白い恋の結晶~キミへと続く足跡

白い恋の結晶~キミへと続く足跡

last updateLast Updated : 2026-01-26
By:  ASAMICompleted
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中学の時付き合っていた彼が両親の都合で転校してしまい、その後自然消滅してしまう。しかし、高校2年の時にその彼がまた戻ってきた。また彼と楽しい日々を過ごせると思っていたのに…。彼はいつも、遠くへ行ってしまう。足跡だけを残して…。

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Chapter 1

第1話

氷室彩葉(ひむろ いろは)は力なくベッドに横たわり、冷たい器具が、鈍く痛む下腹部を滑っていく感触に耐えていた。

「赤ちゃんは……大丈夫ですか……?」震える声で尋ねると、医師は憐れむように溜息をついた。

「切迫流産です。残念ながら……お子さんの心音は、もう聞こえません」

その瞬間、彩葉はシーツを強く握りしめた。心臓が氷の手で鷲掴みにされたように、軋む。

「仮に心音が確認できたとしても、出産は推奨できませんでした。火災で大量の有毒煙を吸い込まれている。胎児への影響は計り知れません」

二時間前──氷室グループ傘下の新エネルギー研究室で火災が発生し、彩葉は開発中の最新チップを守るため、躊躇なく炎の中に飛び込んだ。

チップは守れたものの、彼女自身は濃い煙に巻かれて意識を失ったのだ。

救急室に運ばれた時、体は擦り傷だらけで、下半身からは血が流れ、目を覆いたくなるほどの惨状だったという。

家庭と仕事に昼夜を問わず奔走し、心身ともに疲れ果てていた彼女は、この時になって初めて、自分のお腹に新しい命が宿っていたこと──妊娠二ヶ月だったことを知った。

「あなたはまだ若い。きっとまた授かりますよ」

医師はそう慰めながら、「今は安静が第一です。ご主人に連絡して、付き添ってもらってください」と告げた。

身を起こすことすら億劫な体で、彩葉は夫である氷室蒼真(ひむろ そうま)に電話をかけるのを躊躇った。

二日前、彼は息子の氷室瞳真(ひむろ とうま)を連れてM国へ出張したばかりだ。

「プロジェクトの商談だ」と彼は言っていた。仕事中の彼が、邪魔をされることを何よりも嫌うことを、彩葉は知っていた。ここ二日間、彼からの連絡は一切ない。それほど忙しいのだろうか。

その時、携帯の短い振動が静寂を破った。

画面に表示されたのは、異母妹である林雫(はやし しずく)の名前。

震える指でメッセージを開いた彩葉は、息を呑んだ。

そこに添付されていたのは、一枚の写真。雫が息子の瞳真を抱きしめ、二人で笑顔のハートマークを作っている。そしてその隣には、眉目秀麗な夫・蒼真が静かに座っていた。

結婚写真すら「くだらない」と撮ろうとしなかった彼が、その写真の中では、薄い唇の端をわずかに上げ、滅多に見せない穏やかな笑みを浮かべていた。

その姿は、まるで幸せな三人家族そのものだった。

【お姉ちゃん、今ね、蒼真さんと瞳真くんとミュージカルを観てるの。「ナイチンゲールの歌」って、お姉ちゃんが一番好きな作品よね?お姉ちゃんの代わりに、私が先に観ちゃった!】

