author-banner
霞花怜
Author

Novels by 霞花怜

『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—

『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—

理化学研究所にblunderのレッテルを張られた被験体№28は、幽世の妖狐に餌として売られる。目の前で少年が喰われるのを見て、自分もあんな風に喰われるのだなと思った。紅と名乗った妖狐は№28に蒼という名を与えた。「君たちが喜ぶと魂が美味くなるから」と安心できる生活を与えてくれる紅を優しいと思い始める。今の生活が出来て痛い思いや辛い思いをせずに死ねるなら悪くないと思う蒼。しかし紅は蒼を特別扱いし「自分を愛してほしい」と話す。知らなかった温もりを与えてくれる紅に恋慕を抱き始める。蒼は紅を愛するために、紅への『好き』を探し始める。
Read
Chapter: 109.裁きの炎
 蒼愛は静かに大気津が溶けるのを見守っていた。 隣に立つ夜刀の気配が突然、尖った。 振り向き様に、太い針のような何かを放った。「ごめん、紅優様。結界壊した」 言われてよく見れば、空間に罅が入って亀裂が走っている。「仕方ないよ。どっちにしろ、破られていただろうから」 紅優が夜刀と共に後ろを振り返った。(結界、張ってたんだ。全然、気が付かなかった。紅優の結界術、やっぱり凄い) 神様になって結界の強度も増している気がする。 亀裂の入った結界が割れ壊れて、その向こうに気配があった。 夜刀がもう一度、クナイのような太い針を投げつける。 同時に前に走った吟呼が炎の塊を気配に向かって投げた。 炎に巻かれて姿を現したのは、蛇々だった。「あーぁ、最後に大気津の神力を回収しようと来てみれば。厄介な一団と遭遇したなぁ」 紅優の屋敷に来た時のような、悪びれない態度で蛇々がニタリと笑んだ。「用がないなら、帰ればいい。今日なら、見逃す」 夜刀が紅優と蒼愛を庇うように前に出た。「そうしたいけど、このまま帰るのもねぇ。せめて何か、手土産が欲しい所だけど」 蛇々が面々を眺めた。 スゼリに視線を止めて、目を歪ませた。「神様じゃなくなった咎人なら、殺して神力を吸い上げてもいいかなぁ。そもそも大した神力でもないけど、ないよりマシだ」 紅優が結界を飛ばして、スゼリを囲んだ。「吟呼、夜刀、スゼリを守って。世流は月詠見様に伝令を飛ばして」「心得た」「了解」「わかった」 紅優の指示に、それぞれが返事をして、前に出た。 蒼愛は蛇々の姿をじっと見詰めていた。(また、まただ。芯の時のみたいに。蛇々が僕の大事な友達を奪う) 襲撃を受け、芯が怪我をした。あの時の光景が脳裏にありありと蘇る。「もう二度と、大事な存在を傷付けさせないって、決めたんだ」 蒼愛はゆっくりと蛇々に
Last Updated: 2025-08-14
Chapter: 108.豊穣の神 大気津②
「もうやめてよ!」 スゼリが大声で蒼愛の言葉を止めた。「大気津様がこうなった理由は、僕が人間の本性を語ったせいだ。僕も悪いこと、いっぱいしてるんだ。大気津様に今更、謝ってほしいわけでも変わってほしいわけでもないんだよ」 スゼリが野椎を抱きしめる。 吟呼がそっと隣に立っていた。「……ごめん、スゼリ。僕には、大気津様が自分のことしか考えていないように思えて。自分は何も悪いことしていないって言ってるように聞こえて。自分だけが傷付いているような言い方が、腹が立ったんだ」 見下した心を隠して優しさを振りまく人間は、自分がさも良い人間であるかのように思い違いしている場合が多い。自分の言動や行動が相手を惨めにして傷付けているなんて、微塵も考えない。それが蒼愛は吐き気がするほど嫌いだった。「もしかして、自分と重ねた?」 紅優の声が降ってきて、蒼愛は顔を上げた。「蒼愛がそういう話し方をする時は、昔の自分と重ねている時だね」 蒼愛は紅優に抱き付いて頷いた。「そういう態度をとる理研の研究員が大嫌いだった。ごめん、これは僕の個人的な想いだよ。スゼリの気持ちじゃない。もし同じような想いをさせられていたなら許せないって、思っただけなんだ」「うん、わかったよ、蒼愛」 紅優が蒼愛の髪を優しく撫でてくれる。 逆立った気持ちが、少しずつ落ち着いた。「この幽世に私を押し込めたクイナの気持ちが、私にはわからなかった。今でも、わからない。何故わからないのか、わかった気がしたよ、色彩の宝石」 蒼愛はゆっくりと振り返った。 薄く開いた大気津の目が、蒼愛を見詰めていた。「きっと人間も妖怪も、好きになってほしかったのだと、思います」 紅優の言葉に、大気津の視線が動いた。「私は、どちらも嫌いになってしまった。クイナにも、私の気持ちは、わからなかったね」「相手の気持ちなど、そう簡単に理解できるものではないと、思います。たとえ、神であっても。だから知ろうと、理解しようと、歩み寄
