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壽倉雅
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Nobela ni 壽倉雅

お前だけを愛したい〜契約結婚から始まる最後の恋〜

お前だけを愛したい〜契約結婚から始まる最後の恋〜

株式会社『KSインターナショナル』の社長の継子である北城彩花は、ひそかに片想いをしていた義兄・拓也の結婚式に出席するという、複雑な20歳の誕生日を迎えていた。 彩花は、「お前のその気持ち悪い感情も、全部忘れろ」と、拓也から口止め料として真珠のネックレス渡され、家族とは縁を切ることを決意する。 その晩、1人で繁華街で自暴自棄になって飲んでいた彩花は、路地裏で暴力を振るわれていたホームレスを助ける。「何か、お礼を……」と言う「ホームレス」に対して、彩花は「じゃあ、今夜だけ、私のそばにいてください」と言い放つ。
Basahin
Chapter: 第62話
 一人でソファーになった彩花は、何とも言えない虚無感を抱いていた。こんな時、誰かがずっと側にいてくれたら良いのにと考え、重たい体をやっとの思いで起こすと、テーブルの上に置いてあるスマホを手にした。 だがメッセージを送ろうとした途端、その指の動きが止まった。隼人に今連絡を入れたら、病気のことが知られてしまう。自分で決めたのだからそうするしかない、と彩花はそっとスマホを閉じると、再びソファーで横になった。 周囲の光景が歪んでいる。めまいでもしているのだろうかと思いつつ、目をこすったり、手で周囲の何かを掴もうとするが、光景は何も変わらない。「彩花」 誰かが自分を呼んでいる声が聞こえて来た。しかし今自分の周りに人などいるはずもなく、幻想を見ているのだと冷静に彩花は判断した。「彩花」 やはり誰かの声がする。歪んだ世界の中で、やがてその顔がはっきりと見えて来た。 唯花だった。「え……唯花……?」 確かにそこに、唯花の顔があった。自分と瓜二つの、双子の姉であることをはっきりと認識する。「大丈夫だよ、彩花は」「どういうこと? 私を迎えに来たんじゃないの?」「そんなわけないでしょ。彩花はまだこっちに来ちゃいけないの」「唯花……」「私がちゃんと助けてあげる。だから彩花は安心してね」「ちょっと、唯花……」 彩花が手を差し伸べた瞬間、唯花の幻影は一瞬にして消え去った。 今自分が見たのは夢であり幻想だったのか、それとも現実的に唯花があの世から現れたのか、状況を把握できない彩花だったが、体のしんどさはまだ治っておらず、フラフラになりながらもやっとの思いで寝室に入ると、ベッドで横になった。 宗一郎が帰宅をした時、ちょうど拓也は風呂上がりで、リビングで缶ビールを呑気そうに飲んでいた。「お帰り」 危機感のない我が息子に、苛立ちさえ覚える宗一郎
Huling Na-update: 2026-11-05
Chapter: 第61話
 来訪してきた継父をリビングに案内すると、彩花はすぐにキッチンに立ってコーヒーの支度をした。「コーヒーで良い?」「ああ、ありがとう。そういえば、彩花にコーヒーを入れてもらったことなんて、これまでなかったな」「当たり前じゃん。お父さん、いつも家にいなかったんだから」 宗一郎の雰囲気を見て、彩花は自分が取締役の話を引き受けてくれるものだということを感じ取った。やはり宗一郎は、拓也の今の動きについて何も知らないのだろう。継父の滑稽さに彩花は呆れると同時に、宗一郎が悲しい人間にも見て取れた。「ちょっと、見てほしいものがあるの」 彩花はマグカップに入れたコーヒーを二つ運んでくると、鞄の中から茶封筒を取り出した。ジュリアンから預かっていた、拓也に関する調査報告書である。「これを見て」「何だ、それは」「いいから」 彩花はそのまま封筒を宗一郎に手渡した。