秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?

秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?

作家:  春うららたった今更新されました
言語: Japanese
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汐見結衣と長谷川涼介は八年間愛し合った。 だがかつて涼介にとってかけがえのない存在だった結衣は、今や彼が一刻も早く切り捨てたい存在へと変わっていた。 結衣は三年間、必死に関係を修復しようとしたが、涼介への愛情が尽きた時、ついに諦めて、彼のもとを去った。 別れの日、涼介は嘲るように言った。 「汐見結衣、お前が泣きついて復縁を求めてくるのを待ってるぞ」 しかし、いくら待っても結衣は戻らず、代わりに届いたのは彼女の結婚の知らせだった。 激怒した涼介は結衣に電話をかけた。 「もう十分だろう」 電話に出たのは低い男の声だった。 「長谷川社長。悪いが、あいにく俺の婚約者は今シャワー中なんだ。お前の電話には出られない」 涼介は冷笑し、一方的に電話を切った。どうせ結衣の気を引くための駆け引きだろうと高を括っていたのだ。 だが、結衣の結婚式当日。ウェディングドレスに身を包み、ブーケを手に別の男へと歩み寄る彼女の姿を見て、涼介はようやく悟った。結衣は、本気で自分を捨てたのだと。 涼介は狂ったように結衣の前に飛び出して、懇願した。 「結衣!俺が悪かった!頼むから、こいつと結婚しないでくれ!」 結衣はドレスの裾を持ち上げて、涼介には目もくれずに通り過ぎながら言い放った。 「長谷川社長。あなたと篠原さんはお似合いのカップルだと仰っていませんでしたか?私の披露宴に来てひざまずいて、いったい何をするおつもりですの?」

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第1話

第1話

「汐見結衣(しおみ ゆい)様、先日ご予約いただきました結婚式場の件ですが、キャンセルということでよろしいでしょうか?」

結衣はスマホを握る指先にぐっと力を込めたが、声に感情はなかった。

「ええ、お願いします」

「かしこまりました。それでは、キャンセル手続きを進めさせていただきます」

「ありがとうございます」

電話を切ると、結衣は薬指から結婚指輪を抜き取り、テーブルに置いた。それから立ち上がって、スーツケースを引いて家を出て行った。

……

半月前。

夕方、結衣は一件の裁判を終えて、裁判所を出るとすぐにスマホを確認した。

LINEを開くと、ピン留めされたトーク画面には、結衣が送った数十件のメッセージが並んでいたが、相手からの返信は一件もなかった。

先月、二人は結婚式の招待状のデザインで口論になった。

その翌日から、婚約者の長谷川涼介(はせがわ りょうすけ)は海外出張に出てしまった。

この一ヶ月間、結衣がどんなにメッセージを送って仲直りを求めても、涼介はすべて既読無視だった。

この関係において、結衣は惨めなほど自分を低くして尽くしたが、それでも涼介の心を取り戻すことはできなかった。

親友の相田詩織(あいだ しおり)は見ていられず、皮肉交じりにこう言ったものだった。

毎年あれほど多くの離婚訴訟を担当して、数々のくず男を見てきたでしょう?なのにどうしてまだ長谷川涼介にこだわって、彼の本性を見ようとしないの、と。

実は、結衣は涼介の本性が見えていないわけではなかった。ただ、どうしても手放せなかったのだ。

かつてあれほど愛し合っていた二人が、最後には心が離れて、互いに嫌悪しあう結末を迎えることが耐えられなかった。

そして結衣は……涼介のことを、どうしても諦めきれなかった。

八年も一緒にいたのだから、結衣にとって涼介がいない自分など想像もできなかった。

そして彼のいないこれからの生活を、いったいどう送ればいいのか、皆目見当もつかなかった。

メッセージを打ちかけていた、まさにその時。突然、スマホの通知が画面に表示された。

涼介のSNSが更新された知らせだった。

投稿されていたのはシンプルな海の写真。だが結衣は、それが自分が涼介と一緒に行きたいと何度も話していたモルディブだとすぐに分かった。

結衣の指が止まってから、彼とのトーク画面に戻ろうとした瞬間。親友の詩織からメッセージが届いた。

タップすると、篠原玲奈(しのはら れな)のSNS投稿のスクリーンショットだった。

涼介と全く同じ海の写真。ただ、そこには一文が添えられていた。

――出張で疲れたって軽くこぼしたら、彼がモルディブ旅行に連れてきてくれた!

