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Novels by すずき

婚約破棄された私に五人の兄が求婚してきます! 〜愛してはいけない確率は五分の一〜

婚約破棄された私に五人の兄が求婚してきます! 〜愛してはいけない確率は五分の一〜

侯爵家のティー(テイワズ)は、五人の兄に囲まれ大切に育てられてきた。 しかし、婚約者から突然の婚約破棄。 その日父親から家族の真実が告白される。 「この家には血の繋がらない兄がいる」 その日から始まる兄たちからの熱烈なアプローチ! 家族の絆を信じたい気持ちと、芽生えてしまった新たな感情の間で心が揺れる。 長男*ヘルフィ 銀髪赤目 22歳 「俺様が誰より甘い想いをさせてやる」 二男*ロタ 黒髪青目眼鏡 21歳 「自分があなたを守ります」 三男*エイル 金髪緑目 19歳 画家 「あはは。俺の本気を見せてあげよう」 四男*ルフトクス 茶髪金目 18歳 「おれと一緒に逃げようか?」 五男*フォルティ 紫髪赤目 17歳 「僕があなたをエスコートします」
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Chapter: 私の居場所-4
「ティー。今日も図書館行くのー?」 ふわ、とあくびをしたルフトクスに釣られそうだった。うん、と頷くとロタが眼鏡を押し上げた。「図書館ですか。いいですね」「僕も行きましょうか?」 フォルティがテイワズに聞くと「あー、抜け駆けー」とルフトクスが指差して、下の兄二人の会話が始まる。 それを横目にロタがテイワズに紅茶のおかわりを淹れる。「図書館であれば女性一人でも安心ですしね、変な輩もいないしいいでしょう」 そうですね、とテイワズが頷いたところで、眠そうな顔をしたヘルフィが入ってきた。「おー……」 後ろ手で髪をかくヘルフィに四人はそれぞれ朝の挨拶をする。「ヘルフィ、早く支度してください」 ロタが紅茶を渡して言うと、おう、と返事を一つ。それから砂糖を入れながらテイワズに言った。「あんま出かけんじゃねぇぞ」「え? なにー、兄さんったら過保護ー」 からかったのはルフトクスだ。「一体どうしちゃったのー? 急にそんなこと言うなんて」「……別に急でもねぇだろ」 うっせぇなあ、と言わんばかりの顔に、はいはいとルフトクスが流した。 誰も飲めないほど甘ったるい紅茶を飲むヘルフィにテイワズは笑いかける。「大丈夫ですよ。図書館には親切な方しかいませんから」 今日、赤い髪の男性に会ったらお礼を言おう。 そう決めて、兄たちを見送って、テイワズは昨日借りた本を持って図書館に向かった。「やあ。昨日の本はどうだった?」 かけられた声に驚いて、危うく本を落としそうになった。「昨日の」 赤髪の男性だった。紫色の瞳を人が良さそうに細めて、相変わらず控えめだが質の良さそうな服を着ている。「ありがとうございました。おっしゃる通りでした」 テイワズは微笑みながら答える。「ああよかった」 丁寧な物腰と言葉遣いに、ある程度立場のある人なんだろうな、とテイワズは推測する。「珍しいね。魔術の古にまつわる本を読むなんて──外に出てみるものだ。同じ物好きに会えるなんてね」 物好きなんてひとまとめにされた。 言葉に引っかかるものがあるとはいえ余計なことは言うまい。テイワズは薄く笑う。「もし他にも気になった本があったら言ってよ。話ができると嬉しいんだ」「ありがとうございます」 言葉はそれだけに留めた。社交辞令だろうし、社交の付き合いは今は控えたい気分だ。 淑女
Last Updated: 2025-07-27
Chapter: 私の居場所-3
(そうして人々は自然の力の下に繁栄した。日々の糧を喜びとし日常を営んだ……) 本を閉じて、ふう、とテイワズは息を吐く。 あれからフォルティに教えてもらい、本をスラスラ読むことができた。 頻出するその言葉に、フォルティが首を傾げていた。「火、水、大地……それぞれの魔術の要素、力のことをまとめて自然の力と読んでるんでしょうか?」 自然の力。すべてを統べる力。「自然の力ですべてを治め……って、ことはまさか、三大要素をすべて持っているっていうことですかね……?」 ううむ、と唸ったフォルティはテイワズよりも深く思案しているようだった。