Chapter: 第34話「分かった。君が俺のそばから離れないでいてくれるなら、何でもする」プライドの塊だった神崎蓮が、ついに頭を下げた。誰かに屈した経験など一度もない彼が、私を取り戻すためなら何でもすると誓ったのだ。こうして、彼の必死な「罪滅ぼし」の日々が始まった。包丁すら握ったことのない蓮は、毎朝早く起きて私のために料理を作り始めた。不器用な手つきで指を何度も切り、作った料理が不味くて私が怒っても、彼は一切言い返さない。そうして努力を重ねた蓮は、ついに満足のいく料理を完成させ、嬉しそうに私の練習部屋へと届けてきた。しかし、扉を開けた彼が目にしたのは、私と神木が距離を詰めて親しげに練習している姿だった。「あ、ちょうどいいところに来たわね。写真を撮ってくれる? SNSに載せたいから」蓮の顔が引きつる。かつて彼が玲奈と仲良くし、私に酷い痛みを味わわせたあの光景。それと全く同じ苦しみを、今、彼はカメラのレンズ越しに突きつけられているのだ。「何でもできるんじゃなかったの? やらないなら帰って」私の冷酷な言葉に、蓮は感情を押し殺してシャッターを切った。その瞬間、彼は自分が私に与えていた過ちの深さをようやく理解したのだろう。撮影が終わり、私は彼が作ってきたお弁当に視線を落とした。「どうして一人分しかないの? 私の友達はお腹を空かせていてもいいってこと? それに……どうしてナスが入っているの? 私はナスが大嫌いよ、知らなかった?」そう言い捨てると、私はお弁当箱を床へと投げ落とした。ガシャン、と重い音が響く。蓮は昔、私が「ナスが好き」と言ったことを覚えていただけだった。けれど、それはかつて彼の好みに合わせようとしてついた、私のささやかな「優しい嘘」に過ぎない。しかも、そのお弁当箱は自動加熱式だったため、落ちた衝撃で激しい熱気が噴出し、蓮の手に赤く腫れ上がるほどの火傷を負わせた。「まあ、もう演技を始めたの? 痛いなら早く病院に行けば? 」私が冷たく言い放っても、蓮は何も言い返さなかった。こうなった原因は全て自分にあると思い知らされ、強い罪悪感に苛まれていたからだ。「大丈夫だ……。俺が片付ける。落ちた料理を片付けて、薬を塗ればいい」火傷の痛みに耐えながら、彼は絞り出すような声でそう言った。私はそんな彼に一切の情けをかけることなく、お弁当箱を見下ろしたまま
Last Updated: 2026-07-23
Chapter: 第33話「残りの情報については、音楽会が終わった後に教える。それまでは大人しくしろ」神崎家の当主から提示されたのは、海外にいる「人物A」に関するごく一部の情報だけだった。私が「新曲お披露目を兼ねたチャリティー音楽会」の開催を発表したことで、玲奈の成りすまし騒動は一気に沈静化した。当主はその音楽会を神崎家の威信回復に利用しようと考え、終わるまで私をコントロールしようと浅はかな駆け引きを仕掛けてきたのだ。だが、私があの男の言葉をそのまま鵜呑みにするはずもない。私は裏で手回しを行い、信頼できる恩師とお兄様に人物Aについての独自調査を依頼した。すると、すぐにお兄様から驚くべき報告が届いたのだ。『音羽、例の人物Aだが……10年前に、すでにおばあ様と直接の接点があったことが分かったよ』当主が隠していた真実の一端。祖母のヴァイオリンを巡る過去の因縁は、私が考えていたよりも遥かに深く、神崎家と複雑に絡み合っているようだ。当主の誘導を完全に見破った私は、次なる罠を仕掛けるべく静かに思考を研ぎ澄ませていった。一方、急遽開催が決まったこのチャリティー音楽会は、私にとっても非常に重要な意味を持っていた。世間の醜い騒動を上書きし、本物の『名前のない音』としての圧倒的な存在感を満天下に知らしめるための完璧なステージ――。その準備を着々と進めていたある日、練習部屋を訪れた神木仁が、不敵な笑みを浮かべながら提案してきた。「当日、俺も一緒にステージに立ってもいい?」「……ええ、もちろん」私は彼の申し出をあっさりと受け入れた。神木の存在は、神崎家や蓮を揺さぶるための極めて有効な駒となる。こうして、私と神木は二人きりで密密な合奏練習を重ねるようになった。だが、この状況に誰よりも狂わされていたのは蓮だった。私が彼の父親を牽制した通り、今の蓮は私への激しい罪悪感と「過去の自分の過ちで、音羽を完全に失ってしまう」という猛烈な恐怖に支配されている。私が自分を赦してくれない焦りと、かつて自分が『影』として扱っていた私が、今や自分以外の魅力的な男と信頼を深め合っていることへの激しい嫉妬。その歪んだ情熱が、彼の精神を破滅寸前まで追い詰めていたのだ。ある日の練習後、神木が立ち去った直後の部屋へ、蓮が血相を変えて駆け込んできた。かつての高慢な神崎家のトップの面影などどこにもない。
Last Updated: 2026-07-23
