私が去った後のクズ男の末路

私が去った後のクズ男の末路

作家:  風羽たった今更新されました
言語: Japanese
goodnovel4goodnovel
評価が足りません
30チャプター
318ビュー
読む
本棚に追加

共有:  

報告
あらすじ
カタログ
コードをスキャンしてアプリで読む

概要

現代

強いヒロイン

浮気・不倫

離婚後

後悔

財閥

結婚して四年、周防 舞(すおう まい)(旧姓:葉山)の夫はふたりの結婚を裏切った。彼はかつて好きだった女性を狂ったように追いかけ、若い頃の後悔を埋め合わせようとした。 舞は彼を心から愛し、必死に引き止めようとした。 けれど、夫はあの女を抱き寄せながら冷笑した。「舞、お前には女らしさが微塵もない。その冷たい顔を見てると、男としての気持ちなんてこれっぽっちも湧かない」 その瞬間、舞の心は音を立てて崩れ落ちた。 もう未練はなかった。彼女は静かにその場を去った。 …… 再会の日、周防京介(すおう きょうすけ)は彼女を見ても、かつての妻だとは気づかなかった。 舞はデキる女の鎧を脱ぎ捨て、しなやかで艶やかな女性へと変わっていた。彼女のもとには名だたる者たちが群がり、権力者として名高い龍崎(りゅうざき)様でさえ、彼の舞にだけは微笑んだ。 京介は正気を失ったかのようだった。彼は毎晩、舞の家の前で待ち、小切手や宝石などのプレゼントを贈り続け、挙げ句の果てには心まで差し出そうとした。 周囲の人々が舞と京介の関係を不思議がると、舞はさらりと笑った。「周防さん?あの人なんて、私が寝る前に読んで閉じた、ただの本よ」

もっと見る

第1話

第1話

結婚して四年、まだ「七年目の浮気」なんて言葉さえ縁のない頃、周防京介(すおう きょうすけ)はすでに外に愛人を囲っていた。

立都郊外の高級別荘の門前。

周防 舞(すおう まい)(旧姓:葉山)は高級車の後部座席に座り、静かに夫が女性と密会するのを見つめていた。

あの女性はまだ若く、白いワンピースに身を包み、清らかで人目を引くような美しさがあった。

二人は手を繋ぎ、まるで深く愛し合っている恋人のようだった。京介の顔には、舞が一度も見たことのない優しさが浮かんでいた。

少女は小さな顔を上げ、甘えるように声を上げた。「足、痛い……京介、抱っこして?」

舞は思った。京介が応じるはずがないと。彼は感情を表に出さないことで有名な男で、気難しく、どれだけ新しい相手を可愛がっていたとしても、そんな甘ったるい要求に応えるような人ではない、と。

だが次の瞬間、舞の予想は無惨に打ち砕かれた。

夫は女の子の小さな鼻先をそっとつつき、その仕草には抑えたような優しさがあった。そして腰に手を回し、彼女を軽々と抱き上げる。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に、大切そうに。

女の子の白く細い手は自然と男のたくましい首筋へと伸び、黒く艶やかな髪を撫でていた。

京介のその首筋には赤い痣がある。見た目はどこか艶っぽく、触れると敏感な場所だった。かつて、舞がベッドの中でうっかりそこに触れたとき。京介は彼女の細い腕を押さえつけ、恐ろしいほど激しくなった……

そして今、京介はもはや抑えきれず、女の子の身体をあずまやの太い柱に押しつけた。その目は輝いていた。

舞はそっと目を閉じた。もう、これ以上見ていたくなかった……

舞は、京介がこんなふうに誰かを想い、狂おしくなる姿を今まで一度も見たことがなかった。

なら、自分は何だったのだろう?

結婚前、自ら追いかけてきたのは他でもない、京介の方だった。「舞、お前は俺の権力の場で最も適したパートナーだ」

そのたったひと言に、舞は愛してやまなかった芸術の道を捨て、何のためらいもなく周防家に嫁ぎ、名声と利益の渦巻く世界へ飛び込んだ。まるで炎に惹かれて飛び込む蛾のように、恋に焼かれるように。

そして四年の歳月が過ぎ、京介は一族の実権を手にした。

舞は、あってもなくてもいい存在、切り捨てられる駒に成り下がった。彼は舞が堅すぎる、女らしさに欠けると嫌がり、外で女を囲い、愛人遊びにふけるようになった。

舞、あなたは本当に甘かった。滑稽なほどに。

……

目を再び開いたとき、舞の瞳には、もはや愛も、憎しみも残っていなかった。

感情が消えた今、残るのは金の話だけだ。

京介が愛人と密会しているこの別荘、実は、夫婦の共有財産だった。

舞はこの不倫カップルに得をさせる気にはなれなかった。前の席に座る秘書・安田彩香(やすだ あやか)に、小さな声で尋ねた。「この三ヶ月、京介はずっと彼女と一緒だったの?」

