Chapter: 第257話 本物のラスボス退治②「なら、その恩着せ、冴鳥興産も一枚噛ませていただけませんか」 隣のベッドで寝ていた冴鳥が起き上がった。 その顔を見て、理玖はビクリと肩を震わせた。 瞼が腫れまくっているし、目が潤みまくっている。 明らかに泣いていた人の顔だ。 大人になって、こんなに泣いている人を初めて見た。「ごめんなさい、全部、聞いてました。起きてたけど、僕らが混じっていい話じゃないと思って、寝たふりしてました。拓海さん、途中から涙が止まらなくなっちゃって、声を殺して泣いてました」 一緒に起き上がった深津が理玖に、こっそり教えてくれた。 立ち上がった冴鳥が秋風と栗花落の体を抱きしめた。「すまない、音也君。俺は音也君の近くにいたのに、音也君の辛さなんか、少しもわかっていなかった」「何も知らない拓海兄さんだから、俺は安心できたんだぜ」 冴鳥が秋風の額に額を合わせた。「これからは、守る側でありたいと思う。どんな場所で育とうと、音也君は音也君だから。いつも俺を助けてくれる音也君を、今度は俺が守りたいんだ」 秋風が照れ臭そうに笑んだ。 その顔に安堵が浮かんでいた。 冴鳥が晴翔に向き合った。「冴鳥興産の子会社で、病院に医療用酸素を卸している会社があります。埼玉西部は、ほぼ顧客だったと記憶しています」「藤酸素商会ですね。RoseHouse内の病院、RoseHouse Medical Centerに医療用酸素を卸してますよね。高圧酸素の液体酸素の管理も、藤さんのはずです」 さらさらと話す晴翔に、理玖は感心した。「晴翔君、よく知ってたね」「実は早い段階から調べていました。冴鳥先生の御実家が関与し
Terakhir Diperbarui: 2025-12-01
Chapter: 第256話 本物のラスボス退治① 理玖は自分の掌を眺めた。 臥龍岡から聞いた話は理玖の想像をはるかに超えて悲惨だった。(RoseHouseは子供の尊厳だけじゃない。人間の命すらも軽んじる。僕が考えていた以上に鬼畜な施設だった) 安倍晴子は夫である忠行の裏切りにより、子供に代替えの愛を求めて虐待に走った人間なんだと思っていた。 実際、始まりはそうだったんだろう。 だが、現実に今、安倍晴子がRoseHouseで行っている所業は、子供という商品を使って金を得る。命と体を売り買いする商売だ。 そのために犯す殺人に何の躊躇いもない。(人間なら持ち得るはずの命への良識なんか皆無、下手をすれば罪悪感すらない。ここまで来てしまったらもう、真実を隠し通せない) もはや組織的な犯罪だ。 それが国の認可を得た施設で行われている事実が何より恐ろしい。 壊し方を変えなければいけないと思った。「少し前にメディアで噂になっていたDollは、RoseHouseを指していたんですね。あの話はフィクションめいていたけど、あながち大袈裟でもない」 今の臥龍岡たちの話を聞いたら、大袈裟とは思えない。 むしろ、現実の方が惨い。 臥龍岡が、目を伏した。「あれは悟さんに罪を着せて殺すための前振りで流した噂でしたが、俺の真意は別にありましたよ。Dollの噂を聞いて、RoseHouse出身の子供たちや多少なりと事情を知る大人が少しでも動いてくれないか、なんてね。他力本願な願いですが」 事情を知る人間なら、噂の中身とDollという単語で、直感が働く。 自嘲気味に笑う臥龍岡を、否定する気にはなれない。(それくらい切羽詰まっていた。臥龍岡先生も鈴木君も限界だったんだろうな)
Terakhir Diperbarui: 2025-12-01
Chapter: 第255話 RoseHouseの内部事情③「MariaはWO生体研究所の治験募集で集めた女性です。身寄りがなく頼れる者もない、天涯孤独で若い女性を探して集めて、体外受精の母体に使用した。十人産んだら引退して、RoseHouseの保母として子供の世話をさせる。いわゆる終身雇用です」 臥龍岡が淡々と説明してくれた。「しかし、長生きしない人がほとんどです。連続して十人も子供を産むと年齢以上に体の老化が早まる。女性ホルモンの関係なのかわかりませんが、卵巣癌になる女性も多かった。