「自然の力を持つ王が統治する世は太平な世として栄えていった……と、ふーむ」 こっちの方がわかりやすいですね、とフォルティが叩いたのは赤髪の男性に勧められた方の本だった。「しかし、なんで建国にまつわる古代の話や魔術の創生の本なんて読んでるんです?」「ちょ、ちょっと興味があって……」「ふうん。そうなんですか」 テイワズの言葉に、フォルティは引っかかった様子もなく頷いた。「あの一緒に観に行った劇もそうでしたが、やっぱりこういった不作の年はみんな明るい夢のある話が読みたくなるんですね」 ──そう、治安のよかったこの街で、しばしば物盗りが起こるようになったのはひとえに不作のせいだった。 天候不順による不作。人々はそれを王のせいにした。 領主が魔術を使うことにより、大雨時にも災害を防ぎ、害虫の発生も延焼させ対策し、地崩れも塞ぐことができるが──全ての作物を守れるには至らない。 日照りや豪雨は防げない。 大地の力は枯れた草木を甦らせるには至らない。 周りに天才と呼ばれ魔術の能力の高いルフトクスの大地の力でさえ、花一輪咲かせるのが精一杯。本来草木の成長までは操ることができない。 同じ大地の魔術を使うエイルでさえ、それをできない。とはいえエイルは地を揺らし割ることができ──破壊力という面では兄弟一番であった。「一人で複数の魔術要素を持つとか、第四の元素があったとか……」 フォルティは読んだ本を撫で、観た劇を思い出し、テイワズに呟いた。「人は夢を見るのが好きですね」 フォルティとの会話はそれで終わり、戻ってきた兄たちと食事をして寝支度を整え、そして寝室で一人で過ごす今に至る。 そうだ、夢みたいなできごとだった。目
Last Updated: 2025-07-25
Chapter: 私の居場所-2
 フォルティと足を運んだ劇場がある広場の周辺に目的の場所もある。歩いて遠いわけではないが、出かけるならくれぐれも馬車に乗らせるようにと御者は言われていたらしい。──ヘルフィに。 馬車が止まって、開かれた扉に礼を言いながら降りた。「では、こちらで待っておりますので」 御者に会釈をして、テイワズは長い階段の先にあるその建物に入る。 ムスペル国立図書館。 この国一番の蔵書量を誇る図書館だ。 目的は魔術の要素、魔力について──自身に起きた出来事について。 図書館に入り魔術の本が置いてある一画へ進む。 魔力がある者は貴族ばかりで、貴族は魔術の学校に通うことになっているので、わざわざ魔術の本を探しに図書館に来るものは少ない。 知は財産とされており、貴族の多くは資産でありコレクションとしても多くの本を所有しているから、そうそう足を運びに来る必要もない。 庶民の姿は多く、女性も多い。館内は立場や権力と画された世界。広く開けられた間口の中は知識への探究。(……探すべきは、魔術の種類? 学術書?) 自分の背丈以上の本棚を見ながら、どの本を開くべきか思案する。 いつか自分は嫁ぐ。嫁ぐ相手は家のことを考えると、確実に貴族だろう。ならば魔術を使えるだろう。そう思って、魔術が使えないテイワズなりに勉強はしていた。 しかしそれは学舎で得られるほどのものではない。本をなぞっただけ。表面上の会話がなぞれるだけ。 火、水、大地の魔術。三つの魔力。有用な使い方やその魔術の行使により起きた出来事などはあった。 魔術は古くからあったもので、それ故に当たり前に生活に密着していた。それ故か魔術の歴史という文献は少ない。あっても、貴族に魔術師が多い理由、なんて程度の項目だ。(探してるのはそういうものじゃない) 例えば。 そう──例えば。(フォルティお兄様と観た劇のように) 第四の魔術要素なんて。 そんな言葉が書かれた学術書や歴史書を探してみるが、そんなお伽話の記載はない。 そうお伽話だと思っていた。昨日までは。
Last Updated: 2025-07-23
Chapter: 私の居場所-1