彩香は素早く答えた。「その女の名前は白石愛果(しらいし まなか)です。京介様の幼馴染みですが、あまり賢い子ではありません。三ヶ月前、京介様が周囲の反対を押し切って彼女を会社に入れてから、ずっと大事に守ってきました」

一束の資料が舞の前に届けられた。

舞は資料をぱらぱらとめくりながら、ふと思った。自分は、彼らを許すことができるかもしれない。

もちろん条件付きだ。京介がきちんと夫婦共有財産を分けてくれるなら、舞はその金と株を受け取って、きっぱりとこの関係に幕を下ろすつもりだった。

車の外では、秋の葉が黄金色に輝いていた。

夕日が少しの金色を添え、まばゆく輝いていた。

舞は気持ちを整え、京介に電話をかけた。数回の呼び出し音のあと、ようやく彼が出た。おそらく、愛人との甘い時間を過ごしていたのだろう。その声は相変わらず、上から目線で冷ややかだった。「何か用か?」

舞はまつげを伏せ、静かに問いかけた。「今日、私の誕生日なの。家で一緒に夕食、どう?」

電話の向こうで、京介はしばらく黙っていた。

男というものは、帰りたくない時にはいくらでも理由を見つけるものだ。たとえば「外せない接待がある」だの、そんなありふれた言い訳を。

けれどその時、舞の耳に、あの女の甘えた声がはっきりと届いた。「京介、まだ終わらないの?彼女と話すなんて許さない……」

京介は一瞬言葉に詰まった。少しの間を置いて、彼は気まずそうに淡々と口を開いた。「他に用がないなら、切るぞ」

ツーツ……通話終了の音が舞の耳に響いた。

それが京介のやり方だった。いつだって迷いはない。情を引きずることもない。

彩香が怒りをあらわにした。「京介様、あんまりです!忘れてしまったのですか……」

しかし、舞は気にしなかった。

むしろ内心では、こう思っていた。ごめんなさいね、京介様。甘い恋愛と可愛い女の子に夢中なところ、お邪魔しちゃって。しかしどうしよう、彼女は法律上の周防夫人として、機嫌を損ねた。

舞はふっと微笑んだ。「忘れたんじゃない。気にも留めてないだけよ。彩香、この別荘の水道と電気、それからガスも全部止めてちょうだい。そうすれば、あの男も帰る場所を思い出すでしょう」

彩香は思わず感嘆の声を漏らした。「本当に見事なやり方ですわ」

けれど舞は何も答えなかった。顔を横に向け、静かに車窓の外へと視線を向ける。

落日が金色に輝き、夕雲が壁のように重なる。

あの年の、あの夕暮れも、こんなふうに空が赤く染まっていた。そのとき舞は京介に訊いたのだ。二人の夫婦の契約って、一生のものなの?京介と舞は、絶対に裏切り合わないの?

京介は頷き、はっきりと言った。「舞は俺にとって、何よりも大切な存在だ」

けれど、今の彼は違った。彼の言動が、舞にこう思わせた。もう、金さえあればいいのだと。

一滴の涙が、舞の目尻を伝って落ちた……

……

舞はロイヤルガーデンの別荘へ戻った。

半時間後、秘書が離婚協議書を持ってきた。

舞が求めるのは、財産の半分。

彼女はシャワーを浴びたあと、すでに服は身に着けていたはずだった。けれど、なぜか吸い寄せられるようにドレッサーの前に立ち、真っ白なバスローブを脱ぎ捨てた。水晶のシャンデリアの明かりの下、鏡に映る自分の体を静かに見つめる。

長年、働き詰めの身体はふくよかさに欠けていたが、それでも白く透き通るような肌が、どこか冷ややかな気品を保っていた。

だが、明らかだった。舞の身体は、男を惹きつけるには足りなかった。そうでなければ、京介がわざわざほかの人へ愛を求めるはずがない。

舞はあの若い女の子を思い浮かべた。脳裏には、京介があの若々しい身体と絡み合い、汗だくになりながら激しく愛し合う姿がよぎる。きっと、自分と交わるときよりも、ずっと熱く燃え上がっているのだろう。

舞はふと眉を寄せ、自分の中でそんな比較をしてしまったことに恥じた。

そのとき。クローゼットの扉が、静かに押し開けられた。

京介が帰ってきたのだった。

彼はクローゼットの入口に立っていた。

高級ブランドの黒いシャツにスラックス、その洗練された装いが、すらりとした体を際立たせている。明るい照明の下、上品で立体的な顔立ちは、大人の男だけが持つ魅力に満ちていた。

