Chapter: #69 望まれざる再会「雷業鷹眼……!」 「よう、春香」 後悔を銀朱の瞳に湛えた、かつての兄。殺したはずの存在。魂の鎹も砕いたはず。斬り落とした左腕も揃っている。様々な言葉が、春香の脳裏を駆け抜けた。「……知り合い?」 「義兄だ。俺が殺した」 「殺したって、じゃあここにいるわけないじゃん」 「だからおかしいんだ。こんな所に現れる筈がない」 刀を構えつつも、その切っ先が震えている。春香は、己を嗤った。結局兄は兄だ、と。言葉を弄し、もう殺した、終わった、死んで当然だったと言い聞かせても、兄が兄であることを否定しきれないでいる。「鷹眼、貴様は、何故現世に舞い戻った。何を求めている」 「春香、俺は、謝りたいんだ」 透明の刀身には、その言葉に見合わぬ灼雷が走っている。「リズの左腕を奪って、クィオウまで奪った。あれは、俺の意志じゃない。雷業家を守るために、イェルラにやらされていたことなんだ」 「そうか。下らん言葉を紡ぐために生き返ったのなら、また冥土に叩きこんでやろう」 「おいおい、やめてくれよ。本心だ。俺は、お前の隣で戦いたい」 「貴様……ッ!」 わかっている。どうせ妖魔の魂を載せ替えて、適当な言葉を喋らせているだけ。そう現実を直視しても、春香の中では、その言葉を信じたくなる自分が顔を出していた。「よくわかんないけどさ、仲直りに付き合わされるつもりはないよ。くっちゃべってるだけなら、そのお兄さんぶち抜いていい?」 「待ってくれ」 自分でも思っていなかった言葉が口から出てきて、彼はハッとする。「今は、少し話がしたい」 自然と、彼の白刃は下がっていた。「鷹眼、俺は、お前を龍絶で殺した。妖魔が入り込む余地などないはずだ。何が起こって、ここに戻ってきた」 「俺は不死さ」 一歩、また一歩と鷹眼は彼へと近づく。「リズと同等の存在。そもそも、あれが何で不死かもわかっちゃいないだろ?」 「知っているのか、リズの力の由来を」 「第一に、魂の鎹は再生され得る」 ついに、二人はすれ違う。鷹眼に背を向けるということ。春香は、喉の辺りに緊張が貼り付くのを感じた。「だから俺は魂を手に入れた。リズの腕を喰らったことで、俺の鎹は生き返ったんだ」 「ならば、ここで殺しても変わらないのか」 「さて、どうだかな。次に、第二だ」 戦いの手を止める二人に、真弓は不安げな視線を
Last Updated: 2026-10-25
Chapter: #68 森の試練 解き放たれた矢が、狼めいた妖魔の脚を二本、薙ぎ払って森の中に消える。倒れ込んだ所に春香が飛び掛かり、龍絶を纏った剣で首を刎ねた。ゴロン、と転がる腐臭を漂わす生首。体液らしい体液も流れず、ただそこで朽ちるだけの宿命だ。「雷業さん、熊!」 その彼の背後で、熊型妖魔が諸手を振り上げていた。全体重をかけるような大ぶりの攻撃だ。春香にすれば、静止に等しい。一閃を以て両腕を切断し、回し蹴りで体勢を崩す。更には左手に気を集め、放つ。「|空穿《そらうがち》!」 龍の顎を模した雷霆は、熊を飲み込み、消滅させた。樹木も何本か薙ぎ倒し、道のようなものまでできる。「ちょっと、森を壊しすぎ!」 真弓の一声を受けて、彼は言い返そうとする。が、鷹めいた妖魔が数羽、一斉にその鋭い爪を輝かせて迫っていた。反射で刀を振るも、避けられる。速い。鷹たちの眼は、真っ赤に輝いている。(雷系統の龍絶を纏っているか……!) 元より質量の小さな動物だ。単に鳴崩を使っているだけの春香で先手を取れないほどの速さを、鷹の群れは手にしている。何かの作為がそこにあるという確信。爪を弾き、木の裏に隠れる。しかし、痛みを知らぬ突撃は、樹木の幹を一撃で穿ち抜いた。 飛散する木端。肉体が千切れるのも構わない体当たりだった。尋常の生命ならば恐れる、自らの崩壊を厭わない、乱暴な攻撃と言える。