author-banner
ASAMI
ASAMI
Author

Novels by ASAMI

完璧社長の過剰な執着~隠れ優秀秘書は、二人のハイスペに奪い尽くされる~

完璧社長の過剰な執着~隠れ優秀秘書は、二人のハイスペに奪い尽くされる~

​「逃げられると思うな? お前は俺のものだ」 ​大手商社で「無能」を演じ、目立たず生きる地味秘書の紬。しかしある夜、社の危機を裏で救った秘密を、冷徹無比な次期社長・葵に見抜かれてしまう。 ​翌日、紬を待っていたのは社長専属秘書への異動命令。他人に心を開かない葵は、二人きりになると強烈な独占欲を露わにし、甘く過保護に溺愛し始めて……!? ​さらに葵の宿敵で、色気漂うライバル会社の若き役員・蓮まで登場。 「あんな奴やめて、俺に来なよ」 強引に奪いに来る蓮と、執着を深める葵。 ​最高にハイスペックな二人から攻め立てられる、逃げ場ゼロの濃厚三角関係ラブ!
Read
Chapter: 第68話
「神楽……常務……っ!」耳元に残るツー、ツーという無機質な電子音を聞きながら、紬は受話器を握りしめたまま大きく息を荒げた。社内のセキュリティは完璧なはずだった。葵が配置した専属の警護も、ビルの出入り口を厳重に固めている。それなのに、蓮はまるで手品のように、会社の固定電話へと直接連絡を寄こしてきたのだ。どうして……どうやって私の居場所や電話番号を……。履歴書に記されていた不審な経歴。そして、タイミング良くかかってきた蓮からの電話。これは偶然ではない。蓮は最初から、葵が不在になるこの三日間に合わせて、社内のシステムや書類の隙間に自分の爪痕を残そうとしているのだ。紬は震える手でスマートフォンを取り出し、海外にいる葵へ連絡しようと画面を開いた。けれど――指が止まった。いま葵さんに連絡したら……あんなに心配して出張に行ったのに、余計な焦りを与えてしまうわ。私がしっかりしなきゃ……。葵の重すぎるほどの過保護と愛を知っているからこそ、これくらいのことで遠くの彼を動揺させたくないという思いが、紬の指を躊躇させた。「……まずは、人事部にこの推薦枠の出所をこっそり確認してみよう」自分を落ち着かせるように深呼吸をし、紬はデスクの資料をまとめ直した。その頃、時差のある海外の高級ホテルのスイートルーム。重厚なデスクの前に座る葵は、ノートパソコンに映し出された現地の経済指標からふと顔を上げ、眉間に深いシワを寄せた。現地でのミーティングは順調に進んでいるはずだった。だが、なぜか胸の奥がざわつき、耐えがたいほどの焦燥感が消えない。……紬に、何か起きているのか……?葵は冷徹な自己否定でその感情を押し殺そうとしたが、左手薬指にはめたプラチナの指輪に触れた瞬間、胸の動悸はむしろ激しくなった。まるで、愛しい妻の危機を本能が察知しているかのように。「……すまない。予定を一日前倒しする。明日の午前中の便ですべての交渉を切り上げ、帰国する手配をしろ」スピーカーの向こうに控える秘書に冷徹な声で指示を飛ばすと、葵はスマートフォンを手に取り、紬へとメッセージを打ち始めた。『体調は崩していないか。変な影を感じたら、すぐに警護の者を呼べ。……すぐに帰る』日本の夜。静まり返った本社オフィス。残業を終えた紬が、タクシーではなく葵が手配した専用車へと乗り込もうとしていた
Last Updated: 2026-10-29
Chapter: 第67話
葵が海外出張へ旅立ってから、最初の夜。都心の夜景を一望する広い自邸は、いつも以上にしんと静まり返っていた。「……葵さん、無事にお着きになったかしら」紬はリビングの大きなソファに一人腰掛け、スマートフォンの画面を見つめていた。時刻は夜の十時を回ったところ。時差を考えれば、葵が現地に到着して最初のミーティングに入る頃合いのはずだった。ぽつん、と画面が明るくなり、通知音が入る。『無事に到着した。現地での対応も予定通り進んでいる。……お前の声が聞けなくて寂しいが、今夜はゆっくり休んでくれ。愛している、紬』画面に表示された文字を追うだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。冷酷なビジネスマンとしての素顔の裏に隠された、自分だけに向けられる一途で深い愛。『葵さんもお仕事頑張ってください。私も無事に一日を終えました。お会いできるのを楽しみにしています』メッセージを送信し、小さく息を吐いた紬は、ふと自邸の廊下に目を向けた。マンションのフロア全体、そしてエントランスには葵が手配した専属の警護が二十四時間態勢で配置されている。セキュリティシステムも完璧で、本来なら不安を感じる要素など何一つないはずだった。それなのに――昼間に会社の避難階段で感じた、あのスモーキーな香水の残香が、まるで鼻腔の奥にこびりついているかのように離れない。……ただの気のせいよね。考えすぎたら、遠くにいる葵さんに無駄な心配をかけてしまうわ。紬は首を横に振り、自分に言い聞かせるようにしてベッドルームへと向かった。翌朝。秋の冷たい雨が都心の街並みを濡らしていた。黒塗りの専用車で本社へ出社した紬は、いつも通り副社長室のデスクにつき、葵不在の間の日常業務に取りかかっていた。葵がいなくても、秘書としての責任を完璧に果たすこと――それが、今の自分にできる葵への一番の支えだと信じていたからだ。「鷹司秘書、失礼いたします」昼過ぎ、秘書室のドアがノックされ、人事部のスタッフが厚みのあるファイルを手にして入ってきた。「こちら、来期の新規採用に関する最終候補者のデータです。副社長からのご指示で、出張中に鷹司秘書が一次確認をしておくようにとのことでしたが……」「あ、はい。承りました。デスクでお預かりしますね」ファイルを受け取り、書類に目を通し始めた紬。だが、その中の「中途採用者リスト」の
Last Updated: 2026-10-29
Chapter: 第66話
ネット上に流布された「神楽蓮の海外逃亡と不正融資の噂」。それは瞬く間に経済メディアの片隅をざわつかせ、鷹司グループの広報部を一時的に慌てさせたものの、葵の迅速かつ冷徹な法的措置によって、わずか一日足らずでネットの海から綺麗に消し去られた。夕暮れ時の副社長室。窓の外に広がる夕焼けの茜色が、高層ビルのガラス張りの壁を赤く染め上げていた。「……顧問弁護士からの報告は以上か」デスクに座る葵は、分厚いレポートから目を離さず、低い声で確認した。その傍らに立つ広報部長は、冷や汗を拭いながら頭を下げる。「はい。デマの出所となったサーバーは海外のプロキシを経由していましたが、すでに追跡してブロックいたしました。株価への影響も、今のところ軽微に抑えられています」「ご苦労だった。下がっていい」「失礼いたします」静かにドアが閉まり、部屋に二人きりの空間が戻る。葵はゆっくりとペンを置き、マホガニーのデスクに肘をついて、その美しい眉間を指先で揉みほぐした。神楽……。あの男は、ただの攪乱のためにあんな中途半端な噂を流したわけじゃない。……一体、何を狙っている。