お前だけを愛したい〜契約結婚から始まる最後の恋〜

お前だけを愛したい〜契約結婚から始まる最後の恋〜

last updateLast Updated : 2026-10-13
By:  壽倉雅Updated just now
Language: Japanese
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株式会社『KSインターナショナル』の社長の継子である北城彩花は、ひそかに片想いをしていた義兄・拓也の結婚式に出席するという、複雑な20歳の誕生日を迎えていた。 彩花は、「お前のその気持ち悪い感情も、全部忘れろ」と、拓也から口止め料として真珠のネックレス渡され、家族とは縁を切ることを決意する。 その晩、1人で繁華街で自暴自棄になって飲んでいた彩花は、路地裏で暴力を振るわれていたホームレスを助ける。「何か、お礼を……」と言うホームレスに対して、彩花は「じゃあ、私を抱いてください」と言い放つ。

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Chapter 1

第1話

「お母さん、お姉ちゃん。やっぱり、行かないといけないよね……」

 北城彩花きたしろあやかは、広々とした和室の壁にかけられた黒い額縁の中で微笑む亡き母と、瓜二つの双子の姉にそう問いかけた。彩花にとって、二十歳という記念すべき誕生日は最悪な日であった。今日は、義兄である拓也たくやの結婚式なのである。

十年前、亡き母の再婚に伴って、彩花には突然四歳上の兄ができた。血は繋がっていないとは言え、拓也は兄であったが、この十年、彩花は拓也にひたすら秘めた想いを抱いていた。

 花柄のレースが施されたネイビーのドレスを着た彩花は、都心にある結婚式場まで何とか重い足を運んだ。会場に向かうタクシーの中で拓也から、

『渡したいものがある』

 と、一言メッセージが届いた。一体何をもらうのかという疑問と、片想いをしていた兄を何とか祝わなければという憂鬱な気持ちのまま、気がつけば彩花は、結婚式場の控え室のドアの前に立っていた。

「はい」

ノックをすると、中から聴き慣れた男の声が聞こえた。彩花がドアを開けて入ると、タキシード姿で短髪をワックスで固めた拓也が鏡台の前に座っていた。

「結婚、おめでとう」

 彩花は心では思ってもいないことを、あえて口にした。

「ああ、ありがとう」

「何、渡したいものがあるって」

一刻も早くこの場から立ち去りたい彩花は、すぐに用件を尋ねた。

拓也は何も言わずに彩花の目の前にやってきた。キリッとした目鼻立ちの拓也の顔が近づくと、そのまま大きな真珠がいくつも連なるネックレスをかけられた。ワックスのツンとした匂いが、彩花の鼻の中を刺していく。

 彩花が不思議そうに拓也を見つめると、拓也は眉間に深い皺を寄せて、露骨に嫌な顔を彩花に一瞬見せると背を向けた。

「口止め料だ」

「口止め料……?」

 彩花は訝しそうに真珠の一つを掴んだ。

「姉のことも、お前のその気持ち悪い感情も、全部忘れろ」

「それ、どういう意味……? 私は……」

 彩花が何か言い返す前に、拓也は背を向けて、

「早く出ていけ。誤解されたくないからな」

「何、誤解って……」

これ以上、彩花には反論する気力が起きなかった。仕事で多忙な継父は頼れず、母も双子の姉も亡くなり、頼れる唯一の家族であった拓也から、まさかこんな扱いを受けるなんて。

 ――何でこんな男に、十年も片想いしてきたんだろう。

 部屋を出て、披露宴が行われる大広間に向かう彩花の顔は、とてもめでたい場に出席する親族の顔ではなかった。小学生の頃は、面倒を見てくれるたびに、「お兄ちゃんが大好き」なんて言ったものだが、今となってはそれも黒歴史に等しくなっている。義兄への片想いは、拓也自身の言動で一気に儚く散った。

 アパレル事業を中心に海外にも展開を見せる株式会社『KSインターナショナル』の御曹司であり専務取締役でもあるだけに、拓也の結婚式は盛大に行われた。だが終始彩花は、感情を失ったような顔で式に参加していた。

