로그인「サンキュ。こっちも、そろそろかな」と、本宮さんは鍋からキャベツを引き揚げた。火傷に注意しながら、僕たちはタネをキャベツで包んでいく。「こうして2人でキッチンに立ってると、何だか本当に結婚したみたいだね」僕は、何気なくそう口にした。「……っ! そ、そうだな」動揺しているのか、本宮さんの声が少しうわずっているように聞こえた。本宮さんを横目で見ると、彼のほほがほんのりと赤い。僕の言葉でドキドキしてくれたのだろうか。(もし、そうだとしたら……うれしいな)なんて思いながら、僕は次々とロールキャベツを量産していく。2人で作業していたおかげか、すべてのタネを包み終えるまで、それほど時間はかからなかった。けれど、4人で食べるには、多すぎる量ができてしまった。(でもまあ、明日の朝も食べられるわけだし、別にいっか)と、僕は思い直す。「さて、と。あとは、煮込むだけだな」本宮さんは、鍋にロールキャベツを敷き詰め、水とコンソメを入れて火にかける。洗い物は、僕が引き受けることにした。30分ほど煮込んでいると、両親が帰ってきた。「あれ? 本宮、まだいたのかい?」本宮さんの姿を見た母さんは、意外そうに言った。「母さん。失礼すぎ!」おかえりを言うのも忘れて、僕は母さんを非難する。申し訳程度に謝る母さん。どうやら、本宮さんがすでに帰宅したと思っていたらしい。「謝らなくていいですよ。俺も言ってなかったですし」と、本宮さんがにこやかに言った。「おや? 本宮君がいるのかい?」母さんの後ろから顔を出した父さんが、うれしそうに言った。「おかえり。今日の夕飯は、昌義さんが作ったんだ」「本当かい!?」と、父さんが目を輝かせる。「ええ。もう少しで、出来上がりますから」と、本宮さんがは
「え? いいの?」「もちろん。その方が、楽しいだろ?」勉強にもなるだろうしと、本宮さんが告げる。まさか、本宮さんからこんなお誘いがあるとは思っていなかった。だからだろうか、僕はいつも以上に浮き足立っていた。キャベツや挽肉など必要な食材を購入して、帰宅する。食材を冷蔵庫にしまった僕たちは、リビングで休憩することにした。先ほど行ったスーパーに焼き芋が売っていたのをたまたま見つけて、1本だけ買ったのだ。帰ってくる間に冷めてしまわないか心配だったけれど、まだほかほかと温かかった。(焼き芋に合いそうなのは……)と考えながら、僕はリビングの隣にある倉庫部屋を物色する。せっかく食べるのなら、相性がいい飲み物を用意したいと思ったからだ。この部屋にあるものは、すべて店で使うものだ。けれど、少しなら使っていいと父さんから許可をもらっている。「優樹?」と、ふいに本宮さんに背後から呼ばれた。「はいっ!」僕は、わずかに肩を震わせて、勢いよく返事をする。振り返ると、本宮さんが不思議そうな顔をして部屋の入り口に立っていた。彼には、リビングで待っていてほしいと言ったはずだった。おそらく、僕がなかなか戻ってこないので不思議に思ってやってきたのだろう。「悪い、驚かすつもりはなかったんだ」と、本宮さんが申し訳なさそうに言った。「ううん、全然! 僕の方こそ、遅くなってごめん!」僕が慌ててそう言うと、本宮さんは僕の方へと歩いてくる。「何か探してるのか?」「あ、うん……。焼き芋に合う飲み物、あるかなって」と、僕は本宮さんから棚の方へと視線を戻す。「焼き芋に合う飲み物、か。牛乳とか緑茶とかが定番だったりするよな。でも、意外とコーヒーも合うんじゃねえか?」と、僕の隣に並ぶ本宮さんが言った。「え、そうなの!?」自分では試したことのない組み合わせを言われて、僕は驚いてしまった。「あ、いや……俺も試したことはねえんだけどさ」と、本宮さんが弁解するように言った。でも、試す価値はあるかもしれない。そう思った僕は、棚から蓋つきの容器を1つ手に取った。それには、『中煎り コロンビア』というラベルが貼られている。「昌義さん。悪いんだけど、これ、キッチンに持って行ってもらってもいい?」僕が、そう本宮さんに頼むと、彼は快くうなずいてくれた。彼が部屋から出るのを確認した僕は