警察の追手を巧みにかわし、未だに国内のどこかに潜伏しているはずの蓮。表立った大きな仕掛けをあえてせず、水面下で微弱な波紋を広げ続けるその意図が、葵の鋭い警戒心をかえって強く刺激していた。その頃、隣のデスクで資料の整理をしていた紬は、葵のただならぬ気配を察知し、そっと視線を上げた。「葵さん……お疲れ様です。さっきの件、やはり神楽常務の仕業でしょうか……?」紬の声を聞いた瞬間、葵の険しい表情はわずかに和らぎ、アイスブルーの瞳に優しい熱が灯った。葵は立ち上がると、紬のデスクへと歩み寄り、その華奢な肩を優しく引き寄せた。「……心配いらない。あいつがどんなに小細工を弄そうと、お前と俺を引き裂くことなど絶対にできない。……俺を信じろ、紬」「はい……葵さんを、信じています」葵の温もりに触れ、紬は胸の奥のざわめきを静めようとした。けれど、スマートフォンの中に保存されたままの、蓮からの非通知メッセージ――『またすぐ会いに行くからね』という言葉の残響が、どうしても心の片隅から消えずにいた。その夜。一日の激務を終えた二人は、厳重なセキュリティに守られた高層マンションの自邸へと戻っていた。シャワーを浴びてリビ
Last Updated: 2026-10-28
Chapter: 第65話
カーテンの隙間から、柔らかい秋の朝日がリビングルームに差し込んでいた。静まり返った部屋の空気は、昨夜までの張り詰めた緊張感とは打って変わり、心地よい穏やかさに満ちていた。ソファの上。紬は毛布に包まれたまま、目の前でコーヒーを淹れている葵の背中をぼんやりと見つめていた。完璧なスーツ姿ではなく、ラフなシャツを纏った葵の背中は、どこか肩の荷が下りたようにしなやかだった。昨夜、自分の背負ってきた過去のすべてを打ち明け、それを紬に受け入れられたこと。それが葵の心から、どれほどの重圧を拭い去ったのかは想像に難くなかった。「……起きたのか、紬」振り返った葵の顔には、いつもの氷のような冷徹さではなく、どこか柔らかく蕩けるような甘い微笑みが浮かんでいた。葵はマグカップを二つ手に持つと、紬の隣に静かに腰掛け、温かいカップをそっと手渡してくれた。「おはようございます、葵さん……」湯気の向こうから覗く葵の整った顔立ちを眺めながら、紬はカップを両手で包み込んだ。「昨日は……ごめんなさい。勝手にカードを開いたりして……」「いや……あの時は、お前に裏切られるかもしれないという恐怖で視野が狭くなっていた。謝るべきなのは俺だ」葵は紬のカップをサイドテーブルに置くと、彼女の細い指先を自分の大きな掌でしっかりと包み込んだ。ひんやりとしていた指先が、葵の確かな体温でじんわりと温められていく。「お前が俺の過去を知ってもなお、変わらず側にいてくれると言ってくれた。……その事実だけで、俺はもう過去の亡霊に怯える必要はないと分かったんだ」葵の瞳はどこまでも深く、澄み切っていた。秘密を隠し合う必要がなくなった二人の間に、以前よりもさらに強く、透明な信頼の絆が結ばれていた。「はい……これからは、どんなことも一人で抱え込み優しないでくださいね。私も、葵さんの隣で一緒に背負いますから」紬が真っ直ぐに微笑むと、葵は愛おしそうに目を細め、彼女の額に優しく唇を落とした。それは激しい独占欲ではなく、ただひたすらに慈しむような、穏やかで甘い口づけだった。数日後。鷹司グループ本社の副社長室。大きな窓から都心の青空を見渡すデスクで、紬は落ち着いた気持ちで書類のチェックを進めていた。丸メガネの奥の瞳には迷いはなく、秘書としての仕事にもこれまで以上に誇りとやりがいを感じていた。葵さんの
Last Updated: 2026-10-27
Chapter: 第64話
冷たく薄暗いリビングルーム。パソコンのディスプレイに映し出されたままのデータが、青白い光を放っている。葵の腕の中に閉じ込められるようにして、紬は荒い息を整えていた。荒々しかった葵の呼吸も、やがて紬の髪を優しくすくう指先の震えとともに、静かな切なさを帯びていく。「……葵さん」紬が恐る恐る見上げると、冷徹な仮面を完全に剥ぎ取られた葵の美しい顔には、言いようのない疲労と、深く暗い諦めのような色が浮かんでいた。「……見たのか。あのデータのすべてを」低く掠れた声。葵はディスプレイから目を背け、紬の細い手首をそっと握りしめた。その指先は驚くほど冷たかった。「……契約書も、音声ログも……少しだけ見ました。でも、よく分かりませんでした。葵さんが、どうしてあんな裏取引を……」紬の言葉に、葵は自嘲するように微かに唇を歪めた。「数年前、鷹司グループが倒産の危機に瀕した時……当時の経営陣だった父は、会社を救うために海外の闇ファンドから不正な資金を借り入れた。……神楽の父親が裏で糸を引いていた罠とも知らずに」「それじゃあ……あの借金は、葵さんが作ったものじゃなくて……」「あぁ。だが、父が亡くなった時、すべての負債と責任は俺に引き継がれた」葵は紬からわずかに視線を外し、窓の外の暗い夜景を見つめた。その横顔は、あまりにも孤独で、過酷な運命を一人で背負ってきた男の痛みに満ちていた。「神楽が俺を狙うのは、その時の利権と、我が家が失墜する瞬間を奪うためだ。……あいつはあのカードで、お前に『俺が汚れた過去を持つ人間だ』と教え込み、俺から引き離そうとした」「そんな……」すべてを悟った紬の胸が、激しく痛んだ。蓮が仕掛けた罠の本当の意味は、葵を社会的に追い詰めることだけではなく、紬の信頼を揺さぶり、自らその手を離させることだったのだ。「……怖かったか?」葵の低い声が、静寂に響く。「神楽の言う通り、俺は綺麗な人間じゃない。会社を守るためなら、泥を被ることも、冷酷な決断を下すことも厭わない人間だ。……お前が俺を恐れ、逃げ出したくなっても、責めはしない」葵はそう言いながらも、紬の手首を掴む指先には、どうしても離したくないという痛切な執着がこもっていた。紬は迷うことなく、葵の冷たい両手に自分の両手を重ね合わせた。そして、まっすぐに葵のアイスブルーの瞳を見つめ返す。
Last Updated: 2026-10-27
Chapter: 第63話