ならば、春香もまた、焼き切れる覚悟で応じることにした。 灼雷。熱を持った雷が体を巡ったことで、彼の体は神速の領域に達する。そこから踏み込んで、跳躍。瞬間、鷹に残っていた魂の鎹は破壊され、はらはらと霊魂を喪った肉塊が森の中に墜ちた。 木々を飛び越した彼は、周囲の状況を把握しようと努める。が、森全体から邪気が立ち昇っている。南から、津波にも似て迫っている。上昇から落下に転じるまでの数秒で、それだけは掴めた。 森の中より、鳥型妖魔の群れが急襲を掛ける。空中での再加速と斬撃を繰り返し、地面スレスレへと春香は降りる。脚が地面に触れる直前、また加速。木の枝を一本掴んで、体を回転させ、また空へと体を飛ばした。「雷業さん! 何かいる⁉」 真弓の問いかけにはすぐ答えず、彼は目を閉ざした。落下するほんの僅かな時間。気を網のように巡らせ、何かを感じ取ろうとする。洪水のように襲い来る妖魔の中、人の発する気はないか。龍仕人の持つ、ピリリとした殺
Last Updated: 2026-10-24
Chapter: #67 黒き森で「なんか、意外だった」 廃線路を辿る道のり。夜もとっくに明けたというのに薄暗い針葉樹林で、真弓が隣にいる春香へと呼びかけた。「殺した奴の葬式まで面倒見るなんて。結構甘ちゃん?」 「死体が腐敗すれば、そこから感染症が広がる。火葬しなければ、妖魔に体を乗っ取られる可能性も否定できない。山中であればともかく、村の真ん中に妖魔を生み出すわけにもいかないだろう」 理路整然と、春香は説明を続ける。さわさわと風に枝が揺れる中、冷たい風がマントの裾もまた揺らす。向かうは南。馬で一日かかるかもしれない、という距離の道だ。「死体が妖魔になるのは、魂の鎹が残っている場合が殆どだ」 巌号と栗毛の馬、グルウ号は、異なった歩幅で同じ速度を生み出す。巌号がグルウ号に合わせる形だ。今日もまた、黒くがっしりとした体を持つ彼は大きな欠伸を見せる。「魂と肉体を結びつける鎹。妖魔の魂は、その繋がりを利用して死体を乗っ取る。龍絶であればその鎹を砕けるが……残滓があるかもしれない。だから火葬させた」 「なーんだ、考えてるんだね。狩人ってもっと能無しだと思ってた」 「聞き捨てならんな」 春香は、チラリと真弓の顔を見た。ヘラヘラと笑っている。本心ではないか、と判断して軽い溜息を吐いた。息は白いまま、森の中に消えていく。「雷業さんは立派だね。アタシなら嫌になっちゃう」 ゲエッ、と嘔吐するような仕草を見せた真弓。「あまりそういう顔をするものではないぞ」 「いーの。どうせ誰も見ちゃいないんだから」 春香は呆れに呆れて空を仰いだ。歩き出して既に四時間程度か、と見当をつける。太陽は南中し、多少気温も上がっているが、それでも空気は針のように刺してくる。「そろそろご飯にする?」 「そうだな、馬も休ませなければ」 真弓の手が後ろに伸びて、地図を取り出す。あの伊英から来た夫妻の手で、線路図も書きこまれているものだ。馬を止め、目を閉ざす。 その様を、春香はじっと見つめていた。何をしているのか、と問うこともなく、彼女のやろうとしていることに委ねる。何かできるから何かをしているのだ。「感じ取れた」 そう言うと、真弓は馬の首を左に向けた。トトッ、トトッと駆け出したグルウ号を追って、巌号も速歩に移行する。なだらかな上り坂を進み、少し開けた場所へ。そこには、清らかな水が湧き出す泉が存在していた。「
Last Updated: 2026-10-23
