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Novels by 紡里

離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!

離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!

夫と親友に騙され、医師になる夢も、幸せな家庭を作る希望も奪われた朝倉倫子。 右手の神経修復手術を目前に、夫・桐生智也に助けを求めたが返事はなかった。 その頃、智也は倫子の親友だった白木美琴と新たな人生を歩むことを公にしていたのだ。 倫子は、決心した。 自分の人生を取り戻す、と。 離婚後、復学して医師となった倫子は海外で「再生の魔術師」と呼ばれる外科医となる。 そして数年後――日本へ帰国した倫子の前に現れたのは、元夫と、すべてを奪った女だった。 「別れたら、もう他人です。奪われた人生は、この手で取り戻しました」 復縁を迫られても、もう遅い。 倫子には、彼女のすべてを知り、それでも手を離さなかった人がいるのだ――
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Chapter: 29.やるべきこと
「|蒲田《かまた》医師が体調不良……?」 突然入ってきた情報に、|朝倉倫子《あさくらりんこ》は動揺した。 先ほど休憩に入るまでは、問題なく手術をしていたのだ。 第二助手のパク・ミンジェが手を動かしながら、早口で言った。「第一助手の担当は終わっている。これ以上何もなければ、無事に終えられる。落ち着け」 倫子はハッとした。パクの言うとおりだ。 今ここで自分が取り乱して、みんなを不安にさせてはいけない。患者に影響が出たら、最悪だ。「ドクター・パクの言うとおりね。頼りにしているわ」「任せとけ」 パクはいつもと変わらない口調で答えた。 倫子は深く息を吸い、冷静に必要なことを考えた。被害を拡大させないための情報だ。「休憩室で怪しい看護師に話しかけられたわ。クッキーを食べろと言われたり、私の右手に触れようとしたり……。みんな、休憩するときに警戒して」 倫子の忠告に、手術室がざわめいた。「どんな風貌でしたか?」「三十代くらいの女性だったわ。身長は……平均的だったかしら。細身だったわね」 髪は手術用のキャップに押し込まれていたので、わからない。「名前はわかりますか?」 別の看護師に尋ねられた。「名札は……見てないわ」 あのときは、自分を守るので精一杯だった。 あまり目を合わせたくなくて、顔を見なかった。「今は、それ以上考えなくていい。手術を終わらせよう。犯人探しは、終わってからでもできる」 パクが言った。「……そうね」 倫子はうなずいた。「ドクター・リン。交替してくれ」 パクから声をかけられた。パクが立っていた場所に、倫子が移動する。「みんな、ラストスパートよ。よろしくね」 倫子は気合いを入れた。 それぞれが自分の役割を果たし、声を掛け合いながら手術を進めていく。 何時間にも及ぶ手術だった。 そして――ついに手術は終わった。「終了です」 倫子のその声で、手術室の空気がふっと緩んだ。 蒲田医師が戻ってこなかったことを除けば、予定どおりに進んだ。 だが、これで終わりではない。 倫子は手術室から出て山本准教授と合流した。患者の家族に、手術の報告をするのだ。「山本准教授。蒲田医師のことはお聞きになりましたか?」「ああ。強力な下剤を盛られたようだ」 彼が戻って来れなかった理由がわかった。薬を人を傷つけるために使うな
Last Updated: 2026-09-11
Chapter: 28.手術当日
