Chapter: 最終話…・・…・…・・…・・「報告は以上です。皇帝陛下」 王座の間。 アイリスについての報告のため、皇居を訪れていた。「うむ。それでアイリス・ブランドンは、その日を境に全く力が使えなくなってしまったということだな」「はい」 アイリスはあの日以降、治癒力が使えなくなった。 いや、正確に言えば力が弱まってしまった。 容姿が変わるほどの力の発現が原因なのではないかと思う。「そこで皇帝陛下、私に提案があります」「なんだ?」 陛下はヒゲを整えながら、珍しいなという風に興味を抱いているようだった。「彼女の治癒力が再度現れる可能性は大いにあります。そのため、彼女を狙ってくる奴等も多いでしょう。それは帝国にとっても敵。逆に彼女が居れば、こちらが有利に働くこともあります。聖女の力は傷を癒すだけではなく、祈りにより人々の心を救います。彼女を守るのは、私に任せてもらえませんか?」「ほう……」 陛下は「任せるとは……?」確信的な部分に触れてきた。「アイリス・ブランドンと結婚をさせてください。この国で一番戦力があるのは私です。夫となり、彼女を守りながら力を引き出し、二人で人々を救います」 皇帝は話を最後まで聞き「承認をしよう。聖女は貴重な存在だ。また力が発現できるよう努めてくれ。国にとっても有益な人物になるだろう」 そう答えた。「ありがとうございます」 俺が頭を下げると「もしも私がダメだと言ったら、どうしていた?そちらを考える方が怖いわ」 ハハハっと声を出して笑った。 皇帝の様子につられて口角が上がってしまったが、もしも許可が下りなかった時、その時はーー。「レオン!おかえりなさい!」 皇居へ向かった後、帰宅をするとアイリスが笑顔で出迎えてくれた。「ただいま」 彼女を抱きしめ、頬にキスをする。 まさか自分にこのような大切な存在ができるとは思わなかった。「陛下は理解してくださった。今度二人で挨拶に行こうか?」 アイリスには事前に全て説明をしていた。「もしも力が戻ったら、人々のために使いたい」そう言ってくれたのは彼女だった。「はい」 彼女は最初に出逢った時と全く違う表情、頬には赤みがさし、目には生気が宿っている。「これからも俺についてきてくれるか?」「もちろんです。誓います」 彼女は迷いもなく、そう笑顔で答えてくれた。…
Last Updated: 2025-10-15
Chapter: 想っているから 4「間に合って良かった」 彼はそう言うと剣が腹部に刺さったまま、騎士の首に肘をつき、彼を気絶させた。「ぐっ……」 腹部から剣を抜くと鮮血が辺りに飛び散り、レオンも倒れてしまった。 彼を抱き起こし、腹部に力を注ぐ。「絶対に死なせない!」 お願いだから、治って! 願うも彼の出血は止まらなかった。「……。アイリス。逃げ……ろ。致命傷になった傷は……。聖女でも治せないと聞いた」「嫌!絶対に治す!あなたは私が死なせないから!」 お願い、お母様!助けて! その時、魔導師が近くに現れ「お前は兄を殺した。復讐がやっと叶った」 ニヤリ笑って、こちらを見ている。「逃げろ……。お前だけでも……」 レオンが震えているのを感じた。 顔色も悪くなっている。「愛してる……から」 彼の視界はボヤけているようで、目線が合わなかった。 いやよ、いやだ。神様、どうか……。 私の力がなくなってもいい。 一生使えなくても良い。 私の命と引き換えでもいいから! どうか、助けてください! 彼を抱きかかえながら祈る。「バカだな。二人そろって死ね!」 魔導師が私たちに向かって火を放った。 その刹那――。「なぜだ。何が起こっている」 自分でもわからなかった。 私の髪の毛は金髪になり、光が私たちを包んでいる。「アイリ……ス?」「レオン?」 彼を見ると顔色も戻り、血も止まっていた。「片目と髪色が金色になっている?」 自分ではわからなかったが、レオンが私の容姿を見て呟いた。「もう一度だ!死ね!!」 先ほどよりも大きな火の玉がこちらに向かって飛んできた。 レオンが呟くと私たちの前にシールドができ、炎を弾いた。「先にあいつを倒す」 彼はスッと立ち上がり、剣を腰から抜いた。 魔導師が慌てて何かを放とうとするも、彼の早さにはついてこれず、切先が身体を二つにした。「全て燃えろ」 レオンが唱えると魔導師の身体は青い炎に包まれ、一瞬にして炭になった。「レオン、どうなっているの?」 気づけば私の髪色と目の色は黒に戻っていた。「俺にもよくわからない。が、本来の聖女の力が最大限に引き出せたのではないかと思う」 それよりも……と「ケガはないか!?」 カバっと両腕を掴まれ、ジッと顔を覗き込まれた。「大丈夫。レオンが守ってくれたから。レオンは
Last Updated: 2025-10-14
