Chapter: #22 密輸された死体、そして動き出す計画「あれが例の船かい?」 南の桟橋を望む、牛鍋屋。その二階に、何十人もの客が詰め掛けていた。「何でも死体がたっぷり載せてあるとか……」 その見分を一目見よう、という彼らの視線は、夜の色をした総髪の、若い狩人に注がれていた。「雷業様、お越しになりましたか」 侍の一人が、リズを伴う春香に向けてそう言った。桟橋の東には、腕木で区切られた検問所がある。そこから飛ぶがやがとした声も、彼らにはあまり聞こえていなかった。「状況は」「まず、あの船」 その侍は、桟橋に付けた一隻の黒い蒸気船を指差す。「四代目|鴉羽《からすば》丸、と船長は名乗っておりましたが、入港許可を出した船の名簿に、その名前がないのです」「つまり、未登録の船……積み荷は」「人間も含め、様々な動物の死体が四十体ほど。細かいことは、まだわかりませんが」「死体、か……リズ、死体を持ち込んだ目的は何だと思う」 リズは暫し悩んでから、「死霊術師」 と言った。「死体や死者の魂を扱う、禁忌の分野です。大陸ではその歴史に関する研究のみが認められ、死霊術そのものの研究・発展は禁じられています」「つまり、|龍仕人《りゅうしひと》か?」 春香の問いかけに、彼女は一つ頷いた。「勿論、|篝人《かがりびと》の方々がその特権を使って研究している、というのも否定できないですけどね。あの人たちは、禁忌であっても触れられますから」「だが、篝人はまず山奥から出ないんだ
最終更新日: 2026-09-09
Chapter: #21 鬼傀兵 序「|鎖閂《ボルトアクション》式の鉄砲を人攫いが、ねえ」 書斎にて、頸創が春香に向けて言った。清然もいる。「最新式の連発銃……さぞ力のある|龍仕人《りゅうしひと》が後ろについているのやもしれんな」 清然は、腕を組んで、考え込みながら口を開いた。「力のある、か。カガリの言っていたフザンとやらか?」 胡坐で顎を撫でる春香の問いかけに、頸創は「否定はできねえ。フザンがどれほどのものかは、俺も掴めちゃいないが」「百術の頸創と雖も、か?」「やめてくれ、こそばゆいんだよ。春香に言われると」 チチチッ、と小鳥が植木に停まる。それから、昼空に向けて飛び立った。「確かに、俺は龍仕人の集団をぶっ潰したさ。でもな、あいつらは独立した組織を無数に作って、あちらこちらで悪さをしてやがる。まるで土竜だぜ。一つ穴を埋めたって、また別の穴を作っちまう」「終わりのない戦いになるな……」 清然の一言で、三人の男は沈痛な空気に包まれた。「雷天に、西の港町|菅谷《すがや》。二つを乗っ取って拠点にしているなら……どこかで、狩らねばならない」「お勧めはできねえよ」 右拳を作った春香に、頸創が制止の声をかける。「かなり時間が過ぎてる。今から戦いを挑めば、伊英の侍全員合わせたって二月は戦争することになるぜ」 ギッ、と春香は奥歯を噛み締めた。「で、戦った感想はどうだ。怖いだろ? 連発銃ってのは」 頸創の声は、少し無理を
最終更新日: 2026-09-08
Chapter: #20 龍絶『空穿』を得て 伊英の街から出た蒸気船が、大陸の街に入った。そこから降りた背広に柳色の目──ピジョは、ガラス戸で区切られた公衆電話に銅貨を入れた。交換手と会話してから、繋がる。「フザン様、大福を送らせました。大福屋もそちらにいるでしょうが……坐天島の大福屋はどうなさいますか?」「腕のいい大福屋が必要だ。一人くらい、雇ってもいいだろう」 落ち着いた声を聴いた彼は口端を吊り上げ、頷いた。「では、そのように……」 電話を終えて、彼は手袋の位置を直す。