Chapter: #66 風使いのバレト「バレト、と言ったな」 刀を構え、切っ先を一寸たりとも揺らさないで春香が問う。「どこまでが貴様の領分だ」「何が訊きたいの? 私が吹雪を一から生成したかどうか? それとも吹雪を黒く変えたこと?」「全て聞かせろ」 ハンッ、と蒼髪のバレトは笑い飛ばす。六尺より長い槍は、腰だめに構えられたままだ。「今際の際で教えてあげるよ、雷業春香!」 吹雪を纏った突きが、唸りを伴って春香へと襲い掛かった。分厚いコートに覆われたバレトの体だが、掌だけは露出している。手の内を活かすための方策か、と彼は判断する。槍を掌で滑らせようと思えば、繊細な感覚が必要になる。手袋があればそれも叶わないことを、彼もまた刀を通して理解していた。 故に、踏み込む。間合いを取って戦われれば、打刀を幾ら振るった所で児戯に等しいだろう。雷の龍絶を全身に纏った突撃が、放たれた。ふわり、地面から凍て付く風が起こる。 なにゆえか、その刃はバレトの頭上で空を切る。何があった、と彼が解する前に、バレトが槍の後端三分の一を切り離し、棒術を持って彼の鳩尾を打った。「グッ……!」 呻きを漏らしつつ、着地。呼吸を整える時間は、真弓の矢が作ってくれた。矢と右手首を蔦で繋ぎ、バレトの腕を引いたのだ。その蔦も、すぐに枯れてしまうが。「ごめんねぇ、私は雷業殺しを真面目に考えてきてるからさ。そう簡単には斬れないと思うよ、七光り」「七光り? 久しぶりに聞いた侮辱だ。残念だが、俺は正統後継者としての技術を叩きこまれた。そう容易く殺せると思うなよ」 バレトの槍を、彼は改めて具に観察する。三分割が可能であることが、ほんの僅かな隙間から窺える。左手にある分割された部分と、右手にある残った部分は、特に鎖や綱等で繋がってはいない。三節棍ではなく、飽くまで至近距離での戦闘力を補う分離機構と見るべきか、と判断した。 ならば、単に突っ込んで斬るだけでは対処される。軌道を逸らす術も、種を見破らなければならない。正眼に構え、相手を真っ直ぐ睨む。槍を突き出すほんの一瞬を突いて、確実に戦闘能力を奪い取ることが、最も
Last Updated: 2026-10-22
Chapter: #65 吹雪の主 ガタガタと、猛吹雪に叩かれた窓が鳴る。空どころか一寸先さえ雪に覆い隠され、ガラス窓から外を見上げる春香の心までも押し殺しそうだった。「止まないねえ」 ミルクティーを傾ける真弓が、そんな彼を眺めながら、脚を組んでそう言った。ストーブはパチパチと音を立て、二階建ての家を温めるばかり。「こうも足止めされるのでは、予定が狂ってしまうな」 窓から視線を外し、溜息交じりで春香は言う。「すみませんね、こうも長い吹雪というのは珍しいのですが」 銀髪の夫が、苦い顔で応じる。夕食も終わり、夫婦揃って後片付けをしている所だった。「もう四日になるな。食料や水の備蓄は大丈夫なのか?」 「一応、この時期になると二日閉じ込められることはよくあるので、念のため一週間程度は籠れるようにはしてあるんですよ。四日というのは、三年ぶりですかね」 食器洗いを終えた夫妻は、淹れておいたミルクティーをカップに注ぐ。まだ熱い。湯気が立つ。「雷業様も、どうぞ」 勧められた春香に断る理由などなく、短い感謝と共に席に着いた。「奥様がご無事であればいいのですが」 妻は、下半身をブランケットに覆った状態で言う。「無事ではあるだろう。彼奴は、元よりリズが自分の妻であるかのように語っていたからな」 「それは……どういうことなのですか?」 力なく首を横に振る春香。「わからない。ただ、彼奴にとってリズが特別な存在であることは確かだ。詳しく聞く前に逃げられてしまった」 「その、『彼奴』とは、何者なのですか?」 ティーカップを置いて、夫も会話に参加した。「言えば、君たちを巻き込んでしまう。だから、すまない、訊かないでくれ」 「龍仕人ですか?」 訊かないでくれと言ったろう、と言ってしまいたい春香だが、ぐっと抑える。まずは社交だ。「まあ、そんな所だな。とても強い、犯罪王を相手にしている」 「なるほど、雷業様がそう評されるなら、確かに田舎の衛兵など何の役にも立ちませんな……」 その会話の横、真弓は追加の角砂糖を紅茶に溶かす。「そこで、一つ聞きたいのだが」 ガラス製の砂糖壺を彼女から離しつつも、春香は夫妻に言葉を投げかけた。「吹雪の中を突破する進み方、というのはないか?」 「いえ、ないですね。誰も試みていませんし、試みた者がいたとしても帰ってきていません」 「隔靴掻痒、といった所