Chapter: 想っているから 3 次の日――。 レオンは、休暇が取れたから街に出かけようと言ってくれたが、急な仕事が入ってしまったらしく、私はできる限りの雑用をこなしていた。 彼が今まで通りの生活ができるよう、配慮してくれたのだ。 執事長とメイド長はなんだか態度がぎこちないけれど、役に立ちたいという想いが強くなった。 二週間後――。 レオンと共に街に出かける機会ができた。 私も王都へ行ったことがなかったので、楽しみにしていた。レオンが用意してくれたドレスを着れることも嬉しい。「綺麗だ。似合っている」 そんな言葉をかけられ、浮かれていたのかもしれない。 いつものブローチをせず、ドレスに合った色合いのブローチを選択した。「レオンが一緒だから大丈夫よね」 不安要素などなかった。 二人で街を歩いていると「泥棒だ!誰か!助けてくれ!!」 そんな声が聞こえた。「レオン!行ってください!私は大丈夫です。騎士様たちと一緒にいるので」 私たちには一応、護衛の騎士、三名が同行していた。「わかった!すぐ戻る」 レオンは一人の騎士をつれ、声の方向へと走って行った。「アイリス様。巻き込まれたら危ないです。避難しましょう」 二名の若い騎士と一緒に、乗ってきた馬車が駐めてある広場へと移動している時だった。 黒服の男が急に現れ、私たちの前に立ちはだかった。「なんだお前は!?」 以前見たことのある、魔導師に似ている。 けれど、あいつはレオンが倒したし……。 騎士が剣を取り出そうとした時――。「うわぁぁ!!」 魔導師が何かを唱えたかと思うと、もう一人の騎士を刺していた。「な……」 ガクンと膝から崩れ、地面には血だまりができている。こんな深い傷、早く手当てをしなきゃ。 でも治癒力を使ったら……。 ううん、そんなことを考えている時間はないわ。 私は意識を集中させ、倒れている騎士に力を注いだ。「う……、あ……」 良かった、意識は取り戻したみたい。 ホッとしたのも束の間「アイリス様、離れてください!身体がいうことをきかない……!」 騎士の剣の切先が私へと向けられていた。 魔導師に操られているの? レオン、助けて……。 ブローチへ願おうとした。 けれど、今日は着けていないんだった。 自分の状況に絶望と恐怖を感じる。 騎士の剣が私に振り下ろされる
Last Updated: 2025-10-13
Chapter: 想っているから 2 彼の部屋の前で深呼吸をし、ノックをする。「アイリスです。夜遅くに申し訳ございません。どうしても会いたくて」 私がドア越しに声をかけると「アイリス。どうした?こんな時間に」 彼は驚いていたが私を部屋に入れてくれた。「あのっ」 私が話そうとすると「レディが屋敷の中とはいえ、こんな時間に一人で出歩くのは感心しない」 腕組みをしながらソファに座った彼に行動を咎められた。「申し訳ございません」「しかし正直なところ、アイリスが俺の部屋へ訪問してくれることは嬉しい。だから今度からブローチへ願え。そうすれば迎えに行くから」 あれ、怒っていない。いつもの彼だ。「カートレット様に謝りたくてきたんです。エリスの件で私が発言したことを謝罪させてください。私は何もわかってはいませんでした」 深く頭を下げた。「いや。あんなことをして、アイリスに嫌われてしまったかと思った。お前が被害に遭ったんだ。きちんと意見を聞くべきだったな。すまない。今日は夜遅いから。部屋へ戻ってゆっくり休んでくれ」 彼はそう言うと、私を部屋へ送っていくと立ち上がった。 なんだか嫌われてしまった気がして、ツーと私の目から涙が零れた。「嫌です。カートレット様、私のこと、嫌いになってしまいましたか?強情な自分勝手な女だって」 はじめて恋というものをしたからだろう。 自分の感情がよくわからない。 心が繋がった相手と気持ちが離れてしまうのが怖い。 フッと笑い「そんなわけないだろう」 彼はギュっと私を抱きしめてくれた。「カートレット様。私はあなたからずっと離れません。だからあのようなことは言わないでください。これからは私があなたを支えていきたい。愛しています」 自分の口から愛しているなんて言葉が出てくるなんて思わなかった。 彼は強く私を抱きしめ返し「ああ。ずっとそばにいてくれ。愛している。俺がお前を守るから」 涙を拭いながら、優しく微笑んでくれた。 その夜は忘れない。はじめて身体を重ねた。 唇が腫れるんじゃないかと思うほど、キスを繰り返し、お互いを求めた。「ん……っ、あぁ!」 胸の膨らみの下をチュッと強く吸われ、声が漏れる。「俺のものだという印だ」「は……い。カートレット様のものです」 私が悶えながら答えると「レオン。名で呼んでほしい」 これを意味することが
Last Updated: 2025-10-12
Chapter: 想っているから 1 カートレット様と心が通じ合ったと思ったのに、離れてしまったの? でも彼の行為は、私には理解できない。 その時、部屋をノックする音が聞こえた。「はい」「カイルです。夜分遅くにレディの部屋に申し訳ないのですが、一言伝えたいことがあって。入れていただけませんか?」 副団長のカイル様だった。「どうぞ」「失礼します」 ポスっとソファに座り、彼は神妙な面持ちで話し出した。「こんなことを伝えていることがバレたら、かなり怒られるんでしょうけれど、今日の団長の行いを許してあげてください」 カイル様は私に頭を下げた。「団長の両親は、部下に裏切られて殺されているんです」「えっ!」 ご両親が亡くなられていることはなんとなく察してはいたけれど、殺されていただなんて。「団長の両親、父親は彼ほどではありませんでしたが、有名な騎士でかなりの実力でした。当時の皇帝にも認められていました。それを良く思わなかった部下が罠を仕掛け、魔導師と手を組み、彼の両親を殺しました。自分の地位をあげるためです」 そんな過去があったの?「彼は自分の運命を恨むこともなく、若くしてカートレット家を継ぎ、強くなるために努力を続けました。