また銅貨を入れて、坐天島、雷天から西に行った港町に繋げた。「雨男です。大福屋を一人、雇ってきてください」「あいよ。いつもの送り方でいいか?」「ええ。日持ちがしないので、気を付けてくださいね」 そこで、電話は切れた。端的な会話だ。だが、ピジョはそれでよかった。あまり話せば悟られる。大福という、金鎚龍の骨が必要だ、という事実を。(ルルヤの死霊術師の準備ができるのも、そう遠くはないでしょう……) 公衆電話が並ぶ空間。ガラス戸を開いて、後にした。◆「ドルク・ババス」 三日目。まだ日も昇り始めたばかりの森で、春香は右手の中に稲光を生み出した。「龍の継承。空の果て、輝けるものよ」 呪文が進むにつれ、その光は龍の顎を成していく。「今この手に来りて、討つべきものを撃ち抜け」 球でも投げるような動作──右手を引いて、結界
最終更新日: 2026-09-07
Chapter: #19 刀鍛冶、天月「戻ったぜ!」 頸創が表玄関で声を張り上げた。すると、タタッと軽い足音が響いてきた。「春香さ……ん……?」 そう名前を呼ぼうとしたリズは、たった一人の狩人を見て、目を潤ませた。「頸創さん、春香さんは、春香さんはどうしたんですか!」 その細い指が強張る。薄い唇が震える。「まさか、死んで──」「いや! 違う違う、別の用事ができたんだ、五体満足だぜ」 佳代子を降ろしながら、頸創はどうにか落ち着かせようとする。「五日もすりゃあ帰ってくる。な、ちょっとくらい待とうぜ」 だが、リズはその言葉を聞き届けずに、二階の座敷へ、飛ぶように向かった。「随分と、惚れられてんだなあ……」 今頃里に着いた頃だろうか、と彼は考える。(帰ってこいよ、待ってるからな)◆ 日の高く昇る頃、春香は山間の集落に足を踏み入れた。清水流れる川。静かなせせらぎが、歩き通して疲れた体に染みる。山の斜面に平屋が並び、白壁が陽光に輝いている。また田に水は入っていないが、畑で収穫を行う、灰色の肌に四本腕の、髪を持たない者たちが見えた。「おーい、お客人!」 その彼らの内一人が、春香に気付いて声をかけた。「あんた、狩人かい!」「ああ! 雷業の者だ!」「今|
最終更新日: 2026-09-06
Chapter: #18 魔に魂を売った男 ザシナ。七尺にも及ぶ背丈は、春香の斬撃を受けて猶揺るがない。同じ龍骨でできた刀が、幾度となく斬り結ぶ。叩き下ろされた野太刀を打ち刀で受けた春香は、万力で圧し潰されるかの如く、動けなくなった。 そこを、前蹴りが弾き飛ばす。頭から落ちる直前、春香は左手で地面に触れ、それを軸として緩やかに着地した。「なんだ、雷業ってのも大したことがないんだな」 全裸のザシナは、どす黒く赤い目で春香を見下す。「佳代子は生きているんだな」 春香はまともに応じず、言いたいことだけを言った。「ああ、あいつだけいい買い手がついたんでな。お前を殺して、ゆっくりと船を出す予定だ」「『だけ』?」「あとは殺したさ。買い手がつかなかったからな」 胃の底が沸騰するような怒りに応えて、春香の殺気が鋭さを増す。ザシナは、心臓を掴まれているにも似た恐れを覚えた。(さあて、そろそろキレる頃か……!) ザシナの指が、パチンとなる。すると、地面から湧水めいて邪気が立ち上った。形作られるは、猟犬の形を取った黒い妖魔の群れだ。その数は三十を超えようとか、というほど。「さあ、狩ってみろよ、狩人!」 春香は、ちらりと背後の頸創を見る。これが一騎討の範疇ならば、頸創は手出しでいない。「タイマン、と言ったはずだが」「俺の力さ、一対一だろ? 安心しろ、後ろの狩人に手は出さねえ。これは『|縁呪《えんじゅ》』だ」「呪いで互いを縛ったか……」 彼の脳内で、天秤が揺れる。縁呪──世界や他者と結んだ、呪いのような条件。それを宣言した以上、無視すればザシナは何
