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第1107話

Aвтор: 夜月 アヤメ
あの夜、曜は一人、バーのカウンターで酒をあおっていた。

心の奥に鬱屈したものを抱えて、ただ酔い潰れるように飲んでいた。

ふと目をやると、店内で酒を売っていた一人の女性スタッフが、酔客に絡まれていた。

最初は関わるつもりなどなかった。だが、彼女が必死で抵抗しているのに、誰一人助けようとしない光景に、曜の足が自然と動いていた。

そして、彼女を抱き寄せるように腕を回し、冷ややかな声で言い放った。

「俺の彼女は酒は売ってるが、身体は売ってない......もう一度でも触れてみろ。許さんぞ」

女は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに感謝のまなざしで彼を見つめ、偽の恋人設定を否定することはなかった。

曜はそのまま彼女を連れて、男たちの前から立ち去った。

彼女を解放した後、再びカウンターに戻って酒を飲み始めた曜は、あっという間に酔いつぶれて意識を失った。

あのとき―

その女スタッフは助けてくれた彼を放っておけず、支えるように彼を起こし、家まで送ろうとした。

でも曜は歩くこともままならないほどの酔いっぷりで、仕方なく彼女は近くのホテルに彼を連れていった。

......そして、その夜、二人は成り行きのままに体を重ねてしまった。

朝になり、目を覚ました曜は隣に眠る女性を見て、深いため息をついた。

―やってしまった。

しかし、もう起きてしまったことを無かったことにはできない。

曜は一枚の小切手と、連絡先を書いたメモを残して部屋を後にした。

逃げるつもりはなかった。責任を投げ出す気もなかった。

その後、本当に彼女は連絡をくれた。

「気にしないでください」と、彼に重荷を背負わせないような言葉を残して。

そしてふたりは、もう一度顔を合わせた。

曜は彼女の名前が桜井里枝であることを知った。

彼女は気立てもよく、明るく、付き合っていて心地よい相手だった。

ちょうど不幸な結婚生活に疲れ、初恋の彼女とも喧嘩を繰り返していた曜は、心の逃げ場のようにして、彼女としばらく付き合うことにした。

家まで買ってやった。

けれど―その関係は一ヶ月ほどしか続かなかった。

結局、初恋の彼女との関係を修復し、里枝との関係には終止符を打った。

そうして―曜は里枝と別れた。

そして再び、初恋の彼女のもとへ戻っていった。

このことは、誰にも話したことがなかった。

心の奥に
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Комментарии (2)
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
光莉も藤沢家に迷惑かけたくないから 離婚したいのかもだけど 結局大迷惑かける事になるのに 自分暴行した女の息子と一緒にいたいとか かなりのバカ女 正直に全部話して助けてもらえばいいのに 最後自滅したいのかな
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
なんだ? 修父の隠し子ノラかも? ノラがいろいろやらかしてるのは 憎しみからなのか? しばらく修父の話になるの いい加減主人公に話切り替えて
ПРОСМОТР ВСЕХ КОММЕНТАРИЕВ

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