騎士は普通、魔力には長けませんが、両親のこともあった為、剣術も魔法を使えるように毎日鍛錬を続けました。俺は幼少期から関りがあるから、それを知っていて。彼は、私利私欲の為に人を傷つける奴を許しません。世間では冷酷非道とか言われていますが、本当は優しい方なんです。もしもアイリス様でなくても、大切な人を殺されそうになったなんて知ったら、彼は自ら動くと思います。大切な家族を失くしているからこそ、同じ思いをさせたくないんだと、多くの方を救うために団長となり戦っているんです」 彼の言葉は続いた。「アイリス様はお優しいから、今回の仕打ちを酷いことだと感じていらっしゃるかもしれませんが、例えば、自分の大切な人が殺されそうになったら、傷ついたら……。同じようなことが言えますか?」 もしもお母様が生きていて、殺されそうになったら……。 私はその人をきっと許せない。 甘い考えだったんだとつくづく実感させられた。「殺人を起こそうとした者は罪人です。それを裁かず、監獄に送らなかっただけでも団長なりの配慮なんです」 彼は私の部屋から去る時に「いや、でも本当にやりすぎだと
Last Updated: 2025-10-11
Chapter: 裏切り 11 彼女の姿を見て「一体どういうことだ。エリスが人を殺そうとするわけがない」「どちらが正しいんだ」「エリスはずっとご主人様を慕ってきたわ。この子がそんなことをするわけがない」 口々にエリスを擁護する声が聞こえてきた。 やっぱり、まだ来て間もない私が信じてもらえるはずはないわよね。 泣き叫ぶエリスに驚嘆を隠せない人々、雑音がその場を占めた時――。「黙れ。これが真実だ」 あれ、カートレット様にもらった私のブローチが熱いような――。 すると、ブローチから光が溢れ、映像が映された。 これはさっきの私たちだ。<貴方なんて居なくていいのよ。邪魔者。バカな女> エリスが言葉を発した次の瞬間、私は彼女によって突き飛ばされている。「なっ!これは!?」「エリスが殺そうとしたのか?」 騙すことのできない証拠を突き付けられ、彼女は絶句している。「エリス。今すぐここから出て行け」 彼が冷たく言い放った。「そんな!カートレット様!待ってください!私は、あなたのことを一番に慕っていて!それをこの女がっ!」 すがりつく彼女に「罪のない人を平気で殺そうとした奴は、俺の従者には要らない。出ていけ。これ以上騒ぐと裁判にかけるぞ」 容赦ない彼の言葉が待っていた。 出て行けって、彼女は家族から見放されたって言っていたし、行くところもないんじゃ。「カートレット様。彼女に猶予を与えてあげてください」 私は運よく生きている、反省しているのなら許してあげてほしい。「ダメだ。カイル、こいつを連れて行け」 駆け付けていた副団長のカイル様に命じ「アイリス。悪かった。本当はこのブローチから事実を見ることができたんだ。キミの口から正直に話してほしくて、先ほどは黙っていた」 私にそう伝えてくれた。 カイル様と数人の騎士がエリスを連れて行こうとすると「あんたなんか来なければこんなことにはならなかったのに!この魔女め!!」 私に向かってエリスが叫んだ。 私なんていなければ……。 たしかに私が現れなければ、彼女は今まで通りここに勤めて、普通の生活を送っていただろう。 心が乱れることもなかったかもしれないのに。 彼女の気持ちを考えるとチクッと心が痛んだ。 なんて言葉をかけて良いのか悩んでいた次の瞬間、青い光が彼女の耳元をかすめた。 青い閃光は壁を突き抜け、チリチ
Last Updated: 2025-10-10
Chapter: 対決 4 どうしよう。 この距離なら迅くんの声も聞こえちゃうかもしれないし、なんて言えば。 ドクンドクンと心臓の鼓動が聞こえる。 呼吸も上手くできない。 立ち止まり、動けずにいた時だった。 孝介のスマホが鳴った。 彼はポケットからスマホを取り出し、相手を確認している。「父さん?」 お義父さん!?このタイミングで? 誰でもいい。お願い、電話に出て!「もしもし?どうしたの?」 孝介が電話に出た瞬間、私は走り出し、玄関から飛び出した。 靴など履いていられない。「おいっ!!」 孝介が私を呼び止める声が聞こえたが、無視をした。 エレベーターを使わず、階段をかけ下りる。「迅くんっ、助けて」 電話がまだ繋がっているため、彼に思わず助けを求めた。<わかってる。今向かっているから。とりあえず、|孝介《あいつ》に見つからないようなところへ隠れて> 息が切れる。 後ろを振り返る勇気がなかった。 マンションのエントランスから外へ出て、近くの公園まで走る。孝介が追ってくることはなかった。「はぁっ……はぁっ……はぁ……」 呼吸を整えようと、深く息を吸ったり吐いたりするので精一杯だ。<大丈夫か?今、どこにいる?> あっ、まだ電話繋がったままだ。「近くのっ……。公園にいるよっ」<もうすぐ着くから> 迅くんからそう言われた数分後、見たことのある車が近くに停まった。「大丈夫か!?」 迅くんと亜蘭さんが迎えに来てくれた。「大丈夫」「とりあえず、車に乗ってください。あっ!美月さん、足、どうしたんですか?」「慌てて出てきたから。靴も履けなくて」 そういえば、足裏が痛い。「暴れんなよ?」「キャッ!」 迅くんが私を抱えてくれた。「ちょっ、迅くん。大丈夫!歩けるから!もしかしたら孝介が近くにいるかもしれないしっ……」 私を追いかけて、近くにいるかもしれない。「別に見られても問題ない。靴履いてないって言えばいい」 そのままの理由でいいの!? 彼に抱えられたまま、亜蘭さんが運転する車に乗った。「とりあえず、俺のオフィスに行くから。そこでいろいろ説明する」「わかった」 逃げるように出てきてしまった私を、孝介はどんな風に思ってるんだろう。 私が帰った時の|孝介《彼》の取り乱し方、尋常じゃなかった。 何があったの?迅くんなら何か