 |朝倉倫子《あさくらりんこ》は、まだ空が白み始めたばかりの早朝に目を覚ました。 今日は、|西園寺澄子《さいおんじすみこ》の手術の日だ。 身支度を整え、護衛のイーサン・タン、そして同じ手術を執刀するパク・ミンジェと朝食を取る。「緊張してる?」 パクが倫子に訊いた。「……準備を整えて、挑むだけよ」 倫子はそう答えると、テーブルの上に右手を置いた。 一本ずつ指を動かし、関節の動きや感覚を確かめる。手の甲には、今も傷跡が残っている。それでも、動きは滑らかだった。 大丈夫。この手なら、できる。 三人は揃って大学病院へ向かった。 病院に到着すると、倫子とパクは手術着に着替え、手術チームと合流した。 手術前の最終確認をする。 倫子はモニターに表示されたCT画像を、もう一度確認していく。「……待って」 倫子が画面を止めた。「このCT、術前カンファレンスで見たものと同じ?」「はい……あれ?」 看護師が画面を確認する。「こちらに表示されているのは、二週間前の画像です」「生着して日々状況が変わるのよ。最新のものを出して」 倫子の声がピリッと鋭くなる。 一人の看護師が、びくりと肩を揺らした。「確認します」 看護師が端末へ向かった。「日付順に並んでいない? ファイル名が……ありました!」 倫子はほっと息をついた。 だが、身体には妙な緊張が残ってしまう。「もしかしたら、僕たちが名声を得るのを妬んでいる人がいるかもしれないね。些細な違和感も見逃さず、声を掛け合っていこう」 パクが、明るく冗談めかして声をかけた。「そうね。昨日なんか、外国のお嬢さんが家出までして、私をひっぱたきに来たくらいだし」「ええ? 朝倉先生、大丈夫ですか?」 看護師が倫子の頬に目をやる。「女の子の細腕じゃ、跡も残らないわよ。さあ、打ち合わせをしてしまいましょう」 倫子がおどけてみせると、手術チームにも笑みが広がった。ナイフを振り回したことは、言わなくてもいいだろう。 西園寺澄子のカルテと術式を確認する。麻酔科、看護師たちとの最終打ち合わせが進んでいく。 そして、倫子は全員を見渡した。「外野はいろいろとうるさいけれど……今は患者さんのことだけ考えましょう」 SNSの騒ぎを、みんながどこまで知っているかはわからない。けれど、そんなことに振り回されてなるも
Last Updated: 2026-09-10
Chapter: 27.権力のぶつかり合い
 |朝倉倫子《あさくらりんこ》は、自分の頬を叩いたヌール・ファラという女性の言葉を待った。「……っ」 ファラは唇を噛んでいる。手術の妨害をしないという約束をするつもりはないようだ。「ドクター・リン。その写真、僕の方に転送して」 同じく医師のパク・ミンジェが、そう言った。「何をするつもり?」「国際医療グループに送って、彼女がドクター・リンに暴力を振るって脅迫したことを報告する」「仕方ないわね。素直に反省してくれそうもないもの」「や、やめて。謝るから。もうやらないから」 ファラが慌てだした。「何人の婚約者候補を葬り去ってきたんだ? だから、アリフ殿下は自国じゃなく日本で婚約者を見つけたんだ」 パクが冷たい目を向ける。「この子の謝罪は受け取らないでいいよ。舌の根も乾かないうちに、またやるから」 ファラは何も言い返せず、奥歯を食いしばっている。 倫子はそんな彼女を見ながら、ふと頬をさすった。腫れるほどではないが、まだ少し痛い。「……美琴に似た子って、どこの国にもいるのね」 倫子はぽつりと呟いた。自分こそが選ばれるべきだという強い思いと、手段を選ばない大胆さ。「ドクター・パクはそのままその子を抑えていて。私がメールするわ」「そうだね。その方がいいか。ちょっと、暴れるなって」「私は悪くない。悪いのはあの女よ。泥棒猫スミコ!」「それは、傷害をそそのかしたという自白かな?」 パクの追求に、ファラは口を閉じた。 メールを送り終えて、倫子は二人に向き合った。「ところで、その彼女はどうするの?」「ただの観光客として来日したなら、大使館に連絡するのもおかしいだろう。