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ASAMI
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Novels by ASAMI

幸せ色の恋~想いよ、永遠に~

幸せ色の恋~想いよ、永遠に~

たくさんの悩みや葛藤を抱えた、高校生。 自分なりに出した答えを正解だと信じて駆け抜けた青春時代。 4人の高校生の等身大のストーリー
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Chapter: 第109話
ファミレスで軽く夕食を済ませた私達は。『夏と言えば花火だろう』。 コウ先輩のこの一言で、急きょ花火大会をすることになった。花火と一緒にお酒やお菓子も購入し、ここらへんで一番近い海に向かった。電車を使わず歩いて行ける距離の海だから、写真で見るようなきれいな海ではないけれど。目的はみんなで花火。波の音と、潮の香りがあれば、十分だった。「美羽」砂浜に降りる階段の一番下で、コンビニの袋から花火を出して準備をしていると、私の隣に壮吾が腰掛けてきた。作業の手を止めずに壮吾を見上げる。「おまえ、酒飲むなよ」そう言って、手に持たされたのはオレンジジュース。「おまえが酔うと、たちが悪そうだからな」「そんなことわからないよ。案外ざるかもしれないじゃない」こんな事で張り合う私達は、まだまだ子供だ。でも、まあ。最初から、お酒なんて飲む気はなかったんだけど。壮吾の言う通り、私、本気で潰れそうだから。「美羽ちゃん、何してんの。早くこっちに来いよ〜」「美羽〜。 裸足でおいで。気持ちいいよ〜」相変わらず賑やかな兄妹。波打ち際で二人でじゃれ合っていた。『ったく、あいつらは』と、呆れながらもお尻を上げる壮吾。両手にはコウ先輩の分のお酒も持っていて。だけど、私の隣で立ち上がった瞬間、ピタリと動きを止めた。暗闇のせいで表情は見えない。「あいつに酒を飲ますのはいいけど、これ以上テンションおかしくなったら相手できねー」ああ……。それで、躊躇ってるわけね。「大丈夫だよ。コウ先輩には日和という保護者がいるから」「だよな」『おーい、はしゃぎ過ぎだろ。ったくガキじゃねーんだからよー』と、壮吾が砂浜を歩いて行く。一定のリズムで奏でられている波の音。寄せては引いて、引いては寄せて。その音に混ざって、壮吾の靴底からギュッギュッと、砂の鳴く音が聞こえた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第108話
「あのー」私の横からひょいっと出てきたコウ先輩。お客さんを装って、本棚の整理をしていたレオくんに声をかけていた。「いらっしゃいま……げ」くるりと振り向いたレオくんが、あからさまに嫌な顔をする。本を片手に、頬が引きつっていた。「成人雑誌って、どこにありますか?」と、恥ずかしげもなくそんな事を聞くコウ先輩。もちろん、「黙れっ!! クソ兄貴」すぐに日和に頭をはたかれて、口を尖らせていたけれど。「何しに来たんだよ」声をひそめるレオくん。「何だその言い方は。 心外だな」ポケットに両手を突っ込む壮吾が、ブスッとして言った。「様子を見に来たんだよ。こいつが、心配してたから」壮吾の顎が私に向くと、『心配?』と、眉間にしわを寄せたレオくんが私を振り向いた。「おまえがちゃんと働けてるのかって、俺らは心配なんだよ」「んなの、余計なお世話だよ」素っ気ない一言を壮吾に向けて、仕事に戻って行くレオくん。「仕事終わったら、速攻裏に来いよ。駐車場で待ってるからな」壮吾がレオくんの背中に声をかけると、レオくんは返事をするように、背中越しに右手を上げた。「レーオ」本屋さんの裏口から出てきたレオくんに、コウ先輩が明るく声をかけた。駐車場のフェンスに寄りかかって話をしていた私達も、裏口へ目を向ける。レオくんは迷惑そうに、眉をひそめて私達を見ていた。「おまえ、今のうちからそんなに眉間にしわ寄せてっとすぐに老けんぞ」フェンスから体を起こした壮吾が、レオくんに歩み寄る。プイッとそっぽを向いたレオくんは、くるりと踵を返すと、無言で駐車場から出て行こうとしていたんだけど。「ちょちょちょちょ。待てって」ガシッと、壮吾に肩を掴まれていた。不機嫌に振り向くレオくん。「何なんだよ。俺、バイトで疲れてんの。騒ぎたいなら俺無しで騒いでくんない?俺、もう帰るし」「んな寂しいこと言うなよ。明日休みだろ?朝まで楽しもうぜ」「そうそう。 楽しもう」と、壮吾とレオくんの間にコウ先輩が割り込んだ。それを遠くから見ている私達は、目を見合わせ、肩をすくめてくすっと笑った。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第107話