モルディブが結衣にとってどれほど特別な場所か、涼介が知らないはずはなかった。

結衣があれほど「一緒に行きたい」と言い続けていた場所。涼介はいつも「忙しい」とはぐらかしていたのに、まさか別の女を連れて行ったなんて……

まばたきをした瞬間、抑えきれずに涙がこぼれた。

さっき外で感じた冷たい風が、まるで心の中にも吹き込んできたかのようになった。

その時、詩織から電話がかかってきた。

「あの篠原玲奈って女、マジでむかつくんだけど!

結衣が長谷川ともうすぐ結婚するって知ってて、わざと彼と同じ写真をアップするなんて、最低な嫌がらせよ!

それに長谷川のやつも大概ひどいわよ!どこへ行こうが勝手だけど、なんでわざわざモルディブを選ぶの?

結衣がずっと一緒に行きたがってた場所だって知らないはずないでしょ?八年も付き合ったのに!

あいつら、ここまであからさまにしやがって!結衣が浮気されてもう三年になるのよ?それでもあいつと結婚して、この先一生そんな目に遭い続けるつもり?」

結衣の胸は締め付けられるように痛んだ。詩織の言うことは、それこそ痛いほど分かっていた。

でも、八年も付き合って、結婚式まであと一ヶ月余り。今さら諦められなかった。

結衣は、最後にもう一度だけ彼に賭けてみたいと思った。それでも望む結果にならなければ、その時はきっぱり諦めようと、そう心に決めた。

「詩織、土曜日はウェディングドレスとブライズメイドドレスの試着日だから、忘れないで来てね」

電話の向こうの声がぴたりと止まった。次の瞬間、詩織は何やら汚い言葉を吐き捨てて、一方的に電話を切った。

結衣の言葉に、詩織は呆れて怒りを抑えきれなかった。

ここ数年、涼介の心変わりは誰の目にも明らかだった。なのに結衣は、いわゆる痛い目を見るまで分からないタイプで、いつか涼介が必ずもう一度振り向いてくれると信じ込んでいる。

詩織が結衣には言わなかったことがある。それは、自分が何度も、涼介が別の女性と抱き合ってホテルに入っていくところを目撃していたことだ。

涼介はとっくに腐りきっていた。かつて結衣だけを見つめていた男ではなく、どこからどう見てもクズ男になり下がっていた。

あんなクズ男、事故にでも遭ってしまえばいい。一生、不幸のどん底にいればいいんだわ!