 公の場での婚約破棄。 それは顔に泥を塗る行為で、顔を上げられなくなるなどの屈辱だ。 あの場でテイワズがダグ・ブランドスに言われた言葉は、社交界でのテイワズの看板に泥を塗った行為だ。 きっと以後、テイワズに婚約を持ちかける話は来ない。 来たとしてそれは、ブランドス家の豊かな経済状況計算と兄たちの魔術能力を求めるという打算でなければ、よほどの物好きぐらいだ。 女性として磨くための手習を。 貴族として繋がるためのサロンを。 今まで行っていた社交界に繋がるその場所に、もうテイワズは行けない。 もとより女性のそれはすべてより良い婚姻のためで。それは今となっては──。 (来ないでと言われたわけではないけれど) 楽器の演奏だったり、刺繍の手習だったり。詩を学ぶサロンだったり。(言っても、指を指されるだけだ) 貴族のコミュニティは広い。 それでも、せめて内密に婚約破棄を伝えてくれれば話は違った。周囲に聞かれても、ああ家の事情で、なんて濁して流せばいい。 それをしなかったダグは、よほど新しい婚姻を自慢したかったのだろう。なんてったってお姫様だ。 よほど今までの婚約が不服だったのだろう。魔術要素なしの貴族の娘との婚約が。 テイワズは部屋のベッドの中で思い返す。(お姫様の方から、って言ってた) だからきっと、しょうがない。オスカリウス家も豊かな侯爵家だが、あまりにも立場が違う。 明日からどうやって過ごそう。(……なんて) 途方に暮れることは──ない。(調べなきゃいけない。私は私のことを) 一人で行動できることはむしろ都合が良かった。 ここ数日立場的にも一人になったテイワズを構っていた兄たちは、明日からは皆通常通り仕事や学校に行くようだ。「紳士協定を結びました! ティーから声をかけられない限り誘わない連れ出さない!」 と暴露したのはフォルティだ。「こぉら、秘密だって言ったでしょー」「誰のせいでそうなったと思うんですか」 フォルティに口を尖らせたルフトクスを、ロタが眼鏡の奥の瞳で睨んだ。ルフトクスがヘルフィに視線を送る。「兄さん激おこだったもんねー」「……テメェらが盛るからだろ。ばーっか」 相変わらず口が悪い。その口調で、リーダーシップで、テイワズが家を出てる間に話し決めたのだろう。「ま、だから安心してねぇ? 今度は許可
Last Updated: 2025-07-22
Chapter: 真昼の帰宅
「ティー! お帰りなさい!」 馬車が止まるとすぐに、家の中から駆け出してきたのはフォルティだった。「心配しましたよ!」 紫の髪をなびかせて走り寄ると、馬車から降りたばかりのテイワズの両手を取った。 赤い目はヘルフィと同じ色なのに、形が違う。 優しげに弧を描いた赤い目。 フォルティに掴まれたテイワズの手の上に、骨ばった細い指の手が触れた。「ほら、離しなさい。ティーが驚いていますよ」 ロタだった。二人の手に重なるように自分の手を置いた。黒髪が日差しに青く透ける。 そしてその後ろから、少しのんびりとした口調がかけられた。ルフトクスだ。「そうだよー、フォルったらー」「兄様のせいでしょう!」 振り返ってフォルティの手が離された。 一拍遅れて、一秒。青い目に笑みを残してロタも手を離した。 後ろから現れた茶髪が柔らかく揺れて、金色の目が細められる。「待ってたよ、ティー」「ルフお兄様」 呼べばまるで許されたように歩み寄ってきた。 余計な言葉はお互いなかった。「ただいま」「おかえり」 心地の良い風だった。陽の光は温かく、四人の兄は一様に微笑んでいた。「さ、紅茶を淹れましょうか」 ロタの言葉に頷いて、家に入った。 たった二晩。されど長い夜をいくつも越えて、旅を終えたような感慨があった。 ロタが先頭を歩いて、ルフトクスとフォルティが並んで歩く。その後ろをティーはついていき、一番最後にヘルフィが歩いている。 靴音がいくつも響いて、いつも食事をする部屋に入った。 兄たちは椅子にテイワズを座らせると、まるでもてなすようにキッチンに立った。 一人座るテイワズの隣に、ヘルフィが音を立てて座った。「なんで兄さんまで座るわけー?」「うるせぇ」 まあいいけど、とルフトクスが言って、そんなルフトクスに向かって、紅茶を取ってくださいとフォルティが言った。「お待たせしました」 青と赤の目の前で、ロタが紅茶を注いでくれる。 やはり蒸らし時間は少し少ない。茶葉と一緒に入られたシナモンの味わいは少なかったけれど、砂糖をたっぷりと入れたヘルフィには関係なさそうだった。
Last Updated: 2025-07-20
Chapter: 長男・ヘルフィ-2
