國好たちが晴翔の入院先に見舞いに来た次の日は、水曜日だ。
折笠と午後二時に話をするアポを取っている。
國好と二人で行こうと思っていたら、午前中に退院した晴翔が大学に午後出勤してきた。
(昨日、話に出なかったから、てっきり忘れていると思っていたのに)
だから理玖もあえて、話題には出さなかったのに。
「今日、退院したばかりなんだから、無理しないで家で休んでいいよ」
敢えて促してみる。
晴翔が、じっとりと理玖を|睨《ね》めつけた。
「俺は忘れてませんから。ちゃんと考えてましたから。國好さんと二人だけでは行かせませんから」
どうやら、しっかり覚えていたらしい。
理玖が休めというのを見越して、晴翔も敢えて話題に出さなかったのだろうか。
「というか、皆さんは何をしているんですか?」
晴翔が大変、怪訝な顔でテーブルを眺める。
二人掛けのソファに挟まれて置かれたテーブルの上には、籠に山盛りのクッキーが置いてある。
理玖と向かい合って、國好と栗花落が座っていた。
「今日の午前中、僕は休みだったから、國好さんたちと一連の事件の擦り合わせをしていたんだよ」
本当なら理玖も昨日一日、療養休暇の予定だったが、火曜日の午前には二年生のWO講義が二限に入っている。だから休みを昨日の午後と今日の午前にずらした。
「そうですか……。クッキーは理玖さんの手作りですか?」
一目で理玖の手作りと見抜く辺り、晴翔も慣れてきたなと思う。
昨日、晴翔の見舞いから帰っても何となく落ち着かなくて、気晴らしに作ったクッキーだった。
國好たちが晴翔の入院先に見舞いに来た次の日は、水曜日だ。 折笠と午後二時に話をするアポを取っている。 國好と二人で行こうと思っていたら、午前中に退院した晴翔が大学に午後出勤してきた。(昨日、話に出なかったから、てっきり忘れていると思っていたのに) だから理玖もあえて、話題には出さなかったのに。「今日、退院したばかりなんだから、無理しないで家で休んでいいよ」 敢えて促してみる。 晴翔が、じっとりと理玖を|睨《ね》めつけた。「俺は忘れてませんから。ちゃんと考えてましたから。國好さんと二人だけでは行かせませんから」 どうやら、しっかり覚えていたらしい。 理玖が休めというのを見越して、晴翔も敢えて話題に出さなかったのだろうか。「というか、皆さんは何をしているんですか?」 晴翔が大変、怪訝な顔でテーブルを眺める。 二人掛けのソファに挟まれて置かれたテーブルの上には、籠に山盛りのクッキーが置いてある。 理玖と向かい合って、國好と栗花落が座っていた。「今日の午前中、僕は休みだったから、國好さんたちと一連の事件の擦り合わせをしていたんだよ」 本当なら理玖も昨日一日、療養休暇の予定だったが、火曜日の午前には二年生のWO講義が二限に入っている。だから休みを昨日の午後と今日の午前にずらした。「そうですか……。クッキーは理玖さんの手作りですか?」 一目で理玖の手作りと見抜く辺り、晴翔も慣れてきたなと思う。 昨日、晴翔の見舞いから帰っても何となく落ち着かなくて、気晴らしに作ったクッキーだった。
國好と栗花落が帰ってから、晴翔が布団に転がって不貞腐れていた。「あんなの、狡いです。普通に格好良い。誰でも惚れる」 國好の話をしているんだろう。 跪いて手を握る様が、まるで物語に出てくる騎士のようではあったが。「確かに格好良かったけど……。晴翔君、國好さんに惚れちゃったの?」 理玖には確実にない要素だ。 そういう部分に晴翔も惚れるのだろうか。 ゴロンゴロンしていた晴翔が動きを止めた。「今のは一般論です。俺は惚れません」 晴翔の手が伸びてきて、理玖の顎を掴まえた。「理玖さんの、こういう顔が見られるなら、ちょっと許せる」 晴翔がニコリと笑む。