」 寝起きでまだ少し眠そうな紅夜が聞いてくる。「もちろん嬉しいよ。あそこには一度泊まってみたかったもの」「ってことは、あそこに泊まるのは美桜も初めてってことだな」 素直に気持ちを伝えると紅夜はご機嫌な様子になった。「そりゃあ、日帰り出来る場所なのにわざわざ泊まろうとは思わないでしょ。……ただでさえあそこの宿泊費って高いし」 確か、ランドの外にあるホテルと比べると倍以上だったはずだ。 日帰り出来るならなおさら選ばないホテルでもある。 でもテレビやネットで見るホテルの施設や客室は憧れるものがあり、一度は泊まってみたいと思う人は多い。 もちろん私も。「じゃあ初めて同士、あとでしっかり楽しもうな」「……」 楽しもうという紅夜に『うん』と言えなかったのは、彼の目に妖しさが見え隠れしていたからかもしれない。「あ! あれ買ってつけようよ!」 だから入り口付近にある売店前でそう声を上げた日葵に食いついてしまう。「いいね!」 なんて言って選び出し、結果4人そろって犬耳のカ
Last Updated: 2025-06-17
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート② そして一週間経った次の金曜日。『先週言ったWデートをするから、着替えたら一泊する荷物を用意して黎華街の入り口に集合な?』 と紅夜に言われて日葵と向かったんだけれど……。「一泊ってどういうこと?」「さあ? 紅夜何か忙しそうで、その辺りの説明ちゃんとしてくれなくて……」 日葵の疑問は最もだったけれど、その答えを私は持ち合わせていなかった。 それにしても、あんなに忙しそうだったのに遊びに出かけて大丈夫なのかな? 以前は花を育てるのがメインの仕事だった紅夜。 あの花がなくなって、育てる必要がなくなった今は黎華街の支配者としてあの街を色々管理しているらしい。 そう、支配人ではなく支配者。 梶原さんが本当の父親だと分かったこともあって、今度こそ完全に譲り受けたらしい。 紅夜は一応跡取り息子ということになるけれど、紅夜本人が梶原さんの表向きの仕事を継ぐことを拒否した。「俺はどっちかっていうと、母親や美鈴みたいな研究者が性に合ってるんだよな」 だそうだ。 それに昼間は外出れないし、とも言っていた。 紅夜に負い目もある梶原さんも無理に跡目にはしたくないようで、そのためいずれはまた別の研究施設として使えそうな黎華街の管理を任せたといういきさつみたい。 で、今はいずれ研究施設として使えるように色々と街の改革を進めているんだとか。 再来年には私と同じ大学を受験できるようにするとも言っていたから、本気で色々忙しいんだと思う。 ……本当に遊びに出かけて大丈夫なのかな? 色んな意味で不安になりながら黎華街の入り口で待っていると、黒塗りの高級車が目の前に停まる。「お、丁度良かったな」 そして街の中から丁度聞き覚えのある声が聞こえた。「愁一兄さん!」 嬉しそうに振り返る日葵に続いて
Last Updated: 2025-06-16
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート①「Wデート?」 いつもの週末。 いつものように紅夜の部屋に泊まりに来ていた私の言葉に、彼は目を丸くして聞き返してくる。「うん。なんか日葵がやってみたかったって言ってて……デイズパークランドに行かない? って聞かれたの」 後ろから紅夜の腕の中に閉じ込められる形で一緒に座っていた私は、今日学校で日葵に渡されたパンフレットを手に持ちながら説明した。「……デイズパークランド、ね」 私の手からパンフレットを引き抜いた紅夜は考えるようにつぶやく。 デイズパークランドとはここから電車で一時間ほど行った場所にあるアミューズメントパークだ。《毎日を楽しく》がテーマで、世界各国の楽しそうなお話をモチーフにしたアトラクションがたくさんある。 ちなみにテーマカラーが赤だから、スタッフの制服はみんな赤が基準。 イメージキャラクターは犬のロルフとヘルディンだ。「私も二回くらいしか行ったことないけど結構有名なところだよ? 知ってる?」 黎華街から出たことがない紅夜は行ったことはないだろう。 でも、テレビを見ていればCMなどで何度か見たことくらいはあるはずだと思って聞く。「知ってる……けど」 答えた紅夜は何故かスッと目を細める。 冷たい印象を与える青い瞳は、そうすると少し怖かった。「紅夜?」 でも私はその瞳が熱を持つ瞬間を知っている。 冷ややかな青い瞳の奥には、とても深い情があるのをもう知っていた。 だから必要以上に怖がらず、問い返す。「その二回って、誰と行ったんだ?」「へ? えっと、最初は小学生のころに家族で行って。二回目は中学の時友達とかな?」 怖そうな目をして、何が聞きたいんだろうと不思議に思いながらも聞かれたことに答える。
Last Updated: 2025-06-15
Chapter: 番外編② ラブハロウィン 紅夜と婚約をしてから、あとふた月で一年になる。 相変わらず出張続きのお父さんは不貞腐れながらも私が幸せなら、と紅夜との付き合いを許してくれている。 黎華街に出入りしていることも、安全に配慮しているならいい、と。 どうやらお父さんは黎華街の怖さをよく知らないみたい。 危ない街ではあるけれど、他の繁華街とそう変わりないだろうという認識みたいだった。 まあ、そうじゃないとお使い自体を許してくれなかっただろう。 ちなみにお使いの理由が私の後遺症把握のためだったということも知らないみたい。 私が記憶を取り戻したことを知ったお母さんに、「心配を掛けたくないから内緒ね?」と言われてしまった。 お父さんには申し訳ないと思ったけれど、本当のことを知ったら紅夜に会うために黎華街へ行くことを許してくれなくなりそうだったから、黙っていることにする。 ある程度事情を知っているお母さんは、「あらあら」と微笑ましげに――というか少しニヤつきながら送り出してくれている。 ……あの顔、やめて欲しいんだけど……。 まあとにかく、そういうわけで今日も紅夜の部屋に泊まりに来ていた。 お風呂から上がった私は用意してきた衣装に着替えて、リビングにいる紅夜の様子をこっそり覗き見る。 ソファーに座って教科書を開いているのが見えた。 紅夜は一年遅れて私と一緒に大学へ行こうとしてくれている。 去年だと色々な準備が間に合わなかったってのもあるけれど……。「逆に間に合わなくて良かったかな? 美桜と4年間同じ所で学べるし」 そう言って髪を撫でてくれた紅夜。 勿論全部がずっと一緒な訳はないけれど、一緒にキャンパスライフを送れるのは私も願ったり叶ったりだ。 そんなわけで今は私も紅夜も受験生とい
Last Updated: 2025-06-14