LOGIN10年ぶりの再会から始まる小説家の先輩と編集者の後輩によるガールズラブーー出版社で小説担当の編集者をしている山辺梢は、恋愛小説家・三田村理絵の担当を新たにすることになった。公に顔出しをしていないため理絵の顔を知らない梢は、マンション兼事務所となっている理絵のもとを訪れるが、理絵を見た途端に梢は唖然とする。理絵の正体は、10年前に梢のファーストキスの相手であった高校の先輩・村田笑理だったのだ。笑理との10年ぶりの再会により、二人の関係は濃密なものになっていく。
View More|山辺梢《やまべこずえ》の視線の先には、長い黒髪をなびかせた二歳上の先輩、|村田笑理《むらたえみり》の大きな瞳があった。笑理の制服の胸ポケットには卒業用の胸花が刺さったままである。
笑理の顔が近づくと、梢はゆっくりと目を閉じる。唇に当たる感触は実に柔らかいもので、この瞬間こそ梢にとってはファーストキスだった。 微動だにしない梢が目を開けると、そこには優しく微笑む笑理の姿があった。 「笑理先輩……」 「梢ちゃん」 梢はそのまま、笑理にそっと抱きしめられた。密着した笑理の体のぬくもりが、梢にも伝わっている。 「じゃあね」 笑理はそれだけ言うと、梢の特徴であった三つ編みを撫でて、去っていった。梢はただ、呆然と笑理の後ろ姿を見送ったが、これが笑理の姿を見た最後の日となった。あの卒業式から十年の歳月が流れ、入社四年目の春を迎えた梢は、都心にある出版社『ひかり書房』で、小説担当の編集者をしている。三つ編みだった髪型はポニーテールに変わっており、どちらかと言えば控えめだった性格も、編集者という仕事柄か割とハキハキした物言いになっていた。
「山辺君」 名前を呼ばれた梢は、文字校正中だった原稿と赤ペンを置き、文芸部長の高梨のデスクへ向かった。 「三田村理絵先生の後任、正式に君になった。先生には、既に俺から後任の担当が君になったことは伝えてある。近いうちに、先生の事務所に挨拶に行ってきてくれ」 「分かりました」 名前以外に公となっている情報は出ていないものの、三田村理絵と言えば恋愛小説のヒットメーカーで、文芸部にとっても大きな存在であることは梢にも分かっていた。数日後、梢は高梨から教えてもらった住所を元に、スマホのマップアプリを見ながら、私鉄で三十分ほどの郊外を歩いて、三田村のマンション兼事務所を探していた。
とある高層マンションに到着すると、梢は部屋番号を押し、インターホンを鳴らした。 「はい?」 スピーカーから女性の声が聞こえた。 「『ひかり書房』の山辺と言います。ご挨拶に伺いました」 「どうぞ」 と、声が聞こえ、オートロックとなっている自動ドアが開いた。 三田村の部屋の前に来た梢は、ドアの前でチャイムを鳴らした。部屋からはこちらに向かってくる足音が聞こえる。 「やっぱり、梢ちゃんだ」 ドアが開き、明るい声で出迎えたのは、笑理だった。あの長い黒髪は健在である。 「笑理先輩……」 突然の笑理との再会に、梢は思わず唖然となった。マンションに帰宅した梢は、息を切らしながら勢いよくドアを開けた。笑理が玄関まで姿を現して迎えてくれた。「おかえり」「ごめん……笑理……」呼吸を荒くして、梢はその場に崩れ落ちた。「大丈夫。まだあと十分残ってる」梢の目線に合わせるように、笑理は微笑んだ。梢が腕時計を見ると、針は十一時五十分を指していた。「十一時過ぎに、梢が退社したってお父さんから連絡来たの」「そうだったんだ……」「さ、おいで」手を引っ張られ、笑理と共にリビングに来た梢はコートを脱ぎ、マフラーを外した。テーブルには笑理が用意したクリスマス料理が並べられている。「ごめん、ご飯冷めちゃったよね……」「大丈夫、レンチンすれば食べれるから」「あ……」梢が窓に目をやると、カーテン越しに雪が降りだしているのが見えた。「天気予報当たったわ、やっぱり降ってきたね」梢と笑理はカーテンをめくって、外の景色を眺めた。粉雪はどんどん強く降っていく。「外寒かったもん。多分降るだろうと思ったけど」雪を見ていた梢は、笑理からバックハグをされた。「笑理……」「梢。私、今一番幸せだよ。大好きな人とクリスマスを過ごせるんだもん」視線を感じて梢が振り向くと、笑理はじっとこっちを見ていた。お互いに微笑み合うと、そのまま優しく唇を重ね合わせた。「そうだ、笑理。私と高梨部長から、クリスマスプレゼントがあるんだよ」「プレゼント……?」梢は高梨と相談した、『指切りげんまん』映画化の件を伝えた。「え……本当なの?」唖然とする笑理に、梢は大きく頷いた。「うん。笑理、初デートの時に言ってたよね。自分の作品がメディアミックス化されることが夢だって。その夢が叶うんだよ」「ありがとう、梢&hell