壮吾の言葉に頷いた私だけど。レオくんが、接客をしている姿が全く想像できない。それって、私だけ?接客業ということは、少なからず笑顔は必要なわけじゃん?レオくんの営業スマイル……。うーん……。やっぱり、想像できない。「レオくんのバイトってさ、レジとかするんだよね?」私が聞くと、「当たり前じゃん」と、日和がおかしそうに笑った。「ということは、『いらっしゃいませ』とか、言うんだよね」さらに続けると「急にどうしたの?」と、日和が眉をひそめた。「いや、何か、ほら。全く想像できないから。レオくんが笑顔で『いらっしゃいませ』って言ってる姿」私がそう言うと、『確かに、言われてみれば』と、3人が同じように頷いた。「そういえば、俺らって、まだレオのバイト姿見てねーよな」「ああ」壮吾の言葉に、コウ先輩が頷く。「レオのバイト先には行ったけど、結局、中には入れなかったしな」私はぐっと背中を丸めた。その原因は、私にあるから。申し訳なくて、顔を上げることができなかった。「んじゃ、今から行ってみる?もうすぐ、バイト終わる時間だし」「いらっしゃいませー」レオくんのバイト先の自動ドアをくぐったら、明らかにレオくんだと思われる声が一番に聞こえてきた。これで店長に怒られないのかと心配するほど、暗くて、超棒読みな声だ。この辺りには、ここだけしか本屋がない。小さな本屋だけど、中には結構な人が入っていた。ぞろぞろと中に入る私達に、レオくんは全く気づいていない。ぶっきら棒に、だけど、すごく真剣に、接客を続けていた。「カバーつけますか」「あ、いえ」「1,155円になります」言葉に強弱がなく、ずーっと同じ調子。もちろん、営業スマイルなんてしているわけもなく。「ありがとうございましたー」本当に有り難く思っているのか、と、思わず突っ込みたくなるレオくんの声。だけど――。レオくんの黒のエプロン姿。ビューティフル。接客業としてはいけないことなのかもしれないけれど、レオくんのように美しい男性に接客されたら、どんなに素っ気なくても、どんなに笑顔がなくても、全然いいと思えてしまう。もっともっと接客をしてほしいって思っちゃうほど、レオくんはカッコよくて、少し大人に見えた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第106話
「おじゃましまーす」ギャーギャー声が聞こえてきたのは、コウ先輩の部屋。そろりとドアを開け、中を覗き込むと「コウ!! てめぇ、ちょっとは手加減しろよ!!」「はっ?バカか、おまえ。手加減してたら楽しくねーだろ」壮吾とコウ先輩が、ゲームに熱中していた。私がドアを開けたことにも気づいていないようだ。「あ、あのー。入ってもよろしいでしょうか」おずおずと声を出すと、ゲームのコントローラーを手にしている2人が、くるりと振り向いた。「なんだ、美羽。来てたのか」そう言って、ゲームを中断した壮吾が、私の元へとやってくる。「何ビクビクしてんだよ。早く中に入れよ」またこの人は。自分ちでもないのに、そんな勝手に……。「日和は?」「あ!! 美羽。 いらっしゃい」壮吾に問いかけた瞬間、背後から日和の声が聞こえてくるりと振り向いた。日和の手には、紅茶カップと、さっき私が日和ママに渡した、シュークリームののったおぼん。「うお。うまそーなシュークリーム」一番に反応したのは壮吾だ。「美羽のお土産だよ」「マジで?そんな気を遣わなくていいのに」だから、壮吾。ここはあなたの家じゃないでしょ?そう思いながらも、「結構おいしいんだよ。食べてみて」と、コウ先輩の部屋に入りながら言った。コウ先輩の部屋は、相変わらず色んなものが散乱していた。だけど、やっぱり、不衛生には感じない。ホントに不思議。「ねぇ、レオくんは?」日和の持ってきてくれた紅茶に口をつけながら、壮吾に聞く。「ああ。あいつ、バイト終わってから来るって」ぱくっとシュークリームを頬張った壮吾が、何だか小さな子供に見えた。カッコイイだけじゃなくて、こんなかわいい一面もあるから、あたしはどんどん壮吾の虜になっていく。「バイトかぁ。頑張るね、レオくん」「まぁ、あいつなりに楽しんでんじゃね?バイトの愚痴なんて、一度も聞いたことねーし」「ふーん。そうなんだ」
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第105話
「いい? 美羽。絶対に迷惑かけちゃダメだからね」玄関で靴をはく私に、お母さんが言った。もう、これで何度目だろう。「遅くまで騒がないのよ。近所迷惑にもなるし」「もうっ!!わかってるよ。小学生じゃあるまいし、ちゃんと考えて行動できるって」ヒールの靴をはいて、クルリとお母さんを振り返る。私の手には、お泊まり道具。そして、お母さんがしきりに持って行けと言っていたクッキーシュー。近所の有名なケーキ屋さんで買ったものだ。「ちゃんとお家の人にあいさつして、そのシュークリームを渡すのよ。わかった?」もう……。だからわかってるって。朝から何度も同じことを言わないで。夏休みに入り、日和の提案で一日だけ日和の家に泊まることになった。もちろん、壮吾とレオくんも一緒。みんなで徹夜して、思い切り遊ぼうってことになったの。お母さんがこんなにうるさいのは、初めてのお泊まだから。もう高校生なんだし、迷惑をかけなければ一日くらい泊ってもよし。と、許しを得たんだけど……。ここまでしつこく何度も何度も同じことを言われると、耳にタコ。まだ何か言いたげなお母さんがわを見ていたけれど、「いってきまーす」と、耳にイカまでできないうちに素早く玄関を出た。