――黎華街―― 昼間でも危険だと言われているその暗く華やかな街。 美桜は月に一度その街に住む叔母に届け物をしていた。 叔母の言うとおりにすることで安全が保障された道中。 ある日、友人の願いを叶えたことで―― その安全が崩れた。 ******❁****** 助けてくれたのは花のような人 赤いピアスが似合う 寒々しい青い瞳を持った 金色の男 でも彼は 「言いつけを破った赤ずきんは、狼に食われるに決まってるだろ?」 花であるとともに 狼だった―― そして明かされていく彼の秘密。 私は、あなたと共にいたい。
View More「もうすぐ期末テストだ。一週間後には部活動も停止になるのでみんなしっかりと勉強するように」
先生の話を聞きながら、私は窓の外を眺めていた。
一年も終わりに近くなってきた寒々しい空は、すでに日が落ちそう。今日は赤が強いな……。
ぼんやりと空の色を思う。
大抵が橙色の空だけれど、毎日色が微妙に違う。 今日はいつもより赤い色をしていた。***
ざわざわと騒がしくなる教室で、私は黙々と帰る準備をする。
そんな中、近くで盛り上がっていたグループの一人が声をかけてきた。「ねえ、花宮(はなみや)さんも行かない? カラオケ」
「え?」突然の誘いに驚いて顔を上げた。
こんな風に誘われることは実は初めてじゃない。 でも、クラスでも大人しめな私を誘うってことには理由がある。あ、やっぱり。
カラオケに行こうと近くで話していたグループの中には、私にとっては唯一の親友と言える三船日葵(みふねひまり)がいた。
彼女は美人で明るくて、男女ともに人気のある子だ。 その日葵が遊びに誘われる度に私もどうかと声をかけるので、いつの間にか日葵を誘うときは私もセットということになっていた。「ね、行こうよ美桜(みお)。最近カラオケ行ってなかったし、テスト前に楽しんでおかなきゃ」
日葵が近くに来て直接誘いに来る。
今日は図書館から借りてる本を読んでしまおうと思っていたんだけれど……。 返却日が明後日だったため、そろそろ読み切っておかないとと思っていた。 でも、そんな理由で断られるのは嫌だよね……。私は自分の思いを押し殺し、「うん、行こう」と笑顔を作った。
***
相手のことを思ったり、嫌われたくないと思ってしまったとき、私は自分の意見を言えなくなる。
日葵に相談すると、みんな多かれ少なかれそういうところはあるんじゃないの? と言われたけれど、少なくともみんなは私よりちゃんと自分の意見を言えている。 私は、どうしてもグッと飲み込んでしまうんだ。中学の頃、大したことないと思って言った言葉で人を酷く傷つけてしまったことがある。
それからというもの自分の意見を言うのが怖いんだ……。 だから、いつもこうして流されるように過ごしてしまう。少しは自分の意見も言いなさい。
そういつも言っているのはお母さん。
お父さんは出張続きで中学の半ばくらいからまともに会えていないから、同じように思っているかどうかは分からないけれど。そんな、一見充実しているけれど自分に自信が持てない日々を送っていた私。
その日常が一変したのは、この翌日。今日よりもさらに赤い色が強い、真っ赤な夕日が見える日だった。
「なっ!? お、前!?」 その人は振り上げていた男の腕を掴んでいる。 助けて、くれたの? 希望的観測でそう思うけれど、彼の青い瞳はあまり感情が読み取れない。 何を思って男の腕を止めてくれたのかが分からなかった。 「ぐっあ、がぁ!」 男の苦し気な声を聞き、ハッとする。 金色の彼は掴んでいた手にかなりの力を込めた様だった。 黒いフード付きのミリタリージャケットを着ているのでちゃんとは分からないけれど、結構な細身に見える。 それなのにどこからそんな力が出てくるんだろうか。 圧し掛かっていた男が私の上からどくと、彼は腕を離した。 男は掴まれていた腕を抑え、その場に転がり痛みに悶えている。 青い瞳が、真っ直ぐに私を見下ろした。 ドクンッ 彼の眼差しの冷たさが、心の奥まで入ってきたような感覚に心臓が反応する。 そのまま凍らされたかのように目が離せなかった。 感情の読み取れない目が少し楽し気に細められたかと思うと、彼の方から視線を外される。 「さて、俺の睡眠を邪魔したお前らをどうしてやろうかな?」 