Chapter: 文化祭③「わぁ……結構凄いね」「ああ、配置とかも考えてるんだろうな。見栄えがいい」 感想を言い合いながら進んで行くと、休めるようにだろうか、いくつかベンチが置いてあった。 座って藍染の布を見ている人もいれば、あたし達と同じようにお弁当を持って来て食べている人もいる。 その中の空いているベンチに座ると、陸斗は持って来た保冷バッグから色々取り出した。 飲み物は自販機で買ったお茶。 他にはフルーツの詰め合わせとサンドイッチだ。 サンドイッチはトマトやレタスも入っていてバランスが取れている。 いつも菓子パンか総菜パンの陸斗にしては良いチョイスだった。「わぁ、美味しそうだね」「そうか? まあ、ちゃんと練習もしたし味は問題ねぇと思うけど……」「……え?」 今の陸斗の言い方って……。 まるで、自分で作ったかのような……。「お前いつも野菜取れって言うし、出来る限り野菜も入れてみたけど……どうだ?」 マジで、自分で作ったらしい。 あたしは信じられなくて目を見開き口を開け陸斗を凝視した。「……作った、の? 陸斗が……?」 そう確認せずにはいられなかった。「まあな、お前ほど上手くは出来ねぇけど」「!!」 本当に、本当に陸斗が作ったのか! 未だに普段のお昼はパンにコーヒー牛乳で、あたしは毎日軽食を用意しているってのに。 なのにそんな陸斗がバランスを考えた上に自分で作った!? 天と地がひっくり返る様な衝撃だった。「……そこまで驚くか?」 そりゃ驚くよ!! 内心では思いっきり叫んでいたけれど言葉には出来なかった。 驚きすぎて……。「どうして、突然作
Last Updated: 2025-09-29
Chapter: 文化祭② 文化祭、当日。「おお、なかなか盛況だね?」 丁度二人目のメイクを終えて次の準備をしていたころ、杉沢さんが教室に入って来た。 本当に来たんだ……。 杉沢さんはそのままあたしの方へ近付いて来たけれど、他のクラスの子に止められる。「あ、すみません。メイク希望者は整理券を貰ってください」「灯里ちゃんとは知り合いなんだよ。お話できないのかな?」 猫を被った笑顔で杉沢さんはそう言ったけれど、その要望は容赦なく却下された。「すみません。倉木さんメイクの予約いっぱいで、お昼の休憩時間とかにしてもらっていいですか?」「そっか……じゃあ美智留ちゃんは――」「すみません。田中さんも予約いっぱいで……。彼女もお昼休憩の時にしてください」 あたしが無理だからと美智留ちゃんのところに行こうとした杉沢さんだったけれど、美智留ちゃんのヘアセットも始まりから人気があって手を止める暇がない。 人によっては数分で済むこともあるヘアセットだけれど、やって欲しいって人が絶えないからあたしより人数を|捌《さば》いていると思う。 撃沈した杉沢さんはメイクとヘアセット両方の整理券を貰うと、陸斗の存在に気付いてそちらへと近付いて行った。「日高、お前その格好何?」 ニヤニヤ笑っているところを見るとからかう気満々みたいだ。「うっせ。他のとこでも回ってろ」「いやぁ、俺の目的はここのクラスだけだしさ。それにしても似合ってるな、そのコスプレ」 からかいつつも関心していた。 陸斗のコスプレは夏休みのものから更にクオリティが上がったので、結構見ごたえもある。 佐藤さんが発狂しかねない勢いで喜んで作ってたからね……。「じゃあ俺の宣伝の外回りについて来いよ。案内してやる」 ムスッとした表情のまま陸斗がそんな珍しいことを言う。
Last Updated: 2025-09-28
Chapter: 文化祭① それからの三週間は|怒涛《どとう》の勢いで過ぎて行った。 展示品などの用意も本格的に始まったし、あたしも皆のメイクにアドバイスしたり。 クラスの皆が一丸となって準備をする。 それは陸斗も一緒だったみたいで、コスプレをするのはちょっと抵抗があったみたいだけれど準備は結構積極的に手伝っていた。「陸斗、楽しそうだね?」 帰り道、聞いてみると陸斗は驚いたように瞬きをした。「そう、見えるか?」 逆に聞かれて、あたしは「うん」と答える。「もちろん忙しそうで大変みたいだけど、何だか生き生きしてる感じがするもん」「そうか……。ああ、そうかもしれねぇな」 そう言って自分が楽しんでいることを自覚したらしい陸斗は、笑みを浮かべた。「中学の文化祭は怖がられてたし、最初から準備とか当てにされてなかったからな……。