* 体が大きく揺れた気がして、テイワズは目を開けた。「起きたかよ」「お兄様」「おう」 声は真横からだった。身を預けるようにヘルフィに寄りかかっていたようだった。自分の頭がヘルフィの肩に乗っていたことを理解して、慌ててテイワズは身の回りを見渡す。 馬車の中にいた。倒れた自分を運び乗せてくれたのだろう。この行き先は、家以外にないだろう。「……魔術はそれなりに負担がかかる。何年か経ちゃ慣れるが、反動の大きさは……そりゃ……まあ、個人差だが」 突然話出されて、何を言ってるのかわからなかった。それが自分のための説明だと理解するのに数秒かかった。「魔力が強いほど反動も大きいってのが一般的だな。まあフォルは例外だが。あいつは魔力も大けりゃ天才でなんも反動がねぇ。俺様やロタ……ルフなんかはやっぱそれなりに疲労がでるよ」 知らなかった。 知識としては知っていたが、体を覆う重さまではやはり知らなかった、と思う。寝たことで幾分かは楽になったが、まだ重たさの残る体に、ヘルフィの話を実感する。「エイルは知らん。アイツ魔術使った後はその姿を見せたくねぇのか隠れがちだったしな。そもそも学校もサボりがちで使うことも少なかっただろうし」 関係ないと思っていた魔術の話が、今自分の身に降りかかっている。 望んでいた。魔力があることを。貴族の子供として。しかしその要素が──未知のものだとは。思いもよらなかった。それはあまりにも望外。 魔力は血。魔力あるものは自然と、子供が歌を覚えるように、年齢が片手ほどを過ぎると魔術が使えるようになる。 自分は?(発火や水、大地を操るなんて、できなかった。だから魔力がないと思っていた。けれど)「……けどテメェのチカラがどんなもんかはわからねぇ」 ヘルフィの言葉を聞きながらテイワズは考える。(もしかして、知らないだけで魔術を使ってた……? だって、風は目に見えない。それじゃ、気づかない)  もしかして。テイワズは思い至る。(今までも、魔力があって魔術を使っていたのを気付かなかっただけ……?) 考えながら続くヘルフィの言葉を聞く。 それでも、とヘルフィは続けた。「隠した方がいいだろう」 魔力があると言えば婚約破棄もなかったのだろうか、と一瞬頭によぎった。 すぐにその考えを振り払う。今更だ。「倒れるほどの魔力だ。そう
Last Updated: 2025-07-19
その男は、愛した男と同じ顔をしていた──Beautiful Bandit──

その男は、愛した男と同じ顔をしていた──Beautiful Bandit──

 ☆★完結済★☆ 子爵家の娘イースは、幼馴染のロイに想いを寄せていた。 十年以上積み重ねた想いを告白するが、振られてしまい、故郷を離れて田舎で一人で暮らすことを決める。 そんな彼女は、ある日森で血まみれの男を見つけた。 瀕死のその男が、驚くほどロイに似ていることに気づいて、命を対価に要求を差し出した。 「助けてあげる、だから私の言うことを聞いてね」 助けた男を好きな男と同じ金髪に染めさせて、彼の影を重ねて男と日常を過ごす。 一方、金髪に染められた男、エルは、山賊としての過去を持ちながらも、彼女の優しさや献身に心を揺さぶられ、彼女に対する感情が日に日に強まっていくが──?  ☆★完結済★☆
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Chapter: ある男の話
「心配いたしました!」 屋敷の外にでると、数人の男たちが駆け寄ってきた。 ああと頷いて体に付いた煤を払う。 「大丈夫だったか?」 歩み寄ってきたのは父だった。 「ほら、ジャケット」 渡されたのは、自分のものではないジャケット。 「え?」 渡してきたの顔を見ると、お前のだろうと言ってきた。 「ロイ。お前が渡してきたんじゃないか」 そんな心当たりはない。 「我々が外に出たのを見て──彼女はどこだと言ってジャケットを脱いで屋敷の方に飛び出したじゃないか」 一体どうやって、二階の窓から飛び込んだのだろう。──僕と同じ顔をしたあの男は。 「そのあとまたお前が現れて、同じことを聞いてきた時には火事の恐怖で狂ったのかとおもったぞ」 「は」 笑ってしまう。 僕のものではない、薄汚れたジャケットを見て笑ってしまった。僕のふりをして会場に入ろうとしていたのか? もう分からない。 「はははは!」 同じ顔でも、中身はまったく違うと思った。 笑ってしまう。笑いが止まらない。 「どうした? ロイ? ……イースは?」 ずっと笑い続ける僕を見て、悲しみで狂ったのだと誰も彼女のことを聞いてこなかった。 笑い続けると喉が渇いた。 炎の中に消える彼女の姿は、今までで一番美しい姿だった。 fin.