外は、街中が茜色に輝く夕方。お泊まりは夜がメインだから。と、夕方から日和の家に集合することにした。お母さんには内緒だけど、壮吾と一緒にお泊まりだ。まぁ、二人っきりではないけど、なんかテンションが上がる。ああ――…。めっちゃ楽しみ!!「いらっしゃい」日和の家に着き、出迎えてくれたのは日和ママだった。「こんにちは」「こんにちはー。壮吾くんも来てるから、さぁ、上がって」ぎこちなく頭をさげた私に、優しくて、超美人な日和ママがにっこり笑ってくれる。その笑顔が、どことなくコウ先輩に似ていた。「あの、これ、シュークリームなんですけど」食べてください、と日和ママに差し出す。「あらあらまぁまぁ。どうもご親切に。お母さんにお礼の電話を入れておくわね。ありがとう」そう言って、『早く2階にどうぞ。何もないけどゆっくりしてね』と、さらに優しい言葉をかけてくれた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第104話
私の肩に腕を回す壮吾は、グイッと、レオくんの肩にも腕を回していた。バランスを崩したレオくんは、よろっとわ達に近づく。「悪いな。これが、俺達だからさ」眉間にしわを寄せ、涙をこらえている彼女に向かって、壮吾が悪戯に笑う。「ちょっとやそっとの事じゃ、俺たちはバラバラにできないよ。絆が他と違うからな」5人で肩を組んで、頬笑みあう。そんなわ達を見て、彼女がふわりとこちらに視線を向けた。罰が悪そうに眉を寄せて、口をへの字に曲げている。「……知らなかった」力のない声だ。「この件で、気持ちがバラバラになるものだと思ってたのに、全然、通用しないんだね。知らなかった。これが、ホントの友情とか、愛ってものなのかな」本当の友情。本当の恋愛。「ごめん……」......下川さん。「何の努力もしてないとか言ってごめん。いいよ。このこと、みんなに言って。レオくんに近づくために、私がしたことだって。私にムカついたでしょ? いいよ、仕返しして」力のない彼女の声は、図書室の絨毯に吸収されて、殆ど私の鼓膜は刺激されなかった。フラフラとした足取りで、図書室を出て行こうする彼女。「待って!!」クルリと、振り向く彼女。瞳には、涙が滲んでいる。「気まずくなるからって、私達を避けないで。この件は、これで終わり。また一から友達になって」私が右手を差し出すと、彼女は私の右手をじっと眺めた。ポタポタと絨毯を濡らしていく涙。嗚咽がこぼれて、肩が小刻みに揺れている。私の手と彼女の震える手が合わさった時、日和が私の背中に抱きついてきた。「まぁ。許せたもんじゃないけど、美羽がいいって言うなら仕方ないね」そう言って、日和も彼女に手を差し出している。「これで仲直り」日和がおどけて笑う。「ありがとう……」彼女は、涙をこらえながら、そう言った。私達を見ながらほほ笑みあうのは、壮吾とコウ先輩。「女ってわかんね」ぼそっと呟いたのは、レオくん。眉間にしわを寄せ、首を傾げている。「ま、いいじゃん。問題が解決したんだし」そう言った壮吾が、握手を交わす私達の側へとやってきた。「あんたも、見つけろよ。心から信じれる仲間をさ。そしたら、わかるよ。まぁこれが、ホントの友情とか、ホントの愛ってやつかわかんねーけどな」心が晴れるって、こういうことを言うんだね。笑顔がこぼれて、人
Last Updated: 2026-01-31
三年間、彼に恨まれた契約妻は、世界を魅了する仮面の天才音楽家だった

三年間、彼に恨まれた契約妻は、世界を魅了する仮面の天才音楽家だった

祖母の形見のヴァイオリンを取り戻すため、音羽は神崎家の御曹司・蓮と契約結婚をする。しかし蓮は、初恋の女性を失った原因が音羽にあると誤解し、三年間彼女を憎み続けていた。心を込めて作った楽譜まで破り捨てられた音羽は離婚を決意するが、その瞬間から蓮は態度を一変させる。不審に思った音羽は契約の真相を探るため彼の側に残りつつ、仮面の天才ヴァイオリニストとして世界へ羽ばたいていく。やがて蓮は、自分が憎んだ契約妻こそ追い求め続けた音色の持ち主であり、幼い頃から探していた命の恩人だったという真実を知る。すべてを失いかけた彼は、彼女の心を取り戻そうと奔走する。
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Chapter: 第92話
羽田空港の国際線到着ロビー。フラッシュの眩しい光と、大勢の報道陣が挙げる歓声が私たちを包み込んだ。「音羽さん、凱旋帰国おめでとうございます!」 「ヨーロッパツアー大成功の感想を!」カメラの群れに向かって、ケビンが手慣れた仕草で完璧な笑みを浮かべ、私の肩を抱き寄せた。「音羽の演奏は世界を魅了しました。今回の日本での支援基金設立コンサートは、彼女の情熱が形になった特別な舞台になります。期待してください」頼もしい言葉。けれど、私の肩を抱くケビンの手に込められた力は、庇護というよりも「誇示」に近い重みを持っていた。ケビン……。私を守るための姿勢。けれど、その指先からは「この女は誰にも渡さない」という強い拒絶と圧迫感が、じりじりと肌に伝わってくるのだった。都内の高級ホテルのスイートルームへチェックインした後、ケビンが打ち合わせのために席を外した。