Chapter: 第11話 覚悟の再会「――今日は、ありがとうございました」カフェを出てすぐに、僕は理沙さんに礼を言った。彼女に話したことで、心が軽くなった気がする。「どういたしまして。もし、また何かあったら言ってください。相談に乗りますので」と、彼女はにこやかに言った。僕は笑顔でうなずいた。友人はある程度いるけれど、この手の話はできないから、本当にありがたい。彼女と別れ、僕は真っ直ぐ帰宅した。日時が決まったら連絡するという彼女の言葉に、胸が躍る。「……そんなに会いたいなら、会いに行けっての」自嘲しながら、そんな事をつぶやく。でも、篝火には《《行けない》》。『行きたくない』ではなく、『行けない』のだ。相沢さんに会ってしまったら、胸の中に溜まるどす黒い感情をぶつけてしまうだろう。彼の仕事中であれ、関係なくだ。それが、僕は嫌だった。彼の仕事中の姿が好きだからこそ、邪魔はしたくない。「拗らせてるな……」ため息とともにつぶやく。会いたくない、触れたい、触れてほしい。でも、会いたくない。そんな想いが、堂々巡りのように脳内を駆け巡る。「相沢さん……」虚空に消える声音は、どこか甘えるような切ない響きに聞こえた。こんなに誰かに恋焦がれたのは、何年ぶりだろう。それも、追い縋る恋だなんて、もしかしたら初めてかもしれない。「――っ!」彼の事を考えていると、腹の奥がズクンと疼き始めてしまった。どうしてと思うより早く、僕は自身に直接触れる。「ふっ……あっ!」知らず知らずのうちに、彼の指使いを再現していたのだろう。思わず声が漏れてしまった。こうなってしまうと、欲望を抑えることができなくて。僕は、本能のまま自身をしごき、後ろの窄まりに指を入れる。(相沢、さん……相沢さん、相沢さん、相沢さん……!)彼の
Last Updated: 2026-04-22
Chapter: 第10話 恋愛相談カフェに到着した僕達は、店内の奥にある席を選んだ。周囲に他の客の姿はなく、相談事をするにはうってつけだった。とはいえ、本当に彼女に相沢さんとの事を話してしまっていいのかどうか、今更ながらに悩んでしまう。注文を取りに来た店員に、理沙さんは紅茶とイチゴのパフェを、僕はコーヒーをそれぞれ注文する。「……それで、相馬さんは、何を悩んでるんです?」店員の気配がなくなってから、理沙さんがたずねた。「それは……」口ごもる僕に、理沙さんは肩をすくめて、「まあ大方、相沢先輩との事なんだろうけど」と言った。「え……どうして、それを……?」僕は、警戒するようにたずねた。「いやー、二人を見てれば、なんとなくわかりますよ。それに、あの人、昔から浮いた話でトラブってたし」「え、昔から……?」僕がそう口にした瞬間、注文していた商品が運ばれてきた。「ごゆっくりどうぞ」と店員が離れると、理沙さんはきらきらと茶色の瞳を輝かせる。「わあ、美味しそう! いっただっきまーす!」と、パフェに口をつける。満面の笑みでパフェを頬張る彼女を見ながら、僕もコーヒーに口をつけた。「……それで、相沢さんが、昔から浮いた話でトラブってたっていうのは?」「私、相沢先輩と同じ高校だったんです」理沙さんは、パフェに向けていた視線を僕に向けて言った。相沢さんは、昔からかっこよくて、男女ともに人気があったらしい。告白された数も多かったそうだ。理沙さんも、彼に告白した生徒の中の一人だったようで。「まあ、それは置いといて。当時は、結構、押しに弱い方だったんじゃないかな? 断りきれずに、同時に複数の女子と付き合ってたみたいですよ。結局、それもバレちゃって、ほとんどの女子から無視されるようになったみたいですけど」「そう、だったんだ……。だから、恋人は作らないなんて……」僕がつぶやくと、「え……先輩、そんな事、言ってたんですか?」
Last Updated: 2026-04-15