Last Updated: 2025-08-13
Chapter: 107.豊穣の神 大気津①
 大気津に会うため、蒼愛たちはスゼリの案内で土ノ宮に来ていた。 主を失った宮は静まり返ってまるで生気がなく、宮そのものが沈黙しているかのようだった。「大気津様は瑞穂国の土の中にいる。現世みたいに亡者が死の国に逝くわけじゃないから、瑞穂国の地の底は何もない。命の源が息づいているだけの場所だよ」「命の、源?」 蒼愛が問い掛けると、スゼリが頷いた。「木の根が深くまで伸びていたり、土壌を肥沃にするための養分が流れていたり。今は大気津様が、その元になっているんだ」 土ノ宮の奥に向かい、歩いていく。 庭は綺麗に手入れされ、綺麗な花々が咲き乱れている。 しかしそれも、時が止まったかのように息を殺していた。(御披露目で会った時のスゼリは、綺麗なモノや可愛いモノが好きって自己紹介してくれたけど、大気津様の影響だったのかな) 昨日の話し振りから、スゼリは大気津が嫌いか苦手なのだろうと思ったが。 綺麗な庭の奥に建つ小さな社の扉を、スゼリが開いた。「妖怪や神様は、死んだらどこに行くの?」 蒼愛は手を繋いでくれている紅優を見上げた。「神様は滅多に死なないけど、妖怪は死んだら自然に返るよ。妖怪は基本、自然現象から生まれた者や獣から成った者が多いから。人のように体を残して死んだりはしない。体も魂ごと自然に返るんだ」 紅優がしてくれたのと似たような説明が、理研で読んだ妖怪の本にも書いてあったとぼんやり思い出した。(消えてしまうのかな。だとしたら、ちょっと悲しいな) 人のように体を現世に残して魂だけが亡者の国に逝くのと、総てが自然の一部に戻るのは、どちらが良いのだろう。 蒼愛にはまだ、わからなかった。 繋いだ手を引いて、紅優が社の中に入った。 スゼリが案内した社の中には、大きな円が掛かれている。 水ノ宮や瑞穂ノ宮の移動の間と同じような陣だった。「ここから、大気津様がいる土の中に潜る。土の中は蛇や百足みたいに暗がりを住処にする奴らの縄張りだ。アイツ等は陰湿だし、場合によっては妖怪で
Last Updated: 2025-08-13
Chapter: 106.一緒にお風呂②
(理研の研究員に、そういう人が何人かいたな。僕らを明らかに見下しているのに、親切ぶっている偽善者) bugもblunderも平等に尊い命だと説きながら、廃棄する現状に異を唱えもしない。 可哀想な命に優しくしてあげている自分に酔っている人たち。 どんなに隠しても、表情や言葉の端々に本音が出てしまうのは、蒼愛もよく知っている。(大気津様がそういう神様なんだとしたら、人に絶望して人を嫌いになって狩っちゃうの、ちょっとわかるかも) 潔癖な大気津には、侵略者の人間が、さも汚い生き物に映ったことだろう。「神様って、もっと尊敬できる性格の存在なんだと思ってた」 思わず本音が零れてしまった。 瑞穂国の他の五柱の神々は、多少癖があっても心根は優しい神様ばかりだ。 人間臭い所は、むしろ親近感がわく。 だから神様なんだと思うし、尊敬できる神様しかいない。「神様って、人間の先祖だよ。完璧なわけないじゃん。僕を見たらわかるでしょ」 真顔で言われて、蒼愛は首を傾げた。「完璧じゃないのは、わかるけど。スゼリがダメな神様だとは、僕は思わないけど」 スゼリが顔をしかめた。顰めたというより、変顔のように歪ませた。「今更、お世辞も慰めも要らないよ。僕はもう、神様じゃないんだから」「お世辞でもないし、慰めてるつもりもないよ。幽世に来てから伽耶乃様を守って、苦手な大気津様の話だって聞いて、大蛇の暴走を止めてきた。一人で頑張ってきたんだよね。僕は、凄いことだって思うんだけど」 スゼリがまた無表情になっている。 「そうなったのは、この数百年だよ。大気津様を陥れるのに蛇々と協力したり、伽耶乃のためとはいえ色彩の宝石を盗んだりしてる。充分、ダメなんだよ、僕は」 足を折って、スゼリが小さく座る。 広い湯船が、余計に広く見えた。「確かにスゼリは、悪いこともしちゃったよね。だから誰にも頼れなかった気持ちも、わかるよ」 蒼愛もスゼリと同じようにして、足を折って座った。 他者に心を