その夜、結衣はよく眠れなかった。何度も悪夢にうなされ、明け方近くになってようやく眠りかけた。

うとうとし始めた、ほんの束の間。玄関ドアの電子ロックが解除される音が聞こえた。

結衣ははっと目を開けた。体を起こすとほぼ同時に、涼介が寝室のドアを開けて入ってくるのが見えた。

涼介はスーツケースを引き、ひどく疲れ切った顔をしている。長い旅の疲れがありありとにじんでいた。

しかし結衣は、彼のシャツの襟元についた口紅の跡と、胸元に微かに見える引っ掻き傷を見逃さなかった。

布団を握る手がぐっと固くなって、心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような痛みが走った。

結衣が起きているのに気づくと、涼介はわずかに眉を上げた。

「起こしちゃった?」

涼介は答えを待つでもなく、スーツケースを引いてクローゼットへ向かって、扉を開けて着替えを探し始めた。

結衣は深く息を吸って、涼介の背中を見つめて問いかけた。

「……篠原さんを、モルディブに連れて行ったの?」

シャツを取り出していた手が一瞬止まった。涼介は振り返り、嘲るような笑みを口元に浮かべて結衣を見た。

「なんだ?そこまで行きたいなら、俺たちのハネムーンもそこにするか?」

涼介の口調に含まれた明確な棘を受け止めて、結衣の顔からさっと血の気が引いた。

「私がどれだけ……モルディブに行きたかったか、あなたは知ってるはずよ」

「お前が行きたいからって、玲奈が行っちゃ駄目なのか?」

「そういう意味じゃない……私は、ただ……」

——あなたと一緒に行きたかったのに。

結衣が言い終わるのを待たず、涼介は苛立たしげにさえぎった。

「もういい。こっちは出張帰りで疲れてるんだ。お前と言い争う気はない」

彼は一方的に背を向けながらバスルームに入り、「バン!」と乱暴にドアを閉めて、結衣の前から姿を消した。

結衣は俯いて、血の気を失って白くなった自分の指先を見つめながら、口元に自嘲めいた笑みを浮かべた。

以前ならまだ言い返してきたのに、今では口論することさえ億劫なのだ。

涼介がシャワーを浴びてバスルームから出てきたとき、結衣はすでに着替えと身支度を終え、ドレッサーの前に座って鏡に向かって、まさに口紅を引いているところだった。

結衣は今日、深い緑色のベルベットのロングドレスを身にまとった。腰まである長い髪を下ろし、丁寧に化粧をしていた。あまりの美しさに目を奪われるほどだった。

涼介は一瞬ちらりと彼女に目をやったが、何の感情も浮かべず、すぐに視線をそらした。

涼介がコートを羽織り、家を出て行こうとしたとき、結衣は落ち着いた口調で念を押した。

「土曜日はウェディングドレスの試着日だ。今度こそ遅刻しないで」

結衣が最も嫌うのは時間を守らない人間だった。涼介と付き合い始めた理由の一つは、彼が時間を守る人だったからだ。

しかし、涼介が心変わりしてからは、他の女のために何度も結衣との約束を反故にしてきた。

涼介の口元に、侮蔑の色さえ帯びた嘲りの笑みが浮かんだ。

「心配するな」

彼が言い終わると同時に、涼介のスマホがけたたましく鳴った。わざとか偶然か、彼はスピーカーフォンにした。篠原玲奈の妙に甘ったるい声がスピーカーから流れ出した。

「社長ったら、昨日はちょっと激しすぎたんだから。おかげで、アソコがまだ痛いんだもん。ちゃんと責任取ってよ!」

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第1話
「汐見結衣(しおみ ゆい)様、先日ご予約いただきました結婚式場の件ですが、キャンセルということでよろしいでしょうか?」結衣はスマホを握る指先にぐっと力を込めたが、声に感情はなかった。「ええ、お願いします」「かしこまりました。それでは、キャンセル手続きを進めさせていただきます」「ありがとうございます」電話を切ると、結衣は薬指から結婚指輪を抜き取り、テーブルに置いた。それから立ち上がって、スーツケースを引いて家を出て行った。……半月前。夕方、結衣は一件の裁判を終えて、裁判所を出るとすぐにスマホを確認した。LINEを開くと、ピン留めされたトーク画面には、結衣が送った数十件のメッセージが並んでいたが、相手からの返信は一件もなかった。先月、二人は結婚式の招待状のデザインで口論になった。その翌日から、婚約者の長谷川涼介(はせがわ りょうすけ)は海外出張に出てしまった。この一ヶ月間、結衣がどんなにメッセージを送って仲直りを求めても、涼介はすべて既読無視だった。