極めて甘い愛〜若頭を拾ったら溺愛されて困ってます〜

極めて甘い愛〜若頭を拾ったら溺愛されて困ってます〜

last updateTerakhir Diperbarui : 2026-05-19
Oleh:  玄糸雨楽Ongoing
Bahasa: Japanese
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雨の中、子猫みたいにすがる目をした男の人を拾った。 その男の人は昔、仲が良かった同級生だった。 でも、以前と全く違うのは⋯⋯ 今の彼が極道の若頭だということ この再会を運命と呼ぶにはあまりにも、壊れてしまいそうで歪だ。 ーー危険すぎる恋なのに、ずぶずぶと溺れてしまう。だから、怖いのーー

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Bab 1

突然の再会は雨の中だった 1

ーー桜みたいな儚い非日常が、私の退屈な日々にはらはらとおちてくる。それは狂いはじめる運命の螺旋かーー

4月上旬だというのに、外はなんて肌寒いのだろう。

今朝に見た天気予報で今日は1日中雨で冷えると言っていたから、服装はどうしようかと迷った。

自宅から少し離れたスーパーに出かけるだけなのに、なんでおしゃれをするのか。だって身なりから明るくいかないと、なんだか気分が乗らない。休みの時くらいは私服で自分らしさを出していかないとね。

 

結局は季節と肌寒い温度感に合わせた。少しあったかめの、それでも春らしい淡い白のプルオーバーパーカーに決めた。

ボトムスは雨粒みたいな白いドット模様が可愛い、ブラックのロングスカート。

部屋にある全身鏡で見てみれば、我ながらセンスいいなと得意げになって笑みが零れた。

今日は土曜で週末セールをやってたし少し安くなるから、ちょうどよかった。

買ったものは歯磨き粉とティッシュ。

特に変わったものではなくただの日用品。 

私は必要なものが少しでも足りなくなると不安になる。無くなってからじゃ駄目。

安心感も一緒に買ってるような感じだ。 

少しでも気が楽になればいいと思いつつも、いつも『何か』足りない。

その足りないはどうしたら完全に満たされるのかは、分からない。

でも不足しないように私にはどうしても予備が要る。完全じゃなくてもいい。無いより少しでもあれば、マシな気持ちにはなれるから。

レシートだって捨てずにとっておくくらいだし。

石橋を叩いて渡るくらいの性格だから、ストックが少なくなってるのに気づいて買いに行ったわけで。

今は帰るところ。

私は透明なビニール傘をさして歩いていた。

自宅にはまだちょっと時間がかかる。小学校の通学路でもある幅のきいた道を通り、途中歩きながらふと見上げた。満開に咲いてから少し経った桜。桜の木は雨風にあおられたのか、まるで桃色のため息をはいてるみたいに花を散らしていた。枝からは少しばかり緑がちらついてた。