Chapter: 第9話 恋に気づいてよそよそしい彼の作り笑いが、仕事中も脳裏にこびりついて離れない。忘れようとして、ジムで汗を流す。けれど、彼の低く甘い声が、耳の奥にこだまして、忘れさせてくれない。自宅に帰ってからも、彼の幻影は消えてはくれなかった。『佳晴さん』ふいに、彼の甘えるような声音が蘇る。「……っ!」劣情を抱えた僕は、窄まりにも手を伸ばす。彼の手つきを再現するように動かすけれど、どこか物足りない。「相沢、さんっ……!」僕は、少し強引に欲望を吐き出す。すっきりしたはずなのに、どろりとした熱は燻ったままだ。「どんな呪いだよ……まったく」つぶやいて、ため息をついた。相沢さんを知りたいし、抱かれたい。けれど、それ以上に、彼と一緒にいたいと願うようになっていた。色褪せた平日がすぎ、楽しみにしていたはずの土曜日。僕は、ベッドに横になり、天井を見上げていた。当然のように、考えるのは相沢さんの事で。(……逃げてちゃだめだよな)頭ではわかっていても、動けない。先に進みたいのに、今の関係を壊したくない。有り体に言えば、傷つきたくないのだ、僕は。思えば、あずさと交際している時もそうだった。何か大きな決断をしなければいけない時は、大抵、あずさが決めていた。彼女に丸投げしていたと言ってもいい。彼女と別れる時だってそうだ。切り出すのは、いつも彼女からで。「……あの頃から、変わってないな」ぽつりとつぶやき、何も変わっていない自分に嫌気が差す。うじうじしている自分を、変えたかったのではなかったか。本気で、幸せになりたいと思ったのではなかったか。「そんなの、幸せになりたいに決まってる!」問い詰めるような理性の問いかけに、僕は当然とばかりに言い放った。それで、思い出した。相沢さんと体を重ねた理由を。『幸せじゃない状態』から抜け出す事――それが、彼に抱かれた理由だ。「――も
Last Updated: 2026-04-08
Chapter: 第8話 爛れた週末翌日。体のだるさを引きずりながら、僕は目が覚めた。窓からは、相変わらず暖かな日差しが差し込んでいる。ふと横を見ると、相沢さんがかすかな寝息を立てている。(……きれいだよな)彼の寝顔を見ながら、僕はそんな事を思った。穏やかな寝顔を見ていると、昨夜の激しさが嘘のようだ。僕は、何の気なしに彼の髪をなでる。さらりとした質感がとても心地よくて、ずっと触っていたくなる。「ん……よしはる、さん……?」ぽやっとした顔で、相沢さんがつぶやく。「あ、おはよう。ごめん、起こしちゃった?」邪魔をしてしまったと思い、僕はすぐに謝罪した。「ううん。もう少ししたら、起きようと思ってたから」相沢さんはそう言って、ふぁ……とあくびをする。「そっか、じゃあ……」と、僕がベッドから出ようとした時だった。「えー? まだいいじゃん」相沢さんに、ベッドの中に引きずり込まれてしまった。「ち、ちょっと……相沢さん!」彼の腕から逃れようと、僕は必死にもがいた。「暴れるなって。《《気持ちいい事》》、しよ?」そう言って、彼は僕に口づける。(……ずるいって。キスされたら、スイッチ入っちゃうよ)そんな事を考えながら、僕は彼を受け入れていた。「ふ……ぁ……んぅ……」優しいキスに、自然と吐息が漏れる。舌を絡め、歯をなぞられ、甘い刺激が僕の体を熱くさせる。ベッドの中で、互いのぬくもりを確認する。興奮しているのか、彼の肌も火照っている。「ん゛っ!?」いきなり、相沢さんに腰を引き寄せられた。今までよりも深いキスに、僕はくぐもった
Last Updated: 2026-04-01
Chapter: 第7話 カクテルが二人の合図自宅に戻った僕は、しばらくの間、自室でぼうっとしていた。『次の土曜日の夜に』という彼の言葉と、手の甲に触れた唇の感触が忘れられない。あの後、僕達が体を重ねることはなかった。とはいえ、緩い愛撫がエスカレートしないわけもなく、僕は彼を求めた。でも、自分でセックスはしないと言ってしまった手前、それを口にすることはできなかった。視線で察したのか、相沢さんは「あんな事、言わなきゃいいのに」なんて言いながら、僕の股間に顔を近づけ、僕自身を口に含む。そのまま口でされて、達してしまった。