Masuk結婚記念日、杏華は妊娠していた。 愛する夫に伝えようとしたその日、彼が寄り添っていたのは――腹違いの妹。 「サインしろ」 一弥が差し出したのは離婚届。 心が死んだ杏華は誰にも告げず、お腹の子とともに姿を消す。 自分さえいなくなれば彼は幸せになれる――そう信じて。 だが彼女を失った瞬間、一弥はすべてを知る。 愛していたのは、ずっと彼女だけだったと。 狂ったように探し続けても、もうどこにもいない。 そして―― 世界が注目するファッションショーのランウェイで トップモデルとして現れたのは消えたはずの元妻・杏華だった。 これは手遅れになってから愛を知った男が すべてを失ってなお、ただ一人の妻を追いかける極上の追妻ラブストーリー
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初恋は実らないものだ、と人はよく口にする。 私はそれを信じず、初恋の人と結婚した。 結婚三周年記念日。 私は妊娠をした身で、ミシュランに引けを取らないほどのご馳走を並べ、彼の帰りを待っていた。 すると彼から一本のメッセージが届き、ある高級レストランの住所だけが記されていた。貸し切りだと。 ついに彼も気が回るようになったか、サプライズを用意してくれたのかと思った。 ドアを開けた先にあったのは、私の妹・綾乃の誕生日会だった。 その瞬間、私はすべてを悟った。 自分だけが幸せだと思い込んでいたこの結婚は、最初から最後まで私ひとりだけの独り舞台だった。 私はあの子の影に過ぎなかったのだ。 *** 三月二十日。 それは、私と桐生一弥(きりゅう いちや)が結婚して三周年になる記念日だった。 私は丸一日かけて、私たちの家をまるで夢の中のように飾りつけた。 テーブルには、ミシュランにも劣らないと自負できるほど、心を込めて作った料理を並べ、その中央には、予約しておいた白いバラの花束を置いた。 ――彼は、これまで一度も私に花を贈ってくれたことはないけれど、それでも今日は、特別な日なのだから、せめて形だけでも大切にしたかった。 なぜなら―― まだ平らなままの下腹部にそっと手を当てる。 そこには、彼に伝えたい、いちばん大きなサプライズがあった。 私は、妊娠している。 午後七時になっても、彼は帰ってこなかった。 胸がざわつき始めた頃、ようやく届いたのは、感情のこもらない短いメッセージだった。 【今すぐ、フィーストレストランに来い。】 住所の後に、余計な言葉は何ひとつない。 心臓が、ひとつ拍動を飛ばした。 もしかして……あの仕事一筋の夫が、本当に結婚記念日のサプライズを用意してくれたのだろうか。 わずかな高揚感と、それ以上の期待を胸に、私は急いで家を出た。 エプロンを脱ぐことさえ忘れていたけれど、白いバラの花束だけは、しっかりと抱えて。 「すみません……桐生の予約はありますか?」 「はい、桐生様ですね。本日は貸し切りでございます。どうぞこちらへ」 ――貸し切り? こんな高級レストランを、記念日のためだけに貸し切るなんて……。 感情を表に出すことが苦手な彼が、こんなことをするなんて予想外で、だからこそ胸が熱くなり、心臓がまた強く跳ねた。 スタッフの後について店内を進み、彼がいるはずの場所へと向かう。 鼓動は、自然と速くなっていた。 けれど―― 個室の扉を開けた、その瞬間。 目に飛び込んできたのは、無数の風船、色とりどりのリボン、そして壁いっぱいに飾られた 「Happy Birthday」の文字。 足が、ぴたりと止まった。 頭の中で、「ガン」と鈍い音が鳴り響く。 人々に囲まれて立っているのは、私の夫・一弥。 そしてその隣で、華やかなワンピースに身を包み、丁寧に整えられたメイクで微笑んでいるのは―― 三年間、ずっと海外にいるはずだった、私の妹。 本城 綾乃(ほんじょう あやの)。 ……どうして? 彼女は、海外にいるはずじゃなかったの? なぜ、誰も私に、彼女が帰国したことを教えてくれなかったの? 