舞は思わず考えてしまう。この男、たとえ兆を超える資産がなかったとしても、この外見ひとつで、いくらでも女は寄ってくる。

四年も彼と共に眠った自分は、ある意味、損はしていないのかもしれない。

二人の視線がふと交わった。何も言わずとも、互いに心の奥を読み取っていた。

京介はゆっくりと歩を進め、舞の背後に立つ。そして、ふたりは並んで鏡の中の姿を見つめた。舞はすでに衣服を整えていた。滝のような黒髪はきちんとまとめられ、湯上がりとは思えぬほど、隙のないキャリアウーマンの風情を保っていた。

京介は、よく覚えている。あの新婚の夜。彼女はまだどこかか弱く、

男の体を前にして、身を小さく震わせていた。

新婚の夜、彼らは何も起こらなかった。そして半月後、仕事上のトラブルが起きたあの夜。舞は京介の胸に身を縮め、震える声で彼の名を呼んだ。京介は彼女をしっかりと抱きしめ、その晩、ふたりはようやく「本当の夫婦」になった。

彼らの夫婦の営みは、本当に数えるほどしかなかった。

家では舞は尊い奥様。栄光グループでは権力を握る社長。どこにいても彼女は完璧で、冷たく、隙を見せない女だった。

ベッドの上ですら、京介ははっきりと言い切れる。舞は一度たりとも心を開き、本当の意味で快楽を受け入れたことがなかった。

時が経つにつれ、京介の心には、次第に虚しさが広がっていった。

そんな彼が、からかうように舞へと歩み寄り、言葉を投げた。「別荘の水道と電気、止めたのはお前だろう?ただの親戚の娘にちょっと世話を焼いただけで、不機嫌になるなんてな」

舞は鏡の中で彼と目を合わせた——

京介は計算した。この数日、舞は排卵期のはずだった。

彼はそっと手を伸ばし、舞の耳たぶを撫でながら、顔を近づけて低く囁いた。「誕生日だから?それとも、生理的な欲求のせいか?奥様、まだ二十六だってのに、随分と強いじゃないか」

口にする言葉は下品だったが、舞にはわかっていた。京介が何を望んでいるのかを。

彼は子供を欲しがっている。

周防家のオヤジは今も栄光グループの株を10%握っている。京介は子供を手に入れ、その存在を交渉の切り札にしたかったのだ。

しかし、京介は知らなかった。彼らには子供ができる可能性は低いのだ。あの事件の時、舞が彼を突き飛ばして外へ出たその直後、何者かに腹を強く蹴られた。それ以来、彼女の妊娠の可能性は限りなく低くなっていた。

舞はそっと目を閉じ、胸の奥に広がる悲しみを押し隠した。

だが、京介は珍しくその気になっていた。

彼は舞の身体をあっさりと抱き上げ、主寝室の柔らかな大きなベッドへと横たえた。そのまま、彼の身体が覆いかぶさってくる。

舞はどうして承諾するだろうか?