それが、今から三十分ほど前の事だ。「次の土曜日、か……」カレンダーを見る。無意識に数えて、土曜日までが長いなんて思ってしまう。まさか自分が、ここまで心待ちにしているだなんて思っていなかった。これではまるで、ホストに入れ込む女性客みたいだ。「同性と、こんな関係になるだなんてな……」乾いた声で自嘲する。昔の自分からは、本当に考えられない事だった。体を重ねるのは、好きな人とだけと考えていた。それなのに――。「――っ!」先ほどまで触れていた彼の指の感覚が、鮮明に思い出され、僕は一人、声を殺して悶える。無意識に手が下半身に向かい、自身に直接触れた。彼の手の動きを再現するように動かす。(ぁ、やば……。気持ち、いい……!)自分の体が作り替えられたことに、戸惑いはある。けれど、それ以上に、彼に教え込まれた快感が忘れられない。幸せを感じられるなら、体だけの関係でも悪くないとさえ思えてくる。翌日から、日課だった篝火通いを土曜日だけにした。マスターと理沙さんに、何かあったのかとたずねられ、適当に誤魔化す。相沢さんとの待ち合わせだなんて、さすがに言えない。仕事に戻る理沙さんと入れ違いに、相沢さんがやってくる。「佳晴さん、いらっしゃい」彼の爽やかな笑顔に、僕の胸は高鳴り、腹の奥が疼く。「…&hel
Last Updated: 2026-03-25
Chapter: 第6話 暗黙の契約暖かく眩しい日差しにあてられて、僕は目を覚ました。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。寝ぼけ眼で室内を見回す。相沢さんの部屋だという事を思い出すのに、数秒ほどかかった。でも、肝心の彼の姿がない。(どこに行ったんだろう……?)疑問に思い、起き上がろうと寝返りを打つ。体がだるい。昨夜の記憶が、恥ずかしさとともに蘇る。でも、不思議と嫌なものではなかった。「あんなに気持ちよかったのは、久しぶりかもな」ぽつりと、本音が口から漏れた。ベッドから出ようとして、布団の感触に苦笑する。確認するまでもなく、素っ裸だ。相沢さんに抱かれた後、そのまま眠ってしまったのだろう。一応の確認をすると、僕の体はきれいに清められていた。(こういう事なのかな、あずさが言ってたのって)ふと、一人の女性の姿が脳裏に浮かぶ。近藤あずさ。五年前に別れた元恋人だ。大学時代に知り合い、意気投合して付き合い始めた。交際自体は順調に続いていたけれど、彼女は少しずつ不満を溜めていたらしい。「貴方の気遣いのなさに呆れたの」という、別れ際の彼女の言葉が、耳の奥に蘇る。僕としては、あずさを気遣っているつもりだった。でも、彼女としては、何か違うと感じていたのだろう。僕は、小さくため息をついて服を着る。過去を思い出したところで、どうしようもできないのはわかっている。それでも、相沢さんの細やかな気遣いに触れると、自分の不甲斐なさを突きつけられる。僕は、もう一度ため息をついて、ベッドに腰かけた。克服したと思っていたのに、まだ彼女のことを引きずっている。そんな自分が、本当に幸せになってもいいのだろうか。暗い疑問が、僕の心に影を落としていると、部屋の扉が開いた。「なんだ、起きてたのか。いつまで経っても来ないから、エロい事して起こそうと思ったのに」と、相沢さんがいたずらっ子のような笑みを浮かべている。「相沢さん……。おはようございます」と、笑顔を向けるけれど、上手く笑えている自信がない。「おはよう。どうしたの? そんなに落ち込んで」心配そうに言いながら、相沢さんは僕の隣に腰を下ろした。「あ、いえ……ちょっと、昔の事を思い出してしまって……」僕は、苦笑しながら告げる。「そっか。じゃあ、俺が忘れさせてあげる」相沢さんはそう言うと、僕の頬に優しく触れた。「え……?」相沢さんの方へ顔を向けると、彼
Last Updated: 2026-03-18