チケットは常に完売で、手に入れることすら困難な人気の演目。

いつか一緒に観に行きたい、と何度も蒼真に伝えたが、いつも冷たく突き放されるだけだった。

「今忙しいんだ。それに瞳真もまだ小さい。また今度だ」

……忙しいんじゃなかった。ただ、自分と行きたくなかっただけなんだ。

元々張り裂けそうだった胸に、鋭い杭を打ち込まれたような激痛が走る。

それでも諦めきれず、病室に戻った彩葉は腹部の痛みに耐えながら、蒼真に電話をかけた。

数回のコールの後、低く、それでいて芯のある冷ややかな声が鼓膜を揺らす。

「……どうした」

「蒼真……ごめんなさい、体調が悪くて、病院にいるの。少しだけ、早く帰ってきてもらえないかな……?」彼女の顔は蒼白で、声には力がなかった。

「こっちはまだ商談中だ。戻るのは二日後になる。家のことは山根に任せろ」蒼真の態度は、どこか冷めていた。

彩葉はスマホとを握りしめる。「……ねえ。もしかして、雫と一緒にいるの?」

その問いに、蒼真の声は露骨な苛立ちを滲ませた。「彩葉、そんな詮索に何の意味がある?もう五年だぞ。雫は妹のようなものだと何度も言ったはずだ。仮に一緒にいたとして、それがどうした。

最近のお前は、仮病まで使って同情を引こうとするようになったのか?」

「パパ、声大きいよ!僕と雫の邪魔しないでよ!」

電話の向こうから、瞳真の高い声が響いた。「もうママなんてほっときなよ!本当にうざいんだから!」

彩葉が何かを言う前に、通話は一方的に切られた。

ほんの少しの時間すら、彩葉のために割いてはくれない。

がらんとした病室で、彼女は布団を固く握りしめ、体の芯から冷えていくのを感じていた。

三日後、彩葉は無理を言って退院した。

研究開発部の仕事が、まだ山のように残っていたからだ。

特に今回の新製品発表会は、蒼真も期待を寄せている。そして自分にとっても、この二年間心血を注いできたプロジェクトを、成功させたかった。

夕方、疲れ切った体を引きずってブリリアージュ潮見の自宅に戻ると、リビングから楽しげな笑い声が聞こえてきた。

息子の瞳真と、雫の声だ。

胸がどきり、と嫌な音を立てる。彩葉はとっさに身を隠し、鉢植えの影からリビングの様子を窺った。

ソファには、氷室父子の間に座る雫の姿があった。テーブルの上には、バースデーケーキ。そして彼女の首には、赤いルビーのネックレスが輝いていた。それは某高級ブランドの世界限定品だ。

先月、ショーウィンドウで見かけて心惹かれたものの、目を見張るような値段に諦めた、あのネックレス。

それが今、雫の胸元を飾っている。

「蒼真さん、素敵なプレゼントをありがとう。すごく嬉しいわ」雫はペンダントに優しく触れ、潤んだ瞳で男の端整で凛々しい顔を見つめる。「でも、こんな高価なもの……これからは無理しないで。気持ちだけで十分嬉しいから」