 その夜は、霧雨が降っていた。

 ドレス姿のまま、コンビニで買ったビニール袋を差した彩花は、一人で夜の歌舞伎町を歩いていた。途中、カウンターバーに立ち寄り、マティーニやマルガリータなどのカクテルを何杯も飲んだ。

「お客様、少々飲み過ぎではありませんか?」

 鼻の下の黒髭が妙に紳士的に見えるバーテンに、心配そうに声をかけられた。

「いえ、大丈夫です」

少し頭痛はしたが、泥酔になるほどではなかったため、彩花は飲み続けた。飲まずにはいられなかった。

 店を出た頃には日付が変わり雨も止んでいたが、繁華街の夜は店や看板の灯りでまだ明るく輝いている。澄んだ大きな瞳で童顔の彩花は、顔全体を真っ赤に染めている。そんな彩花の姿は異様に目立ち、通り過ぎる男たちの目を釘付けにしていく。

「お姉さん、ちょっとどうですか?」

「お姉ちゃん可愛いね。今なら安くしとくよ」

「良い店、紹介しましょうか?」

「一発、どう?」

ホストと思われる男、客引きの男、何となくナンパしてくる男など、周囲にいる男たちが彩花に何のためらいもなく、声をかけていく。そんな男たちを、彩花は拓也と重ねていた。

 ――彼らは皆、義兄と同じで偽善者だ。

 体目当てだったら捨て駒にされ、店で金さえ払えば後は用済みにされる。結局、優しいフリをしているだけで、自身が満足のいく結果になれば、平気で人を裏切り、捨てていく。まさしく、この男たちは義兄と同じだ、と彩花は思いながら、再び夜の街をさまよっていく。

 十年間、同じ屋根の下で暮らした義兄の本性に、何故ずっと気づけなかったのだろう。そんな自分が嫌いになり、何より義兄への憎しみが強くなっていく。この感情をどこにぶつけて良いのかと思いながら路地裏に入ると、少し遠くで一人の人影が集団暴行を受けている光景が目に留まった。

「何してるの!」

 酒の力、そして義兄への憎悪が募っていたこともあり、思いのほか大きい声で怒鳴った自分自身に彩花は驚いた。集団は慌てて逃げるように、夜の闇へと消えていった。

「大丈夫ですか?」

 彩花が側までやってくると、ボロボロの服を着た男が一人しゃがんだままじっとしていた。暴行が原因で服が破れているのではないことは、一目瞭然だった。汗臭さが少し鼻についたが、彩花はそこまで気にならなかった。

