【完結】青空と海と大地ーそらとうみとだいちー

【完結】青空と海と大地ーそらとうみとだいちー

last updateآخر تحديث : 2025-06-08
بواسطة:  栗須帳(くりす・とばり)مكتمل
لغة: Japanese
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男の自殺の邪魔をしたのは、同じく自殺しようとしていた女だった。 その最悪の出会いが縁となり、共同生活を始めることになった二人。男は言った。「お前が死ぬまで俺は死なない。俺はお前の死を見届けてから死ぬ」と。 死に囚われた二人は共に生活していく中で「生きる意味」「死の意味」について考える。そして「人を愛する意味」を。 全72話です。

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001 最悪の出会い 
 11月5日。金曜の昼下がり。  男は駅のホームで待っていた。  通過する特急を。  * * * 長い間自問した。  生きる意味。理由を。  そして辿り着いた。  猛スピードで通過する特急に飛び込む。それが自分に残された、最後の仕事なんだと。「まもなく3番ホームを、特急が通過します」 アナウンスが聞こえ、静かに立ち上がる。  顔を上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。  男は自虐的な笑みを浮かべ、ゆっくりホームへと歩を進めた。  その時だった。「ちょっとあんた!」 突然腕をつかまれ、男はバランスを崩し転びそうになった。  誰だ、こんなタイミングで声をかけてくる馬鹿は。  やっと定まった決心が揺らぐだろうが。  そう思い、男は振り返り憎しみのこもった視線を向けた。「あんた、次にしなさいよ」 腕をつかみ、自分をまっすぐ見つめる邪魔者。  それは年の頃20代の、若い女だった。「次ってなんだ? 意味が分からないぞ」「だから、飛び込むのは次にしてって言ってるの」「はああああっ? ますます訳が分からん。大体お前、誰なんだよ」「誰だっていいでしょ。とにかく私が飛び込むんだから、あんたは次の電車にしなさいよ」「いきなり人の腕をつかんでおいて、何好き勝手なことを言ってるんだよ。俺はこの列車に飛び込むと決めて、ここでずっと待ってたんだ。後から来たやつにとやかく言われる筋合いはないぞ」「この電車じゃなきゃ駄目だって理由でもあるの?」「ねえよそんなの。ある訳ないだろ」「だったら譲りなさいよ」「ならお前にはあるのかよ、この列車じゃなきゃいけない理由が」「そんなものないわよ、当たり前でしょ。大体飛び込むなんて勇気がいるんだから、ベンチに座ってずっと決心がつくのを待ってたのよ。それでやっと決心がついて、最後にお手洗いを済ませて戻ってみれば、あんたが先に飛び込もうとしてた。割り込みよ割り込み。いいから私に譲りなさい」「割り込みだろうが何だろうが、先に動いたのは俺だ。大体お前、この列車に決めたのは今だろ? 別にこだわりがある訳じゃないだろ? だったら俺の後にしろ」「こだわりがあろうがなかろうが、とにかく私は今飛び込むって決めたの。男なら黙って譲りなさいよ。レディファーストでしょ」「今から死ぬのに男も女もあるか。いいから離せよ」「
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002 袖振り合うも
 改札を出た二人は、そのまま全速力で走った。 息が続かなくなり振り返る。  駅員の姿はなく、何とか逃げ切れたようだった。  男は安堵の息を吐き、膝に手を当て息を整えた。「……お前なあ!」 男が憮然とした表情で女を怒鳴る。しかし女の方は、まだ肩で息をしていた。「全く……」「ちょ、ちょっと待って……言いたいことはいっぱいあるけど、とりあえずタイムで……」 そう言って咳き込む女に、男は呆れ気味に大きなため息をついた。「落ち着いたか?」「駄目、無理……とにかくちょっと、休みたい……」「休みたいってお前……はあっ、分かったよ。そこの喫茶店にでも入るか?」「ええ、そうする……お願い、ちょっと肩貸して……」 もう一度大きく息を吐くと、男は女の手を取り喫茶店へと入っていった。  * * *「全力ダッシュなんて、高校以来だよ」 アイスティーを一口飲み、ようやく女がほっとした表情を見せた。「俺だってそうだよ。でもお前、せいぜい25、6歳だよな。その歳でその体力のなさはどうなんだ」「おおっ、当たってる当たってる。私、25歳だよ」「いや、そこじゃないから」 呆れ気味にそうつぶやき、コーヒーを口にする。「で? 落ち着いたところで聞きたいんだけど、なんで俺の邪魔したんだよ」「邪魔したのはそっちでしょ。あんたがいなければ、今頃私はあの世に逝けてたんだからね」「お前なあ……それはこっちのセリフだよ」「ところで。さっきから気になってたんだけど、初対面の女相手にお前を連呼する男ってどうなの?」「お前だって俺のこと、あんた呼ばわりしてるじゃねえか。大体今から死のうとしてるやつ相手に、敬意もクソもねえだろ」「あんた、絶対モテないでしょ」「ほっとけ」「ふふっ」 そう言って女はもう一口アイスティーを飲み、一息吐くと男に言った。「私は海、星川海〈ほしかわ・うみ〉よ。苗字より名前で呼ばれる方が好き」「なんで唐突に自己紹介が始まるんだよ」「それぐらいいいじゃない。袖振り合うも他生の縁って言うでしょ? それにこんな馬鹿げた出会い、そうそうあるものでもないし。まあカウントダウンの人生、最後の出会いってことでさ」「何なんだよお前」「う・み。海よ」「……分かったよ、海」「よろしい」 そう言って笑顔を向ける海に、「こいつ、本当に死のうとしてたやつなのか