Last Updated: 2025-10-27
Chapter: 対決 3<バカ女にはキツく言っておいたし、一発殴っておいたから。本当にごめん。俺は美和のことを愛してる。たとえ今は難しくても、きっともうすぐ――><いつもそう。もうすぐだからって。結局、あの女と別れてくれないじゃない> リアルな会話、他人事じゃないのに。 まるで昼ドラとか深夜ドラマのシーンみたい。<ごめん。俺がもっと上の立場になれば。社長になれる日もそう遠くはないから!だからその時まで待っていてほしい><ごめんなさい。今日はこれで帰るね>ちょっと、待って!美和!> 二人の話はまだ続きそうだったが「証拠としては十分だな。不愉快だから、切るよ」 そう言って迅くんは画面を消した。 美和さんの様子が明らかに変だ。 ふぅと息を軽く吐いた後「美月。ごめん。今日この後、用事があって。時間までここに居てくれていいからゆっくりしてな。もし殴られたところが痛み出したら言って?医者呼ぶ。亜蘭にも伝えておくから」 迅くんはそう言ってくれた。 忙しいよね。「うん。わかった。ありがとう」 彼とはまた会えるのに。なんだか寂しい。 見送ろうと立ち上がると、頬に当たらないようにギュッと抱きしめてくれた。「ちょっと充電」 彼のことがわからなかった時は拒んでしまった時もあるけど、今は彼の胸の中が幸せ。 彼が仕事に行ってしまったあと、ソファで傾眠してしまった。 夜中あまり眠れていないのは、変わらない。 あんなベッドで熟睡できるわけがない。 帰ったら、孝介が待っている。 時間がきても<帰りたくない>そんな気持ちの方が強い。 弱音、吐いちゃダメだ。 仕事に行っていたと見せかけるため、ベガの退勤時間に合わせ帰宅をした。 鍵を開けると、孝介の靴があった。部屋に居るんだ。 リビングに行くと、孝介がテレビも見ずに座っていた。「ただいま」 声をかけるも無言。「ご飯、何時にしますか?」 その時――。 孝介が「お前のせいだ」 そう言ったのが聞こえた。 今、お前のせいだって言った?私、今日は何もしてない。「どうしたの?」 恐る恐る、彼の後ろ姿に声をかける。「お前のせいで、今日も彼女の様子がおかしかった。お前がこの前、美和さんに変なこと言うから、きっと傷ついたんだ」 カメラの様子を見ていたから、本当は私も知っている。 孝介は怒鳴るわけでは
Last Updated: 2025-10-26
Chapter: 対決 2 しばらく待っていると、目の前に見覚えのある車が停まった。「乗って」と迅くんに合図をされ、助手席に座る。「ごめん。ありがとう」「いや、大丈夫。とりあえず、車走らせる」 向かった先は、彼のプライベートオフィスだった。「座って」 そう言われ、ソファに座る。「マスク、外して?」 彼の言う通りにマスクを外した。「まだ少し腫れてるな」 彼に優しく触れられる。「大丈夫。ちゃんと写真も撮ったよ」 隠しカメラに映っていると思うけど、自分でもDVの証拠になればと写真を撮った。「ごめん、辛い思いさせて」 迅くんは私の手を握ってくれた。「どうして迅くんが謝るの?迅くんが居てくれるだけで、私は助かってる。ありがとう」 私がそう伝えても、目線を下にどこか悲し気な顔をしている。今の迅くんらしくない。「迅くんの方がもっと大変な思いをしてきたと思う。だから私も負けない」 私が彼の頬に触れるとやっと優しい顔をしてくれた。「美月、今自宅は旦那と家政婦の二人きりなんだよな?」「そうだよ。きっと浮気してる。あっ!」 もしかして……。「今、家の状態が見れるの?」 あぁと彼は返事をした後「美月が教えてくれたDVの瞬間と|孝介《あいつ》と家政婦の不貞行為の現場を記録としてまとめようと思っている。美月が居ない今日は、カメラの映像を見てみるしかないから。見るの、キツかったら見なくていいよ。見たいって思えるような映像でもないだろうし」 今は私が居ない、|孝介と美和だけの空間《二人だけの空間》だもん。きっとこの前みたいに、寝室で身体を重ねているに違いない。「見る。今この瞬間、あの二人が何をしているのか、現実を見たい。甘えかもしれないけど、今なら迅くんが近くに居るから大丈夫」 一人で見る気はしないけど、迅くんが近くに居てくれる今なら。「わかった」 彼はパソコンを開いて、自宅に設置してある隠しカメラの様子を確認してくれた。 あんな小さなカメラなのに、思っていた以上に鮮明に見えるんだ。 撮られている映像を見るのは、初めてだった。「まずはこれがリビング」 パソコンを操作しながら迅くんは教えてくれたが、リビングには誰も映っていない。 やっぱり――。「次に寝室」 マウスをクリックすると、そこには――。「げっ!」 思わず反応してしまった。「あ
Last Updated: 2025-10-25