舞は京介の胸を押さえ、黒い髪が白い枕の横に半分広がり、浴衣が少し緩んでいた。「京介!」

けれど京介は舞の顔をじっと見つめたまま、まるで魔法にかけられたように顔を寄せてきた。唇が重なり、その体は今にも抑えきれぬ衝動の矢を放たんとしていた……

もっと見る
次へ
ダウンロード

最新チャプター

続きを読む

コメント

コメントはありません
30 チャプター
第1話
結婚して四年、まだ「七年目の浮気」なんて言葉さえ縁のない頃、周防京介(すおう きょうすけ)はすでに外に愛人を囲っていた。立都郊外の高級別荘の門前。周防 舞(すおう まい)(旧姓:葉山)は高級車の後部座席に座り、静かに夫が女性と密会するのを見つめていた。あの女性はまだ若く、白いワンピースに身を包み、清らかで人目を引くような美しさがあった。二人は手を繋ぎ、まるで深く愛し合っている恋人のようだった。京介の顔には、舞が一度も見たことのない優しさが浮かんでいた。少女は小さな顔を上げ、甘えるように声を上げた。「足、痛い……京介、抱っこして?」舞は思った。京介が応じるはずがないと。彼は感情を表に出さないことで有名な男で、気難しく、どれだけ新しい相手を可愛がっていたとしても、そんな甘ったるい要求に応えるような人ではない、と。だが次の瞬間、舞の予想は無惨に打ち砕かれた。夫は女の子の小さな鼻先をそっとつつき、その仕草には抑えたような優しさがあった。そして腰に手を回し、彼女を軽々と抱き上げる。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に、大切そうに。女の子の白く細い手は自然と男のたくましい首筋へと伸び、黒く艶やかな髪を撫でていた。京介のその首筋には赤い痣がある。見た目はどこか艶っぽく、触れると敏感な場所だった。かつて、舞がベッドの中でうっかりそこに触れたとき。京介は彼女の細い腕を押さえつけ、恐ろしいほど激しくなった……そして今、京介はもはや抑えきれず、女の子の身体をあずまやの太い柱に押しつけた。その目は輝いていた。舞はそっと目を閉じた。もう、これ以上見ていたくなかった……舞は、京介がこんなふうに誰かを想い、狂おしくなる姿を今まで一度も見たことがなかった。なら、自分は何だったのだろう?結婚前、自ら追いかけてきたのは他でもない、京介の方だった。「舞、お前は俺の権力の場で最も適したパートナーだ」そのたったひと言に、舞は愛してやまなかった芸術の道を捨て、何のためらいもなく周防家に嫁ぎ、名声と利益の渦巻く世界へ飛び込んだ。まるで炎に惹かれて飛び込む蛾のように、恋に焼かれるように。そして四年の歳月が過ぎ、京介は一族の実権を手にした。舞は、あってもなくてもいい存在、切り捨てられる駒に成り下がった。彼は舞が堅すぎる、女らしさに欠けると嫌がり、
続きを読む
第2話
舞はシーツをきつく握りしめ、指先にくっきりと皺が刻まれていく。こんなときでも、彼女の思考はどこか冷めていた。外の女たちは、京介を満足させてやれなかったのだろうか。今日の彼は、いつものようにすぐ目的へと向かわず、珍しく時間をかけて彼女にキスをした。けれど、舞の心は少しも動かなかった。嫌悪感以外、彼女には何も感じなかった。彼女は、まるで死んだ魚のようにベッドに横たわったまま、京介にされるがままにしていた。どうせ何をしたって、彼には子どもを作ることなんてできないのだから。最初、京介は舞の露わになりそうでならない様子に興奮していたが、今や舞は木のようにシーツの上に横たわっている……これでは、どんな男でも興が削がれるだろう。とてもがっかりだ。京介の黒髪にはうっすらと汗が滲み、額も頬も紅潮している。掠れた声で問いかけてきた。「どうして嫌がるんだ?」二人の間にそういった関係があることは少ない。だが月に数度は、彼が彼女の腹に種を残そうと試みる。舞は真っ白な枕に頭を預けたまま、京介を見上げた。自分が四年も追い続けてきた男を。もう、疲れた。すべてに疲れ切った。今度こそ、自分のために生きたい。しかし京介はそれを知らず、なぜ彼と夫婦生活を送らないのか、なぜ彼と協力して合法的な後継者を産み、彼の権力争いを続けないのかと問い詰めていた。舞は手を伸ばし、夫の頬をそっと撫でた。そして静かに口を開いた。「京介、私たち、離婚しよう」京介の顔に不快の色が浮かんだが、それでも怒りを抑えながら口を開いた。「愛果のことか?ただの親戚の娘だと言っただろう。彼女がそこに住むのが嫌なら、もう別の場所に移した」……舞は冷たく笑った。親戚の娘をわざわざ別荘に一人で住まわせて?歩く時は親密に抱き合うのか?それらの言葉は彼女は言わなかった。言うと品位を落とすからだ。彼女はベッドサイドの小さな引き出しを開け、中から離婚協議書を取り出すと、京介の手に押しつけた。「預金と不動産、それから……栄光グループの株も半分いただくわ」声の調子はあくまで淡々としていた。京介は眉をひそめた。「栄光グループの半分の株だと?欲張りすぎじゃないか、周防夫人」その口ぶりには皮肉が滲んでいた。まるでビジネスの交渉でもしているようだった。舞の心は凍りつくような思いで満たさ