この関係において、結衣は惨めなほど自分を低くして尽くしたが、それでも涼介の心を取り戻すことはできなかった。親友の相田詩織(あいだ しおり)は見ていられず、皮肉交じりにこう言ったものだった。毎年あれほど多くの離婚訴訟を担当して、数々のくず男を見てきたでしょう?なのにどうしてまだ長谷川涼介にこだわって、彼の本性を見ようとしないの、と。実は、結衣は涼介の本性が見えていないわけではなかった。ただ、どうしても手放せなかったのだ。かつてあれほど愛し合っていた二人が、最後には心が離れて、互いに嫌悪しあう結末を迎えることが耐えられなかった。そして結衣は……涼介のことを、どうしても諦めきれなかった。八年も一緒にいたのだから、結衣にとって涼介がいない自分など想像もできなかった。そして彼のいないこれからの生活を、いったいどう送ればいいのか、皆目見当もつかなかった。メッセージを打ちかけていた、まさにその時。突然、スマホの通知が画面に表示された。涼介のSNSが更新された知らせだった。投稿されていたのはシンプルな海の写真。だが結衣は、それが自分が涼介と一緒に行きたいと何度も話していたモルディブだとすぐに分かった。結衣の指が止まってから、彼とのトーク画面に戻ろ
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第2話
涼介は喉の奥で楽しげに笑った。「次はもう少し優しくする。後で薬を買ってくるよ」男の声が次第に遠のいていく。結衣は手の中の折れた口紅を見つめた。その顔は無表情だった。折れた口紅をゴミ箱に捨てると、結衣はジュエリーボックスの二段目を開けた。中にはわずかなアクセサリーしか残っていなかった。以前は、涼介から贈られたジュエリーでぎっしり詰まっていた。優に数百点はあっただろう。しかし、涼介の浮気が始まってから、彼に失望するたびに一つ、また一つと捨ててきたのだった。最初はゆっくりとしたペースだったが、次第にその速度は増し、今ではほとんど残っていない。まるで結衣の涼介への愛情のようだった。かつては溢れていた想いも、今ではすっかり冷え切って、まもなく消えようとしている。結衣はその中から、とても細いゴールドのチェーンネックレスを手に取った。それは、二人が付き合って三年目の記念日に、涼介が贈ってくれたものだった。ペンダントトップは猫の肉球の形をしていた。当時、結衣は猫を飼いたがっており、よくネットで猫の動画を見ていた。このネックレスを受け取った時、結衣は本当に嬉しかった。小さな肉球を飽きることなく手に取っていじっていた。二人は、卒業して部屋を借りたら猫を里親として迎えようと話し合い、名前まで決めていた。「モモ」と。しかし、結局その約束が果たされることはなかった。涼介は最初、起業に夢中で、成功してからはますます忙しくなり、結衣のことさえ顧みなくなった。猫を飼うことなど、思い出すはずもなかった。よく考えてみれば、二人の関係は、その頃からすでにおかしくなっていたのかもしれない。涼介が心変わりするはずがないと、結衣が自信過剰だった。結衣は込み上げてくる感情を抑え込んで、俯いてゴールドチェーンのネックレスをゴミ箱に捨てた。そして、ジュエリーボックスの蓋をゆっくりと閉じた。箱の中に残されたジュエリーは、あと五つだけだった。立ち上がってコートを羽織ると、結衣はバッグを持って家を出た。法律事務所に着くと、同僚がすぐに寄ってきて、また一つ裁判に勝ったことを祝福した。「汐見先生、おめでとうございます!」「汐見先生、今月で六件目でしょう?流石にうちの負け知らずのエースですね!」「恋愛のほうは色々あるみたいですけど、そのぶん仕事
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第3話
結衣の視線に気づくと、玲奈は慌ててブレスレットを手で覆い隠し、その目にも動揺が走った。そして無意識に涼介の後ろに隠れようとした。涼介は玲奈を自分の背後にかばいながら、結衣を見下ろすように言った。「玲奈をそんなに見つめて、どういうつもりだ?」結衣の瞳がわずかに赤くなった。「涼介、どうして篠原さんに全く同じブレスレットを贈ったの?あれは私だけの、特別なものだって言ったじゃない」「玲奈がお前のを見て、すごく気に入ったって言うからな。それに、たかがブレスレットだけじゃないか。いつからそんな些細なことにこだわるようになったんだ?」涼介の眉間にはあからさまな苛立ちが浮かんで、まるで取るに足らない些細なことを話しているかのようだった。結衣の目に信じられないという色が浮かんだ。