Last Updated: 2026-10-21
Chapter: #64 吹雪の前に 巌号の欠伸が、スグフ東門で陽光に輝いた。敬礼を送る騎馬隊を背後に、春香と真弓はそれぞれの馬に跨っているが、頭の高さはまるで違う。大人と子供だ。相棒でもなく兄妹でもなく、親と子にしか見えない。「まずは、国境で出入国の審査を受けなければな」 力強く雪を巻き上げる黒い足は、そんな話をする彼に心地よい振動を齎す。「でも、狩人さんが思いの外すぐに解放してくれてよかったね。最悪、あそこに釘付けだったかもしれないし」 真弓は、春香の隣で栗毛を操る。鞄も鞍に括りつけ、持つのは弓だけ。「半日で捜査を切り上げた、ヅッダの強権のお陰だがな。仮に戻ってきた時、多少俺は嫌われているかもしれない」 ドッ、ドッと黒馬は春香の重い武具や荷物も何のその、安定した足取りで坂を上っていく。よく晴れた空に、白い雲。それでも雪は解けず、黒いマントを羽織った上でも冷気が体に届く。春香は、ハアッと白い息を吐き出した。 馬は速歩。彼の思考は、その速さと地図とを重ね合わせて所要時間を算出する。「この調子なら、日が沈む前に森の入り口の村に着くだろうな」 「夜の森を抜ける?」 「いや、危険すぎる。俺は君が逸れても構わないが、君はそうではないだろう?」 「舐めちゃってさ」 隣で、フフンと真弓は笑う。「アタシの実力は見たでしょ? そこらの龍仕人なら弓だけで殺せるから安心していいよ。むしろ、あんたが厄介なのを呼び込んでくるかもね」 「そうだな、そうとも言える」 純朴を通り過ぎて天然だよ、と言いかけた所、彼女は喉で言葉を止める。おそらく天然は通じない種類の天然だ、と推測したからだ。 一方の春香は、坂を上り切った所で、馬を止めた。ずっと向こう、黒く尖った森が見える。スグフとヘヴノヴールの間、本来なら鉄道で通り抜けるはずの森だ。レヴェダギ政府軍の鎮圧を遅らせるために、叛乱軍が線路を爆破。そこから行われた幾度とない破壊工作から鉄道が復旧するまでの目途は、まるで立っていないと春香は聞いていた。「どうしたの?」 真弓に呼びかけられ、彼は首を横に振る。「進もう。村で一泊してから、一日かけて森を抜けるぞ」 進むに連れ、空に黒雲が現れる。風も勢いを増す。バタバタと、マントの端がはためいて仕方がない。妙だな、と違和感を覚える春香の頭には、二択がある。手頃な場所に隠れ、吹雪をやり過ごすか。それとも、馬を
Last Updated: 2026-10-20
Chapter: #49 デーグ攻防戦、開幕 万の将兵を、一朝一夕に動かすに能わないことは、誰の目にも明らか。列車を使うにも、一度に運べる人数は限られる。そこで、千人ほどの部隊を先行させることとなった。 その中核となった第八特別隊は、列車の用意を待っている最中だ。 サルロは、僅かな休息の中で、食堂を訪れていた。パンとドライソーセージ、サラダにスープを加えて、水。豪華とは言えない。 そんな彼は、椅子の一つに腰掛けた。目の前に、銀色の髪と灰色の瞳を持つ青年が、座っている。「エーエスト・サルト、だったな?」 その青年の名を、サルロは呼んだ。「ええ。赤盾騎士団のエーエスト。あなたと、とある共通点を持つ者です」 儚さを持った、可憐で中性的な顔立ち。諦めたような冷たい声音。この青年が『白銀の貴公子』と呼ばれていることを、サルロは聞いたことがある。「共通点、か……魔剣を持っていることだな」「ご明察。