Chapter: 第42話クリスマスパーティーも無事に終わり、僕と本宮さんの結婚は親公認になった。それはさておき、年末くらいはと、家族水入らずですごしていた。とはいっても、ムーンリバーの営業があるから、クリスマスが終わってすぐにというわけにはいかなかったけれど。ムーンリバーの年末年始の休みは、12月29日から1月3日までだ。26日から29日の4日間、修行も兼ねて、カウンター内に立たせてもらった。僕が淹れたコーヒーは、お客さんからの評判もよく、受け入れてもらえたような気がした。「優樹は、初詣はどうするんだ? 一緒に行くか?」大掃除後、リビングでくつろいでいると、父さんからたずねられた。「どうしようかな?」言いながら、僕はスマホでカレンダーを確認する。元旦の予定は、何も記されていない。「おや、本宮と行くんじゃないのかい?」と、母さんがキッチンから戻ってくる。その手には、焼きたてのクッキーが入った大皿があった。「いや、まだどうするか、相談してなくてさ」肩をすくめて、僕は言った。ここ数日間、修行と勉強とで、それどころではなかった。初詣の話はおろか、本宮さんとの連絡もあまりできていない。僕のわがままで、冬休み中の彼の授業は、なしにしてもらっていた。バリスタの実践修行に専念したかったからだ。「あたしたちのことは気にしなくていいから、行ってきな。『恋人』として行けるのなんて、あと何回もないんだから」と、母さんが言った矢先のことだった。スマホが着信を報せる。確認すると、一緒に初詣に行こうという本宮さんからのお誘いだった。僕は、すぐに『行く』とメッセージを返す。忘れないように、スマホのカレンダーにも入力した。* * * *わくわくしながら年越しを待つ。こんなに待ち遠しいのは、もしかしたら、幼い頃以来かもしれない。新年を迎えてから寝るのが、毎年恒例になっていた。でも、今年は早めに寝ることにした。そわそわしてなかなか寝つけなかったけれど、いつの間にか眠っていたらしい。スマホのアラームで目が覚め
Last Updated: 2025-12-24
Chapter: 第41話「ああ、そうだな。でも、そろそろ来るんじゃないか?」と、本宮さんが言った。どうやら、片桐さんから連絡があったらしい。「そうかい。お昼からの予定なのに、みんな早く集まるんだねえ」と、母さんが呆れたように言った。言葉とは裏腹に、明るい笑顔を浮かべている。口ではあんなことを言っていても、母さんも楽しみにしているようだ。「あれ? 昌義さん、お寿司ってこれだけ?」僕は、昌義さんにたずねた。ラザニアを置いたテーブルの上に、寿司桶が置いてある。けれど、人数分より少ないように見えた。「ちゃんと人数分あるよ」そう言って、本宮さんは僕の後ろを指さした。振り向くと、向かい側のテーブルに先ほど見た寿司桶と同じものが置いてあった。「3人分のを2つ買ってきてくれたんだって」と、母さんが補足する。僕は、なるほどと納得する。同時に、さすがだと思った。ここで今日のことを決めた時には、そこまで詳しくは決めていなかったからだ。僕が本宮さんのことを惚れ直していると、「優樹」と、父さんに声をかけられた。僕は無言でうなずく。人数はまだ揃っていないけれど、そろそろ準備した方がいいということだろう。カウンター内に移動した僕は、道具を準備して深呼吸をする。心を落ち着かせてから、コーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。コーヒーを淹れていると、ドアベルが来客を告げた。「メリークリスマース!」という元気な声とともに、遼が大きな箱のようなものを抱えて入ってくる。その後ろから片桐さんがやってきた。「いらっしゃい、メリークリスマス」と、父さんが応える。僕、母さん、本宮さんもそのあとに続いた。「あれ? 今日は、優樹君がカウンターに?」片桐さんが、疑問を口にする。「ああ。店を継いでくれるらしくてね、その修行というわけさ」と、父さんが答えた。正直なところ、どう言えばいいのかわからなかったから
Last Updated: 2025-12-17