夜の静けさが漂う鷹司家の自邸。リビングのソファで、紬はパソコンの画面を見つめながら激しく息を潜めていた。葵は書斎で深夜の海外ミーティング中。今が、あの銀色のICカードの中身を確認する絶好のチャンスだった。ごめんなさい、葵さん……。でも、私はあなたの隠している真実が知りたいの。震える指先でカードを専用のリーダーに挿入し、解析プログラムを起動させる。画面のプログレスバーがゆっくりと進み、やがて暗号化されたフォルダのロックが解除された。そこに表示されていたのは、数年前に交わされた裏取引の契約書データと、鷹司グループが極秘裏に進めていた買収計画の音声ログだった。これは……一体……?ファイルを開き、音声ログを再生しようとしたその瞬間――。「……何を観ている」背後から掛けられた、心臓が凍りつくような冷徹な声。「ひっ……!」紬が慌ててパソコンを閉じようと手を伸ばした瞬間よりも早く、背後から伸びてきた長身の影が紬の身体を覆い尽くし、冷たく細い指先がディスプレイの端を押さえた。そこに立っていたのは、漆黒のスーツを纏った葵だった。完璧なスタイリングの髪がわずかに乱れ、そのアイスブルーの瞳には、怒りよりも遥かに深い「絶望と狂気の熱」が宿っていた。「あ……葵さん……これは……その……っ」振り向くこともできず、紬の声が激しく震える。葵は無言のまま画面に表示されたデータのタイトルに目を留めると、その整った涼やかな顔立ちから一切の血の気が引いていくのが分かった。「……神楽から渡されたか」低く、押し殺したような葵の声。その響きには、怒り子ではなく、一番大切な人間に裏切られたかもしれないという耐えがたい恐怖と、激しい嫉妬が渦巻いていた。「違うんです……! 私はただ、神楽常務の言葉に惑わされて……葵さんが何か苦しんでいるなら、力になりたかっただけで……っ!」振り返り、必死に弁解しようとする紬の細い両肩を、葵の強靭な両手がしっかりと掴み、力任せに自分の方へと引き寄せた。「力になりたいだと……?」葵の黒瞳が、痛々しいほどに赤く充血していた。冷酷な完璧主義者として知られる副社長が、今、崩れ落ちそうなほどの脆さと激しい執着を露にしている。「俺が過去にどんな冷酷な手段を使おうと、お前を守るためなら悪魔にだって魂を売る。……だが、お前が他の男の仕掛けた罠にか
Last Updated: 2026-10-26
幸せ色の恋~想いよ、永遠に~

幸せ色の恋~想いよ、永遠に~

たくさんの悩みや葛藤を抱えた、高校生。 自分なりに出した答えを正解だと信じて駆け抜けた青春時代。 4人の高校生の等身大のストーリー
Read
Chapter: 第109話
ファミレスで軽く夕食を済ませた私達は。『夏と言えば花火だろう』。 コウ先輩のこの一言で、急きょ花火大会をすることになった。花火と一緒にお酒やお菓子も購入し、ここらへんで一番近い海に向かった。電車を使わず歩いて行ける距離の海だから、写真で見るようなきれいな海ではないけれど。目的はみんなで花火。波の音と、潮の香りがあれば、十分だった。「美羽」砂浜に降りる階段の一番下で、コンビニの袋から花火を出して準備をしていると、私の隣に壮吾が腰掛けてきた。作業の手を止めずに壮吾を見上げる。「おまえ、酒飲むなよ」そう言って、手に持たされたのはオレンジジュース。「おまえが酔うと、たちが悪そうだからな」「そんなことわからないよ。案外ざるかもしれないじゃない」こんな事で張り合う私達は、まだまだ子供だ。でも、まあ。最初から、お酒なんて飲む気はなかったんだけど。壮吾の言う通り、私、本気で潰れそうだから。「美羽ちゃん、何してんの。早くこっちに来いよ〜」「美羽〜。 裸足でおいで。気持ちいいよ〜」相変わらず賑やかな兄妹。波打ち際で二人でじゃれ合っていた。『ったく、あいつらは』と、呆れながらもお尻を上げる壮吾。両手にはコウ先輩の分のお酒も持っていて。だけど、私の隣で立ち上がった瞬間、ピタリと動きを止めた。暗闇のせいで表情は見えない。「あいつに酒を飲ますのはいいけど、これ以上テンションおかしくなったら相手できねー」ああ……。それで、躊躇ってるわけね。「大丈夫だよ。コウ先輩には日和という保護者がいるから」「だよな」『おーい、はしゃぎ過ぎだろ。ったくガキじゃねーんだからよー』と、壮吾が砂浜を歩いて行く。一定のリズムで奏でられている波の音。寄せては引いて、引いては寄せて。その音に混ざって、壮吾の靴底からギュッギュッと、砂の鳴く音が聞こえた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第108話
「あのー」私の横からひょいっと出てきたコウ先輩。お客さんを装って、本棚の整理をしていたレオくんに声をかけていた。「いらっしゃいま……げ」くるりと振り向いたレオくんが、あからさまに嫌な顔をする。本を片手に、頬が引きつっていた。「成人雑誌って、どこにありますか?」と、恥ずかしげもなくそんな事を聞くコウ先輩。もちろん、「黙れっ!! クソ兄貴」すぐに日和に頭をはたかれて、口を尖らせていたけれど。「何しに来たんだよ」声をひそめるレオくん。「何だその言い方は。 心外だな」ポケットに両手を突っ込む壮吾が、ブスッとして言った。「様子を見に来たんだよ。こいつが、心配してたから」壮吾の顎が私に向くと、『心配?』と、眉間にしわを寄せたレオくんが私を振り向いた。「おまえがちゃんと働けてるのかって、俺らは心配なんだよ」「んなの、余計なお世話だよ」素っ気ない一言を壮吾に向けて、仕事に戻って行くレオくん。「仕事終わったら、速攻裏に来いよ。駐車場で待ってるからな」壮吾がレオくんの背中に声をかけると、レオくんは返事をするように、背中越しに右手を上げた。「レーオ」本屋さんの裏口から出てきたレオくんに、コウ先輩が明るく声をかけた。駐車場のフェンスに寄りかかって話をしていた私達も、裏口へ目を向ける。レオくんは迷惑そうに、眉をひそめて私達を見ていた。「おまえ、今のうちからそんなに眉間にしわ寄せてっとすぐに老けんぞ」フェンスから体を起こした壮吾が、レオくんに歩み寄る。プイッとそっぽを向いたレオくんは、くるりと踵を返すと、無言で駐車場から出て行こうとしていたんだけど。「ちょちょちょちょ。待てって」ガシッと、壮吾に肩を掴まれていた。不機嫌に振り向くレオくん。「何なんだよ。俺、バイトで疲れてんの。騒ぎたいなら俺無しで騒いでくんない?俺、もう帰るし」「んな寂しいこと言うなよ。明日休みだろ?朝まで楽しもうぜ」「そうそう。 楽しもう」と、壮吾とレオくんの間にコウ先輩が割り込んだ。それを遠くから見ている私達は、目を見合わせ、肩をすくめてくすっと笑った。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第107話
壮吾の言葉に頷いた私だけど。レオくんが、接客をしている姿が全く想像できない。それって、私だけ?接客業ということは、少なからず笑顔は必要なわけじゃん?レオくんの営業スマイル……。うーん……。やっぱり、想像できない。「レオくんのバイトってさ、レジとかするんだよね?」私が聞くと、「当たり前じゃん」と、日和がおかしそうに笑った。「ということは、『いらっしゃいませ』とか、言うんだよね」さらに続けると「急にどうしたの?」と、日和が眉をひそめた。「いや、何か、ほら。全く想像できないから。レオくんが笑顔で『いらっしゃいませ』って言ってる姿」私がそう言うと、『確かに、言われてみれば』と、3人が同じように頷いた。「そういえば、俺らって、まだレオのバイト姿見てねーよな」「ああ」壮吾の言葉に、コウ先輩が頷く。「レオのバイト先には行ったけど、結局、中には入れなかったしな」私はぐっと背中を丸めた。その原因は、私にあるから。申し訳なくて、顔を上げることができなかった。「んじゃ、今から行ってみる?もうすぐ、バイト終わる時間だし」「いらっしゃいませー」レオくんのバイト先の自動ドアをくぐったら、明らかにレオくんだと思われる声が一番に聞こえてきた。