「ありがとう……」

 か細い声だった。顔はやつれ、目には正気が無いように見える。

「何か、お礼を……」

 浮浪者になっても、そういう気持ちがあるのかと、彩花は感心した。

 一瞬考えると、彩花は一言、男に言い放った。

「じゃあ、私を抱いてください」

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第1話
「お母さん、お姉ちゃん。やっぱり、行かないといけないよね……」 北城彩花は、広々とした和室の壁にかけられた黒い額縁の中で微笑む亡き母と、瓜二つの双子の姉にそう問いかけた。彩花にとって、二十歳という記念すべき誕生日は最悪な日であった。今日は、義兄である拓也の結婚式なのである。十年前、亡き母の再婚に伴って、彩花には突然四歳上の兄ができた。血は繋がっていないとは言え、拓也は兄であったが、この十年、彩花は拓也にひたすら秘めた想いを抱いていた。 花柄のレースが施されたネイビーのドレスを着た彩花は、都心にある結婚式場まで何とか重い足を運んだ。会場に向かうタクシーの中で拓也から、『渡したいものがある』 と、一言メッセージが届いた。一体何をもらうのかという疑問と、片想いをしていた兄を何とか祝わなければという憂鬱な気持ちのまま、気がつけば彩花は、結婚式場の控え室のドアの前に立っていた。「はい」 ノックをすると、中から聴き慣れた男の声が聞こえた。彩花がドアを開けて入ると、タキシード姿で短髪をワックスで固めた拓也が鏡台の前に座っていた。「結婚、おめでとう」 彩花は心では思ってもいないことを、あえて口にした。「ああ、ありがとう」「何、渡したいものがあるって」 一刻も早くこの場から立ち去りたい彩花は、すぐに用件を尋ねた。拓也は何も言わずに彩花の目の前にやってきた。キリッとした目鼻立ちの拓也の顔が近づくと、そのまま大きな真珠がいくつも連なるネックレスをかけられた。ワックスのツンとした匂いが、彩花の鼻の中を刺していく。 彩花が不思議そうに拓也を見つめると、拓也は眉間に深い皺を寄せて、露骨に嫌な顔を彩花に一瞬見せると背を向けた。「口止め料だ」「口止め料……?」 彩花は訝しそうに真珠の一つを掴んだ。「姉のことも、お前のその気持ち悪い感情も、全部忘れろ」「それ、どういう意味……? 私は……」 彩花が何か言い返す前に、拓也は背を向けて、「早く出ていけ。誤解されたくないからな」「何、誤解って……」 これ以上、彩花には反論する気力が起きなかった。仕事で多忙な継父は頼れず、母も双子の姉も亡くなり、頼れる唯一の家族であった拓也から、まさかこんな扱いを受けるなんて。 ――何でこんな男に、十年も片想いしてきたんだろう。 部屋を出て、
last updateLast Updated : 2026-08-25
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第2話
「え……」 彩花の要求に驚いたのか、男は唖然となっていた。 無精ひげで気づかなかったが、この男はまだ青年のような年齢に見える。おそらく、自分と同年代だと彩花は思い、妙な親近感を抱いていた。 ――この人も、人生に絶望してるんだろうな。 男は明らかに動揺しながら、「俺なんかで、良いのか?」「ええ」 自分なんかどうなっても良い、どうせ義兄からは捨てられたのだし、この際どこの馬の骨とも分からない相手と一夜限りの関係を持っても良いだろうと思った彩花は、近くのラブホテルへと赴いた。 シャワーも浴びず、部屋に入るなり彩花はドレスを脱ぎ捨て、ベッドへ横になった。男も合わせるように、ボロボロの服を脱いだ。やがて、ベッドで体を重ねていく二人。男の動きは粗野だが、彩花は苦痛とは思わなかった。男のぬくもりを自らの白い柔肌で感じながら、彩花は受け入れていた。指と指を絡ませ、同時に唇を何度も重ねていく。行為の間だけでも、あの憎い義兄のことを彩花は忘れることができた。絶頂まで行った時、ふと男の目を見ると、彼は寂しそうな目をしていた。彩花には、男の目が鏡に映った自分のように見えた。今の自分も、この男と同じ目をしているのだろうと。「シャワー、浴びてくる」男はそう言ってベッドを出ると、彩花に背を向けた。「……!」 彩花は絶句した。男の広い背中の中央には、炎のような暗紅色の痣があった。 だが、聞いてはいけないことだと思い、彩花は自分の胸の内で抑えた。 翌朝。ホテル代を枕に置き、熟睡している男をそのままにして、彩花はホテルを後にした。ホテルから少し歩き、広い通りに出たところでタクシーを捕まえると、彩花は何事もなかった顔で家路に着いた。朝帰りをしても、心配する家族など誰一人いない。継父は仕事に出かけ、義兄もおそらく新婚旅行でしばらくは不在になる。 中学時代からの親友の藤堂さくらから電話があったのは、午前中のことだった。「彩花、私たち受かってたよ!」 受験したアメリカの大学の合格発表日であったことすら、彩花は忘れていた。「一緒に頑張ろうね!」 高らかな親友の声を聞き、ようやく彩花は救われた気持ちになった。 それからまもなく、彩花はさくらと共にアメリカへ旅立っていった。渡米を気に、彩花は家族との関係を断ち切った。何もかも忘れて、新しく生まれ変わろうと心に決めたのだ
