LOGIN妖魔の肉を喰らうことしか、妖魔に勝つ術はない。それが、この世界の掟。 それを成した者こそが、狩人である。だが、妖魔の肉は人の身を蝕んでいく……。 そんな狩人の名家を継ぐ少年、『雷業春香』。彼が暮らす街に、大陸から留学生が来るのだという。 留学生の少女は、『リズ・ユヤデオナ』。迎えに行った春香は、帰路、父が死に至る病に斃れたと知る。 同時に、街へと妖魔の群れが襲い掛かる。父が消えた。街は壊滅せしめられた。家宝も奪われた。 誰も、何も、残っていなかった。ただ一つ、春香の守るべきは、リズだけだ。 雷霆轟く、宿命を貫く剣戟ダークファンタジー。そして、二人の少し歪な愛情が、世界の歪みを砕く物語。
View More「俺とお前なら、最強になれる」
春の風が木々を揺らす中、弟は兄の言葉を聞いていた。紅玉のような瞳で、兄の銀朱の瞳が向かう先を見る。どこまでも青い空が、葉の隙間から覗いている。 「師匠だって超えられる。妖魔だって龍だって狩れる、最強の狩人に、だ。だろ、「さあ、第二ラウンドだ」 転剣龍の翼を広げたロイは、その皮膜に雷を走らせて言った。「僕の最大加速で、お相手するよ」 大きく動く翼。バサリ、風を鳴らす。来る──春香はそう思って刀を構えたが、遅い。爆発的な加速を発揮した相手の肉体が、刀ごと彼の体を弾き飛ばす。突風に吹かれた紙屑のように転がった彼は、何度も跳ね返り、墓石を崩していく。空中で姿勢を立て直し着地した刹那、次の突撃が襲い掛かった。 気を纏う。雷を得た体は、バルディッシュの一撃を、刀で受け止め得た。数十歩分の後退は、あったが。「墓を壊さないでほしいな、僕の大切なものなんだ」 「なら通してもらえないか?」 「それもできない。哀しいことだね」 重斧を押し返し、彼は相手の手首へと刀を滑らせる。金属製の柄を擦る刀。だが、斬りつけることはできなかった。 ロイは白刃が迫る前に斬り結びを止め、足払いをかける。跳躍した春香の体が大上段からの真っ向切りを繰り出せど、ロイは当然のように受け止めた。 そういう斬り合いが何度も続いた。まるで重量などないように巨大な得物を振るうロイを前に、春香は少しずつ後退る。状況を切り替えようと鳴崩の力で引き下がるも、彼に対し、ロイは同じ速度で跳ぶ。翼が羽搏き、刃が放たれる。 僅かな光の偏向でしか認められない、限りなく透明に近い刃。彼は獣の勘に任せて刀を振り回して直撃こそ避けるが、打ち消しきれなかったものが薄皮を引き裂いていく。細かい無数の創傷から、たらりと血が落ちる。 凪彩の矢が、そんな彼に夢中になっているロイへと飛んだ。反応不可能にも思える、強弓から放たれた矢だ。それでも、この三巨頭の一角は、振り向きざまの斬撃で矢を叩き落とす。 そうやってできた僅かな隙へと、カガリの黄金の斧槍がねじ込まれる。燃え盛る赤い炎。唸った一撃は、長柄の前に止められた。 が、それは相手も止まったということ。春香は今こそが攻めの好機と見て、踏み込む。ズドン、と落雷じみて足がなる。そこから全身の発条を利かせて放たれる斬撃は、雷響落。落雷めいた衝撃音が、刀と斧の間で産まれた。「随分重い技じゃないか!」 指を震わせながら跳び退いたロイが言う。興奮が声音に滲んでいる。「雷業の天津震電流、速さだけじゃないんだね。楽しくなってきた」 「甘く見ていたか?」 「まさか。最大限の敬意