Last Updated: 2025-08-12
Chapter: 105.一緒にお風呂①
 一先ず、大気津に会いに行くのが優先、ということで、この日はお開きになった。 ゆっくりはしていられないので、一日休んで出立になったのだが。 蒼愛と紅優だけで行かせる訳にはいかないと、神々の側仕が数名、付いてくれる運びになった。 全員は多いということで、誰が同行するかを話し合ったが決まらず、結果、じゃんけんしていた。(幽世にも、じゃんけん、あるんだ) などと思いつつ見守った結果、夜刀と吟呼、世流に決まった。 三人も多い気がするが、大蛇の襲撃を警戒しているのだろう。 宴を終えた蒼愛たちは、やっと家に帰れた。 家と言っても今日から瑞穂ノ宮が住まいになる訳だが。 広間や控えの間がある表から奥に進むと、日本家屋風の屋敷が現れた。「あ! あの家、紅優の御屋敷だ」 近付くにつれ、見慣れた屋根から家屋が顕わになった。「急に場所が変わると落ち着かないから、地上の家をそのまま持って来たんだ。宮の奥にも住める場所はあるから、引っ越しは徐々にね」 紅優が蒼愛に微笑みかける。 どうやって持ってきたのかわからないが、きっと妖術なんだろう。「僕も、元の家が良い。部屋もお風呂も、同じが良い」 この国に来て、最初に暮らした、思い出が詰まった家だ。 見上げると、紅優が笑顔で頷いてくれた。 自分の部屋に一人で戻り、畳の上にバタンと横になった。(やっと帰って来られた。久しぶりに帰ってきた気がする) 淤加美の所に挨拶に行ってから、ずっと神様の宮を廻って、水ノ宮に戻る日々だった。 そう長い期間ではなかったが、蒼愛としてはとても長く感じた。(自分の家に帰ってくるって、こういう気持ちなんだ。落ち着く……) 見慣れた部屋も匂いも家具も、総てが安心する。(いつの間にか、この家が僕の家になっていたんだ。紅優と僕の家だ) 嬉しくて、ちょっと照れ臭い。 安心してウトウトしていたら、足音が聞こえてきた。「蒼
Last Updated: 2025-08-12
Chapter: 104.真実を暴く目と裁きの力③
 日美子がずっと、須勢理の隣にいてくれるのが、蒼愛には安心できた。 きっと思うところはあるだろうが、敢えて話を聞く側に徹しているのは、須勢理の居場所がなくならないように気遣ってくれているのだろうと思った。 膝の上の野椎が、頭で蒼愛を突いた。 野椎を抱き上げると、頬擦りされた。 気持ちがいいので、もきゅもきゅしながら顔を埋める。「うふふ、モフモフだぁ」 野椎を抱きながら顔をグリグリしていたら、皆の視線を感じた。「あ……、ごめんなさい。気持ち良かったから、つい」 真面目な話をしている最中なのに野椎のモフモフに癒されてしまった。 淤加美が、我慢できないといった具合に吹き出した。「構わないよ。私たちは蒼愛の笑顔に癒されるからね」「蒼愛はそれくらいでいいんだよ。深刻に受け止めると気後れするだろ」 月詠見に振られて、考えた。「皆様の期待に応えるだけの力が、今の僕にあるのか、よくわからないけど。何となく、野椎の、伽耶乃様の中にある色彩の宝石が、僕の力を引き出してくれている気がするんです」 祭祀の時も、野椎が顔に落ちてきて、目の奥の痛みが消えた。 野椎が頭をくりくりと蒼愛の顔に押し付けた。 いまいち、どこが頭だかわからないが、顔っぽい所にキスをする。「蒼愛、やめなさい。野椎だけど、それは伽耶乃様だから。伽耶乃様にキスしているのと同じだからね」 紅優に腕を掴まれて、そういえばと思った。「そっか、可愛いから、うっかりしちゃった。伽耶乃様、ごめんなさい」 小さくぺこりとしたら、野椎の方から蒼愛の唇に頭をくっ付けた。「今のは、わざとかな。わざとだったら、元に戻ってからちゃんと抗議しますからね」 紅優が野椎に凄んでいる。 蒼愛は野椎を腕に抱いた。「大丈夫だよ、今は野椎だよ。どこが口かわからないし、きっとキスじゃないよ」 蒼愛に頬擦りする野椎を何となく淤加美が眺めている。「私も竜の姿
Last Updated: 2025-08-11
仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

