囚われの聖女は俺様騎士団長に寵愛される

囚われの聖女は俺様騎士団長に寵愛される

last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-15
Oleh:  煉彩Tamat
Bahasa: Japanese
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平凡な家庭で育てられた、アイリス・ブランドン。 彼女はある「力」の存在を隠しながら暮らしていた。 ある日を境に力の存在を知った上級貴族から狙われ、彼女は幽閉されてしまう。 そこへ現れたのは王都直属の騎士団を率いる、上級騎士のレオン・カートレットだった。 自分の人生に絶望したアイリス。 レオンから言われた一言によって、もう一度「生きたい」と願い、歩み出そうとするも――? ※このお話は時代背景ともにフィクションです。 ※イラストは武田ロビ様に描いていただきました。 イラストの無断転載・転用、二次利用禁止です。

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プロローグ/隠された力
 膝を抱え、目をつむっていた。 ここはある上級貴族の家。地下一階の監獄に私は閉じ込められている。 破れたドレスに素足。髪の毛は乱れ、もう何日もお風呂には入っていない。パンとスープ、貴族が食べるには質素な食事だけを与えられていた。が、私はその食事も拒んでいる。 もうこんな世界でなんて、生きたくはない。 その時、コツンコツンと誰かの足音がした。「まだ例の力について、何も話さないのか?」「はい。こちらが話しかけても返答しません」 歩いてきた男が私を見張っている看守に話しかけているのが聞こえた。 この男さえいなければ、私の母は――。 ふぅと息を吐き「いい加減、諦めたらどうだ。アイリス・ブランドン」 呆れかえっているかのように、私の名前を呼んだ。 あなたたちさえ、いなければ。 私と母は今まで通り、普通の生活を送っていたのに――。<隠された力>「アイリス、今日は早く帰ってきてね?なんだか嫌な予感がするの」 その日はお世話になっている牧師様に教会で飾ってもらうお花を近くの花畑へ摘みに行こうとしていた。 母は胸を抑えながら、どことなく不安そうに忠告してきたのを覚えている。「ええ。わかったわ。早めに帰るから」 私と母は二人暮らしの至って普通の平民だった。 父はいない、私が生まれる前に病気で亡くなったと母から聞かされていた。 裕福な暮らしではなかった。 学校も出ていない私は、働く場所もなく、街に出て市場を手伝ったり、知り合いから仕事をもらったり、その日暮らしをしていた。 母は身体が弱い。 ここ数年は頭痛や動悸に悩まされているみたいだったが、原因もわからず、ただ安静にしているしかなかった。 母のことは心配だけれど、調子の良い日はご飯を作ってくれたり、私にいろんな知識を教えてくれるから。 社会に出ても特に不自由することなく、なんとか働けていた。 早めに花を摘み、自宅へ帰ろうと急いでいた時だった。 なんだろう、あの集団。騎士さま? 鎧を纏った騎士が家の周りを取り囲んでいた。 どうして?私たちは何も悪いことなどしていないのに。  もしかしてお母様に何かあった? 息を切らしながら走っていくと「止まれ」とある騎士に声をかけられた。「あの、私の家でなにかあったんですか?母は病気で家からあまり出られないんです!悪い
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-24
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隠された力 2
