Chapter: 第82話 守りたい【一弥side】俺の言葉を聞いて、杏華が曇った表情で何か考えているような素振りを見せる。「心配するな。お前から子供を奪おうなんて思っていない」俺がそう言うと、杏華は少しホッとしたような表情を見せる。やっぱりそうか……。こいつの中で俺はそういう男に見えているということなのか……。俺はその事実に少なからずショックを受けている自分がわかる。「あんなに探し回ったのに、まさかお前とあんな場所で再会するとは思わなかったけどな」「そうよね。私もあなたと一生会わないつもりで、あの家を出たのに……。運命って皮肉なものよね……」「それが今は俺たちはビジネスパートナーだもんな」「それはあなたが──!」「お前にとっても俺といることは悪くない条件のはずだ」「……随分な自信ね」「俺がいなきゃ、あのプールのときも、お前は子供ごとどうにかなってたかもしれないんだぞ」「それは──! っていうか、あのときも、知ってたってことなのね……」「あぁ……」「そう……」「少しお前は無理しすぎなんじゃないのか」「はっ……?」「お前が無理したら子供だってどうなるかわかんないんだぞ」「──そんなの、わかってるわよ! だから私は必死に!」「杏華。興奮するな」俺の言葉に興奮してしまう杏華をなだめる。「そうよ……。私、こんなことしてられないわ。この子のために今私が頑張らないと──!」杏華がそう言いながらベッドから降りてどこかに行こうとする。「ちょっと待て! まだ安静にしてろ!」俺はそんな杏華をーの身体を掴んでその場で抑える。「放して! 私は大丈夫よ! それより撮影に戻らないと!」「安静にしてろって言ってるだろ! お前一人の身体じゃないんだぞ!」俺は安静にしない杏華につい苛立って声を上げてしまう。「だって──! そうじゃないと私、なんのために頑張ってるか……」「杏華。いいか。今はお前の身体を一番に考えろ。仕事なんてどうでもいい。そんなの俺がどうにだってしてやる」俺は杏華の肩を掴みながら伝える。そう伝える俺の目をじっと見つめながら、杏華の瞳が揺れる。その瞬間病室にノックする音が聞こえ、振り向くと医者たちが入って来た。杏華の様子を確認し、医者はまだ体力が戻っていないから安静にするようにと再度伝える。そして杏華に必ず流産の兆候があることを伝えるようにと念押し
Last Updated: 2026-06-16
Chapter: 第81話 入り乱れる感情【一弥side】医者との話が終わり、俺は杏華がいる病室へと移動した。ベッドの隣の椅子に座りながら、静かに穏やかに眠っている杏華を見つめる。あんなに苦しそうにしていた杏華が、今こうやって穏やかに眠っているだけでも、俺の心も落ち着いてくる。だが、杏華の身体に流産の兆候があるなんて知ったら杏華は……。さっきまではただ助かってくれることを願っていたのに、今度はその事実を聞いて不安になってしまう杏華を考えると胸が痛む。すると、ゆっくり杏華が目を開く。「杏華……。わかるか?」「一弥さん……」隣で声をかける俺に杏華は静かに呟く。そして視線をゆっくり動かし、自分がどこにいるかを確認する杏華。「私……またあなたに迷惑を……」「そんなことお前は考えなくていい」目を開けて一言目がそんな言葉とは……。「どうして俺に言わなかった……?」「え……?」「腹に子供がいること」俺がそう伝えた瞬間、杏華の顔がみるみる不安そうな顔に変わっていく。「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」すると、なぜか杏華はどんどん泣き顔になり、手で顔を覆い、必死で俺に謝ってくる。なんだ……? なんでこいつはこんなに俺に謝ってくるんだ……?「なんだ! なんで泣いている!」俺は杏華の泣いて謝る理由がわからなくて、顔を覆う手を両手で掴みその手を下にそのまま降ろし、杏華の顔を確認する。「黙っていてごめんなさい──! 絶対あなたに迷惑はかけません! あなたに責任を取ってほしいなんて言わないから! 私が一人でちゃんと育てます──! だから私からこの子を奪わないで──!」