Last Updated: 2025-07-20
Chapter: 女の話
 正式な婚約披露パーティーというわけではないが、客人は多く、華やかなパーティーになった。 私の視線の先では楽団が音楽を奏で、広間の中央では煌びやかなドレスを纏った客人たちが踊っている。 ドリンクをテーブルに置いて、隣に立つロイの顔を見上げた。 私の視線に気付いたロイが、口を付けていたグラスを離す。「どうしたんだい?」 灰色の瞳から目を背ける。広間で踊る人たちは花のようだ。「少し、踊りたくなってしまって」「イース」 どうしたんだい、と彼が眉を下げた。「今までだって、僕はこうしていたじゃないか」 そうね。そうよ。 私はどんな場所でも、ロイの横に立っているだけで幸せだったのに。 なのに、その声のせいで、どうしても望みを言いたくなってしまう。 その声は、望みを叶えてくれると思ってるから。「……戻ってきてからの、きみは少し変わったね」「え?」「一体、きみは僕みたいな男と、どんな風に過ごして、何を言わせていたんだい?」 声に不穏があった。嫌な空気になると思って、緊張で肌がピリついた。 顎を引いた私に、ロイは穏やかさを取り戻して笑いかけた。「きみはあんまり、家から離れてた時のとこを話さないから」「……あなたと離れていた時期のことなんて、忘れてしまったから」 嘘よ。忘れてなんかいない。 目の前の顔を見る限り、忘れられるわけがない。 パーティーの喧騒が、どこか遠く聞こえる。 分かったよ、とロイが頷いた。「……たまには、踊るのも悪くないかな?」 そう言ったロイが、私に手を伸ばした。 伸ばされた手に、私が──。 その瞬間、いくつもの混じった悲鳴が、パーティー会場を切り裂いた。「なんだ!?」 悲鳴は広間の奥からだった。他の空間に続くその扉の奥から転がるように現れたメイドが会場中に叫んだ。 その服の裾には、煤《すす》がついていた。「お逃げください!」 尋常でないその様子に、音楽が止まり人々が騒然とする。「火が! 火が上がっております──火事です!」 途端に会場中はパニックになった。 緊張が伝播して悲鳴が飛び交い、食器が割れる音がする。 そんな客人たちを前に、ロイが高らかに言った。「落ち着いてください。出口はすぐ、あちらです!」 この場全員の命を慮るその言葉の横で、私はたった一つの命のことしか考えられなかった。「
Last Updated: 2025-07-20
Chapter: 男の話
「奪ってほしいと言ってくれ」 言ってくれたらその通りにするつもりだった。 俺に願いを叶えさせてほしかった。 俺の言葉に笑ってくれると思ったのに、彼女は傷ついた顔をした。「言えないわ」 その言葉に耳を疑った。「行けないわ、私……」「イース」「あなたとは、行けない」「イース……!」 断られてしまえば、名前を呼ぶしかできなかった。 俺が呼ぶたびに、泣きそうな顔をするのに──どうして。どうしてお前は。「私はあなたの傍にいる資格がないわ」「そんなの」 そんなの俺が悩まなかったと思うのか。 どんな思いでここに来たと思ってる。 どうしてお前がそんなことを言うんだ。 彼女の金髪は蝋燭の弱い明かりでも光って見えた。「……あなたと彼が違うことを、私はよく分かったの」「…………それは」 それはどういうことだと、聞こうとして飲み込んだ。 拒絶の後では、もう聞きたくはなかった。 拳を握りしめた俺に、彼女はゆっくりと言った。「けれど、願いを叶えてくれるなら、一つだけ」 お願いさせてと俺に言った。 いくらだって叶えるのに。「あ?」 言われれば何個だって、叶えてやるのに。「ふふ……ねえ、やっぱり私、寂しいの」 なら俺に、出会ったときと同じことを言えばいいのに。 彼女は俺の目を見ずにこう言った。「だから、今更だけどグリンを引き取ってもいい?」「勝手だな」「そうね」 俺の嫌味などまったく刺さっていなさそうだった。彼女に撫でられて、グリンが喉を鳴らしている。