蒼真は淡然とした表情で言った。「金などどうでもいい。お前が喜んでくれるなら、それが一番だ」

「ねえねえ雫、お目々閉じて!」瞳真がはしゃいだ声で言った。

雫が素直に瞳を閉じると、瞳真は小さな手で、色とりどりのクリスタルが繋がれたブレスレットを彼女の腕に通した。

「もう開けていいよ!」

「わぁ、綺麗!」雫は驚きの表情を見せた。

瞳真はへへっと笑い、頭を掻く。「これね、僕が一つひとつ選んで、糸に通したんだ。雫への誕生日プレゼント!」

「ありがとう、瞳真くん。一生大切にするわ」雫が身をかがめて瞳真の額にキスをしようとした、その時。

瞳真は自ら顔を上げ、ちゅっ、と音を立てて雫の頬にキスをした。

瞳真は父親に似て、どこか冷めた子供だった。実の母親である彩葉にさえ、ほとんど懐こうとしなかったのに。

自分が喉から手が出るほど欲しかったものを、雫はこんなにもたやすく手に入れてしまう。

嫉妬と絶望で、胸の奥がキリキリと痛んだ。

瞳真はキラキラした目で雫を見つめ、真剣な顔で言う。「雫は体が弱いから、これからは僕とパパが守ってあげる。だから安心してね」

「ふふっ……ありがとう。頼りにしてるわね」雫は恥じらうように頬を染め、ちらりと隣の男に視線を送る。

蒼真は切れ長の瞳を細め、自らケーキを一切れ切り、雫の手に渡す。

血の気が、すうっと引いていく。立っていられなくなりそうだった。

全身全霊で愛した夫は、他の女の誕生日を祝い、命がけで産んだ息子は、母親からすべてを奪った女を守ると誓う。

彩葉は、赤く染まった目で静かに笑った。そして踵を返すと、五年もの間自分を縛り付けた結婚という名の牢獄から、毅然と歩み出した。

自宅の外は、冷たい雨が降っていた。

全身ずぶ濡れになりながら、彩葉は道端に立ち、久しぶりにかける番号を呼び出す。電話の向こうから、懐かしい声が聞こえた。

「お嬢!お久しぶり!元気か?」

「えぇ、元気よ」彼女は微笑んだ。その美しい瞳には、かつてないほど冷徹な光が宿っていた。

「離婚することにしたの。だからお願い、離婚協議書を用意してちょうだい。なるべく、早くね」
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第1話
ふわふわ。空から降りてくるのは、天使の羽のように柔らかい雪。吐く息の白さと、降り積もる雪が重なり白銀の世界。隣には、ちょっと大人な表情で微笑むあの人がいて、寒さに負けないように身を寄せる。思い出のあの木の下で、今日も空を見上げる……。◻️◻️◻️ふわふわ、ふわり。通学途中にある、大きな桜の木の下。膝上のグレーの制服が、春の花々の甘い香りを運んできた風に揺れる。桜の花びらが、まるでシャワーのようにあたしの頭上に舞い落ちてくる。ピンク色の木を見上げ目を閉じると、桜の枝が風に揺れる度に差し込む朝日が、瞼の向こうで輝いた。「おい!! そんなとこにボーっと突っ立ってると、遅刻するぞ!!」突然、馴染みのある声が聞こえ、耳がピクリと反応する。振り返るとそこには、制服を着崩したハルが立っていた。叶 ハル。高校1年の時に同じクラスになって、仲良くなった、唯一の男友達。新学期だって言うのに、グレーのジャケットはただ羽織っただけ。シャツはズボンのウエストから少し出していて、全くしまりのない格好だ。「新学期早々遅刻とかやめろよー」スクールバックをリュックのように背負い、両手をポケットに突っ込んで笑うハル。「ちょっと見てただけじゃん」あたしは小さく息を吐いて、ハルのもとに歩く。肩に提げるスクールバックの持ち手を掴んで、あたしはまたため息をついた。2度目のため息に、あたしよりも少し身長の高いハルが隣から覗き込んでくる。彼のサラサラの茶髪が、春の温かな風に揺れている。「またため息ですか? 篠原 雪羽《しのはら ゆきは》さん」ハルの嫌な言い方にムっと眉を寄せて顔を上げると、ハルもあたしと同じようにため息をついた。「去年の冬くらいからため息多くない? 初詣行った時とかめっちゃついてたじゃん」「だって……」あたしは口をつぐんで、また俯く。だって……。冬になると、どしても思い出してしまうんだもん。そろそろ忘れなきゃいけないのかもしれないけど、何もはっきりしないままだから、忘れられそうにない……。ハルは、俯き続けるあたしの隣で、ふと桜の木を見上げた。あたしもつられて見上げる。ふわり、ふわり。風に吹かれて、ピンク色の花びらが舞い落ちる。木の枝の隙間から朝日がキラキラと差し込み、手を顔の前にかざした。長い長い冬を乗り越え、ようやく満開