杏華は目から大粒の涙を流し、見たことない追い込まれたような表情で、必死に俺に懇願するように訴える。「杏華! 興奮するな! 安静にしてろ!」俺はとにかく興奮している杏華の身体を抑えつけ、ゆっくりとベッドにまた寝かせる。杏華のその言葉で、すべて明確となった。腹の子供は、確かに俺の子だ──。それが明らかになった瞬間、俺の中でいろんな感情が入り乱れる。俺の子だと湧き上がる喜びと他の男が父親じゃなかった安心感。なのに何も俺に言わなかった苛立ちと、杏華も子供も共に守りたいと思う庇護欲。そして、なぜかただ杏華を悲しませている自分のこの情けなさ──。頭と心がぐちゃぐちゃになって上手く言葉を返すことが出来ない。「
Last Updated: 2026-06-15
Chapter: 第80話 困惑【一弥side】「もしもし俺だ! 今すぐこの街一番の名医がいるデカい病院を手配してくれ! どれだけ金がかかっても構わない!」電話の相手に緊急だと伝え、連絡があるのを待つ。俺が切羽詰まっているのを察し、すぐに要望通りの病院を手配出来たと報告が入った。幸いこの場所からもそう離れてはいない場所だったため、急いで車でその病院に向かう。病院に着くと、駐車場で待機している病院の関係者。俺はそれを確認すると、現地で通じる言葉で杏華に起こった一連の流れを説明する。外国語はどんな言葉でも得意としていることで、言葉の壁はなかったものの、気が動転していた俺は、いつものように余裕で流暢な言葉でなぜか説明することが出来なかった。どう説明すればいいのか上手く言葉が出てこなくて、自分でもそれで動揺しているのだとわかった。そしてすぐに診察室へと運ばれ医者に杏華を任せる。そこから医者の診断結果を待つ時間が、やけに長く感じた。病院に連れて来れば、万が一のことはないだろうと思いながらも、さっきまでの苦しそうにしている杏華の姿を思い出すと安心出来ず、ずっと落ち着かない。結婚していたときは、俺の前で杏華は一切弱いところも見せなければ弱音も吐かない女だった。だから正直あいつを心配するという概念さえもなかった。だが、ここ最近の杏華といえば、今みたいな追い込まれる状況ばかりだ。どうしてこいつだけがこんなことが急に起きる……。そのことに違和感を感じながらも、これからあいつにまだ何か起きてしまうような──、どうしてかそんな嫌な胸騒ぎを感じた……。それからようやく診断が終わり、医者に呼ばれる。今は杏華は病室で静かに眠っているという。杏華がいない別の診察室に呼ばれた俺は、医者に杏華との関係を尋ねられた。医者には、杏華を自分の妻だと伝えた。こんな状況で、わざわざ元妻だと説明するのも面倒だったし、夫婦だということにしておけば今の状況だけでいえば、事が運びやすくなると思ったからだ。そして俺の中で、杏華と”他人”だと言葉にすること自体が、どうしても受け入れることが出来なかった……。その状況だったことで、医者は俺に対して「気をしっかり持ってほしい」と伝えてきた。急に心臓が激しく胸を打つ。医者が口を開く瞬間、息を呑む。「奥さんが、妊娠されているのはご存知ですか?」「はい──」
Last Updated: 2026-06-14
Chapter: 第79話 急変【一弥side】翌朝。山小屋の窓から差し込む朝の光の眩しさに気が付き、目を覚ます。いつの間にか眠ってしまったのか……。こんな場所でこんな状況で一晩過ごせるのか不安ではあったが、なんとか一晩過ごせてよかった。しかし、昨日は、俺自身が自分で驚いてしまうまさかの行動をしてしまった。普通とは違うこの状況だということもあったが、とにかくあのまま杏華を放っておくことが出来なかった。どう見たって寒さで震えてるくせに、なんでもないと言い張る。こいつはいつもそうだ。俺が何かを聞いても、いつだって同じような言葉で返してくる。だから俺はこいつが何を考えているのかわからなかったんだ──。俺には必要以上のことを伝えようとせず、一人で何かを堪えて自分だけでそれを抱える。だけど、何かを言おうとして口をつぐんだ杏華を見て、今思えば、あの頃俺があいつに何も話せない雰囲気を作ってしまっていたのかもしれないと、ふと気付く。