最終更新日: 2026-09-05
Chapter: #17 梟狩りに至る道 ぼんやりとした光が照らす、洞窟の奥。狩人二人が目にしたのは、衝立のような木製の壁。「この先に、逆梟の拠点か」 春香はその門に触れて呟く。「さあて、梟狩りと行こうじゃねえか」 頸創が長巻を抜く。次いで、二人は足を持ち上げた。気を廻らせた肉体が、それを打ち砕く。 その、少し前のこと……。◆「こっち側に来るのは、久しぶりだぜ」 頸創が、峠を見上げながら言った。「あれが尺八峠、だったな?」 隣の春香に問われ、彼はすぐに首を縦に揺らす。「さあて、行くとするか」 背の低い雑草しかない山道を抜け、岩だらけの峠へ。緑はずっと背後だ。 出立から二日。徒歩で三十里ほどの道を往く彼らの顔に、困憊の色はない。狩人の頑強な肉体は、たった二人の行軍を妨げないのだ。 峠を登り始める。ブオウ、と風が岩の間を通って音を立てる。その音は、何かの楽器にも近い。「なるほど、これで尺八峠……」 春香はその名の由来を理解した。南から太陽の光が浴びせられている。「岩の隙間に風が通ると、尺八みてえな音が鳴る。そういうこったよ」 話しながら、彼も頸創も、頭の中に地図を広げていた。ピジョが示した逆梟の拠点は、伊英から北西三十里に進み、尺八峠を越えた先にある洞窟を抜けることで、到達できる。
最終更新日: 2026-09-04
Chapter: #42 黒冠を描いた騎士たち サルロの背から、するりと赤い刃が抜かれる。それを覆うは、黒と赤の混じった雷霆。バチリ、バチリと不吉に鳴る。「行こう」 サルロは、ガリヤを待たずに山城へと踏み込む。ダンケルがセキを連れて飛び立つ。それを見送ることもしない。 門を蹴り飛ばした彼を待っていたのは、鋼を纏った魔物の群れだった。ガルル、と唸る魔物と、それから降りる鎧の騎士たちを前に、魔剣を握り締める。「撫で斬りにしてくれる」 そう呟いて、走った。 まず、魔物たちが彼に向かわせられた。黒を帯びた銀色の装甲と、馬並みの体躯を持つ魔物だった。その突撃を鎧で受けた彼だったが、かなり押し戻される。 だが、横に転がって受け流し、側方を取る。そこで魔剣を横腹に突き立て、横に振り抜くことで一体を屠った。 その背後から、もう一体。冷静に、彼は前脚を払う。前のめりに転倒したそれは、次の瞬間には首を刎ねられていた。「行け、行けよ、狼ども!」 騎士たちの横には、狼大の、四足歩行の魔物がいた。鋼の鎧で武装したそれらは、一斉にサルロへと駆け出す。 サルロは、剣を左肩の上に持っていった。間合いを見定め、十分近づいた所で、一閃。雷が幕のように広がって、狼たちを飲み込み、消し去った。蒼騎士剣術と赤き雷霆の融合。それを実現させた一撃だった。 が、それで終わる戦でもない。波濤めいて押し寄せる魔物の群れが、まだそこにある。長丁場にしたくはないサルロ。その彼の背後から、声が響いてきた。「そこで、あなたがたに幾らかでも──」 聖典の詠唱だ。魔物の足は僅かに緩み、速度を落としつつある。
最終更新日: 2026-08-31