Chapter: 第32話神崎家の応接室に駆け込んできた蓮は、私を守ろうと必死な形相で私と父親の間に割り込んできた。かつて私を「ゴミ」のように見下していた男が、今や全財産や立場を投げ打ってでも私を引き止めようと必死になっている。ただの地味で無能な令嬢だと思っていた私が、世界を魅了する天才バイオリニストであり、なおかつこれほどまでに底知れぬ意志を持っている。私の本当の身分は、ただ者ではないのではないか――。危険を察知した当主は、私を蓮から完全に引き離すため、新たな一枚のカードを切ってきた。「そのバイオリンは、海外のどこかにあると聞いている。……この人物に連絡しろ。彼なら、お前に本当の置き場所を教えてくれるはずだ」当主は一枚のメモをテーブルに滑らせた。そこには、海外に拠点を置く謎の人物――新たな協力者か敵かの名前が記されていた。「俺の条件を飲んでくれるなら、その人物の連絡先を今すぐ教えてやる。西園寺家との騒動を収め、玲奈のために弁明しろ」祖母の形見という最大の弱みを握られ、私はしばしの間、静かに葛藤してみせた。当主の思惑通りに動くフリをし、彼の提示した条件を飲む答えを口にする。「……分かりました。必要なのは、この騒動を収めることだけですよね?」当主は満足そうに浅く頷いた。けれど、それは私の表面上の譲歩に過ぎなかった。私は玲奈の罪を覆い隠すための虚偽の説明など、最初からするつもりはなかったのだ。翌日、私はメディアの前に立ち、玲奈のための言い訳ではなく、より世間の注目をさらっていく巨大な話題を発表した。「近いうち、新曲のお披露目も兼ねた大規模な個人音楽会を開催いたします。本物の演奏を、皆様にお届けします」世界的なバイオリニストによる音楽会開催のニュースは、一瞬にして世界中を駆け巡った。玲奈の成りすまし騒動という醜いスキャンダルは、圧倒的な「本物の音楽会」への期待と熱狂の渦によって、一気に過去のものとして押し流されていったのだ。私の打った一手により、神崎家のメンツも表面上は保たれ、当主も文句を言えない状況を作り出した。その後、神崎蓮の私に対する態度は劇的に変化した。彼はいまや全力で私を取り戻そうと、過去の過ちを死に物狂いで償い始めていた。私が望むもの、欲しがるものすべてを手配し、私に許しを乞うために必死に尽くす蓮。その息子の狂乱とも言える変貌ぶりに、当主
Last Updated: 2026-07-21
Chapter: 第31話学園祭でのあの大騒動から一夜が明け、神崎家の本邸は重苦しい静寂とピリピリとした緊迫感に包まれていた。重厚な応接室で私を待ち受けていたのは、神崎蓮の父親――神崎トオルだった。冷酷な眼光で私を射抜く彼の表情には、底知れない怒りが渦巻いている。「音羽……お前がしでかした狂言のせいで、神崎家と西園寺家の長年の信頼関係は完全に破綻した。どれほどの損害が出たと思っている」当主は低い声で私を責め立て、テーブルを強く叩いた。しかし、かつての私なら恐怖で身をすくませていたであろうその威圧も、今の私には一切通用しない。私は背筋を伸ばしたまま、冷ややかな瞳で静かに彼を見つめ返した。すると、当主は口元を歪め、不敵な笑みを浮かべながら懐から一枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは、亡き祖母が大切にしていた、行方不明のヴァイオリンに関する手がかりだった。「音羽、お前が探し続けているそのバイオリンの行方は、もう分かっている。今回の騒ぎを収め、大衆の前で西園寺家との誤解だったと撤回するなら、その所在を教えてあげるよ」私を操るための卑劣な脅迫。しかし、当主の言葉はそれだけに留まらなかった。「それから、お前のその『名前のない音』のアカウントだ。世界的に有名になろうが関係ない。我が家の力を以てすれば、そちらには、お前を潰す手段もいくらでもあるのだからな」家族の絆や大切な思い出までをも踏みにじり、力で全てをねじ伏せようとする神崎家の傲慢さ。私は静かに立ち上がると、脅しに屈するどころか、当主の目を正面から強く睨み返した。「どうぞ、お好きなように。ですが、私が一度放った真実を消し去ることなど、誰にもできません。祖母のヴァイオリンも、私自身の力で必ず取り戻してみせます」一歩も引かない私の態度に、当主の顔が怒りで引きつる。互いに譲らぬまま、部屋の中には鋭い殺気を含んだ沈黙が流れた。もはや、私と神崎家を繋ぐ理不尽な鎖は完全にちぎれ飛んでいたのだ。一方、その頃。学園の旧校舎の裏手では、打ちひしがれた神崎蓮の前に、転校生の神木仁が立ち塞がっていた。事件以来、魂を抜かれたように彷徨っていた蓮は、神木を激しい憎悪の目で見つめる。しかし、神木はそんな蓮の視線をあざ笑うかのように、優雅に肩をすくめてみせた。「哀れだね、神崎先輩。世界を魅了する本物の旋律を毎日のように隣で聴いて
Last Updated: 2026-07-21