ヨジドンドの階段を駆け上がる、春香一行。隙間風が吹き込んできて、肌を刺すように冷たい、石の螺旋階段だ。「お兄様、傷は痛みませんか?」 カガリが、血の滲んだ黒い羽織の左肩を見て問う。「問題ない。気にしなくていい」 階段の果てが見えてきた。重々しい、棺の蓋めいた、生気のない石の扉だった。「お兄様、気を付けてくださいませ」 扉に手を掛けた彼に、カガリが声を掛けた。「何か、影の軍勢のようなものを、敵は嗾けますわ。数で潰される可能性も、否定できない」 「その通りです、春香様。万が一、敵が物量に任せて磨り潰すつもりなら……私たちを捨てて、先に進んでください」 振り返った彼は、決意に満ちた二組の瞳を認めた。そこに滾る、生への渇望も。「自ら死ぬようなことは、するな。雷業家嫡男としての命令だ」 押し開く。ズズズッ、という引きずる音がして、待っていたのは墓場だ。 無数に並び立つ墓石。弔慕丘も斯くや、と春香は思い出す。墓石のどれも、名前は刻まれていない。ただ、背の低い横長の墓石に、『CAMANI-DO』とあるだけ。「眠っている、か……」 春香はその意味を解する。納骨棺となる、直方体のパーツ。せめて踏まぬよう、と彼らは慎重に歩き出した。 薄暗い、冷たい靄の流れる場所。視線の先には地平線まである。またも広大な土地。春香は無駄な疲労を強いられることに、溜息を吐くばかりだ。 されど、十五分も歩けば主が見えてくる。墓場の中央、小高い丘に、肉厚な戦斧を持つ、翼を持つ上裸の青年が佇んでいた。一本だけ生える、大木の根元に腰掛けて。「ああ、来たんだね」 青年の翼を、春香はどこかで見たような気がした。もう一組の腕のような形をした、翼。「春香様、あの翼、転剣龍です」 「灰鋸龍ではなく、か?」 「その二種はよく似ていますが……転剣龍の方が格が高い」 龍の頂点に立つ四種がいる。転剣龍とはその一つ。春香は、昔の教諭を思い出す。「つまり、君たちはクォラを殺したというわけだ。違うかい?」 青年は、翳った紅の瞳で、ゆっくりと丘を下る。バルディッシュと呼ばれる、六十センチ近い斧頭がついた、戦斧の一種。刺突もできるな、と尖った切っ先を持つ様で春香は推測する。「哀しいよ。僕は、また大切なものを失った」 「すまんが、先に進みたい。もう喪いたくないなら黙っ
バズ、雷業家が滞在する屋敷。その一室で、春成は妻の燈火と二人の時間を過ごしていた。「ねえ、あなた」 銀髪に琥珀色の目を持つ燈火は、隣に座る春成に呼びかけた。辛気臭い顔のまま動かない、彼の硬い顔の横、燈火が口を耳元に寄せる。「急になんだ」「リズを殺すつもりでしょう?」 杖を握って、彼の手は動かない。「ここには弑奉剣もある。雷業家家宝の、不死を斬る剣。脚が悪くても、腕は鈍っていないはず」「……そうだな」 静かに、だが確かに彼は首肯する。「あれは、争いを呼ぶ。鷹眼の裏切りがいい例だ。春香がいたとしても、絶え間ない戦乱の火種となる。ならば、殺す方が賢い選択だろう」「春香では、守れないの? あの子は強いわ」「いずれ、春香はリズがいるが故に苦しむ。それは、わかっているだろう」 どちらからともなく、黙ってしまう。そこで、扉がノックされた。キイ、と軋んで、隙間から琥珀色の目が覗いた。「夏目、どうした」「お父様、リズさんとお話してもよろしいですか?」「好きにしろ。だが、深入りはするな。よく通っているようだが、あれは尋常の人間ではない」 夏目は深々と頭を下げて、暗い廊下を歩きだした。