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003 しぼんだ覚悟
 「それで? 俺はいつまでお前に付き合えばいいんだ?」「海」「はい?」「う・み。折角自己紹介したんだから、ちゃんと名前で呼んでよね」 アイスティーを飲み干し、海がにっこりと笑った。「分かったよ。それでその……海。俺はいつまでここにいればいいんだ」「別に。好きにしていいよ」「そうかよ」 大地はため息を吐くとレシートを取った。「おごってくれるの?」「じゃあ払うか?」「いいえ。こういう時は男を立てるって決めてるから」「理解ある女を演じてるんじゃねえよ」「あ、でもその前にひとつ、聞いていい?」「まだ何かあるのかよ」「大地はどうして死のうと思ったの?」 世間話をするような口ぶりで海が聞く。「どうだっていいだろ。くだらない話だ」「そのくだらない話、聞いてみたいんだけどな。あ、すいませーん」 そう言ってウエイトレスに手を上げ、海がサンドイッチとアイスティーのお代わりを頼んだ。「大地は何にする?」「あのなぁ……この状況でよく食えるな」「だってお腹が空いてたんだもん。今日はずっと緊張してて、朝から何も食べてなかったし」「……俺もサンドイッチ、お願いします。あとホットと」 注文を済ませると、大地は居心地悪そうに座り直し、またため息をついた。「さっきから気になってたんだけど、大地、ため息多くない?」「余計なお世話だ、ため息ぐらい好きに吐かせろ。と言うか、誰のせいだと思ってるんだよ」「言いたいことは分かるけど、でもそれ、やめた方がいいよ。幸せが逃げてくし」「だから死のうとしてるんだよ」「違いない、あはははっ」 屈託のない海の笑顔に、大地が再びため息をつく。「ほらまたー。こっちまで気が滅入るから控えてよね。あ、サンドイッチサンドイッチ。いただきまーす」 塩を
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004 一人は嫌だ
「……はい?」「だから、大地の家に泊めてって言ってるの」「……」 こいつ今、何を言った?  カップを置き、海を見る。  冗談を言ってる顔には見えなかった。「いやいやいやいや、おかしいだろ。自分の家に帰れよ」「私の家、解約してるから」「……」「逃げられない状況にしないと覚悟も出来ない、そう思ったから」「いやいや、それならホテルにでも泊まれよ。金はあるだろ」「そうね。お金はそこそこ持ってるわ」「ならそうしろ。何で出会ったばかりの男の家に泊まるんだよ。その発想おかしいから」「おかしくなんか……ないって言ったら?」「いやいやいやいや、おかしい、おかしいから。あと、その小動物が餌をねだるような顔で俺を見るな。お前ずるいぞ」「だって……寂しいんだもん」「もん、じゃねえよ。寂しいってんならぬいぐるみでも買って抱いとけ。見ず知らずの男の家に泊まるだなんて、何考えてんだよお前。男なら誰でもいいのかよ」「そうだよ」 海が真顔で答えた。躊躇なく。  その言葉に大地の顔が強張った。「誰でもいい、そばにいて欲しいの。一人でいるのは……もう嫌だから。辛いから」 濡れた瞳を見せないよう、海がうつむく。その姿を見て、大地はようやく海の本当を見れたような気がした。  でも。「……大切なパートナーを失ったんだ。辛いし寂しいだろう」 レシートを手に立ち上がる。「でも、それとこれとは話が別だ。俺は海のパートナーじゃないし、保護者でも友達でもない。それに今日会ったばかりの女を泊めるほど、肝の据わった男でもない。悪いがその要求には応えられない」 大地がそう言うと海は涙を拭い、小さくうなずいた。「そうだよね……我儘言ってごめんなさい。今の言葉、忘れて」「ああ」  * * * 支払いを済ませ外に出ると、海は大地に頭を下げた。「ごちそうさまでした。それからその……飛び込むの、邪魔しちゃってごめんなさい」 海の態度に面食らった大地だったが、それを悟らせないよう努めて静かに答えた。「いや、その……それはお互い様だ。見方を変えれば、俺も海の邪魔をした訳だし。だからまあ、ごめんな、海」「うん……」「これからどうするんだ? この辺は分かるのか? ここまで付き合ったんだ、泊まる場所、一緒に探しても」「ありがとう。大地はほんと、優しいね」「いや、これぐらい