だけど何よりは、適当な年数で殺されるんです、RoseHouseに」 臥龍岡の説明に、晴翔の顔が引き攣った。「殺されるって、どうして。出産が終わったら、解雇すればいいだけじゃないんですか?」「外に出せると思いますか? RoseHouseの中で何が行われているのか、最も熟知しているのはMariaなんですよ」 臥龍岡の鋭い目に、晴翔が言葉を飲んだ。 体外受精で産んだ子供たちを孤児と偽り、育てる。 産んでから子供たちの世話までこなすMariaは、子供たちにとり最も身近な存在だ。 RoseHouseにとっては、内部事情を最も熟知している部外者だ。「自然な死を偽装する方法はいくらでもあるけど、これまでの話を聞くに、薬で簡単に殺していたでしょうね。施設内には火葬場もあるようだ。身寄りのない人間を永代供養しても違和はない」 理玖の補足に、晴翔の顔が更に引き攣る。「秘密堅持のために、殺すんですか」「Mariaだけじゃない。研究員も、看護師も、事務も、関わるスタッフは総て。マザーにとり商品であるはずの子供でさえ、不必要になれば排除される」 臥龍岡の言葉が生々しくて、胸が詰まった。(羽生部長が言っていたのは、こういうことだ。あの場所で行われているこ
Terakhir Diperbarui: 2025-11-30
Chapter: 第254話 RoseHouseの内部事情② 理玖は素朴な疑問を臥龍岡に向けた。「お話に出てきた蘆屋先生は、もしかしなくても七不思議解明サークル顧問の蘆屋先生ですか?」 理玖の問いかけに臥龍岡が頷いた。「そうですよ。蘆屋先生は悟さんの大学の同級生で理研の同期です。悟さんより先にRoseHouseに移動になっていました」「そんで、俺と同じように折笠センセに助けられた人間の一人ってコト。結構ヤバいとこまで入り込んでた蘆屋センセを大学に出したのは折笠センセなんだってさ」 続いた佐藤の言葉に、理玖は納得の心持になった。(だから蘆屋先生は、折笠先生のために、あんなに力になってくれるんだ) 蘆屋にとっても折笠は命の恩人であっただろう。「研究員にも命を命と思わない人間が多かったですから。生体検査と称した実験で死にかけたり、実際に死んだ子供も多くいました。蘆屋先生はその中で数少ない真面な人でしたよ。居てくれて助かりました」 臥龍岡の語り口はあくまで淡々としている。「僕が思っていた以上に、RoseHouseは子供を殺していますね。normalは海外に人身売買、WOは折檻と実験で死亡、か」「いくらでも作れるから、どれだけ殺したって構わねぇんだろうね。少なくとも職員がその程度の意識だってのは、あの場所に踏み込めば嫌でもわかる」 理玖の呟きに、佐藤が吐き捨てた。 佐藤は十年前、WO生体研究所の治験でRoseHouseにボランティアに入っているから、中の雰囲気を知っているんだろう。「保母さんや保育士さんは、優しい人が多かったっすよ。特にMaria上がりの人たちは、お母さんみたいに優しくしてくれたっす」 栗花落が穏やかに語る姿に、理玖は安堵した。 R
Terakhir Diperbarui: 2025-11-30
Chapter: 第253話 RoseHouseの内部事情① あまりに酷い内容に、理玖と晴翔は唖然とした。「マザーの暴力は日常で、礼も音も俺にとっては折檻される子供の一人でしかありませんでした。だから、まさかあの礼と、こんな形で再会するとは思っていませんでしたよ。栗花落という苗字の家に養子に行った子供は何人かいたし、RoseHouseは名前被りも多いので。だから里子に出たり養子に入る時に二文字にするんですけどね」 臥龍岡が何でもない事のように語る。 晴翔を呼び出した時の鈴木も、花園礼が栗花落礼音と同一人物だと秋風に聞くまで気が付かなかったと話していた。 常時百人からいるRoseHouseの子供たちをマザーの暴力から守り続けていたのなら、頷ける発言だ。「あの一件で目を付けられた俺と礼音は、その後もマザーから不定期で折檻されました。礼音は怯えるから嬲りがいがあったのか、俺より酷い目に遭わされた。過換気が酷いのも、そのせいだと思います」 秋風が苦悶の表情で語る。 秋風に背中を摩られながら、栗花落が呼吸を整えた。 現時点で過換気は起こしていなくて、ほっとする。