静まり返った部屋で、私はひとり、窓の外に広がる東京の街並みを見つめていた。逃避行の末に旅立ったあの場所へ、私はこうして世界的な奏者として戻ってきたのだ。部屋の固定電話が鳴った。「はい、音羽です」『……音羽さん? 私よ、西園寺玲奈です』懐かしい、けれどどこか切迫した声に、胸が跳ねた。「玲奈さん! お元気でしたか?」『ええ。子供たちに音楽を教えながら、穏やかに過ごしているわ。……音羽さん、急でごめんなさい。どうしても、あなたに直接渡さなければならないものがあるの』「渡さなければならないもの……?」『……蓮から、預かったものよ』蓮の名前を聞いた瞬間、息が止まりそうになった。『昨日、彼が私の教室を訪ねてきたの。彼は……社会復帰プログラムに入り、もう以前の彼ではなかったわ。やつれて、過去の罪に苛まれながら……ただあなたの幸せだけを祈っていた。彼が父親のマインドコントロールから解放されて最後に見つけた「本当の心」が、この手紙と記録にあるの』「蓮の……本当の心……」『ケビンさんが近くにいるなら、渡しづらいかもしれない。でも、音羽さん……これだけはあなた自身が目を通すべきだと思うの。あなたが過去を真の意味で乗り越えるために』玲奈の切実な声に、私は胸の手繰り寄せられるような痛みを覚えた。幼い頃、離れの窓の外から私を見つめていたあの少年。私を支配し、傷つけた悪魔。けれどその正体は、父親に初恋を歪め
Last Updated: 2026-09-14
Chapter: 第91話
ウィーン公演の大成功から数日後。ヨーロッパツアーの全日程を終えた私たちは、次なる舞台――アジアツアーの皮切りの地である日本へと向かう機中にいた。ファーストクラスの静かなシートで、私は窓の外に広がる広大な雲海を見つめていた。膝の上には、大切に抱えた『黒のストラディバリウス』がある。かつて逃亡者として偽造パスポートを握りしめ、怯えながら渡航したあの日とは違い、今の私は世界的なヴァイオリニストとして母国へ帰ろうとしていた。「音羽、日本に着いたらすぐにレセプションと記者会見がある。体調は大丈夫かい?」隣のシートから、ケビンが優しく声をかけてきた。差し出されたミネラルウォーターのグラスを受け取り、私は小さく笑みを返した。「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ケビン」ケビンは私の手元にそっと自分の手を重ねてきた。指先が私の肌に触れた瞬間、胸の奥で小さな緊張が走る。ウィーンでのリハーサルや本番で見せた彼のあの激しい独占欲と、「君の居場所は僕の隣以外にない」という強い言葉。表面上は以前と変わらぬ穏やかな態度を保っているものの、彼の瞳の奥には今も静かで暗い炎が揺らめいていることを、私は感じ取っていた。ケビン……あなたは私を救ってくれた。でも、その愛に応えきれない私を、あなたは許してくれないのかもしれない……。彼への深い感謝と、急速に重みを増していく「所有」としての愛への息苦しさ。私の心は、二つの感情の間で揺れ動いていた。同じ頃、東京――西園寺玲奈の小さな音楽教室。夕闇が迫る室内で、玲奈はデスクの上に置かれた一通の古びた封筒を静かに見つめていた。数日前、雨の中に現れた神崎蓮が残していったものだ。封筒の中身は、蓮が幼少期から神崎トオルによって受けさせられていた精神投薬とマインドコントロールの記録、そして蓮自身が拘留中に書き綴った、痛々しいほどの謝罪と告白の手記だった。「蓮……」玲奈は小さく息を吐いた。かつて彼女自身も神崎家の身代わりとして運命を狂わされ、音羽を憎み、そして己の罪を受け入れて贖罪の道を歩んできた。だからこそ、洗脳の呪縛から解き放たれ、身を削るような後悔の中で苦しむ蓮の気持ちが、苦しいほど理解できた。『彼女に会う資格などない。ただ、本当の僕の想いと罪の証を渡してほしい』去り際に蓮が残した掠れた声。彼は今、社会復帰プログラムを受け
Last Updated: 2026-09-14
Chapter: 第90話
ウィーン楽友協会・大ホール。豪華絢爛なシャンデリアの下、超満員の客席からは、息を呑むような静寂がステージへと注がれていた。ヨーロッパツアーの締めくくりとなるウィーン公演の幕が、ついに上がったのだ。ピアノの前に座るケビンの背筋はピンと伸び、その立ち姿はどこまでも優雅だった。けれど、鍵盤に置かれた彼の指先からは、昨夜以上の凄まじい執着と情熱が解き放たれていた。重厚で包み込むようなピアノの響き。それはまるで、私をどこへも逃がさないために構築された「美しき金の檻」だった。ケビン……これが、あなたの愛なの……?私は目を閉じ、あごの下に『黒のストラディバリウス』を深く固定した。弓を弦に滑らせた瞬間、私の音色はケビンの圧倒的なピアニズムと激しくぶつかり合い、そして交錯した。私を救い出し、自由を与えてくれた命の恩人。彼への深い感謝と愛着。けれど同時に、私を自分だけのものにしようとする彼の独占欲に対する、息が詰まるような圧迫感。二人の旋律が織りなす圧倒的なドラマ性に、満場の聴衆は息を呑み、酔いしれていた。彼らにはそれが、最高峰のアーティスト同士による熱烈な「愛の対話」に見えていたに違いない。