Chapter: #41 望まざるが故に 帝国と共和国の国境に、古い山城がある。その頂上で、隻眼の男と緑髪のダブルシードが話していた。「ケラック、サルロ・ファージには気を付けろ」 ダブルシードは、立ち去り際に、ケラックという隻眼の男に告げた。「奴の魔剣は、我々の鎧を容易く斬り裂く。致命傷を負うぞ」「ダブルシードは、随分と弱気になったものだな」 ケラックは低い声で笑った。「まあ、撤退用の転移魔法は仕込んでおくとするか。ダブルシード、お前の助けは要らん」「ほう? 爆裂魔法を仕込んでやろうと思ったのだがな」「正面から殺し合いたい……そうすれば、俺が魔剣を手に入れることもできる」 古い様式を維持する玉座の間の扉を、彼女は開く。「死ぬなよ、ケラック」 バタム、と閉じた扉。「面白くなりそうだ、|鉄殻戦団《てっかくせんだん》の、試運転としてはな……」◆『蒼炎だ』 魔剣ゼイドは、サルロにそう告げる。『汝から、蒼炎の力を奪った。そちらの方が、面白いものを見られそうだからな』 面白い、一体何が。彼はそう問う気力もなく、ガタガタと震える手を止めることすらできなかった。『取引の条件を精査しなかった汝の責任だ。精々面白い破滅を我に見せてみろ、蒼騎士』 サルロは、壁を殴る。ピシリ、コンクリートに罅ができる。『が、汝次第で返してやってもい
最終更新日: 2026-08-30
Chapter: #40 離脱できぬ感情 シャワーを浴びながら、彼は壁に手をついていた。(この肉欲から、どう離脱すればいい) 湯が流れていく。赤い髪が排水口に掛かっている。感じたことのない、下腹の熱。思い浮かぶのは、セキのことばかり。(私は、蒼騎士だ) 欲望に流される存在であってはならない。それは、民の模範ではない。それは、教会を信奉する者たちの進むべき道ではない。それは、なんだ? 彼の蒼い目は、頻りに瞬きを繰り返す。あるべき姿。人がそうなろうと望む、信徒の嚮導者としての姿。それが蒼騎士のはず。 焼き切れそうな思考回路を抱え、シャワールームを出る。鍛え抜かれた肉体に、パンツの一枚。メイスを手入れするセキが、ベッドの上に腰掛けていた。「武器は大事にしろよ」 そう告げて、サルロは彼女を後ろから見つめていた。薄着。ふわりとした寝間着だ。柔らかな首筋が見える。気づけば、そこに手を伸ばしていた。 跳ねるセキの体。困惑する声も無視して、胸へと抱きかかえる。「セキ」 耳元で、彼は囁く。「君と、一つになりたい」 それから数時間過ぎた、真夜中。疲れ果てたセキは、真っ赤な顔で息を切らしながら横たわっていた。一方のサルロは、自分のやってしまったことについて、肺を潰されそうな思いだった。 後ろから抱き締め、小さな熱を体全体で感じる。「あの、あたし、変じゃなかったですか」 セキが消え入りそうな声で問うた。「私も初めてなんだ、わからないさ」 過ちだっ
最終更新日: 2026-08-29
Chapter: #39 歪む心「何というか……場違いな気がしてきたよ」 夕暮れ、大統領官邸。燕尾服のダンケルが呟いた。サルロ一行に加え、リゼルもいた。「場違い、か。だが、私たちはやり遂げたんだ。それを評価してくれるなら、応えようじゃないか」 前庭を貫く石畳の上、サルロは啓行しながら言った。「ダンケルがセキを運んでくれなければ、魔剣を奪う隙は作れなかった。感謝してもしきれない」「全く、人を褒めるのが上手いね」 が、そのダンケルも悪くない心地だった。「大事な役割を任せてくれた君に、僕こそ感謝したい」 サルロは、誰にも顔を見せたくなかった。下腹部で渦巻く怒りの熱が、表情に出ているのでは、と。 肚の竈門の炎を食い止める、何か壁のようなものが取り払われたような思い。閂を外された城門が、騎兵の突撃を止められないままに開いたような思い。「──ロ様」 下から細い声。「サルロ様!」 ハッとする。扉の前に立っていた。「疲れてるんですか?」 横に、セキがいた。「……かもしれないな」 銃を持つ歩兵たちが、一斉に歓迎の動作をとる。ライフルを縦に持つ、捧げ銃というものだ。槍を持つ騎士が、その石突で地面を叩くと、扉は自ずから開いた。 サルロは、斜め下に視線を動かす。赤いイブニングドレスを纏ったセキがやけに綺麗に見えて、落ち着かない。子供だぞ、と言い聞かせても、どうしても肉体的な欲望が浮かぶ。蒼騎士として、相応しくな