 私の声を聞き、顔をあげたその頬は真っ青だった。「アイリス!逃げなさい」 立ち上がろうとするも、母はその場に再び膝をついた。  どうしよう、このままじゃ。死んでしまう!  そう思った瞬間、私の拘束がなぜか解かれた。  振り返る間もなく、母の元へ駆け寄り、傷を確認する。「お母様!今、治すから!」 私は意識を集中させようとした。「ダメ!やめなさい」 母に手を抑えられた。「嫌よ!このままじゃ!お母様が死んでしまうわ」 先ほどよりも出血していることが服の上からでもわかる。「やはり、お前。治癒力が使えるんだな。しかもその傷を癒せるほどの。ずっと探していた。やっと、やっとだ。たどり着いた。これで私は皇帝より認められ、さらなる力を授けられる。お前だな、加護の魔法を使ってアイリスの存在を守っていただろう。力の使いすぎでこんなにも貧弱になったんだな、アン・ブランドン。愚かな女」 この人、母の名前を知っているの。 治癒力を使わなきゃ、母が死んでしまう。 私は傷を抑える母の手の上に自分の両手をかぶせ、意識を集中させた。  使ってはいけない力だと教わっていた。 母と約束を取り交わしてからは、癒す相手はいつも動物だった。 人間相手にはあまり使ったことはない。母の病気はなぜか力を使っても治せなかった。けれど、今なら治せる気がする。いや、治さなきゃ。 私の手のひらから光が溢れた。「おおっ……」 その光景を見て、周囲の男たちは声をあげる。「アイリス……」 母は段々と失いかけていた意識を取り戻したみたいだった。「お母様!良かった」 ギュッと母を抱きしめた時だった。「お前たち!見ただろう?これが聖女の力だ」 聖女の力……? 私が聖女なの。お母様が魔法を使えることは知っていたけれど、そんな血筋じゃ……?「その女を連れて行け」 貴族の男が命令すると、私は母と強引に引き離された。「いや!離して!」「アイリス!!」 母が伸ばした手を私は掴めなかった。「母親はどうしますか?」「大した使い道もない。先ほど、聖女の力は確認がとれた。娘がいれば十分だ。それにこの女は我がクラントン家から逃げ出した女。殺してしまえ」 私は騎士たち数人から抑え込まれ、身動きが取れなかった。「お母様!」 母は私を
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隠された力 3
 そして私は母を殺した貴族、クラントン家に連れて行かれた。 連れてこられた後も私が一向に治癒力を見せようとしないため、拷問を受けることもあった。「自分の傷は自分で癒せるだろう?」そんな風に言われて。 私は自分のために治癒力を使わなかった。 だから傷が増えていく毎日だった。 拷問は死なない程度で、頬を叩かれたり、お腹を蹴られたり、手を踏まれたり。 それを楽しんでいたのが母を殺した男、オスカー・クライトンの妻、マーガレットだった。「本当にバカみたいな子。早く力を使えばいいものを。強情なところはあなたの母にそっくりね?」  母という言葉に私の肩がピクッと反応をしてしまった。「あら?知らないのかしら。あなたのお母様はオスカー様の弟と駆け落ちしたのよ。ただの貧民を愛してしまったオスカー様の弟もバカな男だわ。家紋を捨ててまで、あの女と一緒にいることを決めたんだから。ま、その後すぐに事故死したって聞いたけれど」 そんな過去があったの。 お母様はなぜ私に教えてくれなかったのだろう。 私のお父様は病死だと聞かれている。「あなたの顔を見る前に事故死したらしいわね。不運よね。本当に。まぁ、家紋を捨てた恥かしい人間なんてこの世にいない方が良いのだけれど」  ハハっとマーガレットは甲高く笑った。 その声で気づいた。父は病死なんかではない。 きっとこの人たちに殺されたんだ。お母様みたいに。「何その目。気に入らないわ。もっと痛い目に遭いたいの?」「やめておきなさい。マーガレット。皇帝に見せる時に傷ものでは疑われるだろう?この力があれば、うちの家紋は安泰だ」 横からオスカーが現れ、マーガレットの肩を抱いた。「いいか。囚われの聖女よ。早く力を見せろ。まずはお前の自分自身の傷を癒すところを見せろ。本当はできるんだろう?」 返事なんてするわけがない。「ふん。時間はいくらでもある。洗脳から始めるんだ」  不敵な笑みを浮かべ、彼らは去っていった。
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隠された力 4