ついこないだまで咲き誇っていたはずのに、たやすく散ってしまうのがあまりにも綺麗で、ひたすらに切なさがこみ上げてきた。

家の近くのこの学校は母校ではないけど、それでも小学生の頃をぼんやりと思い出す。

いい思い出ばかりではなかった。

でもまあそれなりに楽しかったかも。

⋯⋯あの出来事さえ、なければ。

ーー昔の記憶が蘇る。まるでマグカップの底に溜まった溶けきらないコーヒーみたいな、苦い痛みを伴って。もう2度と味わいたくなかったのに。

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突然の再会は雨の中だった 1
ーー桜みたいな儚い非日常が、私の退屈な日々にはらはらとおちてくる。それは狂いはじめる運命の螺旋かーー4月上旬だというのに、外はなんて肌寒いのだろう。今朝に見た天気予報で今日は1日中雨で冷えると言っていたから、服装はどうしようかと迷った。自宅から少し離れたスーパーに出かけるだけなのに、なんでおしゃれをするのか。だって身なりから明るくいかないと、なんだか気分が乗らない。休みの時くらいは私服で自分らしさを出していかないとね。  結局は季節と肌寒い温度感に合わせた。少しあったかめの、それでも春らしい淡い白のプルオーバーパーカーに決めた。ボトムスは雨粒みたいな白いドット模様が可愛い、ブラックのロングスカート。部屋にある全身鏡で見てみれば、我ながらセンスいいなと得意げになって笑みが零れた。今日は土曜で週末セールをやってたし少し安くなるから、ちょうどよかった。買ったものは歯磨き粉とティッシュ。 特に変わったものではなくただの日用品。 私は必要なものが少しでも足りなくなると不安になる。無くなってからじゃ駄目。 安心感も一緒に買ってるような感じだ。 少しでも気が楽になればいいと思いつつも、いつも『何か』足りない。その足りないはどうしたら完全に満たされるのかは、分からない。でも不足しないように私にはどうしても予備が要る。完全じゃなくてもいい。無いより少しでもあれば、マシな気持ちにはなれるから。レシートだって捨てずにとっておくくらいだし。石橋を叩いて渡るくらいの性格だから、ストックが少なくなってるのに気づいて買いに行ったわけで。今は帰るところ。 私は透明なビニール傘をさして歩いていた。自宅にはまだちょっと時間がかかる。小学校の通学路でもある幅のきいた道を通り、途中歩きながらふと見上げた。満開に咲いてから少し経った桜。桜の木は雨風にあおられたのか、まるで桃色のため息をはいてるみたいに花を散らしていた。枝からは少しばかり緑がちらついてた。ついこないだまで咲き誇っていたはずのに、たやすく散ってしまうのがあまりにも綺麗で、ひたすらに切なさがこみ上げてきた。家の近くのこの学校は母校ではないけど、それでも小学生の頃をぼんやりと思い出す。 いい思い出ばかりではなかった。 でもまあそれなりに楽しかったかも。⋯⋯あの出来事さえ、なければ。ーー昔の記憶
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突然の再会は雨の中だった 2
ばしゃんと微かに音がした。水たまりを踏んでしまっていた。お気に入りの白いスニーカーが汚れないよう気をつけていたはずなのに。ああ、もう!昔なんか思い出すから⋯⋯踏んだ水たまりを見ようと少し後ろに下がってふと目線を落とした。散った桜がゆるりと浮かんでいる。季節ってゆっくり動いてるようにみえて、早足で過ぎていくものなのかな。水溜まりの桜を見つめて思った。 ·····なんだか気分が落ち込んできた。雨は嫌だな。 はあ、と長い息をもらしてしまう。そのあとに大きく息を吸うと、なんともいえない空気を鼻に感じた。濡れたアスファルトの湿っぽい臭いと、春の芽吹きが感じられる青々とした香りが混じってる。それは胸の奥にゆるく絡んでは、つっかえた。どうにか気を紛らわそう。そう思い、しとしとと雨が傘に当たる音に耳を澄ませた。 なんだか雫たちが楽しそうに歌っているみたい。その雨音に合わせてリズムよく歩いてみたら、暗い気持ちがほんの少し和らいだ。そうしてるうちに気がつくともうすぐ、自宅にたどり着くところ。家の近くのごみ捨て場を通り過ぎようとして、立ちどまった。一瞬、刺激臭と違う上品な香りがした。ごみが置かれているであろう方向を向くと、違和感の正体がそこにはあった。今日は確か燃えるごみの日。 まだ回収されていないごみ袋が沢山積まれ網がかかっていた。その上に、ぽつりと何か居る。一瞬、大きなカラスかと勘違いしてしまった。