LOGIN「何というか……場違いな気がしてきたよ」
夕暮れ、大統領官邸。燕尾服のダンケルが呟いた。サルロ一行に加え、リゼルもいた。
「場違い、か。だが、私たちはやり遂げたんだ。それを評価してくれるなら、応えようじゃないか」
前庭を貫く石畳の上、サルロは啓行しながら言った。
「ダンケルがセキを運んでくれなければ、魔剣を奪う隙は作れなかった。感謝してもしきれない」
「全く、人を褒めるのが上手いね」
が、そのダンケルも悪くない心地だった。
「大事な役割を任せてくれた君に、僕こそ感謝したい」
サルロは、誰にも顔を見せたくなかった。下腹部で渦巻く怒りの熱が、表情に出ているのでは、と。
肚の竈門の炎を食い止める、何か壁の
サルロの背から、するりと赤い刃が抜かれる。それを覆うは、黒と赤の混じった雷霆。バチリ、バチリと不吉に鳴る。「行こう」 サルロは、ガリヤを待たずに山城へと踏み込む。ダンケルがセキを連れて飛び立つ。それを見送ることもしない。 門を蹴り飛ばした彼を待っていたのは、鋼を纏った魔物の群れだった。ガルル、と唸る魔物と、それから降りる鎧の騎士たちを前に、魔剣を握り締める。「撫で斬りにしてくれる」 そう呟いて、走った。 まず、魔物たちが彼に向かわせられた。黒を帯びた銀色の装甲と、馬並みの体躯を持つ魔物だった。その突撃を鎧で受けた彼だったが、かなり押し戻される。 だが、横に転がって受け流し、側方を取る。そこで魔剣を横腹に突き立て、横に振り抜くことで一体を屠った。 その背後から、もう一体。冷静に、彼は前脚を払う。前のめりに転倒したそれは、次の瞬間には首を刎ねられていた。「行け、行けよ、狼ども!」 騎士たちの横には、狼大の、四足歩行の魔物がいた。鋼の鎧で武装したそれらは、一斉にサルロへと駆け出す。 サルロは、剣を左肩の上に持っていった。間合いを見定め、十分近づいた所で、一閃。雷が幕のように広がって、狼たちを飲み込み、消し去った。蒼騎士剣術と赤き雷霆の融合。それを実現させた一撃だった。 が、それで終わる戦でもない。波濤めいて押し寄せる魔物の群れが、まだそこにある。長丁場にしたくはないサルロ。その彼の背後から、声が響いてきた。「そこで、あなたがたに幾らかでも──」 聖典の詠唱だ。魔物の足は僅かに緩み、速度を落としつつある。
帝国と共和国の国境に、古い山城がある。その頂上で、隻眼の男と緑髪のダブルシードが話していた。「ケラック、サルロ・ファージには気を付けろ」 ダブルシードは、立ち去り際に、ケラックという隻眼の男に告げた。「奴の魔剣は、我々の鎧を容易く斬り裂く。致命傷を負うぞ」「ダブルシードは、随分と弱気になったものだな」 ケラックは低い声で笑った。「まあ、撤退用の転移魔法は仕込んでおくとするか。ダブルシード、お前の助けは要らん」「ほう? 爆裂魔法を仕込んでやろうと思ったのだがな」「正面から殺し合いたい……そうすれば、俺が魔剣を手に入れることもできる」 古い様式を維持する玉座の間の扉を、彼女は開く。「死ぬなよ、ケラック」 バタム、と閉じた扉。「面白くなりそうだ、鉄殻戦団の、試運転としてはな……」◆『蒼炎だ』 魔剣ゼイドは、サルロにそう告げる。『汝から、蒼炎の力を奪った。そちらの方が、面白いものを見られそうだからな』 面白い、一体何が。彼はそう問う気力もなく、ガタガタと震える手を止めることすらできなかった。『取引の条件を精査しなかった汝の責任だ。精々面白い破滅を我に見せてみろ、蒼騎士』 サルロは、壁を殴る。ピシリ、コンクリートに罅ができる。『が、汝次第で返してやってもい
シャワーを浴びながら、彼は壁に手をついていた。(この肉欲から、どう離脱すればいい) 湯が流れていく。赤い髪が排水口に掛かっている。感じたことのない、下腹の熱。思い浮かぶのは、セキのことばかり。(私は、蒼騎士だ) 欲望に流される存在であってはならない。それは、民の模範ではない。それは、教会を信奉する者たちの進むべき道ではない。それは、なんだ? 彼の蒼い目は、頻りに瞬きを繰り返す。あるべき姿。人がそうなろうと望む、信徒の嚮導者としての姿。それが蒼騎士のはず。 焼き切れそうな思考回路を抱え、シャワールームを出る。鍛え抜かれた肉体に、パンツの一枚。メイスを手入れするセキが、ベッドの上に腰掛けていた。「武器は大事にしろよ」 そう告げて、サルロは彼女を後ろから見つめていた。薄着。ふわりとした寝間着だ。柔らかな首筋が見える。気づけば、そこに手を伸ばしていた。 跳ねるセキの体。困惑する声も無視して、胸へと抱きかかえる。「セキ」 耳元で、彼は囁く。「君と、一つになりたい」 それから数時間過ぎた、真夜中。疲れ果てたセキは、真っ赤な顔で息を切らしながら横たわっていた。一方のサルロは、自分のやってしまったことについて、肺を潰されそうな思いだった。 後ろから抱き締め、小さな熱を体全体で感じる。「あの、あたし、変じゃなかったですか」 セキが消え入りそうな声で問うた。「私も初めてなんだ、わからないさ」 過ちだっ