Chapter: 第40話翌日から、温めた牛乳を泡立てる工程を追加した。専用の電動泡立て器――ミルクフォーマーというらしい――の使い方を教えてもらって泡立てる。けれど、なかなか上手くはいかなかった。いろいろな方法を試していくと、どうにかそれっぽい形にできるようにはなった。でも、父さんのジンジャーブレッドラテとは、どこか違うような気がした。悩みながら試行錯誤をしていると、クリスマスパーティーを翌日に控えた12月24日になってしまった。まだ、自分で納得できるほどの仕上がりにはなっていないのに。(今日中には、どうにかしないと……)焦りだけが募っていく。僕は、大きく息をついた。このまま悩んでいても解決しない気がして、気分転換に出かけることにした。玄関を出た瞬間、冷たい風が吹き抜ける。「寒っ……!」思わずつぶやいて、僕は首をすぼめた。プレゼントをまだ用意していないことを思い出して、僕は学校方面へと足を向けた。学校の周辺には、いろいろな商店が軒を連ねている。プレゼントに最適なものが、何かは見つかるだろう。(予算は、たしか5000円以内だったよな)と、考えながら歩いていると、いつの間にかなじみの本屋に着いていた。「……まあ、何かはあるか」と、僕は入り口の自動ドアをくぐった。店内は、いつもより賑わっていた。冬休みに入ったからか、家族連れの客が多い気がする。以前、本宮さんと行った本屋よりも店舗は小さい。けれど、取り扱っている本は、そこそこ充実している。小説や漫画くらいなら、ここでも充分に買い揃えられるくらいだ。小説の新刊コーナーに行くと、多数の話題作が平積みにされている。中には、個人的に気になるタイトルもある。この中から探そうとして、僕は立ち止まった。(みんな、どんなジャンル読むんだろ?)本宮さんが読むジャンルは、リサーチ済だ。その時に、片桐さんがホラーを読むという話もしていたような気がする。両親も本は読む
Last Updated: 2025-12-10
Chapter: 第39話「そうか、もう2人はそこまで……。そうか」と、父さんが落ち着いた声でつぶやいた。「父さん……?」思っていた反応と違い、僕はおそるおそる父さんに視線を向けた。優しく微笑んでいる父さんは、「反対はしないよ」静かに、けれどきっぱりと告げた。いつもと同じ微笑みのはずなのに、どこか憂いを帯びているように見えた。もともと黒い瞳が、漆黒の闇のようだった。何かを言いかけた僕は、何も言えずに父さんから視線をはずす。本当は、言いたいことがあったはずなのに。でも、それが何なのか認識する前に、脳内から消えてしまった。叱られているわけでもないのに、なぜか気まずかった。「本宮君から、それとなく聞いてはいたけど、直接言われると……やっぱりくるものがあるな」父さんは、小さく息をついて言った。先ほどの口調とは打って変わって、弱々しかった。(……ん? 昌義さんから、それとなく聞いた……?)父さんの言葉に、引っかかりを覚えた。僕と本宮さんとの間で、両親にはまだ言わないという約束があったはずだ。それなのに、父さんは本宮さんから聞いたと言う。「父さん、どういうこと?」「ほら、昨日の夜、本宮君と飲んだだろ? その時に、優樹のことをどう思ってるのか聞いてみたんだよ。そうしたら、大切に思ってるって言っててな」と、父さんがうれしそうに答える。本宮さんの気持ちを聞いて、遅かれ早かれそうなるのだろうと思っていたらしい。そのせいで、飲酒ペースが速くなってしまったそうだ。そうだったのかと、僕は胸をなでおろした。「傷口抉るようだけど、父さんはどう思った?」と、僕は率直な感想を父さんに求めた。「……そうだな、率直に言うと、寂しさと感慨深さが同居してる感じかな。まだ子どもだと思ってた優樹が、もうそんなに大人になったんだなあって」
Last Updated: 2025-12-03