Chapter: 対決 1 孝介に殴られた次の日。 彼が出勤する時と同じ時間に起きてくることはなかった。 今日に限って仕事が休みなんだ。胃が痛くなりそう。 私はベガに出勤だけど、案の定、鏡で顔を見ると腫れていた。 それほど酷くはないけど、お化粧すると痛いし、マスクをして隠して行こう。 ベガに出勤すると「あれ?風邪ですか?」 マスク姿の私を見て、藤原さんに訊ねられた。「喉が枯れている気がして。乾燥するといつもそうなんです。保湿のために付けてます」 本当は何も問題はない。「ええっ!それは大変。私、本部に連絡するんで今日は休んでください!」 えっ、いきなり!?「あっ、でもこの間もお休みいただいたばかりで。いつものことなので、気にしないでください。熱とか、風邪症状は特にないですから」 この間、急遽フロアーを手伝った時にもお休みをもらっている。 それに、今日家に帰ったら孝介も居るし。帰りたくない。「《《慣れない仕事で》》疲れてると思います。もしかしたら風邪かもしれないので!私から連絡しとくんで大丈夫ですよ!」 藤原さんは私の話を聞いてくれない。 どんどん職員通用口へ追いやられている。 今日は平野さんもお休みみたいだ。 この間の|藤原さん《彼女》の言葉を思い出し、極力私に関わりたくないんだと肌で感じてしまった。彼女の勢いに負けて、お店の外に出てきてしまった。 どうしよう、迅くんに相談……。 ううん、仕事忙しいよね。亜蘭さんなら電話、出てくれるかな。 数回のコールの後、|亜蘭《彼》は電話に出てくれた。<お疲れ様です。どうしましたか?>「お疲れ様です。あっ、えっと。今、話しても大丈夫ですか?」<はい。大丈夫です>「あの、実は……」 私が話を続けようとした時――。 一瞬、電話越しに迅くんの声がした。<ちょっ!待ってください。今代わりますから>「えっ?」 迅くん、近くに居るのかな。<美月。なんで亜蘭に電話すんの?> あっ、迅くんだ。「だって、忙しいと思って。仕事のことだし、下っ端がいきなり社長に電話するって普通はあり得ないでしょ」<美月はいいんだよ>「えっ?」<美月は特別。もし出れなかったら絶対かけ直すから。緊急だったら亜蘭でいいけど> 特別。 そんなこと言われて、ドキッとしてしまう自分がいた。<で、どうした?>「あ
Last Updated: 2025-10-24
Chapter: 開始 迅side~ 来客用に借りているマンションに九条孝介の浮気相手である、|飯田美和《いいだみわ》という家政婦を俺は呼び出していた。 俺の家政婦として契約をするためだ。「すみません。急にお願いすることになって。助かります」 シリウスの社長として、偽りの自分を演じる。「いえ。でも、どうして私なんですか?」 写真や映像で見たことはあるが、実物を見たのは今日が初めてだった。 |孝介《あいつ》は、この女に好意を抱いている。 どこが良いのか俺にはわからないけど。 容姿か? 綺麗だと言われればそうなんだろうけど、特別感は感じない。「実は僕、家政婦さんを雇ったことがなくて。自分のプライベートな空間に、知らない人を入れるってなんとなく不安だったんですが、最近忙しくて。掃除とかできないのが現状で、信頼できる家政婦さんがいないかなって探していたら、九条社長に紹介してもらったんです。正直、こんなに綺麗な家政婦さんだなんて思いませんでした」 興信所の調査でどこのサービス事業者の家政婦かすでに把握はしていたが、怪しまれないように、九条社長にはチラッと家政婦の話をしておいた。「そんなこと、ないです」 彼女は俺のお世辞にニコッと笑ってくれた。 家政婦に依頼したい内容を伝える。 本当に住んでいるわけではないため、掃除くらいしかすることはない。「わかりました。基本的にお掃除をすれば良いんですね」「はい。お願いします。あっ、あと。本当はいけないことかもしれませんが、僕も孝介さんと同じように、美和さんって呼んでも大丈夫……ですか?」 家政婦は一瞬目を見開いた。 いきなりすぎたか? 本当はもっとゆっくりこの女を落としていくつもりだったけど、時間がない。美月をこれ以上傷つけたくない。|孝介《あいつ》も何するかわからないし。「あっ。はい」 いいのか。「良かった」 自然と口角が上がった。「それで、美和さん。もし良かったらの話なんですが、このあと、何か予定とかはありますか?急な依頼を受けてくださったお礼に、食事でもご馳走できたらと思って。個人的な誘いを含んでいるので、美和さんの会社には内密にしてほしいんですが」 これも一種の賭けだな。 普通だったら断るところ、この女はどう出るだろう。 難しいと思ったが、家政婦の目が輝いていくのがわかった。「あっ。はい。私で良かっ
Last Updated: 2025-10-23