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第2話
「ちょっと!! 置いてかないでよ!!」「知るか!! 走れ、篠原!!」「ちょっとハル~!! 待て~!!」ハルの背中を追って走る。あたしの黒のセミロングの髪が、走る風に後ろに靡く。ハルは走りながら何度も振り返り、笑いながらあたしの位置を確認する。あたしは必死で走ってるのに、ハルは手招きをしながら身軽に走っていた。柊と離れ離れになって2度目の春。高校2年。新しい1年のスタートだ。「あ!! もう~、遅いよふたりとも!! もうクラス発表出てるよ!!」ハルと急いで2年生の校舎前に張り出されている掲示板の前に走ると、先についていた親友のマキが大きく手招きをした。「悪い。全部篠原のせい」ハルがあたしを親指で指して顔を歪める。「あんた達、別々に登校したら? 一緒にいるとすぐ遅刻するんだから」去年も3人同じクラスだったので、あたしとハルが一緒に登校したら殆ど遅刻することをマキは知っている。あの木の下で柊のことを考えていると、あっという間に時間が過ぎてしまうんだ。どんなにあの木を見上げても、柊が現れるわけないのに……。それなのに、何度もあの頃に戻りたいと願ってしまう。そして何故か、ハルはそんなあたしを黙って見ているんだ。ハルには、柊のことは話してあるから、そっとしてくれているのかもしれない。内心は『またか、コイツ』と呆れているかもしれないけれど、何も言わずに一緒にあの木を見上げてくれる。彼は、本当に優しい人だと思う。「そんなことよりさ、もう見た? クラス発表」あたしがマキに言うと、マキはううんと首を横に振った。マキのショートカットのサラサラの黒髪が左右に揺れる。「こういうのは一緒に見なきゃ。ひとりで見たって、何も反応できないじゃん」マキが眉を垂らして笑う。あたし達が到着した時間が少し遅かったので、掲示板の前は空いていた。おかげで、身長の低いあたしは背伸びをせずに掲示板を見ることができた。1組から順に見て行ったけど、3人の名前はない。人差し指でずっと名前を辿りながら見ていくと……。「あ……」3人の指がピタリと止まり、そして声まで重なった。沖田 マキ。叶 ハル。篠原 雪羽。5組に、3人の名前を発見した。一瞬時が止まったかのようにみんなで目を丸くして顔を見合い、そして、「わぁぁぁぁ!!」と叫んで飛び跳ねる。あたしは
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第3話
マキとの握手が終わると、ハルが早くしろと言わんばかりに自分の手を顎で指す。強く、ハルの手を握る。「ハルがきちんと卒業出来ますように。あ、その前にきちんと進級できますように」「おい……。まるで神社の鈴を鳴らすように俺の手を振るな」おまけにあたしが顔の前で手を合わせて一礼すると、あたしの隣にいたマキがお腹を抱えて爆笑した。ふと……。また掲示板が気になって見上げる。不思議なことに、さっきまでは確かに生徒の名前がたくさん書いてあった掲示板なのに、今見上げた時には、ただの白紙に見えたんだ。そんなことあり得ないのに、あたしには、あるひとりの名前だけが浮かび上がって見えていた。2年5組 古賀 柊。はっきりと、彼の、柊の名前が……。ふたりが気づいたかどうかは、わからない。マキは中学から一緒だから、あたしが柊と付き合っていたことは知ってるし、ハルだって……。ふたりが何も言ってこないってことは、柊の名前に気づいていないんだ……。でも、本当に柊?それとも、ただの同姓同名?2階の教室に向かうまで、あたしの心臓は尋常じゃない速さで鼓動を打った。