「でも、昔これをくれた時、あなたは確かに言ったわ……」言葉が終わる前に、涼介は眉をひそめて遮った。「結衣、いい加減、過去にこだわるのはもうやめろよ。『昔』だって、自分もわかってるんだろう」涼介が最も嫌うのは、結衣が昔の話を持ち出すことだった。それは、何度も事業に失敗した惨めな自分と、あの暗くみじめな時代を思い出させるからだ。当時は結衣が彼に寄り添って、彼のすべての無様な姿や挫折を知っていた。だからこそ、事業が成功した後、彼は二度とあの苦しい日々を思い出したくなくなり、結衣に対しても次第に嫌悪感を抱くようになっていったのだ。結衣は彼を見つめた。その瞳には悲しみが湛えられ、まるで今にも砕け散りそうな、儚いガラス細工のようだった。「ということは、約束なんて、簡単に反故にしていいってこと?」涼介は冷たく彼女を見た。「お前と結婚すると約束した。だからお前が嫁ぎたいと言うなら、俺も同意した。これ以上、どうしろと言うんだ?結衣、俺がお前に負い目を感じることがあるとすれば、それはもうお前を愛していないこと、それだけだ。だが、誰を愛するのが俺の勝手だろう?それすら許されないとでも言うのか?」結衣がまばたきすると、涙が頬を滑り落ちた。ああ、そうか。男の心が変われば、かつての誓いなど、もろい砂の城と同じ。風が吹けば、あっけなく崩れてしまうものだったのか。彼は、愛せなくなったなら、それで終わりだ。けれど、結衣は?置き去りにされた結衣はどうすればい
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第4話
涼介は笑みを浮かべて結衣を見つめていた。「すごく綺麗だ。よく似合ってるよ」二人は少し離れて見つめ合って、視線には隠しきれない愛情を溢れていた。本来なら結衣と涼介が主役のはずなのに、篠原玲奈の登場で、まるで結衣の方が場違いな存在のようだった。結衣はドレスの裾を強く握りしめた。頭の中で、理性の糸がぷつりと切れる音がした。結衣はスカートの裾を持ち上げ、ゆっくりと玲奈に向かって歩いて行った。結衣が近づいてくるのを見て、玲奈は唇の端をさらに吊り上げた。「汐見さん、あなたのドレス、本当に素敵ね。見ていたら、私もなんだか無性に試してみたくなっちゃったの……あなたは気にしないわよね?」「パン!」結衣はためらわず手を上げ、玲奈の頬を張った。そして、ゆっくりと言い放った。「これで、私が気にするかどうかわかったでしょうね」涼介の顔色が変わった。「汐見結衣!なんてことをするんだ!」涼介は慌てて駆け寄って、結衣を乱暴に押しのけると、すぐに玲奈の顎を持ち上げ、彼女の顔に怪我がないか心配そうに覗き込んだ。その一方で、彼に突き飛ばされた結衣は、大きく広がったドレスの裾と8、9センチものハイヒールで足元がおぼつかなかった。ぐらりと体勢を崩すと、足首を嫌な角度に捻り、受け身も取れずに床へと倒れ込んだ。足首に鋭い痛みが走った。しかし、それは心の痛みに比べれば物の数にも入らなかった。かつては、結衣が涙を一滴こぼすだけで胸を痛めた涼介が、今では他の女のために、結衣を押してしまった。涼介は床に倒れたままの結衣には一瞥もくれず、玲奈の赤く腫れた頬に痛ましげな視線を落として、眉をひそめて低い声で言った。「病院に連れて行くよ」玲奈はふるふると首を横に振って、顔のジンジンとした痛みをこらえて訴えた。「社長、あたしは大丈夫。後で少し氷で冷やせばきっと治まるわ。それより、11時には大事な打ち合わせがあるんでしょ?遅れるわけにはいかないわ」そんな玲奈の健気な様子に、涼介の中で結衣に対する怒りがふつふつと湧き上がった。涼介は振り返ると、床にみっともなく座り込んでいる結衣を、冷ややかな視線で見下ろして言った。「謝れ!」結衣は静かに彼を見上げながら、落ち着いた表情で答えた。「どうして私が謝らないといけないの?」「理由もなく人を
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第5話