Chapter: 決意 8「私は自分を曲げないから。仕事だから、上辺だけは普通に接するけど。あんな余計な人がいない、いつものベガに早く戻ってほしいと思っているから」「おいっ!」 その後、急に静かになった。 藤原さんがフロアーかキッチンに戻ったみたい。 深呼吸をして控室をノックする。「失礼します。よろしくお願いします」 私が入室すると、平野さんの肩がビクっと動いた。「あっ。九条さん。お疲れ様です。今日もよろしくお願いします。この間はありがとうございました」「いえ。こちらこそ。ありがとうございました」 何事もなかったかのように、平野さんは今日の内容について指示してくれた。 フロアーに入ると、藤原さんがいた。 平常心、平常心……。「お疲れ様です。よろしくお願いします」 私が挨拶をすると「お疲れ様です。こちらこそ、よろしくお願いします」 表情明るく、軽く会釈してくれた。 さっきまで私に対してあんなことを言っていた人だとは思えない。 演技だと思うけど、すごいな。 問題なく、ベガでの仕事が終わり、帰宅をする。「なんか、疲れた」 ポスっと脱力したようにソファに座る。 孝介のことも、美和さんのことも。藤原さんも……。 短い期間だけど、ベガではうまくやっていきたい。 藤原さんに認めてもらえるよう、頑張らないと。少しずつでもいい。私が頑張れば、きっとわかってくれるはず。 こんなことで疲れたなんて言っちゃいけない。 そうだ。 美和さん、今日は途中で帰っちゃったから、食事を作ってないんだ。 孝介にはもう彼女から連絡があったと思うけど、私からも夕ご飯どうするか連絡しておこう。私が作った夕ご飯なんて、孝介は食べないよね。 孝介に連絡するも、返信が来ることはなかった。 二十時過ぎ――。 玄関の扉が開く音がした。 孝介、帰ってきたんだ。「おかえりなさい」 私が迎えに行くと――。<バシンッ!>「痛っ……」 孝介にビジネスバッグを投げつけられた。「お前、いい加減にしろよ」 一瞬でわかった。予想はしていたから。美和さんが孝介に今日のことを伝えたんだ。 |美和さん《好きな人》を傷つけられたら、怒るよね。「いきなり、どうしたの?」 私は悪くない。 彼が怒っている理由は知っている。平静を保たなきゃ。 「昨日のスープの件、美和さんを問い詰め
Last Updated: 2025-10-22
Chapter: 溺愛デート 2 <番外編>「うん。いいよ」 二人で海斗の部屋へ帰宅することになった。「先にお風呂でも入っておいで?なんか映画でも見ようか。準備しておくよ」「うん」 言われるがまま、シャワーを浴び、海斗の洋服をかりた。 同じマンションだから、帰れば自分の服はあるのに。少し大きい海斗のTシャツとハーフパンツにドキッとしてしまう。「先にシャワーありがとう。海斗もどうぞ」 タオルを羽織っている私の姿を見て、一瞬海斗の動きが止まった。「うん。じゃあ、行ってくる」 しばらくして、海斗が戻ってきた。 まだ濡れている髪の毛が色っぽい。 本当にこんな人が私の彼氏……《《役》》なんだ。 私以外にも適任がいっぱいいそうなのに。 はずかしくて海斗を直視することができない。「わたしっ!なんか飲み物持ってくるねっ!」 喉なんて乾いていないのに、雰囲気に馴染むことができず、急に立ち上がった。「あっ」 慣れていない海斗の部屋、机に足をぶつけてしまい、よろけてしまった。「くるみっ!」 転びそうになったところを海斗に腕を引かれ、反動でベッドに二人で倒れこんだ。「あ、ごめん」 海斗の上に倒れかかった私は、すぐに退こうとした。 がーー。「ダメ。離さない」 海斗にギュッと抱きしめられる。「えっ、重いから。離して」 こんなゼロ距離、耐えられない。 お風呂上りの良い匂いがするし、彼の体温を感じた。心臓の音が煩くなる。「キスしてくれたら、離してあげる」 私の耳元から聞こえた彼の声にゾクっとしてしまった。 海斗とは一線を超えてしまってはいるけれど、そんなことを続けていたら彼からどんどん離れられなくなる。「キスしてくれないとずっとこのままだからね」 フッと笑う海斗、どことなく楽しそうだった。 私のこと、からかっているんだ。「わかった」 観念した私は、顔をあげ、海斗の頬にキスをした。「はいっ!キスしたから離し……」 海斗に目線を合わせた時「んっ……」 海斗からキスをされた。「んんっ……」 これは普通のキスではない。「はぁっ」 海斗の舌が絡まって、離れる度に吐息が漏れる。「ちょっ……」「くるみに隙がありすぎて、心配になった。俺のくるみだってことをわからせて?」 どういうこと……? キスが激しい。リップ音が室内に響く。「私は、海斗のだからっ」
Last Updated: 2025-08-15
Chapter: 溺愛デート 1 <番外編> マンションのエントランスで待ち合わせをして、海斗《彼》を待っている。 彼と言っても「《《本当の彼氏》》」ではない。契約で結ばれている、愛のない偽りの関係。 だけど、偽りの関係なんかじゃないと思う瞬間が多く、私は戸惑っている。 なんせ彼氏の「海斗」は、私に対してとても甘い。 偽装彼女だから、そんなに気を遣わなくてもいいのに。「くるみ、お待たせ」「ううん。私も今来たところ」 待ち合わせ場所に現れた彼は、爽やかなジャケットにジーンズという服装。 ラフな格好に見えるが、彼の容姿の良さを邪魔しないシンプルな服装だった。 かといって私は「張り切ってきました」と言わんばかりの服装。短めのスカートに髪の毛はアイロンで緩く巻いてみた。お化粧もいつもより濃い気がする。「今日のくるみも可愛いね」 会った瞬間にそんなことを軽く言う彼は、本当にそんなことを思ってくれているのだろうか。 今日は、映画館デート。「私、見たい映画があるんだ」 そんなことを呟いたら、それを聞き逃さず「今度行こうよ」と自然な感じで誘ってくれた。 映画館に着き、エスカレーターで二階へ行く。