宗一郎は怪訝な顔になりながらも、封筒を取り出して、中に入っている報告書に目を通し始めた。「これは……」 報告書を読み進めれば進めるほど、宗一郎の顔は険しくなっていく。父の顔ではなく、『KSインターナショナル』の社長という経営者の顔になる様を、彩花は目の当たりにした。「外資系の企業に勤めてる私の友達が、いきなりお兄ちゃんからヘッドハンティングされたんだって。もちろん断ったよ。けど、元々私の友達だってことを知ってて声をかけたみたいだし、お義姉さんも、実家に頼んで私の会社に出資させようとしてたり、あの夫婦がどうも怪しく思えてね。それで、その友達が探偵事務所に依頼して、お兄ちゃんの素行調査をしてくれたの。これは、その報告書」 彩花は淡々と、事の経緯を宗一郎に説明した。状況を上手く整理できていないのか、現実を受け止めるのに時間がかかっているのか、宗一郎は頭を抱えている。「彩花……、拓也は『神宮寺ホールディングス』にも出資の相談に行ったのか? これじゃ、拓也が『神宮寺ホールディングス』のビルに行ったというだけで、具体的に出資の話をしたとは限らないだ
Huling Na-update: 2026-11-04
Chapter: 第60話
 彩花が実家の問題と向き合う決断をしていた同じ頃、隼人も自分の今後についての決断を考えている時であった。 彩花との結婚のために、『神宮寺ホールディングス』の社長のポストを退くことは、口では簡単に言ったものの、もし誰かに引き継ぐとなればその作業は膨大なものになる。だが、両親の反対を押し切り、また麗菜との結婚を強制させられるぐらいならば、社長を辞任したほうがよっぽど気が楽であった。 秘書の千晴には以前、社長辞任の意向を伝えていたが、この日初めて、隼人は千晴以外の人間にこの事を打ち明けた。それは、会社でも家でも信頼できる血を分けた弟の雅人であった。 隼人の中では、既に『神宮寺ホールディングス』の取締役となっている雅人ならば、自分の後任として社長を任せても良いと思っていた。まずはこの件を早急に伝えるべきと思い、隼人は弟を社長室に呼びつけた。「何だよ、大事な話って」「まあ、座ってくれ」 兄弟は応接用のソファーに向き合うように座った。「単刀直入に言うぞ。俺、彩花と結婚するためだったら、社長の座を退くつもりだ」 弟に向けた隼人の眼差しは、覚悟を決めた鋭いものであった。「本気でそんなこと言ってるのか?」 雅人は驚いたように目を見開く。「俺は別に社長になりたかったわけでもない。無理にこのポストにすがりつこうとも思わないんだよ」「親父たちには、言ったのか?」「言うわけないだろ。どうせ園崎麗菜との結婚を押し進めるに決まってる。それだったら、彩花と結婚する道を選んで、神宮寺家と縁を切っても良いと思ってる」「そこまで本気だったのか……」「俺が社長を辞めたら、雅人、お前が後任になってくれるか?」「は? 俺が……!?」「お前しかいないだろ」 驚く弟に対し、隼人は兄として冷静に答える。「親父やおふくろに任せる気はないのか?」「あんな二人に任せられるわけないだろ。ただでさえ、親父たちの尻拭いのために俺は社長にならざるを得なかったんだ。あの時はまだお前も大学生だったから、とても社長職を継ぐことは無理だったが、今ならお前でもできるはずだ」 隼人はそのままソファーから立ち上がり、もう一度自分のデスクに座った。「じゃあ俺が、親父たちの決めた相手と政略結婚しろってことか?」 ソファーから雅人が、隼人のほうを振り向いて尋ねた。「社長を継ぐとなれば、そうなるだろう
Huling Na-update: 2026-11-02
Chapter: 第59話