そうか……。あいつは俺に何か言いたくても言えなかったということか……。きっと今までの俺なら、こんなときまで意地を張って強がる杏華に、またイラついていただろう。だが、不思議と昨晩はそんな気持ちは起こらず、それよりもそんなことも言わない杏華に、なぜか少し悲しく感じた……。そう思ってからは、俺は無意識に身体が動いていた。気付くと俺はあいつの隣に座り同じ毛布に入ると、あいつを抱き寄せていた。それに別に深い意味なんてもちろんない。ただ寒そうにしていたあいつを仕方なく温めてやっただけだ。そう思いながら、あいつに接し、その場で寒さをしのいでいたけど、案外その二人での時間は苦痛に感じることはなかった。それどころかこの静寂の中、ただ隣に杏華がいることに、今まで感じたことのない安心を感じていた。すると、いつの間にか杏華も気付くと俺によりかかり、静かに寝息を立てていた。それに安心して俺も案外穏やかに眠れた。そして朝になり、昨晩よりも寒さは和らいだように感じて、外の様子を見に行くため、寄りかかっている杏華をゆっくりその場で横にさせ、上から毛布をかけ直し寝させてやる。それから俺は山小屋の外に出て、帰りの道が雪の影響で問題ないかどうかを少し先の方まで確認しに行く。なんとか雪も解けたし、これなら大丈夫そうだ。俺は安心して山小屋へ戻る。すると、中で寝ていたはず
Last Updated: 2026-06-13
Chapter: 第78話 抱き締められる強さ彼がどうしてそんな険しい顔をしているのかはわからなかったが、それほど私の行動は彼を怒らせてしまったのだと胸が痛む。彼はこんなに怒っているのに、私といえば、昔の彼とのことを想い出しながら、心を切なくさせていただなんて……。恥ずかしい……。私はそんな彼に気付くと、恥ずかしさで視線を外し、そのまま俯いてしまう。こんな私に彼がどんな言葉を浴びせるのか、彼にどんな感情を与えてしまったのか、また怖くなってしまう。すると、その瞬間彼が私の上にかぶさっていた毛布に手をかけ、そのまま私を見下ろす。また彼の行動とこの状況が理解出来ない私は思わずそんな彼を見上げてしまう。そして彼はその毛布の中に自分も入り、私の隣にドカッと腰を降ろした。え……!?今度は呆然としながらすぐ隣に座った彼の横顔を見つめてしまう。すると今度は背中から彼の腕が回り、グイッと私の肩をそのまま隣から抱き締める。えっ!? えっ!?一体何が起きてるの!?ギューッと抱き締められたこの現状に、私はパニックになりそうになる。「えっと……、あの……、この状況は……!」思わず私は彼に尋ねてしまう。「寒いんだろ……。こんな場所で強がるな」彼はやっぱり気付いていた……。「少しでも肌を触れ合わせていれば寒さは和らぐはずだ。今はこれで我慢しろ」彼はボソッと私の言葉に答える。私と視線を合わすこともなく、まっすぐ前を向いたまま呟く彼だけれど、その言葉は今までとは違う穏やかな口ぶりだった。「でも、それだとあなたが……」私がもし風邪をひいてしまっていたら、彼にうつしてしまうかもしれない。そして何より彼がこんな状況に不服でしかないのではないかと、そう一瞬言おうとしたけれど──。「なんだ」抱き寄せられながら、私の言葉に反応した彼がすぐ近くで私の方に顔を向ける。すると、あまりにも近いその数センチほどの距離で彼と視線が合い、ドキッとしてしまい胸が高鳴る。「いえ……」その状況に動揺した私は視線をそらし、そのままその言葉を飲み込んでしまう。どうしてか私は、今この状況を変えたくないと思ってしまった──。私が何か彼に伝えて、彼がその言葉を意識して、この手を放し、また素っ気なく私のそばから離れてしまうのが、嫌だと感じてしまったのだ。私はこの二度とこの先味わえないかもしれないこの彼の優しさやぬくもりを、
Last Updated: 2026-06-12