Chapter: 第30話騒乱の極みに達したステージの上で、私はただ一人、凛として立ち尽くしていた。無数のカメラのフラッシュが激しく焚かれ、メディアの記者たちが一斉にマイクを突き出してくる。「音羽さん! あなたが本当に『名前のない音』なんですね!?」「神崎家でのあなたの立場は!? 西園寺玲奈の嘘はいつから……!?」浴びせられる質問の嵐。かつては私を「神崎蓮の影」としてしか見なさず、名前すら覚えようとしなかった大人たちが、今や私の言葉一つを逃すまいと飢えた獣のように群がっている。私は彼らに向かって、冷ややかな、けれど完璧に計算された微笑みを向けた。「皆様、どうか落ち着いてください。私が『名前のない音』として活動していたのは、神崎家や西園寺家とは何の関係もない、私個人の意志です。ただ……」私はそこで言葉を切り、床に崩れ落ちたままピクリとも動かない玲奈へと視線を落とした。「西園寺さんが、私の名前を騙ってまであのような大舞台に立とうとされたことは、とても悲しく思っています。私の技術や楽譜、そして手のタコの位置まで執拗に調べ上げて模倣しようとしていた彼女の“努力”は、認めざるを得ませんが……」「違う……! 私は、私は……っ!」玲奈は床に涙と泥をまみれさせながら、掠れた声で 絶望の悲鳴を上げた。しかし、私の「慈悲深い被害者」としての完璧な振る舞いの前では、彼女の言葉はただの狂人の戯言にしか聞こえない。メディアの記者たちは一斉にノートにペンを走らせ、「西園寺玲奈、計画的な成りすまし発覚」という最悪の速報を世界へと発信し始めた。 西園寺家の誇りと名誉は、今この瞬間、完全に社会的死を迎えたのだ。しかし、真の処刑を受けるべき男は、まだそこにいた。ステージの下、最前列で魂を抜かれたように立ち尽くしている神崎蓮。彼の瞳は完全に光を失い、焦点の合わない目で私を見上げていた。その全身は小刻みに震え、呼吸をすることすら忘れたかのように胸が浅く上下している。私はゆっくりとステージの縁へと歩みを進め、蓮のことを見下ろした。かつて、私が何度も何度も、すがるような思いで見上げていた彼の瞳。その高慢な双眸に、今はじっとりと、ドロドロとした絶望と恐怖の色が張り付いている。「蓮」私がその名を呼ぶと、蓮の身体がビクリと跳ね上がった。「私が『カラオケボックスで一人で練習していた』と言ったあの
Last Updated: 2026-07-18
Chapter: 第29話割れんばかりの歓声に包まれていた会場は、一瞬にして凍りついた。バックスクリーンに映し出された生映像――ステージの裏側で、漆黒の仮面を被り、鬼気迫る表情でヴァイオリンを掻き鳴らす私の姿。そして、目の前のステージで、ただ弓を虚しく動かしていただけの西園寺玲奈の姿。そのあまりにも残酷な対比を前に、会場は三秒間、完全な静寂に包まれた。「……え?」「嘘、でしょ……?」観客たちの脳が、目の前の現実を拒絶するようにフリーズする。しかし、次の瞬間、静寂を切り裂くようにして、嵐のような怒号とどよめきが沸き起こった。メディアのフラッシュが、まるで濁流のように玲奈の青ざめた顔を白々と照らし出す。「偽物……!? 玲奈様が、偽物だったの!?」容赦のない糾弾の声がステージに突き刺さる。その瞬間、西園寺玲奈は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。手にしていたヴァイオリンが、床に虚しい音を立てて転がる。彼女が被っていた偽物の仮面もまた、床へと落ちて虚高なプライドと共に砕け散った。「あの女……! 私を、私を嵌めたのね……っ!」玲奈はガタガタと全身を震わせ、涙と脂汗でドロドロになった顔を床に擦り付けながら、狂ったように叫んだ。「最初から私を陥れるつもりだったんだわ……! 私を騙したのよ!」醜く叫び散らすかつての女王。しかし、自ら「私こそが本物だ」と嘘を吐き、この断頭台へ上がったのは他でもない彼女自身だ。自業自得という名の鎖が、彼女の四肢を冷酷に縛り付けていた。客席がパニックに陥る中、ステージの袖から、私はゆっくりとした足取りで歩み出た。私の手には、祖母の形見である、古びた、けれど至高の輝きを放つヴァイオリン。仮面を外し、私はありのままの姿を晒した。私の登場に、騒然としていたメディアのカメラが一斉にこちらを向き、無数のレンズが私を射抜く。蓮が、そして全校生徒が、息を呑んで私を見つめていた。私はマイクの前に立つと、会場全体を見渡しながら、静かに、けれど凛とした声を響かせた。「先ほどの曲を演奏していたのは、私です。西園寺さんの手は……今日も“少し調子が悪かった”ようですので」嫌味なほどの慈悲を込めた私の言葉に、会場は再び騒然となった。誰もが、これまで「無能な影」として見下していた私が、世界を熱狂させた本物の天才バイオリニストだったという事実に直
Last Updated: 2026-07-18