これで店長に怒られないのかと心配するほど、暗くて、超棒読みな声だ。この辺りには、ここだけしか本屋がない。小さな本屋だけど、中には結構な人が入っていた。ぞろぞろと中に入る私達に、レオくんは全く気づいていない。ぶっきら棒に、だけど、すごく真剣に、接客を続けていた。「カバーつけますか」「あ、いえ」「1,155円になります」言葉に強弱がなく、ずーっと同じ調子。もちろん、営業スマイルなんてしているわけもなく。「ありがとうございましたー」本当に有り難く思っているのか、と、思わず突っ込みたくなるレオくんの声。だけど――。レオくんの黒のエプロン姿。ビューティフル。接客業としてはいけないことなのかもしれないけれど、レオくんのように美しい男性に接客されたら、どんなに素っ気なくても、どんなに笑顔がなくても、全然いいと思えてしまう。もっともっと接客をしてほしいって思っちゃうほど、レオくんはカッコよくて、少し大人に見えた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第106話
「おじゃましまーす」ギャーギャー声が聞こえてきたのは、コウ先輩の部屋。そろりとドアを開け、中を覗き込むと「コウ!! てめぇ、ちょっとは手加減しろよ!!」「はっ?バカか、おまえ。手加減してたら楽しくねーだろ」壮吾とコウ先輩が、ゲームに熱中していた。私がドアを開けたことにも気づいていないようだ。「あ、あのー。入ってもよろしいでしょうか」おずおずと声を出すと、ゲームのコントローラーを手にしている2人が、くるりと振り向いた。「なんだ、美羽。来てたのか」そう言って、ゲームを中断した壮吾が、私の元へとやってくる。「何ビクビクしてんだよ。早く中に入れよ」またこの人は。自分ちでもないのに、そんな勝手に……。「日和は?」「あ!! 美羽。 いらっしゃい」壮吾に問いかけた瞬間、背後から日和の声が聞こえてくるりと振り向いた。日和の手には、紅茶カップと、さっき私が日和ママに渡した、シュークリームののったおぼん。「うお。うまそーなシュークリーム」一番に反応したのは壮吾だ。「美羽のお土産だよ」「マジで?そんな気を遣わなくていいのに」だから、壮吾。ここはあなたの家じゃないでしょ?そう思いながらも、「結構おいしいんだよ。食べてみて」と、コウ先輩の部屋に入りながら言った。コウ先輩の部屋は、相変わらず色んなものが散乱していた。だけど、やっぱり、不衛生には感じない。ホントに不思議。「ねぇ、レオくんは?」日和の持ってきてくれた紅茶に口をつけながら、壮吾に聞く。「ああ。あいつ、バイト終わってから来るって」ぱくっとシュークリームを頬張った壮吾が、何だか小さな子供に見えた。カッコイイだけじゃなくて、こんなかわいい一面もあるから、あたしはどんどん壮吾の虜になっていく。「バイトかぁ。頑張るね、レオくん」「まぁ、あいつなりに楽しんでんじゃね?バイトの愚痴なんて、一度も聞いたことねーし」「ふーん。そうなんだ」
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第105話
「いい? 美羽。絶対に迷惑かけちゃダメだからね」玄関で靴をはく私に、お母さんが言った。もう、これで何度目だろう。「遅くまで騒がないのよ。近所迷惑にもなるし」「もうっ!!わかってるよ。小学生じゃあるまいし、ちゃんと考えて行動できるって」ヒールの靴をはいて、クルリとお母さんを振り返る。私の手には、お泊まり道具。そして、お母さんがしきりに持って行けと言っていたクッキーシュー。近所の有名なケーキ屋さんで買ったものだ。「ちゃんとお家の人にあいさつして、そのシュークリームを渡すのよ。わかった?」もう……。だからわかってるって。朝から何度も同じことを言わないで。夏休みに入り、日和の提案で一日だけ日和の家に泊まることになった。もちろん、壮吾とレオくんも一緒。みんなで徹夜して、思い切り遊ぼうってことになったの。お母さんがこんなにうるさいのは、初めてのお泊まだから。もう高校生なんだし、迷惑をかけなければ一日くらい泊ってもよし。と、許しを得たんだけど……。ここまでしつこく何度も何度も同じことを言われると、耳にタコ。まだ何か言いたげなお母さんがわを見ていたけれど、「いってきまーす」と、耳にイカまでできないうちに素早く玄関を出た。外は、街中が茜色に輝く夕方。お泊まりは夜がメインだから。と、夕方から日和の家に集合することにした。お母さんには内緒だけど、壮吾と一緒にお泊まりだ。まぁ、二人っきりではないけど、なんかテンションが上がる。ああ――…。めっちゃ楽しみ!!「いらっしゃい」日和の家に着き、出迎えてくれたのは日和ママだった。「こんにちは」「こんにちはー。壮吾くんも来てるから、さぁ、上がって」ぎこちなく頭をさげた私に、優しくて、超美人な日和ママがにっこり笑ってくれる。その笑顔が、どことなくコウ先輩に似ていた。「あの、これ、シュークリームなんですけど」食べてください、と日和ママに差し出す。「あらあらまぁまぁ。どうもご親切に。お母さんにお礼の電話を入れておくわね。ありがとう」そう言って、『早く2階にどうぞ。何もないけどゆっくりしてね』と、さらに優しい言葉をかけてくれた。
Last Updated: 2026-01-31
Chapter: 第104話
私の肩に腕を回す壮吾は、グイッと、レオくんの肩にも腕を回していた。バランスを崩したレオくんは、よろっとわ達に近づく。「悪いな。これが、俺達だからさ」眉間にしわを寄せ、涙をこらえている彼女に向かって、壮吾が悪戯に笑う。「ちょっとやそっとの事じゃ、俺たちはバラバラにできないよ。絆が他と違うからな」5人で肩を組んで、頬笑みあう。そんなわ達を見て、彼女がふわりとこちらに視線を向けた。罰が悪そうに眉を寄せて、口をへの字に曲げている。「……知らなかった」力のない声だ。「この件で、気持ちがバラバラになるものだと思ってたのに、全然、通用しないんだね。知らなかった。これが、ホントの友情とか、愛ってものなのかな」本当の友情。本当の恋愛。「ごめん……」......下川さん。「何の努力もしてないとか言ってごめん。いいよ。このこと、みんなに言って。レオくんに近づくために、私がしたことだって。私にムカついたでしょ? いいよ、仕返しして」力のない彼女の声は、図書室の絨毯に吸収されて、殆ど私の鼓膜は刺激されなかった。フラフラとした足取りで、図書室を出て行こうする彼女。「待って!!」クルリと、振り向く彼女。瞳には、涙が滲んでいる。「気まずくなるからって、私達を避けないで。この件は、これで終わり。また一から友達になって」私が右手を差し出すと、彼女は私の右手をじっと眺めた。ポタポタと絨毯を濡らしていく涙。嗚咽がこぼれて、肩が小刻みに揺れている。私の手と彼女の震える手が合わさった時、日和が私の背中に抱きついてきた。「まぁ。許せたもんじゃないけど、美羽がいいって言うなら仕方ないね」そう言って、日和も彼女に手を差し出している。「これで仲直り」日和がおどけて笑う。「ありがとう……」彼女は、涙をこらえながら、そう言った。私達を見ながらほほ笑みあうのは、壮吾とコウ先輩。「女ってわかんね」ぼそっと呟いたのは、レオくん。眉間にしわを寄せ、首を傾げている。「ま、いいじゃん。問題が解決したんだし」そう言った壮吾が、握手を交わす私達の側へとやってきた。「あんたも、見つけろよ。心から信じれる仲間をさ。そしたら、わかるよ。まぁこれが、ホントの友情とか、ホントの愛ってやつかわかんねーけどな」心が晴れるって、こういうことを言うんだね。笑顔がこぼれて、人