詩織がドレスショップに足を踏み入れた時、結衣は店内のソファに座ってドレスのカタログを静かに眺めていて、その横顔は気品があり優雅だった。店内を見回したが涼介の姿が見えず、詩織は眉をひそめて結衣に近づいた。「長谷川はどこ?」「帰ったわ」その言葉に、詩織は不満そうな表情を浮かべた。「あいつ、結衣をここに放っておいて帰った?」結衣は俯いて、指で無意識にカタログのドレスの写真をなぞったままで、何も言わなかった。そんな結衣の様子を見て、詩織はイラつきと心配が混じった気持ちになって、話題を変えた。「ドレスの試着はどうだった?」「すごく気に入った。写真も撮ったわ」「見せて」写真を見た瞬間、詩織の目がぱっと輝いた。「これ、すっごく綺麗じゃない!それに、結衣に本当によく似合ってる。将来私が結婚する時、結衣も私にウェディングドレスをデザインしてね!」結衣の唇の端がかすかに上がった。「ええ、いいわよ」「ふふっ!」詩織は写真を拡大してうっとりと眺めながら言った。「本当に、長谷川みたいなクズ男にはもったいないわ。あいつ、前世でどんな徳を積んだら、結衣みたいな綺麗な奥さんをもらえるわけ?」結衣の口元の笑みが苦いものに変わった。本当は、彼だって本当は結婚なんてしたくないんだ。結衣がどうしても嫁ぎたいと言い張っただけだ。詩織は、今日の結衣が以前にも増して口数が少ないことに気づき、眉をひそめてスマホを置いて、心配そうに結衣を見た。「結衣、長谷川とまた喧嘩したんでしょ?」結衣は詩織に心配かけたくなくて、小さく首を横に振った。「ううん、ただドレスの試着で少し疲れただけ」「まだこれからよ。結婚式当日は、何着も着替えなきゃいけないし、お酌して回ったり……そうだ、結衣、実家の人たちは招待するつもり?」「実家」という言葉を聞いて、結衣の手が無意識にぎゅっと握られた。「まだ考えてない」「まあ、その話はやめましょう。どうせ招待状はまだ出してないんだし、もう少し考えてみたらいいわ」結衣は小さく「うん」と頷いた。もう、結婚式が予定通り行われるかどうかさえ、結衣には分からなくなっていた。今日の出来事を経て、結衣はもう……それほど涼介と結婚したいとは思わなくなっていたのかもしれない。詩織がブライズメイドのドレス
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第6話
詩織はもともと、玲奈のような腹黒い女を相手にするつもりはなかった。しかし先ほど、後ろの席で玲奈が得意げに友人に話しているのを耳にしてしまったのだ。涼介が結衣とのウェディングドレス試着の日に玲奈を連れて行って、玲奈にもドレスを試着させただけでなく、玲奈を優先して結衣を放っとおいた、と。あの日の結衣の沈黙と、足首の腫れを思い返せば、詩織に分からないはずがなかった。詩織は結衣ほどお人好しではない。玲奈に平手打ちを二発食らわせただけでも、手加減した方だった。涼介の顔が険しくなった。「これは俺と結衣の問題だ。お前が口出しすることじゃない」そう言いながら、涼介は詩織の隣に現れたばかりの結衣に冷たい視線を向けて、その目にはあからさまな嫌悪感が宿っていた。「数日くれてやれば、お前も冷静になると思ってたが、まさか相田を唆して玲奈に嫌がらせをしに来るとはな」結衣の顔が青ざめた。「私がわざとあの日のドレスショップでの出来事を詩織に話したとでも思ってるの?」「でなければ何だ?そうでなければ相田がどうして知っている?お前のような性根の腐った女だから、汐見家から追い出されるのも当然だ。俺が人生で一番後悔しているのは、お前を愛してしまったことだ!」結衣の体がふらついて、無意識に二、三歩後ずさった。今にも倒れそうによろめいた。八年前、彼が告白した時、人生で最も幸運なことは彼女に出会えたことだと言った。八年後、涼介は別の女のために、人生で最も後悔しているのは彼女を愛したことだと言っている。これが、結衣が八年間も愛して、そして生涯を共に過ごそうと思っていた男なのだ。詩織の顔色が一変して、素早く駆け寄ると涼介の頬を平手打ちした。「あんたの良心はどこ行ったのよ?!どの面下げてそんなこと言えるの?!」そもそも、彼と付き合っていなければ、結衣が汐見家から追い出されることもなかったのだった。それなのに今、彼は恥知らずな愛人のために結衣にこんな言葉を浴びせるなんて、これは結衣の心をえぐるのと同じじゃない!衝動的にあの言葉を口にした後、涼介も少し後悔し、同時に苛立ちを感じていた。無意識に結衣の方を見ると、結衣は詩織の後ろに立って、俯いていて表情は読み取れなかった。隣にいた玲奈が涼介の感情の変化を敏感に察知し、目を光らせると、突然
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第7話