Chapter: 第132話柊が、ゆっくりあたしから体を離す。「本当だよ!! あたし達、もう離れることはないよ!! ずっと一緒にいる!! 約束する!!」あたしの声が大きいので、公園にいた子供たちが何人かこちらを振り向いた。だけど、気にしない。「雪羽、今すぐってわけにはいかないけど、俺と、結婚してくれる?」あまりにも嬉しい言葉過ぎて、あたしは瞳に涙を浮かべながら柊を見上げた。返事することもできない。「え……返事は?」涙をこらえることに必死になって顔を強ばせているあたしを見て、柊が不安そうに眉を寄せた。涙をこらえてるせいで、口が開かない。声が出せないの……。嬉しくて嬉しくて、どう、言葉にしたらいいのか、わからなくて。あたしは、返事の代わりにグッと背伸びをして、柊に唇を合わせた。ほんの一瞬触れただけの、短いキス。突然のことに目を丸めた柊だけど、すぐに、柊からあたしに唇を重ねてきた。今度はさっきより、長いキス。子供たちの楽しそうな笑い声を聞きながら、何度も何度もキスをした。目を見合わせクスクス笑い合う。ポタポタと上から雫が落ちてきて、あたし達は手で頭を庇って、それでも笑いあった。幸せな瞬間。この桜の木の下で、永遠の愛を誓った。新しい、あたし達の相棒の誕生だ。こかれからは、この木と共に成長していこうね。結婚して、子供が生まれて、家族が増えていくたびに、この木に報告しようね。「大好きだよ、柊」「俺は、愛してるよ」「え~。ずるい。あたしも愛してるのに」あたしが口を尖らせると、すかさず柊がまたキスをしてくる。こんな、まだまだ子供あたし達ですけど、どうか、暖かく見守ってください。今まで苦しい恋をしてきたぶん、必ず幸せになります!!あたし達は桜の木を見上げて、心に幸せになることを誓った。―END―
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第131話ジワリと、涙が浮かんでくる。「中学の時、俺が告白したのも桜の木の下で、離れ離れになったのも、桜の木の下だったし」「……うん」「桜の木って、俺らの人生になくてはならない木だろ?」「……うん!!」本当にそうだ。あたし達の成長に、桜の木は必要だった。いつも一緒にいてくれた木だった。「これから、多分この木にお世話になるだろうからさ。だから、この木の下で誓わせて」「……はい」あたしは、溢れる涙を手で拭って、グッと柊を見上げた。柊はあたしの手から箱を取ると、そっと指輪を取り出し、あたしの左指を握った。ゆっくりゆっくり、あたしの左指に、シルバーの指輪がはまっていく。「サイズ、ぴったりでよかった」柊が目尻を垂らす。あたしは、左手を空にかざして指輪を眺めた。空との間にある桜の木が、カサカサと風に揺れてなく。その度に、溶けた雪の雫が頭に落ちてきて、ヒンヤリした。「雪羽」「はい……」「俺、まだまだ未熟で、これから先も雪羽のことを傷つけてしまうことがあるかもしれないけど、それでも、俺とずっと一緒にいてくれる?」「うん!!」「今まで雪羽にしてやれなかったこと、全部してやるつもりだ。喧嘩もすると思うし、俺が一方的にキレてしまうこともあるかもしれない。それでも、ずっと一緒にいてくれるか?」真剣な柊の表情。桜の木が風に揺れるたびに、柊の顔の影がユラユラと揺れた。「ずっと、側にいさせて? あたしこそ未熟だし、言いたいことも言えずに誤解されることもあるかもしれないけど、それでも……」ギュッ……。あたしが最後まで言い終わらないうちに、強く、柊に抱きしめられた。息ができないくらいに、キツく胸に押し当てられる。「好きだ」耳元で、柊の声がこもって聞こえた。「好きだよ、雪羽」あたしは、柊の背中に手を回して、ギュッと抱きつく。「あたしも好きだよ!! この気持ちは、ずっと変わらないよ!!」「本当に?」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第130話柊はあたしから手を離し、桜の木の下まで行って、木の幹に手をそっと当てていた。「こうやってこの幹に触れると、なんか雪羽と繋がってるような気がしてさ」「……え?」「だって雪羽、俺が引っ越した後も、ずっとあの桜の木の下にいただろ?」「どうして知ってるの?」あたしが目を丸くすると、柊は肩をすくめた。「だからさっきも言っただろ? 繋がってるような気がするって」そう言ってニッコリ笑う。「俺、毎日、ここに来て気に触れてたんだ。こうやって幹に触れて目を閉じると、別なところで桜の木の下にいる雪羽の映像が頭に浮かぶんだよ」柊は目を閉じて、いつもやっているであろうことを、あたしの目の前でしてくれた。「会話はできないけど、ここに来て木に触れたら、雪羽とひとつになれた気がしてさ」目を開けた柊が、あたしを見てまた微笑む。あたしも微笑み返した。ここの桜の木にも雪が積もっていて、太陽の日差しにキラキラと輝いている。「雪羽、こっち来て」柊が、桜の木の下で手招きをした。あたしは口角を引いて、柊の横に行く。柊はあたしと向き合うと、おもむろにズボンのポケットをまさぐり始めた。すぐにポケットから出てきたのは、小さなシルバーの箱。あたしは驚いて、息を飲んで目を丸くする。