 翌日になっても、彩花の感覚の中で、昨晩の隼人の体のぬくもりが残っていた。「大丈夫だ。何かあっても、俺がついてる」 そんな隼人の言葉が、心強かった。だからこそ、実家のことを調べることに対して、彩花は何のためらいもなかった。むしろ実家の存在が、今や自分と隼人の関係性に影響を及ぼしかねない脅威となっている。 限られた時間しか隼人と一緒にいることはできないが、実家の問題に関しては自分でも納得が行くまで調べたいと思っていた。 彩花のスマホに通知が来たのは、午前中のことだった。『今日のお昼、時間取れないかな』 メッセージを送ってきたのは、ジュリアンからだった。彩花の鋭い勘で、拓也に関することであることは察しがついた。 ちょうどさくらと健太も、打ち合わせ先で外出中であったため、三人のグループトークで事務所を留守にすることを伝えると、彩花はジュリアンから指定された、会社近くのカフェへと向かった。 彩花がカフェに到着した時、既にジュリアンは突き当たりの一番奥の席でコーヒーを飲んでいた。「ジュリアン」「ごめんね、急に呼び出して」「大丈夫だよ」 彩花はジュリアンと向かいあうように座ると、水を運んできたウェイトレスにホットティーを注文した。「実は、彩花に報告があってね」 早速ジュリアンは本題に入った。鞄の中から、茶封筒を取り出し、差し出してきた。「これは?」 封筒を受け取ると、彩花は訝しそうに尋ねた。「ほら、前に言ったでしょ。お兄さんの件、探偵を雇って調べるって」「ああ……そのこと」「報告書が昨日届いたから、すぐにでも彩花に見せなきゃと思ってさ」「ジュリアンは、もう見たの?」「依頼主だからね……一応、見た……」 ジュリアンは彩花から目を反らし、気まずそうな話し方をした。彩花には、この封筒の中に入っている報告書の内容が、決して良いものではないということを感じ取った。 何枚もの束となっていた報告書には、拓也に関する情報や調査期間の動向などが写真と共に細かく記載されていた。 その写真の中には、拓也が『神宮寺ホールディングス』の社屋に入っていく様子も収められていた。報告書を見る限り、拓也は様々な企業を回っていることが明らかになっていた。「取引先や、企業への出資をしている会社とか、お兄さん、随分いろいろ回ってるみたいだね」「やっぱり……『KSイ
Huling Na-update: 2026-11-01
Chapter: 第58話
 彩花は近頃、毎日隼人との連絡のやり取りを欠かさなかった。お互いに仕事の予定もあり、直接会わない日もあったが、朝の『おはよう』のメッセージや、夜の『おやすみ』など何気ないやり取りをするようになっていた。 自分では気づかないうちに、彩花は隼人とのメッセージを送っている時に、顔に笑みがほころんでいた。「また神宮寺社長にメッセージ送ってるの?」 昼休憩の時、弁当を食べているさくらが声をかけてきた。「え?」「顔に出てるよ。嬉しそうな顔してさ」 彩花は慌てて、手鏡を開いた。そこに映る自分の顔が、やや痩せているように感じる。隼人が病気のことを気付き始めないか、それだけが気になっている。「最近ね、『おはよう』とか『おやすみ』とか、そういうメッセージもお互いに送るようになったの」「へえ、あの神宮寺社長が、彩花に『おはよう』なんてメッセージ送るんだ。意外だわ」 眉間に皺を寄せて、さくらが小さく呟いた。「会社は会社、プライベートはプライベートなんだよ。その区別が、私に対してちゃんとしてくれてるんだなって思ってる」「あれ、ノロケ?」「違うよ、別にそんなんじゃ」「『恋は盲目』なんて、昔の人はすごい言葉作ったよね。神宮寺社長ですら、そういう風に変わっちゃうなんて、彩花の存在が大きいってことだよ」「……さくらって、運命って信じる?」「それって、五年前のこと?」 全てを把握してもらっているさくらが尋ねてきたので、彩花は小さく頷いた。「まあ、あるんじゃないかな、そういうの。現に彩花だって、神宮寺社長と再会したわけだし。それで今、二人が幸せだったなら良いんじゃない?」「そうだよね」 彩花が微笑むと、そこに隼人からのメッセージが届いた。『話したいことがある。急で悪いが、今晩時間作れるか?』 スマホの画面を、彩花は険しい顔で見つめた。「どうしたの?」「隼人さんから、話したいことがあるって連絡が」