呆然と立ち尽くす私より先に、綾乃がこちらに気づいた。 「お、お姉ちゃん……?」 私を見つけた瞬間、彼女はぱっと顔を輝かせ、心から嬉しそうに笑う。 「本当に来てくれたんだ! 一弥お兄ちゃんが“来る”って言ってたけど、私、信じてなかったの!」 その声に、一弥さんが振り向いた。 私の姿を認めた途端、彼の眉は不機嫌そうに寄り、聞き慣れた冷たく苛立った声が落ちてくる。 「杏華(きょうか)、遅すぎる。今日は綾乃の誕生日だろう。知らなかったのか?」【一弥side】「でもさすが綾乃だな」「え?」さっきまでの表情から打って変わり、俺はいつもの雰囲気に戻る。「逆に助かったよ。杏華の分だけ、あえて用意しなかったんだろ?」「え……?」当然綾乃は俺の言葉の意味がわからなかった。「杏華が別のスタッフが持っていたサンドイッチの箱を見て気付いたらしいんだが、あのサンドイッチは、杏華が何らかの理由で苦手だった物が入ってたらしいな。皆の前で口にせずにいられたって、逆に杏華が感謝してたよ」俺は少し微笑みながら、綾乃に真実ではない事実を伝える──。その俺の言葉を聞いた瞬間、綾乃の表情が一瞬歪む。そりゃそうだよな。杏華にした嫌がらせが、杏華をこらしめるどころか感謝されるだなんて。綾乃にとったら、ある意味屈辱だろう。「あ、あぁ~そうなの! お姉ちゃん、苦手な物入ってたから、あえて用意しなかったの! それサンドイッチ届いてから思い出したから、ホントお姉ちゃんには悪いことしちゃった」だがその屈辱を悟られないように、綾乃は、俺の嘘の話に、さぞかしそうであったかのように平気で答える。それも今までのように、わざとらしい表情まで見せて──。やはりな……。思った通りだ……。それならもっと煽ってみるかな。「あぁ。杏華は大丈夫だ。適当に、おにぎりを食べさせておいた。それであいつ喜んでいたよ」「やだ、私のせいで……。でも、お姉ちゃんそんなもので満足しちゃうなんて。ウフフッ」どうして俺はこんなことに気付いていなかったのか……。杏華の純粋な想いは、こんな風に捻じ曲げられていくのか……。杏華のそんな話を聞けば、綾乃はそんな反応になると思っていた。それなら、もっとそのお前の気分を
【一弥side】「ちょっと一弥お兄ちゃん! 何なのこれ! 酷いよ! せっかく私がサンドイッチ差し入れしたのに!」綾乃があまりの怒りで自分の立場を忘れ、今にも爆発しそうな顔で俺に突っかかってくる。あぁ、こういうことか……。しっかり綾乃を見ていたら、すぐにこんな風にボロが出ていたんだと、今更ながら納得する。今までの現場では綾乃が中心で常にチヤホヤされ、それが普通なんだと気付いていなかった。実際は、そんな素の姿なんて見せずに、俺の前では化けの皮を被っていたということか──。「あぁ~出た出た。RURIの本性(笑)」「自分の都合が悪くなると、あの我儘言い放題怒りまくりのあの豹変。マジ無理」「あの人、気遣うの正直疲れんだよね~」俺の後ろの方で小さくヒソヒソと囁かれてる声がリアルに聞こえてくる。目の前の綾乃は、怒り心頭でそんな声は聞こえていないようだ。それはここにいる関係者が、当たり前のように呟いていた。前に俺が一緒にいるときは、まったく聞こえてこなかった話。それどころか評判がいいと周りからも聞いていた。だが、きっとこれが本当の姿──。あの時は、周りにそう言わせる圧をかけていた、というところだろうか。そのことに俺は心底呆れる。あぁ、本当に情けない:──。俺はこんな性悪女の姿を今まで見抜けなかったってことか……。これから会社を背負う人間として、こんなのあってはならないことだ。<偽物と本物>きちんと見分けられる確かな目を養わないと、俺はこの先この世界を動かしてはいけない。自らが、そんなギラギラと野望に燃える目に、心に、熱くなっていってるのがすぐにわかった。だが、自分の感情だけで口にしたら、目の前のこいつと何も変わらない。今刺激を与えると、綾乃がまた杏華に何をしでかすかわからなかった俺は、あえてその気持ちを抑え込み、冷静な表情や心へと自ら促す。「綾乃。ちょっとこっちへ来い」杏華に俺の本心を聞かれないように、綾乃に冷静に告げ、杏華から離れさせる。「お前が言ってるのは、あの見た目だけのサンドイッチを用意したことか」俺は必死に食ってかかってくる綾乃を見下ろし、思っている感情のまま冷静に告げてしまう。「酷い! 見た目だけだなんて!」さっきスタッフが持っていたサンドイッチの箱を見て、あることに気付いた俺は、更にその現実を、このあと