「でも、音也が必死に庇ってくれたから、俺は生きてるんすよ。あの時、あの部屋で聞いた会話を、もし話していたら、俺は今頃、生きてないっす」 秋風がなんとか部屋を抜け出して叶を見付けて助けを求めたのは幸運だった。 もし見つかっていたら、過剰な折檻で死んでしまったotherの女の子のように、栗花落も殺されていたかもしれない。「音也も叶大さんも蘆屋先生も、俺にとっては命の恩人っす。あの頃の叶さんは怖い人でもあったけど、RoseHouseの子供たちにとっては助けてくれる人でもあったから」 栗花落の言葉に臥龍岡が静かに目を伏した。 理玖は、栗花落がRoseHouseの実態を話してくれた一番初めから今までを思い返していた。 
Terakhir Diperbarui: 2025-11-29
Chapter: 第252話 追憶の恐怖④「違います、マザー。礼は迷い込んでしまっただけで、階段で蘆屋さんと俺で保護しました」「へぇ、そう。けど、音くんはかくれんぼしていたのよね? かくれんぼって、一人じゃ出来ないわよねぇ」 ニヤリと笑んだマザーの顔が、あまりに醜く歪で恐ろしい。 礼は蘆屋に縋り付いた。「マザー、ごめんなさ、ごめん、さい……俺、一人で、階段」 音が泣きながら呟く。 マザーが音の小さな体を持ち挙げた。「嘘を吐く子は嫌いよ。RoseHouseには、そういう子はいないはずなのよ。本当のこと、言いなさい」「俺、一人で、階段、走って、遊んで」 音の言葉を遮って、マザーがその頬を殴った。 拳で殴られた音の口から血が流れた。「噓吐きには折檻よ。正しい子になれるように教育しないとね」「俺が一緒に、遊んでました。階段で、一緒に」 体をブルブル震わせて、礼は弱々しく白状した。「ふぅん、階段、なのね。蘆屋、叶、《階段で》遊んでいたのね」 マザーの目が蘆屋と叶に向いた。「はい、マザー。音も礼も階段で発見しました」「かくれんぼじゃなくて、鬼ごっこしていたようですよ。渡辺が階段の扉を開けなきゃ、普通に病室に戻っていたでしょうね」 蘆屋が頭を掻きながら答える。「そう、渡辺がね。わかったわ。叶、礼を連れて一緒に来なさい」 音を引き摺って、マザーが歩き出した。 蘆屋から降りて、礼は叶と手を繋いだ。「ごめんな」 蘆屋が礼
Terakhir Diperbarui: 2025-11-28
Chapter: 109.裁きの炎 蒼愛は静かに大気津が溶けるのを見守っていた。 隣に立つ夜刀の気配が突然、尖った。 振り向き様に、太い針のような何かを放った。「ごめん、紅優様。結界壊した」 言われてよく見れば、空間に罅が入って亀裂が走っている。「仕方ないよ。どっちにしろ、破られていただろうから」 紅優が夜刀と共に後ろを振り返った。(結界、張ってたんだ。全然、気が付かなかった。紅優の結界術、やっぱり凄い) 神様になって結界の強度も増している気がする。 亀裂の入った結界が割れ壊れて、その向こうに気配があった。 夜刀がもう一度、クナイのような太い針を投げつける。 同時に前に走った吟呼が炎の塊を気配に向かって投げた。 炎に巻かれて姿を現したのは、蛇々だった。「あーぁ、最後に大気津の神力を回収しようと来てみれば。厄介な一団と遭遇したなぁ」 紅優の屋敷に来た時のような、悪びれない態度で蛇々がニタリと笑んだ。「用がないなら、帰ればいい。今日なら、見逃す」 夜刀が紅優と蒼愛を庇うように前に出た。「そうしたいけど、このまま帰るのもねぇ。せめて何か、手土産が欲しい所だけど」 蛇々が面々を眺めた。 スゼリに視線を止めて、目を歪ませた。「神様じゃなくなった咎人なら、殺して神力を吸い上げてもいいかなぁ。そもそも大した神力でもないけど、ないよりマシだ」 紅優が結界を飛ばして、スゼリを囲んだ。「吟呼、夜刀、スゼリを守って。世流は月詠見様に伝令を飛ばして」「心得た」「了解」「わかった」 紅優の指示に、それぞれが返事をして、前に出た。 蒼愛は蛇々の姿をじっと見詰めていた。(また、まただ。芯の時のみたいに。蛇々が僕の大事な友達を奪う) 襲撃を受け、芯が怪我をした。あの時の光景が脳裏にありありと蘇る。「もう二度と、大事な存在を傷付けさせないって、決めたんだ」 蒼愛はゆっくりと蛇々に