だが、私とケビンの間には、言葉にならない静かな歪みが確実に広がっていた。曲のフィナーレ、最後の和音が響き渡ると同時に、地鳴りのような拍手とスタンディングオベーションがホールを揺らした。「ブラボー! ブラボーッ!」喝采を浴びながら、ケビンが私の隣に立ち、そっと私の腰に手を回した。その手には、絶対に離さないという強い力が込められていた。観客に向かって微笑みながら、彼が耳元で静かに囁く。「聞いたかい、音羽? 素晴らしい喝采だ。君と僕の音が一つになった時、世界はこうして僕たちに平伏するんだ。君の居場所は……僕の隣以外にない」彼の熱い吐息と、腰を包む強い力。私は客席へ向かって深く頭を下げながら、胸の奥で言いようのない冷たい予感に震えていた。同じ頃――東京。雨が上がった夜の街で、西園寺玲奈は小さな音楽教室の片付けを終え、パイプ椅子に腰掛けてスマホの画面を見つめていた。画面に映し出されているのは、ウィーンで大成功を収め、喝采を浴びる音羽とケビンの姿だった。「音羽さん……」玲奈はそっと胸に手を当てた。身代わりとして引き裂かれた過去。自らの罪を受け入れ、
Last Updated: 2026-09-13
Chapter: 第89話
ウィーンでのリハーサル初日。ウィーン楽友協会の伝統ある黄金のホールは、息を呑むような重厚な気品に満ちていた。ステージ中央でヴァイオリンを構える私の隣には、完璧な姿でピアノに向かうケビンがいる。昨夜の告白と重苦しい沈黙が嘘であったかのように、彼の弾くイントロダクションは正確で、洗練され、どこまでも美しかった。けれど、弓をあてた瞬間、私には分かってしまった。旋律が……重い……。ケビンのピアノの音が、以前のような「自由に羽ばたかせるための風」ではなく、私をどこへも行かせまいと包み込む「見えない枠組み」のように迫ってくるのだ。彼の鍵盤を叩く指先に込められた、過剰なまでの情熱と独占欲。私の音に寸分の隙もなく重なってくるその演奏は、まるで私の旋律を彼の色だけで塗り潰そうとしているかのようだった。「音羽、もっと僕の音に身を委ねていい。君の表現をすべて僕が受け止めるから」曲の合間、ケビンが柔らかく微笑みながら私に囁いた。その目は優しく、けれど絶対に私を逃さないという強い光を帯びている。ケビン……あなたは私を救ってくれた。でも、今あなたの愛は……私を縛り付けようとしているの?胸の奥が締め付けられるような息苦しさを覚えながら、私は必死に『黒のストラディバリウス』を鳴らした。同じ頃、日本の東京――警察病院の精神科保護病棟。秋の冷たい雨が窓を叩く部屋で、神崎蓮はベッド脇の椅子に腰掛け、一冊の古いスケッチブックを開いていた。面会に訪れた弁護士が、静かに蓮の様子を見守っている。「神崎さん、体調は少しは落ち着かれましたか」「……ええ。おかげさまで」蓮の声は小さく、消え入りそうだった。彼の手元にあるスケッチブックには、拙いタッチで描かれた少女の横顔があった。神崎家の古い離れの窓辺で、涙を流しながら小さなヴァイオリンを弾いていた、幼い頃の音羽の姿だ。「トオル被告の裁判は、あなたのマインドコントロールの被害事実が正式に認められ、責任能力の減免措置が検討されています。社会復帰に向けたプログラムも準備されつつありますよ」「社会復帰……」蓮は自虐的な笑みを薄く浮かべ、スケッチブックをそっと閉じた。「僕に……そんな場所に行く資格はありません。父親に操られていたからと言って、僕が音羽の肌に刻んだ恐怖、彼女から奪った時間は戻らない……」「神崎さん……」「で
Last Updated: 2026-09-13
Chapter: 第88話
静寂の中、私は膝を抱えたまま、しばらく動くことができなかった。手首に残るかすかな赤みと、ケビンの熱い吐息の感触。私を守り、導いてくれた「完璧なパートナー」としての彼が見せた、あまりにも剥き出しの執着と嫉妬。その激しい感情の波に煽られ、胸の奥が痛むようにざわついていた。扉の向こうの廊下からは、レールを叩く規則的な車輪の音だけが聞こえてくる。飛び出していったケビンは、まだ戻ってこない。「ケビン……」ぽつりと呟いた声が、狭い室内に虚しく響く。私を神崎家の暗闇から連れ出し、ヴァイオリンを取り戻させてくれたのは紛れもなくケビンだった。彼の存在がなければ、今の私は存在しない。だが、彼が私に向けていたのは「恩人」としての慈愛だけではなく、一人の男としての強い独占欲だったのだ。私が神崎蓮の悲劇に心を痛め、彼の中にかすかな哀愁を感じ取ったこと。それがケビンにとって、自らのすべてを捧げて掴み取った愛を脅かす、耐え難い裏切りに見えたのだとしたら――。数時間後、列車は夜のウィーン中央駅へと滑り込んだ。ホームに降り立つと、冷厳な音楽の都の夜風が、ほてった頬を容赦なく撫でた。「音羽……荷物を持とう」背後からかけられた声に振り返ると、そこにはいつもの完璧なスーツを着こなしたケビンが立っていた。けれど、その表情はどこか固く、目元には濃い陰影が落ちている。「ありがとう、ケビン……」私たちが交わした会話はそれだけだった。ホテルへ向かう高級タクシーの中でも、二人の間には重苦しい沈黙が横たわっていた。車窓を流れるシュテファン大聖堂の影やウィーン国立歌劇場の煌びやかな明かりも、今の私たちの心を晴らすことはできない。ホテルのスイートルームに到着し、ベルボーイが荷物を置いた後、ケビンは静かに私と向き合った。「音羽。昼間のことは……本当にすまなかった。君を恐怖に陥れるような真似をして、弁解の余地もない」ケビンは深く頭を下げた。その声は酷くかすれ、痛々しいほどに震えている。「いいの、ケビン……。私も、あなたの気持ちを考えずに話してしまったわ。あなたがどれほど私を大切にしてくれていたか、分かっていたはずなのに」「いや……僕が醜かったんだ」ケビンは顔を上げると、自虐的な苦笑を浮かべた。その瞳には、隠しきれない情熱と、自責の念が交錯している。「君を救った時、僕