まあ、異端の剣とは違うものですが」 エーエストはコーヒー片手に語る。「それで、どんな魔剣なんだ?」「氷の魔剣、とだけ言っておきましょう」「私が無用に言いふらすとでも思っているのか?」「僕の魔剣は、かつて神々が鍛えたもの。古龍の魔剣とは、格が違うんです。あなたには、あまり明かしたくない」 嫌な奴だな、とサルロは『らしくない』印象を抱いてしまった。「しかし、まあ……」 カップを置いて、貴公子はコーヒーの水面に視線を落とす。「オルメアとて愛するその精神には、一定の評価を与えています。あの目を、僕は愛せそうにない」 そう言い残して、彼は立ち上がる。「実力については、全幅の信頼を寄せているとは、言っておきましょう。今度の戦場で、存分に見せてもらいますよ」 彼は去ってしまう。サルロとしては、もう少し話をしたい所だった。 明くる日。相棒の手入れをしよう、と武器庫に騎士や戦士が集まっていた。そこで近くにいたエーエストへ、サルロは声を掛ける。
Last Updated: 2026-09-18
Chapter: #48 首都に関して「デーグは落ちたか?」 ザルバトレ帝国、帝都ガル。金色の目を持つドレッサス皇帝は、玉座の肘掛けで頬杖をつき、問うた。「ケーブルの繋がらない地点での単独行動であった故、正確な同行は判断しかねますが……」 サングラスをかけ、跪いている、黒い軍服の男は言う。顔も上げずに。だが、冷たい金色の双眸で、ドレッサスは口を開く。「前置きはよい、オソクルド元帥。単刀直入に述べよ」「はっ……通信兵より送られる断片的な情報になりますが、総司令部を占拠したとの報告が複数上がっております。官邸の確保、大統領の拘束も、近く完了するかと」「そうか。早々にハベルを落とし、大統領をここに連れてこい」 ドレッサス皇帝は、徐に立ち上がる。すらりとした四肢が、元帥へと近づく。「オルメアに人は導き得ない。あの目だ……黒い目。体ばかりが大きく、それに足る脳味噌を持っていないのだからな」 皇帝の、喉の奥で鳴る低い笑いに、元帥は何も言えなかった。 オソクルド元帥は、この戦争の意義を考える。帝国の地脈は弱まりりつつあり、土地は痩せ、様々な恵みも満足に得られない。 それを補うために、領土が必要だった。属国のサバトルやナカランから供給させている魔力も、そう遠くない未来に枯れるだろう。 その背景には、魔王の力が強まっていることがある。そこに逆転の発想を齎したのが、蛇王だった。(蛇王は何を求めている?) 皇帝の去った玉座の間から、元帥もまた、出ることにした。(魔法の亡骸を封印するのではなく、エネルギー源として利用する。それはわかる。魔王を制御化に置くことで、大陸を支配する。それもわかる) 黒い軍服に身を包んだ彼は、左腰にサーベル、右腿に拳銃というスタイルだった。(だが……蛇王は魔王の支配する世界が築ければそれでいい、と言う。本当にそれだけか?) 亡骸が持つ無尽蔵とも言える魔力を地脈に流し、エネルギーを補う。理屈としては通っている。だ
Last Updated: 2026-09-17
Chapter: #47 赤暁砲破壊、しかし サルロの両手剣が、赤き雷霆を以て、鎧の騎士を両断した。ごとり、と力を失った上半身が乾いた地面に落ちる。そういう光景が、二十分ほど繰り返されていた。 血糊のべっとりついた剣を振るえば、その赤い汚れが大地に飛散した。ここは戦場。ヘルムの中で、彼はそっと息を吸った。「こちらインサ。たいちょー、機関車潰していい?」 インサの甲高い声が、ヘルムの内側に付けた通信機から聞こえてくる。「頼む」 そう彼が応じた直後、巨大な赤い火球が、空に輝いた。まるでもう一つの太陽。列車の戦闘を往く機関車のボイラーに、それは着弾することとなる。 刹那、弾ける。爆裂魔法の術式が込められていたのだ。轟音と共に炸裂し、ボイラーに大穴が開く。 