Terakhir Diperbarui: 2025-08-14
Chapter: 108.豊穣の神 大気津②「もうやめてよ!」 スゼリが大声で蒼愛の言葉を止めた。「大気津様がこうなった理由は、僕が人間の本性を語ったせいだ。僕も悪いこと、いっぱいしてるんだ。大気津様に今更、謝ってほしいわけでも変わってほしいわけでもないんだよ」 スゼリが野椎を抱きしめる。 吟呼がそっと隣に立っていた。「……ごめん、スゼリ。僕には、大気津様が自分のことしか考えていないように思えて。自分は何も悪いことしていないって言ってるように聞こえて。自分だけが傷付いているような言い方が、腹が立ったんだ」 見下した心を隠して優しさを振りまく人間は、自分がさも良い人間であるかのように思い違いしている場合が多い。自分の言動や行動が相手を惨めにして傷付けているなんて、微塵も考えない。それが蒼愛は吐き気がするほど嫌いだった。「もしかして、自分と重ねた?」 紅優の声が降ってきて、蒼愛は顔を上げた。「蒼愛がそういう話し方をする時は、昔の自分と重ねている時だね」 蒼愛は紅優に抱き付いて頷いた。「そういう態度をとる理研の研究員が大嫌いだった。ごめん、これは僕の個人的な想いだよ。スゼリの気持ちじゃない。もし同じような想いをさせられていたなら許せないって、思っただけなんだ」「うん、わかったよ、蒼愛」 紅優が蒼愛の髪を優しく撫でてくれる。 逆立った気持ちが、少しずつ落ち着いた。「この幽世に私を押し込めたクイナの気持ちが、私にはわからなかった。今でも、わからない。何故わからないのか、わかった気がしたよ、色彩の宝石」 蒼愛はゆっくりと振り返った。 薄く開いた大気津の目が、蒼愛を見詰めていた。「きっと人間も妖怪も、好きになってほしかったのだと、思います」 紅優の言葉に、大気津の視線が動いた。「私は、どちらも嫌いになってしまった。クイナにも、私の気持ちは、わからなかったね」「相手の気持ちなど、そう簡単に理解できるものではないと、思います。たとえ、神であっても。だから知ろうと、理解しようと、歩み寄
Terakhir Diperbarui: 2025-08-13
Chapter: 107.豊穣の神 大気津① 大気津に会うため、蒼愛たちはスゼリの案内で土ノ宮に来ていた。 主を失った宮は静まり返ってまるで生気がなく、宮そのものが沈黙しているかのようだった。「大気津様は瑞穂国の土の中にいる。現世みたいに亡者が死の国に逝くわけじゃないから、瑞穂国の地の底は何もない。命の源が息づいているだけの場所だよ」「命の、源?」 蒼愛が問い掛けると、スゼリが頷いた。「木の根が深くまで伸びていたり、土壌を肥沃にするための養分が流れていたり。今は大気津様が、その元になっているんだ」 土ノ宮の奥に向かい、歩いていく。 庭は綺麗に手入れされ、綺麗な花々が咲き乱れている。 しかしそれも、時が止まったかのように息を殺していた。(御披露目で会った時のスゼリは、綺麗なモノや可愛いモノが好きって自己紹介してくれたけど、大気津様の影響だったのかな) 昨日の話し振りから、スゼリは大気津が嫌いか苦手なのだろうと思ったが。 綺麗な庭の奥に建つ小さな社の扉を、スゼリが開いた。「妖怪や神様は、死んだらどこに行くの?」 蒼愛は手を繋いでくれている紅優を見上げた。「神様は滅多に死なないけど、妖怪は死んだら自然に返るよ。妖怪は基本、自然現象から生まれた者や獣から成った者が多いから。人のように体を残して死んだりはしない。体も魂ごと自然に返るんだ」 紅優がしてくれたのと似たような説明が、理研で読んだ妖怪の本にも書いてあったとぼんやり思い出した。(消えてしまうのかな。だとしたら、ちょっと悲しいな) 人のように体を現世に残して魂だけが亡者の国に逝くのと、総てが自然の一部に戻るのは、どちらが良いのだろう。 蒼愛にはまだ、わからなかった。 繋いだ手を引いて、紅優が社の中に入った。 スゼリが案内した社の中には、大きな円が掛かれている。 水ノ宮や瑞穂ノ宮の移動の間と同じような陣だった。「ここから、大気津様がいる土の中に潜る。土の中は蛇や百足みたいに暗がりを住処にする奴らの縄張りだ。アイツ等は陰湿だし、場合によっては妖怪で
