only/otherなキミとなら

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last updateDernière mise à jour : 2025-09-03
Par:  霞花怜Mis à jour à l'instant
Langue: Japanese
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『WOは脳が求める本能の恋』 慶愛大学で講師を務める向井理玖はonlyであることを隠して仕事をしている。人付き合いは当たり障りなくと毎日を過ごす理玖だが、一つだけ楽しみにしていることがある。毎日午後二時、理玖の研究室に雑用のために来る事務員の空咲晴翔との何気ないやり取りは、理玖にとって心地が良い。 新年度が始まり晴翔との距離が縮まる中で、晴翔に抱き締められた理玖が大量のフェロモンを発してしまう事件が起きる。 本人たちも気が付かないうちに大きな問題に巻き込まれる理玖と晴翔。解決を追いかける先には、思いもよらない巨悪が待ち構えていた。 ※WOバースは作者の創作です。(オメガバースの派生です)

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Chapitre 1

第1話《4/11㈮》人気者 

 また四月になった。

 突風が少しずつ柔らかくなって、頬を冷やす空気が暖かに変わっていく季節。

 この時期が、理玖はあまり好きではない。

 いつものように大学の門をくぐる。

 やけに賑やかだと思ったら、バスケ部が朝練していた。向かいのコートにはサッカー部もいる。新入生に声を掛ける学生の姿も見られた。

(そういえば、この時期は色んな部活が新入生をスカウトしているって空咲君が話していたっけ)

 慶愛大学は他校に比べ部活動が盛んなイメージだ。水球部が特に有名で、全国大会でも上位に入り、よく取材されている。

 その他にもボート部やバスケ部、科学実験部やロボット部がテレビ取材を受けていた。

 一際大きな歓声が上がって、理玖は目を向けた。

 バスケのコートでゴールを決めた男性が、部員たちとハイタッチしている。聞こえた歓声は取り巻きの女子たちだったらしい。

 上着を脱いだスーツ姿で学生と笑顔でハイタッチする男性は、明らかに学生ではない。

 立ち止まって眺めていた理玖と目が合って、男性がスーツの上着を片手に小走りに駆け寄った。

「|向井先生、おはようございます。今、ご出勤ですか?」

 爽やかな笑顔に少々の汗を滲ませる彼は、空咲晴翔。大学事務員だ。

 イケメンで明るく優しい、絵にかいたような王子様キャラで、学生たちには男女問わず人気がある。

「おはよう、空咲君。学生さんより目立っていたよ」

 歩き出した理玖に合わせて、晴翔も歩き出した。

「バスケ部の部員が朝練遅刻で人が足りないっていうから、助っ人に入ってました。バスケとか久々で、筋肉痛になりそう」

 腕を回しながら笑顔で語る晴翔を、ちらりと眺める。

「君だって最近まで学生だった歳でしょ。僕と違って、まだまだ大丈夫だよ」

 晴翔は確か二十四歳、慶愛大に就職して二年目の職員だ。

 理玖と同じで去年の就職だったと記憶している。

「先生だって、歳なら俺と変わらないでしょ。見た目で言ったらきっと、俺より学生さんに見えますよ」

 自覚があるだけに何も言えない。

 理玖は二十七歳で晴翔の三つ年上だが、童顔と低身長のせいで、いまだに学生に間違われる。

(でも三つ年上! 僕の方が三つも上だから! もうすっかり大人だから! ちょっとは大人っぽく見えるように、眼鏡だってしてるのに)

 心の中で強く抗議する。

 何となく、眼鏡を押し付けて、表情を引締めた。

「俺がゴール決めた瞬間、見てくれました? 格好良かった?」

 そんな理玖の心情など全く気が付かない晴翔がワクワクした顔で、理玖を見詰める。

「瞬間は見てないけど、皆とハイタッチしている姿は見たよ」

 相変わらず人気者で囲まれているね、とは思っても言わない。

 誰にでも好かれる晴翔がわざわざ理玖に声を掛けてくる理由も、いまいちよくわからない。

 目を逸らした理玖の前に、晴翔が手を出した。

「じゃ、向井先生ともハイタッチ」

 さっきと同じようにワクワクしながら手を出してくる晴翔に嫌とも言えない。

 大きな手を眺めながら、理玖はほんの少しだけ、指先だけで触れるようなタッチをした。

「朝からお疲れ」

 眼鏡を上げながら短く声を掛けると、研究棟二階の、自分の研究室に向かう。

「今日も午後の二時に先生の部屋に行きますね! 今日はウォーターサーバーの水が届くはずなんで!」

 手を振る晴翔を横目にして、小さく頷く。

 晴翔は反対側の事務職員の控室に走って行った。

 自分の部屋に入り、扉を閉める。

 理玖はその場に蹲った。

(さ……、触っちゃった! 晴翔君の手に、自分から触っちゃった!)