でも、こういう準備って楽しいものだったんだな」 初めて知った、と言った陸斗は優しくあたしを見下ろす。「お前のおかげだな、灯里」「え?」「怖がられてても別に平気だと思ってたけどよ、あのままだったらこんな風に楽しく準備とかも出来なかっただろうからな」「いや、でもそれは寧ろ美智留ちゃんのおかげなんじゃ……」 クラスの皆に呼びかけたのは美智留ちゃんだ。 あたしはお願いを口にしただけ。 でも、陸斗は「お前のおかげだよ」と言って訂正しなかった。「お前が夏休み中頑張ってメイクしてたからあいつらがお前のファンになって、ファンになったからお前の一言だけで俺を怖がるの止めたんだ」 スゲェよな、と言う陸斗から視線を逸らし微妙な表情をしてしまう。「ファンって言うのが、未だに信じられないんだけれど……」 あたしはただ楽しくメイクしただけだ。 それなのに人気者になるとか訳が分からない
Last Updated: 2025-09-27
Chapter: 一致団結③「えっと……。陸斗は確かに元暴走族の総長だけれど、今は違うから。ちょっと不良っぽい感じはするかも知れないけれど、ケンカなんてしないし、無闇に睨んだりもしないし」 ただ怖がらないでと言うよりは前置きが必要かと思って色々言ってみる。 でも並べ立てれば立てるほど、やっぱりちょっとは怖い所あるのかも、と自分でも思ってしまった。 これじゃダメじゃない? そう思ったあたしは、前置きをやめてもうストレートに話すことにする。「だからとにかく、陸斗の事怖がらないで欲しい……です」 ちょっとグダグダになった感はあるけれど、取り敢えずお願いは出来た。「……」 で、どうすればいいんだろう? 分からなくて美智留ちゃんを見ると、笑顔の彼女があたしと場所を変わってくれる。「というわけだから、皆日高の事怖がらないでね?」 何が"というわけ"なのか分からないけれど、美智留ちゃんは明るくそう言った。 あたしがお願いして何が変わるんだろう? 美智留ちゃんが何を考えているのか全く分からなくて隣で不安にしていると、女子の一人がポツリと声を上げた。「……倉木さんは、怖がらないで欲しいって思ってるのね?」 確認するような言葉を発したのは、夏休みに一番初めにメイクをした子だ。 ツンデレらしいその子は、不満そうな顔をしつつも「いいわよ」と口にした。「倉木さんがそこまで言うなら、仕方ないから日高くんの事怖がらないでいてあげる」「え?」 そこまで言うならって……ちょっとお願いしただけだよね? そんな必死な感じには言ってないよね? あたしは戸惑ってしまう。 でも、そんなあたしを他所に主に女子達が「そうだね」とツンデレの彼女に同意し始めた。「倉木さんが言うなら本当に怖くないんだろうし」
Last Updated: 2025-09-26
Chapter: 一致団結②「確かに陸斗が怖がられるのは嫌だよ? でも、陸斗がそれで嫌な気持ちになる方がもっと嫌。だから平気だって言うならそれでいいよ」 あたしのことを気にしてくれていたことが嬉しくて微笑んでそう言ったら、陸斗は少し黙った後に――。「な、抱きしめていいか?」 と真顔で言ってきた。「ダメです!」 思わず反射的に拒否してしまうと不満な顔をされる。 そんな陸斗にあたしはちゃんと理由も話した。「学校で、しかも皆がいて皆の目がある廊下で何て……恥ずかしすぎるもん」 最後は消え入りそうな声になってしまったけれど、ちゃんと説明する。 でも陸斗はまた真顔になって。「やっぱり抱きしめてぇんだけど?」 何て言うから拒否するのに苦労した。 状況が変わっても相変わらずな陸斗に、呆れつつも安心していたその始業式の後。 HRも終わって今日はあとは帰るだけとなった教室で美智留ちゃんが声を上げた。「皆! ちょっと聞いてほしいことがあるの! まだ帰らないで!」 そう言って教壇の方に行く美智留ちゃん。 そこから教室内を見回して、席を立っている人がいないことを確認するといきなり本題に入った。「皆日高の噂は知ってるよね? 元総長だったってやつ」 陸斗と仲の良い美智留ちゃんがその話題を口にしたことで教室内がザワリと騒がしくなる。 それを押しのけるように美智留ちゃんは続けた。「それ、事実だから」 一瞬の静寂の後、ドッとさっきよりも騒がしくなる。 美智留ちゃんのことは信じているけれど、こんな風にバラしてしまって大丈夫なんだろうかと少し不安になる。 ハラハラした気持ちで彼女を見守っていると、少し騒がしさが落ち着いたころを見計らって「でも!」と大きく声を上げた。「だからって何が変わる訳でもないでしょ?」 一瞬の