「くるみ、先に乗って」 エスカレーターに乗る時に、そんな提案をされた。「うん」 どうしてだろうと思ったけれど、その時は気にもせず、チケットを買い、席へ座った時だった。 幸い、映画館はそれほど混んではなく、満席ではない状態だった。「まだ時間があるし、飲み物買ってくるね」 そう言って彼は席を外した。「うん、ありがとう」 私が海斗に気を遣わなきゃいけないのに。 彼の私ファーストの行動がいつもの私を狂わせる。 こんなに大切にされたことなんてない。元彼と比べてはいけないけれど、大和にもされたことがなかった。 海斗が席へ戻ってきた。「おかえり」 私が声をかけると 「くるみ、膝の上にこれ使って」 渡されたのは海斗のジャケットだった。「あ、ごめん。ありがとう。でもそんなに今日寒くないよ」「ん、そんな意味じゃなくて。俺が嫌なの」 彼は言葉を選びながら伝えてくれた。短いスカートとか、嫌だったのかな。ひざよりも少し上くらいなんだけれど。スタイルも良くないのに、そんな服装をしてくるなと思われたんだろうか。「ああ。ごめん。こんなカッコ
Last Updated: 2025-08-14
Chapter: 本当の彼女「だって、海斗のこと信じてたから。絶対にそんなことする人じゃない」 海斗の手を思わず握ってしまった。「あー。ダメだ。くるみ、可愛すぎる」 会社では見せない私だけの彼の姿、これからもずっと私だけの彼氏であってほしい。 そう、彼のことを守りたいと思った時、私は心の底から海斗のことを好きになってしまったことに気がついた。 さっき海斗に抱きしめてもらった時に、離れたくないと思った。「海斗、本当にごめん。私、ちゃんと彼女役になる自信がなくなっちゃった」 これ以上海斗と一緒にいると、もっと好きになっちゃう。「どうして?今日の挨拶とか、疲れたよね。ごめん。もうそんなことさせないから、普通にそばにいてほしい」 海斗は私の気持ちに気づいているわけではなさそうだ。「違うの。私、海斗の近くにいたら、海斗のこと今以上に好きになっちゃう。本当の彼女になれるわけないのに。一年後にはお別れしなきゃいけないのに……。だから……」「くるみは俺のこと、ちゃんとした恋愛対象で好きだってこと?」「……。そうだよ」 私が答えたあと、沈黙が続いた。 怖くて彼の顔を見ることができない。「あ――。ごめん。心の整理が必要で……」 やんわりとフラれてしまった。 一年後にはもっと傷が深くなっていたし、感情ももっともっと重くなっていたと思うから。ここできちんとフラれて良かったかもしれない。「俺は、くるみのこと、ずっと前から本気で好きだったよ。諦めようと思ったけど、無理だった。だからこの一年をかけて、偽装彼氏ってことを利用してまで、好きになってもらえるよう努力していこうと思ったんだ」「えっ」「俺はくるみのことが好き。だから、本当の彼女になってほしい」 海斗が私のことを好き? 嘘じゃないよね、夢でもないよね……。 隣にいる彼を見つめる。海斗の顔はいつもよりも赤かった。「はい!」 かみしめるように返事をしたあと、隣にいる海斗に飛びついた。「昔も今も――。大好きだよ」 海斗は私を優しく抱きしめてくれた。 半年後――。「ちょっと、海斗!大丈夫だよ!面接に行くだけじゃん」「いや、会場前まで送っていくよ。男性社員が多いって聞いたから。変なやつに声でもかけられたら……」 私は転職活動をしている。 海斗とは順調に交際を続けていて、私の夢だった、ゲーム開発会社で働くこと
Last Updated: 2025-08-12
Chapter: 無謀な計画 4 海斗は決起会が終わってからも、上層部との付き合いがあるため、私は先に帰宅することになった。「お疲れ様。今日はゆっくり休んで」 海斗が一番大変だったはずなのに、帰り際に疲れた顔一つ見せず、私に伝えてくれた。 帰宅し、シャワーを浴び、ベッドに横になるも眠れない。 海斗に会いたい、あんなことがあったのだから、海斗だって精神的にも疲れているよね。私にできることがあれば、何かしてあげたい。 それは本心からで、偽装彼女だからという配慮からじゃなかった。「海斗に会いたい」 ポツリ、言葉に出してしまう。 そんな時、スマホが鳴った。 電話? 相手を見ると、海斗だった。「お疲れ様。海斗、大丈夫?」<お疲れ様。今日はありがとう。くるみ、嫌な気持ちにさせてごめん。帰ったあととか、大丈夫だった?何かされるようなことはなかった?> 自分の心配をしないで、私を優先して考えてくれているの?「私は大丈夫!海斗こそ、大丈夫なの?」<ああ、問題ないよ。あそこまでしてくるなんて、想定外だったけど。海外で生活してた時に危ない目に遭ったことがあって。最近も恨み事が多くてさ。念のために仕込んでおいて良かった。あんなところで役に立つなんて思っていなかったけど> 海斗は電話越しに笑っていた。「私、海斗に会いたい」 今彼がどこにいるのかなんて訊ねることもせず、気持ちを吐き出した。<俺もくるみに会いたい。会いに行ってもいい?実はもう帰ってきたんだ> 数分後、海斗は私の部屋に来てくれた。玄関でギュッと彼を抱きしめる。「おかえり」「ただいま」 海斗も抱きしめ返してくれた。 彼の胸の中がこんなにも安心できるなんて。 同時にチクりと心が痛んだのを感じた。 一年だけなのに……。 私はあくまで本当の彼女ではないのだから。 二人でソファに座る。 私は自然と海斗に肩を預けていた。「どうしたの?今日は。くるみから甘えてくれるなんて嬉しいんだけど」「なんか、海斗に甘えたい気分」 可愛げがない発言かもしれない。 もっと素直に「甘えたいの」と伝えた方がいいのかな。「今日のことは……。吉田さんたちのことは、くるみは何も考える必要はないから。あんな元彼のこと、もう忘れて」「あの人たち、どうなるの?」 会社の士気をあげる大切なイベントに酷い騒ぎを起こしたのだ。 処分は