だけど、ここで解放してまた襲撃されても困るしなぁ」「彼女の一族の人で、日本にいる人っていないのかしら?」「ミス・ファラ、一人で来たのか?」「そうよ。見張りの隙を突いて来たんだから」「つまり、一族の意向を無視したってことか」 パクは厳しい顔になった。「いいか。金持ちの家に生まれただけの君と、自分の力で地位を獲得した僕たち。この場合、どちらが貴重な存在かわかるかい? そして、僕らの腕は国際医療センターにとって、最大の武器であり、財産だ。 君はそれを意図的に害そうとした」「そ、そんなつもりは……ただ、ちょっと」「君は国際的な団体と、現王家を敵に回した。それも一族の総意
Last Updated: 2026-09-09
Chapter: 26.突然の害意
 月曜日。 |朝倉倫子《あさくらりんこ》は、今日はSNSを見ないと決めた。そうすれば、心穏やかに過ごせる。 日曜日に倫子を叩いていた人たちも、午後に反論されて勢いを失っていった。新たな火種が投下されなければ、話題は別のものに移っていくだろう。 大使館や官僚たちは、週明けの仕事を始めている。王子の婚約者を公表し、その婚約者の手術を担当する医師はまともな人たちだと確認した。これ以上は彼らの仕事ではない。 国際医療センターも、今回の騒ぎが風評被害につながらなければいいと、静観の姿勢に入っていた。それらを見れば、ようやく日常が戻ってきたように思える。 イーサン・タンは、以前から予定していた話し合いに出かけることにした。「今日は厚生労働省との話し合いです。ドクター・リンはホテルから出ないでくださいね」 倫子は出不精だが、自分の出身国なのでふらりと出かけるかもしれない。イーサンは念のために釘を刺した。「僕には言わないのか?」 パク・ミンジェはイーサンに絡んだ。「……出かける場合は、怪我しないようにお気を付けて」「つれないなぁ」 パクはケラケラと笑った。「今日はのんびりできそうだ。ここは天国だな」 パクはイーサンを見送って、そう言った。 倫子は苦笑する。「いつもなら手術前日でも、他の患者を診るし、別の手術のカンファレンスも入るし。忙しいものね」「ドクター・リンは働くのが好きだよね」「そうかしら?」 倫子は思いがけないことを言われて、首をかしげた。「……でも、そうかもしれないわね。実力をつけなきゃ、認めてもらわなきゃと焦っていたかもしれない」「今回は、その実績が君を救ったね」 パクにそう言われて、倫子は目を丸くした。「ああ、そう……ね。がむしゃらに働いた数年のおかげかも」 倫子は柔らかな笑みを見せた。 二人はそのままホテルの庭を散歩することにした。「日本に病院が建ったら、ドクター・リンは日本に戻るの?」 パクの質問に、倫子は口ごもった。「……それもいいかと思っていたわ。けれど、今回のような騒動になるなら、考えてしまうわね」 直接知り合いではない人に、SNSで責められただけだ。それでも落ち込むし、誰に何をリークされるか恐ろしくなる。「ドクター・リンが日本にいるなら、僕も移ってもいいけど」「本当に? あなたが来てくれるのは
Last Updated: 2026-09-08
Chapter: 25.事実は隠しきれない
 土曜日の夜。|朝倉倫子《あさくらりんこ》は泥棒猫と言われ、無免許医師と罵られていた。 日曜日の朝に、それに反論するように実績が公表されたが、SNSの流れを止めるほどの効果はなかった。『免許持っているらしいけど、こんな噂が出るってことは、やぶ医者なんじゃない?』『海外の病院に勤めているんでしょ? 日本に帰ってこなくていいよ』 倫子はホテル内のジムで身体を動かしながら、雑念を払おうとした。「明後日の手術に集中。哲郎がほぐしてくれた身体を当日までキープ」 そうつぶやきながら、ランニングマシンでひたすら走る。 外科医には体力が必要だ。 