Last Updated: 2025-09-25
Chapter: 一致団結① 夏休みの後半はあたしにとって地獄だったかもしれない。 前半に皆のメイクをしていた所為で、宿題が溜まりに溜まっていた。 全く手を付けていなかったわけではなかったけれど、それでも夏休みの半分を丸っと使わなければ消化出来ないほどだった。 そんな風に宿題に追われていた所為もあって、あたしは夏休みが終わるまで全く気付かなかった。 陸斗が元総長だったことが学校で広まっていたことに……。「日高、ごめん!」 始業式の日、朝から陸斗にそう謝ったのは美智留ちゃんだった。「隣の県の事だから、元総長だってわざわざ言わなきゃ分からないなんて言って地味男止めさせたから……こんな風にバレて騒がれることになったのはあたしの所為だよ……」 だから本当にごめん、と項垂れる美智留ちゃん。 でも、当の本人である陸斗はそれほど気にしてはいないみたいだった。「気にすんなって。元々地味な格好は保険みてぇなもんだったし、バレるときはバレるって」「でも、あたしが勧めなかったら止めなかったでしょう?」 本人は気にしていないのに、美智留ちゃんの方がずっと気にしている。 確かに美智留ちゃんの言葉があったから地味男を止めたんだろうけれど……。「しつけぇぞ。俺は気にしてねぇって言ってんだろ?」「でも……」 美智留ちゃんは尚も納得せずに周りに視線をやった。「うわぁ。今、田中さんを睨んでたよ? こっわ」「やっぱり元総長って本当だったんだ?」「やっぱりなー。日高に睨まれたときマジで怖かったから。むしろ納得って感じ」「バッカ、お前それちょっかい掛ける方が悪ぃだろ?」 周りではあたし達を遠巻きにしているクラスメイトがこっちを見て色々言っている。 完全に怖がられてる気がする……。「ごめん、この周囲の状況で気に
Last Updated: 2025-09-24
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート⑤「デートのラストと言ったらあれでしょ!」 と日葵が指さしたのは敷地内でひと際目立つ大きな観覧車。 確かに、二人きりで夜景を見ながらゆっくり過ごすとなると丁度いいと思った。 なんだかんだで疲れもあったし、最後は落ち着いたものが良いと私も思う。 男性陣からも反対意見はなかったので、私たちは二人一組でそれぞれゴンドラに乗った。 とりあえず向かい合わせで座り、私はふと思ったことを口にする。「この観覧車、かなり大きいけど……高いところは大丈夫なんだよね?」 ジェットコースターの二の舞にはならないといいなと思って言った言葉に、紅夜も察したのか少しムッとなって答えた。「俺の部屋の高さ知ってるだろ? 高いだけなら大丈夫だよ」「そうだよね。ごめん」 そうして笑いながら謝っているうちに、ゴンドラはどんどん暗さを増した空へと上っていく。 私たち以外の人の気配が遠ざかって行って、二人きりなんだなと実感した。 そうなってからおもむろに紅夜が真剣な様子で口を開く。「で? 何を気にしてんの?」「え?」 突然の質問に、何を聞かれているのか最初分からなかった。「さっきのふざけた女たちのこと。あのとき美桜様子おかしかっただろ?」「え!?」 確かに、彼女たちの言葉そのものは気にしていなくても少し思う所はあった。 でもそれは言っても仕方のないことだし、結局は私の気の持ちようだと思うから表に出したつもりはなかったんだけれど……。「俺はお前のことちゃんと見てんの。誤魔化すなよ?」 人差し指で額をトンと押され、私は少し押し黙る。 ちゃんと見てると言われて……気づいてくれて嬉しかった。 でも、言うつもりなんてなかったのに……。
Last Updated: 2025-06-19