last updateLast Updated : 2026-08-25
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第3話
 エレベーターが止まってから、どれだけの時間が経っただろうか。彩花にとって、この狭い空間で、いきなり壁に迫ってきた男性と同じ空気を吸っていることが、何より苦痛だった。男性はその後も、何も言わずにじっとこちらを見続けている。 ――いつまでこんな至近距離にいるの。五年前に逃げた子猫って何? 逃げたくても逃げられないこのシチュエーションと、刻一刻と迫るプレゼンの時間が、彩花を余計に苛立たせていた。 やがて機械の音がして灯りがつくと、エレベーターは何事もなかったように作動し始めた。エレベーターは彩花の押したボタンの通り、十八階で止まった。ドアが開くと、彩花は男性から逃げるように去っていった。 ――何、あの男。不審者? 痴漢? 長く続く十八階の廊下を、彩花はひたすら走った。ふと腕時計を見ると、プレゼンの時間を三十分も過ぎている。エレベーター事故があったとは言え、遅刻したことに変わりはない。それでも、一筋の望みにかけて、彩花はプレゼンが行われる会議室へと向かった。 会議室の前には、全身ダークグレーのスカートスタイルのスーツを着た女性が、タブレットを持って立っていた。「申し訳ございません。本日十三時よりプレゼンをする予定でした、『ALIVE』の北城と申しますが」 受付担当と思われる女性は、細い赤縁メガネ越しに冷ややかな目で彩花を見ると、タブレットをスライドさせて、何かを確認した。「北城様ですね。予定の時間を、もう三十分も過ぎております。申し訳ございませんが、お引き取り下さい」 無表情で、まるでAIロボットのような女性の淡々とした声が返ってきた。「そうですか……。失礼しました」 女性に軽く頭を下げると、彩花はビルを後にした。この現実を受け止めるしかないと思いつつも、オフィスに戻るまでの彩花の足取りは重かった。 オフィスに戻った彩花は、エレベーター事故の件をさくらと健太に伝えた。反論や文句が飛んでくることは覚悟の上だったが、二人は明るく慰めてくれた。「とんだ災難だったね。まあ事故ならしょうがないよ。他にも出資先は見つけようと思えばできるんだし、次に向かって動いてこう」「こういう大手企業ってさ、担当の役員とか取締役の人が審査するのがほとんどでしょ。代表は、下から来たものにイエスかノーの判断をするだけだからね。それだったら、ちゃんと社長自ら審査して、俺たちの
last updateLast Updated : 2026-08-25
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第4話
「あの、婚約者のフリというのは、どういう意味でしょうか?」 説明への理解が追いつかない彩花は、隼人に尋ねた。「そのままの意味だ。出資する代わりに、婚約者のフリをしてほしいと言ってるんだ」「はぁ……」「じゃあ、これで交渉成立だな」「え?」「また連絡する。以上だ」 隼人がすぐに去ってしまい、彩花は呆気に取られた。その後、オフィスに帰社した彩花は、早速隼人との事の次第を、さくらと健太に打ち明けた。「一体どういうつもりなんだろう。彩花にそんなことさせるなんて」 さくらは眉間に深い皺を寄せて口を開いた。「『神宮寺ホールディングス』の社長って、確かまだ若いよね」「うん。多分、私たちと変わらないぐらいか、少し上ぐらいに見えた」「神宮寺家って、結構な家柄だったはずだよ。おそらく今後の会社のことも考えて、親が政略結婚をさせようとしてる可能性もあるからね。それが嫌で、婚約者のフリを頼んだんじゃないかな」 プレゼン時の隼人の傲慢な態度は気に入らなかったが、健太からの話を聞いて、継父や義兄との関係に悩んだ自身の経験が重なって、彩花は隼人に同情した。「本当に大丈夫?」 さくらが心配そうに尋ねるが、彩花は苦笑して、「平気だって。別に実際に婚約するわけじゃないんだもん。あくまで経営者が集まるパーティーで、婚約者のフリをして出席するだけなんだから」「もし途中で無理だと思ったら、はっきり先方に断って良いと思うよ。出資の条件が婚約者のフリだなんて、まるで彩花をビジネスの道具みたいに思ってる気がして、ちょっと俺は乗り気になれないからさ」 いつもは穏やかな健太でも、憮然とした表情になっていることに彩花は気づいた。さくらも同情し、「そうよ。今回は何とかプレゼンが通って、出資してもらうことになったけど、何も彩花がそこまで無理することはないんだもん。私たちの会社である以上、私だっていざとなったら他の出資先見つけたり、方法はいくらでも考えるから」「ありがとう、さくら