それに、いくら周囲が自分を守ろうとしてくれても、最後に手術台に立つのは自分だ。 雑念を振り払うように、倫子は走る速度を少しだけ上げた。   *** 日曜日の午前中。 故郷に戻った|三枝哲郎《さえぐさてつろう》は、顔をしかめながらSNSを追っていた。「ほんと、胸くそ悪いなこいつら」 だが、どうしても倫子が親友の恋人を寝取ったという悪いイメージは拭えない。 一度広まった噂は、消そうとするほど真実味を帯びる。 だからこそ、哲郎は倫子本人に反論させるつもりはなかった。 哲郎はネットのゲーム仲間に協力を仰いだ。 ヘッドセットをつけ、ゲーム仲間とボイスチャットを続ける。「七年前の花火の動画、まだ残ってないか?」『ちょっと待て。探してみる』 しばらくして、チャット欄に動画のURLが貼られた。『これじゃね?』「おお、よく残ってたな」『おまとめサイトにアップする記事が書けたぞ』 そんなメッセージが届く。『ありがとう。もう少し待って。相手の火の勢いが弱くなるまで待機』 哲郎はそう返した。 相手が一番勢いづいているときにまともにぶつかり合ったら、倫子への個人攻撃がヒートアップするだけだ。 だから待つ。 哲郎以外の仲間たちは新しい装備を試したり、素材を取りに行ったり、緩くゲームを楽しんでいる。 午後一時を過ぎ、書き込みが少なくなった。火にくべる材料が尽き、倫子を攻撃するのも飽きたらしい。『今だ。よろしく』 哲郎の合図で、複数人がそれぞれSNSにアップした。 まず、花火の日の動画。『これ、まだ離婚前の動画なんだよね』『ほんとだ。その前に、人生を共にとか言っちゃってますね~』 別の人が花火の静止
Last Updated: 2026-09-07
Chapter: 24.耐え忍ぶ時間
 |桐生美琴《きりゅうみこと》のSNSを見た時に、|朝倉倫子《あさくらりんこ》は目の前が真っ暗になった。「ち、違う……。どうして……?」 ソファで身体を丸めるように泣く倫子を、三枝哲郎が抱きしめた。 美琴は「自分が悪い」と言いながら、元凶は倫子だと言う。 誰もがそれを信じ、倫子の言葉は誰にも届かない。 倫子がした善行も、いつしか美琴がしたことにすり替えられてしまう。倫子は口をつぐむしかない。 そんな過去がフラッシュバックした。 だから経歴を表に出さず、功績を隠してきたのに。「わかってる。こいつが被害者ぶるのは、いつものことだろう? 倫子を貶めようとしているだけだ」「哲郎は、美琴のことを知らないじゃない。|智也《ともや》が美琴の話だけ信じたのと逆で、私から聞いた話だけを……」「こんなときに何を言っているんだ。一緒にいれば、倫子がフェアな人間だってわかるよ」 哲郎が倫子の背中をポンポンと優しく叩く。 呼び鈴が鳴った。「倫子。代わりに出ていいか?」 倫子はこくんとうなずいた。 イーサン・タンが立っていた。「数時間後には、国際医療グループが『ドクター・リンは朝倉倫子だ』と公表します。これで無免許や実績がないという噂は……どうしました?」 イーサンは窓際のソファに座っている倫子の様子に、戸惑いを覚えた。「桐生美琴のSNSを見ちゃってさ。部屋に入って」「……だから頑なにプロフィールを公表したがらなかったのですね」 イーサンが知っているのは、医師免許を取り、外国で|研鑽《けんさん》を積んでいる倫子だ。芯が強く、うちに輝きを秘めた女性――「プロフィールの公表を……今からでも取りやめますか?」 まだ、アップしていない。「……大丈夫。みんなで話し合って、決めたことだもの」 倫子の声は掠れていた。 いつもよりも低い声。そこに、堅い決意が込められていた。「うん。そうだよな。決めたことだもんな」 哲郎は倫子の隣に戻り、背中をさすった。「イーサンさん。倫子のプロフィールを公表することが決まったって、パクさんにも伝えた方がいいんじゃないですか?」「ああ、そうですね」 イーサンはスマートフォンを取りだし、パクに連絡を入れる。 その間に、哲郎は倫子をベッドに寝かせた。「しんどいか? 辛かったら、睡眠導入剤をもらって眠っちゃえ。明日には、