続きを読む
第3話
京介は軽くうなずいた。九郎は薄く笑みを浮かべ、この同じ床に寝ながらも心は別の夫婦に場を譲って去っていった。九郎が去ったあと、京介は舞の服装に視線を向け、少し眉をひそめた。「……どうしてそんな格好をしているんだ。戻って着替えて、後で一緒に実家で食事をしよう」舞には、その「食事」の意味がよくわかっていた。夫婦円満を演出するためだ。目的は、周防家の祖父が保有する株式。時々、舞は京介がとても分裂していると感じる、表向きは清廉潔白だが、骨の髄まで利益を重んじ、名利の世界に適した人間だ。だが舞もまた、割り切っていた。財産を分けるその日までは、利害のために協力を惜しまないつもりだった。彼女はオフィスに戻ってスーツに着替え、京介と専用エレベーターで階下へ向かった。エレベーターの中には彼ら夫婦だけがいた。京介は腕時計に目を落とし、何気ない口調で言った。「九郎と話したあとなら、もう離婚は思いとどまっただろう。今日はまだお前の受胎日だ。帰宅したら準備をしておけ。お前が嫌なら、なるべく早く済ませる」舞は皮肉な笑みを浮かべた。子どもを作る話ですら、この人は冷たい顔のまま。こんな結婚生活を、彼女は4年も耐えていた。彼女の声は、京介よりもさらに冷ややかだった。「……あの話に変わりはない。私は財産の半分をもらって、あなたを自由にする」京介の顔に、不快の色が浮かぶ。ちょうど言い返そうとしたそのとき、エレベーターが、突然止まった。エレベーターのドアがゆっくりと開いた。外には若い女の子が立っていた、白いワンピースを着て、清純な様子だった。愛果だった。彼女は軽やかにステップを踏みながらエレベーターへ入ってきて、舞の方を向いて、遠慮がちに言った。「従業員用のエレベーターが故障してしまって……副社長、このエレベーター、少しだけ使わせてもらってもいいですか?」三人だったが、二人の修羅場だった。舞は何も言わず、エレベーターの開閉ボタンを押し続けた。一言も発しなかったが、その意思は十分に伝わる。愛果は、いたたまれなさに顔を赤く染めた。美しい顔が羞恥に紅潮し、唇をそっと噛みしめる。視線をそっと京介に向け、無言で助けを求めた。だが、京介は穏やかに言った。「副社長の判断に従うよ」愛果は明らかに納得できない表情を浮かべながらも、黙って後
続きを読む
第4話
夜の9時、舞と京介は周防家を後にした。車に乗り込み、京介がシートベルトを締めながら、何気ないふうを装って尋ねた。「さっき、輝と何を話してたんだ?……ずいぶん楽しそうだったけど」舞は軽くうなずいた。「ええ、あなたの幼なじみの話をしていたわ」京介は黙り込んだ。しばらく沈黙が続いたあと、京介はそっと舞の手を握った。その声には、彼には珍しいほどの柔らかさがにじんでいた。「……彼女とは、寝たことはない」舞はシートに寄りかかり、目に涙を浮かべていた。彼女はわかっていた。京介の優しさなど、何の意味もない。それはただ、今が彼女の受胎しやすい時期だからに過ぎない。彼は、彼女の腹に種を残そうとしているだけなのだ。そこに愛などない。そして、そこに舞という人間は、まるで存在していない。ふと、舞は思った。もし、彼が自分がもう子どもを産めないと知ったら、それでも引き留めようとするのだろうか?それとも、待ってましたとばかりに離婚にサインして、次の周防夫人にふさわしい女を探し始めるのだろうか?今夜、京介はかなり本気だった。彼は舞に近づき、妻の情念をかき立てようとした。けれど舞は、その瞬間、どうしようもなく自分が哀れに思えてならなかった。彼女の夫は、彼女を愛していない。彼にとって彼女は、仕事のパートナーであり、ただの『生むための器』でしかない。彼は、彼女と肌を重ねることを楽しんでいるわけではない。ただ、毎月の義務として、子どもを作るために彼女と寝る。それはもう、感情も尊厳も存在しない。ただの動物の交尾と、いったい何が違うというのだろう。舞は彼のキスを避けた。声はかすれ、そこにはどこか哀しみが滲んでいた。「京介……離婚の話は、本気よ。私が求めすぎていると思うなら、また話し合いましょう」車内は暗く、京介は妻の顔をじっと見つめ、彼女の皮肉をはっきりと見ようとしているようだった。しばらくの沈黙の後、彼の声は冷たかった——「俺も言ったはずだ。俺たちは離婚しない」「舞、子どもができれば、お前は余計なことなんて考えなくなる」舞は目をそっと閉じ、力なく呟いた。「……もし私が、もう子どもを産めないとしたら?」京介は眉をひそめ、不満げな顔で当然のように言い放った。「そんなことあるか?結婚のときに、俺たち二人とも婚前検査を受けたじゃないか」舞は苦