私は驚きすぎて2度見ならぬ3度見をして、はっとした。だって⋯⋯ーー男の人が、雨に打たれて捨てられてるみたいだったからーーえ⋯⋯な、何!?なんでこんなところに⋯⋯?意識はあるの? 寝てるだけならまだしも、もしかして死んでたり⋯⋯咄嗟に声をかけた。「あのっ、大丈夫ですか!?」男の人は口を開かないままゆっくりと起き上がり、私をじっと見ている。グレーのスーツと黒のワイシャツは雨がたっぷりと染み込んでいて、ずぶ濡れのようだ。今にも雨のせいで、消えてしまいそうな男の人の儚さが私の胸に刺さって、やけに痛い。 なんだかさっき見た、水たまりに漂う散った桜みたいな切ない雰囲気。 雨がひどく似合うといわんばかりで、それに·····ーーあまりにも綺麗な顔立ちをしているから、つい見惚れてしまったーーけれど、じっと見てる場合じゃない。 危ないか
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突然の再会は雨の中だった 3
一瞬、ためらいがあったけど私は息をゆっくりはいた後、声をかけた。「うち、すぐ近くなんです。だから少しだけでも休んでいきませんか⋯⋯」男の人はそっと静かに頷いた。よくよく考えたら、知らない人を1人暮らしの女のアパートに連れてくなんて危ないかもしれない。けど風邪引いたら心配だし、何よりそのままにしておけない。放っておくだなんて後味悪いもの。まあ、人助けということで⋯⋯いい、よね。 家までどうにか連れていき、なるべくふわふわのバスタオルを探して見つけた。 手渡そうとしたけど、男の人は玄関でただ立ち尽くしていて、全く手も動かない。どうしたものか。今気づいたけど服装によく注目してみたらボタンが外れかけていたり、なくなってる部分があってスーツがボロボロだった。だけどそんな見た目なのに、甘くてスッキリとした香りがする。きっと香水だ。 まるで真夏に喉が渇いた瞬間、1滴も残さずに貪りたくなるくらいの爽やかな柑橘のよう。そんな魅惑的な香りを纏《まと》った彼が一言呟いた。薄い唇から放たれた、ほんの微かな声だった。 「⋯⋯ごめんなさい」 ⋯⋯えっと?何がだろう。ごめんなさいと言われても心当たりがないから、困る。ああーーきっと私に迷惑かけたと思ってるのかな。「別に迷惑だとか考えないでください。私が勝手にしたことですし。だから謝らなくてもだいじょう⋯⋯ぶ?」正直、連れてきて良かったのかと不安で。 でも、どうにか私は笑顔をつくり声をかけた。すると彼は急に崩れ落ちた。もしかして、具合が悪くなったのかな。 すぐに自分も屈《かが》んで気にかける。顔を覗き込むと、口の端が切れていて凄く痛そうだし、頬に少し泥が付いてる。 「本当は会っちゃいけなかったのに。ごめんなさい。だって、だって⋯⋯」私は胸が痛くなった。だって今にも泣きだしそうな悲しげな目で、そんなことを言うんだもの。突然のセリフにどうしていいか全く分からず、返す言葉が見つからない。でもさっき出会った知らない人。 話を聞いていいのか、迷う。せめて、なるべく優しくタオルで拭いてあげよう。男の人の髪がしっとりと濡れている。 ウェーブがゆるくかかっている黒髪にタオル越しに触れようとした瞬間、私の手を掴んできた。彼の手は氷のよう。乾かそうとすれば、いとも簡単に溶けてしまうんじゃないかってくらい冷たい。
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突然の再会は雨の中だった 4
「どうして、私の名前⋯⋯」謎の多い怪しさ満点の人が触れてきた。それに私の名前を知ってるのも不可解だ。反射的に手を引っ込めようとしたけど、彼の手は私のひ弱な力を抑える。全く自由がきかない。私は身の危険を感じた。男の人の手の温度が身体にじんわりと伝わっていくのがやけに現実味があって、心が微かに震える。彼を連れてきた私を非現実へと連れていくことなく、その場にしっかりと縫いとめていた。「少しの間でいい。僕に触れていて」何かされるのかと思ったら、違った。少しの間だけ。終わったらすぐに手を離してくれるはず。でも何分間、そのままでいただろう。私の体温をゆっくりと確かめるみたいに、ただじっと動かずにいる。でも心なしか震えているような·····?彼がありがとう。もう大丈夫と言って手を離すまで長かった。なんだか果てのない1秒をふらふらと彷徨っているようだった。距離があまりにも近くて気まずい。何も会話が思いつかなくて私は黙っていた。男の人も沈黙していた。明かりがぼんやりとした玄関。