「けどいつも、付き合ってくれたわね」「言われたからな。言ったのはお前だろ」 傍にいてと。俺に望んだのはお前だろ。 俺の言葉に、悲しい顔で笑った。「ごめんなさい」 悲しいなら泣いてくれたらいいのに、涙の一滴も流しやしなかった。「謝られたら、俺が許さないわけがないだろ」 彼女は、許しも、俺のことも求めなかった。「どうか私みたいな女は忘れて、自由に生きて。縛り付けて、ごめんなさい」 俺を見上げて彼女が言った。「エル。あなたは私の光よ」 眩しさで目をくらませて、そのまま奪って窓の外に飛び出してしまいたかった。「あなたが作ってくれた影の中で、私は生きていくわ」
Last Updated: 2025-07-20
Chapter: 女の話
 私とロイの婚約を祝って開催されるパーティーはもう明日に迫っている。 隅々まで管理の行き届いたロイの家の庭は、あの屋敷の咲きっぱなしの花たちとは全然違う。「父がお気に入りのワインを取り寄せてたよ」「まあ、そうなの」 隣を歩くロイのエスコートは紳士的だ。「ねえ……ロイ」「ん?」 聞き返す時だって、ガラの悪い言葉はない。「どうしたんだい?」 眼差しは柔らかで、口調には貴族らしい品がある。「パーティーに備えて、ダンスの練習とかしなくていいかしら?」 そう聞くと、ああと相槌をして視線を逸らされる。「僕たちは主役なんだし、むしろ座って見ている方がいいだろう」「踊らないの?」「それより挨拶回りとかの方が大事だ」 とても彼らしい返事だった。「そうね……」「そうとも」 ロイが頷く。「事業に集中して家名を大きくしたいんだ」 わかってくれるね? とロイは言った。「わかってくれるだろう? 僕をずっと、見てきてくれたきみなら」 ええそうよ。 私はずっとあなたを見てきた。 だから間違えてしまったの。もう間違えない。 次に手を取る相手を、私はきっと間違えない。 月がない夜。明日はパーティーだというのにまったく眠れなかった。 招待しているという客人のリストを父から渡されていた。蝋燭の明かりでそれを眺める。 殆どが姉の繋がりと、ロイの事業に興味がある客人ばかりのようだ。 私は誰の名を呼ぶでもなく、壁の花であればいいのだろう。 それを望んでいたはずだ。 ロイと結ばれることだけを、願っていたはずだ。 蝋燭の明かりに手元の紙を眺めていると、窓の方からカタンと物音がして顔を上げた。 閉めていたはずなカーテンが夜の風に静かに揺れている。 変だな、と立ち上がったその時。それが聞こえた。「不用心だな」 昼間に聞いた声と同じ。 なのに──闇と共に窓から現れたその声は、まったく違う。 エル。 今日同じ顔を見た。いや、全然違う。ロイはそんな表情《カオ》をしない。「なん、エ」「静かにしろ」 現れたその窓から室内に押し入ると、私の肩を掴んだ。 その手が熱くて強くて、痛い。「俺は山賊だ」 エルが私の顎を持ち上げた。 山の中で蝋燭の明かりに照らされて、その髪色は赤く見えた。「奪いにきたんだ」 エルが続けた。「俺は俺らしく──お
Last Updated: 2025-07-20
Chapter: 男の話
 一人でのんびりと月を眺める余裕もなかった。「……おい」 ずっと聞こえるその声に、さすがに抱き寄せることを決める。「鳴くなよ」 見送りもさせてもらえなかったなんて。 みゃあみゃあと、ずっと聞こえるその声はグリンだった。いつも彼女が座ってた椅子の上に座って鳴いている。 昼間は彼女の部屋にいて、馬車の走り去る音を聞いてからもうずっと、彼女を求めるように鳴いていた。 抱き寄せると俺の顔を見上げた子猫の目は緑色。彼女と同じ目の色。 昨日の出来事を思い出す。突然の来訪。彼女の父親と、共に現れた俺と同じ顔をした男。 俺は、純粋な金髪のあの男の代わりだった。 似ていたから、俺を傍にいさせただけ。彼女が俺に言った願いは一つだった。 ──私の傍にいてほしいの。 あの願いは、本当はあの男に言いたかった言葉なのだ。 