現場に戻ると、ざわざわ騒がしかった。さっき以上に現場が賑わい、歓声が上がっている。「何なの……?」私は不思議に思いながら、その場所へと近づいていく。「え? もう撮影が始まってるの?」そんな風に思うほど、さっきまでいた場所が、明らかにそこは違う場所になっている。そこは、ただのロケの場所からホテルの会場の豪華なブッフェ会場に早変わりしていた。数々の豪勢で高級な料理が、テーブルいっぱいにズラッと並んでいる。その料理をシェフたちが更に盛り付け、サーブスタッフが丁寧に料理や飲み物を運び提供している。「うわぁ~こんな豪華な料理見たことない!」「あのロゴ。有名な高級ホテルでしょ? 予約がないと食べられないって聞いたことあるよ!」その料理を前にし、スタッフやモデルたちが、興奮し騒いでいる。「何これ……」私はそれを見て唖然としていると、現場スタッフが声をかけてきた。「桐生社長。こんなにすごい豪華なケータリングありがとうございます!」そう、私ではなく、隣の彼に──。私は驚いて、隣の彼を勢いよく見る。「いつも杏華がお世話になっております。今日はこんな場所でロケだと聞いたので、差し出がましいですが、皆様にほんのささやかな普段のお礼として、うちのグループのホテルから急遽ケータリングをご用意させてもらいました」私は思ってもみない言葉と、この現状にただただ唖然として、あっけに取られる。「驚いたか──?」そんな私を見て、一弥さんが少し嬉しそうに声をかけてくる。「驚いたなんてレベルじゃ……。まさかあなたが、こんなすごいことをするなんて……」「あの時、杏華から話を聞いて、すぐに手配したんだ。無事間に合ってよかったよ」あの時にそんな手配したってこと……?あんな短時間で、こんな高級ホテルの人や料理を用意出来るなんて……。それなりにお金持ちの人だとは思っていた。だけど、あの父は詳しくは話そうともしないし、当然一弥さんからもそんなこと聞けるタイミングもなかった。私は想像出来ない彼のすごさを、ここにいる人たちと同じようにこの瞬間知る。「お前が困ってると思って。おにぎりでは、味気なかっただろ。お前も良かったら食え」「私のために……? どうして、ここまで……」私は目の前の彼のこの行動が信じられなくて、つい彼に尋ねる。すると、彼がふわっと微笑む。「さっ
【一弥side】そうだ……。その言葉だ。確かに『Be hapy』という言葉が、あのハンカチには記されていたはずだ……。「幸せになって」……。あぁ、母親からそんな大切に育てられた杏華を、幸せにするどころか、愛すこともなく、疑い、傷つけ、離婚した……。杏華は、母親のそんな大切な形見で、俺の命を救ってくれたのに……。心臓が今までにないほど、ドクドクと強い衝撃で打ち付け、自分でした大きな罪に、グサグサに刃物で傷つけられたような感覚になる。頭が割れそうなくらいズキズキと痛みを訴え、割れそうなほどの苦しみを感じた。その真実を知り、俺は今まで杏華にしてきたすべての恐ろしくて卑劣な情けない言動を思い出し血の気が引く。俺は杏華に何をした……?どんな酷い言葉を投げつけた……?どこからそれは始まっていた……?俺を助けてくれたのは杏華で、だとすれば綾乃は俺を助けたと嘘をついていた──。それだけじゃない。離婚に追いやったすべての綾乃の言葉も、全部綾乃の嘘……?男癖が悪いということも、綾乃を騙して海外に行かせたということも、綾乃の全部……。