Last Updated: 2026-01-31
三年間、彼に恨まれた契約妻は、世界を魅了する仮面の天才音楽家だった

三年間、彼に恨まれた契約妻は、世界を魅了する仮面の天才音楽家だった

祖母の形見のヴァイオリンを取り戻すため、音羽は神崎家の御曹司・蓮と契約結婚をする。しかし蓮は、初恋の女性を失った原因が音羽にあると誤解し、三年間彼女を憎み続けていた。心を込めて作った楽譜まで破り捨てられた音羽は離婚を決意するが、その瞬間から蓮は態度を一変させる。不審に思った音羽は契約の真相を探るため彼の側に残りつつ、仮面の天才ヴァイオリニストとして世界へ羽ばたいていく。やがて蓮は、自分が憎んだ契約妻こそ追い求め続けた音色の持ち主であり、幼い頃から探していた命の恩人だったという真実を知る。すべてを失いかけた彼は、彼女の心を取り戻そうと奔走する。
Read
Chapter: 第149話
木々の葉が赤や黄色に美しく色づく季節を迎えていた。蓮が中心となって企画を進めている「傷を抱えた演奏者たちのためのコンサート」の開催日まで、残り一ヶ月余り。この日は、工房の敷地内にある広いフリースペースを借りて、参加者たちが初めて一堂に会する合同練習の当日だった。「音羽、みんながそろそろ集まる時間だ。緊張するけれど……楽しみでもあるね」工房の作業着から落ち着いたシャツに着替えた蓮が、少し高鳴る胸を押さえるようにしながら、私の隣でやさしく微笑んだ。その表情には、かつて神崎家の冷酷な御曹司として孤独に怯えていた面影などどこにもない。自らの過去の罪と向き合い、職人として、そして一人の人間として誰かの夢を支える男の晴れやかな顔があった。スペースのドアが開くと、チェロの真澄くんをはじめ、事故で右腕の可動域を狭めてしまったフルート奏者の女性や、関節症に悩む年配のヴァイオリニストの男性が、それぞれの楽器を大切そうに抱えて入ってきた。「神崎さん、音羽さん! 今日はよろしくお願いします!」真澄くんが真っ先に元気な声を上げる。その左手に装着されているのは、蓮が何夜も徹夜をしてミリ単位で削り出した、あの特注のアタッチメントだった。「皆さん、よく来てくれました。今日は本番のホールに立つ前に、お互いの音を感じ合い、音楽を楽しむ日にしましょう」蓮が参加者一人ひとりの目を見つめ、温かな声をかける。蓮はまず、フルート奏者の女性の元へ歩み寄ると、彼女の右腕に装着された特注のアームサポートの具合を丁寧にチェックした。「角度はどうですか? 呼吸を深く吸い込んだ時、胸郭や肩に圧迫感はありませんか?」「ええ、神崎さん! このサポートがあるおかげで、腕の重さを全く感じずに指を動かせるんです。ずっと諦めていたフルートを、またこうして構えられるなんて……」女性の目から溢れ出る感謝の涙を、蓮は自分ごとたたえるようにやさしく頷いて受け止めた。かつて神崎家の権力と暴力の中で人を傷つけることしか知らなかった彼の手が、いまや多くの演奏者の痛みを和らげ、再び音楽へと導く「救いの手」となっている。その光景を見つめるだけで、私の胸の奥はあたたかな愛しさでいっぱいになった。「それでは……皆で音を合わせてみましょうか」私の提案に全員が頷き、それぞれの楽器を構えた。私は祖母の遺品である『黒のス
Last Updated: 2026-10-29
Chapter: 第148話
秋の気配が深まり、街路樹の葉が鮮やかな黄金色へと染まり始める十月の終わり。真澄くんの復帰を機に提案した「傷を負った演奏者たちのためのコンサート」という小さな夢は、蓮の職人としての情熱と、工房の仲間たちの全面的な協力によって、ゆっくりと、けれど着実に現実の形を取り始めていた。「音羽、今度のコンサートの会場候補なんだけど……ここはどうかな?」リビングのテーブルの上に蓮が広げたのは、木調のぬくもりが溢れる小さなホールのパンフレットだった。車椅子や足腰の不自由な演奏者でも利用しやすいバリアフリー設計で、音響も優しく響く設計になっているという。「まあ……! 木の温もりが感じられて、すごく素敵なホールね。ここなら演奏する人たちも、聴きに来る人たちも落ち着いて楽しめそう」「うん。豪華さや格式はいらないんだ。怪我や病気で一度は音楽を諦めかけた人たちが、ありのままの自分で舞台に立ち、音を楽しめる場所にしたいと思ってね」パンフレットを見つめる蓮の表情には、かつての冷酷さや焦燥感は微塵もなかった。神崎家の過酷な洗脳と権力構造の中で人を傷つけていた男が、今や自らの罪を受け入れ、一人の職人、そして一人の夫として、誰かの夢を支える存在へと生まれ変わっている。「蓮……最初の出演者は、真澄くんに声をかけてみるの?」私の問いかけに、蓮はうれしそうに目を細めて深く頷いた。「ああ。昨日工房にやってきてね、アタッチメントに慣れるために毎日夢中でチェロを練習していると報告してくれたんだ。『神崎さんの作ってくれた器具のおかげで、音楽がもう一度僕の人生になりました』って、目を輝かせながら言っていたよ」「真澄くん……! 本当に良かったわね、蓮」「それだけじゃないんだ、音羽。真澄くんの噂を聞いて、事故で右腕の可動域が狭くなったフルート奏者の方や、関節症でヴァイオリンの保持が難しくなった年配の奏者からも、相談の連絡が入っているんだ」蓮は少し誇らしげに、けれどどこか身の引き締まる思いを込めて語った。彼がかつて私の右肩の傷を塞ぐために徹夜で削り出したあの特注の肩当てと譜面台。神崎家から奪われ、ケビンが激しい執着の中で命がけで奪い返してくれた、祖母の『黒のストラディバリウス』。あの波瀾に満ちた過去のすべての点と点が繋がり、いまや「傷ついた演奏者を救う」という大きな希望の輪となって広がり始
Last Updated: 2026-10-29
Chapter: 第147話