緊張と不安がない交ぜになり、心臓が鼓動を打つ度に痛みが走る。手の平には冷や汗を握り、新学期へ向けてワクワクと足取りの軽いふたりについて行くのに必死だった。「どうしたの?」2年5組のドアの前でピタリと立ち止まったあたしを、マキが不思議そうに覗き込んでくる。「あ、ううん。ちょっと、緊張して」首を横に振って曖昧に答えると、ハルとマキが同時に吹きだした。「入学式じゃないのに何緊張してんだよ」ハルは眉を垂らして笑うと、「おっはよ~」と勢いよく教室の前のドアを開けて入っていった。中から何人か「おはよ~!!」と返している。同じクラスになったことを喜び合うハルと数人の男子の声が、ワッと教室中に広がった。続いてマキも入って行ったので、あたしは意を決してつばを飲み込みマキの後ろについて行った。ゴン……。2,3歩足を進めたところで、あたしはマキの背中にぶつかってしまった。マキの後頭部で鼻を打ち、手でさすって痛さを和らげる。「ちょ……マキ、いきなり立ち止まらな……」「ユキ……」あたしの言葉を遮って、マキがある一点を見つめながら目を丸くしてあたしの肩を叩く。ようやく絞り出したマキの声は、少し震えていた。「ユ
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第4話
ドクン……。まだその先は見ていないのに、心臓が勝手に反応する。大きく動く鼓動が、あたしの全身を震わせた。瞳が小刻みに揺れて、視界がぶれる。マキが指差したその先には、廊下側から2列目の一番後ろに腰かける、柊の姿があった。見間違いなんかじゃなかった。同姓同名でもなかった。柊だ……。大好きで、中学からずっと想い続けてきた、古賀 柊だ……。約2年ぶりに見る彼の顔立ちは、少し大人になっているようだった。中2の時はまだ丸く童顔だったのに、顎のラインがスッと通り輪郭がはっきりしているし、体格だってガッチリしていた。黒い髪は、ワックスで程良く整えていて、すっかり子供っぽさはなくなっている。また、この町に戻って来たんだ。「……柊」思わず、声が漏れてしまった。胸の中でこっそり名前を呼ぼうと思っていたのに……。あたしのつぶやきが柊に聞こえたのか、ふと、柊が視線をあげ、こちらを向いた。真っ直ぐ、目が合う。あたしを見つけ小さく微笑んだ彼の切れ長の目が、優しく下に垂れた。あの頃の面影は少し残ってはいるけれど、2年とういう歳月のせいか、まるで別人のように見える。あたしは、彼にうまく微笑み返すことができなかった。少し口角を上げて、目を泳がせながらすぐに俯く。そんな消極的なあたしを見兼ねたマキが、あたしの背中をトンと押した。勝手に足が2,3歩進み、机1個分の距離を開けたまま足にブレーキがかかる。「久し、ぶり」まだ、柊の顔を見れない。俯く視界に入るのは、柊の机の上に乗っているスクールバックと、その上に置いている彼の手。彼の手の甲に浮かび上がる血管が、男らしさを感じさせる。「久しぶり」とても低い声だった。やっぱり、知らない人みたい……。「元気、だった?」「うん。そっちは?」「うん。あたしも、元気だったよ」何ともぎこちない会話。なかなか言葉が続かなくて、たった2,3個言葉を交わしただけで終了。これ以上どうしたらいいのかわからなくて、柊の目をチラリと見て小さく笑い、出席番号順に並んだ自分の席を探す。席は、柊の左斜め前の席だった。どうしよう……。何を話したらいいんだろう。もっと喜ぶべきだ。いや、嬉しい。物凄く嬉しいよ。だって、2年間想い続けた人がまたこの町に戻ってきて、しかも同じクラスなんだから。2年で同じクラスってことは
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第5話