Last Updated: 2026-09-06
一月前に戻ったので、今度はわたくしから仕掛けます

一月前に戻ったので、今度はわたくしから仕掛けます

親友に毒を飲まされた令嬢は、終わったと思った次の瞬間、一月前に戻っていた。 毒を飲まずに生き残るには――そのための作戦を考える。 婚約者と親友を信じていた愚かな女は死に、全てを疑ってかかる「わたくし」になる。 そう決意したのだが、果たして……。
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Chapter: 第十九話 イロナの日常・未来へ
学園の卒業が近づいてきた。卒業と同時に結婚する同級生たちもいる。楽しそうに未来を語る様子を見ていると、マールトンとの婚約が続いていたら、自分もあの輪の中にいただろうか――そんなことを考えた。いいえ――と、首を振る。もしそうだったとしても、楽しくはなかったと思い直す。カタリンがそばにいたら、何かと邪魔されて、人の輪に入ることさえできなかったに違いない。結婚する予定がないということに、ほんの少し寂しさを覚えただけだ。だから、彼との婚約がなくなった今の方が、ずっと幸せなのだと再確認する。そんな気持ちは口にせず、事件のあとにできた友達と卒業試験の話をしよう。目の前のことに集中すべきだ。一回目には断ち切られてしまったわたくしの未来は、これからも続いていくのだから。そんなある日のことだった。「明日は来客があるから、イロナは外出しないように」夕食の席で、父がそう言った。「どなたがいらっしゃいますの?」普段なら母が尋ねるところだ。だが、何も言わないので、わたくしから父に質問した。「明日になればわかるよ」思わせぶりな口調だった。父の表情を見る限り、悪い話ではなさそうだけれど。そんなふうに呑気に構えていたわたくしは、翌日、花束を抱えて訪ねてきたガーボルを見て、目を丸くすることになった。「嘘……何、それ」「求婚しに来ました」驚いて何も言えずに立ち尽くすわたくしを見て、父が苦笑いした。「おほん。ガーボル・ヴェレシュ卿。そのような紹介は私の役目ですし、今日はあくまで見合いです。いささか気が早いかと」ガーボルは真っ赤になり、父に謝罪した。「え? 卿って……?」話を聞けば、わたくしとお見合いするため、この半年ほどで魔術爵を得ようと頑張っていたという。だから、連絡をする暇もなかったのね。そう知らされて、嬉しいという気持ちはある。けれど、それ以上に、どう表現していいかわからない感情で、ぐちゃぐちゃになっていく。二回目の人生が始まった一か月間は、起こる出来事がある程度予想できた。けれど、それも事件を乗り越える時点まで。その先は、何が起こるのかわたくしにはわからない。みんなと同じように、「まだ見ぬ日々」を生きていく。ただ、それだけだのことなのに。怖くて堪らなかった。そんな気持ちを、事情を知っているガーボルに聞いてほしかった。一緒に悩ん
Last Updated: 2026-08-09
Chapter: 第十八話 イロナの日常・初めての日々