夜の八時を過ぎても梢からの連絡はなく、笑理はソファーでじっと梢の帰宅を待ち続けていた。残業で遅くなることは時々あったが、それでも梢は連絡をくれていただけに、一人の時間は妙に寂しさを倍増させている。このまま一人でイブを過ごすことになるのかと考えると、笑理は横になって思わず溜息が出てしまっていた。真由美たちの手伝いを終えて、梢が文芸部の自分のデスクに戻ったとき、時間は既に十一時を回っていた。「高梨部長、まだいらしたんですか?」文芸部には、高梨が一人残っていた。「執行役員になるまでにも、いろいろ準備とかがあってな」「春からですもんね、いよいよ」残業でやや疲れ切った顔をしていた高梨は、立ち上がると真剣な眼差しとなって、「年明けに、西園寺久子の件で延期になった映画企画のことで、配給会社と打ち合わせをする予定なんだが、三田村理絵先生のデビュー作『指切りげんまん』の映画化を提案しようと思う」梢は驚愕して、口をポカンと開けた。自作のメディアミックス化は笑理にとっても悲願であることは、梢もよく分かっていた。「高梨部長……」「俺と笑理の関係性がバレたら、職権乱用だって言われるかもしれないな。けど、あのデビュー作は本当に素晴らしいものだった。初の映画化になれば、話題にもなるだろう。父親として、あいつにはできるだけのことはしてやりたいんだ」「喜びますよ。笑理の夢だったんです、自分の作品がメディアミックス化されるの」「そうか……。この話、俺と山辺君から、笑理に対してのクリスマスプレゼントってことで本人に伝えてくれないか」梢は笑顔で大きく頷いた。「もちろんです」「執行役員になったら、今以上に忙しくなる。春までに一度、笑理と一緒に飛騨へ行こうと思う」「良いと思います。どんな事情であれ、高梨部長が笑理のお父さんということに変わりはありません。父娘なんですから」「そうだな。さ、笑理と素敵なイブを過ごしてくれ」仕事に追われていた梢は、壁に掛けられている時計を見て血の気が引いた。「え…&h
クリスマスイブも、梢にとってはいつも通りの朝であった。笑理との朝食を終え、出かける直前には、「夕方会社出るとき、連絡するね」と言って、出勤をした。笑理もそのタイミングを見計らって、クリスマスイブの食事の準備をするようであった。笑理との同棲以降、数日に一度は笑理手作りの弁当持参だった梢は、自分のデスクで弁当箱のふたを開けた。毎回恒例とも言うべき卵焼きに、今日は豚肉の生姜焼きと昨晩の残りであるポテトサラダも入っている。「いただきます」弁当を作っている笑理の顔を思い浮かべながら箸を進めていると、真由美が走ってやってきた。「ねえ、梢。ちょっと良い」「どうしたの?」真由美の話では、『ひかりセブン』編集部のメンバーが数名、流行風邪のために会社を休むことになってしまい、明日の十七時の印刷会社への入稿に間に合わないため、各制作部署から応援をお願いしたいということだった。『ひかりセブン』といえば年明け号から笑理執筆の連載小説も始まる週刊誌でもあり、また高梨からもぜひ行くようにと背中を押されたことで、梢は弁当を早食いした後、『ひかりセブン』編集部へ駆け出して行った。午後になってすぐ、笑理は近所のスーパーへ買い出しに来ていた。野菜の価格高騰に驚きながらもカートを引いていき、カゴに食材を入れていく。『ごめん、もしかしたら遅くなるかも』梢からのLINEが届いたのは、そんな時であった。『了解。仕事ならしょうがないもんね』笑理はすぐに返信すると、再び食材を手にしながら買い物を続けていった。笑理にLINEを送った梢は、真由美の手伝いに追われている。文庫本や単行本といった文章だけが続くものを何ヶ月かに一度制作するのとは違い、週刊誌は事件や事故やスキャンダルなどの記事、有名人のコラムやインタビュー、グラビア、スポンサー広告など様々なコンテンツがカラーページとモノクロページに分かれて二百ページ近くもあるものを毎週制作しなければいけない。編集部は常に上へ下へのてんやわんやで、応援に来ている梢も複数のゲラを確認するのにもバタバタしていた。「ごめんね、梢。急にこんなこと」
奥飛騨旅行をきっかけに梢との距離が一層縮まったことを、笑理は実感していた。旅行以降、梢との休日デートの回数も情事の回数も日を追うごとに増えていった。今晩もまた体を重ね合わせ、事後の梢は真っ暗な寝室のダブルベッドの中で、笑理に寄り添うように深い眠りについている。自分と付き合い始めてから、梢には何とも言えない色気が出始めたことに笑理は気づき、今もくっつくように眠る梢の寝顔をじっと見つめながら、胸が苦しくなるほどの愛おしい感情を抱いていた。梢の透き通るような肌もまた、笑理の多幸感をあふれさす要素になっている。笑理はふと、先月のパーティーの翌日、父である高梨と会ったときのことを思い出した。マンションから十分ほどの喫茶店に、笑理は父親を呼び寄せた。高梨は笑理を見るなり、梢のことを気にかけてくれていた。「俺がついていながら、申し訳なかった」高梨は頭を下げた。「そのことは、私がついてるから大丈夫。今日は、梢とのことをちゃんと伝えておこうと思って」「いつから、付き合い始めてるんだ?」笑理は正直に、梢が編集者として挨拶に来た時に告白をしてその日から付き合い始めたことも、十年前の卒業式の時に梢にキスをしたことも、梢の誕生日にマンションの合鍵をプレゼントして同棲を始めたことも、全て包み隠さず伝えた。「そうだったのか……」「お父さんに、反対する資格なんてないからね」笑理ははっきりと父親に伝えた。「お父さんが、西園寺久子と不倫関係だったことは知ってる。ちょうどお母さんと離婚したとき、お父さんの不倫相手だったこともね。私、ずっとあの女のこと恨んでた。テレビに映るのも不快でね。とうとう梢にまで、あんなこと……。法律なかったら抹殺してるから」久子のことを考えるほど、その憎悪の念は大きくなっていた。「『ひかり書房』から追放してよ、あの女。次期執行役員になる人なら、それぐらいのことできるでしょ。お父さんだって業界じゃ有名人だもん、今朝のネットニュースに役員就任の記事載ってたよ」高梨は黙って笑理の話を聞いている。「それと、もし梢が私とのこ