柊は開けてみろというように、顎で箱を指す。小さなリボンを開ける手が震えた。この中身が何なのか、わかるから。小さな箱を落としてしまわないように、慎重に開ける。中から出てきたのは……。シルバーのシンプルな指輪。「これ……」「俺、今まで雪羽に何もしてやれなかったから」「…………」「ほら、覚えてるか? 夏祭りの時、俺がおもちゃの指輪を取ってやっただろ?」忘れるわけがない。パープルの可愛い指輪だ。「いつか、絶対に本物を雪羽にプレゼントしたくてさ」「……柊」「まぁ、それもまだまだ安物だけど、あのおもちゃよりはいいかと思って」柊が、後頭部をかきながら照れている。「指輪を渡す場所も、ここがいいなって、ずっと計画立てててさ」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第129話繋ぎたくても、繋げなかった時期があった。だから、自然と手を繋ぐことのできた今がとても幸せで、あたしは繋がれた手を微笑みながら見ていたんだ。「そんなに嬉しい?」あたしを見た柊が、苦笑する。「嬉しいよ!! すごくすごく嬉しい!!」あたしが小さな子供みたいに喜ぶと、柊は満足そうに口角を上げてあたしの手を更にギュッと強く握った「お腹は?」歩きながら、柊が眉を上げて聞いてくる。「う~ん。まだ空かない。柊は?」「俺もまだ空かない」「じゃご飯の前にどっかショッピングでも行く?」あたしが聞くと、柊は少し考えてからあたしの手をクイクイっと引いた。「実は、ちょっと連れて行きたいところがあるんだ」あたしは頭にハテナマークを出して首を傾げる。「どこ?」「それは秘密」柊が意味深に微笑み、鼻の頭に人差し指を当てる。益々意味のわからないあたしは、グッと眉間のシワを深くした。柊に手を引かれてやってきたのは、駅から徒歩15分くらいのところにある大きめの公園だった。公園には春休みを存分に楽しむ子供たちが大きな笑い声をあげながら遊具で遊んでいた。公園に周りにはたくさんの木が植えてあり、自然豊かだった。「木がいっぱい。すごいね!!」柊があたしを見下ろして静かに微笑む。柊は公園の中に足を進めて行き、公園の奥の水道の横に立っている大きな木の前で足を止めた。公園の周りに植えてある木より、また一段と大きな木。「何の木がわかる?」柊に聞かれて最初は首を傾けたけど、ずっとその木を見ていたら、あの、あたし達の住んでいた町にあった桜の木がふと頭に浮かんできた。「……桜の、木」呆然として小声で答えると、柊は驚いたように体を逸らし「正解!」と言った。「よくわかったな」「いや、なんとかく。今、頭にあのバス停の近くの桜の木が浮かんだの」あたしが言うと、柊は細かく何度も頷いた。「実は、俺もなんだ」「…………」「ここに引っ越してきて、この木を見つけたとき、一番に浮かんだのはあの桜の木だった」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第128話~1年後~「柊!!」あたしは、キャリーバックを引いて、駅前で待ってくれていた柊のもとに走った。あたしも柊も、高校卒業。4月から柊の住んでいる街で、就職が決まっている。柊も大学ではなく、就職を選択したようだ。「雪羽!!」あたしの声に反応した柊が、あたしに大きく手を振る。3月後半。この街も、あたしが住んでいた街と同じくらい寒く、雪もまだ少し残っていた。「あれ? 柊、髪染めたの?」「うん。今日雪羽の会うためにちょっと染めてきた。この色、似合わない?」柊が自分の髪を少しつまみながらあたしに聞いてきた。今まで黒髪だったから、今の淡い茶色の髪がとても大人に見えてドキドキが増した。「似合わないわけないじゃん。柊はどんな色にしても似合うよ!!」「ピンクでも?」「うん」「青でも?」「そんな色にできるならやってみれば?」あたしが眉間にシワを寄せながら言うと、柊は楽しそうに声を上げながら笑った。あたし達は、高2の冬に離れてから、ずっとラインのテレビ電話で顔を見ながら話をしていた。だから柊と離れていると感じたことはないし、寂しさも感じなかった。そりゃ、時々柊の温もりに包まれたい時はあったけど、顔を見て話をしたら、それだけで心が満たされたんだ。だからこうやって1年ぶりに再会しても、ぎこちなさや気まずさは全くなかった。「荷物、俺が持つよ」「ありがとう」柊がサッとあたしのキャリーバックを引いてくれる。「とりあえず、荷物をコインロッカーに預けようか。雪羽、こっち」ここの土地勘が全くないあたしは、柊の指示通りちょこまかと彼の後ろについていく。柊の背中がとても大きい身長、また伸びた?どんどん、柊が大人な男性になっていって、心臓がついていかない。“好き”がどんどん膨らんでいって、そのうち、心臓が破裂してしまうかもしれない。柊があたしの荷物をコインロッカーに預けてくれて、身軽になったあたし達は、何の躊躇いもなく手を繋いだ。