Huling Na-update: 2026-10-31
Chapter: 第57話
「え、お義父さんがそんなことおっしゃったの?」 驚く妻と向き合うように、拓也はグラスに残っていたウイスキーを飲み干す。父は外出先から帰っておらず、家のリビングには天音と二人だけである。 今日の役員会での父の発言は、拓也を少なからず動揺させていた。「ああ。親父も何考えてるんだか」「やっぱり、私を役員に入れていただく話、早めに説得したほうが良いかもね」 テーブルに置いてある氷をグラスに追加すると、天音は麦焼酎を炭酸水で割って飲み始めた。「そうだよな。このままじゃ、いつまで経っても天音は蚊帳の外だし」 今日の役員会議でも、天音だけを避け者にした父である。会社とプライベートを分ける父の気持ちも分からなくはなかったが、嫁である天音に対しては冷たかった。息子の嫁である立場なのに、どこか他人のような扱いをしている。「けどお義父さんも何考えていらっしゃるんだろうね。いくら拓也が損失をしたからって、何も社員でもなければ、北城家と縁を切るも同然で家を出てった彩花ちゃんに継がせるなんて」「彩花にはまだ相談してないらしいが、あいつがどう言うかだよな」「『神宮寺ホールディングス』の出資があって何とか持ちこたえてるみたいだけど、結局そういうのがなけりゃ経営できないぐらいだもの、もし自分に父親の後を継ぐポストが用意されてるなんてこと知ったら、目の色変えて飛びつくかもね」 酔いが回り始めたのか、天音は顔をほんのり赤くし、饒舌になり始めた。「あまり飲み過ぎるなよ」「拓也こそ、今日みたいな日ほど飲んだほうが良いんじゃないの? 悔しくないの、拓也は。このままボーッとして、お義父さんの顔色ばっかりうかがってたら、いつまで経ってもどころか、会社を追い出されるかもしれないんだよ。そうなったら私はどうなっちゃうの? このまま彩花ちゃんに、地位も名誉も奪われて良いの!?」 妻の声がリビングに反響した。天音の言う通り、このまま自分が何も動かなければ、気がついたら義妹に全てを奪われてしまっているかもしれない。空のグラスにウイスキーをもう一度注ぐと、今度はそれを一気に飲み干す。拓也の中で、ぼん
Huling Na-update: 2026-10-30
私と先輩のキス日和

私と先輩のキス日和

10年ぶりの再会から始まる小説家の先輩と編集者の後輩によるガールズラブーー出版社で小説担当の編集者をしている山辺梢は、恋愛小説家・三田村理絵の担当を新たにすることになった。公に顔出しをしていないため理絵の顔を知らない梢は、マンション兼事務所となっている理絵のもとを訪れるが、理絵を見た途端に梢は唖然とする。理絵の正体は、10年前に梢のファーストキスの相手であった高校の先輩・村田笑理だったのだ。笑理との10年ぶりの再会により、二人の関係は濃密なものになっていく。
Basahin
Chapter: 最終章『クリスマスのキス』 その5
マンションに帰宅した梢は、息を切らしながら勢いよくドアを開けた。笑理が玄関まで姿を現して迎えてくれた。「おかえり」「ごめん……笑理……」呼吸を荒くして、梢はその場に崩れ落ちた。「大丈夫。まだあと十分残ってる」梢の目線に合わせるように、笑理は微笑んだ。梢が腕時計を見ると、針は十一時五十分を指していた。「十一時過ぎに、梢が退社したってお父さんから連絡来たの」「そうだったんだ……」「さ、おいで」手を引っ張られ、笑理と共にリビングに来た梢はコートを脱ぎ、マフラーを外した。テーブルには笑理が用意したクリスマス料理が並べられている。「ごめん、ご飯冷めちゃったよね……」「大丈夫、レンチンすれば食べれるから」「あ……」梢が窓に目をやると、カーテン越しに雪が降りだしているのが見えた。「天気予報当たったわ、やっぱり降ってきたね」梢と笑理はカーテンをめくって、外の景色を眺めた。