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005 ひとつの布団で
 2階建てのハイツの前で、タクシーが止まった。「降りるぞ」「うん……」 車内で二人は、外の景色を見つめ無言だった。  ルームミラーで二人を見ながら、運転手は「喧嘩中かな」そう思った。  タクシーから降りた大地は、階段で2階に上がり部屋の鍵を開けた。「入れよ」 大地の声に小さくうなずき、中に入る。部屋は10畳のワンルームだった。  最初に目についたのは、部屋の大半を占めているダブルのベッド。あとは衣服のケース、ラックとテレビ。整頓された小綺麗な部屋だった。「適当に座ってろ」 フローリングにクッションとテーブルを置き、大地はケトルの電源を入れた。「コーヒーと紅茶、どっちが好きだ?」「あ、うん……じゃあ紅茶で」「分かった。ティーバッグしかないけど我慢してくれ」 そう言って海にカップを渡し、ベッドに腰を下ろした。「……あったかい」「ちょうど茶葉を切らしててな、そんなんで悪い。てか、寒いのか? 暖房入れるか?」「ううん、そういう意味じゃなくてね。大地の気持ちがあったかくて、少しほっとしてるの」「……そうか」 照れくさそうにそうつぶやき、額を掻く。「それでどうだ? 少しは落ち着いたのか?」「うん……ありがとう」 そう言ったまま、海は口をつぐんでうつむいた。  室内に重い空気が広がる。大地は立ち上がり、風呂場に向かった。「……大地?」「今お湯をはるから、用意が出来たら入れ。今日はまあ……色々あった訳だし、お前も疲れただろ」「お風呂なら、先に大地が」「いいから先に入れ。あ、でもあれだぞ? 俺に気を使って湯船に入らない、なんてのはなしだからな。ちゃんと肩までつかって、しっかり体を暖めるんだ」 そう言って再びベッドに腰を下ろし、ゆっくりと背伸びした。「……色々あったって言うなら、大地もでしょ」「ん? ああそうだな。何しろ特急に飛び込もうとした時に腕をつかまれて、ここは私に譲れって見知らぬ女に詰め寄られて」「そうじゃなくて……それもなんだけど、そうじゃなくて……頬、大丈夫なの?」「ああこれな。殴られるのは慣れてるからな、大丈夫だ。心配すんな」「心配……するわよ! 何よあんた、さっきから大丈夫大丈夫ってばっか言って! グーで殴られて、その後引っぱたかれて……大丈夫な訳がないじゃない!」「まあ、慣れてるって言っても最近ご無沙
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006 また朝を迎えてしまった
 枕元の時計を見ると、朝の8時だった。  もう二度と、迎えることがないと思っていた朝。  ため息を吐き、頭を掻いた。「あいつは……」 隣で寝ていた海がいない。  もう出ていったのか? そう思い起き上がった大地の背後から、海の声がした。「おはよう」「……」 振り返ると、コーヒーカップを持った海が自分を覗き込んでいた。  笑顔で。「……おはよう。もう起きてたのか」 海からカップを受け取り、一口飲む。「……うまいな。コーヒー淹れるの、得意なのか?」「裕司〈ゆうじ〉が好きだったからね。結構練習した」「……そうか」「うん、そう」「よく眠れたか?」「うん。大地のおかげ」「何もしてないと思うけど」「一緒に寝てくれたじゃない」「間違ってはないんだけど……人が聞いたら誤解されそうだな」「困る?」「いや……どうでもいいよ」「裕司がいなくなって2か月。ずっと一人で過ごしてきたの。本当、寒くて寂しくて辛かった」「そうなのか? 俺はてっきり、昨日のように毎晩男を漁ってたんだと」「見境のない女みたいに言わないで。あんな風に声をかけたの、昨日が初めてだったんだから」「じゃあ、これまでずっと我慢してたのか」「そうだよ。死んで裕司の元に行くんだから、それまでは操を守るって決めてたの」「じゃあなんで、昨日はその誓いを破ったんだよ」「あれはその……仕方ないじゃない。死ぬ決意が揺らいじゃったんだから。これから決心がつくまで、また一人で寝なくちゃいけないんだって思ったら耐えられなくて」「まあどっちにしろ、死んでまでして会いたい男への操なんだ。守れてよかったな」「大地のおかげだけどね」「そうだな、だから感謝しろ。そして二度と、ああいうことはしないでくれ」「なんで大地、そんなに気遣ってくれるの?」「嫌なんだよ、そうやって自虐的に抱かれる女が。それって自傷行為みたいなもんじゃないか」「ふふっ」「なんでそこで笑う」「ごめんなさい。でも、ふふっ……大地、面白いなって思って」「芸人を目指してるつもりはないんだが」「そういう意味じゃなくて。どうせ死ぬ私のことなんか、放っておけばいいのに」「ただの他人なら、こんなこと思わないよ」「他人でしょ? 私たちお互い、名前と年齢しか知らないんだし」「それと、お互い死にたがってる馬鹿ってこととな」「違
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007 で? いつ死ぬつもりだ? 