「お待たせしましたー」と、母さんが注文した商品を持ってやってきた。僕たちの目の前に、それぞれ注文した飲み物が置かれる。と同時に、注文していないはずのケーキまで置かれた。「母さん。僕たち、ケーキは頼んでないよ?」と、僕が言うと、「新作ケーキの試作品だよ。味見しておくれ」もちろんお代はいらないからと、母さんが言った。「え、でも……」僕が言い淀むと、「大丈夫だよ。他のお客さんにも出してるから」母さんは、心配するなと笑顔を見せる。「それなら、いいんだけどさ」少し偉そうに言った僕は、内心ほっとしていた。もし、僕たちだけに提供されていたら、他のお客さんに申し訳ない。それに、身内にだけサービスしているだなんて、思われたくなかった。まあ、そんなことを思うお客さんは、そうそういないとは思うけれど。「新作ってことは、レギュラーメニューになるんですか?」遼がたずねると、母さんは首を横に振った。「とりあえずは、12月限定かな。人気があれば、レギュラーメニューになるかもしれないけどね。味の感想は、帰る時にでも聞かせておくれ」それじゃあと、母さんはカウンター側に戻っていった。「せっかくだし、食ってみようぜ」と言う本宮さんに、僕と遼はうなずいた。見た目は、ごく普通のパウンドケーキだ。表面には、こんがりとした焼き色がついていて、とても美味しそうだ。ケーキの内側は、きめ細かい生地で淡い黄色に染められている。りんごの甘い香りが、ほのかに香っている。中には、四角形の果肉が入っていた。おそらく、角切りのりんごだろう。いただきますと、僕たち3人はほぼ同時に食べた。口に入れた瞬間に、りんごの爽やかな香りが広がる。ケーキ自体は、しっとりしているのにふんわりと軽い。角切りの果肉は、さくっとした歯ざわりが心地よくて、噛んだあとにりんごの甘みがじわりとにじみ出てくる。口の中が、幸せでいっぱいになった。「んーーー! うんまい!」
「遼君とここで待ち合わせなんて、珍しいんじゃないかい?」と言う母さんに、僕はうなずいた。以前、僕は遼をここに連れてきたことがある。遼と知り合って、わりとすぐの頃だったと思う。両親が喫茶店を営んでいると話したとたん、連れて行けとせがまれたからだ。他の客に混ざって座席にいることが、当時はなんとなく気まずかった。それ以来、遼と待ち合わせをする時には、ムーンリバーを選択肢からはずしていた。「遼が、ここがいいって指定したんだ。そういうわけだからさ、遼が来たら、ここにいるって伝えてもらっていい?」「わかった。で、注文はどうする? 遼君が来てからにするかい?」母さんの問いに、僕はそうしてもらえると助かると答えた。「じゃあ、遼君が来たら案内するよ」そう言って、母さんは仕事に戻っていった。母さんがカウンター席の方に行ったのを確認した僕は、大きく息をついた。「昌義さん。僕、変じゃなかったよね?」本宮さんにたずねると、「ああ、いつも通りだったぜ」と、にこやかに言ってくれた。「よかったー。あの話のあとだったから、変に緊張しちゃったよ」と、僕はほっとして言った。あの話とは、もちろん母さん攻略作戦のことだ。母さんには、まだ内緒にしておかないといけない。でも、隠し事をしていることが、僕の表情に出てしまう可能性があった。できる限り普段通りにしていたけれど、内心はひやひやものだった。どうやら、いつも通りに振る舞えていたみたいなので、とりあえずはよしとする。「お疲れ」と、隣に座る本宮さんが僕の頭をなでる。それだけで、全身に重くのしかかっていた疲労感がきれいさっぱり消えた。照れ笑いを浮かべた僕は、テーブルに置かれているメニュー表を広げた。それには、コーヒーなどのドリンクメニューの他、ケーキなどのデザートメニューが掲載されている。「遼君が来てから、注文するんだろ?」と、本宮さんにたずねられた。「それはそうなんだけど、かなり悩むからさ。今のうちに決めておこ