しんとした空気感の中で、私の頭の中は分からないことだけが巡っていた。 何から聞いたら、混乱した頭がすっきりと落ち着くのか考えていた。私の心臓の音はうるさかった。自分でそれが分かる。もしかしたら、男の人にも伝わってしまうかもってくらいだ。私は答えを探し求めるように、男の人を見つめた。彼の目は、はっきりと私を捉えてるように見えた。 その視線は先ほどの悲しさが残りながらも、それだけじゃない真剣さーーそれは私をぞくりとさせては、鋭さで貫かれるみたいに痛みを胸に刺してくる。私の知らない強い何かが絶対にある。「花ちゃん。僕が誰だか、知りたい?」知りたいも何も、知らなければならない。助けてしまった以上、何も聞かないまま帰すわけには、どうにも納得出来ないし。「あなた、名前は」男の人は首を傾けながら名前、ね。と言った。 「その辺の野良猫みたいに名前なんて⋯⋯ないんだ」「えっ」思わず戸惑い、声を上げてしまった。 名前がない人間なんて居るわけないのに。⋯⋯変な人。私が困惑したのに気づいたのか、冗談だよと彼はクスクスと笑った。もしかして、私をからかってたのか。でも、その笑みに覚えがあった。 いかにも楽しそうな感じでいたずらっ子みたいな。それでいて、どことなく優しさもある。その
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突然の再会は雨の中だった 5
「ずっと⋯⋯あの時のこと謝りたかったんだ。イジメられてた僕を助けてくれたのに、僕が⋯⋯弱いから、花ちゃんを守れなかった。ごめんなさい」伏し目がちに、震えた声で謝ってきた。あの時のことはセツ君が悪いわけじゃない。私が助けたのだって、まちがいじゃない。いじめてきた人たちが悪いんだから。「ううん。いいの。だって私もセツ君も悪くないもん。悪いのはイジメてきたやつら。だから、もう気にしないで。大丈夫だから⋯⋯ね?」「気にしないって⋯⋯花ちゃんはやっぱり優しいなあ。僕が君を探していたのはずっと謝りたかったからなんだ。まあ他にも理由があるんだけど」「他にも?」「大人になってから、花ちゃんに会いたくてたまらなかったんだ⋯⋯でも、僕はもう昔とは違うから、会おうにもためらいがあって」ーー会いたくてたまらなかった?それって、告白みたいに聞こえるんだけど。⋯⋯気のせい、かな。 いや、それよりも気になることが。 僕はもう昔とは違うって?確かに小学校の頃よりずーっとかっこよくなったよ、セツ君。でも、きっとそういう意味じゃないよね。「昔とは違うって、何が?」「ん。ひ・み・つ」にかっと笑ったセツ君。 昔もそんな笑い方してたことあったけど、今のセツ君はなんだかミステリアスさも相まってなんだか色っぽい。 だから、思わずドキッとしちゃった。でも、微かな違和感をどうにも見逃せなかった。うまい具合に誤魔化された。 何を隠してるのかな、何かまでは分からないけど。   だからこそ、聞かずにはいられなかった。「ねえ、どうしてゴミ捨て場なんかに居たの」少し間が空き、どうしてって?それはね⋯⋯とセツ君が笑った。「花ちゃんに、拾ってもらいたかったからかも、ね」またからかわれた。「え?冗談、やめてよ」セツ君は表情を変えず、半分は本当だよと言った。たった半分だけ、本当なの。⋯⋯もう半分は? ねえ、この気持ちは⋯⋯なに。心に鳴り響いては、止まらないこのざわめきは。だからこそ、ちゃんと聞きたいと思った。「私、コーヒーか何か淹《い》れてくるよ。もっと詳しく話聞きたいから。ちょっと待ってて、はい」私は再びタオルを手渡す。「ちゃんと乾かしてね、セツ君」ありがとうとセツ君は軽く頷きながら、受けとった。 ゆっくりしてくれるのかとてっきり思った。 でも少し
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密かに甘噛み 1
孤独に震えている子猫を拾うみたいなそんな再会だった。雨の中、行く宛てがなく流れ着いたかのように、ゴミ捨て場に存在していたセツ君。 雫たちが染み込んだアスファルトみたいに、冷たさを身体にまとわせては、ぽつりと存在していた。私は何者か知らないまま、助けた。 どうしても放っておけなかったから、家に連れてきたけど、まさかセツ君だったなんて。すっかり大人になった彼はかっこよくなってた。でも、秘密だらけのセツ君は帰ってしまった。 謎が残りながらも、また会う約束をした。2週間以上たった日曜日に、セツ君は私の家を訪ねて来た。もう会えないかと思っていたから、少しほっとする。玄関のドアを開けた時、外はどんよりと曇り空だった。