  食事が済むと、大地は「ごちそうさん」そう言って片付け始めた。「いいよ、大地は座ってて。私がするから」「いや、海は飯を作ってくれたんだ。座ってていいよ」「でも」「ちょっとはくつろげよ。そんなに気を使うな」「……」 素っ気ない物言いだが、どこか温かい。そう感じ、海は照れくさそうにうなずいた。  * * *「それで? いつ死ぬつもりだ?」「……」 この男、本当にデリカシーがない。  さっき優しいと感じた気持ちを返せ。そう思った。「どうだろう……分かんない……」「分からないって、自分のことだろ? 裕司〈ゆうじ〉に会いたいんじゃないのか」「勿論会いたいよ。でも……あの場所に立つまでにだって、ものすごい勇気がいったんだから。あんな勇気、簡単に出来ないよ」「ちなみにその勇気とやらは、どうやって育てるんだ?」「分かんないよ……死のうとしたのなんて、初めてなんだから」「お前にとって、人生はそんなに嫌なものじゃなかった訳だ」「そういう大地はどうなのよ。本当は大地こそ、度胸なくなったんじゃないの?」 意地悪そうな笑みを浮かべ、海が問い返す。しかしすぐに、その問い自体が間違いだと後悔した。「俺は今すぐ死ねるぞ」 真顔でそう言った大地の目には、輝きが全くなかった。  人生に何の希望も見出してない、絶望の瞳だった。「大地あんた……もう目が死んでるわよ」「そうなのか? 自分では分からないけど、そう見えるのか」「自覚なし……なんだ……」 大きなため息をつき、海が呆れた眼差しを大地に向けた。「ため息をつくと、幸せが逃げるんじゃなかったのか?」「いちいち癇に障ることを言うのね、大地って」「悪い悪い、馬鹿にしてる訳じゃないんだ。気にしないでくれ」「全く……じゃあ何? 大地はこれから死ぬの?」
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008 清水青空
  大地の姉を前にして、海は無駄に緊張していた。  これっておかしくない? 別に私、大地と付き合ってる訳でもないんだから。  昨日出会ったばかりの他人、そのお姉さんってだけのこと。  緊張なんてしなくていい、普通にしろ、私。  そう自分に言い聞かせるが、興味津々な姉の視線に変な汗が止まらなかった。「ほら、コーヒー」 大地が姉にカップを渡す。そして海にも渡すと、そのまま姉の隣に座った。  おいおい大地! なんでそっちに座るんだよ!  二人して私の前に鎮座して。これじゃほんとに、私の品評会じゃないの!  海が心の中でそう叫んだ。  落ち着きなくコーヒーを飲み、姉に作り笑顔を向ける。「……」 そんな海を姉が凝視する。  最初は戸惑っているようだった。しかし今は、弟にふさわしい女かどうか見定めているように見えた。  空気が重い。大地、なんか喋りなさいよ、そう思った。 そして同時に。海は姉の容姿が気になっていた。  大地を抱きしめている時。姉が小柄な女性だということは分かった。頭ふたつ分、大地より小さい。  普通に見れば可愛い女性だ。しかし海は、その体型にも違和感を感じていた。  痩せている、と言えば聞こえがいい。だがそんな言葉で表現出来ないほど、姉は華奢な体型をしていた。病的と言っていいぐらいだ。  そしてもうひとつ。  彼女の右目は眼帯で覆われていた。「気になる?」 視線に気付かれた、しまったと思った。しかしもう遅かった。  海が神妙な面持ちで頭を下げる。「す、すいません、その……じろじろ見ちゃって」「あはははっ、素直でよろしい。まあでも気になるよね、こういうのって」 そう言って姉が眼帯に触れた。そして次の瞬間、肩を震わせてうつむいた。「え……え? え?」 突然のことに海が動揺する。「うずく……うずくんだよ、この目が……」「だ、大丈夫なんですか」「
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009 言霊貯金