粉雪はどんどん強く降っていく。「外寒かったもん。多分降るだろうと思ったけど」雪を見ていた梢は、笑理からバックハグをされた。「笑理……」「梢。私、今一番幸せだよ。大好きな人とクリスマスを過ごせるんだもん」視線を感じて梢が振り向くと、笑理はじっとこっちを見ていた。お互いに微笑み合うと、そのまま優しく唇を重ね合わせた。「そうだ、笑理。私と高梨部長から、クリスマスプレゼントがあるんだよ」「プレゼント……?」梢は高梨と相談した、『指切りげんまん』映画化の件を伝えた。「え……本当なの?」唖然とする笑理に、梢は大きく頷いた。「うん。笑理、初デートの時に言ってたよね。自分の作品がメディアミックス化されることが夢だって。その夢が叶うんだよ」「ありがとう、梢&hell
Huling Na-update: 2025-10-26
Chapter: 最終章『クリスマスのキス』 その4
夜の八時を過ぎても梢からの連絡はなく、笑理はソファーでじっと梢の帰宅を待ち続けていた。残業で遅くなることは時々あったが、それでも梢は連絡をくれていただけに、一人の時間は妙に寂しさを倍増させている。このまま一人でイブを過ごすことになるのかと考えると、笑理は横になって思わず溜息が出てしまっていた。真由美たちの手伝いを終えて、梢が文芸部の自分のデスクに戻ったとき、時間は既に十一時を回っていた。「高梨部長、まだいらしたんですか?」文芸部には、高梨が一人残っていた。「執行役員になるまでにも、いろいろ準備とかがあってな」「春からですもんね、いよいよ」残業でやや疲れ切った顔をしていた高梨は、立ち上がると真剣な眼差しとなって、「年明けに、西園寺久子の件で延期になった映画企画のことで、配給会社と打ち合わせをする予定なんだが、三田村理絵先生のデビュー作『指切りげんまん』の映画化を提案しようと思う」梢は驚愕して、口をポカンと開けた。自作のメディアミックス化は笑理にとっても悲願であることは、梢もよく分かっていた。「高梨部長……」「俺と笑理の関係性がバレたら、職権乱用だって言われるかもしれないな。けど、あのデビュー作は本当に素晴らしいものだった。初の映画化になれば、話題にもなるだろう。父親として、あいつにはできるだけのことはしてやりたいんだ」「喜びますよ。笑理の夢だったんです、自分の作品がメディアミックス化されるの」「そうか……。この話、俺と山辺君から、笑理に対してのクリスマスプレゼントってことで本人に伝えてくれないか」梢は笑顔で大きく頷いた。「もちろんです」「執行役員になったら、今以上に忙しくなる。春までに一度、笑理と一緒に飛騨へ行こうと思う」「良いと思います。どんな事情であれ、高梨部長が笑理のお父さんということに変わりはありません。父娘なんですから」「そうだな。さ、笑理と素敵なイブを過ごしてくれ」仕事に追われていた梢は、壁に掛けられている時計を見て血の気が引いた。「え…&h
Huling Na-update: 2025-10-26
Chapter: 最終章『クリスマスのキス』 その3
クリスマスイブも、梢にとってはいつも通りの朝であった。笑理との朝食を終え、出かける直前には、「夕方会社出るとき、連絡するね」と言って、出勤をした。笑理もそのタイミングを見計らって、クリスマスイブの食事の準備をするようであった。笑理との同棲以降、数日に一度は笑理手作りの弁当持参だった梢は、自分のデスクで弁当箱のふたを開けた。毎回恒例とも言うべき卵焼きに、今日は豚肉の生姜焼きと昨晩の残りであるポテトサラダも入っている。「いただきます」弁当を作っている笑理の顔を思い浮かべながら箸を進めていると、真由美が走ってやってきた。「ねえ、梢。ちょっと良い」「どうしたの?」真由美の話では、『ひかりセブン』編集部のメンバーが数名、流行風邪のために会社を休むことになってしまい、明日の十七時の印刷会社への入稿に間に合わないため、各制作部署から応援をお願いしたいということだった。