無論、それが足止めにしかならないことをサルロも知っている。爆発と、それに伴う振動によって、赤暁砲から振り落とされる護衛の兵がいた。そこが、狙い目だ。「こちらサルロ! 赤暁砲に爆弾を設置する!」 十メートルの背丈を持つ列車砲に、彼は駆け寄った。上から撃たれる十ミリ弾は、左手を起点とした防御魔法で受け止める。カンカンカン、と悲鳴にも似た音が連続し、銃弾の数々は弾かれていく。 魔力で強化した肉体を使って、赤暁砲の通路へと跳躍。小銃手へ、瞬時に接近して斬り捨てた。その死体が落ちる前に拾い上げ、向かい側にいる小銃手へ投げつける。更には、「|炎番《ほむらつがえ》!」 と黒い炎の矢を飛ばし、撃ち抜いた。燃え盛る肉体、漂う悪臭。サルロは見ていられなかった。戦場に立ったことを呪ってくれ、と。 ボイラーの爆発で人の減った、この戦略兵器。サルロは、ポーチから三つ、半球状の爆弾を取り出した。砲身に一つ。赤く塗装された球形のユニット──動力部と推測される部分に、二つ。爆弾は、鋭利なクローを展開し、がっちりと接地部分に喰らい付いた。「設置完了! 撤退だ!」 サルロは大声を発しながら赤暁砲より飛び降り、丘へと向かう。追撃はない。彼が馬に跨り、その腹を蹴った時、赤暁砲が爆ぜた。 空に吹き飛ぶ、蒼天石。陽光を反射してキラキラと輝く。それは、
Last Updated: 2026-09-16
Chapter: #46 赤暁砲を目指して 蒸気機関車が、北へと向かう。千名の将兵を載せて、三百キロ離れたハベル要塞へ向かうのだ。「スカの戦いで、敵は巨大な兵器を使用した」 第八特別隊第一中隊に属する、七十五名を載せた車両の中で、キッスがスピーカー越しに話す。背後の壁には、二十メートルの砲身を台車に乗せた、大きすぎる大砲の写真が表示されていた。そして、それらはそれぞれの座席の前にも、転送されている。「決死の偵察によって、この兵器の名前が明らかとなった。『|赤暁砲《せきぎょうほう》』。大量の魔力に指向性を持たせて放つ、対結界兵器だ。そうだな、グッバード」 中隊長に発言を促され、グッバードは口を開く。「ああ。スカを守ってた結界は、一撃で破壊された。同じものが使われりゃあ、ハベルだって一夜で落ちるぜ」 サルロはその言葉を聞きながら、隣で体を小さくするセキの肩を抱き寄せた。「戦場では、私と一緒だ。これ以上、怪我はさせない」 そっと、彼は囁く。「一つ、質問いいっすか」 ガリヤが手を挙げた。「その、赤暁砲。運搬は、やっぱり鉄道なんすか」「ああ、確実にな。だが、射程が長い。スカでは、山の隙間を縫って長距離狙撃を行ったようだ」 厄介だ、と皆認識を共有した。「射程は五キロメートルほどと推測されている。そこで、サルロ小隊に頼みたいことがあるんだ」 キッスが指で指し示すので、サルロ率いる小隊二十五名は一斉に立ち上がった。「赤暁砲の捜索、及び破壊をやってくれ。そのための兵器は、ハベルで渡す」「それはいいのですが……馬も用意していただけると」「勿論だ。ハベルには、魔力で強化された馬が配備されている。心配は無用だ」 サルロの過剰な心配に、彼は剣のような声で応じた。「この兵器には重大な弱点がある、と考えられている。そうだな、グッバード」 また指名された巨漢が立ち上がるとの入れ替わりに、サルロ小隊は腰を下ろした。「あれだけのエネルギー量だ。一発撃てば砲身が持たねえ。オーバ
Last Updated: 2026-09-15