続きを読む
第5話
舞は、真実を口にしたその瞬間、自分と京介の関係にはもう戻る道がないことをはっきりと悟っていた。けれど、人は心の中に積もった失望が限界に達したとき、すべてを投げ出してしまいたくなるものだ。彼女は、かつて深く愛した夫を見上げ、己の傷口を自らの手で残酷に剥ぎ取るようにして、すべてをさらけ出した。言葉を発するときには、胸が痛みすぎて、もう何も感じなくなっていた。「京介、もう酌量なんてしなくていい。栄光グループの職も、周防夫人という肩書きも、私はもういらない。だって、私は子供を……」「産めない」という言葉を、舞は最後まで口にすることができなかった。そのとき、京介の携帯が鳴った。彼は舞の顔を見つめたまま、電話に出る。受話器の向こうから、秘書の中川が焦った声で叫んでいた。「京介様、白石さんの容態が非常に危険です。すぐに来てください!」「わかった」京介は携帯を切ると、舞に向かって一言だけ言った。「用件はあとで話そう」そう言って、彼は黒のロールスロイスに向かい、ドアに手をかけて乗り込もうとした。舞はその場に立ち尽くしていた。夜風が吹きつけ、全身が冷え切るような感覚に襲われた。彼の背に向かって、最初はかすかに名を呼んだ。その声は次第に大きくなり、やがて彼女の人生すべてをかけるような絶望を込めて叫んだ。「京介……あなたは、私に一分すらくれないの?四年も夫婦でいて、私はその一言を最後まで聞いてもらう価値もないの?」京介はドアハンドルを握ったまま、冷えた声で答えた。「愛果が危機を乗り越えるまでだ」その言葉を残し、彼はアクセルを踏み、舞を置いて走り去った。……夜の冷たさは、舞の心の冷えには遠く及ばなかった。彼女はじっと、夫が去っていった方角を見つめたまま、あの言葉をかすかに、しかし最後まで紡いだ。「京介……私は、子供を産めないの」夜風が激しく吹き、彼女はもう一度言った——「京介!私は、子供を産めないの!」……それを口にするたびに、かつて京介を愛した自分自身への容赦ない鞭打ちとなり、すべてを懸けた自分の人生への、冷酷な嘲笑のように響いた。青春を、すべてを捧げたのに。それでも、京介にとっては、何の価値もなかった。彼女の悲しみと苦しみは、いつも京介とは無縁だった。ふと、舞は思った。もういい、すべてを放り出したい。この
続きを読む
第6話
深秋の夜、車の中は春のように暖かい。舞はふと、九郎の体から漂うタバコの新しい香りに気づいた。その銘柄は――京介が吸っていたものと同じだった。一瞬、舞の意識は混濁し、隣にいるのが京介なのだと、錯覚してしまった。そっと目を閉じたまま、彼女は男の手を掴み、静かに呼びかける。「京介……」半夢半醒の中、まるで昔に戻ったかのようだった。京介と過ごした、あの頃の記憶へ――九郎はその手を引き離すことも、何かを言うこともなかった。ただ静かに、前方の闇を見つめていた。夜の帳は、まるで雨夜にしっとりと濡れた絹のように黒く、柔らかで、どこか重たく湿っている。その質感は、今の彼の心情によく似ていた。九郎には、これまで女がいなかったわけではない。だがそれはどれも、割り切った関係だった。お互いに求め、互いに同意していただけのもの。そこに深い感情や葛藤はなかった。舞のような、理屈では測れない激しさをもった愛情。そんなものに触れたことなど、一度もなかった。ふいに彼は思った。もし自分が、この女に愛されたら、どんな気持ちになるんだろう。遠くの夜空に、花火が次々と打ち上がった。夜は昼のように明るかった。助手席の舞が、微かに体を動かした。その動きは小さく、やわらかく――しかし九郎はすぐに気づいた。彼は体を向け、深い黒の瞳で舞を見つめる。「……目が覚めたか?」舞の体にはまだ力が入らなかったが、頭の中には少しずつ、理性が戻ってきていた。確かに酒に酔っていた。けれど、ぼんやりと――九郎が自分をバーから連れ出してくれたことだけは、覚えていた。……それ以上のことは、思い出せなかった。舞はかすれた声で尋ねた。「今何時……?」九郎は答える。「ちょうど午前1時半を過ぎたところだ」舞は静かに顔を上げ、夜空に打ち上がる花火をじっと見つめた。目の奥には、わずかな潤みが宿っていた。けれど彼女は、驚くほど静かだった。しばらく沈黙が流れた後、彼女はぽつりと語り出す。「私はね……この世でいちばん輝く花火を見たことがあるの。その花火が、ずっと私のものだと信じてた。でも忘れてたのよね。どんなに美しい花火でも、一瞬で消えてしまうってことを。「京介とのこともそう……私は、すべてを捨てれば彼と一生を共にできるって思ってた。でも、今になってやっとわかった。京介の中に恋愛の幻想が