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第127話柊との距離が少しずつずれてきて、とうとう、電車はホームを出て行ってしまった。白い雪景色の中に消えていった、大好きな人。雪解けと共に去っていったのは、これで2回目。正直、辛い。今まですれ違いすぎた。お互い気持ちを素直に伝えられなくて、貴重な時間を無駄にしてしまった。気持ちって、言葉にしないと、絶対に伝わらないね。柊と再開して、それがよくわかった。どんなに心で思っていても、小さな行動や言動で相手を誤解させてしまう。こんなはずじゃなかったのにって、後悔しか生まれない。それなのにどうしてもうまく言えないのは、相手のことを本当に大切に思っているからだったりするよね。あたしは、ようやく気持ちを素直に言えるようになったら、もう、彼は、遠くに行ってしまう時だった。だからこそかな。こうやって伝えることが出来て、心がスッキリしているのは……。無駄な時間だと思ったけど、必要な時間だったんだ。柊、バイバイ。1年後。必ず会いに行くからね!!それまで、また離れ離れだけど、絶対に待っててね。好きだよ。大好きだよ!!溶ける雪のい輝きが、あたし達の進むべく道を照らしてくれているようだった。キミへと続く雪の上の足跡を、照らし出してくれている。雪は、あたし達の恋の結晶だ。冬には必ず何かが起こる。その度に大切に保管しておきたい、思い出の結晶。1年後も、10年後も20年後も、どうか、あたし達の足跡を照らし出し、幸せに導いてください。白い恋の結晶~キミへと続く足跡~
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第109話ファミレスで軽く夕食を済ませた私達は。『夏と言えば花火だろう』。 コウ先輩のこの一言で、急きょ花火大会をすることになった。花火と一緒にお酒やお菓子も購入し、ここらへんで一番近い海に向かった。電車を使わず歩いて行ける距離の海だから、写真で見るようなきれいな海ではないけれど。目的はみんなで花火。波の音と、潮の香りがあれば、十分だった。「美羽」砂浜に降りる階段の一番下で、コンビニの袋から花火を出して準備をしていると、私の隣に壮吾が腰掛けてきた。作業の手を止めずに壮吾を見上げる。「おまえ、酒飲むなよ」そう言って、手に持たされたのはオレンジジュース。「おまえが酔うと、たちが悪そうだからな」「そんなことわからないよ。案外ざるかもしれないじゃない」こんな事で張り合う私達は、まだまだ子供だ。でも、まあ。最初から、お酒なんて飲む気はなかったんだけど。壮吾の言う通り、私、本気で潰れそうだから。「美羽ちゃん、何してんの。早くこっちに来いよ〜」「美羽〜。 裸足でおいで。気持ちいいよ〜」相変わらず賑やかな兄妹。波打ち際で二人でじゃれ合っていた。『ったく、あいつらは』と、呆れながらもお尻を上げる壮吾。両手にはコウ先輩の分のお酒も持っていて。だけど、私の隣で立ち上がった瞬間、ピタリと動きを止めた。暗闇のせいで表情は見えない。「あいつに酒を飲ますのはいいけど、これ以上テンションおかしくなったら相手できねー」ああ……。それで、躊躇ってるわけね。「大丈夫だよ。コウ先輩には日和という保護者がいるから」「だよな」『おーい、はしゃぎ過ぎだろ。ったくガキじゃねーんだからよー』と、壮吾が砂浜を歩いて行く。一定のリズムで奏でられている波の音。寄せては引いて、引いては寄せて。その音に混ざって、壮吾の靴底からギュッギュッと、砂の鳴く音が聞こえた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第108話「あのー」私の横からひょいっと出てきたコウ先輩。お客さんを装って、本棚の整理をしていたレオくんに声をかけていた。「いらっしゃいま……げ」くるりと振り向いたレオくんが、あからさまに嫌な顔をする。本を片手に、頬が引きつっていた。「成人雑誌って、どこにありますか?」と、恥ずかしげもなくそんな事を聞くコウ先輩。もちろん、「黙れっ!! クソ兄貴」すぐに日和に頭をはたかれて、口を尖らせていたけれど。「何しに来たんだよ」声をひそめるレオくん。「何だその言い方は。 心外だな」ポケットに両手を突っ込む壮吾が、ブスッとして言った。「様子を見に来たんだよ。こいつが、心配してたから」壮吾の顎が私に向くと、『心配?』と、眉間にしわを寄せたレオくんが私を振り向いた。「おまえがちゃんと働けてるのかって、俺らは心配なんだよ」「んなの、余計なお世話だよ」素っ気ない一言を壮吾に向けて、仕事に戻って行くレオくん。「仕事終わったら、速攻裏に来いよ。駐車場で待ってるからな」壮吾がレオくんの背中に声をかけると、レオくんは返事をするように、背中越しに右手を上げた。「レーオ」本屋さんの裏口から出てきたレオくんに、コウ先輩が明るく声をかけた。駐車場のフェンスに寄りかかって話をしていた私達も、裏口へ目を向ける。