翌日、僕と本宮さんは、遅めの朝食を食べていた。もちろん、リビングにいるのは、僕たち2人だけだ。日曜日とはいえ、ムーンリバーは開店している。以前、聞いた話だと、日曜日にしか来られない客もいるらしい。そういうわけで、両親は今日も仕事に勤しんでいる。「それにしても、香川さん、大丈夫なのか? 昨夜は、かなり酔ってたみたいだけど」と、本宮さんが心配している。昨夜、父さんと本宮さんは晩酌をしていた。はちみつ酒でかなり酔っぱらった父さんは、呆れ顔の母さんに介抱される始末だった。普段からあまり飲酒をしない父さんだけれど、本宮さんがいるおかげで浮かれてしまっていたようだ。「それは、大丈夫じゃないかな? 母さんが何とかしてくれてるよ、きっと」僕が希望的観測で言うと、「まあ、それもそうか。あの亜紀先輩がついてるんだもんな」と、本宮さんも思い直したようにうなずいた。どうやら、本宮さんにとって母さんは、本当に頼れる存在らしい。(それにしても……)と、僕はサンドイッチを食べながら、本宮さんを盗み見る。僕の対面に座る本宮さんは、本当に美味しそうにサンドイッチを食べている。昨夜のことは夢だったのかと思えるほど、いつも通りの彼だった。本宮さんも酔ってはいたから、もしかしたら覚えていないのかもしれない。(でも、それはそれで、ちょっと嫌だな)なんて思うけれど、確認する勇気はない。もし、本当に忘れられていたらと思うと、胸が苦しくなる。だって、あの時、あの瞬間、一世一代の大きな覚悟をしたのだから。これは、僕だけのものだ。だから、胸の奥にしまっておく。本宮さんにだって、言うつもりはなかった。たぶん、彼は気づいていると思うけれど。「優樹? どうした?」僕の心の内なんか知らないだろう本宮さんが、いつも通りの口調でたずねる。「ううん、どうもしないよ。ちょっと、昌義さんに見惚れてただけ」と、僕が言うと、本宮さんは目を丸くしていた。「どうしたの?」と、今度は僕が首をかしげる。「あ、いや……なんか、優樹がいつもと違うっていうか……」本宮さんは、言葉に詰まっているようだ。「えー? いつも通りだよ?」僕自身は、変わったなんてこれっぽっちも思っていない。今だって、サンドイッチを食べているだけで絵になっている本宮さんに、見惚れていただけで。それを、素直に言葉にしただけなのだ。「自
「ん? そうなのか?」と、僕の方を見る本宮さん。いつも以上に色っぽい彼に、僕は思わず息を飲んだ。まさか、こんなにも色気が増すなんて思ってもみなかった。小首をかしげる本宮さんから視線をはずして、僕はうなずいた。さすがに、妖艶な彼を直視するなんて勇気は、今の僕にはない。「普段、ほとんど飲まないからね。たまに飲むと、さすがに酔っぱらうみたいだよ。それに、今日は本宮もいるからね。浮かれてるんじゃないかい?」と、母さんがキッチンから戻ってきた。その手には、真新しいグラスが2つほどある。「はい」と、そのうちの1つを僕の前に置いた。「これは?」僕がお礼を言ってたずねると、「はちみつレモンだよ」微炭酸のねと、母さんが答えた。その言葉に、僕は面食らってしまった。今まで、食後――それも風呂上がりに作ってもらったことなんてない。早く寝なさいとどやされるのが、日常だった。(これも、昌義さんのおかげかな)そんなことを密かに思いながら、はちみつレモンに口をつけた。はちみつの甘さと爽やかなレモンの香りが、口の中で広がる。ほどよい微炭酸の刺激もあって、風呂上がりのほてった体に染み渡るようだった。「ほら! 修吾さんは、これ飲んで」と、母さんは父さんに水を勧めている。「……甲斐甲斐しい亜紀先輩、初めて見た」本宮さんが、ぽつりとつぶやいた。「そうなの? うちじゃあ、わりとこんな感じだけど」と、僕は両親を見ながら言った。父さんは、まだはちみつ酒を飲むと駄々をこねている。そんな父さんをあしらいながら、母さんははちみつ酒がまだ残っているグラスを水入りのグラスにすり替えて飲ませていた。たしかに、ここまで父さんの世話を焼くのは、珍しいかもしれない。でも、母さんは、基本的に誰かの世話を焼くのが好きなタイプだと思う。口では文句を言いながらも、母さん自身が楽しんでいるように見えたからだ。「たしかに、姉御肌で面倒見がいい人だよな。でも、俺が知