続きを読む
第7話
早朝、舞は頭痛の中で目を覚ました。家の使用人はとても気遣いがよく、薬を持ってきた。薬を服用してしばらくすると、痛みはだいぶ和らいだ。舞はシャワーでも浴びようかと準備していた矢先、使用人が憤ったように口を開いた。「旦那様、あの外の妖艶な女にすっかり惑わされてしまいましたよ。昨夜、お戻りになった時に奥様がこんな状態で酔っておられるのを見たにもかかわらず、そのまま車で出ていかれたんです」舞は、そのとき初めて知った。昨夜、京介が一度戻ってきていたということを。使用人はさらに思い出したように口を開いた。「そうそう、上原先生のジャケットですが、旦那様がクリーニングに出すようご指示されましてね。しかも、上原先生ご本人にお渡しするようにとのことでした。旦那様、やっぱり奥様のことを思いやってらっしゃるんですよ」使用人は知らない。京介の思惑も、裏の計算も――ただ、善意の気遣いだと受け取っているだけ。けれど舞にはわかっていた。京介は、浮気されるのが怖いのだ。体調も優れず、舞はその後二日間、自宅で静養した。合間を縫って、祖母の元へも足を運んだ。……月曜日、栄光グループに、異変が起きた。グループの大規模なプロジェクトに不手際があり、各方面の証拠が舞の失職を示しており、株主総会の議論を経て、舞は全ての職務を一時停止され、今日中に栄光グループの副社長室を出なければならなくなった。32階、副社長室。舞は、床から天井まである大きな窓の前に立ち、静かに立都市の喧騒と栄華を眺めていた。その背後で、彩香がそっとドアを開けて入ってくる。「副社長……メディアプロジェクト、白石が引き継ぐことになったそうです」彩香は怒りで我を忘れていた。しかし舞は、むしろ驚くほど冷静だった。今、彼女は京介を欲しくない。名声も、地位も、今となってはすでに過ぎ去った蜃気楼のようなもの。彼女は自分が本来得るべきものだけを手にしたら、彼の世界から静かに退場するつもりだった。京介が愛果を心から愛していようと、あるいはただの償いであろうと――それはもはや、舞には一切関係のないことだった。舞が何かを言おうとしたそのとき、デスクの上に置かれていたスマートフォンが鳴った。彼女は歩み寄り、電話に出た。相手は、京介の父だった。彼は、自分のオフィスまで来て話をしたいと舞に伝えた。舞
続きを読む
第8話
舞は駐車場で、九郎と出会った。九郎も少し意外そうで、しばらく考えてから舞のそばへ歩み寄り、深いまなざしで言った。「本当に栄光グループを離れるのか?」舞は軽くうなずいた。「ええ、離れるつもりよ」彼女は手に持っていた箱を車のトランクに放り込み、トランクを閉めると振り返り、九郎に向かって淡々と話した。「あの夜のことはありがとう」九郎は彼女の顔を見つめた——淡々とした表情、山のように動じない様子、これは彼が知っている舞。あの夜の彼女の美しさと脆さは、まるで夢のようだった。九郎の目は深く沈んでいて、彼は控えめに軽くうなずいた。「些細なことだ」彼は冷淡な口ぶりではあったが、舞の車がゆっくりと駐車場を出ていくと、その場に立ち尽くし、長い間その背中を見送っていた。その表情には、何か考え込んでいるような気配があった。……夜の8時、舞はロイヤルガーデンに戻った。彼女が車を降りると、正面から丹桂の香りが漂ってきて、心を癒した。別荘の使用人が出迎えに来て、恭しく尋ねた。「今夜は奥様お一人でお食事なさいますか?それとも旦那様をお待ちになりますか?キッチンの料理はすでに準備が整っておりますので、すぐにお出しできます」舞は少し考え、静かに言った。「今日から、私の三食はもう準備しなくていい」使用人は驚き、尋ねようとしたが、舞はすでに玄関を抜け、ホールに入り、ゆっくりと階段を上っていた——二階は、明るい灯りに包まれていた。舞は歩みを緩め、華やかな廊下を静かに見つめながら、一歩ずつ進んだ。その一歩一歩に、彼女は京介との過去を、ふたりの歩んできた道のりを思い出した。それは、とても困難で、深く心に刻まれた日々だった。そして、とても痛みを伴うものだった……「京介、あなたが権力を望むなら、私が手伝う」「京介、私たちはずっとこんなに苦しいままじゃないよね?」「京介、痛いよ、お腹がとても痛い」「申し訳ありません、周防夫人。検査の結果、あなたが妊娠する可能性は非常に低いです。養子を考えることをお勧めします」……この十数メートルの短い距離は、まるで舞の一生を歩き終えたかのようであり、彼女の京介に対するすべての感情を締めくくる道のりでもあった。夜風が頬をかすめ、舞の顔は冷たくなっていた。彼女は寝室のドアを開け、そっと壁の灯り