『ひかりセブン』といえば年明け号から笑理執筆の連載小説も始まる週刊誌でもあり、また高梨からもぜひ行くようにと背中を押されたことで、梢は弁当を早食いした後、『ひかりセブン』編集部へ駆け出して行った。午後になってすぐ、笑理は近所のスーパーへ買い出しに来ていた。野菜の価格高騰に驚きながらもカートを引いていき、カゴに食材を入れていく。『ごめん、もしかしたら遅くなるかも』梢からのLINEが届いたのは、そんな時であった。『了解。仕事ならしょうがないもんね』笑理はすぐに返信すると、再び食材を手にしながら買い物を続けていった。笑理にLINEを送った梢は、真由美の手伝いに追われている。文庫本や単行本といった文章だけが続くものを何ヶ月かに一度制作するのとは違い、週刊誌は事件や事故やスキャンダルなどの記事、有名人のコラムやインタビュー、グラビア、スポンサー広告など様々なコンテンツがカラーページとモノクロページに分かれて二百ページ近くもあるものを毎週制作しなければいけない。編集部は常に上へ下へのてんやわんやで、応援に来ている梢も複数のゲラを確認するのにもバタバタしていた。「ごめんね、梢。急にこんなこと」
Huling Na-update: 2025-10-26
Chapter: 最終章『クリスマスのキス』 その2
奥飛騨旅行をきっかけに梢との距離が一層縮まったことを、笑理は実感していた。旅行以降、梢との休日デートの回数も情事の回数も日を追うごとに増えていった。今晩もまた体を重ね合わせ、事後の梢は真っ暗な寝室のダブルベッドの中で、笑理に寄り添うように深い眠りについている。自分と付き合い始めてから、梢には何とも言えない色気が出始めたことに笑理は気づき、今もくっつくように眠る梢の寝顔をじっと見つめながら、胸が苦しくなるほどの愛おしい感情を抱いていた。梢の透き通るような肌もまた、笑理の多幸感をあふれさす要素になっている。笑理はふと、先月のパーティーの翌日、父である高梨と会ったときのことを思い出した。マンションから十分ほどの喫茶店に、笑理は父親を呼び寄せた。高梨は笑理を見るなり、梢のことを気にかけてくれていた。「俺がついていながら、申し訳なかった」高梨は頭を下げた。「そのことは、私がついてるから大丈夫。今日は、梢とのことをちゃんと伝えておこうと思って」「いつから、付き合い始めてるんだ?」笑理は正直に、梢が編集者として挨拶に来た時に告白をしてその日から付き合い始めたことも、十年前の卒業式の時に梢にキスをしたことも、梢の誕生日にマンションの合鍵をプレゼントして同棲を始めたことも、全て包み隠さず伝えた。「そうだったのか……」「お父さんに、反対する資格なんてないからね」笑理ははっきりと父親に伝えた。「お父さんが、西園寺久子と不倫関係だったことは知ってる。ちょうどお母さんと離婚したとき、お父さんの不倫相手だったこともね。私、ずっとあの女のこと恨んでた。テレビに映るのも不快でね。とうとう梢にまで、あんなこと……。法律なかったら抹殺してるから」久子のことを考えるほど、その憎悪の念は大きくなっていた。「『ひかり書房』から追放してよ、あの女。次期執行役員になる人なら、それぐらいのことできるでしょ。お父さんだって業界じゃ有名人だもん、今朝のネットニュースに役員就任の記事載ってたよ」高梨は黙って笑理の話を聞いている。「それと、もし梢が私とのこ
Huling Na-update: 2025-10-26
Chapter: 最終章『クリスマスのキス』 その1