Last Updated: 2026-09-12
Chapter: 第87話
息の詰まるような沈黙。私を押し倒すように拘束したケビンの腕からは、これまでの彼からは想像もつかないほどの激しい感情が伝わってきていた。いつも私を優しく包み込んでくれていた温かい手足が、いまは逃げ場を塞ぐ冷たい檻のように私を縛り付けている。「ケビン……お願い、落ち着いて……っ」私は震える声を振り絞り、彼の胸元をそっと押し返そうとした。けれど、男である彼の力に敵うはずもない。ケビンは荒い息を吐きながら、私の顔をじっと見つめていた。その瞳には、私への深い情愛と、それ以上に深い「失うことへの恐怖」と「激しい嫉妬」が渦巻いていた。「落ち着いていられると思うかい、音羽……? 僕がどれほどの思いで君を守ってきたか……君は本当に分かっているのか?」ケビンの低い声が、私の耳元で落ちる。「君が神崎家の地下で怯えていた時、命をかけて駆けつけたのは僕だ。君がヴァイオリンを弾くことすら恐れていた時、その手をとって再び音楽の光の中へ引き揚げたのも僕だ。君の傷も、君の恐怖も、すべて僕が包み込んできた……!」「分かっているわ……! ケビンがいてくれたから、今の私がいるの。感謝してもしきれないくらい……」「感謝なんて言葉が欲しいんじゃない!」ケビンは感情を爆発させるように叫ぶと、握りしめた私の手首をさらに強くソファーへと押し付けた。「僕が欲しいのは、君の心だ! 神崎蓮の影なんて1ミリも残っていない、僕だけを見つめる君の愛なんだよ……!」「ケビン……」彼の叫びは、私の心を鋭く抉った。私にとってケビンは、命の恩人であり、最も信頼できる音楽のパートナーだった。けれど彼にとって私は、単に守るべき対象ではなく、一人の女性として深く愛し、独占したい存在だったのだ。私が蓮の過去に「切なさ」を感じたこと。それは、ケビンにとって自分の捧げてきた献身や愛を否定されたかのような、耐え難い裏切りに映ったのかもしれない。「……あの男は、君の人生を壊した罪人だ。父親に操られていただの、本当は君が好きだっただの……そんな言い訳で君の心が揺れるなんて、僕は絶対に認めない」ケビンはそう言うと、ゆっくりと顔を近づけてきた。彼の唇が私の首筋に触れ、熱い吐息が肌を滑る。「嫌……っ、ケビン、やめて……!」私は必死に顔を背けた。その拒絶の仕草に、ケビンは弾かれたように動きを止めた。私の目か
Last Updated: 2026-09-12
白い恋の結晶~キミへと続く足跡

白い恋の結晶~キミへと続く足跡

中学の時付き合っていた彼が両親の都合で転校してしまい、その後自然消滅してしまう。しかし、高校2年の時にその彼がまた戻ってきた。また彼と楽しい日々を過ごせると思っていたのに…。彼はいつも、遠くへ行ってしまう。足跡だけを残して…。
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Chapter: 第132話
柊が、ゆっくりあたしから体を離す。「本当だよ!! あたし達、もう離れることはないよ!! ずっと一緒にいる!! 約束する!!」あたしの声が大きいので、公園にいた子供たちが何人かこちらを振り向いた。だけど、気にしない。「雪羽、今すぐってわけにはいかないけど、俺と、結婚してくれる?」あまりにも嬉しい言葉過ぎて、あたしは瞳に涙を浮かべながら柊を見上げた。返事することもできない。「え……返事は?」涙をこらえることに必死になって顔を強ばせているあたしを見て、柊が不安そうに眉を寄せた。涙をこらえてるせいで、口が開かない。声が出せないの……。嬉しくて嬉しくて、どう、言葉にしたらいいのか、わからなくて。あたしは、返事の代わりにグッと背伸びをして、柊に唇を合わせた。ほんの一瞬触れただけの、短いキス。突然のことに目を丸めた柊だけど、すぐに、柊からあたしに唇を重ねてきた。今度はさっきより、長いキス。子供たちの楽しそうな笑い声を聞きながら、何度も何度もキスをした。目を見合わせクスクス笑い合う。ポタポタと上から雫が落ちてきて、あたし達は手で頭を庇って、それでも笑いあった。幸せな瞬間。この桜の木の下で、永遠の愛を誓った。新しい、あたし達の相棒の誕生だ。こかれからは、この木と共に成長していこうね。結婚して、子供が生まれて、家族が増えていくたびに、この木に報告しようね。「大好きだよ、柊」「俺は、愛してるよ」「え~。ずるい。あたしも愛してるのに」あたしが口を尖らせると、すかさず柊がまたキスをしてくる。こんな、まだまだ子供あたし達ですけど、どうか、暖かく見守ってください。今まで苦しい恋をしてきたぶん、必ず幸せになります!!あたし達は桜の木を見上げて、心に幸せになることを誓った。―END―