確かにそう思えば、すべて辻褄が合ってくる。最初から事実じゃないと杏華は否定していたのに、俺は恩人である綾乃を信じ、まったく聞く耳も持たなかった。だけど、綾乃が言っていた杏華のすべては、今俺がこの目で見て、接している限り、明らかに正反対で、どれも信じがたいことばかりだった。どれ一つ一致するどころか、普通の人間以上に、真面目で純粋で誠実で……。品のあるその優しさは、そんな言葉が似合いもしない、杏華そのものから醸し出すものだった。本当は今すぐ確かめたかった。あの時助けてくれたのは、お前だったのかと。俺はとんでもない間違いをしてしまっていたのだと、ちゃんとその真実を確かめたかった。だけど、今微笑んでいる杏華のこの笑顔を、俺の勝手な気持ちで、傷つけて壊したくなかった。今は大事な撮影中だ。杏華の感情をこれ以上乱したくはない。だけど、そう思ってはいても、その事実は俺の中で確かめる必要がある。あの保管庫に仕舞い込んでいる、あのハンカチさえ見れば──!だけど、このあと俺はやらなきゃいけないことがある──。「おいしかった。ご馳走様。これで午後の撮影も頑張れそう」ご馳走様と言いながら、手を合わせ、俺に微笑みながら礼を
「……?」 目の前に差し出された離婚届を見つめ、喉が張り付いたような声で問い返した。 「あなた……どういう意味なの?」 「綾乃から、全部聞いた」 彼の顔には、余計な表情は一切なかった。 あるのは、骨の髄まで染み込んだ冷酷さだけ。 「三年前、うちとお前の家に政略結婚の話があると知っていただろ。 お前は俺と結婚したかったから、彼女を追い出した。別れを強要し、海外へ行かせたんだ」 ――ドン、と。 頭の中が、真っ白になった。 「違う……」 声が震えながらも、私は必死に最後の光にすがる。 「一弥さん、信じて……! あの時は、彼女が自分で行きたいと言って……私は……」 「もういい
「わあ、すごく綺麗なお花!」 綾乃は、私の腕の中に抱えられた花束を、目を輝かせて見つめた。 私は反射的に花束を抱き寄せる。 「この花は……」 言い終える前に、すらりとした長い手が、私の腕の中から花束を奪い取った。 呆然と顔を上げると、そこには桐生一弥の、感情の揺らぎひとつない瞳があった。 彼は、私が心を込めて選んだ――純潔な愛を象徴する白いバラの花束を手にすると、そのまま自然な動作で振り返り、綾乃の前に差し出した。 「誕生日おめでとう、綾乃」 低い声だったが、突然静まり返った個室の中には、はっきりと響き渡った。 綾乃は驚きと喜びの入り混じった表情で花束を受け取り、顔を花びらに
【プロローグ】 初恋は実らないものだ、と人はよく口にする。 私はそれを信じず、初恋の人と結婚した。 結婚三周年記念日。 私は妊娠をした身で、ミシュランに引けを取らないほどのご馳走を並べ、彼の帰りを待っていた。 すると彼から一本のメッセージが届き、ある高級レストランの住所だけが記されていた。貸し切りだと。 ついに彼も気が回るようになったか、サプライズを用意してくれたのかと思った。 ドアを開けた先にあったのは、私の妹・綾乃の誕生日会だった。 その瞬間、私はすべてを悟った。 自分だけが幸せだと思い込んでいたこの結婚は、最初から最後まで私ひとりだけの独り舞台だった。 私はあの子の影
「お姉ちゃん、どうしてあんなことしてバレないと思ってるんだろ」 え……、あんなこと……? バレる……? なんの話……? 「まさか、あいつが俺の知らないところで、男漁りしてるなんて心底見損なったよ」 男漁り……? さっきも、それ言ってたけど……どういうこと……? 「お姉ちゃん、もうそれ病気なの……。一人の男性では満足出来なくて、常に自分の欲望を満たしてくれる男性を探し求めてるの」 ちょっと待って……! あまりにも身に覚えのない酷い綾乃の嘘に私は驚いて言葉を失くす。 「俺もまんまと騙されたよ。まさかずっと清純なフリをしてたなんてな」 酷い……! 一弥さんもどうしてその言葉を信じるの…