Chapter: 第38話「サンキュ。こっちも、そろそろかな」と、本宮さんは鍋からキャベツを引き揚げた。火傷に注意しながら、僕たちはタネをキャベツで包んでいく。「こうして2人でキッチンに立ってると、何だか本当に結婚したみたいだね」僕は、何気なくそう口にした。「……っ! そ、そうだな」動揺しているのか、本宮さんの声が少しうわずっているように聞こえた。本宮さんを横目で見ると、彼のほほがほんのりと赤い。僕の言葉でドキドキしてくれたのだろうか。(もし、そうだとしたら……うれしいな)なんて思いながら、僕は次々とロールキャベツを量産していく。2人で作業していたおかげか、すべてのタネを包み終えるまで、それほど時間はかからなかった。けれど、4人で食べるには、多すぎる量ができてしまった。(でもまあ、明日の朝も食べられるわけだし、別にいっか)と、僕は思い直す。「さて、と。あとは、煮込むだけだな」本宮さんは、鍋にロールキャベツを敷き詰め、水とコンソメを入れて火にかける。洗い物は、僕が引き受けることにした。30分ほど煮込んでいると、両親が帰ってきた。「あれ? 本宮、まだいたのかい?」本宮さんの姿を見た母さんは、意外そうに言った。「母さん。失礼すぎ!」おかえりを言うのも忘れて、僕は母さんを非難する。申し訳程度に謝る母さん。どうやら、本宮さんがすでに帰宅したと思っていたらしい。「謝らなくていいですよ。俺も言ってなかったですし」と、本宮さんがにこやかに言った。「おや? 本宮君がいるのかい?」母さんの後ろから顔を出した父さんが、うれしそうに言った。「おかえり。今日の夕飯は、昌義さんが作ったんだ」「本当かい!?」と、父さんが目を輝かせる。「ええ。もう少しで、出来上がりますから」と、本宮さんがは
Last Updated: 2025-11-26
Chapter: 第37話「え? いいの?」「もちろん。その方が、楽しいだろ?」勉強にもなるだろうしと、本宮さんが告げる。まさか、本宮さんからこんなお誘いがあるとは思っていなかった。だからだろうか、僕はいつも以上に浮き足立っていた。キャベツや挽肉など必要な食材を購入して、帰宅する。食材を冷蔵庫にしまった僕たちは、リビングで休憩することにした。先ほど行ったスーパーに焼き芋が売っていたのをたまたま見つけて、1本だけ買ったのだ。帰ってくる間に冷めてしまわないか心配だったけれど、まだほかほかと温かかった。(焼き芋に合いそうなのは……)と考えながら、僕はリビングの隣にある倉庫部屋を物色する。せっかく食べるのなら、相性がいい飲み物を用意したいと思ったからだ。この部屋にあるものは、すべて店で使うものだ。けれど、少しなら使っていいと父さんから許可をもらっている。「優樹?」と、ふいに本宮さんに背後から呼ばれた。「はいっ!」僕は、わずかに肩を震わせて、勢いよく返事をする。振り返ると、本宮さんが不思議そうな顔をして部屋の入り口に立っていた。彼には、リビングで待っていてほしいと言ったはずだった。おそらく、僕がなかなか戻ってこないので不思議に思ってやってきたのだろう。「悪い、驚かすつもりはなかったんだ」と、本宮さんが申し訳なさそうに言った。「ううん、全然! 僕の方こそ、遅くなってごめん!」僕が慌ててそう言うと、本宮さんは僕の方へと歩いてくる。「何か探してるのか?」「あ、うん……。焼き芋に合う飲み物、あるかなって」と、僕は本宮さんから棚の方へと視線を戻す。「焼き芋に合う飲み物、か。牛乳とか緑茶とかが定番だったりするよな。でも、意外とコーヒーも合うんじゃねえか?」と、僕の隣に並ぶ本宮さんが言った。「え、そうなの!?」自分では試したことのない組み合わせを言われて、僕は驚いてしまった。「あ、いや……俺も試したことはねえんだけどさ」と、本宮さんが弁解するように言った。でも、試す価値はあるかもしれない。そう思った僕は、棚から蓋つきの容器を1つ手に取った。それには、『中煎り コロンビア』というラベルが貼られている。「昌義さん。悪いんだけど、これ、キッチンに持って行ってもらってもいい?」僕が、そう本宮さんに頼むと、彼は快くうなずいてくれた。彼が部屋から出るのを確認した僕は
Last Updated: 2025-11-19