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第131話
ジワリと、涙が浮かんでくる。「中学の時、俺が告白したのも桜の木の下で、離れ離れになったのも、桜の木の下だったし」「……うん」「桜の木って、俺らの人生になくてはならない木だろ?」「……うん!!」本当にそうだ。あたし達の成長に、桜の木は必要だった。いつも一緒にいてくれた木だった。「これから、多分この木にお世話になるだろうからさ。だから、この木の下で誓わせて」「……はい」あたしは、溢れる涙を手で拭って、グッと柊を見上げた。柊はあたしの手から箱を取ると、そっと指輪を取り出し、あたしの左指を握った。ゆっくりゆっくり、あたしの左指に、シルバーの指輪がはまっていく。「サイズ、ぴったりでよかった」柊が目尻を垂らす。あたしは、左手を空にかざして指輪を眺めた。空との間にある桜の木が、カサカサと風に揺れてなく。その度に、溶けた雪の雫が頭に落ちてきて、ヒンヤリした。「雪羽」「はい……」「俺、まだまだ未熟で、これから先も雪羽のことを傷つけてしまうことがあるかもしれないけど、それでも、俺とずっと一緒にいてくれる?」「うん!!」「今まで雪羽にしてやれなかったこと、全部してやるつもりだ。喧嘩もすると思うし、俺が一方的にキレてしまうこともあるかもしれない。それでも、ずっと一緒にいてくれるか?」真剣な柊の表情。桜の木が風に揺れるたびに、柊の顔の影がユラユラと揺れた。「ずっと、側にいさせて? あたしこそ未熟だし、言いたいことも言えずに誤解されることもあるかもしれないけど、それでも……」ギュッ……。あたしが最後まで言い終わらないうちに、強く、柊に抱きしめられた。息ができないくらいに、キツく胸に押し当てられる。「好きだ」耳元で、柊の声がこもって聞こえた。「好きだよ、雪羽」あたしは、柊の背中に手を回して、ギュッと抱きつく。「あたしも好きだよ!! この気持ちは、ずっと変わらないよ!!」「本当に?」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第130話
柊はあたしから手を離し、桜の木の下まで行って、木の幹に手をそっと当てていた。「こうやってこの幹に触れると、なんか雪羽と繋がってるような気がしてさ」「……え?」「だって雪羽、俺が引っ越した後も、ずっとあの桜の木の下にいただろ?」「どうして知ってるの?」あたしが目を丸くすると、柊は肩をすくめた。「だからさっきも言っただろ? 繋がってるような気がするって」そう言ってニッコリ笑う。「俺、毎日、ここに来て気に触れてたんだ。こうやって幹に触れて目を閉じると、別なところで桜の木の下にいる雪羽の映像が頭に浮かぶんだよ」柊は目を閉じて、いつもやっているであろうことを、あたしの目の前でしてくれた。「会話はできないけど、ここに来て木に触れたら、雪羽とひとつになれた気がしてさ」目を開けた柊が、あたしを見てまた微笑む。あたしも微笑み返した。ここの桜の木にも雪が積もっていて、太陽の日差しにキラキラと輝いている。「雪羽、こっち来て」柊が、桜の木の下で手招きをした。あたしは口角を引いて、柊の横に行く。柊はあたしと向き合うと、おもむろにズボンのポケットをまさぐり始めた。すぐにポケットから出てきたのは、小さなシルバーの箱。あたしは驚いて、息を飲んで目を丸くする。柊は開けてみろというように、顎で箱を指す。小さなリボンを開ける手が震えた。この中身が何なのか、わかるから。小さな箱を落としてしまわないように、慎重に開ける。中から出てきたのは……。シルバーのシンプルな指輪。「これ……」「俺、今まで雪羽に何もしてやれなかったから」「…………」「ほら、覚えてるか? 夏祭りの時、俺がおもちゃの指輪を取ってやっただろ?」忘れるわけがない。パープルの可愛い指輪だ。「いつか、絶対に本物を雪羽にプレゼントしたくてさ」「……柊」「まぁ、それもまだまだ安物だけど、あのおもちゃよりはいいかと思って」柊が、後頭部をかきながら照れている。「指輪を渡す場所も、ここがいいなって、ずっと計画立てててさ」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第129話