レオくんは迷惑そうに、眉をひそめて私達を見ていた。「おまえ、今のうちからそんなに眉間にしわ寄せてっとすぐに老けんぞ」フェンスから体を起こした壮吾が、レオくんに歩み寄る。プイッとそっぽを向いたレオくんは、くるりと踵を返すと、無言で駐車場から出て行こうとしていたんだけど。「ちょちょちょちょ。待てって」ガシッと、壮吾に肩を掴まれていた。不機嫌に振り向くレオくん。「何なんだよ。俺、バイトで疲れてんの。騒ぎたいなら俺無しで騒いでくんない?俺、もう帰るし」「んな寂しいこと言うなよ。明日休みだろ?朝まで楽しもうぜ」「そうそう。 楽しもう」と、壮吾とレオくんの間にコウ先輩が割り込んだ。それを遠くから見ている私達は、目を見合わせ、肩をすくめてくすっと笑った。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第107話壮吾の言葉に頷いた私だけど。レオくんが、接客をしている姿が全く想像できない。それって、私だけ?接客業ということは、少なからず笑顔は必要なわけじゃん?レオくんの営業スマイル……。うーん……。やっぱり、想像できない。「レオくんのバイトってさ、レジとかするんだよね?」私が聞くと、「当たり前じゃん」と、日和がおかしそうに笑った。「ということは、『いらっしゃいませ』とか、言うんだよね」さらに続けると「急にどうしたの?」と、日和が眉をひそめた。「いや、何か、ほら。全く想像できないから。レオくんが笑顔で『いらっしゃいませ』って言ってる姿」私がそう言うと、『確かに、言われてみれば』と、3人が同じように頷いた。「そういえば、俺らって、まだレオのバイト姿見てねーよな」「ああ」壮吾の言葉に、コウ先輩が頷く。「レオのバイト先には行ったけど、結局、中には入れなかったしな」私はぐっと背中を丸めた。その原因は、私にあるから。申し訳なくて、顔を上げることができなかった。「んじゃ、今から行ってみる?もうすぐ、バイト終わる時間だし」「いらっしゃいませー」レオくんのバイト先の自動ドアをくぐったら、明らかにレオくんだと思われる声が一番に聞こえてきた。これで店長に怒られないのかと心配するほど、暗くて、超棒読みな声だ。この辺りには、ここだけしか本屋がない。小さな本屋だけど、中には結構な人が入っていた。ぞろぞろと中に入る私達に、レオくんは全く気づいていない。ぶっきら棒に、だけど、すごく真剣に、接客を続けていた。「カバーつけますか」「あ、いえ」「1,155円になります」言葉に強弱がなく、ずーっと同じ調子。もちろん、営業スマイルなんてしているわけもなく。「ありがとうございましたー」本当に有り難く思っているのか、と、思わず突っ込みたくなるレオくんの声。だけど――。レオくんの黒のエプロン姿。ビューティフル。接客業としてはいけないことなのかもしれないけれど、レオくんのように美しい男性に接客されたら、どんなに素っ気なくても、どんなに笑顔がなくても、全然いいと思えてしまう。もっともっと接客をしてほしいって思っちゃうほど、レオくんはカッコよくて、少し大人に見えた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第106話「おじゃましまーす」ギャーギャー声が聞こえてきたのは、コウ先輩の部屋。そろりとドアを開け、中を覗き込むと「コウ!! てめぇ、ちょっとは手加減しろよ!!」「はっ?バカか、おまえ。手加減してたら楽しくねーだろ」壮吾とコウ先輩が、ゲームに熱中していた。私がドアを開けたことにも気づいていないようだ。「あ、あのー。入ってもよろしいでしょうか」おずおずと声を出すと、ゲームのコントローラーを手にしている2人が、くるりと振り向いた。「なんだ、美羽。来てたのか」そう言って、ゲームを中断した壮吾が、私の元へとやってくる。「何ビクビクしてんだよ。早く中に入れよ」またこの人は。自分ちでもないのに、そんな勝手に……。「日和は?」「あ!! 美羽。 いらっしゃい」壮吾に問いかけた瞬間、背後から日和の声が聞こえてくるりと振り向いた。日和の手には、紅茶カップと、さっき私が日和ママに渡した、シュークリームののったおぼん。「うお。うまそーなシュークリーム」一番に反応したのは壮吾だ。「美羽のお土産だよ」「マジで?そんな気を遣わなくていいのに」だから、壮吾。ここはあなたの家じゃないでしょ?そう思いながらも、「結構おいしいんだよ。食べてみて」と、コウ先輩の部屋に入りながら言った。コウ先輩の部屋は、相変わらず色んなものが散乱していた。だけど、やっぱり、不衛生には感じない。ホントに不思議。「ねぇ、レオくんは?」日和の持ってきてくれた紅茶に口をつけながら、壮吾に聞く。「ああ。あいつ、バイト終わってから来るって」ぱくっとシュークリームを頬張った壮吾が、何だか小さな子供に見えた。カッコイイだけじゃなくて、こんなかわいい一面もあるから、あたしはどんどん壮吾の虜になっていく。「バイトかぁ。頑張るね、レオくん」「まぁ、あいつなりに楽しんでんじゃね?バイトの愚痴なんて、一度も聞いたことねーし」「ふーん。そうなんだ」