「こういうって、どういう?」「俺が他の人に惚れたかもって思って、不安になる顔」 顔が近付いいて、唇が触れるだけのキスをする。 理玖を見詰める瞳が妖艶で、そっちの方が何倍もドキドキした。(國好さんは騎士《ナイト》系イケメンだったけど。晴翔君は晴翔君で王子様系イケメンだからな。僕は爽やか笑顔の王子様が好きらしい。……時々、ワンコ系だけど) 理玖の乙女脳が解析を始めた。 あざと可愛い系の栗花落といい、何とも個性的だなと思う。 自分が一番、没個性だと理玖は思った。「というか、積木君はどうなったんでしょうね。佐藤と一緒に講堂に置いてきちゃったんでしょう?」 晴翔の素朴な疑問を聞いて、理玖も思い出した。「そうだった。國好さんに聞き忘れちゃった。佐藤先生は警察の協力者かと思ってたん
「僕に、どうしろと……?」 RISEなんて組織は昨日、積木に聞くまで知らなかった。 崇められているのも、初めて知った。「我々の捜査に協力をお願いしたい。向井先生の存在は勿論ですが、考察力とWOの豊富な知識は我々にとり有益です。どうか、お願いいたします」 國好と栗花落が理玖に向かい、深々と頭を下げた。 なるほど、これだけ詳細な情報を開示してくれたのはそういう訳かと納得した。「WOの知識はありますが、考察力と言われても」「真野君と話している時の先生のかくれんぼサークルの考察はお見事でした。他にも思い付いている事柄とかあったら教えて欲しいっす。先生の弁当窃盗や報告書事件についても、是非!」 栗花落が話すと無邪気に聞こえて、素直に話してあげたくなるから不思議だ。「いやでも、僕はただの研究者で講師でしかないので」「俺は反対です。今でも充分危ない立場なのに、これ以上、理玖さんを危険に晒したくない」 理玖の腕を強く掴んで、晴翔が國好に強い目を向けた。「だからこそです。我々と共に行動してくれれば、向井先生も空咲さんも、もっと近くで守れる。第一研究棟二階に常駐になりながら、空咲さんを危険に追い込んだのは、俺の失態です。申し訳ありませんでした」 國好が晴翔に向かい、頭を下げた。「もっと近くで、守らせてほしい。向井先生や空咲さんの知恵と知識を借りたい。どちらも俺の本音です」 真っ直ぐな眼差しが、晴翔に向く。 その目には、覚えがあった。十四年前、不器用にぎこちなく理玖を励ましてくれた警察官も、同じ目をしていた。 晴翔が何も言えなくなっている。 理玖は晴翔の手を握り直した。
「かくれんぼサークルの乱交集会は年に四回、バレンタイン、GW、夏休み、クリスマスに行われます。薬を使って学生に性交させて、その現場を折笠が招いた教授連中が観察し、お気に入りの愛人《ペット》を探すための集会、というのが実情です」 國好が淡々と説明した内容があまりに驚愕すぎて、理玖と晴翔は蒼褪めた。「ペットって……。それじゃまるで、報道されているDollの実情と、大差ない……」 思わず零れた理玖の言葉に、栗花落が軽く頷いた。「そうなんすよ。人身売買の闇オクとまではいかなくても、乱交集会は会員制で、参加する教授から、折笠は見物料を受け取っているはずなんす。愛人《ペット》の購入には百万以上とか、単発のセフレ《レンタル》なら一回五万以上とか、金が動いてると思うんすよね」 栗花落が困った顔で笑う。 全く笑える話ではない。「そこまで詳細がわかっていて、どうして折笠を検挙出来ないんですか? 現行犯でないと難しいんですか?」 晴翔が難しい顔で問う。「Dollは慶愛大学だけじゃない。全国の大学にかくれんぼサークルのような実態を隠した乱交サークルが存在し、各々に仕切り役《Doll》が潜伏しています。過去に検挙した大学の例を参考に折笠に狙いを定めていますが、慶愛大学での実情はいまだ掴めていません」 聞けば聞くほど、恐ろしい。 メディアの報道があながち間違っていないのが一番、恐ろしいと思った。「トカゲの尻尾きりじゃないすけど、末端の仕切り役をどれだけ掴まえても、Doll本体は止まらない。本部に関わる幹部に、俺らは辿り着きたいんす。だから慎重に捜査してんすよ」 栗花落の目から笑みが消えた。「折笠先生が、Dollの幹部だと……?」