Terakhir Diperbarui: 2025-08-13
Chapter: 106.一緒にお風呂②(理研の研究員に、そういう人が何人かいたな。僕らを明らかに見下しているのに、親切ぶっている偽善者) bugもblunderも平等に尊い命だと説きながら、廃棄する現状に異を唱えもしない。 可哀想な命に優しくしてあげている自分に酔っている人たち。 どんなに隠しても、表情や言葉の端々に本音が出てしまうのは、蒼愛もよく知っている。(大気津様がそういう神様なんだとしたら、人に絶望して人を嫌いになって狩っちゃうの、ちょっとわかるかも) 潔癖な大気津には、侵略者の人間が、さも汚い生き物に映ったことだろう。「神様って、もっと尊敬できる性格の存在なんだと思ってた」 思わず本音が零れてしまった。 瑞穂国の他の五柱の神々は、多少癖があっても心根は優しい神様ばかりだ。 人間臭い所は、むしろ親近感がわく。 だから神様なんだと思うし、尊敬できる神様しかいない。「神様って、人間の先祖だよ。完璧なわけないじゃん。僕を見たらわかるでしょ」 真顔で言われて、蒼愛は首を傾げた。「完璧じゃないのは、わかるけど。スゼリがダメな神様だとは、僕は思わないけど」 スゼリが顔をしかめた。顰めたというより、変顔のように歪ませた。「今更、お世辞も慰めも要らないよ。僕はもう、神様じゃないんだから」「お世辞でもないし、慰めてるつもりもないよ。幽世に来てから伽耶乃様を守って、苦手な大気津様の話だって聞いて、大蛇の暴走を止めてきた。一人で頑張ってきたんだよね。僕は、凄いことだって思うんだけど」 スゼリがまた無表情になっている。 「そうなったのは、この数百年だよ。大気津様を陥れるのに蛇々と協力したり、伽耶乃のためとはいえ色彩の宝石を盗んだりしてる。充分、ダメなんだよ、僕は」 足を折って、スゼリが小さく座る。 広い湯船が、余計に広く見えた。「確かにスゼリは、悪いこともしちゃったよね。だから誰にも頼れなかった気持ちも、わかるよ」 蒼愛もスゼリと同じようにして、足を折って座った。 他者に心を
Terakhir Diperbarui: 2025-08-12
Chapter: 105.一緒にお風呂① 一先ず、大気津に会いに行くのが優先、ということで、この日はお開きになった。 ゆっくりはしていられないので、一日休んで出立になったのだが。 蒼愛と紅優だけで行かせる訳にはいかないと、神々の側仕が数名、付いてくれる運びになった。 全員は多いということで、誰が同行するかを話し合ったが決まらず、結果、じゃんけんしていた。(幽世にも、じゃんけん、あるんだ) などと思いつつ見守った結果、夜刀と吟呼、世流に決まった。 三人も多い気がするが、大蛇の襲撃を警戒しているのだろう。 宴を終えた蒼愛たちは、やっと家に帰れた。 家と言っても今日から瑞穂ノ宮が住まいになる訳だが。 広間や控えの間がある表から奥に進むと、日本家屋風の屋敷が現れた。「あ! あの家、紅優の御屋敷だ」 近付くにつれ、見慣れた屋根から家屋が顕わになった。「急に場所が変わると落ち着かないから、地上の家をそのまま持って来たんだ。宮の奥にも住める場所はあるから、引っ越しは徐々にね」 紅優が蒼愛に微笑みかける。 どうやって持ってきたのかわからないが、きっと妖術なんだろう。「僕も、元の家が良い。部屋もお風呂も、同じが良い」 この国に来て、最初に暮らした、思い出が詰まった家だ。 見上げると、紅優が笑顔で頷いてくれた。 自分の部屋に一人で戻り、畳の上にバタンと横になった。(やっと帰って来られた。久しぶりに帰ってきた気がする) 淤加美の所に挨拶に行ってから、ずっと神様の宮を廻って、水ノ宮に戻る日々だった。 そう長い期間ではなかったが、蒼愛としてはとても長く感じた。(自分の家に帰ってくるって、こういう気持ちなんだ。落ち着く……) 見慣れた部屋も匂いも家具も、総てが安心する。(いつの間にか、この家が僕の家になっていたんだ。紅優と僕の家だ) 嬉しくて、ちょっと照れ臭い。 安心してウトウトしていたら、足音が聞こえてきた。「蒼
Terakhir Diperbarui: 2025-08-12