最終更新日: 2026-08-28
Chapter: #38 サルロを飲み込むもの「一騎討を、させてください」 サルロは、リゼルにそう告げた。今しがた鞘に納めたばかりの魔剣ゼイドを、再び抜く。血を吸ったような刃が、よく晴れた空に輝く。「魔剣使いってのは、いいモンだよな」 呂色の鎧を纏うシゲレルは、大ぶりな戦斧片手に言った。背後に控えていた配下たちが、魔域を攻略したばかりの一行を妨害し始める。「俺も憧れたさァ……だから、頂くぜ、お前の剣」 斧が、黒炎に覆われる。揺らめいて、魂を焼く邪悪な炎。蒼騎士として、サルロはそれを断たねばならないことを理解していた。 先に動いたのは、その斧だった。左から右へ、サルロに横薙ぎが襲い掛かる。後ろに跳んだ彼だが、連撃だ。檜の棒か何かか、とでも思わせるほどに、斧は速い。 蛇騎士の重斧が振り下ろされ、石畳を打つ。その度に、バキンッという派手な音が鳴ると共に、白い礫が飛散する。 風を切る斧が、迷いも躊躇いもなく、サルロの頭を狙った。彼は本能的に剣を翳し、その一撃を受け止める。赤き雷霆は、そこにはない。腕に響く、斧の質量。痺れる両腕を伴って、彼は少し距離を作る。「ゼイド、何故だ、何故赤き雷霆を使えない!」 魔剣に問う。「力を貸せ、あの蛇騎士の鎧とて、お前の雷霆なら斬れるのだろう⁉」『見届ける、とは言ったが、全てをくれてやるとは言っておらん。一撃は繰り出させてやったのだ、その分の感謝をしてほしいものだな』 詭弁だ、とサルロは呟く。『小僧、何を差し出す? 我が力欲しくば、相応の供物が必要であろう』「なんだ、何を求める。くれてやるから言え!」 どす黒い嘲笑が、聞
最終更新日: 2026-08-27
Chapter: #37 魔域平定「ガリヤ、本当に助かった」 地下への階段を降りながら、サルロは親友に向け、感謝を口にした。「お前の詠唱が無ければ、私たちは帰れなかった」「おうよ。戻ったら飯奢れよ」「いや、私が持とう」 リゼルが、少し毒の抜けた顔で言った。「年長者らしいことをさせてくれ」 消えない過去を見つめながら、彼女は先頭に立っていた。 さて、石戸の前。ダンケルが弾倉に弾を送り込む、カチャンという音が反響した。「ガリヤ、仮に魔剣が魔王の遺体を取り込んでいた場合……詠唱で援護しつつ、遺体の在り処を探ってくれ」「はあ⁉ そんな簡単に──」 サルロの頼みに言い返そうとしたガリヤ。だが、それより早く、リゼルが扉を押し開いた。ズズズッ、と音を立てながら動いた扉の向こうには、大聖堂か、という広い空間が待っていた。だが、参拝者のいない聖堂に椅子などない。随分と寂しい広間だ。ただ、一点を除いては。 聖堂の奥、金銀で彩られた祭壇がある。赤い両手剣を持った痩身の男が、聖なる祭壇に、不遜にも腰掛けている。「随分と、活きのいい挑戦者だ」 男は、裸だった。ただ、蒼騎士のヘルムだけが唯一の装身具。右手の剣で、ビュンと風を切り、立ち上がる。「我が名はゼイド。古龍の作りし魔剣」 魔剣によって意識を乗っ取られたか、とサルロは判断した。何にせよ、斬らねばならない。「来い、我を打倒した者に、この剣をくれてやる」「なら、頂く!」 サルロの剣を、黒と蒼の混じった炎が覆う。心は、風のない海にも似
最終更新日: 2026-08-26