【エブリスタ新星ファンタジーコンテスト ハッピーエンドBL 佳作受賞】 【Amazonkindle電子書籍販売中】 『俺は最強だよ。だから嫌なんだ』 ネットの求人広告からバイトの面接に行った大学四年生の瀬田直桜は後悔した。これは怪異に関わる仕事だ。バディを捜しているという化野護には告白まがいの発言をされる。鬼の末裔のくせに邪魅に憑かれている化野が気になって三カ月だけバディを組むことに。化野という男が気になり始める。 ※リバ・TS・NTR・フリー・凌辱・レイプなど物語の展開に合わせて雑多に出てくるBLです。ご注意ください※
Read
Chapter: 番外【R18】バディの居ぬ間に②
「……桜、直桜。大丈夫ですか? わかりますか?」 護の声が、遠くで直桜を呼んでいる。  意識がふわりと浮かび上がって、目の前に護の顔があった。(護……、これも俺の妄想かな。夢かな)「護、ごめん。シーツと枕、いっぱい汚しちゃった。玩具、試したら、手枷、絡まって、動けなくなって、猿轡も外せなくて、それで」 目の前の護が崩れ落ちて脱力した。「自分でやったんですか? 誰かに強姦でもされたのかと思いましたよ」 強く唇を押し当てられて、きつく抱き締められた。(あれ? あったかい。もしかして、本物?) 気が付けば、話せる。猿轡が外れていた。手枷も頭上の留め具から外れている。「護、いつ帰ってきたの? 俺、どれくらい、このままで……」 「帰ってきたのはついさっきです。声を掛けても返事がないし、部屋にもいないし。まさか、私の部屋でこんな姿になっているなんて」 部屋の時計を眺める。  直桜が護の部屋に入ってから、数時間しか経っていなかった。「予定より早く帰ってこられて、良かった。予定通りだったら、あと二日、この状態でしたよ。一体いつから、こうなっていたんですか」 「多分、二~三時間だと、思う」 本当に良かったと思う。  あと二日、あの状態でいなければならなかったと考えると、背筋が寒くなる。「玩具、感じすぎて、怖い。護のがいい」 護の腕に掴まる。  ベッドの状態と直桜を眺めていた護の腕が、直桜の尻に伸びた。入ったまま動きを止めているアナルプラグを護の指がぐぃと押した。「ぃ!」 思わず背筋が伸びた。「こんなにシーツを汚して、何回イったんですか? 私としている時より、悦かった?」 ぐりぐりとアナルプラグを穴の中で掻き回されて、ビクビクと腰が震える。「ちがっ。護のほうが良い。今すぐ、護のちょうだい。護ので、中、ぐちゃぐちゃにして」 涙目で、護に請う。  護が薄く笑んで、ごくりと喉を鳴らした気配がした。
Last Updated: 2025-07-31
Chapter: 番外【R18】バディの居ぬ間に①
 禍津日神の儀式から数日後。直桜と護には日常が返ってきた。いつもの仕事をいつものようにこなす。今日は、仕事に行く護を直桜は見送っていた。  玄関で、護が直桜に抱き付いた。「一週間で帰ってきますから。一週間の辛抱です」 足元には大きなキャリーケースが置いてある。 今日から一週間、護には滅多にない出張が入っていた。東北地方で起きた事件の事後観察で、今回はバディの直桜ではなく清人と出掛けることになっている。 まだ直桜がバイトを始める前に清人と関わった仕事らしい。「一週間分の直桜の匂いを嗅いでおきます」 直桜の肩に顔を押し付けて、何度も息を吸っている。「一週間くらい、離れることはあっただろ。訓練の時はもっと長かったんだし」 忍と梛木にそれぞれ訓練を受けていた時は、二週間以上離れていた。「あの時は同じ地下にいたでしょ。今回は距離感が全く違います」 一階の駐車場で清人が待っているにも関わらず、護が動こうとしない。(あんまり気乗りしない仕事なのかな) 東北地方にも、霊・怨霊担当の部署がある。そこの浄化師とうまくいっていないのかもしれない。浄化師や清祓師の家系の中には、鬼の末裔である護を毛嫌いしている者もいると、以前に清人が話していた。「帰ってきたら、たまには俺が護を甘やかしてあげるから、頑張ってきなよ」 抱き付く護の頭を撫でる。こんな風に護の方からわかり易く甘えてくるのも珍しい。「私が居なくても、ご飯はちゃんと食べてくださいね。ゴミは溜めておいてもいいですが、洗濯は一回くらいはしてください。掃除は帰ってきたら私がしますから、そのままでも」 護の唇に人差し指をにゅっと押し付けた。「飯は作れないけど、それ以外の家事は俺だって、いつもしてるだろ。心配ないからさっさと行く」 いくら直桜でも、そこまで生活力がないわけではない。 護の肩を掴んで、回れ右する。 玄関の扉に手を掛けた。「作らなくても、ご飯は食べてくださいね。一週間の予定ですが、終われば早く帰ってき