数日間にわたる試行錯誤の末、蓮はついにチェリストの青年へ贈る特注アタッチメントの試作品を完成させた。その週末の午後、工房の一角にある小さなフィッティングルームで、私たちはその瞬間を見守ることになっていた。私は蓮の妻として、そしてかつて同じように彼の作った器具によって音楽を取り戻した者として、彼の隣にそっと寄り添っていた。青年の名前は真澄(ますみ)という。まだあどけなさが残る二十代前半の彼は、緊張と期待が入り交じった複雑な表情で椅子に座り、蓮が差し出した木製の特殊アタッチメントをじっと見つめていた。「これ……本当に、僕の左手に合うでしょうか」真澄が震える声で尋ねる。その左手薬指と小指は、事故の傷痕によって硬直し、チェロの指板を正常に捉えることができなくなっていた。蓮は穏やかに微笑み、青年を安心させるようにゆっくりと首を横に振った。「完璧だとは言えないかもしれない。けれど、君の残された指の筋肉の動きと、痛みの走る角度をミリ単位で計算し、何度も削り直した特製品だ。まずははめてみようか」蓮の大きな、けれど温かみのある職人の手によって、その特注のアタッチメントが真澄の左手に優しく装着された。ウォールナットと軽量な金属パーツが組み合わされたそれは、まるで彼の身体の一部であるかのように自然にフィットしていく。「……あ」真澄が小さく息を呑んだ。アタッチメントの絶妙な傾斜が、硬直した指先の力を分散させ、無理な圧迫感を綺麗に逃がしている。「どうだ? 痛むところや、不自然に突っ張る部分は無いかい?」蓮が真摯な眼差しで問いかけると、真澄はゆっくりと左手を動かし、目の前に立てられたチェロのネックへとそっと手を伸ばした。そして——。弦に触れた指先が、かつての感覚を取り戻すように、慎重にポジションを探っていく。真澄は弓を持ち、ゆっくりと弦を擦った。きゅいん、と掠れた音のあと、ホールの一角に、深く美しいチェロの低音が響き渡った。「音が出た……! 僕の左手で、ちゃんとチェロの音が鳴っている……!」真澄の目から、大粒の涙が一気に溢れ出した。彼は両手でチェロを抱きしめるようにしながら、堰を切ったように声を上げて泣きじゃくった。音楽の道を断たれ、暗闇の底で絶望していた青年が、自分の手で再び音を奏でた瞬間だった。部屋の隅で見守っていた私も、こみ上げる涙を抑
Last Updated: 2026-10-28
Chapter: 第146話
夕暮れ時の空が美しい茜色に染まる頃。蓮は工房での長い作業を終え、幾分疲れた、けれどどこか充実した表情で帰宅した。玄関で靴を揃える彼の肩や袖口には、細かな木の粉がうっすらと付着している。彼が日々、どれほど無心で木材と向き合っているかがその姿から伝わってきた。「お帰りなさい、蓮。今日も遅くまでお疲れ様」「ただいま、音羽……。今日も少し夢中になりすぎてしまったよ」蓮は申し訳なさそうに微笑むと、手洗いを済ませてからリビングのソファーへと腰を下ろした。私が差し出した温かいハーブティーを口にし、ほっと深く息を吐き出す。その側顔には、職人特有の真剣な眼差しと葛藤の陰が刻まれていた。「チェリストの青年のための器具づくり……苦戦しているの?」私が尋ねると、蓮はカップを静かにテーブルに置き、自らの大きな手を見つめながら頷いた。「ああ……。彼の左手は、事故の影響で薬指と小指の可動域が極端に狭くなっている。通常のポジションで弦を押さえることができず、少しでも無理な角度で力を入れると、手首から肘にかけて激痛が走ってしまうんだ」蓮は自分の指を動かしながら、青年の手の状態を再現するように示してみせた。「チェロはヴァイオリンよりも弦が太く、押さえるのに強い力を必要とする。だからこそ、単に角度を補正するだけの器具では駄目なんだ。彼の残された筋力を最大限に生かしつつ、指先への負担を分散させる特殊なアタッチメントを作らなければならない」「それは……とても繊細な作業になりそうね」「うん。ミリ単位……いや、コンマ何ミリの狂いが、彼の演奏の可否を分かつことになる。今日だけで三つの試作品を作ってみたけれど、どれも彼の手に馴染むには程遠かったよ」蓮はそう語りながらも、どこか穏やかな眼差しを浮かべていた。かつて神崎家の御司として冷酷に他者を見下し、権力ですべてを従わせようとしていた男が、いまや一人の傷ついた演奏者の痛みに寄り添い、その指先の感覚のために何時間も木材を削り直している。「怖くはないかい、蓮? 自分の作ったものが、誰かの期待に応えられないかもしれないと思うことは……」私が静かに問いかけると、蓮はゆっくりと首を横に振った。「怖いよ、音羽。でも……僕には忘れてはならない原点がある」蓮はリビングの壁際に飾られた、あの『黒のストラディバリウス』に視線を向けた。「神崎の
Last Updated: 2026-10-28
Chapter: 第145話
夕刻。工房から帰宅した蓮の表情には、いつにない深い思索の影が落ちていた。玄関で彼を迎え、手渡された鞄を受け取ると、彼の大きな掌が少しだけ湿り、緊張で固くなっていることに気づく。「お帰りなさい、蓮。今日、工房での新部門の打ち合わせはどうだった?」「……ただいま、音羽」蓮は少し疲れたように微笑むと、私を優しく抱きしめ、その肩に深く顔をうずめた。彼の体温と、ほのかに漂う木屑とオイルの香りが、私をあたたかく包み込む。「今日ね……新しい部門の『最初の依頼人』が決まったんだ」リビングのソファーに並んで腰掛け、淹れたての紅茶を一口含んだ後、蓮は静かに語り始めた。依頼人は、かつて将来を望まれながらも、事故で左手の指に不自由を抱えてしまった若きチェリストの青年だという。一度は音楽の道を諦めかけたものの、音羽の復帰リサイタルの噂を聞きつけ、「自分ももう一度楽器を手にしたい」と工房の門を叩いてくれたのだそうだ。「その青年の手を見たとき……胸が締め付けられるような感覚に襲われたんだ」蓮は自らの両手を見つめ、指を固く折りたたんだ。「僕がかつて過ちを犯し、君の右肩を打ち砕いてしまったあの絶望の記憶が、鮮烈に蘇ってきてね……。神崎家の威光に溺れ、人の未来や夢を無造作に奪っていた頃の僕の影が、一瞬、目の前をかすめたんだ」蓮の声がかすかに震えていた。保護観察を終え、両親からの許しを得て、私と結婚式を挙げた今でも——彼の中に刻まれた「過去の罪の記憶」が消えたわけではない。だからこそ彼は、今も自らの罪と向き合い続けているのだ。「蓮……」私は彼の手をそっと包み込み、指先を愛おしく撫でた。「あなたは逃げずにその青年と向き合ったのね。だからこそ、その顔をしているんでしょう?」「……うん。怖かったよ。自分が誰かの夢を支える道具を作るなんて、おこがましいんじゃないかって。でも……君の右肩を支えているあの肩当てと譜面台を思い出したんだ」蓮は私の目を見つめ返し、瞳に宿る温かな光を深めた。「神崎家から奪われ、ケビンが命がけで取り戻してくれた君の『黒のストラディバリウス』。そして僕が君の傷に寄り添うために、何夜も徹夜して削り出したあの特注器具……。あの器具があったからこそ、君は再びステージで羽ばたくことができた。僕が犯した罪は消せなくても、僕の手には、傷ついた誰かの翼を補修す
Last Updated: 2026-10-27
Chapter: 第144話
