LOGIN中学の時付き合っていた彼が両親の都合で転校してしまい、その後自然消滅してしまう。しかし、高校2年の時にその彼がまた戻ってきた。また彼と楽しい日々を過ごせると思っていたのに…。彼はいつも、遠くへ行ってしまう。足跡だけを残して…。
View Moreふわふわ。
空から降りてくるのは、天使の羽のように柔らかい雪。
吐く息の白さと、降り積もる雪が重なり白銀の世界。
隣には、ちょっと大人な表情で微笑むあの人がいて、寒さに負けないように身を寄せる。
思い出のあの木の下で、今日も空を見上げる……。
◻️◻️◻️
ふわふわ、ふわり。
通学途中にある、大きな桜の木の下。
膝上のグレーの制服が、春の花々の甘い香りを運んできた風に揺れる。
桜の花びらが、まるでシャワーのようにあたしの頭上に舞い落ちてくる。
ピンク色の木を見上げ目を閉じると、桜の枝が風に揺れる度に差し込む朝日が、瞼の向こうで輝いた。
「おい!! そんなとこにボーっと突っ立ってると、遅刻するぞ!!」
突然、馴染みのある声が聞こえ、耳がピクリと反応する。
振り返るとそこには、制服を着崩したハルが立っていた。
叶 ハル。高校1年の時に同じクラスになって、仲良くなった、唯一の男友達。
新学期だって言うのに、グレーのジャケットはただ羽織っただけ。
シャツはズボンのウエストから少し出していて、全くしまりのない格好だ。
「新学期早々遅刻とかやめろよー」
スクールバックをリュックのように背負い、両手をポケットに突っ込んで笑うハル。
「ちょっと見てただけじゃん」
あたしは小さく息を吐いて、ハルのもとに歩く。
肩に提げるスクールバックの持ち手を掴んで、あたしはまたため息をついた。
2度目のため息に、あたしよりも少し身長の高いハルが隣から覗き込んでくる。
彼のサラサラの茶髪が、春の温かな風に揺れている。
「またため息ですか? 篠原 雪羽《しのはら ゆきは》さん」
ハルの嫌な言い方にムっと眉を寄せて顔を上げると、ハルもあたしと同じようにため息をついた。
「去年の冬くらいからため息多くない? 初詣行った時とかめっちゃついてたじゃん」
「だって……」
あたしは口をつぐんで、また俯く。
だって……。
冬になると、どしても思い出してしまうんだもん。
そろそろ忘れなきゃいけないのかもしれないけど、何もはっきりしないままだから、忘れられそうにない……。
ハルは、俯き続けるあたしの隣で、ふと桜の木を見上げた。
あたしもつられて見上げる。
ふわり、ふわり。
風に吹かれて、ピンク色の花びらが舞い落ちる。
木の枝の隙間から朝日がキラキラと差し込み、手を顔の前にかざした。
長い長い冬を乗り越え、ようやく満開を迎えた桜の木。
住宅街から学校までは一車線の狭い道が続いていて、両端には田んぼしかない田舎道。
木造の屋根のついた小さな小屋のようなバス停の隣に、この木は立っている。
道路の方には伸びきれない根っこは田んぼの方に伸びていて、少し傾いている。
その田んぼの主人が町役場にこの木の伐採を頼んでいるようで、何回か職員の人が木を見にきていたことがある。
だけど、絶対に切らせないんだから。
あたしの思い出の木だ。
あたしと……柊(シュウ)の……。
「うおっ!! やっべ!! マジで遅刻だ篠原!!」
「え?」
ズボンのポケットからスマホを出して時間を見たハルが、ひとりで慌てて走り出し、あたしを置いて行く。