明け方、結衣はドアが開く音で目を覚ました。ベッドサイドの時計を見ると、午前二時十六分だった。涼介の動きはとても静かで、結衣を起こさないようにと気遣っているようだった。もっとも、涼介が浮気をしていると知って以来、結衣の眠りは非常に浅く、ほんの少しの物音でも目が覚めてしまうようになっていた。けれど、涼介の心はとっくに結衣のもとにはなく、そんな些細な変化に気づくはずもなかったのだ。ちょうど結衣も今は彼と顔を合わせたくなかったので、そのまま目を閉じて寝たふりをすることにした。涼介はクローゼットを開け、パジャマを取り出してシャワーを浴びに行った。バスルームからシャワーの音が聞こえ、しばらくして止んだ。バスルームのドアが開き、足音が遠くから近づいてきて、ベッドサイドで止まった。涼介に背を向けていたものの、結衣は彼が布団をめくり、ベッドに入ってくる気配を感じた。ベッドの片側が沈み込み、真っ暗な寝室は静まり返って、お互いの微かな寝息だけが聞こえた。結衣はすっかり眠気を失って、心の中で羊を数えていた。以前、夜眠れない時には、涼介が物語を読んで寝かしつけてくれたものだ。時折、未来の話もしてくれた。事業が成功したら、大きな全面ガラス窓のある家に引っ越そう、と。結婚式はモルディブのビーチで挙げよう、と。将来は子供を二人、できれば男の子と女の子を一人ずつもうけよう、と。あの頃、二人はとても貧しく、安アパートの小さなベッドで身を寄せ合っていたにもかかわらず、話は尽きなかった。今のように、互いに言葉もなく、心が離れてしまっているとは大違いだ。なんて悲しいことだった。結衣は自分がいつ眠りに落ちたのか分からなかった。目が覚めた時には、もう八時近かった。結衣の車は整備に出していて、今週の通勤は地下鉄を使うしかなかった。家から事務所までは通勤に四十五分かかるため、普段は七時二十分には起きるのだが、今日はなぜか目覚ましが鳴らなかったようだ。身支度を整えて寝室を出ると、涼介がスーツ姿で食卓に座って、朝食をとっているのが見えた。結衣は一瞬、立ち止まった。涼介が最後に家で朝食をとったのがいつだったか、もう思い出せなかった。結衣がその場に立ち尽くしているのを見て、涼介は珍しく自分から声をかけてきた。「朝食だ、早く」
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第8話
今や、涼介と玲奈の写真が出回ったことで、玲奈は自然と結衣の「本命の彼女」の座を奪い取った形になった。以前の結衣なら、きっと涼介に電話して問いただし、すぐに釈明するように迫っただろう。しかし今は、自分が泣きも喚きもせずにいたら、涼介がどう対応するのか見てみたいと思った。事態を成り行きに任せるのか、それとも、きちんと釈明するのか。結衣は何事もなかったかのようにスマホを置いて、仕事を続けた。この日はきっと心ここにあらずだろうと思っていたが、結衣はこの件に影響されるどころか、むしろ予定以上の仕事をこなした。終業時間が近づいた頃、結衣はSNSを開いた。午前中にトレンドのトップにあった記事は、トレンドから消えていた。しかし、涼介個人のSNSアカウントにも、フロンティア・テックの公式アカウントにも、関連する声明は一切出ていなかった。涼介が知らないはずはない。釈明しないということは、認めているのも同然だ。それに、結衣と涼介が付き合っていることは大々的に公表こそしていないものの、知っている人は少なからずいる。今ここで釈明しなければ、涼介の会社にとって将来爆発する時限爆弾を仕掛けたようなものだ。一度その爆弾が爆発すれば、会社のイメージに影響が出ることは必至だ。それでも涼介は玲奈のために、起こりうる結果さえも顧みないのだ。しかし、この結果に対して結衣は驚かなかった。むしろ、予想通りだった。まるで、始まったばかりの映画の結末が、すでに見えてしまっているかのように退屈だった。そして結衣はついに受け入れた。自分は涼介の心の中ではとうにどうでもよくて、いつでも簡単に消し去ることができる存在だと。恋人としての立場さえも、認められていなかったのだ。結衣は落ち着いた表情でスマホをしまい、パソコンの電源を落として立ち上がり、オフィスを出た。二人はまた、涼介が玲奈をモルディブに連れて行く以前のような生活に戻った。ただ今回は、結衣が涼介の前で結婚の話を口にすることはもうなかった。結衣が言い出さなければ、涼介はなおさら面倒がってその話題に触れることはなく、まるでそんな話はなかったかのように振る舞った。ネット上では、涼介が玲奈にお粥を食べさせている写真以外には特に新たな情報は出回らなかったが、フロンティア・テックの社員を名乗る人
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第9話