黄色い着物の彼女は、カミハテ四氏族が一、火霊家の証拠である瞳と、銀色の髪を誇る、中々に整った容姿を持つ少女だった。 だが、お前は狩人になれない、と春成に言われたことがある。女だから、と質した。狩人の素質を持っていない、と父は語る。その意味を理解できないまま、今日にいたる。 三階の奥まった部屋。戸を叩く。「夏目です」「どうぞ」 赤い着物のリズが、扉に背を向ける形で本を読んでいた。それが椅子より離れ、困ったような微笑みを浮かべてベッドに腰掛ける。その隣に、夏目が着く。「今日も、本を読んでもらってもいいですか?」 夏目は、そう問いながらも扉横の本棚から一冊、取り出していた。本で埋まったこの部屋。前の持ち主が書斎にしていたのを、丸っとリズが預かった形だ。 そうやってリズに渡された本の表紙には『VIA-QINQ DA TSUOT』とある。「ヴィア、クインク、ダ……」 夏目がたどたどしい声でタイトルを読み上げ始めた。「ヴィアクィンク物語、という意味ですよ」 パラリ、リズの膝の上でハードカバーの本が開かれた。それから数時間、柔ら
紅雷龍の鱗を持つ者。春香は、クォラの力の源を理解した。「お前が俺の速度について来られたのは、それのお陰か」「ええ、ご明察。久しぶりではないですか? 己と同じ速度の相手を戦うのは……」 パキキ、と氷が割れて、崩れていく。静かに水蒸気となり、霧を作り、肌を冷やす。「ここからは、速さ比べです」 そうクォラが笑った、まさにその一瞬。春香は、目の前に鈍色の瞳を見た。振り上げられた大剣が、落ちる。何十貫あろうか、という衝撃。刀で受け止めた彼の足は、大理石の床に亀裂を入れていた。「さあ圧し潰されなさい!」 クォラの体は、浮いていた。だが、彼を押し付ける力は強まる。何か、絡繰りがある。 それを解明するのは後回しだ、と彼は刀を傾け、大剣を受け流す。着地と同時に起きた土煙、轟音。されど、クォラの一歩一歩が床を砕くということもない。剣に仕掛けがあるか、紅雷龍の力か。 どう戦う、という問いに対して、彼はこう返す。(後の先だ。先に動かして、隙を衝く) 鳴崩とはこれでも十余年付き合ってきた。速さだけなら、誰にも負けぬ自信がある。 クォラが、姿勢を低くする。合わせて、発せられる気も強くなる。バチリ、稲光が周囲に走った。来る。 まるでスクリュー。回転しながら迫るクォラの、青白い大剣。一見すれば斬り込む隙などないのかもしれない。だが、春香は違った。脇構え、呼吸を整える。 大剣が体の上側に回った、一秒にも満たない時間で、彼は踏み込む。まさに雷鳴だ。刃を振るうのも、一瞬。通り過ぎるのも、一瞬。クォラは内臓を撒き散らしながら転がり、壁へとぶつかった。「ハハ……」 されど、それで死ぬ敵でもなかった。笑いながら、大剣を支えにして起き上がる。今しがた斬った腹は、もう塞がっている。氷で覆われ、肉となる。「素晴らしい剣速! 私もあなたほどの実力者と会ったことはない!」「随分と楽しんでいるようだが、死ぬ間際までそうしているつもりか?」「ええ、無論。龍仕人として三十人は騎士や狩人を斬ってきましたが、こうも楽しめる戦は久方ぶりです」 クォラの口から出る呼気は、白く凍り付いている。「さあ、私の首を刎ねてみなさい。そうすれば、この戦も終わるのだから」 またも、突撃が仕掛けられる。単調だ。誘われている。そうわかっても、仕掛ける以外の選択肢を持てないのも、また春香であった。 勿論