Chapter: 104.真実を暴く目と裁きの力③ 日美子がずっと、須勢理の隣にいてくれるのが、蒼愛には安心できた。 きっと思うところはあるだろうが、敢えて話を聞く側に徹しているのは、須勢理の居場所がなくならないように気遣ってくれているのだろうと思った。 膝の上の野椎が、頭で蒼愛を突いた。 野椎を抱き上げると、頬擦りされた。 気持ちがいいので、もきゅもきゅしながら顔を埋める。「うふふ、モフモフだぁ」 野椎を抱きながら顔をグリグリしていたら、皆の視線を感じた。「あ……、ごめんなさい。気持ち良かったから、つい」 真面目な話をしている最中なのに野椎のモフモフに癒されてしまった。 淤加美が、我慢できないといった具合に吹き出した。「構わないよ。私たちは蒼愛の笑顔に癒されるからね」「蒼愛はそれくらいでいいんだよ。深刻に受け止めると気後れするだろ」 月詠見に振られて、考えた。「皆様の期待に応えるだけの力が、今の僕にあるのか、よくわからないけど。何となく、野椎の、伽耶乃様の中にある色彩の宝石が、僕の力を引き出してくれている気がするんです」 祭祀の時も、野椎が顔に落ちてきて、目の奥の痛みが消えた。 野椎が頭をくりくりと蒼愛の顔に押し付けた。 いまいち、どこが頭だかわからないが、顔っぽい所にキスをする。「蒼愛、やめなさい。野椎だけど、それは伽耶乃様だから。伽耶乃様にキスしているのと同じだからね」 紅優に腕を掴まれて、そういえばと思った。「そっか、可愛いから、うっかりしちゃった。伽耶乃様、ごめんなさい」 小さくぺこりとしたら、野椎の方から蒼愛の唇に頭をくっ付けた。「今のは、わざとかな。わざとだったら、元に戻ってからちゃんと抗議しますからね」 紅優が野椎に凄んでいる。 蒼愛は野椎を腕に抱いた。「大丈夫だよ、今は野椎だよ。どこが口かわからないし、きっとキスじゃないよ」 蒼愛に頬擦りする野椎を何となく淤加美が眺めている。「私も竜の姿
Terakhir Diperbarui: 2025-08-11
Chapter: 番外【R18】バディの居ぬ間に②「……桜、直桜。大丈夫ですか? わかりますか?」 護の声が、遠くで直桜を呼んでいる。 意識がふわりと浮かび上がって、目の前に護の顔があった。(護……、これも俺の妄想かな。夢かな)「護、ごめん。シーツと枕、いっぱい汚しちゃった。玩具、試したら、手枷、絡まって、動けなくなって、猿轡も外せなくて、それで」 目の前の護が崩れ落ちて脱力した。「自分でやったんですか? 誰かに強姦でもされたのかと思いましたよ」 強く唇を押し当てられて、きつく抱き締められた。(あれ? あったかい。もしかして、本物?) 気が付けば、話せる。猿轡が外れていた。手枷も頭上の留め具から外れている。「護、いつ帰ってきたの? 俺、どれくらい、このままで……」 「帰ってきたのはついさっきです。声を掛けても返事がないし、部屋にもいないし。まさか、私の部屋でこんな姿になっているなんて」 部屋の時計を眺める。 直桜が護の部屋に入ってから、数時間しか経っていなかった。「予定より早く帰ってこられて、良かった。予定通りだったら、あと二日、この状態でしたよ。一体いつから、こうなっていたんですか」 「多分、二~三時間だと、思う」 本当に良かったと思う。 あと二日、あの状態でいなければならなかったと考えると、背筋が寒くなる。「玩具、感じすぎて、怖い。護のがいい」 護の腕に掴まる。 ベッドの状態と直桜を眺めていた護の腕が、直桜の尻に伸びた。入ったまま動きを止めているアナルプラグを護の指がぐぃと押した。「ぃ!」 思わず背筋が伸びた。「こんなにシーツを汚して、何回イったんですか? 私としている時より、悦かった?」 ぐりぐりとアナルプラグを穴の中で掻き回されて、ビクビクと腰が震える。「ちがっ。護のほうが良い。今すぐ、護のちょうだい。護ので、中、ぐちゃぐちゃにして」 涙目で、護に請う。 護が薄く笑んで、ごくりと喉を鳴らした気配がした。
Terakhir Diperbarui: 2025-07-31