Chapter: 第77話 心が求めてどんどん降り積もる雪の中で倒れたあの瞬間、どうしてか一瞬一弥さんが頭の中に浮かんだ。そんなときに無意識で呼んだ彼の名前。朦朧としていた中、現れたのは、まさかの彼だった。“助けて”と心の中でも口に出して叫んだとしても、絶対助けてくれなかった彼が、今私を助けてくれ、こんな場所に一緒にいるなんて……。朦朧としている中、彼が私の名前を呼ぶ声は、なぜだかしっかり私の耳に響いた。目を開けていなくてもわかる、その声。こんなにも心配そうな声で必死に私の名前を呼び気にかけたことなんて、今まで一度もなかった。そんな彼は別人かと思うほど──。だけど、私はこの人の声を、存在を感じたとき、あんなにも安心して嬉しいと思ってしまった……。正直あの雪の中、倒れた時、もうダメかもしれないと思った。こんな場所にまで、誰も私のことなんて助けには来てくれないのだと。最悪なところまで考えていた。なのに、どうしてこの人は、またこんな場所でも私を見つけてくれるの……?前にプールで溺れて助けてくれたことを彼に尋ねたとき。ただの偶然かのような言葉を彼は告げた。ただ目の前で溺れていたから助けただけだと。なら、今は……?どう考えても、こんな場所に彼が偶然通りかかったなんてことも不自然だ。だとしたら、どうして……?もしかして私を探しに来てくれたの……?その理由を問いかけようと思うも、またあのときみたいに冷たい言葉が帰ってきそうで怖い。そう思うと、なかなか彼にかける言葉が見つからない。だけど、またこの場所に一枚しかなかった毛布を私にだけかけてくれた。ただそんなことでさえも、それは今まで私が経験したことのない彼の優しさだった。こんな状況に一人取り残されて心も身体も弱っている私は、そんな小さなことでも心が温かくなって嬉しくなる。彼にこんな感情抱くなんて思いもしなかった。彼が優しいだなんて、今まで一度だって感じたことなかったのに……。そんな彼なのに、私はあの頃、ずっと恋焦がれ、どんな彼でもこの心をすべてを尽くした。それほど今までの私は彼がすべてだった。だけど、今明らかに違う彼との関係。私の気持ちに応えてもらえることはなかったけど、彼と今の関係になって、こんな小さな優しさを知って、あの頃のような気持ちをまた想い出してしまうなんて、私はまだまだこの感情を手放せていないとい
Last Updated: 2026-06-11
Chapter: 320.甘い時間⑩◇ ◇ ◇昨夜、甘い慧さんをたっぷり堪能したあとは、そのまま慧さんと同じベッドで寄り添って眠った。今朝ふと目覚めた瞬間、すぐ目の前になんとも美しい表情で眠る慧さんがいて、あたしは昨夜の甘い幸せを想い出しつつ、今の穏やかに眠っている慧さんの寝顔を見て、目覚めているのに夢心地になる。慧さんが起きないのをいいことに、あたしは目の前の慧さんをマジマジと見つめる。無造作にラフに降ろしてる前髪も、長い睫毛も、スッと整った顔も、見ればみるほど美しくて、あたしはまた朝からうっとりしてしまう。何度見ても飽きない。どれだけいても飽きない。それどころかもっと見つめたくなって、もっと一緒にいたくなる。こんなに綺麗でカッコいい人が自分の彼氏なんだと、未だに信じられない時がある。こんな人を独り占め出来てるのだと嬉しくなる。仕事をしてる時はあんなに凛々しくて頼もしい男らしいカッコよさを感じるけど。こうやって一緒にいる時、こういう時間に、飾らない素の慧さんを見せてくれることで、更にその嬉しさが増す。こんな姿を知っているのは今は自分だけなんだと、胸が熱くなる。そしてその美しい肌に、寝顔に触れたくて、あたしはそっと寝顔の慧さんに手を伸ばす。起きてほしいような、起きてほしくないような。自分を見つめてほしいような、ずっとこの寝顔を見つめていたいような。慧さんが好きすぎて、どんなことでも満足して、どんなことでももっと欲が出てきてしまう。もっと今以上慧さんを感じたくてたまらなくなる。すると、慧さんが少しずつ目を開ける。「んっ。はよ……。依那……」まだ眠たそうな表情のまま、目の前のあたしに声をかける。「おはようございます……」あたしがそう応えると。「ちゃんと眠れた……?」そう言いながら優しく微笑んで、あたしの髪を触りながら優しく頭をなでる。「はい。眠れました」そしてあたしも微笑みながら答える。「ん。よかった」そう言いながらずっと頭をなで続ける慧さん。「慧さんもちゃんと眠れましたか?」「うん。依那が隣にいてくれたから、安心してぐっすり眠れた」「よかった……」「でも、もう少し、このまま……」そう言って、慧さんはあたしを抱き寄せギュッと抱き締めてくれる。あたしはそんな慧さんの胸に顔をうずめて、その幸せを噛み締める。「慧さん」「ん?」「今日慧さ