怖いんだ……。理由は、わかってる……。あたし達は、自然消滅してたから。付き合ったのは、1年弱。中2の終わり、両親の都合で転校しなくてはいけなくなった柊と泣く泣く離れ離れになり、いつしか連絡も途絶えてしまった。直接、別れようって言われたわけじゃない。ただ、もうあの頃から2年も経っている。その間連絡も来なかったし、これは、もう終わってるってことだ。わかっているのに、まだ少し希望を持っている自分がいる。まだ終わってない。お互いの生活があって連絡は途絶えてしまったけど、まだ、あたしは柊と付き合っている。バカみたいに、そう思ってるんだ。確かめれば済むことなのに、怖くてそれが出来ない。矛盾……してる?「本当に帰って来たんだね~。さっき掲示板見たのに、ちっとも気がつかなかった。自分達の名前を見つけるのに必死だったから!」柊の右斜め前の席だったマキが、体を横に向けて柊に話しかけている。「ね~、ユキ。ユキは気づいてた? 古賀くんの名前」マキが少し身を乗り出してあたしに話しを振ってきたので、あたしは横目でマキを見てぎこちなく笑った。「う、ううん。全然」小さく首を振り、落ちつきなく、机の上に乗せたスクールバックの上で手を弄ぶ。「そうだよね。気づいてたら、真っ先に反応するよね」マキの言葉に、変な汗が流れる。気づかないわけがない。大好きな人の名前だ。彼の名前だけが、浮かび上がって見えるほどなのに……。「ねぇ、古賀くん」「うん?」「また引っ越してきたってことは、3年まで一緒にいられるってことだよね?」ドクン……っ!!マキの質問に、心臓が何かに掴まれたように苦しくなった。スクールバックに視線を落したまま、グッと眉間に力が入る。ふたりのほうに体は向けられないけど、しっかり耳だけは反応するんだ。「ああ……まぁ……」とても話しにくそうに答えた柊。やっぱり、変わったんだ。変わってしまった。だって、2年だもん。前は、こんなに会話がぎこちなく感じることなんてなかったのに。あたしと、マキと、柊と……。中2の、たった1年同じクラスになっただけだったのに、あの頃はまるで幼なじみのように仲のいい3人だった。あたしと柊が付き合い始めても、学校にいる時はマキも一緒だった。たまに隠れてふたりっきりになったこともあったけれど……。もう……
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第6話
「あれ? ユキ、どこ行くの?」このぎこちない空気に耐えきれなくて、あたしは席を立った。「ちょっと、トイレに」廊下を指差して、軽く笑って身を縮めながら柊の横を通り、教室の後ろのドアから廊下に出る。ガラガラガラ、ピシャ……。廊下に出て後ろ向きでドアを閉め、1回ため息。重い体を引きずりながら廊下を歩いた。ガラガラガラガラっ!!「篠原っ!!」激しくドアの開く音がしたと思ったら、すぐにハルに名前を呼ばれて振り返った。ハルは軽快に走ってくると、あたしの隣にピタリとつく。「なに? どうしたの?」廊下を歩きながら、突然追いかけてきた理由を聞く。マキにはトイレと言ったけど、別に行きたいわけじゃない。目的もなく、新学期で浮かれている生徒の間をだた歩いてるだけ。「いや、まぁ……」ハルが、ポリポリとこめかみを人差し指でかく。「もしかして、アイツなの?」今度は、こめかみをかいた手の親指で、後ろの教室を指す。「……あぁ、うん。柊のことね」「そっか。アイツか。なかなかのイケメンじゃん」あたしは少し微笑んで、小さく頷いた。そう……。イケメンだ。イケメンになりすぎ……。「まだ、好きなんだろ?」「……え?」戸惑った。無意識のうちに、歩みを止めてしまうくらいに……。まだ好き?……うん。好き。そんなの、当たり前……。でも、何だろう……。さっき感じた心の距離感があまりもショックすぎて、一瞬にして自分の気持ちが分からなくなってしまった。あたしが黙り込んでクルリと踵を返すと、後ろから小さく息を吐く音が聞こえてきた。「トイレに行くんじゃなかったのかよー!!」後ろから叫ぶハルに答える余裕なんてない。マキとハルと同じクラスになれて、楽しい1年がスタートすると思っていたのに、とんでもない1年がスタートしてしまった……。
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第7話