last updateLast Updated : 2026-08-27
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第5話
「久しぶりじゃねえか、彩花。まさかこんなところで会えるとは思わなかった」 驚きよりも、明らかに自分を蔑むような反応を見せる拓也に、彩花はどのように言葉を返して良いか分からなかった。彩花にとって辛く思い出したくない記憶が、目の前に現れた拓也によって鮮明に思い出される。仲良く接してくれた兄は、自らの結婚式で本性を見せた。以来家族とは縁を切っていただけに、この場でよりにもよって一番会いたくない相手に会ってしまった。彩花と拓也のちょっとした小さな騒動に、周囲の人々も様子を見るように振り向いていた。「お前みたいな女が来るようなところじゃないだろ。俺たち家族を捨てた裏切り者が」 どう答えようかとためらっている彩花。その場にいる出席者たちは、嘲笑うように彩花を見ている。継父や義兄によって、自分が北城家を捨てた娘だということが、今日出席している参加者の間にも噂として広まっているということを彩花は察した。 泣きそうになって今すぐにでも逃げ出したい気持ちだったが、そこへ隼人の声がした。「神宮寺家の夫人に、妙な口を聞くのはどこのどいつだ」 参加者との談笑を終えた隼人が、騒ぎを聞きつけて彩花のもとに戻ってきた。「神宮寺社長……」 隼人の姿を見て、拓也は凍り付いたように唖然となった。「改めて紹介する。俺の婚約者の、彩花だ」 そう隼人が言った途端、彩花は肩を抱かれた。 ――こんな公の場で、はっきり言っちゃうんだ。 彩花はどんな言葉を発して良いのか分からず、軽く会釈をすることしかできなかった。「バカな……彩花が、神宮寺社長の婚約者だなんて……」 拓也は苛立ちを隠せない顔を見せたが、明らかに動揺をしていた。「それともう一つ。彩花が経営しているスタートアップ企業に、我が『神宮寺ホールディングス』は出資することにした」 歓喜とも驚愕とも言える声が、そこかしこから漏れた。「彩花、お前が神宮寺社長に取り入ったか? 自分の会社のために、
last updateLast Updated : 2026-08-28
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第6話
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第7話
「ああ、俺はお前に救われたんだよ……」隼人がこちらを見てくる目を見て、彩花は気づいた。五年前、一夜を共にした時のあの寂しい眼差しと同じであると。「あの時の俺は、全てを失ったんだ。もう自分なんかどうにでもなっちゃえと思った。でも、そんな時に目の前に現れたのが、お前だったんだよ」「でも、私は何もしてません……。ただ、一度だけの……」彩花は言いづらそうに返した。数時間前のいきなりキスをきっかけに、隼人と口論をしていた自分自身が情けなく思った。――キスどころか、それ以上のことしちゃってたじゃん、私。隼人の背中に広がる痣を、彩花は優しく触れた。隼人の体温が、手のひらに伝わってくる。「まさか、あの時の浮浪者が、神宮寺社長だったなんて……。五年の間、がむしゃらに働いたんでしょう」「まあな。五年前、俺は人生のどん底にいたよ」彩花はふと、以前健太が話していたことを思い出した。「確か、ご両親と経営のことをめぐって対立したんですよね?」「ああ。五年前、社長をしていた親父と、副社長をしていたおふくろは、南米での事業拡大を計画してたんだ。だが当時の会社の規模からして、これ以上海外進出は厳しいんじゃないかって専務をしていた俺は、親父に反対した。だが親父たちが役員に根回しして、南米進出のプロジェクトは結局始めることになった。親父たちや当時の幹部たちは、唯一反対した俺を爪弾きにして、会社から追い出そうって考えたんだよ」「反対しただけで、しかも自分の息子なのに、そこまで……」「俺を見れば分かるだろ。親父たちの嫌な を継いだから、こんなひん曲がった性格になるんだよ。自分で一番よく分かってる」「そんな……」彩花はそれ以上に返す言葉が見つからなかった。「しばらくして会社に行ったら、もう専務室の部屋に俺の居場所はなかった。その前日に、俺の専務解任が決まってな。まあ、家族からクビにされた