Last Updated: 2025-07-30
Chapter: 第65話 平穏を得るために
 直桜の隣に座した直日神を眺める。「直日がここまで干渉するのって、珍しいね。枉津日のため?」 直日神の神力の導きがあったから、枉津日神は迷わず清人の中に入れた。直桜と護だけだったら、きっとこんなにあっさりとは終わらなかった。「あのままでは、枉津日が不憫であろうよ。しかし懸念が、ないでもないが……」 珍しく言い淀む直日神の顔を、じっと見つめる。「俗世に関わる気はなかったが。反魂儀呪とかいう者どもが執着する気持ちは、わからなくもない。枉津日は神子を成すやもしれぬぞ」「はっ?」 思わず力強い疑問符が出てしまった。「吾らは性を持たぬ神だが、人を介してなら、子を成せる」「それはつまり、枉津日は清人を恋愛的に好きで、女神に転じて清人の子を孕むかもしれないと?」 直日神が首を傾げた。「枉津日神が何故、藤埜の人間から剥がれたか、直桜は経緯を知らぬのだったな」「まぁ、詳しくはね。その頃まだ俺、産まれてなかったしね。神殺しの話もこっそり聞いた噂だし」 神殺しの鬼の存在自体が惟神には秘されるのが集落の因習だ。とはいえ、人の口に戸は立てられない。噂とは、いつの間にか広がって耳に入ってしまうものだ。 神殺しの鬼の話も、藤埜家の事情も、集落に流れる噂程度にしか知らない。「結論から話せば、清人自身が神子よ。だから、あんなにもあっさりと枉津日を受け入れた。桜谷の童の絡繰りや、吾の導きなど後押しに過ぎぬ」「え? どういうこと?」 眉間に思いっきり皺が寄っていると、自分でもわかった。「先の惟神を、枉津日は大層気に入っておった。同
Last Updated: 2025-07-29
Chapter: 第64話 枉津日神の神移し
 隣で清人を眺めていた直日神が、直桜を振り返った。「彼の名は何といったか?」 直日神の問いに、護と清人が呆気に取られている。「藤埜清人だよ。いい加減、俺と護以外の名前も覚えようよ」「ああ、今、覚えた。清人、だな。悪くない魂だ。気に入った」 直日神が護を振り向く。「護、枉津日神を直桜から剥がしてやれ。その後、吾が少しだけ手伝うてやる」「え? 今ですか? この場でやるんですか?」 護の焦りまくった問いかけに、直日神が事も無げに頷いた。「恐れずともよい。双方、整っておろうて」 直日神が立ち上がり、清人の前に立つ。 額に指をあてて、その目を見据えた。「怖いのなんのと泣き言を零しても、心は決まっておる。枉津日神を慈しむ心は揺れぬ。|己《うぬ》は充分に惟神の器よ。自信を持て、清人」「……はい。えっと、初めてなので、痛くしないでください、ね……」 直日神を見上げる清人は固まったまま、動けないでいる。「直桜」「わかった」 直日神の声を合図に、直桜は自分の腹に両手を翳した。 太い糸のような光が直桜の腹から枉津日神に繋がる。「護、これを右手で切って」「わかりました……」 緊張した面持ちで立ち上がった護が、右手を手刀のようにして太い糸を断ち切った。 解き放たれた枉津日神の体が震える。離れそうになる枉津日神の手を清人の手が握り引き寄せた。 その様を直日神が
Last Updated: 2025-07-28
Chapter: 第63話 枉津日神の行先
 ピンポーン、と普段、滅多にならないインターホンが鳴った。 誰が来たのかは、気配でわかった。「開いてるから入っていいよ、清人」 事務所の扉が開いて、清人が顔を覗かせた。「いつもはインターホン押さないのに、どうしたの? てか、傷は大丈夫なの?」 事件直後は目を覚まさず、その後も回復室で療養していたと聞いている。 清人が気恥ずかしそうに頭を掻いた。「失血し過ぎたせいで貧血だったのよ。刺され所が悪かったみたいでさぁ。格好悪い姿、見せちゃったなぁ」 ははっと笑う清人に気が付いて、枉津日神が顔を上げた。「清人! 清人か! 怪我は良いのか? 生きておるのか?」 飛び出して抱き付くと、清人の顔をペタペタ触る。 身を引きながらも、清人が枉津日神をまじまじと眺めた。「生きてますよぉ。へぇ、顕現すると、こんな顔なんだねぇ。あの日は直桜だったからなぁ」「吾が直桜の姿だったから、庇ってくれたのだったな」「そういうわけでも、ないけどねぇ」 眉を下げる枉津日神の背中に清人が腕を回す。 護に促されて、清人がソファに腰掛けた。「お初にお目に掛かります、直日神様。枉津日神の惟神を受け継ぐ藤埜家が次男、清人と申します」 清人の口から出たとは思えない真面目な挨拶に、直桜と護は身を震わせた。「ほぅ、準備をしてきおったか。藤埜の家は、枉津日神を迎える準備があると?」 直日神が清人に向かい、微笑む。 清人が半笑いで息を吐いた。「集落の五人組筆頭・