大柄な男を見ながら、彼は透き通るような声で言の葉を紡いだ。 「……」 睡眠? え? 寝てたの? この近くで? ひとまずの危険が去ったからだろうか。 私は助けてくれた彼の“睡眠”という言葉に反応してしまった。 いや、今はそれどころじゃないんだけれど。 思い直し、起き上がると日葵が駆け寄ってくる。 「美桜! だ、だいじょっぶ、なの?」 震える声で私の無事を確認してくる。 「大丈夫だよ」 ――一応ね。 安心させるために続く言葉は口にしなかったのに、日葵は結局泣き出してしまう。 それを宥めながら、私は冷たい瞳を持つ彼と大柄な男の様子をうかがっていた。 「……睡眠? ここで寝てたのか?」 大柄な男はさっきまでの淡々とした余裕は無くなっている様に見える。 緊張しているのを誤魔化すかのように聞き返していた。 「この黎華街を取り仕切る総長とも言えるお前が?」 「え?」 総長? 黎華街を取り仕切る? この人が? この、花のような人が? 男の言葉にキラキラ輝く彼を見る。 その横顔も、鼻のラインから耳の形まで綺麗だった。 雰囲気は冷たく、静か。 太
「おい、どっちだ?」 私を抱えている男が倉庫の中にいた大柄な男に聞く。 そいつは私と日葵を見比べ、「そっちだ」と日葵を指した。 この大柄な男、見覚えがある。 さっき日葵とぶつかった男だ。 ……しまった、そういうことだったの!? ここにきて、仕組まれたことを理解する。 ぶつかっても殴られたり絡まれたりしなくて良かった。 不幸中の幸いだと思った。 何が『幸い』よ! どうして日葵が狙われたのかは分からないけれど、ぶつかったのはヘアクリップを奪って路地裏に投げ込むため。 そうして私達をおびき寄せて、こうして捕まえるためだ。 仕組まれたことに腹が立つ。 まんまと彼らの思い通りに捕まってしまって悔しい。 塞がれた口の中で、ギリッと奥歯を噛んだ。「じゃあ、こっちはどうする?」 私を捕まえている男が続けて聞いた。 大柄な男は興味なさげにチラリと私を見ると「好きにしろ」と日葵の方を見る。「そいつはこっちだ。しっかり利用させてもらわないとな」「っんんーーーっ!」 何をされるのか分からない恐怖に、日葵は口を塞がれながらも悲鳴を上げる。 泣いているのがかろうじて見えた。 こんな目に合うとは思っていなかっただろう。 怖い場所だと分かってはいたから、本当に私の言うとおりにして行って帰ってくるだけのはずだったと思う。 それが、どうしてこんな――。「――うっ!」 何とか日葵を助け出せないか、考えながら彼女の方を見ていた顔を無理やり上向かされた。「お前は好きにしていいんだとよ。なかなか可愛い顔してるし、売り飛ばす前に味見くらいしておくか」 その言葉には嫌悪しか抱けない。 何とか、この状況を良くする方法はないか。 私は頭をフル活動させて考える。 恐怖が邪魔をするから、本当に必死だった。 私は記憶力はいい方だ。 一度見たものは大体忘れない。 その記憶を片っ端から呼び起こす。 何か、何か方法は――!? いくつかの記憶が脳裏を過よぎる。 その中の一つをピックアップする。 男が私を抱えなおすために腕を一度緩めた瞬間に、それを行おこなった。 重力に任せて、全体重をしゃがみ込むように下に移動させる。「っぅお!?」 そうすれば男はバランスを崩した。 そのまま本当にしゃがみ込む前に足と腰に力を入れ下半身を安定させると、今度は男の顔面
「っきゃっ!」 私に手を引かれながらもはとこを探しているのか周囲に視線をやっていた日葵。 そうして注意が散漫さんまんになってしまっていたんだろうか。 大柄な男の人にぶつかってしまったらしい。「す、すみません!」 反射的に謝った日葵に、男は不愛想な目線を一つ向けただけでそのまま去って行ってしまった。 私は大げさなほどに安堵の息を吐く。 この街の住人にぶつかっておいて、普通なら無事に済むはずがない。 以前同じようにぶつかってしまった人を見たことがあるけれど、一発殴られたあと路地裏に連れ込まれていた。 そのあとどうなったか知らないけど、出来れば知りたくもない。 こんなだから昼でも危ない街だと言われるんだ。 そんな街で、日葵は無関心な視線を向けられただけで終わった。 