結婚式から数週間が過ぎ、八月の眩しい太陽が街を鮮やかに彩る季節を迎えていた。式を無事に終えた私たちは、新婚としての新生活をスタートさせていた。朝の光が差し込むキッチンで、エプロン姿の私が朝食の準備をしていると、後ろから温かな腕がそっと私の腰を包み込んだ。「おはよう、音羽……僕の『妻』」耳元で聞こえる蓮の甘く落ち着いた声。彼の温もりと、左手薬指に嵌められた手作りの指輪の感触が、夢ではない現実を毎朝教えてくれる。「ふふ、おはよう、蓮。まだ『妻』って呼ばれるの、少し照れちゃうわね」私が振り向くと、蓮は愛おしそうに目を細め、私の額に優しく唇を寄せた。「僕は毎日でも呼びたいよ。神崎の暗闇にいた頃には思い描きもしなかった……僕が『夫』になり、君が僕の『妻』として隣にいてくれるこの奇跡に、毎朝感謝しているんだ」二人で食卓を囲み、温かいスープとパンを味わう。そんな何気ない会話や笑顔に溢れた日常こそが、私たちが血を吐くような苦難の果てに手に入れた一番の宝物だった。朝食後、蓮は出勤の準備を終えると、小さな木製の看板を大切そうに鞄へ収めた。「蓮、それって……?」「ああ。今日から工房で、新しいプロジェクトを任されることになったんだ。傷ついた古い楽器の修繕と、障がいや傷を抱えた演奏者のための特注器具を手掛ける専門部門を立ち上げることになってね。その看板なんだよ」蓮の澄んだ瞳には、職人としての強い誇りと志が満ちていた。かつて神崎家の御曹司として権力を振るい、人を傷つけることしか知らなかった男が、今や自らの過去の過ちと真摯に向き合い、傷ついた人々や楽器に寄り添い、再生させる手助けをしようとしている。「蓮……素晴らしいわ! あなたの手は、本当にたくさんの人を救う手になったのね」「君のおかげだよ、音羽。君が僕を見捨てず、あの『黒のストラディバリウス』と共に僕を愛し続けてくれたから、僕は生まれ変わることができた」蓮は私の手を取り、指輪にそっと愛おしそうに触れた。「神崎家から奪われ、ケビンが命がけで取り戻してくれたあのヴァイオリン……そして君の右肩を支えるために僕が作った肩当て。あの体験すべてが、今の僕の職人としての原点なんだ」「ええ……! いってらっしゃい、蓮。応援しているわ」「行ってくるよ、音羽」玄関で蓮を送り出した後、私は静かな防音室へと向かい、祖母の
Last Updated: 2026-10-27
白い恋の結晶~キミへと続く足跡

白い恋の結晶~キミへと続く足跡

中学の時付き合っていた彼が両親の都合で転校してしまい、その後自然消滅してしまう。しかし、高校2年の時にその彼がまた戻ってきた。また彼と楽しい日々を過ごせると思っていたのに…。彼はいつも、遠くへ行ってしまう。足跡だけを残して…。
Read
Chapter: 第132話
柊が、ゆっくりあたしから体を離す。「本当だよ!! あたし達、もう離れることはないよ!! ずっと一緒にいる!! 約束する!!」あたしの声が大きいので、公園にいた子供たちが何人かこちらを振り向いた。だけど、気にしない。「雪羽、今すぐってわけにはいかないけど、俺と、結婚してくれる?」あまりにも嬉しい言葉過ぎて、あたしは瞳に涙を浮かべながら柊を見上げた。返事することもできない。「え……返事は?」涙をこらえることに必死になって顔を強ばせているあたしを見て、柊が不安そうに眉を寄せた。涙をこらえてるせいで、口が開かない。声が出せないの……。嬉しくて嬉しくて、どう、言葉にしたらいいのか、わからなくて。あたしは、返事の代わりにグッと背伸びをして、柊に唇を合わせた。ほんの一瞬触れただけの、短いキス。突然のことに目を丸めた柊だけど、すぐに、柊からあたしに唇を重ねてきた。今度はさっきより、長いキス。子供たちの楽しそうな笑い声を聞きながら、何度も何度もキスをした。目を見合わせクスクス笑い合う。ポタポタと上から雫が落ちてきて、あたし達は手で頭を庇って、それでも笑いあった。幸せな瞬間。この桜の木の下で、永遠の愛を誓った。新しい、あたし達の相棒の誕生だ。こかれからは、この木と共に成長していこうね。結婚して、子供が生まれて、家族が増えていくたびに、この木に報告しようね。「大好きだよ、柊」「俺は、愛してるよ」「え~。ずるい。あたしも愛してるのに」あたしが口を尖らせると、すかさず柊がまたキスをしてくる。こんな、まだまだ子供あたし達ですけど、どうか、暖かく見守ってください。今まで苦しい恋をしてきたぶん、必ず幸せになります!!あたし達は桜の木を見上げて、心に幸せになることを誓った。―END―
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第131話
ジワリと、涙が浮かんでくる。「中学の時、俺が告白したのも桜の木の下で、離れ離れになったのも、桜の木の下だったし」「……うん」「桜の木って、俺らの人生になくてはならない木だろ?」「……うん!!」本当にそうだ。あたし達の成長に、桜の木は必要だった。いつも一緒にいてくれた木だった。「これから、多分この木にお世話になるだろうからさ。だから、この木の下で誓わせて」「……はい」あたしは、溢れる涙を手で拭って、グッと柊を見上げた。柊はあたしの手から箱を取ると、そっと指輪を取り出し、あたしの左指を握った。ゆっくりゆっくり、あたしの左指に、シルバーの指輪がはまっていく。「サイズ、ぴったりでよかった」柊が目尻を垂らす。あたしは、左手を空にかざして指輪を眺めた。空との間にある桜の木が、カサカサと風に揺れてなく。その度に、溶けた雪の雫が頭に落ちてきて、ヒンヤリした。「雪羽」「はい……」「俺、まだまだ未熟で、これから先も雪羽のことを傷つけてしまうことがあるかもしれないけど、それでも、俺とずっと一緒にいてくれる?」「うん!!」「今まで雪羽にしてやれなかったこと、全部してやるつもりだ。喧嘩もすると思うし、俺が一方的にキレてしまうこともあるかもしれない。それでも、ずっと一緒にいてくれるか?」真剣な柊の表情。桜の木が風に揺れるたびに、柊の顔の影がユラユラと揺れた。「ずっと、側にいさせて? あたしこそ未熟だし、言いたいことも言えずに誤解されることもあるかもしれないけど、それでも……」ギュッ……。あたしが最後まで言い終わらないうちに、強く、柊に抱きしめられた。息ができないくらいに、キツく胸に押し当てられる。「好きだ」耳元で、柊の声がこもって聞こえた。「好きだよ、雪羽」あたしは、柊の背中に手を回して、ギュッと抱きつく。「あたしも好きだよ!! この気持ちは、ずっと変わらないよ!!」「本当に?」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第130話