週刊誌の連載小説の準備も着々と進み、梢も笑理も年の瀬に向かってそれぞれの役割を果たすべく奮闘していた。笑理の原稿を確認した梢は、一通り読んだうえで意見をまとめ、再度笑理宛にメールで送っていた。そして笑理は、梢からの意見を確認したうえで原稿を修正した。梢から決定稿として仕上がった原稿をメールで受け取った真由美も高梨も、それぞれ安堵し、梢は笑理の担当編集者として今が一番充実している時期であると思っていた。「君を三田村先生の担当にして正解だったよ。文章だって、楽しんで書いてるっていうのが伝わってくる」「高梨部長もそう思いますか。三田村先生らしいというか、ノリに乗って書いてるのが私にも分かります」笑理を頼むと頭を下げられてから、表向きは三田村先生と呼んでいるものの、高梨が時折父親の顔になっていることに梢は気づいていた。連載期間が長くなるため、笑理には万全の状態で執筆をしてもらいたいと思っていた梢は、帰り道の途中にコンビニへ寄ると糖分接種のためにトリュフチョコレートを購入。帰宅して夕飯を終えると、早速笑理に食べさせた。「笑理、あーんして」笑理はココアがふんだんにまぶしてあるトリュフを口にした。「はい、じゃあ次は梢」お返しに笑理も、梢にチョコを食べさせてくれた。笑理と過ごすこのひと時が、梢にとっても至福の時間である。「このトリュフ、半分食べてよ」笑理がトリュフの半分を口にくわえると、そのまま梢の方を振り向いた。「私が半分食べるの?」尋ねる梢に、笑理は大きく頷いた。梢は笑理の唇にふれないよう、ギリギリのところでトリュフをかじったが、狙ったように笑理が顔を近づけたことで、お互いの唇が触れて、一瞬ではあるものの口移しした状態になってしまった。「もう……」「狙ってやった」意地悪そうに微笑む笑理を見ながらも、梢は内心とても嬉しい瞬間で、口角が上がっていた。「ねえ、梢。今月末のクリスマス、一緒に祝おうね」笑理が提案してきた。二人にとっては、初めて迎えるクリスマスである。笑理は大きく頷いて、「も
Huling Na-update: 2025-10-26
Chapter: 第十一章『旅行中のキスー後篇ー』 その5
翌朝、房代と朱理に見送られ、梢と笑理は奥飛騨を去っていった。高速バスの中で仮眠をし、二日ぶりにマンションへ戻ってきたときには、日の入りが早くなったこともあり辺りはすっかり薄暗くなっていた。旅行の余韻浸りながら、梢は翌日いつも通りに出社をし、奥飛騨のお土産のクッキーを同僚たちに配った。そこへ高梨も出社してきたのでクッキーを渡すと、何かを悟ったような顔になった高梨から、後でミーティングルームに来るように言われた。「失礼します」しばらくしてミーティングルームに梢が入ってくると、既に高梨が来ていた。「奥飛騨に行ったってことは、全部知ったんじゃないのか?」高梨に唐突に言われたが、梢は冷静に頷いた。「正直、びっくりしました。高梨部長が、笑理のお父さんだったなんて」「娘たちには、今でも申し訳ないことしたと思ってるよ。もちろん、離婚した女房にもな」「西園寺先生とのことも、笑理から聞きました。笑理がやたらと西園寺先生のことを嫌っていた理由も、ようやく分かりました」「あの女とは、とっくに終わった。それだけは言っておく」「笑理、言ってましたよ……」高梨が訝しそうな顔をすると、梢は奥飛騨で笑理が祖母や姉と話した一件を伝えた。「笑理が、そんなこと言ってたのか……」「私にとっても笑理にとっても、今回の奥飛騨の旅行は良い機会になりました。敷居は高いかもしれませんが、必ず笑理と一緒に、いつかお墓参りに行ってあげてください」「ああ……」高梨は小さく頷いた。「こんなことのために呼び出してすまなかったな」と、高梨は申し訳なさそうに出ていこうとすると、立ち止まってもう一度梢のほうを振り向いた。「今更父親面なんかできない俺が言うのもなんだが、笑理のこと、よろしく頼む」深々と頭を下げた上司を見て、梢は優しく微笑んで、「笑理は幸せ者です。家族みんなから祝福されて」「山辺君……」「離婚しても、高梨部長が笑理の父親ということ
Huling Na-update: 2025-10-25
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