ドックン。心臓を掴まれた。彼に笑顔の花が咲いた瞬間、寒いはずなのに、体中が熱を持ち出す。『篠原さん! 好きです!!』『……ッ!?』古賀くんがグッと一歩前に出て、力んだ声を出した。ド、ド、ド、ド、ド、ドと加速する鼓動が、あたしの全身を震わせる。 『よかったら、俺と付き合ってくれない?』不安そうに眉をハの字に垂らして、少し上目づかいであたしを見てくる。笑顔になったり、不安そうな表情になったり。前から気になる存在だったけど、今この瞬間に恋心に変わった。『うん』どう返事をしたらいいのかわからなくて、あたしは短く小さく答えた。可愛げがないかもしれないけど、極度の緊張で、『うん』と答えるだけで精一杯だった。『マジで? いいの? 付き合ってくれるの?』また顔全体に笑顔を咲かせた古賀くんは、あたしが頷くと大きくガッツポーズをしてあたしの両手を掴んできた。あたしの心臓の動きが速いから、きっと手からその速さが伝わってるはずだ。恥ずかしい……。『ありがとう! ずっとずっと一緒にいよう! 大切にする! 俺達、今からカレカノだ!』あまりにも古賀くんが大声で言うから、あたしは周りの目が気になった。田舎道で人通りが少ないと言っても、今は下校時間だ。何人か、冷やかすような目でこっちを見ながら、あたし達の横を通って行く。恥ずかしすぎて、あたしの顔はきっと真っ赤。『やっと想いが通じた! ずっと好きだったんだ! 廊下ですれ違う度に俺が見てたの、全然気づかなかったでしょ?』『え!? 見てたの!?』あたしは目を丸くして素っ頓狂な声を出す。『可愛いなぁ、話しかけてみようかなぁって。だけど、迷惑がられると思って、出来なかった』
体格や声質、少し開いてしまった心の距離。知らない人のように感じてしまうけど、木を見上げる彼の横顔を見て、こんなに心が反応する。“好き“だと。記憶の中の柊とはちょっと違うけど、心の中にいる柊は、まだあの頃と同じなんだ……。あたしは柊の横顔をずっと見つめていると、ふと、彼の視線があたしに下りてきた。彼の切れ長の目に、風に揺れる前髪が少しかかる。柊は何も言わなかったけれど、彼の頬笑みから言葉が聞こえたような気がした。"ただいま“って……。****『篠原さん……』雪で真白に染まる桜の木の下で、隣のクラスの古賀くんに呼びとめられた。確か、古賀くんだったと思う。話したことはないけど、女子から人気があるから名前と顔だけは知っていた。周りの男子とは違って黒髪を少し整えているし、目元もクリっとしていてどちらかと言うと可愛い系男子。スポーツも何でも出来て、みんなの中心的存在の人だ。あたしもちょっと、彼が気になってたんだ。『なに……?』緊張した。話したこともない男子から声を掛けられて、しかもそれが気になってる古賀くんだから尚更だ。あたしはセーラー服の首元に巻いた赤いマフラーに顔を埋め、少し肩を上げ上目づかいになる。寒さのせいで、ふたりの口から真っ白な息が出る。古賀くんの鼻はてっぺんが真っ赤。頬もほんのり、赤くなっていた。『あ、あの……篠原さん。突然、ごめん』古賀くんは、肩から斜めにかけた学校指定のカバンを小さくジャンプして肩にかけ直し、ポリポリとこめかみをかいた。あたしも、肩に斜めに下げるカバンの持ち手をギュッと握る。雪はもうやんでいるけど、風が吹けば桜の木から溶けた雪の水滴がポタポタ落ちてきた。古賀くんの前髪にも水滴が落ちて、彼は子犬のように顔を振った。『あの……えーと……』さっきからずっと躊躇いながら話す古賀くんを見て、あたしは緊張でどうにかなってしまいそうだった。このシチュエーション。古賀くんとは話したこともないけど、少し期待してしまう。『篠原さん、その、好きな人とかいるの?』ドックン。カバンの持ち手を握る手に力が入った。あたしは、小さく首を横に振る。すると、さっきまで少し強張っていた古賀くんの表情が、パァっと明るくなったんだ。