Last Updated: 2026-06-16
Chapter: 319.甘い時間⑨「じゃあ、その代わり……。もう少し依那感じさせてもらってい?」慧さんが耳元でそう囁いて、あたしを見つめ微笑む。その声は、静かに甘くあたしを誘惑する。「慧さん……」その囁きと微笑みに、あたしはまた胸が高鳴り、その瞳に吸い込まれるように、うっとりと見つめる。すると。今度は、さっきまであたしを優しく支えてくれていたと思っていた手に急に力が入り、グイッとあたしの腰を更に慧さんの方に引き寄せ身体ごと近づける。そして、すぐ目の前に近づいた慧さんを見つめると。「浮気すんなよ?」そう言ってニヤりと怪しく微笑んで……。「そんなの……、んっ!」“そんなのするわけない”と反応しようと思ったら、その言葉を言う前に、目の前の慧さんの唇でその言葉も塞がれる。こんな素敵な慧さん目の前にして、あたしはいつだってドキドキして限界ギリギリで。こんなに甘く唇を塞がれるだけで、胸がいっぱいになって仕方ないのに。「依那。手、首回して」唇を離して、そう伝えてくる慧さんに、あたしはドキドキしながら、目の前の慧さんの首に両手を回す。「ん。いい子」そう言って今度は優しく微笑んで、更にあたしの頭の後ろに手を触れ、慧さんの方に今度は頭ごとまた近づけて、甘い唇の嵐を降らす。あたしはこの甘い幸せにとろけそうになりながら、必死に慧さんにしがみついて、この甘いキスの嵐を堪能する。浮気なんてする暇ないくらい、他の誰も見えなくて。いつだって、慧さんに夢中なのに……。そして、唇が離れて、慧さんと見つめ合う。あたしは、幸せな気持ちになって笑みが自然と零れる。「フフ。幸せです」あたしは、つい慧さんに素直な気持ちを伝える。お互いの存在を気持ちを求め合って、受け止め合ってるような感じがして、気持ちも満たされる。「依那は、こんなんでいいの?」「えっ?」すると、慧さんがなぜかそんなことを聞き返す。どういう意味かを慧さんに尋ねようかと思ったら……。「オレはこんなんじゃ全然足んないんだけど」さっきまで優しく見つめていたかと思えば、今度は少し求めるような少し熱を感じる視線で見つめてきて、更に慧さんがあたしの感情を揺さぶる。「あたしも……です……」そして、あたしもそんな慧さんに刺激されて、満足していたはずの気持ちが、更にもっとと慧さんが恋しくなる。だから、あたしもその気持ちのまま、そ
Last Updated: 2026-06-15
Chapter: 318.甘い時間⑧「ホントですか……?」「あぁ。それもわかった上で、オレは彼らをこのプロジェクトに任命したんだから」「あっ、そっか……」「オレもそう思ったから、正直依那が適任だと思ってる」「慧さん……」「依那は、オレが想像しないようなアイデアや世界観や価値観を生み出してくれる。だからプロジェクトメンバーとしての依那に、オレも社長として大いに期待してるんだ」「ありがとうございます……」慧さんがそうやって当たり前のように、あたしの背中を後押ししてくれるような言葉をかけてくれることで、あたしはまたそんな慧さんに胸がいっぱいになる。「だけど。そっか。そういう立ち合いもあるってことか……」「そうですね。だから、ホントは明日一緒にめちゃめちゃ食べに行きたいんですけど、琉偉の仕事が立て込んでて、明日のその夜しか時間がどうしても取れなくて。うちのスケジュール的にもそれ以上延ばせないんで、絶対明日は撮影しなきゃなんです」「ん。わかった。大丈夫。オレと一緒にはまたお互いの時間が合えば行けばいい」「はい」あたしは少し寂しい気持ちを感じながらも納得する。っていうか昔のあたしならそんな琉偉と夢みたいな時間過ごせるなんて最高に嬉しかったのになー!