Last Updated: 2025-07-27
Chapter: 第62話 行先会議
 禍津日神の神降ろし事件から数日が経った。 枉津日神の真名の封印こそできなかったが、荒魂にされた土地神は解放され、反魂儀呪のリーダーと巫子様を引き摺りだし正体を明らかにすることには成功した。13課としては、ギリギリの成果といえる。 しかし、八張槐にとってはこの流れも恐らく予測の範疇で、計画の一部に過ぎないのだろうと考えると、直桜としては複雑な心境だった。 枉津日神は惟神を得れば、真名を戻し荒魂に堕ちることは、ほとんどない。裏を返せば惟神が必須の神だ。 現在は直桜に降りているものの、この先どうするかを考えなければならなかった。 本日は『枉津日神の身の振りを考える』という名目で、誰も来ない事務所に酒を広げ、顕現した神々と四人、正確には二柱と二人で酒を酌み交わしていた。「吾は直桜の中に枉津日がおっても良いがな。二人で酒を交わせるのは、楽しい」 表裏の神だけあって、直日神は嬉しそうだ。 時々、口喧嘩はするものの、直桜としても二柱の神を抱える状況に不満はない。 目下の問題は、枉津日神だった。「清人に会いたい。会いたいぞ、直桜ぉ」 酒が入ると、清人の名を叫びながら泣く。 直日神は面白がって放置するから、いつも護が介抱している。 今日も例に洩れず、隣で護が背中を摩っている。「約束したであろう、護。吾は約束通り、直桜を返したぞ」 枉津日神が振り返り、護をじっとりとねめつける。 護がビクリと肩を震わせた。「いや、あの、それは、そうですが。もう少し待って……」「せめて、せめて、会わせよ。清人に会わせよ」 枉津日神が護の胸倉を掴んでブンブン振り回す。 護が、されるが
Last Updated: 2025-07-26
only/otherなキミとなら

only/otherなキミとなら

『WOは脳が求める本能の恋』 慶愛大学で講師を務める向井理玖はonlyであることを隠して仕事をしている。人付き合いは当たり障りなくと毎日を過ごす理玖だが、一つだけ楽しみにしていることがある。毎日午後二時、理玖の研究室に雑用のために来る事務員の空咲晴翔との何気ないやり取りは、理玖にとって心地が良い。 新年度が始まり晴翔との距離が縮まる中で、晴翔に抱き締められた理玖が大量のフェロモンを発してしまう事件が起きる。 本人たちも気が付かないうちに大きな問題に巻き込まれる理玖と晴翔。解決を追いかける先には、思いもよらない巨悪が待ち構えていた。 ※WOバースは作者の創作です。(オメガバースの派生です)
Read
Chapter: 第194話 七不思議解明サークル②
「昨日、秋風君に? もしかして、栗花落さんのこと?」 それはつまり、秋風が今日の作戦を悩んでいた証であり、RISEのやり方に疑問を持っている証だ。 小林が眼鏡を上げながら深く頷いた。「秋風はこのままRISEにいるべきか、迷っています。だけど、抜け出せない。彼のしがらみは、髪の毛についてしまったガムよりしつこい。もしくは難易度マックスの知恵の輪です」 分かり易いが、その例えはどうだろうと思った。「小林君は昨日、秋風君にこう相談されたそうだよ。もし自分が栗花落礼音を犯してしまったら、向井先生に助けてって伝えてほしいって」 理玖が小林の話を補足してくれた。「秋風にとって、栗花落さんは大事な友達だそうです。だけど、同じくらい臥龍岡先生や圭が大事なんだそうです。味方でいたいけど、栗花落さんを巻き込むようなやり方だけはしたくないと、そう言っていました」 小林の話に、晴翔は唇を噛んだ。「臥龍岡先生なら、栗花落さんに手を出してくるだろうと、僕は考えていたけど。秋風君にとって、栗花落さんが最後の一線だったようだね」 理玖の言葉に余計、心が詰まった。 秋風もまた、自分の心を潰してRoseHouseに貢献している。「盗聴器やICレコーダーは、その為に?」 晴翔は蘆屋を振り返った。「小林君がやってみたいって、しつこいからさぁ。自分のサークル室に仕掛けるなら違法じゃないし、あくまで遊びのつもりでね。まさか今日の午前中にあの場所でセックスしたり脅迫めいた話をする人がいるなんて思わないだろ」 ふいっと顔を逸らして、蘆屋がべっと舌を出した。「ジェームズ・ボ