怒りのため、芳子の胸は激しく上下し、涼介を見つめる瞳には失望の色が滲んでいた。涼介は頬に鮮やかな平手の跡をつけたまま、芳子に向かって言った。「おっしゃる通りだ。だから、俺が貧乏だった頃に玲奈に出会わなくて幸いだった。彼女に苦労をさせる必要がなかったのだから」その言葉が落ちた瞬間、結衣の手が強く握りしめられて、心臓から全身に激痛が走った。彼が以前に口にしたどんな酷い言葉も、この一言の破壊力には及ばなかった。彼は玲奈を心から思いやって、彼女が自分と共に苦労することを恐れている。では、自分が彼と共に過ごしたあの数年間は、一体何だったというのだろう?結衣のばか!あの男にあんなに傷つけられて!それでもまだ目を覚ませないのか?芳子は結衣の方を見た。彼女の青白い顔を見て、その目に痛ましげな色が浮かんだ。「結衣ちゃん、あの子はかっとなって言っただけよ。気にしないで。私がちゃんと叱っておくから……」「おばさん」結衣は彼女を見つめながら、できるだけ落ち着いた表情で口を開いた。「彼をかばう必要はありません。彼が本心で言っていることは分かっています。私はずっとあなたのお嫁さんになりたいと思っていました。でも、もうその機会はないようです。結婚式は……キャンセルしましょう。ごちそうさまでした。今夜はありがとうございました」彼女は立ち上がって、バッグを持つとそのまま振り返らずに去っていった。涼介の方を一瞥だにすることなく。芳子は、身動き一つしない涼介を怒りに燃える目で見据えた。「早く追いかけないの?!言っておくけど、私がお嫁さんとして認めるのは結衣ちゃんだけよ!もし彼女を取り戻せなかったら、もう私のことを母親だと思うんじゃないわよ!」ドアが閉まる瞬間、結衣は背後から涼介の声がはっきりと聞こえてくるのを聞いた。「母さん、俺はもう彼女を愛していないんだ。どうして無理に彼女と結婚させようとするの?たとえ結婚したとしても、俺は玲奈と別れるつもりはない。それに、俺と玲奈が付き合って三年になるのに、彼女はずっと別れようとしないんだ。何とかして俺と結婚しようと必死なんだ。そんな彼女が、本気で結婚式をキャンセルすると思うか?さっきの言葉だって、母さんを脅すための口実に過ぎない。心配しないでよ、あいつはしつこいんだ。どうやって
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第10話
涼介の玲奈への愛情を目の当たりにして、結衣はもう自分自身を欺くことはできなかった。そして、結衣の涼介への感情も、ここ数年の度重なるすれ違いの中でほとんどすり減ってしまい、もはや彼との関係を続ける気力は残っていなかった。「そんなことないわ!」芳子は毅然とした表情で言った。「もう一度だけ彼にチャンスをあげてちょうだい。もし今回も、彼が以前のようにあなたを失望させるようなら、私はもう二度とあなたを引き止めたりしないから。今回のチャンスは、あなたの命を助けた私からのお願いだと思って、涼介にもう一度だけチャンスをあげてくれないかしら?」結衣は心の中でため息をついた。結局、彼女がこうしても、涼介と別れる時期が少し先に延びるだけで、最終的な結果は同じなのだわ。愛し合っていない二人が、どうして共に歩んでいけるというの?芳子の切実な眼差しを受けながら、結衣は頷いた。「分かりました、おばさん。お約束します。もし一ヶ月以内に涼介が篠原玲奈と別れることができたら、私は彼を許します」そう言ったのは、涼介が自分のために玲奈を諦めることなどありえないと、心の中では分かっていたからだ。結衣が同意したのを見て、芳子はついに安堵の息をつき、慌ててバッグから持ってきたブレスレットを取り出した。「これは、涼介のお祖母さんが私に残してくれたものなの。私には他にたいしたものはないのだけれど、これをあなたの結婚のお祝いに受け取ってほしいの。これは気持ちだから、よかったら受け取ってちょうだい」その翡翠ブレスレットは、灯りの下でしっとりとした光を放って、一目で高価なものだと分かった。結衣はそのブレスレットを押し返した。「おばさん、こんな素敵なもの……でも、高価すぎます。いただけません」「いいのよ、いいのよ。ただのブレスレットだもの、気にしないで」結衣は首を横に振って、頑として受け取ろうとしなかった。芳子も諦めるしかなかった。芳子をタクシーに乗せて見送った後、結衣はようやく家に帰った。芳子がどんな手を使ったのか分からないが、それから数日間、涼介は毎日家に帰ってきた。しかし、結衣と顔を合わせる時は、基本的に冷たい表情で、自分から話しかけることもなかった。玲奈は頻繁に電話をかけてきているようだったが、涼介は珍しく一度も出なかった。
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