Last Updated: 2025-08-10
Chapter: 無謀な計画 3「今日は会社にとって大切な日でしたので、真実は別のところで証明しようと思ったんですが。僕の大切な彼女をこれ以上悲しませるわけにはいきませんから」 彼はフフっと笑って、私を見た。 あ、これ、海斗がゲームをしていて余裕で勝った時と同じ顔をしている。 その後、当事者を集めてパソコンを使い、吉田さんが海斗に襲われたと証言している時の映像を見ることになった。……――……<龍ヶ崎部長、雨宮先輩のことで話があります。少しいいですか?> ホテルの廊下に映し出されたのは、海斗と吉田さん二人だけだった。<すみません。吉田さんと二人だけで話をする場ではありませんので。本当に必要なことであれば、別日に改めてください> そう言って海斗が吉田さんの隣を通りすぎようとした時だった。 急に彼女が胸元からボタンが弾けるほど、洋服を引っ張り<キャアー!!誰か来て!!> 大声で叫んだ。<なっ?> 海斗が一瞬戸惑いを見せると、大和を含めた数人の男性がかけつけた。<龍ヶ崎先輩に襲われそうになって。助けてください!> 彼女は数人の後ろに走り込み、身を隠すようにその場に座り込んだ。……――…… 映像を見る限り、映し出されていたのは、完全なる彼女たちの自作自演だった。 呆然と画面を見ている吉田さんは、冷や汗をかいているようで、顔も青ざめていた。大和たちも映像を見ることなく、目を逸らしている。「これで僕は潔白です。虚偽ですよね、このまま警察に行きますか?」 海斗が当事者に向かい、鋭い目線を向けた。 その時――。「何の騒ぎですか?」 一人の背の高い気品のある高齢の男性が現れた。「会長……。それが……」 上層部が今の出来事を説明すると「よくこの場でこんなくだらない真似をしてくれたね。今日は息子の晴れ舞台だっていうから、足を運んだのに。キミたちの社長には、しっかりと伝えておくよ」 高齢男性は吉田さんたちに向かって、冷静にも怒りを伝えている。 会長って言われているけれど、うちの会社の会長ではない。 でもこの人、どこかで見たことがある気がする。 あれ……。ん!?息子?今、海斗のことを息子って言ったよね……。 まさかっ……!「久しぶりだね。くるみちゃん。元気にしてた?」 私に目線を向けたその人は、高校時代、お世話になった海斗のお父さんだった。 もしかして
Last Updated: 2025-08-08
Chapter: 無謀な計画 2 しばらく何もせず、ただ通り過ぎる人を見つめていた時だった。 私のスマホが鳴った。由紀からだ。 由紀も決起会に参加しているはず。「どうしたの?」 私が声をかけると<くるみ、どこにいるの?海斗さんが大変なの!今すぐ会場に戻ってきて!> 切羽詰まった様子に、慌てて飛び出し、会場まで走った。 海斗が大変ってどういうこと!? 会場に戻ると、空気がおかしく、人だかりができていた。「私はやめてくださいって言ったんです!なのに強引に龍ヶ崎部長が迫ってきて……。服を途中まで脱がされて……」 あぁぁぁっと大きな声で泣いている吉田さんがいた。 え、これはどういう状況なの?「くるみ!大変なの。龍ヶ崎部長が吉田さんを襲おうとしたって、彼女騒いでいるのよ」「そんなこと海斗がするわけない!」「それが、目撃をした人がいて。大和さんも証言しているし、その他にも……。今、決起会どころじゃなくなっているの」 大和は吉田さんに都合よく使われているだけだ。 だけど、他にも見た人がいるって。 どうして?「海斗はどこ?」 姿を探しているが、見当たらない。「別室で事情を聞かれているわ」 私は場所を聞き、走って向かった。 扉を開け「海斗!」息を切らしながら、彼から直接事情を聞こうとするも「今、本人から事情を聞いているところです。席を外してください。もしかしたら警察に通報することになるかもしれません」 会社の上層部らしき人に、出て行ってくださいと手で誘導をされた。 海斗は「くるみ……」 一言だけ私の名前を呟いただけだった。 目線と口角は下がり、不安そうな表情をしている。 どうして自分はやっていないと否定しないの?「絶対に部長はそんなことをする人じゃありません!私、さっきまで彼と一緒にいました!そんなことをする時間はありません。きちんと調べてください」 叫ぶように伝えるも「あなた、部長の彼女でしょ。普通、彼を擁護しますよね。事実確認ができるまで出て行って……」 怪訝そうな顔をされ、出て行ってと押された。「彼は頭が良くて、冷静で、自分を抑えられる人です。こんなところで人を襲うわけないじゃないですか!誰ですか、目撃した人って。嘘をついているに違いありません!」 海斗は絶対にそんなことをするような人ではない。「海斗!ちゃんと言ってよ!やってないって!
Last Updated: 2025-08-06