続きを読む
第9話
その一枚の紙、その上の一字一句を、京介は何度も繰り返し読んだ。目がひりつくほどに、何度も何度も――突然、彼は舞の痛みを理解した。舞が流してきた涙の意味が、ようやく胸に落ちた。突然、彼はあの夜の駐車場で、舞がなぜあれほどヒステリックになって自分を責めたのかを悟った。「京介、どうしてたった五分の時間すらくれないの?京介、あなたは昔の京介のままなの?」舞はもう、子どもを産めなくなっていたのだ。彼は舞を愛していない。だが、舞は彼にとって、大切な存在だった。彼女は四年間、彼と共に過ごし、人生でもっとも暗かった時期を共に乗り越え、そして、彼が権力の頂点に立つのを見届けてくれた。結婚するとき、彼らは二人の子供を産む約束をした——すべての夢が実るように、ずっと平和に暮らせるように。一人は「実」と名づけ、もう一人は「和葉」と名づけるつもりだった。京介はゆっくりとベッドの縁に腰を下ろした。彼のいつも凛々しい顔には、今や一抹の疲れが見えた。彼は衣のポケットからタバコを取り出し、ライターで火をつけて強く吸い込んだ。こけた頬が深く落ち込み、そこには男だけが持つ沈黙の魅力があった。寝室の入り口で、使用人がおずおずと報告した。「中川さんがお見えです」京介は返事をしなかった。中川は病院から駆けつけてきたが、床一面に散らばるガラスの破片を見て、完全に呆然としてしまった。京介様は、見捨てられたんだ……だが、中川は優秀なワーカーだった。すぐに感情を抑え込み、冷静さを取り戻すと、プロとして淡々と京介に次の対応を問いかけた。淡い青色の煙が京介のかすんだ顔を包み込む中、彼は静かに言った。「まずは抑えろ。何があっても、舞が俺と別居したことは外に漏らすな」中川は頷いた。彼女は上司の顔を見つめながら、ふと分からなくなった。周囲の誰もが、京介夫妻はただの利害関係だと言っていた。なのに、どうして今、夫人がいなくなっただけで、京介様はまるで……男として何か大切なものを失ったかのように、こんなにも打ちひしがれているのか?京介様は本当に夫人を愛していないのか?……舞はあるマンションに引っ越した。それほど広くはない、120平方メートルほどだが、立地と内装は最高で、寝室の窓を開けると、街の夜景の半分が見えた。翌日、彼女は祖母を訪ねた。
続きを読む
第10話
京介の目には、明らかに男としての欲が滲んでいた。舞は少し苛立ちを覚えた。彼には会いたくなかった。離婚のことは、弁護士を通して処理すれば済む話だ。彼女はドアを閉めようとしたが、京介の方が一瞬早かった。彼は足を持ち上げてドアを押さえ、そのまま簡単に中へと入り込んできた。ドアが閉まった瞬間、舞は彼に抱きしめられた。京介は彼女の細い腰を強く抱きしめ、力いっぱい自分に引き寄せる。そして狂ったようにキスを重ねてきた。舞は必死に振りほどこうとしたが、まるで抵抗が利かず、二人は半ば拒むように、半ば求め合うように、もつれ合いながらソファの前までたどり着いた。柔らかいソファの上では、男の動きはさらに自由を得た――京介は、これまでこんな姿を見せたことはなかった。明るい光、女の柔らかい声も、男の理性を取り戻すことはできなかった。淡い赤色のほくろが目に入るまで、京介は少し落ち着いた。重く荒い呼吸を押し殺しながら、熱を帯びた唇を舞の耳元へ近づけ、かすれた声で囁いた。「お前は……俺のことが好きなんだろ?」舞の体が硬直した——彼女は京介が好きだった。二十歳のころから、ずっと。京介も、それを知っていた。だがこの何年もの間、彼は一度もそのことを口にしたことはなかった。なのに、いま突然、こんな状況で聞いてくるなんて。舞は、彼が何かおかしくなったのではないかと思った。そんな恥ずかしい言葉を、この場で答えるはずもなかった。舞が何も言わなかったので、京介は彼女を押さえつけて、そのまま求めようとした。二人はソファの上でもつれ合い、舞は彼の黒く短い髪をつかみ、かすれた声で息をついた。「京介、落ち着いて。今日は私の排卵期じゃない……あなたがどれだけ頑張っても、私のお腹に種をまくことはできないわ」その言葉に、京介は少しだけ顔を上げた。彼の深い瞳がじっと舞を見つめる。小さく整った瓜のような顔立ちは透けるように白く、湿った黒髪がコーヒー色のソファにふわりと広がっていた。黒のシャツはすでに乱れ、何ひとつとして彼女の身体を隠しきれていなかった。その姿は男の本能を強く刺激するものだった。けれど、京介の目元は静かに赤く滲んでいた。彼はそっと手を伸ばし、優しく舞のお腹に触れた。とても柔らかく、そして平らだった。舞はわずかに首を持ち上げ、かすれる声で再び告げ
続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status