通学路のこの道は、町のメインの道路だと言うのに、交通量が少ない。ひっきりなしに車でも通れば、バスや大型トラックの騒音で気が紛れるのに。どうしてこんなにも田舎なんだ。聞こえるのは、他の生徒の笑い声と、道路の両側の畑に植えてある作物の葉が風に揺れる音。歩きながら何度も出てしまうため息は、きっと3人に聞こえているはずだ。そのまま無言で歩き続けたあたし達は、あの木の側までやってきた。桜の枝が春の風に揺れ、サァーっと鳴いている。むき出しになった根っこと斜めになった幹で美しい木とはいえないけど、この木を見る度に、何だか心が浄化されてるような気がするんだ。今も、このぎこちない空気に疲れが溜まっていたのに、それがスーッと軽くなったような気がした。桜の花が、あっちにヒラヒラ。こっちにヒラヒラ。風が吹く度に、クルクルと空中で踊っている。木の側に立っているバス停の屋根は、散った桜の花びらでピンク色になっていた。いつも通り桜の木を見上げたかったけど、柊がいる手前気が引ける。俯いて、唇を噛んで我慢した。その時……。俯く視界に、柊の靴が入って来た。横目で靴を確認し、ゆっくりゆっくり隣へ視線を上げていく。ドックン……。一回大きく心臓が高鳴り、ジワリと目頭が熱くなった。柊が、あたしの隣であの木を見上げている。ポケットに両手を突っ込んで、表情を緩ませながら。角ばった顎のライン、グッと見上げて出てきた喉仏。そして、首筋……。中2の頃は、そんなに男らしい体格ではなかったのに……。切なくて、愛おしくて。さっきまで冷たくなっていて心が、急に血液が通いだしたかのようにじんわり温かくなってきた。柊……。やっぱり……好きだ。まだ、大好き……。
今日は始業式だけで、学校は午前中で終了。今朝少し会話しただけで、明らかに柊を避けてるあたしを気遣ったのか、マキが柊に一緒に帰ろうと提案していた。最初は戸惑っていた柊だったけど、すぐに首を縦に振り、あたし達は4人で一緒に帰ることに。体育館であった始業式の最中にも思ったけど、柊の身長は中2の時に比べて10センチは高くなっていた。あの頃は、あたしより少し大きいくらいだったのに、今ではもう、見上げる程だ。靴箱で隣同士で靴を取ると、変な緊張感で靴を履き替える動きが固くなる。靴箱を出て、正門までを歩く。あたしとハルがふたりで前を歩いて、マキと柊は少し遅れて後ろからついてきた。柊の隣は歩けない。歩いてはいけない気がして……。「古賀くん、今はどこに住んでるの?」「あぁ……小さなアパートだよ。場所は、まぁ、前住んでたとこの近く」そう言って、柊がハハハと笑う。正門を出て一車線の田舎道を歩きながら、耳だけを後ろのふたりの会話に集中させる。歩道もガードレールがある為、ふたり並んで歩くのがやっとだ。あたしが左肩に提げるスクールバックの持ち手をギュッと握ると、力の入った二の腕が隣のハルに歩く度にコツンコツンと当たる。すると、ハルがわざと肘で突っついてきた。「おい! こっち側でカバンを持つな! 邪魔だろ」「え? あ、ああ、ごめん」ハルの険しい表情を見て、あたしは慌てて右側の肩にかけ直す。すると、ハルが驚いたように目を丸くして眉間にシワを寄せたので、あたしは少し体を逸らした。「な、なに?」「あ、いや。突っかかってこねぇなと思って」「は?」「いや、ほら。いつもなら文句言ってくるだろ。うるさいだの、自分が持ちかえればいいのにだの」ああ……まぁ、そうか。だけど、今はそういう気分じゃない。自分たちが会話してたんじゃ、後ろの声が聞こえなくなるし……。自分から柊に話しかける勇気はないから、誰かとの会話を盗み聞きするしかないんだ。情けない……。ふ~ん……そっか……。前住んでたところの近くに引っ越してきたんだ。小さな田舎町なのに、最近近所に引っ越して来たなんて、気づかなかったな……。学校からあたし達の家までは、徒歩20分程度。だけど、こうやって話しをしながらゆっくり歩いていると、30分、40分経ったりする。あたしなんて特に、登下校の時にあの木