柊はあたしから手を離し、桜の木の下まで行って、木の幹に手をそっと当てていた。「こうやってこの幹に触れると、なんか雪羽と繋がってるような気がしてさ」「……え?」「だって雪羽、俺が引っ越した後も、ずっとあの桜の木の下にいただろ?」「どうして知ってるの?」あたしが目を丸くすると、柊は肩をすくめた。「だからさっきも言っただろ? 繋がってるような気がするって」そう言ってニッコリ笑う。「俺、毎日、ここに来て気に触れてたんだ。こうやって幹に触れて目を閉じると、別なところで桜の木の下にいる雪羽の映像が頭に浮かぶんだよ」柊は目を閉じて、いつもやっているであろうことを、あたしの目の前でしてくれた。「会話はできないけど、ここに来て木に触れたら、雪羽とひとつになれた気がしてさ」目を開けた柊が、あたしを見てまた微笑む。あたしも微笑み返した。ここの桜の木にも雪が積もっていて、太陽の日差しにキラキラと輝いている。「雪羽、こっち来て」柊が、桜の木の下で手招きをした。あたしは口角を引いて、柊の横に行く。柊はあたしと向き合うと、おもむろにズボンのポケットをまさぐり始めた。すぐにポケットから出てきたのは、小さなシルバーの箱。あたしは驚いて、息を飲んで目を丸くする。柊は開けてみろというように、顎で箱を指す。小さなリボンを開ける手が震えた。この中身が何なのか、わかるから。小さな箱を落としてしまわないように、慎重に開ける。中から出てきたのは……。シルバーのシンプルな指輪。「これ……」「俺、今まで雪羽に何もしてやれなかったから」「…………」「ほら、覚えてるか? 夏祭りの時、俺がおもちゃの指輪を取ってやっただろ?」忘れるわけがない。パープルの可愛い指輪だ。「いつか、絶対に本物を雪羽にプレゼントしたくてさ」「……柊」「まぁ、それもまだまだ安物だけど、あのおもちゃよりはいいかと思って」柊が、後頭部をかきながら照れている。「指輪を渡す場所も、ここがいいなって、ずっと計画立てててさ」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第129話
繋ぎたくても、繋げなかった時期があった。だから、自然と手を繋ぐことのできた今がとても幸せで、あたしは繋がれた手を微笑みながら見ていたんだ。「そんなに嬉しい?」あたしを見た柊が、苦笑する。「嬉しいよ!! すごくすごく嬉しい!!」あたしが小さな子供みたいに喜ぶと、柊は満足そうに口角を上げてあたしの手を更にギュッと強く握った「お腹は?」歩きながら、柊が眉を上げて聞いてくる。「う~ん。まだ空かない。柊は?」「俺もまだ空かない」「じゃご飯の前にどっかショッピングでも行く?」あたしが聞くと、柊は少し考えてからあたしの手をクイクイっと引いた。「実は、ちょっと連れて行きたいところがあるんだ」あたしは頭にハテナマークを出して首を傾げる。「どこ?」「それは秘密」柊が意味深に微笑み、鼻の頭に人差し指を当てる。益々意味のわからないあたしは、グッと眉間のシワを深くした。柊に手を引かれてやってきたのは、駅から徒歩15分くらいのところにある大きめの公園だった。公園には春休みを存分に楽しむ子供たちが大きな笑い声をあげながら遊具で遊んでいた。公園に周りにはたくさんの木が植えてあり、自然豊かだった。「木がいっぱい。すごいね!!」柊があたしを見下ろして静かに微笑む。柊は公園の中に足を進めて行き、公園の奥の水道の横に立っている大きな木の前で足を止めた。公園の周りに植えてある木より、また一段と大きな木。「何の木がわかる?」柊に聞かれて最初は首を傾けたけど、ずっとその木を見ていたら、あの、あたし達の住んでいた町にあった桜の木がふと頭に浮かんできた。「……桜の、木」呆然として小声で答えると、柊は驚いたように体を逸らし「正解!」と言った。「よくわかったな」「いや、なんとかく。今、頭にあのバス停の近くの桜の木が浮かんだの」あたしが言うと、柊は細かく何度も頷いた。「実は、俺もなんだ」「…………」「ここに引っ越してきて、この木を見つけたとき、一番に浮かんだのはあの桜の木だった」
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第128話
~1年後~「柊!!」あたしは、キャリーバックを引いて、駅前で待ってくれていた柊のもとに走った。あたしも柊も、高校卒業。4月から柊の住んでいる街で、就職が決まっている。柊も大学ではなく、就職を選択したようだ。「雪羽!!」あたしの声に反応した柊が、あたしに大きく手を振る。3月後半。この街も、あたしが住んでいた街と同じくらい寒く、雪もまだ少し残っていた。「あれ? 柊、髪染めたの?」「うん。今日雪羽の会うためにちょっと染めてきた。この色、似合わない?」柊が自分の髪を少しつまみながらあたしに聞いてきた。今まで黒髪だったから、今の淡い茶色の髪がとても大人に見えてドキドキが増した。「似合わないわけないじゃん。柊はどんな色にしても似合うよ!!」「ピンクでも?」「うん」「青でも?」「そんな色にできるならやってみれば?」あたしが眉間にシワを寄せながら言うと、柊は楽しそうに声を上げながら笑った。あたし達は、高2の冬に離れてから、ずっとラインのテレビ電話で顔を見ながら話をしていた。だから柊と離れていると感じたことはないし、寂しさも感じなかった。そりゃ、時々柊の温もりに包まれたい時はあったけど、顔を見て話をしたら、それだけで心が満たされたんだ。だからこうやって1年ぶりに再会しても、ぎこちなさや気まずさは全くなかった。「荷物、俺が持つよ」「ありがとう」柊がサッとあたしのキャリーバックを引いてくれる。「とりあえず、荷物をコインロッカーに預けようか。雪羽、こっち」ここの土地勘が全くないあたしは、柊の指示通りちょこまかと彼の後ろについていく。柊の背中がとても大きい身長、また伸びた?どんどん、柊が大人な男性になっていって、心臓がついていかない。“好き”がどんどん膨らんでいって、そのうち、心臓が破裂してしまうかもしれない。柊があたしの荷物をコインロッカーに預けてくれて、身軽になったあたし達は、何の躊躇いもなく手を繋いだ。
Last Updated: 2026-01-26
Chapter: 第127話
柊との距離が少しずつずれてきて、とうとう、電車はホームを出て行ってしまった。白い雪景色の中に消えていった、大好きな人。雪解けと共に去っていったのは、これで2回目。正直、辛い。今まですれ違いすぎた。お互い気持ちを素直に伝えられなくて、貴重な時間を無駄にしてしまった。気持ちって、言葉にしないと、絶対に伝わらないね。柊と再開して、それがよくわかった。どんなに心で思っていても、小さな行動や言動で相手を誤解させてしまう。こんなはずじゃなかったのにって、後悔しか生まれない。それなのにどうしてもうまく言えないのは、相手のことを本当に大切に思っているからだったりするよね。あたしは、ようやく気持ちを素直に言えるようになったら、もう、彼は、遠くに行ってしまう時だった。だからこそかな。こうやって伝えることが出来て、心がスッキリしているのは……。無駄な時間だと思ったけど、必要な時間だったんだ。柊、バイバイ。1年後。必ず会いに行くからね!!それまで、また離れ離れだけど、絶対に待っててね。好きだよ。大好きだよ!!溶ける雪のい輝きが、あたし達の進むべく道を照らしてくれているようだった。キミへと続く雪の上の足跡を、照らし出してくれている。雪は、あたし達の恋の結晶だ。冬には必ず何かが起こる。その度に大切に保管しておきたい、思い出の結晶。1年後も、10年後も20年後も、どうか、あたし達の足跡を照らし出し、幸せに導いてください。白い恋の結晶~キミへと続く足跡~
Last Updated: 2026-01-26
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status