春の匂いが家に入ってくるような微風が吹いていた。その風がセツ君の香水の匂いを私へと運んでいく。匂いはセツ君のものだと簡単に分かるほど、鮮やかに香っていた。一瞬、セツ君が持ってる花束から放たれているのかと思ったけど、違ったみたい。 セツ君はお礼の言葉を添えながら、傘を返してくれた。私は傘を玄関に置いてある傘立てにしまった。するとセツ君は更に、プレゼントだと言って花束を私に差し出した。え?と一瞬にして、私の中の時が止まる。固まってる私に、セツ君は跪《ひざまず》き優雅さ全開で渡してきたので、その雰囲気に流されるまま受けとった。戸惑いつつもとりあえず、上がってってよと迎えると、セツ君はお邪魔しますと言いながら丁寧に靴を揃えて家に上がった。セツ君が来ただけで、私の部屋の温度は2人分のあたたかさになったように思える。 全く人を自分の家に呼ばないものだから、それはなんとも不思議な空気感だった。セツ君をリビングのソファに座わらせて、自分は向かいに座布団でいいやと正座しようとしたらーーセツ君が隣に何で来ないのと聞いてきた。「隣、おいでよ」「い、いいよ。私はここで」「帰っちゃおうかな。じゃあ、今日はこの辺で」「えっ!?」と思わず声が出た。「僕に帰ってほしくないよね、だからお願い。隣に来てよ」ーーそんなんズルいよ、セツ君ってば。 そんな風に言われたら断れなくなっちゃう。すぐに帰ってしまったら、また話を聞けない。 仕方ないなと恐る恐る隣に座った。セツ君がそっと私の傍に身体を寄せた。どうしよう⋯⋯いくらなんでも距離が近すぎるって。
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密かに甘噛み 2
でも私は小学校の頃、セツ君が好きだった。今はもう違うけど、心のなかで綺麗に飾れるような素敵な思い出。セツ君は凄く優しい。 それは今も変わらない。ーー変わらないのに。 あのおとなしかったセツ君と、なんだか違う。今日も高そうな黒いスーツと黒のワイシャツを着てる。香水も大人な香りを醸《かも》し出してて、薔薇の花束だってプレゼントで持ってくる。花束で思い出したけど昔、クローバーと一緒に咲いてる白い花をセツ君が摘んできて、プレゼントしてくれたっけ。そう、昔のセツ君はもっと素朴な感じだった。でも、今はその素朴さを全く感じない。昔のセツ君はどこに居るのかな。 寂しさで心が震えてしまう。薔薇なんてセツ君らしくないよ。そう思うと尚更もらいづらい。セツ君に「やっぱり薔薇は受け取れないや、ごめんね」と謝った。でも、しゅんとした顔をして「どうしても⋯⋯駄目?」と呟く。⋯⋯そんな顔されたら断れなくなるじゃん。もうどうしようもなくなって、申し訳なくもらうことにした。正直このプレゼントちょっと⋯⋯重い、かも。 私には薔薇なんて絶対似合わない。それにもう充分すぎるのにーープレゼントだって、セツ君はスーツの内側のポケットから細長いケースを取り出した。中身はホワイトゴールドの細いチェーンに大きめのダイヤモンドが1粒ついたシンプルなデザインのネックレス。この透明な煌めきはきっと、セツ君の真っ直ぐな気持ちなのかな。 もしかして、セツ君にとって私は特別な存在?だって友達として仲良くしたい人に、こんな高価な物を送るわけない。流石にこれはちょっと⋯⋯と断ると、セツ君は花ちゃんがいらないなら捨てるしかないからとはっきり言ってきた。「捨てるなんて、もったいないことしないで」 「花ちゃんが受け取ってくれないなら、無意味だ」 真っ直ぐすぎる眼差しに、本気だと分かってしまう。 セツ君があまりにも迷いなく言うものだから。 私はネックレスを受け取ることにした。つけてほしいと言われて自分でやろうとしたら、「僕がやるから」とセツ君がそっと手伝ってくれた。 私、ここまでしてもらって大丈夫なんだろうか?天罰がくだったりしないかな。だって私、こんなにも 甘やかされてる。いつか、誰かに私の人生をめちゃくちゃにされたりとか。そう、セツ君を好きな誰かに私は背中を刺
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密かに甘噛み 3