わたくし、イロナは二年生まではマールトンの婚約者として、いじけた日々を送っていた。カタリンには、いつから憎まれていたのだろう。彼女がマールトンを好きになる前から?。それとも、好きになったから、わたくしが邪魔になったのか。考えても答えは出ない。婚約者だったマールトンに嫌味を言われたり、無視されたりするのは辛かった。何をしても否定されているような気がして、どんどん自信がなくなっていった。いつの間にか、気が緩むと背中を丸めがちになり、廊下を歩くのも足が重くなっていた。教室でわたくしの名前が出ると、何か失敗したのか、また笑われるのかと身構える。そんな中で、カタリンが笑顔で話しかけてくれるのが救いだった。友達って、ありがたいなと心の底から感謝していた。けれど、それもわたくしを貶める前振りのようなものだった。親切そうな言葉で、わたくしに恥をかかせる。カタリンは心配そうな声を出し、他の人たちがクスクス笑う。わたくしは笑って誤魔化すことしかできなかった。自分でも、笑顔がぎこちなくなっていくのを、心の隅で自覚していた。認めたくなくて、見ない振りをしていた気持ちを……。そして、三年生の始めに毒殺未遂。いいえ。前回は、未遂ではなく、そこで人生が終わってしまった。今回は違う。魔術師ガーボルの手を借りて、わたくしは生き残った。殺されるという恐怖と、未来を覆そうとしている緊張感。手探りの中で、一緒に考えてくれる人がいる頼もしさ。あの一か月は、今までの人生で一番濃い時間だった。あの高揚感は、今後の人生でも二度と味わえないかもしれない。危機が去ってしまえば、あの夜も眠れないほどの不安も、いつかは思い出に変わる。……そう思っていたのに、何か物足りない。達成感のあとの虚脱――それもあるだろう。だが、それ以上に、ガーボルと「回避できて良かった」と喜びを分かち合いたい。そう思ってしまった。けれど、事件の直後は、詮索されないために連絡を控えようと言われていた。時を戻すという禁術を行使した魔術師が、ガーボルだと知られてはいけないから。そして、事件から一か月。捜査が一段落した頃に、ちょうど魔道具の具合が悪くなったのでガーボルを呼び出した。応接室に彼が修理道具を抱えて入ってきた瞬間、どれほどほっとしたことか。歓喜の表情を押し殺すことが、難しかっ
Last Updated: 2026-08-08
Chapter: 第十七話 二回目のカタリン・夢と現実
イロナが変わった?生意気にも、頼んだ課題をやらなかった。そのせいで、マールトンと一緒に先生に叱られたじゃない。まったく、ふざけてる。それに、マールトンに何か言いたげに、おどおどしていたのも……ちょっと変わった気がする。以前なら、縋るような目で彼を見ていたのに。最近は、なにか違う。まるで「話しかけるな」と言わんばかりの雰囲気を出している。どういうこと?でも、幸いにして気のせいだったみたい。数日で、元のイロナに戻った。資料集めを頼めばやってくれるし、イロナが読みかけていた小説も先に読ませてくれた。私はちゃんと本を返すんだから、問題ないわよね。「友達のいないあなたと、一緒に行動してあげる」そう言って、マールトンと一緒にいられないときだけ、そばにいる。いつも通り。ただ、最近はマールトンの方がイロナと接触しようとしている。不愉快だわ。学園に通うようになって、わかったことがある。学園に通って基本のマナーを教わったところで、貴族社会では通用しない。圧倒的に足りないのだ。何か失敗すれば笑われる。「あら、それは常識以前のことかと思っていたの。言葉が足りなくて、ごめんなさいね。では説明するわ」そんなのはもう、辱めでしかない。貴族たちには暗黙の了解が多すぎる。たまに生粋の令嬢でさえ「それは知りませんでしたわ」なんて言っているのだから、果てしない世界なのだ。どうしたらいいの?そんなことを考えた末に、私はひとつの答えを出した。私に逆らえない人たちを作ればいい。その上に立ってしまえば、少しは息がつける。手段なんか、選んでいられないでしょう?そう考えたら、早々にイロナを確保したのは我ながら英断だった。課題も、資料集めも、わからないことは彼女に聞けばいい。失敗はさりげなく彼女のせいにして。そして、男子を何人か確保した。陰からさりげなく手を貸してくれる人材だ。これで、悠々自適な生活が手に入った。――そう思っていたのに。生理が来ない。最初は、明日には来るかもと思っていた。ちょっと遅れているだけ。それで一週間。あっという間に、二週間。さすがに、本格的にヤバイ気がしてきた。父親が誰なのか、わからない。手駒の中で、一番爵位が高いのがマールトンだ。他の男たちは、彼がいつまでも経ってもイロナと婚約解消してくれないから、遊んだだ