Last Updated: 2025-10-19
Chapter: 第193話 七不思議解明サークル①
 部屋の中に入ると、理玖と國好が待機していた。 思わず気まずくて、目を逸らしてしまった。「理玖さん、國好さん……、勝手に動いて、すみません」 歩み寄った國好が、晴翔の背中から栗花落を降ろした。「いいえ。白石襲撃に続き、大事な時に場を離れた俺の失態です。すみませんでした」 栗花落を抱きかかえたまま、國好が頭を下げた。「いえ……。國好さんが理玖さんに付いているって知っていて、俺が出ていったんです。もう少し早くに戻られていたら、俺が困ってました」 理玖に付いていた國好が晴翔を迎えに戻ってから一緒に講堂の片付けに向かう予定でいた。 タイミングとしてはギリギリだったろう。 國好が悔しそうに首を振った。「しかも空咲さんは栗花落を助けるために向かってくださった。警察官が一般人に迷惑をかけるなど、言語道断です」 國好が悔しそうに栗花落を見詰める。 栗花落の顔に理玖が手を伸ばした。「僕のフェロモンがもう少し効果があれば良かったんですが。二日も経つと流石に無理だったみたいだね」 フェロモンは短時間で単発的な効果しかないと、理玖は前に話していた。 中々フェロモンが効かなかったと話していた鈴木の言から考えれば、理玖が保険でかけた鎮静フェロモンが全く効果がなかったわけではないのだろうが。助けるには至らなかった。「俺と会う前に鈴木君のフェロモンを相当、吸わされたみたいで。その影響で栗花落さんは警官をやめてRISEに入ると、RoseHouseを守ると話していました」 國好の顔が更に悔しそうに歪んだ。
Last Updated: 2025-10-19
Chapter: 第192話 折笠の友人
 理玖に頼まれて七不思議解明サークルについて調べていた晴翔が、ギリギリ覚えていた情報。 顧問の蘆屋道行はnormalで、医学部の教授であること。 サークル長の小林裕真はonlyで、RoseHouse出身者で秋風と仲が良いこと。 その他のサークル員四名はRoseHouseとは関わりがないWOだったこと。 「どうして蘆屋先生が、ここに……」 鈴木との話し合いが終わった頃合いでやってきて、理玖に電話連絡をしていたことも。 ICレコーダーを手にしている状況も、全くわからない。 混乱する晴翔に向かい、蘆屋が指をさした。「とりあえず、ずらかるから。その子、背負って一緒に来い。この部屋、鍵かけにゃならん」「はい……」 敵なのか味方なのかも、よくわからない。 だが今は、言う通りにするしかない。 蘆屋に手を借りながら栗花落を背負うと、晴翔は部屋を出た。「俺が君らを見付けて部屋に鍵を掛ける分には問題ないんだよ。今のこの状況なら、君が俺の部屋にその子を連れてくるのも、特に問題ないだろ、多分」「はぁ……」 蘆屋がICレコーダーを晴翔に手渡した。「あの部屋はねぇ、盗聴器ついてんだよ。だから君らが何を話していたか、俺は知ってるんだけど。それを圭は知らない」「どうして、そんなもの……。七不思議解明サークルはRISEじゃないんですか?」「違うよ」 蘆屋がにべもなく否定した。「違うけど、そうでもある。だから、会話の内容は、君が望むなら向井君に内緒にするけど、どうする?」「どう、って。この状態で戻ったら、どの
Last Updated: 2025-10-18
Chapter: 第191話 七不思議解明サークル顧問・蘆屋先生
 うつらうつらと寝こける栗花落を抱いて、晴翔は困っていた。 栗花落を理玖の所に連れていけば、鈴木圭のフェロモンを中和してもらえる。 だが同時に、今起こった事態を説明しなければならなくなる。(秘密にしないと、栗花落さんがまた狙われる。今夜の約束も、話せない) とはいえ、いつまでもこの部屋にいるわけにはいかない。 第一研究棟103号室は七不思議解明サークルのサークル室だ。 DollとRISEの協力者と思われる七不思議解明サークルに関わる場所に長居は危険だ。(いくら鈴木君から仕掛けてきたとはいえ、いや、だからこそ危険か。あの得体のしれない感じ、秋風君とは違う意味で違和感だ) 晴翔が知っていた鈴木圭とは明らかに違っていた。(普段は演技で、あの感じが性根なんだろうな。