last updateLast Updated : 2026-08-30
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第8話
 さくらと健太が打ち合わせで不在の中、彩花は改めて診断書を見つめていた。昨日病院へ行った時の、医師から言われた言葉が彩花の脳裏に蘇る。「もって、あと半年と思ってください」「半年……」「もちろん、私も最善を尽くします。仕事よりもまず、治療に専念することをおすすめします」 大学病院に長年勤めている外科の沢村医師にそう言われ、彩花は悩んでいた。半年の間、苦しい闘病生活をすることを選ぶのか、最期までこの仕事を続けていたいのか。さくらと健太と創り上げてきたという、会社の特別な思い入れもある。彩花には、まだ結論を出すことができなかった。「ただいま」「今戻ったよ」 さくらと健太が戻ってくると、彩花は慌てて診断書を自分のデスクの引き出しにしまいこんだ。「お帰り」「今日、病院行ってきたんでしょ? どうだったの?」 さくらが尋ねると、彩花は何とか作り笑顔になって、「全く問題ない。いたって健康だって言われた」「そうだよね。健康診断って言っても、私たちそんな重い病気になる年齢でもないもんね」「まあ、俺たちはこうしてちょっと無理に仕事してることがあるから、健康に気を遣うのも大事だよな。今後俺も健康診断受けようかな」「受けた方が良いよ。いつどうなるか分からないから」 彩花は突然真面目な顔になった。「そんな顔で言われると、何だか怖いな。俺の体の中に、何か潜んでるかもしれないじゃないか」「あ、ごめん……。それより、銀行のほうどうだった?」 彩花は何とか病気の話から話題を変えようとした。「融資の件は、前向きに検討してくれるって」 健太は嬉しそうに微笑んだが、さくらは不服そうな顔になっていた。「あの担当の人も分かりやすいよね。初めは興味なさそうな顔してたのに、『神宮寺ホールディングス』の名前出したら目の色変えてさ。よっぽど偉いんだろうね、あの会社は」 彩花はふと、隼人のことを考えていた。ビジネス
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第9話
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第10話
 事業が軌道に乗り、配当金が支払える頃、もう自分の命はないだろうと、彩花は考えていた。当然そうなれば、隼人は事後報告になるが自分の死を知ることになることも察していた。このまま、お互いが傷つかないように関係を終わらせる方法はないかと頭の中で思い描こうとするが、残された隼人はどうなるのかと考えてしまっていた。 また、今のところさくらや健太にも余命宣告のことを告げていないが、いつ自分の身に何か起きても良いように、病気が悪化しない間に引き継ぎをしておいたほうが良いことに気付いてしまった。だがそんなことをしたら、二人に病気のことを告げなければいけない。 ここ数日の彩花は、そんな葛藤を抱える毎日を送っていた。「どうしたの、彩花?」 考え事をしていたことが顔に出ていたのか、隣のデスクで仕事をしているさくらに怪訝そうに尋ねられた。「え?」「何か、顔色悪くない?」「そんなことないよ」 彩花は笑ってごまかした。健太も心配そうに歩み寄り、「せっかく順調に行ってるんだから、変に無理しないようにね。一人で抱え込むことなんてないんだから」「ありがとう、健太」 これからどうしようかと考えようとした時、事務所のドアが開いた。一同がドアのほうへ視線を送ると、派手で奇抜なファッションの女性が訪問してきた。「あの、どちら様でしょうか?」 さくらが応対してくれた。「へえ。ここが、『ALIVE』のオフィスか。息苦しくて、狭いね」「ご用件は?」 ムッとしたさくらが冷たく距離を詰めていく。「あなたが、北城彩花さん? ……なわけないか」「あの、私が北城彩花ですが」 彩花は席を立ち、女性のもとへ駆け寄った。「あなたが、隼人兄ちゃんの婚約者?」 その名前を聞いて、彩花は激しく動揺した。隼人のことは考えたくなかったタイミングである。「そちら様は? 来訪するのであれば、名前を名乗るが礼儀ではないでしょうか?」 
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