Last Updated: 2026-08-07
Chapter: 第十六話 一回目のカタリン・思惑
初めてイロナに会ったとき、ぽやんとした子だと思った。学園に入学したものの、成り上がりと色眼鏡で見て、私を見下す貴族ばかり。そんな中で、イロナは見るからに人が良さそうだった。利用できると思って、友達になった。彼女を貴族社会に引き戻そうとする女の子たちは、当然蹴散らした。そのイロナの婚約者が伯爵家の令息だという。いいじゃない。奪い取ってやる。そう思った。そのマールトンと仲良くなってみると、イロナにノートを借りたり、課題を手伝ってもらったりしている。「じゃあ、ついでに私の分も」なんて頼んでみたら、あっさり引き受けてくれた。驚いたわ。お人好しで。イロナをのけ者にして、マールトンと二人で行動することを徐々に増やしていく。堂々と二人で登下校したり、昼食のときに、わざとイロナがわからない話題で盛り上がったり。それだけで、不思議と気分が浮き立った。初めのうちは、イロナに嫌われないよう、さじ加減に注意を払っていた。けれど、鈍い彼女は少しも疑わない。そうすると、気を遣っているのが馬鹿らしくなってくる。そうしたら、「距離が近すぎる」とイロナに注意された。私たちが揃って不機嫌になったら、イロナはすぐに意見を撤回した。そんなことなら最初から言わなければいいのに。「もう、イロナを無視してやったらどう?」「ああ。そうしたら、自分が出しゃばったことを反省するか。大人しくなって、いいかもな」マールトンは、イロナよりも私といる時の方がずっと楽しそだった。「これはいける」――そう確信した。それなのに、彼は手を出してこない。出会ってから二年も経つというのに、貴族はお行儀がいい。年頃の男なのに、妙に堅物だった。男女の仲にさえなってしまえば、あとは簡単。そう思って、最初は少し強引に関係を持った。これで、マールトンは私のもの――そう思った。それなのに、マールトンはいつまで経ってもイロナとの婚約を解消しようとしない。「婚約というのは、そんなに簡単に解消できないんだよ」そう言いながらも、マールトンは私を抱く。一度体を繋げてしまえば、あとは流されやすくなる。マールトンが煮え切らない苛立ちを、ほかの生徒で埋めていくことにした。男たちは「淑女らしくない」と私を批判しながらも、視線は胸に釘付けになっている。笑いかけて耳元で囁けば、簡単に落ちた。私を馬鹿にす
Last Updated: 2026-08-06
Chapter: 第十五話 二回目のイロナ・緊張
今日、春期大競馬会が開催される。わたくしは、とても落ち着いてはいられなかった。きっと、マールトンが応援している騎手が優勝する。そうなれば――明日は、前回のわたくしが毒殺された日だ。授業を受けていても、まったく頭に入らない。授業が終わって馬車に乗り込むと、座席にはひしゃげた造花が置かれていた。魔術師ガーボルと初めて会った日に、彼が持って来た「色とりどりの花が咲く」魔道具だ。「魔道具を持って来てくれてありがとう。修理してもらいたいから、お店に寄ってくれる?」わたくしは平静を装いながら、御者にそう指示を出した。「ですが、あの辺りは馬車で入れません」「フードを被っていくから、大丈夫よ」大通りで馬車を降り、わたくしは路地へ足を踏み入れた。こんな場所を一人で歩くのは初めてだ。心臓がばくばくと音を立てる。目的の店には、薄汚れた小さな看板が揺れている。窓ガラスは曇り、壁には苔が貼り付いていた。ここで間違いないはずなのに、扉を叩くだけで勇気がいる。