これこそ不幸中の幸いというやつだろう。 そう思ったんだけれど……。「日葵、大丈夫? 痛いところとかないなら急ごう?」「う、ん……でも……」「お願い、早くして。あまり時間はないの」 早く歩き出してくれない日葵に若干苛立ちながら手を引くと、彼女の顔が蒼白そうはくになっていることに気付いた。「どうしたの?」 少し落ち着いて聞いてみると、彼女は前髪の辺りに手をやりか細い声で伝えてくる。「美桜、ごめん。ヘアクリップが……」「っ!」 日葵の前髪には、あったはずのヘアクリップがなかった。 さっきぶつかった反動で取れたの? どこに?「あっちに、転がって行ったのは見たんだけれど……」 恐々と指差したのは暗い路地裏。 絶対に近付いてはいけない場所。「……行こう」 迷ったのは一瞬。 すぐに決断する。 転がって行ったのならすぐ近くに落ちているはず。 大切なものなんだ。 そう簡単には諦められない。 太陽の残滓(ざんし)で明るい大通り。 その残滓すら届かない路地裏。 明かりと影で出来た地面の線が、境界線の様に見えた。「近くに、ある?」 日葵は私の後ろの方から覗き込むように路地裏の影を見る。 暗くて良く見えないこともあって、すぐ近くには見当たらない。 これは少しは入らないといけないかもしれない。 一瞬、日葵は置いて行った方がいいかな? と考える。 でも、数歩路地裏に入り込む程度だし。 それに赤を身に着けていない状態の日葵を少しでも離したらどうなるのか……。
少し赤みを帯びた焦げ茶の髪を一つに束ねて前に垂らす。 その髪を叔母さんから貰った赤いリボンでしっかり結んだ。 黎華街に行くときはいつもこの髪型、このリボン。 理由は教えてもらえなかったけれど、叔母さんは必ずこのリボンをつけてくるようにと言っていた。 きっと、あそこを安全に通るために必要なことなんだろう。 どうしても忘れてしまったり無くしてしまったら、とにかく赤い物を目立つ場所につけるようにとも言っていた。「ねえ、何か身に着けられる赤いもの持ってる?」 黎華街に向かう道中日葵に聞いてみる。 ついて来るなら、日葵も赤いものを身に着けた方がいいだろう。 日葵はカバンやポケット、あらゆるところを探してから「持ってない」と答えた。 なので私は何か持ってたかな、と自分のカバンを漁ってみる。「あ……」 一つだけあった。 でもこれは……。 他にないか更に探したけれど、見当たらない。 どこかに寄って購入するという手もあったけれど、日が短くなって来た今は少しでも時間が惜しい。 仕方ないか。 私は唯一見つけたそれを取り出し、「目立つところに付けて」と日葵に渡した。「ヘアクリップ? 赤い花が可愛いね」 そう、日葵に渡したのはドロップビーズで作った赤い花があしらわれたヘアクリップだ。 バンスクリップではないから取れやすいのが心配だけど、これしかないなら仕方ない。「大事なものだから、ちゃんと返してね?」「うん、分かった」「お願いね」 と念を押しておく。 これは、なかなか会えないお父さんが珍しく「美桜に似合うと思って」と出張先で買ってきてくれたプレゼントだ。 身に着けるのですら何かもったいなくて、お守り代わりにずっと持ち歩いているもの。 日葵が前髪を止めるようにそれを身に着けたのを確認して、私達は黎華街へと急いだ。 赤に近付いてきた空は、夜闇が近いことを知らせていた。 …… ………… 黎華街――暗くて華やかな街。 そう初めに言ったのは誰なのか……。 いつの間にかその名前が定着して、危険な街として知れ渡っていた。 昼間でも危ないが、日が暮れるともっと危ない。 そして、午後九時以降は無法地帯。命の危険を覚悟しなければならない。 そんな街。 そんな街の入り口には、いつも決まって見張り番の様に誰かがいる。 スーツをキッチリ着