私は暗闇の中でずっと一人で過ごす、そんな日々が続いていた。 残っているのは、母との楽しい思い出だけ。 涙も出なくなった。 食事も摂らず、ただその日を生きていた。「洗脳」と呼ばれるものは私には効かないらしい。 魔導師が来て、何か呪文を唱えたけれど、私は影響は受けなかった。 これも聖女の力が関係しているのだろうか。 オスカーが焦り始め「いい加減、諦めたらどうだ」 そう告げてきた時だった。「大変です!オスカー様。今、王都の騎士団が来ています。調査が入るそうです。他国への情報漏洩や密輸、領土での平民殺し等が疑われています。すぐに応接室へ来てください」 執事長らしき人物が現れ、オスカーとともに消えた。  この家紋は本当に最悪ね。早く消えてしまえばいいのに。  きっと悪事を働いていることは確かだろう。 私もこの力を彼らのために使うつもりはない。 一層のこと、私も死んでしまえばいいのよ。 死を覚悟していた時だった。 その時、地上から物凄い鈍い音が聞こえた。 雷鳴のような、ドーンとした地響きも聞こえ、振動も感じる。 一階で何が起こっているの。 建物が揺れる感覚を覚える。 耳を済ますと悲鳴のような声も聞こえる。 しばらくすると数名の足音が慌ただしく聞こえてきた。「早く逃げるんだ。このままだと私たちは処刑されるぞ。アイリスの力さえあれば、何とかなる!この家も燃やしてしまえば証拠が残らない」 私の前に現れたのはオスカーと数人の執事だった。 監獄のカギを開け、私を強引に立たせ、どこかに連れて行こうとする。「早く歩け!見つかるぞ!」 彼らの慌てようは尋常ではない。 引きずられるように一階へ誘導された。  焦げ臭さとともに、屋敷内は煙が充満してきている。  燃えているの? 理解ができずに彼らに引きずられるまま、大廊下に差し掛かった時だった。  目の前に男性が見えた。 服装からして騎士?しかも上級の。オスカーの仲間?「逃げるな。今ここで殺すぞ。オスカー・クライトン」 低い声音。怖い。 この人たちの仲間ではないの?「お待ちください。カートレット騎士団長様。決して逃げようなどとは……」 息を切らしながらオスカーが答えた。「では、ここで何をしている。私は応接間でずっと待
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隠された力 5
 私が彼を見つめていると目が合った。「その女性は誰だ?ここの人間ではないな。報告書の中にはいなかった」 彼は段々と距離を詰めて来ている。「ひっ……」 その圧力からか、悲鳴を上げ、私を支えていた執事たちは逃げ出した。「おいっ!お前ら」 オスカーも「チッ」と舌打ちをしながら私を置いて逃げようとした。 が、その瞬間、ドーンという雷鳴が聞こえ、一瞬、青い光のようなものがオスカーに刺さったかのように見えた。 彼はその音と共に倒れ、次第に床に血だまりができ、彼が一瞬のうちに絶命したことを理解した。 これはなに?どうなっているの?この人の力? 私はストンとその場に座り込んでしまった。 腰が抜けてしまったというか、単純に何も食べていなかったためか、力が入らない。「監獄にでも幽閉されていたのか?何をした?」 私の破れたドレスからは素足が見え、足枷のあとが見える。「何もしていないわ」 この人に嘘は通用しない。この人の目を見た瞬間、そう感じた。「話はあとから聞こう。ここはすでに危ない。魔導師が暴れているらしい。屋敷から出るぞ」 手を差し出されたが、この手を取って良いのだろうか。  躊躇っていると「カートレット様!魔導師が魔法陣を解きました。ここは危ないです。俺たちも退避します」 部下らしき人がこちらに向かって叫んだのが聞こえた。「わかった」 落ち着いて彼は返事をした。 この屋敷は崩れるんだ。だったら私もここで死んだ方が楽よね。 これ以上生きていても私には何も残っていない。大切な人も。守りたい人も。死ぬのを覚悟していたところだったじゃない。「私はここに残り、死にます」 私の発した言葉に驚いたのか、彼が一瞬目を見開いた。「なぜ死のうとする?何か罪を犯したのか?」 彼の言葉の後ろで、ガタガタと建物が崩れる音が聞こえる。 ああ、本当に終わるのね。「罪は犯していません。あなたは早く逃げてください。危ないです」 そういえば、煙の色も濃くなっている。 なんだか苦しくなってきた。コホコホと咳も出る。「お前を残して逃げはしない」 彼の言葉に返答のしようがなかった。  どうして。ほっといてよ。 生きていたら私がここに幽閉されていた理由をきっと調べられるし、もしも聖女の力があるとわかったら国に利用されるだけ。 私は私で居られなくな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-24