今日は始業式だけで、学校は午前中で終了。今朝少し会話しただけで、明らかに柊を避けてるあたしを気遣ったのか、マキが柊に一緒に帰ろうと提案していた。最初は戸惑っていた柊だったけど、すぐに首を縦に振り、あたし達は4人で一緒に帰ることに。体育館であった始業式の最中にも思ったけど、柊の身長は中2の時に比べて10センチは高くなっていた。あの頃は、あたしより少し大きいくらいだったのに、今ではもう、見上げる程だ。靴箱で隣同士で靴を取ると、変な緊張感で靴を履き替える動きが固くなる。靴箱を出て、正門までを歩く。あたしとハルがふたりで前を歩いて、マキと柊は少し遅れて後ろからついてきた。柊の隣は歩けない。歩いてはいけない気がして……。「古賀くん、今はどこに住んでるの?」「あぁ……小さなアパートだよ。場所は、まぁ、前住んでたとこの近く」そう言って、柊がハハハと笑う。正門を出て一車線の田舎道を歩きながら、耳だけを後ろのふたりの会話に集中させる。歩道もガードレールがある為、ふたり並んで歩くのがやっとだ。あたしが左肩に提げるスクールバックの持ち手をギュッと握ると、力の入った二の腕が隣のハルに歩く度にコツンコツンと当たる。すると、ハルがわざと肘で突っついてきた。「おい! こっち側でカバンを持つな! 邪魔だろ」「え? あ、ああ、ごめん」ハルの険しい表情を見て、あたしは慌てて右側の肩にかけ直す。すると、ハルが驚いたように目を丸くして眉間にシワを寄せたので、あたしは少し体を逸らした。「な、なに?」「あ、いや。突っかかってこねぇなと思って」「は?」「いや、ほら。いつもなら文句言ってくるだろ。うるさいだの、自分が持ちかえればいいのにだの」ああ……まぁ、そうか。だけど、今はそういう気分じゃない。自分たちが会話してたんじゃ、後ろの声が聞こえなくなるし……。自分から柊に話しかける勇気はないから、誰かとの会話を盗み聞きするしかないんだ。情けない……。ふ~ん……そっか……。前住んでたところの近くに引っ越してきたんだ。小さな田舎町なのに、最近近所に引っ越して来たなんて、気づかなかったな……。学校からあたし達の家までは、徒歩20分程度。だけど、こうやって話しをしながらゆっくり歩いていると、30分、40分経ったりする。あたしなんて特に、登下校の時にあの木
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第8話
通学路のこの道は、町のメインの道路だと言うのに、交通量が少ない。ひっきりなしに車でも通れば、バスや大型トラックの騒音で気が紛れるのに。どうしてこんなにも田舎なんだ。聞こえるのは、他の生徒の笑い声と、道路の両側の畑に植えてある作物の葉が風に揺れる音。歩きながら何度も出てしまうため息は、きっと3人に聞こえているはずだ。そのまま無言で歩き続けたあたし達は、あの木の側までやってきた。桜の枝が春の風に揺れ、サァーっと鳴いている。むき出しになった根っこと斜めになった幹で美しい木とはいえないけど、この木を見る度に、何だか心が浄化されてるような気がするんだ。今も、このぎこちない空気に疲れが溜まっていたのに、それがスーッと軽くなったような気がした。桜の花が、あっちにヒラヒラ。こっちにヒラヒラ。風が吹く度に、クルクルと空中で踊っている。木の側に立っているバス停の屋根は、散った桜の花びらでピンク色になっていた。いつも通り桜の木を見上げたかったけど、柊がいる手前気が引ける。俯いて、唇を噛んで我慢した。その時……。俯く視界に、柊の靴が入って来た。横目で靴を確認し、ゆっくりゆっくり隣へ視線を上げていく。ドックン……。一回大きく心臓が高鳴り、ジワリと目頭が熱くなった。柊が、あたしの隣であの木を見上げている。ポケットに両手を突っ込んで、表情を緩ませながら。角ばった顎のライン、グッと見上げて出てきた喉仏。そして、首筋……。中2の頃は、そんなに男らしい体格ではなかったのに……。切なくて、愛おしくて。さっきまで冷たくなっていて心が、急に血液が通いだしたかのようにじんわり温かくなってきた。柊……。やっぱり……好きだ。まだ、大好き……。
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第9話