 心臓が口から出るんじゃないかと思うくらい、ドキドキしている。頻脈で心室細動でも起こしそうだ。

 若干、汗ばんだせいか、眼鏡がずり落ちた。

(あの流れで触らない方が不自然だ。感じの悪い奴にはなりたくない。何より、変な断り方してバレたら、マズい)

 自分の手を眺める。

 触れた右手が、小さく震えていた。

(特に意味なんかない。誰とでも同じようにするハイタッチだ。只の無意識だ。晴翔君はonlyでもotherでもない。きっとnormalだから)

 他者との些細な触れ合いを恐れたりしない。

 誰とでも普通に触れ合える。

 好きになった相手に素直に好きと言える性の持ち主だ。

「僕とは、違う。僕が好きになっちゃ、いけない人だ」

 onlyの自分が近付いて良い相手ではない。

 絶対に迷惑をかける。

(今のままの距離感で、何となく仲良しな職場の人同士でいられたら、それでいい)

 この距離感が崩れないように、毎日晴翔の笑顔が見られたら、それでいい。

 心の奥に小さく芽吹く想いが咲かないように、理玖は目を閉じた。

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第1話《4/11㈮》人気者 
 また四月になった。 突風が少しずつ柔らかくなって、頬を冷やす空気が暖かに変わっていく季節。 この時期が、理玖はあまり好きではない。 いつものように大学の門をくぐる。 やけに賑やかだと思ったら、バスケ部が朝練していた。向かいのコートにはサッカー部もいる。新入生に声を掛ける学生の姿も見られた。(そういえば、この時期は色んな部活が新入生をスカウトしているって空咲君が話していたっけ) 慶愛大学は他校に比べ部活動が盛んなイメージだ。水球部が特に有名で、全国大会でも上位に入り、よく取材されている。 その他にもボート部やバスケ部、科学実験部やロボット部がテレビ取材を受けていた。 一際大きな歓声が上がって、理玖は目を向けた。 バスケのコートでゴールを決めた男性が、部員たちとハイタッチしている。聞こえた歓声は取り巻きの女子たちだったらしい。 上着を脱いだスーツ姿で学生と笑顔でハイタッチする男性は、明らかに学生ではない。 立ち止まって眺めていた理玖と目が合って、男性がスーツの上着を片手に小走りに駆け寄った。「|向井先生、おはようございます。今、ご出勤ですか?」 爽やかな笑顔に少々の汗を滲ませる彼は、空咲晴翔。大学事務員だ。 イケメンで明るく優しい、絵にかいたような王子様キャラで、学生たちには男女問わず人気がある。「おはよう、空咲君。学生さんより目立っていたよ」 歩き出した理玖に合わせて、晴翔も歩き出した。「バスケ部の部員が朝練遅刻で人が足りないっていうから、助っ人に入ってました。バスケとか久々で、筋肉痛になりそう」 腕を回しながら笑顔で語る晴翔を、ちらりと眺める。「君だって最近まで学生だった歳でしょ。僕と違って、まだまだ大丈夫だよ」 晴翔は確か二十四歳、慶愛大に就職して二年目の職員だ。 理玖と同じで去年の就職だったと記憶している。「先生だって、歳なら俺と変わらないでしょ。見た目で言ったらきっと、俺より学生さんに見えますよ」 自覚があるだけに何も言えない。 理玖は二十七歳で晴翔の三つ年上だが、童顔と低身長のせいで、いまだに学生に間違われる。(でも三つ年上! 僕の方が三つも上だから! もうすっかり大人だから! ちょっとは大人っぽく見えるように、眼鏡だってしてるのに) 心の中で強く抗議する。 何となく、眼鏡を押し付けて、表情を引締めた。
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 支度を整えて白衣を纏うと、講義の準備を始める。 今日は新入生への最初の授業だ。 理玖が担当する『内分泌内科・第二の性WO』の授業も、今日から新たにスタートする。 コンコン、と部屋の扉がノックされた。「どうぞ」 短く返事すると、案の定入ってきたのは准教授の折笠悟だった。「おはよう、向井君。今年も大学に残ってくれて、嬉しいよ」 歩み寄った折笠が理玖の肩に手を掛けた。 無意識に体が一歩後ろに下がった。 折笠は常に距離感が近い。パーソナルスペースを無視した接近をしてくるので、苦手だった。「いえ、理研からの辞令ですから。折笠先生が希望してくださっていたのは、知っていますけど」 希望というか、ゴリ押しに近いだろうなと思っていた。 国立理化学研究所・自然科学科健康増進室に勤務している理玖を慶愛大学に呼んだのは、折笠だ。折笠悟は元々、理研の職員で、新人の頃に世話になった先輩だ。 慶愛大学の准教授に就任してからはラブコールが絶えず、断り続けていたら理研側から手を回してきた。 理研も渋々といった具合に理玖の一年の出向を決めた。 一年だった出向の予定が三年まで延長になったのも、折笠が手を回したのだろうと思った。(どういう手段を使ったのか知らないけど。まぁ、理研に居た頃より良い条件で研究させてもらえているから、場所なんかどこでも構わないけど) 理玖としては、目下の問題は折笠悟自身だ。 とにかくしつこいし、距離が近い。 何より厄介なのは。「俺はnormalだから、向井君に触れても発情しないよ。そんなに気にしなくていいと思うけどな」 折笠が、理玖の肩から放した手を大袈裟に上げた。「抑制剤は飲んでいますから、フェロモンも絞られてます。onlyの性的興奮フェロモンで発情するotherにも個体差がありますから」 毎回毎回、同じように触れて同じような会話を振ってくる折笠が苦手だ。 理玖がonlyであると知られているのも、弱みを握られているようで嫌だった。「薬品関連は向井君の方が専門だね。論文は順調? 次の学会はゲストで呼ばれているって聞いたけど」 折笠のいう学会は国際WO研究会の定期学会だ。国際WO連盟が主催する学術会であり、WO関連学会の中で最も規模が大きく、名を連ねる専門家の数も多い。理玖も連盟に所属している。 今年は日本で開催されるため、
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第8話 空咲晴翔の苦悩
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