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート④「次はあれに乗ろう!」 私たち以上にはしゃいでいるんじゃないかと思うくらいハイテンションな日葵がジェットコースターを指さして言った。 あれだけ怖がっていた紅夜のことを気にしないくらいキラキラした目をして、愁一さんを見ている。 対する愁一さんは、ずっと愛しいものを見るような目で日葵を見守っていた。 でも日葵のハイテンションっぷりに流石に心配になったのか、頭をポンポンと軽くたたいて落ち着かせようとする。「突っ走りすぎだ日葵。あれ乗ったら一回休憩するぞ?」「っ! うん……分かった」 幸せそうに眼を細めた日葵は、愁一さんと手をつないで先を歩いた。 私たちは別行動をとっても良かったのかもしれないけれど、どれに乗ろうかと迷ってしまうのでつい一緒に行動してしまっていた。 だって、最初から楽しみにしていた日葵は色々調べていて、初めてのデートにはココ! というような場所とルートを押さえていたから。 だから日葵の誘導は私たちにとっても丁度良かったんだ。「ジェットコースターかぁ。夜なら夜景とか見えるのかな?」 取れてしまいそうだからと犬耳のカチューシャを外しながら、初めての暗い中でのジェットコースターにドキドキする。 そしてふと思いつく。「紅夜は絶叫系大丈夫?」 暗い中以前に、ジェットコースター自体初めてな紅夜は大丈夫なんだろうかと少し心配になる。「高いところとかは平気だし、まあ大丈夫なんじゃないか?」 怖がっている様子もなく普通にそう言うので、私も安心していたんだけれど……。 ……。 …………。「……うっ」 ベンチにうなだれて座る紅夜は本当に辛
Last Updated: 2025-06-18
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート③「……まさか泊まるホテルもあそこだとは」 そうつぶやいたのは愁一さんだったけれど、みんな思っていることでもあった。 まずは荷物を置くためとチェックインのためホテルへ先に行ったのだけど……。「でもなかなか泊まれるところじゃないし、良かったんじゃない?」 と、日葵は嬉しそうだった。 私も実は嬉しかったりする。 今日泊まるホテルはデイズパークランド内にある提携ホテルだった。 ホテル自体がデイズパークランドの一部になっていて、それぞれの部屋が色んなお話をモチーフにして作られていた。 私と紅夜の部屋が赤ずきんだったのは紅夜が狙ったのかと思ったけれど、今回は本当に偶然だったらしい。 ちなみに日葵たちは雪の女王だったとか。「美桜は? 嬉しいか?」 寝起きでまだ少し眠そうな紅夜が聞いてくる。「もちろん嬉しいよ。あそこには一度泊まってみたかったもの」「ってことは、あそこに泊まるのは美桜も初めてってことだな」 素直に気持ちを伝えると紅夜はご機嫌な様子になった。「そりゃあ、日帰り出来る場所なのにわざわざ泊まろうとは思わないでしょ。……ただでさえあそこの宿泊費って高いし」 確か、ランドの外にあるホテルと比べると倍以上だったはずだ。 日帰り出来るならなおさら選ばないホテルでもある。 でもテレビやネットで見るホテルの施設や客室は憧れるものがあり、一度は泊まってみたいと思う人は多い。 もちろん私も。「じゃあ初めて同士、あとでしっかり楽しもうな」「……」 楽しもうという紅夜に『うん』と言えなかったのは、彼の目に妖しさが見え隠れしていたからかもしれない。「あ! あれ買ってつけようよ!」 だから入り口付近にある売店前でそう声を上げた日葵に食いついてしまう。「いいね!」 なんて言って選び出し、結果4人そろって犬耳のカ
Last Updated: 2025-06-17
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート② そして一週間経った次の金曜日。『先週言ったWデートをするから、着替えたら一泊する荷物を用意して黎華街の入り口に集合な?』 と紅夜に言われて日葵と向かったんだけれど……。「一泊ってどういうこと?」「さあ? 紅夜何か忙しそうで、その辺りの説明ちゃんとしてくれなくて……」 日葵の疑問は最もだったけれど、その答えを私は持ち合わせていなかった。 それにしても、あんなに忙しそうだったのに遊びに出かけて大丈夫なのかな? 以前は花を育てるのがメインの仕事だった紅夜。 あの花がなくなって、育てる必要がなくなった今は黎華街の支配者としてあの街を色々管理しているらしい。 そう、支配人ではなく支配者。 梶原さんが本当の父親だと分かったこともあって、今度こそ完全に譲り受けたらしい。 紅夜は一応跡取り息子ということになるけれど、紅夜本人が梶原さんの表向きの仕事を継ぐことを拒否した。「俺はどっちかっていうと、母親や美鈴みたいな研究者が性に合ってるんだよな」 だそうだ。 それに昼間は外出れないし、とも言っていた。 