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隠された力 6
「転送魔法を使った」 魔法を使った?騎士様が? 転送魔法ってかなりの上級魔法じゃ。 この国では限られた魔法使いでないと使えないって聞いたけれど。「どうして私を助けたのですか?」 一層のこと、死なせてほしかった。「お前が助けを求めている顔をしていた」「えっ?」 抱えられたまま、彼の顔を見る。 この人、とても綺麗な顔立ちをしているんだ。 髪の毛はサラサラでシルバーの長髪。切れ長の目。「狙われているな」「えっ?」 彼がそう呟いた瞬間、ドーンと近くを竜巻のようなものが通った。 ぶつかった木々は折れている。「お前か。オスカー・クライトンが雇った魔導師は」 黒服に身を包んだ男がこちらを見ていた。「オスカーはもう関係ない。自分の力を試したくなった。最強と言われている王都の騎士団長であるお前は、私に勝てるのか。騎士は魔法使いよりも下であることを証明してやる」 はぁと溜め息をついたカートレットは「お前は俺には勝てない。死にたくなければ失せろ。まぁ、オスカーに手をかしていたことがわかれば、あとから探し出し、極刑だけどな」 私がいるから邪魔なんだ。この人は私を抱えたままだと自由に動けない。「おろしてください。私があなたの邪魔をしています」「言うことを聞いたら、お前も俺の願いを一つ聞いてくれるのか?」 俺の願いって? こんな状況で何を言っているの。「騎士の分際で、俺のことを無視するな!」 魔導師は何かを唱え、赤い炎の塊を飛ばしてきた。  熱い。 彼は私を抱えたまま、その炎を避けている。「逃げてばかりじゃ勝てないぞ」 ハハハっと自分が優勢であるかのように魔導師は笑っていた。 このままだと私のせいでこの人が死んでしまう。 炎が彼の腕を掠め、隊服が焼けた。 きっと火傷している。私を庇ったせいだ。「わかりました。おろしてくれたらあなたの願いを一つ何でも聞きます。だから私を……」「約束したぞ」 彼はフッと笑うと、攻撃を避けながらスッと優しく地面に私をおろしてくれた。そして私の前に立ち、剣を抜いた。「死ね!」 魔導師が叫び、先ほどよりも大きい火の玉を放った。「お前がな」 彼は剣で炎の玉を切ると、一気に魔導師まで走り寄り、その体を真っ二つに切った。「バカな……」 その言葉一つ残し、魔導師は一瞬にして絶命した。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-25
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隠された力 7
 悩んでいると「隊長!やっと見つけました!」 先ほどの騎士の声が聞こえた。「ああ。魔導師と戦っていた」「その様子だと勝てたみたいですね。さすがです。あれ?この女性は?」「ああ。いろいろあって」 チラッと目が合った。監獄に居たとなれば、詮索されるに違いない。 どうしよう、なんて説明をすればいいの。「こちらのレディは俺が預かる。ケガもしているみたいだ。お前たちは上層部に報告を。クライトン家は全焼と崩壊。オスカー・クライトンもこの崩壊によって死んだ。俺が見ている」 崩壊によって死んだ? 自分が殺したとは言わないのね。「はい。わかりました。とりあえず捕まえた執事長にオスカー・クライトンが行っていた情報漏洩や闇貿易、賄賂等について知っているか聞いてみます。クライトン家の一族にも。生きて捕まえた奴等は裁判にかけられるんでしょうけれど。皇帝に逆らったとして極刑でしょうね」 マーガレットは生きているのかしら。 あの人がもし生きていれば、私の秘密をきっと話して極刑を免れようと命乞いをするのでしょうね。 彼の部下が去ったあと、二人きりになった。「お前、隙を見て逃げ出して、自害しようとしているだろ?」 考えていたことを唐突に言われ戸惑う。「私には何も残されていません。