琉偉のためなら、何時間だって待つし、どこまで遅くなっても一緒にいれる時間が増えるなら大歓迎くらいに思ったはずなのに。今のあたしは少しでも慧さんと一緒に過ごす時間が恋しい。一緒に暮らしてて、今だって一緒にいるのに。でも、やっぱり琉偉のこの感情はファンとしてワクワクする気持ちで。自分へ想いを返してくれる慧さん。自分を必要としてくれる慧さん。自分を求めてくれる慧さん。そんな慧さんは、琉偉への感情とはまたやっぱり全然違う。琉偉も好きなのは変わらないけど、すぐそばで想いを通じ合わせられている存在がいるというのは、やっぱりもっと特別なものだから。一緒にご飯に行けると思うだけでワクワクして、一緒に行けないとガッカリして。すぐそばにいるのと同じように、その度感情が同時に溢れてきて、いてもたってもいられなくなる。その気持ちを慧さんと常に共有したくなる。そんな幸せを知れただけでも、あたしは幸せに思う。
Last Updated: 2026-06-14
Chapter: 317.甘い時間⑦「あっ、そうだ。明日オレ仕事打合せで外に出るんだけどさ。それが夕方には終わりそうなんだよね。久々に夜、外で一緒にメシ食わない?」「えっ、そうなんですね! 行きたいです!」うわっ、慧さんと二人で食べに行けるのどれくらいぶりだろう。最近慧さん出張とかで忙しかったし、一緒に食べに行くことも出来てなかったもんな。しかも慧さんからわざわざ誘ってくれるなんて、なんかデートのお誘いみたいで嬉しい!と、久々の慧さんの提案に心躍らせて答えてもるモノの。「あーっ、そうだ明日ダメだ!」いきなりの嬉しいお誘いに嬉しい気持ちが優先して、ほんの一瞬でも明日の予定を都合よく忘れてしまっていたのに気づいて、すぐに訂正する。「ダメって? なんか予定入ってるのか?」「はい。夜まで急遽SEIKAプロジェクトの仕事入っちゃって」そうだった。急遽今日その予定に変更になったから、思わず慧さんのお誘いが嬉しくて忘れちゃうとこだったよ。「あのプロジェクト? 依那の担当的にそんな夜急遽入る内容だったか?」「あ~。明日プロジェクトの広告に載せる琉偉の個人撮影で」「彼の……? それになんで依那が?」「それが実は撮影するテーマのコンセプトを打合せしてた時に、メンバーがあたしが出したアイデア気に入ってくれたみたいで……」「依那が出したアイデア?」「プロジェクト内で相談してた時は、なかなか思ったよりいい案が出なくって。それでついあたしがファン目線の方向でチラッと提案したら、まさかのそれがいいって、チームの皆もEveRのメンバーも賛同してくれて。でもそのイメージ通りに仕上げるために、あたしが全員の撮影に立ち会うことになっちゃったんです」「そんなの、依那が大変なんじゃないのか?」「いえ。元々EveRのファンだし撮影立ち合えるのなんて正直役得ですし、それに何より自分のそのアイデアは、誰よりEveRの良さや魅力をよく知ってるファンの自分だからこそ生まれたアイデアだと思うんです。だから、それをちゃんと想像通りの形に仕上げたいんです。きっとそのアイデア通りの形になれば、このプロジェクトのアンバサダーとしてのEveRはもちろん、プロジェクトとしてもどれほどすごいモノで魅力的なことかを絶対たくさんの人に知ってもらえると思うんで、あたしも妥協したくないっていうか」と、気付いたら長々と慧さんの前で熱弁
Last Updated: 2026-06-13
Chapter: 316.甘い時間⑥そして、あたしは振り向いたまま、もっとしっかり慧さんの方に身体と顔を向け。ギューッ。正面から慧さんの胸元に抱きつく。「ん?依那? どした?」あたしが黙ったままギューッと抱きついたままでいると、慧さんが声をかけてくる。「慧さん。大好きです」そして、あたしは胸元に顔を埋めたまま、思ったままの気持ちを慧さんに伝える。「ん」そして、慧さんは片手は抱きついたままのあたしの背中に手を回し、もう片方の手は、同じように抱き締めながら頭に優しく触れ、丸ごと抱きかかえてくれる。ゆっくり何度か頭をポンポンなで、あやすように触れる。それがなんだか心地よくて、それから少し何も言わずその時間を二人で感じる。