「ねえ、今日は新しく出来たカフェに行かない?」 翌日も遊びに誘ってきた日葵に、内心また? と思ってしまう。 昨日も遊びに行って、今日もなんて。 テスト前の羽目外しもやり過ぎなんじゃないのかな? それに、どちらにしろ今日は一緒には行けない。 どうしても外せない用事があるんだ。「誘ってくれてありがとう。でもごめんね、今日はお使いの用事があるんだ」「お使いって……あの月イチの?」 私の断る理由を聞いた日葵が声を潜ひそめて聞いてくる。 そうなるのも仕方ないだろう。 だって、そのお使いとは昼でも危険だと言われている黎華街れいかがいに住む叔母さんへの届け物なのだから。「うん、だからごめんね?」 もう一度謝る私に、日葵は視線をさ迷わせたあと意を決したように口を開いた。「……ねぇ……それ、私もついて行っちゃダメかな?」「え……?」 日葵が何を言っているのか分からない。 ううん、分かってはいるけど理解出来ない。 黎華街は昼でも危険と言われる街。 この辺りの人なら誰でも知っているし、特に子供には絶対に近付くなと大人達は口を酸っぱくして言う。 私だって、どうしても届けなくちゃならないものだから月一で通っているけれど、あそこを歩くときは細心の注意を払っている。 叔母さんやお母さんの言う通り、大通りだけを歩き路地裏には一歩でも入ってはいけない。 寄り道をせず、真っ直ぐ叔母さんの家に行って真っ直ぐ帰ってくる。 それ以外のことはしてはいけない、と。 何度か通って慣れてきたとはいえ、その約束だけは必ず守っている。 そうしなければならないと、思わせる街だから。 そんな街に、日葵は行きたいと言う。 ハッキリ言って無謀だ。 だからいつもなら流されてしまう私だけど、今日ばかりは簡単には頷けない。「ダメだよ。やめた方がいいよ」「でも美桜は毎月行ってるでしょう?」「それは……」「ね、ちゃんと言うとおりにするから」 簡単には諦めてくれない日葵に困り果てる。 でも、簡単に諦めないってことは何か行きたい理由があるのかな?「どうしてそんなに行きたいの? 何か理由があるの?」「え……」 突っ込んで聞いた私に日葵は静かに驚いていた。 いつもなら二つ返事で了承する私がここまで渋るとは思わなかったんだろう。 でも、本当に今回ばかりは生半可な気持ちで
「もうすぐ期末テストだ。一週間後には部活動も停止になるのでみんなしっかりと勉強するように」 先生の話を聞きながら、私は窓の外を眺めていた。 一年も終わりに近くなってきた寒々しい空は、すでに日が落ちそう。 今日は赤が強いな……。 ぼんやりと空の色を思う。 大抵が橙色の空だけれど、毎日色が微妙に違う。 今日はいつもより赤い色をしていた。*** ざわざわと騒がしくなる教室で、私は黙々と帰る準備をする。 そんな中、近くで盛り上がっていたグループの一人が声をかけてきた。「ねえ、花宮(はなみや)さんも行かない? カラオケ」「え?」 突然の誘いに驚いて顔を上げた。 こんな風に誘われることは実は初めてじゃない。 でも、クラスでも大人しめな私を誘うってことには理由がある。 あ、やっぱり。 カラオケに行こうと近くで話していたグループの中には、私にとっては唯一の親友と言える三船日葵(みふねひまり)がいた。 彼女は美人で明るくて、男女ともに人気のある子だ。 その日葵が遊びに誘われる度に私もどうかと声をかけるので、いつの間にか日葵を誘うときは私もセットということになっていた。「ね、行こうよ美桜(みお)。最近カラオケ行ってなかったし、テスト前に楽しんでおかなきゃ」 日葵が近くに来て直接誘いに来る。 今日は図書館から借りてる本を読んでしまおうと思っていたんだけれど……。 返却日が明後日だったため、そろそろ読み切っておかないとと思っていた。 でも、そんな理由で断られるのは嫌だよね……。 私は自分の思いを押し殺し、「うん、行こう」と笑顔を作った。*** 相手のことを思ったり、嫌われたくないと思ってしまったとき、私は自分の意見を言えなくなる。 日葵に相談すると、みんな多かれ少なかれそういうところはあるんじゃないの? と言われたけれど、少なくともみんなは私よりちゃんと自分の意見を言えている。 私は、どうしてもグッと飲み込んでしまうんだ。 中学の頃、大したことないと思って言った言葉で人を酷く傷つけてしまったことがある。 それからというもの自分の意見を言うのが怖いんだ……。 だから、いつもこうして流されるように過ごしてしまう。 少しは自分の意見も言いなさい。 そういつも言っているのはお母さん。 お父さんは出張続きで中学の半ばくらいからまと
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