生きる希望もありません。帰るところも。だから……」「生きる理由がないから、死のうと言うのか?」 彼の問いに何も答えられなかった。 正直、これからの人生なんて全く予想がつかない。「先ほどの願いの話だが……」 願い? ああ、私をおろしてくれたらって約束したわよね。「はい」 お金も持っていないし、この人は騎士団長。名誉も力もある人。 何を望むのだろう。「俺のために生きろ」 えっ。俺のために生きろ?「せっかく与えられた命なんだ。生きる理由がないというのなら、俺が作ってやる。俺のために生きろ」 この人、本気で言っているの。「私が約束を守るとでも?」「約束は守ってくれる。俺は信じる」 今日はじめて会ったのに。 どうしてこんなにこの人のことを頼りたくなるんだろう。 言葉の魔法でもかけられているのかしら?「お前の事情は帰ってからゆっくり聞く。監獄の中にいた理由も。罪人ではないことくらいわかる。心配するな」 ああ、この人なら――。 信じてもいいのだろうか。「はい」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-26
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隠された力 8
 どのくらい馬の背中に乗っていたんだろう。 彼と数人の騎士たちと共に彼の屋敷へと向かっていた。 他の騎士もいるためか、彼は私の事情をありがたいことに聞いて来なかった。「おかえりなさいませ。カートレット様」 屋敷に着くと、メイド長と数人のメイドが出迎えてくれた。「帰った。変わりないか?」「はい」 ペコっと頭を下げる使用人たち。「悪いが、こちらのレディを風呂に入れてやってくれないか。事情がある。その後、彼女に食事を摂らせてくれ」 やっぱり汚いと思われていたのかしら。 今更だけれど、申し訳なく思えてきた。「かしこまりました」「では、またあとで」 彼は私にそう告げると、屋敷の玄関とは違う方向へ歩いて行った。 どこに行くんだろう。「あのっ!私、一人でできます!」 私を出迎えてくれたのは手厚い歓迎だった。 お風呂くらい自分で入れるのに。「そうはいきません。ご主人様からお預かりをした大切なレディですから」 メイドたちに囲まれて入る久しぶりのお風呂。 気持ち良かったけれど、精神的には休まらない。「あの、このドレスは?」「そちらはご主人様のお母様の遺品です。申し訳ないことに、お客様用のドレスがなかったので、ご主人様のご命令により、そちらのドレスを着ていただくことになりました」 遺品ってことは、カートレット様のお母様は亡くなっているのね。 そんな大切なドレス、私が着てもいいのかしら。「さあ、髪の毛を整えましょう」 メイド長の指示に従うまま、お人形のように着こなされた私は、食事に案内された。「え、あのっ。こんなご馳走、私には勿体ないです」 サラダ、スープ、お魚にお肉、焼き立てのパンにフルーツが並んでいる。「ご主人様のご命令ですので」 ご命令って。 何度も断わっても返答は「ご命令です」の一点だった。 ここではカーレット様の命令は絶対なんだわ。 使用人だから当たり前なのかもしれないけれど。「食事が終わりましたら、ご主人様のお部屋へご案内いたします」「あの、カートレット様はもうお食事は済んだのでしょうか?」「はい。お嬢様が入浴されている間に召し上がっていただきました」 お屋敷とは違う方向へ歩いて行ったのに、もう帰ってきているんだ。  メイド長へ案内され、カートレット様の部屋へ向かう。<トントントン>とノックをし、
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隠された力 9