Chapter: #45 スカ陥落 ドドッ、ドドッと地鳴りにも似た音が、黒い空に響き渡る。土煙が巻き起こり、初夏の雨の中に消えていく。それを為すのは、装甲化された魔物に跨った、騎士たちだ。 目指すのはスカの街。城壁の向こうから降り注ぐ迫撃砲も恐れず、彼らは我武者羅な突進を行っていた。 その前に、土嚢で作られた野戦陣地が現れる。ビューグルの音が鳴り響いた時、小銃を構えた共和国歩兵たちは、ほぼ同時に体を出した。 一糸乱れぬ、一斉射。十ミリ口径の弾丸は超音速で飛んでいく……しかし、止められなかった。防御魔法を展開した騎士の突撃を前に、歩兵の陣地は蹴散らされていく。「ダメだ、これじゃ火力が足りない!」 兵士が叫べば、「止めろ、退くな! 共和国の誇りに懸けて、帝国の手先を押し留めろ!」 と指揮官が応じる。それでも、どうしようもない、という現実ばかりが彼らの目前には、厳然と存在していた。肉を裂かれ、骨を断たれ、無残に倒れていく兵士の数々。「ユウマ、おい、ユウマ!」 隣に立っていた友の名を呼ぶ兵士は、突っ込んできた魔物に頭を潰され、物言わぬ骸となった。「おうおうおう!」 そんな戦場に、野太い声が響き渡る。これでもか、と昼空から雨が降る。「赤盾騎士団、ここにあり!」 スカの城壁に、鎧で身を固めた者たちが立っていた。赤い合金で作られた盾を構え、飛び降りる。迫りくる黒冠騎士の前に立ち、防御魔法で突撃を止めた。 だが、その中で、一際目立つ巨体を誇る男が、敵の只中へと飛び込んだ。盾はなく、身の丈ほどある体験を握っている。「行くぞてめえら! 帝国の雑魚どもを切り刻め!」 男はそう叫んで、大きく跳躍した。大剣を地面に叩きつければ、そこから発せられた風の刃が広がって、黒冠騎士を三人ほど、バラバラにした。 ヘルムのバイザーの中から、チカチカと、赤い光が明滅する。大剣を持ち上げ、肩へ。その姿勢のまま敵の集団へと切り込み、一人、また一人と帝国の騎士を切り伏せていく。鎧など、桐の板のように切り裂かれていく。「だが、これじゃ足りねえな……」
Last Updated: 2026-09-14
Chapter: #44 開戦の日 首都デーグの騎士館で二泊し、朝。サルロ一行は朝食の席に着いていた。「全ての糧はあなたのもの。豊穣神アルシフィエラに、感謝を」 司祭が先導した祈りに、騎士たちは「感謝を」 と続けた。そこからは、騒がしい食事が始まった。 サルロはベーコンエッグをナイフとフォークで食べようとした。だが、すぐに手を止める。自分の食事もほっぽり出した騎士や戦士、魔法使いたちが、彼を取り囲んだのだ。「あんたが、例の蒼騎士だろ?」 「例、というのは?」 「異端の集団を追い出したっていう、最強の蒼騎士サルロ・ファージ。教えてくれよ、あんたの強さの秘訣」 彼は、そっと向かいのガリヤに視線を送り、助けを求める。されど、肩を竦められるだけだ。「特別なことは何もしていないさ。長く鍛錬を積んで、慢心しないこと。それだけだ」 「じゃあ見せてくれよ、蒼い炎! 蒼い目をしてるってことは、使えるんだろ?」 ウッ、とサルロは短く呻く。正直に言えば退くだろうか、と考える。むしろ、軽蔑の目を向けられるのではなかろうか。「あたしが見せてあげます!」 隣に座っていたセキが、助け船を出す。その右掌には、小さな蒼炎の塊が生じていた。「へえ! これが魔を祓う聖なる炎か……嬢ちゃんは何者なんだ?」 「サルロ様の従者にして一番弟子、そして婚約者です!」 彼女に向かっていた視線は、一斉にサルロに戻る。「いや、まあ……否定はしない」 「なんだ、蒼騎士様と言ったって煮え切らねえんだなあ!」 騎士たちは、大きな笑いを挙げる。サルロは、確かに恥じらってはいた。だが、それこそが今ここに生きていることの証左と知って、僅かに表情を緩める。「それで、君たちは確か──」 「ああ、|赤盾《あかたて》騎士団の者だ。これから先、あんたと一緒に戦うこともあるだろうが、ま、安心して任せてくれよ」 「おいおい、こいつは頼らんでくださいよ。腰抜けのへっぴり腰なんすよ」 「なっ、おい!」 サルロそっちのけで言い合いを
Last Updated: 2026-09-13