Chapter: 番外【R18】バディの居ぬ間に① 禍津日神の儀式から数日後。直桜と護には日常が返ってきた。いつもの仕事をいつものようにこなす。今日は、仕事に行く護を直桜は見送っていた。 玄関で、護が直桜に抱き付いた。「一週間で帰ってきますから。一週間の辛抱です」 足元には大きなキャリーケースが置いてある。 今日から一週間、護には滅多にない出張が入っていた。東北地方で起きた事件の事後観察で、今回はバディの直桜ではなく清人と出掛けることになっている。 まだ直桜がバイトを始める前に清人と関わった仕事らしい。「一週間分の直桜の匂いを嗅いでおきます」 直桜の肩に顔を押し付けて、何度も息を吸っている。「一週間くらい、離れることはあっただろ。訓練の時はもっと長かったんだし」 忍と梛木にそれぞれ訓練を受けていた時は、二週間以上離れていた。「あの時は同じ地下にいたでしょ。今回は距離感が全く違います」 一階の駐車場で清人が待っているにも関わらず、護が動こうとしない。(あんまり気乗りしない仕事なのかな) 東北地方にも、霊・怨霊担当の部署がある。そこの浄化師とうまくいっていないのかもしれない。浄化師や清祓師の家系の中には、鬼の末裔である護を毛嫌いしている者もいると、以前に清人が話していた。「帰ってきたら、たまには俺が護を甘やかしてあげるから、頑張ってきなよ」 抱き付く護の頭を撫でる。こんな風に護の方からわかり易く甘えてくるのも珍しい。「私が居なくても、ご飯はちゃんと食べてくださいね。ゴミは溜めておいてもいいですが、洗濯は一回くらいはしてください。掃除は帰ってきたら私がしますから、そのままでも」 護の唇に人差し指をにゅっと押し付けた。「飯は作れないけど、それ以外の家事は俺だって、いつもしてるだろ。心配ないからさっさと行く」 いくら直桜でも、そこまで生活力がないわけではない。 護の肩を掴んで、回れ右する。 玄関の扉に手を掛けた。「作らなくても、ご飯は食べてくださいね。一週間の予定ですが、終われば早く帰ってき
Terakhir Diperbarui: 2025-07-30
Chapter: 第65話 平穏を得るために 直桜の隣に座した直日神を眺める。「直日がここまで干渉するのって、珍しいね。枉津日のため?」 直日神の神力の導きがあったから、枉津日神は迷わず清人の中に入れた。直桜と護だけだったら、きっとこんなにあっさりとは終わらなかった。「あのままでは、枉津日が不憫であろうよ。しかし懸念が、ないでもないが……」 珍しく言い淀む直日神の顔を、じっと見つめる。「俗世に関わる気はなかったが。反魂儀呪とかいう者どもが執着する気持ちは、わからなくもない。枉津日は神子を成すやもしれぬぞ」「はっ?」 思わず力強い疑問符が出てしまった。「吾らは性を持たぬ神だが、人を介してなら、子を成せる」「それはつまり、枉津日は清人を恋愛的に好きで、女神に転じて清人の子を孕むかもしれないと?」 直日神が首を傾げた。「枉津日神が何故、藤埜の人間から剥がれたか、直桜は経緯を知らぬのだったな」「まぁ、詳しくはね。その頃まだ俺、産まれてなかったしね。神殺しの話もこっそり聞いた噂だし」 神殺しの鬼の存在自体が惟神には秘されるのが集落の因習だ。とはいえ、人の口に戸は立てられない。噂とは、いつの間にか広がって耳に入ってしまうものだ。 神殺しの鬼の話も、藤埜家の事情も、集落に流れる噂程度にしか知らない。「結論から話せば、清人自身が神子よ。だから、あんなにもあっさりと枉津日を受け入れた。桜谷の童の絡繰りや、吾の導きなど後押しに過ぎぬ」「え? どういうこと?」 眉間に思いっきり皺が寄っていると、自分でもわかった。「先の惟神を、枉津日は大層気に入っておった。同
Terakhir Diperbarui: 2025-07-29
Chapter: 第64話 枉津日神の神移し 隣で清人を眺めていた直日神が、直桜を振り返った。「彼の名は何といったか?」 直日神の問いに、護と清人が呆気に取られている。「藤埜清人だよ。いい加減、俺と護以外の名前も覚えようよ」「ああ、今、覚えた。清人、だな。悪くない魂だ。気に入った」 直日神が護を振り向く。「護、枉津日神を直桜から剥がしてやれ。その後、吾が少しだけ手伝うてやる」「え? 今ですか? この場でやるんですか?」 護の焦りまくった問いかけに、直日神が事も無げに頷いた。「恐れずともよい。双方、整っておろうて」 直日神が立ち上がり、清人の前に立つ。 