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Chapter: 第105話「いい? 美羽。絶対に迷惑かけちゃダメだからね」玄関で靴をはく私に、お母さんが言った。もう、これで何度目だろう。「遅くまで騒がないのよ。近所迷惑にもなるし」「もうっ!!わかってるよ。小学生じゃあるまいし、ちゃんと考えて行動できるって」ヒールの靴をはいて、クルリとお母さんを振り返る。私の手には、お泊まり道具。そして、お母さんがしきりに持って行けと言っていたクッキーシュー。近所の有名なケーキ屋さんで買ったものだ。「ちゃんとお家の人にあいさつして、そのシュークリームを渡すのよ。わかった?」もう……。だからわかってるって。朝から何度も同じことを言わないで。夏休みに入り、日和の提案で一日だけ日和の家に泊まることになった。もちろん、壮吾とレオくんも一緒。みんなで徹夜して、思い切り遊ぼうってことになったの。お母さんがこんなにうるさいのは、初めてのお泊まだから。もう高校生なんだし、迷惑をかけなければ一日くらい泊ってもよし。と、許しを得たんだけど……。ここまでしつこく何度も何度も同じことを言われると、耳にタコ。まだ何か言いたげなお母さんがわを見ていたけれど、「いってきまーす」と、耳にイカまでできないうちに素早く玄関を出た。外は、街中が茜色に輝く夕方。お泊まりは夜がメインだから。と、夕方から日和の家に集合することにした。お母さんには内緒だけど、壮吾と一緒にお泊まりだ。まぁ、二人っきりではないけど、なんかテンションが上がる。ああ――…。めっちゃ楽しみ!!「いらっしゃい」日和の家に着き、出迎えてくれたのは日和ママだった。「こんにちは」「こんにちはー。壮吾くんも来てるから、さぁ、上がって」ぎこちなく頭をさげた私に、優しくて、超美人な日和ママがにっこり笑ってくれる。その笑顔が、どことなくコウ先輩に似ていた。「あの、これ、シュークリームなんですけど」食べてください、と日和ママに差し出す。「あらあらまぁまぁ。どうもご親切に。お母さんにお礼の電話を入れておくわね。ありがとう」そう言って、『早く2階にどうぞ。何もないけどゆっくりしてね』と、さらに優しい言葉をかけてくれた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第104話私の肩に腕を回す壮吾は、グイッと、レオくんの肩にも腕を回していた。バランスを崩したレオくんは、よろっとわ達に近づく。「悪いな。これが、俺達だからさ」眉間にしわを寄せ、涙をこらえている彼女に向かって、壮吾が悪戯に笑う。「ちょっとやそっとの事じゃ、俺たちはバラバラにできないよ。絆が他と違うからな」5人で肩を組んで、頬笑みあう。そんなわ達を見て、彼女がふわりとこちらに視線を向けた。罰が悪そうに眉を寄せて、口をへの字に曲げている。「……知らなかった」力のない声だ。「この件で、気持ちがバラバラになるものだと思ってたのに、全然、通用しないんだね。知らなかった。これが、ホントの友情とか、愛ってものなのかな」本当の友情。本当の恋愛。「ごめん……」......下川さん。「何の努力もしてないとか言ってごめん。いいよ。このこと、みんなに言って。レオくんに近づくために、私がしたことだって。私にムカついたでしょ? いいよ、仕返しして」力のない彼女の声は、図書室の絨毯に吸収されて、殆ど私の鼓膜は刺激されなかった。フラフラとした足取りで、図書室を出て行こうする彼女。「待って!!」クルリと、振り向く彼女。瞳には、涙が滲んでいる。「気まずくなるからって、私達を避けないで。この件は、これで終わり。また一から友達になって」私が右手を差し出すと、彼女は私の右手をじっと眺めた。ポタポタと絨毯を濡らしていく涙。嗚咽がこぼれて、肩が小刻みに揺れている。私の手と彼女の震える手が合わさった時、日和が私の背中に抱きついてきた。「まぁ。許せたもんじゃないけど、美羽がいいって言うなら仕方ないね」そう言って、日和も彼女に手を差し出している。「これで仲直り」日和がおどけて笑う。「ありがとう……」彼女は、涙をこらえながら、そう言った。私達を見ながらほほ笑みあうのは、壮吾とコウ先輩。「女ってわかんね」ぼそっと呟いたのは、レオくん。眉間にしわを寄せ、首を傾げている。「ま、いいじゃん。問題が解決したんだし」そう言った壮吾が、握手を交わす私達の側へとやってきた。「あんたも、見つけろよ。心から信じれる仲間をさ。そしたら、わかるよ。まぁこれが、ホントの友情とか、ホントの愛ってやつかわかんねーけどな」心が晴れるって、こういうことを言うんだね。笑顔がこぼれて、人
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