特にそこで言葉を交わさなくても、慧さんのこの触れてくれる手から抱き締める強さから、あたしと同じように想いを返してくれているのだとわかる。「依那」「はい」そして、慧さんが静かにあたしの名前を呼ぶ。「いつかさ。依那を連れて行きたいところがある」「えっ、連れて行きたいとこ、ですか?」「うん。っていうか、一緒に行ってほしい場所、でもあるかな」特にどことは告げずに、そう伝える慧さん。「あたしは慧さんとならどこにでも」慧さんがあたしと一緒に行きたいと思う場所なら、どこだってついていく。「そこはオレにとって、大切な場所で……。だけど、ある時から行けなくなってた場所。依那に、そこについてきてほしい」慧さんにとって、それが何を指して、どういう意味を示しているのかはわからない。だけど、慧さんの中で大切だと思える場所に、あたしを連れて行ってくれると言ってもらえただけで嬉しい。今はそれがどこなのか、それがいつなのかもわからないのに、なぜだか今までとは全然違う安心みたいなものを感じる。今までは、慧さんが自分だけで抱えていた傷をなかなか打ち明けてくれなかった寂しさや、心を開いていないのかもというもどかしさを感じたりしたこともあったけど。だけど、今の慧さんからのこの言葉は、具体的な的確な何かを伝えなくても、なぜかその先の未来にあたしがちゃんといるような、そんな気がしたから。いつかのその時に、あたしがちゃんと慧さんの隣にいる。そんな未来を、ちゃんと慧さんは思い浮かべてくれている。慧さんの中で大切な何かに、きっとこの先あたしも触れさせてもらえるような、なんかそんな予
Last Updated: 2026-06-12
Chapter: 315.甘い時間⑤「なんかそんなすごい存在になれてるなんて嬉しいです」大好きな慧さんの中で、自分が気付かないところでそんな存在になれてるなんて嬉しい。言葉にしないところでも、慧さんはあたしを特別に思ってくれているのが伝わる。「そう。だから依那はオレにとって女神みたいな存在だって言ってもいいかも」「えっ!? それは大袈裟ですよ!」すると、まさかの驚くようなその言葉に、あたしはさすがにビックリして恐縮しながら否定する。「オレにとってそう思ってんだからそれでいいんだよ」だけど、そうやってあたしが恥ずかしくて否定するのを目にしても、慧さんは特に気にもせず、そんな風にサラッとあたしに告げる。「だって自分では全然自覚ないし……」「だろうな。別に依那は何かそれを意識してるってわけじゃないんだし。まぁこれはオレの感覚とかそういうもんだから、依那は実感なくて当然だよ」「そういうもんなんですかね」「そう。だから、依那はただ言葉通りにそれをわかってくれてたらいいよ」「じゃあ、あたしはあたしのままでこれからも変わらずにいればいいってことですか?」「そう。今の依那がいいんだから。何も変わる必要はない」「はい。ありがとうございます」慧さんはいつだってあたしのままでいいと言ってくれる。今のあたし自身を受け入れて好きだと言ってくれる。それがどれほどあたしに自信と勇気を与えてくれているだろう。誰に言われるより嬉しい言葉。誰に認めてもらうより嬉しい存在。仕事でも、彼女としても、一人の人間としても、慧さんの前で自分を好きな自分でいたい。いつかもっと自分自身誇れるようになっていきたい。「でも。慧さんはやっぱりすごいです」「ん? 何が?」「そんな風に言ってても、たくさんすごいお仕事どんどんこなしていって。こんなすごい人独り占め出来るなんて、すごく贅沢なことだなって思います」「依那といる時は、オレは社長でもなんでもないただの一人の男だよ。だから、別にすごいとか思わなくていいし、そういうことは気にせずもっと素直に依那が思うまま接してきてくれればいい」確かにそう言ってくれる今の慧さんも、いつもあたしに接してくれる慧さんも、いつだって社長の雰囲気とか感じることは一切なくて、あたしにとってただ大好きな人なだけ。好きになる前は、社長という肩書や噂やイメージが先行して、そういう見方し
Last Updated: 2026-06-11