臥龍岡先生にそっくりだ) 人の心の内面まで見透かしたような、その上で掌の上で転がしているような笑い方や話し方、余裕ぶった表情。人当たりが良さそうに笑いながら人を値踏みしている目。全部が気持ち悪い。 窓の外に人影を感じて、見上げた。 清掃員姿の男が背を向けて掃除をしていた。 鍵を開けて、窓を薄く開く。「今日から栗花落さんに一人、付いてくれるか。今夜は理玖さんにも手厚く。一人は俺に」 清掃員が帽子のつばを握って被り直すような仕草をした。 掃除しながら、少しずつ離れていった。(まさかSPがバレていたとはなぁ。素人だからって甘く見ちゃダメか) 理玖に危険が及ばないよう、あくまで身辺警護の意味合いで呼んだSPだ。 身分を明かす前から入れているので、理玖にも警察にも話すタイミングを失ったまま、今に至っている。
Last Updated: 2025-10-17
Chapter: 第190話 誘惑と取引③
 晴翔の腕の中で鈴木の股間に栗花落が頬擦りする。栗花落の頭を鈴木が撫でた。「さっきの話の続きですが、礼音は向井先生の側に居るだけで、僕らが期待する仕事をしてくれる。向井先生は礼音から色んな情報を引き出せたでしょう? だから敢えて手出しせず、側に居てもらおうと思ったんです」「俺たちにRoseHouseの実態を掴ませるのが、君らの目的なのか?」 鈴木が首を傾げて笑った。 その顔は可愛らしくて、とても無垢だ。 かえって怖い。「ある程度、RoseHouseについて知ってもらえないと、向井先生を引き込めないから。僕たちにとって向井先生は神で、spouseになった空咲さんは特別です。マザーは向井先生がほしいんですよ」 どくり、と心臓が下がった。 鈴木の晴翔を見下ろす目が、仄暗く染まって見えた。「でもこれ以上、礼音に無理させるのは可哀想だから。僕らは同郷の出身者を大事にします。だから、引き取ろうと思って」 栗花落の顎を上向けて、鈴木がまた深いキスをした。 自分から顔を寄せて、栗花落が鈴木の唇を吸った。 腕の中の栗花落の顔が、徐々に蕩けていく。「ぁ……、や……、きもちぃ、もっとぉ……」 栗花落の股間が硬さを増す。 晴翔は鈴木から栗花落を引き剥がした。「こんな風に快楽で支配して、頭を使わせない状態にするのが、君らの言う大事にするってことなのか? 栗花落さんは嫌々、警察になった訳でも、この事件に関わっている訳でもない。栗花落さんなりに戦ってるんだ」 自分の股間に栗花落の顔を押し付ける鈴木から、その体を奪う。 栗花落を羽交い絞めにするつもりで
Last Updated: 2025-10-16
Chapter: 第189話 誘惑と取引②
「そんな礼音だから、知ってはいけないコトまで知ってしまったんだね。『あの部屋』で、マザーにいっぱい、叱られたでしょ。だから礼音は今でも、他の子より過換気を起こしやすいんだよ。忘れなきゃいけないことまで覚えている、悪い子だから」 栗花落がひくりと肩を上げて呼吸をした。 胸を掴んで、息を止めている。 晴翔は國好がするように栗花落を抱きしめた。 奥にある長椅子に一緒に腰掛ける。(知ってはいけないコトって、人工授精やクローンのことか。栗花落さんは、自分が知ってることを秋風音也以外知らないって話していたけど、違うのか? 栗花落さんの存在に気が付いてから、調べたのか?) 鈴木の言葉はまるで、忘れさせるための折檻を『あの部屋』で行った、と言っているように聞こえる。 理玖たちと事件に関わって、心の奥底に仕舞い込んだ記憶の蓋が開いてしまったのだろうか。「あの部屋……、マザー……、怖い、痛いの、嫌だ。良い子になるから、許して……」 晴翔の腕から逃れようと、栗花落が暴れ出した。(記憶がフラッシュバックして幼児退行した時と、同じだ。記憶を抉って、わざと栗花落さんを煽ってる) よく考えれば、今日の栗花落は会った瞬間から変だった。 既に、この部屋で鈴木に何かされていたのかもしれない。(鈴木圭の特殊なフェロモン。でもそれは、理玖さんのrulerのフェロモンで防げたはず。効果なかったのか?) 晴翔は震える栗花落を鈴木から隠すように包んだ。「大丈夫だから、怯えなくていい。栗花落さんは間違ってない。RoseHouseなんか、全部忘れていい。助けてっていうのは、間違いなんかじゃないんです」
Last Updated: 2025-10-15
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status