紅夜に負い目もある梶原さんも無理に跡目にはしたくないようで、そのためいずれはまた別の研究施設として使えそうな黎華街の管理を任せたといういきさつみたい。 で、今はいずれ研究施設として使えるように色々と街の改革を進めているんだとか。 再来年には私と同じ大学を受験できるようにするとも言っていたから、本気で色々忙しいんだと思う。 ……本当に遊びに出かけて大丈夫なのかな? 色んな意味で不安になりながら黎華街の入り口で待っていると、黒塗りの高級車が目の前に停まる。「お、丁度良かったな」 そして街の中から丁度聞き覚えのある声が聞こえた。「愁一兄さん!」 嬉しそうに振り返る日葵に続いて
Last Updated: 2025-06-16
Chapter: 番外編③ はじめてのWデート①「Wデート?」 いつもの週末。 いつものように紅夜の部屋に泊まりに来ていた私の言葉に、彼は目を丸くして聞き返してくる。「うん。なんか日葵がやってみたかったって言ってて……デイズパークランドに行かない? って聞かれたの」 後ろから紅夜の腕の中に閉じ込められる形で一緒に座っていた私は、今日学校で日葵に渡されたパンフレットを手に持ちながら説明した。「……デイズパークランド、ね」 私の手からパンフレットを引き抜いた紅夜は考えるようにつぶやく。 デイズパークランドとはここから電車で一時間ほど行った場所にあるアミューズメントパークだ。《毎日を楽しく》がテーマで、世界各国の楽しそうなお話をモチーフにしたアトラクションがたくさんある。 ちなみにテーマカラーが赤だから、スタッフの制服はみんな赤が基準。 イメージキャラクターは犬のロルフとヘルディンだ。「私も二回くらいしか行ったことないけど結構有名なところだよ? 知ってる?」 黎華街から出たことがない紅夜は行ったことはないだろう。 でも、テレビを見ていればCMなどで何度か見たことくらいはあるはずだと思って聞く。「知ってる……けど」 答えた紅夜は何故かスッと目を細める。 冷たい印象を与える青い瞳は、そうすると少し怖かった。「紅夜?」 でも私はその瞳が熱を持つ瞬間を知っている。 冷ややかな青い瞳の奥には、とても深い情があるのをもう知っていた。 だから必要以上に怖がらず、問い返す。「その二回って、誰と行ったんだ?」「へ? えっと、最初は小学生のころに家族で行って。二回目は中学の時友達とかな?」 怖そうな目をして、何が聞きたいんだろうと不思議に思いながらも聞かれたことに答える。
Last Updated: 2025-06-15
Chapter: 番外編② ラブハロウィン 紅夜と婚約をしてから、あとふた月で一年になる。 相変わらず出張続きのお父さんは不貞腐れながらも私が幸せなら、と紅夜との付き合いを許してくれている。 黎華街に出入りしていることも、安全に配慮しているならいい、と。 どうやらお父さんは黎華街の怖さをよく知らないみたい。 危ない街ではあるけれど、他の繁華街とそう変わりないだろうという認識みたいだった。 まあ、そうじゃないとお使い自体を許してくれなかっただろう。 ちなみにお使いの理由が私の後遺症把握のためだったということも知らないみたい。 私が記憶を取り戻したことを知ったお母さんに、「心配を掛けたくないから内緒ね?」と言われてしまった。 お父さんには申し訳ないと思ったけれど、本当のことを知ったら紅夜に会うために黎華街へ行くことを許してくれなくなりそうだったから、黙っていることにする。 ある程度事情を知っているお母さんは、「あらあら」と微笑ましげに――というか少しニヤつきながら送り出してくれている。 ……あの顔、やめて欲しいんだけど……。 まあとにかく、そういうわけで今日も紅夜の部屋に泊まりに来ていた。 お風呂から上がった私は用意してきた衣装に着替えて、リビングにいる紅夜の様子をこっそり覗き見る。 ソファーに座って教科書を開いているのが見えた。 紅夜は一年遅れて私と一緒に大学へ行こうとしてくれている。 去年だと色々な準備が間に合わなかったってのもあるけれど……。「逆に間に合わなくて良かったかな? 美桜と4年間同じ所で学べるし」 そう言って髪を撫でてくれた紅夜。 勿論全部がずっと一緒な訳はないけれど、一緒にキャンパスライフを送れるのは私も願ったり叶ったりだ。 そんなわけで今は私も紅夜も受験生とい
Last Updated: 2025-06-14