「何というか……場違いな気がしてきたよ」 夕暮れ、大統領官邸。燕尾服のダンケルが呟いた。サルロ一行に加え、リゼルもいた。「場違い、か。だが、私たちはやり遂げたんだ。それを評価してくれるなら、応えようじゃないか」 前庭を貫く石畳の上、サルロは啓行しながら言った。「ダンケルがセキを運んでくれなければ、魔剣を奪う隙は作れなかった。感謝してもしきれない」「全く、人を褒めるのが上手いね」 が、そのダンケルも悪くない心地だった。「大事な役割を任せてくれた君に、僕こそ感謝したい」 サルロは、誰にも顔を見せたくなかった。下腹部で渦巻く怒りの熱が、表情に出ているのでは、と。 肚の竈門の炎を食い止める、何か壁のようなものが取り払われたような思い。閂を外された城門が、騎兵の突撃を止められないままに開いたような思い。「──ロ様」 下から細い声。「サルロ様!」 ハッとする。扉の前に立っていた。「疲れてるんですか?」 横に、セキがいた。「……かもしれないな」 銃を持つ歩兵たちが、一斉に歓迎の動作をとる。ライフルを縦に持つ、捧げ銃というものだ。槍を持つ騎士が、その石突で地面を叩くと、扉は自ずから開いた。 サルロは、斜め下に視線を動かす。赤いイブニングドレスを纏ったセキがやけに綺麗に見えて、落ち着かない。子供だぞ、と言い聞かせても、どうしても肉体的な欲望が浮かぶ。蒼騎士として、相応しくな
「一騎討を、させてください」 サルロは、リゼルにそう告げた。今しがた鞘に納めたばかりの魔剣ゼイドを、再び抜く。血を吸ったような刃が、よく晴れた空に輝く。「魔剣使いってのは、いいモンだよな」 呂色の鎧を纏うシゲレルは、大ぶりな戦斧片手に言った。背後に控えていた配下たちが、魔域を攻略したばかりの一行を妨害し始める。「俺も憧れたさァ……だから、頂くぜ、お前の剣」 斧が、黒炎に覆われる。揺らめいて、魂を焼く邪悪な炎。蒼騎士として、サルロはそれを断たねばならないことを理解していた。 先に動いたのは、その斧だった。左から右へ、サルロに横薙ぎが襲い掛かる。後ろに跳んだ彼だが、連撃だ。檜の棒か何かか、とでも思わせるほどに、斧は速い。 蛇騎士の重斧が振り下ろされ、石畳を打つ。その度に、バキンッという派手な音が鳴ると共に、白い礫が飛散する。 風を切る斧が、迷いも躊躇いもなく、サルロの頭を狙った。彼は本能的に剣を翳し、その一撃を受け止める。赤き雷霆は、そこにはない。腕に響く、斧の質量。痺れる両腕を伴って、彼は少し距離を作る。「ゼイド、何故だ、何故赤き雷霆を使えない!」 魔剣に問う。「力を貸せ、あの蛇騎士の鎧とて、お前の雷霆なら斬れるのだろう⁉」『見届ける、とは言ったが、全てをくれてやるとは言っておらん。一撃は繰り出させてやったのだ、その分の感謝をしてほしいものだな』 詭弁だ、とサルロは呟く。『小僧、何を差し出す? 我が力欲しくば、相応の供物が必要であろう』「なんだ、何を求める。くれてやるから言え!」 どす黒い嘲笑が、聞
「ガリヤ、本当に助かった」 地下への階段を降りながら、サルロは親友に向け、感謝を口にした。「お前の詠唱が無ければ、私たちは帰れなかった」「おうよ。戻ったら飯奢れよ」「いや、私が持とう」 リゼルが、少し毒の抜けた顔で言った。「年長者らしいことをさせてくれ」 消えない過去を見つめながら、彼女は先頭に立っていた。 さて、石戸の前。ダンケルが弾倉に弾を送り込む、カチャンという音が反響した。「ガリヤ、仮に魔剣が魔王の遺体を取り込んでいた場合……詠唱で援護しつつ、遺体の在り処を探ってくれ」「はあ⁉ そんな簡単に──」 サルロの頼みに言い返そうとしたガリヤ。だが、それより早く、リゼルが扉を押し開いた。ズズズッ、と音を立てながら動いた扉の向こうには、大聖堂か、という広い空間が待っていた。だが、参拝者のいない聖堂に椅子などない。随分と寂しい広間だ。ただ、一点を除いては。 聖堂の奥、金銀で彩られた祭壇がある。赤い両手剣を持った痩身の男が、聖なる祭壇に、不遜にも腰掛けている。「随分と、活きのいい挑戦者だ」 男は、裸だった。ただ、蒼騎士のヘルムだけが唯一の装身具。右手の剣で、ビュンと風を切り、立ち上がる。「我が名はゼイド。古龍の作りし魔剣」 魔剣によって意識を乗っ取られたか、とサルロは判断した。何にせよ、斬らねばならない。「来い、我を打倒した者に、この剣をくれてやる」「なら、頂く!」 サルロの剣を、黒と蒼の混じった炎が覆う。心は、風のない海にも似