「あの、いろいろとありがとうございました。お風呂もお食事もとても美味しかったです。このドレスも。私なんかが着てしまって、申し訳ございません」「いや、いい。気にするな」 カートレット様は隊服を脱ぎ、先ほどよりもリラックスしているように見えた。「座れ。話をしよう」「はい」 ああ、ドキドキしてきた。なんて伝えよう。どうせいつかはバレる。 それに、彼に嘘は通用しない気がする。「話の前に身体を見せろ?いたるところに傷があるそうだな」 お風呂の時、メイドたちに見られたから。 報告を受けて彼は知っているんだ。 腕や足の傷を見せると「拷問のあと……か」 傷を見るなり判断をし、私の傷の部分に触れた。 何をされるんだろう。 そう思った瞬間、触れられた部分が温かくなった。「治癒魔法だ」「えっ?」「気休め程度にしかならないが」 カートレット様は、治癒魔法まで使えるの?「完全に治ったわけではない。治りを早めただけだ。俺にはそこまで力はない」 ふぅと彼は息を吐いた。 魔力の消費が激しいのね、きっと。「ありがとうございます。痛みがなくなりました」「さて、君は何者なんだ。なぜオスカーに囚われていた?」 彼の言葉を聞き、鼓動が早くなる。深呼吸をし、呼吸を整える。 私の力のことを知ったらどんな反応をするんだろう。「私の名前はアイリス・ブランドン。治癒力があります」 ピクッと彼の眉目が反応したのがわかった。「治癒力だと?オスカーが欲するほどの力がキミにはあると言うのか?」 首を少し傾げながら、まだ私の力のことは信じられないといった様子だった。「なぜ治癒力があるのに、自分の傷を治さなかった?」 私には拷問の傷がある。たしかに自分の力でこの傷は治せるけれど。「母にこの力のことは誰にも話すなと言われていました。そして使ってもいけないと。オスカーに囚われてからも、この力は使わないようにしていました。きっと悪用され、利用されるに違いないと思ったからです」「キミの母親も治癒力が使えたのか?」「いいえ。母は魔法は使えましたが、治癒力は使えなかったみたいです」 そうか……。と一言返事をしたあと、彼はしばらく黙ったままだった。 私もなんて会話を繋げて良いのかわからず、彼の顔色だけを伺っていた。「キミを疑うわけではないが、治癒力は……。本当の治癒力
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隠された力 10
「これで信じていただけましたか?」 彼は自分の腕を擦っていた。 そして「ああ。すまなかった。信じる」 声にハリがなく、驚いているようだったが、納得した様子で信じると言ってくれた。「治癒力のことは誰が知っているんだ?母親とオスカーだけか?」「母はオスカーに殺され、死にました。今、この力のことを知っているのは、オスカーの妻であるマーガレット、その周囲の者たちだけだと思います」 平然と答えたつもりだったけれど――。 私の眼から一粒の涙が零れた。 あれ?どうして泣いているんだろう。母のことを考えたから? あの監獄の中では涙さえ許されなかったから。 精神的に落ち着いたからだろうか。「申し訳ございません。きっと……。今はあの暗闇の中ではなく、こうやって久しぶりに安心できる環境にいるから、甘えているんだと思います……。母のことを思い出したら……」 私が生まれなければ、母はまだ生きていたんだろうか。 この力がなければ、私たち親子は今でも普通の生活を送っていたんだろうか。     どうやったらあの時母を助けることができたんだろう。  そんな後悔が急に押し寄せてきた。 溢れる涙を拭っていると――。「俺の前では泣いても良い。すまなかった。辛いことを聞いて。今までよく耐えたな」 熱感が体に伝わってきた。 カートレット様がまるで子どもをあやすかのように肩を優しく抱いてくれた。「ごめんなさ……」 ヒックヒックと嗚咽しながら肩を上下する私を、彼はそのまましばらく抱いてくれた。 人の温かさに触れたのは、いつぶりだろう。 彼の手は、心地よくて気持ち良い――。「今メイドにお茶を持ってきてもらう。今日はゆっくり休めば良い」 彼は立ち上がるとメイドを呼び、私にお茶を淹れるように支持をした。「はい。ありがとうございます」 明日からは私は普通の生活に戻れるのだろうか。 カートレット様は私の力を知った上でどんな判断をするの? 不安がまた押し寄せてくる。「カートレット様、私はっ」 あれ? 急に立ち上がったからか、眩暈がした。 倒れそうになるところをカートレット様が支えてくれた。「大丈夫か?アイリス!どうした!?」 ああ、私の名前を呼んでくれた。 なんだかとっても嬉しい――。
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