けれど、このまま立ち尽くしているのも恥ずかしい。思い切って、扉を叩いた。顔に熱が集まる気がする。きっと顔が赤くなっているわね。心の中では「た、叩いてしまったわ」と、もう一人のわたくしがいるかのように、はしゃぎ回っていた。ところが、反応がない。もう一度、今度は少し強めに叩いた。「はーい」と面倒くさそうな声が聞こえた。カチャ。ドアノブが動く音がする。「え? イロナ様?」ガーボルが驚いた顔を見せた。初めて会ったときのようにだらしない姿ではないけれど、最近見慣れた爽やかな姿とも違う。シャツは少しよれていた。「嬉しいけど、人に見られたら……」「魔道具を壊して持って来ただけの、ただの客よ」わたくしは抱えていた魔道具を差し出した。「そ、そっか。じゃあ、そこに座って」ガーボルは背もたれのないスツールを勧めてくれた。「……不安になっちゃった?」ガーボルは手早く修理を進めながら、穏やかに話しかけてくれる。「そうなの。ごめんなさいね。明日の打ち合わせはもう終わっているのに……」そう。迎え撃つ準備は整っていた。マールトンの部屋には、すでに毒の材料を仕込んである。わたくしはただ心細いだけなのだ。カタリンにも今まで通りに接するよう心がけてきた。優しげに聞こえるけれど、気をつけて聞いて
Last Updated: 2026-08-05
Chapter: 第十四話 二回目のマールトン・違和感
時を巻き戻せた。学園でカタリンと出会う前まで戻れることを期待していたが、実際にはイロナが死ぬ一か月前だった。仕方ない。たった一月だが、生前に戻れたのだ。そう考えたところで、嫌な可能性に思い至った。もし巻き戻った先がイロナの死後だったら――背筋が冷たくなった。イロナが亡くなってから、時を巻き戻そうと思いつくまでに三年以上もの時が経っていたのだ。……危なかった。思わず冷や汗が出る。あの魔術師め。まあ、こうして生きているイロナに会えるのだから、文句を言っても仕方がない。これから先のことを考えよう。さて。この頃の俺は、カタリンと蜜月の関係になり、イロナを邪険に扱っていた。もっと前まで戻れていたら、普通に接することもできたのに……。今さら急に態度を変えるのも格好がつかない。しかし、久しぶりに学園に行くのは、少し楽しみだ。当時の勉強は面倒だったが、出された課題をこなせばすむ、ある意味では気楽な時代だった。卒業して家業を継ぐ勉強に入ると、正解のない問題ばかり突きつけられる。考えても答えが見つからず、父上も正解を知らないようだった。終わりが見えず、疲労感が果てしない。……まあ、俺が継ぐのはまだ先だ。真面目なイロナと、その実家の銀山があれば、俺の代になったら楽にやっていけるだろう。イロナなら、カタリンのように散財しないはず。家計の心配をしなくて済むだけでも、気が楽だ。……おや?乗り込んだ馬車が、学園とは違う方向へ進んでいる。「おい。どこへ向かっているんだ?」御者に声をかけると、不思議そうな声が返ってきた。「はい? いつもどおりカタリン・ヴァッシュ様のお屋敷ですが」「……そうか」ああ、そうだった。この頃の俺は、婚約者のイロナではなく、カタリンと登下校していたのだった。今思えば、おかしなことをしていたものだ。これを機に、イロナと登下校するように変えたらどうだろう。きっと彼女は目を潤ませて喜ぶはずだ。だが、そのためにはカタリンを説得しなければいけない。そんなことを考え事をしているうちに、馬車はカタリンの屋敷へ到着した。「マールトン。おはよう」カタリンは馬車に乗り込むなり、さっそく俺の腕に絡みついてきた。柔らかな胸が腕に当たる。そうそう。行き帰りの馬車は、こうでなければ。登下校はこのままでいいだろう、うん。教室に入
Last Updated: 2026-08-04
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