俺ではないあの男に、叶えられたかった願いなのだ。 その願いが叶えられた今、俺の役目は終わった。 愛されていたと思うほど、おめでたいわけじゃない。自分が今までしてきたことを忘れているわけじゃない。 彼女と俺がしていたのは、愛の真似事。 なるほど。「詩をつくるようなヤツの気持ちがわかった気がするな」 けれどなにも、歌えない。 燻った想いの名前を知らないから、俺は何も歌えない。「お前ももう一人前なんだろ、泣くなよ」 俺はそう言ってグリンを撫でて、そのままソファで眠った。 商店の賑わう広場に出ると、いつもフルーツを買っている店のやつから声をかけられた。「今日は一人? 買って行かないの?」 どちらも返事は同じだ。「……ああ」 うるせえ。 どいつもこいつも。彼女と過ごしたこの町が、俺を一人だと思い知らせる。 揺れる木々の葉一枚でさえ、俺に彼女を思い出させる。緑の目は若葉の色をしていた。 何も買わずに屋敷に戻る。 庭は花が咲いていて、その匂いに彼女の髪を思い出したから、もうどうしようもない。 屋敷に入ってソファに座る。 今更一人で、どうやって過ごせばいいのか分からない。 足元でグリンが鳴いて俺を呼んだ。「あ?」 見ると、そこには捕まえたであろうネズミの体があった。「ははは」 元気出せってことか? これを俺に? いや。「あいつにか? もう、ここには居ないんだ」 だから分かれよ。諦めろよ。「山賊が与えられてど
Last Updated: 2025-07-20
Chapter: 女の話
「イース」 私の名前を呼ぶ声は、愛した男の声。 月明かりのせいでその顔がよく見える。──愛した男の顔だ。 顎を掴まれているせいで、その顔から目が背けられない。 名前を呼ばれてるのに、呼び返せない。「グリン」 足元に現れた存在のおかげで手が離されて、起きちゃったの、と声をかけた。 腕を伸ばすとグリンはすぐに飛び込んできた。 境界線を飛び越える気持ちで彼の元に来たのに、その顔を見たら何もかも分からなくなってしまった。 話そうと思ったのに。「起きちゃったの?」 猫に話すしかできなくなってしまった。「部屋に戻るか?」「え?」 彼の言葉の意味を考えて、それが思いやりだと気がついた。「もうちょっと」 私はあなたと。「ここにいる」「そうかよ」 日付と体の輪郭の境界線を越えたかった。けれど本を捲り始めた彼に、もうその気はなさそうだった。 もう一度彼の傷に触れたかった。 触れた指先を今度こそ離さず、ここまでの経緯すべてを話したかった。 私とあなたが出会う前の。 そしてあなたに手を伸ばした理由と、今もあなたを手放せないその理由を。 聞いてくれたらいいのに。 出会ったばかりの頃、訳ありかと聞かれて頷いただけだった。それが退路を塞いだ気がする。 話したい。話せない。 離したくない。「眠いか?」「そうね、ちょっと」 嘘をついて目を閉じた。「俺もだ」 彼の言葉が、嘘か本当かわからない。 彼は本を置くと、私を背中から抱きしめた。 それにグリンが驚いて、私の膝から飛び降りた。「よく眠れそうだ」「そうなのね」 背中から心臓の鼓動が伝わる。耳元にかかった息のせいで私の心臓が跳ねた。「私もよ」 嘘ばっかりだった。 出会った時から、隠匿と欺瞞しかない。 このまま夜よ明けないで。 姿を見なければ、彼を彼だと思わずに済む。 朝よ来ないでと思うのに、明日も明後日もあることが希望だった。 だからゆっくり伝えていけばいいと決めて、腕の中で眠った。 窓から差し込む太陽の光で明るい部屋の中で、彼の顔が間近にあった。「起きてたの」「起きてたよ」 ソファの上で横たわる私の身体は、彼の腕の中に閉じ込められていた。「起こしてよ」「言わなかっただろ」 鼻先が触れそうな位置で言われる。もう、と息を吐くと、耳元に手が伸びた。 私
Last Updated: 2025-07-20
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