ノックされた扉を返事しながら開く。 スーツ姿の國好と栗花落が立っていた。「体調は、如何ですか?」 部屋に入った國好が晴翔に声を掛けた。「もう全然元気です。國好さんには助けていただいて、ありがとうございました。……恥ずかしい姿も、見られちゃいましたね」 晴翔が恥ずかしそうに目を逸らした。 服で隠れていたとはいえ、興奮剤でガチガチに勃起している姿を見られたのだから、晴翔としては恥ずかしいんだろう。「健康に支障がなければ、何よりです」 前から思っていたが、やはり國好の話し方は業務的で淡白だなと思う。 今の晴翔には、有難いだろうが。 椅子を勧めたが断られた。 むしろ理玖が座るよう、手で勧められた。 仕方なく、理玖は椅子に腰を下ろした。「それにしても、随分立派な個室っすねぇ。検査入院なんすよね?」 栗花落が部屋の中を見回して感心した。 それについては、理玖も昨晩から思っていた。 一泊二日の検査入院にしては、広いし綺麗で豪華な個室だ。 通常なら、四人部屋か二人部屋を勧められそうなパターンに思う。「いや、まぁ。空き部屋の問題というか。それより、御二人は、お見舞いに来てくださったんですか?」 晴翔があからさまに話題を切り替えた、ように見えた。「昨日の事件がありましたので、御二人には多少、お話を聞かなければいけません。その前に、俺たちの話をしないといけないので、お見舞いに来ました」 栗花落が大きな果物の籠を理玖に手渡した。 お見舞い品の定番中の定番だ。本物は初めて見たなと思
「それこそ、RISEの本拠地に連れて行ったのかもね。薄暗い部屋、ぼんやりした灯にゆっくりした一定間隔の音。外部の刺激を極力なくして、同じ場所に何日も閉じ込めると、人は思考力が低下する」「かくれんぼサークルのヤリ部屋みたいな?」 晴翔の問いに理玖は頷いた。 ヤリ部屋という表現が、何とも生々しい。「睡眠を出来る限り削り、食事を少なめに、特に糖質を減らして更に思考力を削ぐ。その環境で、二人にとって心地よい言葉だけを与え続ける。例えば……、好きな気持ちを隠さなくていい。空咲さんと恋人になれる方法がある、とかね」 晴翔が、ぐっと息を飲んだ。「心地の良い言葉とセットで、RISEの理念を教え続ける。WOは至高の存在、normalは愚物、onlyはotherの子供を産むべき。WO同士なら好きになっていい。……積木君の話から抜粋すると、そんな感じかな」 晴翔の顔が蒼褪めた。「思考を低下させた状態で、二人の気持ちや本音を聞き出して、RISEの理念と共に心地よい言葉を与え、行動を促す。成功例が、晴翔君を襲った白石君なんだろうね」 自分で話していても、吐き気がする。 人間の自由意思を奪ってまで子供を産ませて人口を増やそうとするやり方が、気持ち悪い。そこまでしてWOを増やして、何がしたいのだろう。「白石君が、俺を想ってくれていたなんて、全然気が付かなかった。それどころか俺にとっては、大勢いるバスケ部員の一人でしかなくて。真野君みたいによく話すわけでもなかったから、むしろ印象の薄い子でした」 晴翔が後悔した顔で俯いた。「もっと話し掛けていたら、何か違ったのかな」 理玖は手を伸ばして晴翔の頭を撫でた。「学生全員と話ができるわ