繋ぎたくても、繋げなかった時期があった。だから、自然と手を繋ぐことのできた今がとても幸せで、あたしは繋がれた手を微笑みながら見ていたんだ。「そんなに嬉しい?」あたしを見た柊が、苦笑する。「嬉しいよ!! すごくすごく嬉しい!!」あたしが小さな子供みたいに喜ぶと、柊は満足そうに口角を上げてあたしの手を更にギュッと強く握った「お腹は?」歩きながら、柊が眉を上げて聞いてくる。「う~ん。まだ空かない。柊は?」「俺もまだ空かない」「じゃご飯の前にどっかショッピングでも行く?」あたしが聞くと、柊は少し考えてからあたしの手をクイクイっと引いた。「実は、ちょっと連れて行きたいところがあるんだ」あたしは頭にハテナマークを出して首を傾げる。「どこ?」「それは秘密」柊が意味深に微笑み、鼻の頭に人差し指を当てる。益々意味のわからないあたしは、グッと眉間のシワを深くした。柊に手を引かれてやってきたのは、駅から徒歩15分くらいのところにある大きめの公園だった。公園には春休みを存分に楽しむ子供たちが大きな笑い声をあげながら遊具で遊んでいた。公園に周りにはたくさんの木が植えてあり、自然豊かだった。「木がいっぱい。すごいね!!」柊があたしを見下ろして静かに微笑む。柊は公園の中に足を進めて行き、公園の奥の水道の横に立っている大きな木の前で足を止めた。公園の周りに植えてある木より、また一段と大きな木。「何の木がわかる?」柊に聞かれて最初は首を傾けたけど、ずっとその木を見ていたら、あの、あたし達の住んでいた町にあった桜の木がふと頭に浮かんできた。「……桜の、木」呆然として小声で答えると、柊は驚いたように体を逸らし「正解!」と言った。「よくわかったな」「いや、なんとかく。今、頭にあのバス停の近くの桜の木が浮かんだの」あたしが言うと、柊は細かく何度も頷いた。「実は、俺もなんだ」「…………」「ここに引っ越してきて、この木を見つけたとき、一番に浮かんだのはあの桜の木だった」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第128話
~1年後~「柊!!」あたしは、キャリーバックを引いて、駅前で待ってくれていた柊のもとに走った。あたしも柊も、高校卒業。4月から柊の住んでいる街で、就職が決まっている。柊も大学ではなく、就職を選択したようだ。「雪羽!!」あたしの声に反応した柊が、あたしに大きく手を振る。3月後半。この街も、あたしが住んでいた街と同じくらい寒く、雪もまだ少し残っていた。「あれ? 柊、髪染めたの?」「うん。今日雪羽の会うためにちょっと染めてきた。この色、似合わない?」柊が自分の髪を少しつまみながらあたしに聞いてきた。今まで黒髪だったから、今の淡い茶色の髪がとても大人に見えてドキドキが増した。「似合わないわけないじゃん。柊はどんな色にしても似合うよ!!」「ピンクでも?」「うん」「青でも?」「そんな色にできるならやってみれば?」あたしが眉間にシワを寄せながら言うと、柊は楽しそうに声を上げながら笑った。あたし達は、高2の冬に離れてから、ずっとラインのテレビ電話で顔を見ながら話をしていた。だから柊と離れていると感じたことはないし、寂しさも感じなかった。そりゃ、時々柊の温もりに包まれたい時はあったけど、顔を見て話をしたら、それだけで心が満たされたんだ。だからこうやって1年ぶりに再会しても、ぎこちなさや気まずさは全くなかった。「荷物、俺が持つよ」「ありがとう」柊がサッとあたしのキャリーバックを引いてくれる。「とりあえず、荷物をコインロッカーに預けようか。雪羽、こっち」ここの土地勘が全くないあたしは、柊の指示通りちょこまかと彼の後ろについていく。柊の背中がとても大きい身長、また伸びた?どんどん、柊が大人な男性になっていって、心臓がついていかない。“好き”がどんどん膨らんでいって、そのうち、心臓が破裂してしまうかもしれない。柊があたしの荷物をコインロッカーに預けてくれて、身軽になったあたし達は、何の躊躇いもなく手を繋いだ。
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第127話
柊との距離が少しずつずれてきて、とうとう、電車はホームを出て行ってしまった。白い雪景色の中に消えていった、大好きな人。雪解けと共に去っていったのは、これで2回目。正直、辛い。今まですれ違いすぎた。お互い気持ちを素直に伝えられなくて、貴重な時間を無駄にしてしまった。気持ちって、言葉にしないと、絶対に伝わらないね。柊と再開して、それがよくわかった。どんなに心で思っていても、小さな行動や言動で相手を誤解させてしまう。こんなはずじゃなかったのにって、後悔しか生まれない。それなのにどうしてもうまく言えないのは、相手のことを本当に大切に思っているからだったりするよね。あたしは、ようやく気持ちを素直に言えるようになったら、もう、彼は、遠くに行ってしまう時だった。だからこそかな。こうやって伝えることが出来て、心がスッキリしているのは……。無駄な時間だと思ったけど、必要な時間だったんだ。柊、バイバイ。1年後。必ず会いに行くからね!!それまで、また離れ離れだけど、絶対に待っててね。好きだよ。大好きだよ!!溶ける雪のい輝きが、あたし達の進むべく道を照らしてくれているようだった。キミへと続く雪の上の足跡を、照らし出してくれている。雪は、あたし達の恋の結晶だ。冬には必ず何かが起こる。その度に大切に保管しておきたい、思い出の結晶。1年後も、10年後も20年後も、どうか、あたし達の足跡を照らし出し、幸せに導いてください。白い恋の結晶~キミへと続く足跡~
Last Updated: 2026-01-26
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