体格や声質、少し開いてしまった心の距離。知らない人のように感じてしまうけど、木を見上げる彼の横顔を見て、こんなに心が反応する。“好き“だと。記憶の中の柊とはちょっと違うけど、心の中にいる柊は、まだあの頃と同じなんだ……。あたしは柊の横顔をずっと見つめていると、ふと、彼の視線があたしに下りてきた。彼の切れ長の目に、風に揺れる前髪が少しかかる。柊は何も言わなかったけれど、彼の頬笑みから言葉が聞こえたような気がした。"ただいま“って……。****『篠原さん……』雪で真白に染まる桜の木の下で、隣のクラスの古賀くんに呼びとめられた。確か、古賀くんだったと思う。話したことはないけど、女子から人気があるから名前と顔だけは知っていた。周りの男子とは違って黒髪を少し整えているし、目元もクリっとしていてどちらかと言うと可愛い系男子。スポーツも何でも出来て、みんなの中心的存在の人だ。あたしもちょっと、彼が気になってたんだ。『なに……?』緊張した。話したこともない男子から声を掛けられて、しかもそれが気になってる古賀くんだから尚更だ。あたしはセーラー服の首元に巻いた赤いマフラーに顔を埋め、少し肩を上げ上目づかいになる。寒さのせいで、ふたりの口から真っ白な息が出る。古賀くんの鼻はてっぺんが真っ赤。頬もほんのり、赤くなっていた。『あ、あの……篠原さん。突然、ごめん』古賀くんは、肩から斜めにかけた学校指定のカバンを小さくジャンプして肩にかけ直し、ポリポリとこめかみをかいた。あたしも、肩に斜めに下げるカバンの持ち手をギュッと握る。雪はもうやんでいるけど、風が吹けば桜の木から溶けた雪の水滴がポタポタ落ちてきた。古賀くんの前髪にも水滴が落ちて、彼は子犬のように顔を振った。『あの……えーと……』さっきからずっと躊躇いながら話す古賀くんを見て、あたしは緊張でどうにかなってしまいそうだった。このシチュエーション。古賀くんとは話したこともないけど、少し期待してしまう。『篠原さん、その、好きな人とかいるの?』ドックン。カバンの持ち手を握る手に力が入った。あたしは、小さく首を横に振る。すると、さっきまで少し強張っていた古賀くんの表情が、パァっと明るくなったんだ。
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第10話
ドックン。心臓を掴まれた。彼に笑顔の花が咲いた瞬間、寒いはずなのに、体中が熱を持ち出す。『篠原さん! 好きです!!』『……ッ!?』古賀くんがグッと一歩前に出て、力んだ声を出した。ド、ド、ド、ド、ド、ドと加速する鼓動が、あたしの全身を震わせる。  『よかったら、俺と付き合ってくれない?』不安そうに眉をハの字に垂らして、少し上目づかいであたしを見てくる。笑顔になったり、不安そうな表情になったり。前から気になる存在だったけど、今この瞬間に恋心に変わった。『うん』どう返事をしたらいいのかわからなくて、あたしは短く小さく答えた。可愛げがないかもしれないけど、極度の緊張で、『うん』と答えるだけで精一杯だった。『マジで? いいの? 付き合ってくれるの?』また顔全体に笑顔を咲かせた古賀くんは、あたしが頷くと大きくガッツポーズをしてあたしの両手を掴んできた。あたしの心臓の動きが速いから、きっと手からその速さが伝わってるはずだ。恥ずかしい……。『ありがとう! ずっとずっと一緒にいよう! 大切にする! 俺達、今からカレカノだ!』あまりにも古賀くんが大声で言うから、あたしは周りの目が気になった。田舎道で人通りが少ないと言っても、今は下校時間だ。何人か、冷やかすような目でこっちを見ながら、あたし達の横を通って行く。恥ずかしすぎて、あたしの顔はきっと真っ赤。『やっと想いが通じた! ずっと好きだったんだ! 廊下ですれ違う度に俺が見てたの、全然気づかなかったでしょ?』『え!? 見てたの!?』あたしは目を丸くして素っ頓狂な声を出す。『可愛いなぁ、話しかけてみようかなぁって。だけど、迷惑がられると思って、出来なかった』
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