額に指をあてて、その目を見据えた。「怖いのなんのと泣き言を零しても、心は決まっておる。枉津日神を慈しむ心は揺れぬ。|己《うぬ》は充分に惟神の器よ。自信を持て、清人」「……はい。えっと、初めてなので、痛くしないでください、ね……」 直日神を見上げる清人は固まったまま、動けないでいる。「直桜」「わかった」 直日神の声を合図に、直桜は自分の腹に両手を翳した。 太い糸のような光が直桜の腹から枉津日神に繋がる。「護、これを右手で切って」「わかりました……」 緊張した面持ちで立ち上がった護が、右手を手刀のようにして太い糸を断ち切った。 解き放たれた枉津日神の体が震える。離れそうになる枉津日神の手を清人の手が握り引き寄せた。 その様を直日神が
Terakhir Diperbarui: 2025-07-28
Chapter: 第63話 枉津日神の行先 ピンポーン、と普段、滅多にならないインターホンが鳴った。 誰が来たのかは、気配でわかった。「開いてるから入っていいよ、清人」 事務所の扉が開いて、清人が顔を覗かせた。「いつもはインターホン押さないのに、どうしたの? てか、傷は大丈夫なの?」 事件直後は目を覚まさず、その後も回復室で療養していたと聞いている。 清人が気恥ずかしそうに頭を掻いた。「失血し過ぎたせいで貧血だったのよ。刺され所が悪かったみたいでさぁ。格好悪い姿、見せちゃったなぁ」 ははっと笑う清人に気が付いて、枉津日神が顔を上げた。「清人! 清人か! 怪我は良いのか? 生きておるのか?」 飛び出して抱き付くと、清人の顔をペタペタ触る。 身を引きながらも、清人が枉津日神をまじまじと眺めた。「生きてますよぉ。へぇ、顕現すると、こんな顔なんだねぇ。あの日は直桜だったからなぁ」「吾が直桜の姿だったから、庇ってくれたのだったな」「そういうわけでも、ないけどねぇ」 眉を下げる枉津日神の背中に清人が腕を回す。 護に促されて、清人がソファに腰掛けた。「お初にお目に掛かります、直日神様。枉津日神の惟神を受け継ぐ藤埜家が次男、清人と申します」 清人の口から出たとは思えない真面目な挨拶に、直桜と護は身を震わせた。「ほぅ、準備をしてきおったか。藤埜の家は、枉津日神を迎える準備があると?」 直日神が清人に向かい、微笑む。 清人が半笑いで息を吐いた。「集落の五人組筆頭・
Terakhir Diperbarui: 2025-07-27
Chapter: 第62話 行先会議 禍津日神の神降ろし事件から数日が経った。 枉津日神の真名の封印こそできなかったが、荒魂にされた土地神は解放され、反魂儀呪のリーダーと巫子様を引き摺りだし正体を明らかにすることには成功した。13課としては、ギリギリの成果といえる。 しかし、八張槐にとってはこの流れも恐らく予測の範疇で、計画の一部に過ぎないのだろうと考えると、直桜としては複雑な心境だった。 枉津日神は惟神を得れば、真名を戻し荒魂に堕ちることは、ほとんどない。裏を返せば惟神が必須の神だ。 現在は直桜に降りているものの、この先どうするかを考えなければならなかった。 本日は『枉津日神の身の振りを考える』という名目で、誰も来ない事務所に酒を広げ、顕現した神々と四人、正確には二柱と二人で酒を酌み交わしていた。「吾は直桜の中に枉津日がおっても良いがな。二人で酒を交わせるのは、楽しい」 表裏の神だけあって、直日神は嬉しそうだ。 時々、口喧嘩はするものの、直桜としても二柱の神を抱える状況に不満はない。 目下の問題は、枉津日神だった。「清人に会いたい。会いたいぞ、直桜ぉ」 酒が入ると、清人の名を叫びながら泣く。 直日神は面白がって放置するから、いつも護が介抱している。 今日も例に洩れず、隣で護が背中を摩っている。「約束したであろう、護。吾は約束通り、直桜を返したぞ」 枉津日神が振り返り、護をじっとりとねめつける。 護がビクリと肩を震わせた。「いや、あの、それは、そうですが。もう少し待って……」「せめて、せめて、会わせよ。清人に会わせよ」 枉津日神が護の胸倉を掴んでブンブン振り回す。 護が、されるが
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