 「それで大地。今日のこと、忘れてないよね」 青空〈そら〉の言葉に、大地が一瞬固まった。  カレンダーの赤丸を見て、「そうだった……」そうつぶやいた。「やっぱりか。迎えにきてよかったよ」「悪い。色々あってすっかり忘れてた」「今日は結構な人数だからね、人手はいくらあっても足りないんだよ」「何時からだっけ」「14時から。だから慌てなくていいよ」 大地と青空〈そら〉が当たり前のように話を進める。自分には関係ないことだ、そう思った海が、カップを洗おうと立ち上がった。  その時青空〈そら〉が、不自然に声を上げた。「そうだ! 人手ならここにもいたんだった! ねえ海ちゃん、暇だったらなんだけど、手伝ってくれないかな」「手伝いですか?」「うん。さっきも言った通り、今日はちょっと忙しくなりそうなんだ」「お世話になってますし、私なんかでも手伝えるのでしたら」「よーし! 人員一名ゲット!」「おいおい青空姉〈そらねえ〉、強引に進めるなよ」「いいじゃんいいじゃん。これもお互いを知るいい機会でしょ? あ、そうだ大地。煙草きらしてるんだ。買ってきてくれない?」「本数、守ってるよな」「大丈夫だって。ちゃんと守ってるよ」「分かった。じゃあちょっと買ってくる。海は大丈夫か?」 大地がそう聞くと、海は笑顔でうなずいた。「子供じゃないんだから。大丈夫だよ」「ちょっとちょっと。私と二人にするのが危険みたいじゃない」「みたいじゃなくて、危険だからだよ。いいか海、変なこと聞かれたら無理に答えなくていいからな。すぐ帰ってくるから耐えるんだぞ」「いいからさっさと買ってこいって。このままだとお姉ちゃん、ニコチン切れで倒れちゃう」「分かった分かった。じゃあ行ってくるな」  * * *「さてさて……ほんと、厄介事に愛されてるよね、あいつ」 青空〈
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010 とまりぎ
 「ここだよ」 大地の家から歩いて15分。青空〈そら〉がそう言って建物を指差した。「あの……青空〈そら〉さん? 私が手伝うところって、喫茶店ですよね」「そうだよ。ここが喫茶店」「……」 どう見ても保育園だ。そう海が思った。  門をくぐると、車が何台か止められる舗装された運動場があり、その奥に3階建ての建物がそびえていた。「廃園になった保育園を改装して作ったんだ」 海の疑問に答えるように、大地がそう言って伸びをした。「保育園を改装……」「ああ。変わってるだろ? オーナーも変わった人だぞ」 青空〈そら〉に続いて二人が建物に入っていく。すると奥の厨房で、慌ただしく動く男の姿が目に入った。「浩正〈ひろまさ〉くーん、連れてきたよー」 青空〈そら〉が声を上げると、男は笑顔で手を上げ、三人に近付いてきた。「おかえりなさい、青空〈そら〉さん。大地くんも、休みなのにありがとうございます」「お疲れ様です浩正さん。今日は何名の予定ですか」「10名様の予定です。名簿、そこに貼ってますので」「ええっと、これか……なるほど。外は3名ですね」 そう言うと、大地は店内にあるテーブルを抱えて外に運び出した。「大地くん、そちらは任せていいですか」「大丈夫です。全部やっときますから」「ありがとうございます」 そう言って浩正と呼ばれた男が帽子を脱ぎ、海に視線を向けた。「それで青空〈そら〉さん、こちらの方は」「この子は星川海ちゃん。訳あって昨日から大地のところに住んでるらしいの。折角だから連れてきちゃった」「相変わらずですね、青空〈そら〉さんは」 浩正が穏やかに微笑む。「海ちゃん、この人がここ、喫茶『とまりぎ』のオーナー、音羽浩正〈おとわ・ひろまさ〉くん。私みたいに浩正くんって呼んでいいからね」「は、はい……」「はははっ、青空
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