そういや、高価なものを平気で人にプレゼントするセツ君は一体何の仕事をしているのか気になる。それとなく聞いてみても、セツ君は笑ってちゃんと答えない。「お金の心配は大丈夫」と話を微妙にずらす。会社の社長なのと尋ねたら、違うよと返された。「でもまあ、責任が重い立場ではあるんだ」と曖昧な言葉で濁された。いや、社長じゃないのに、どうしたらこんな高価なものをあっさりと渡せるの。 私が心配だと言ったら「ん、大丈夫だってば。花ちゃんといる時は仕事のことを忘れたいから、この話は終わりね」と上手い具合にさらりとかわしてきた。セツ君って隠しごとばっかりだね。昔だったら私たちの間に隠すことなんて、別になかったのに。むしろ周りには内緒でもセツ君にだけは言えた。でも、よくよく思い出せば私だけがセツ君に内緒の話を打ち明けてた。彼はいつも聞く側だったっけ。私は笑いながら隠してるセツ君の心の奥が知りたい。真実がどんなものかは分からない。だからこそ、ちゃんと教えてほしい。なのに、聞けないなんて。少しでも核心に迫ろうとしたら、必ずかわされる。「どうして私にはなにも教えてくれないの」「んー?だって⋯⋯ね」やっぱり怪しい。そう思いながらセツ君を見つめると、照れちゃうななんて笑って目線を逸らしてる。視線でさえも、そうやってかわすんだね。ーーねえ、どうしたら昔みたいに心を開いてくれるの。興味本位で聞きたいんじゃないのに。セツ君が心配なんだよーー私の胸に疑いという棘が刺さった。 じくじくとしたと痛みが広がる。セツ君にとって私はーーいったいどういう存在なのだろうか? 何でも打ち明けられる仲のいい同級生で居たいのに。 この微妙な壁を壊したいけど、正解が見つからないからどうしようもなく、再びセツ君をじっと見るしかない。「花ちゃん、そんなに見ないで。可愛いすぎる」可愛いって⋯⋯セツ君には私がどう映ってるんだろう。きっと、愛らしくて素敵な大人の女性として美化されてるかもしれない。実際の私は、そうじゃない。私はいたって普通のOLで、普段は忙しく仕事をしてる。容姿だって、メイクしたって冴えない顔だし。体型も、モデルみたいにすらっとしてない。   それなのに、カッコいい男性に特別扱いされてしまう私。⋯⋯どう考えたって普通じゃない。今のセツ君をどうも好きになれな
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密かに甘噛み 4
仮に好きになるとしても、今のセツ君をあまりにも知らなさ過ぎる。 ⋯⋯子供の頃の彼の方が好きだった。どんなに時が経っても、セツ君は何ひとつ変わらないでいてほしかった。過去の愛しさから、私は抜け出せず、今という時間においてけぼりにされているよう。私は、大人になってもなんにも変わってないのに。今のセツ君は完璧なはずのに、昔あった大切な『なにか』は欠けてしまったんだ。それは、彼の1番の魅力であった純粋さかもしれない。そういえば小学校の頃を思い出してみると、セツ君は家族の話だけはしてくれなかった。家族は怖いから嫌だって、それだけ。それ以上は聞けなかった。今、セツ君が抱えてるのは家のことなのかな? 「ねえ、セツ君」「ん。なあに、花ちゃん」「なにか悩んでるんだ?もしかして、お家のことかな」「それは⋯⋯」セツ君の顔から笑顔が消え、真剣な顔になった。「昔の弱いままじゃ、大切な人をきっと守れないから。あの時みたいに臆病じゃ、駄目だったんだよ。だから、僕は⋯⋯」僕は強くなったんだ、だから大丈夫。セツ君の言葉は私にじゃなく、まるで自分に大丈夫だと言い聞かせてるみたいに思えた。なのに表情はどことなく不安げで、見てるこっちまで心がざわめいてしまうくらい。だって表情はどことなく不安げで、見てるこっちまで心がざわめいてしまうくらい。「私、昔のセツ君が好きだったな」口をついた言葉を自分で感じた瞬間、自分はやっぱり今のセツ君を好きになれないって分かって、心が凍てついた。セツ君の表情がゆっくり変わるのを、ただ見つめてた。目の奥の光がすうっとなくなってるみたいに、底のしれない暗さをまとい始めたように感じた。「昔なんて、もう⋯⋯過ぎたことなのに」いつもよりか甘さのない声でセツ君は呟いた。私は余計だったかも、ごめんって言わなきゃと声をあげようとした。でも、言葉につまる。彼の表情をずっと見ていられなくて、部屋の窓に視線をそらした。   空は重たい鉛《なまり》色が垂れ流されている。また、雨だなんて。つーっと雫が窓を濡らしているのをじっと見つめてるしかない。濡れた窓のせいで自分が泣いているみたいに思えてきた。私の知っているセツ君がどこにも見当たらない。頼りなくても、臆病でも、ひたすら優しかった昔の彼の方がずっといい。 あの頃の彼はまるで死んだみたい
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密かに甘噛み 5
「これが僕の秘密、だよ」え、背中?ーー何でと目線を向けるとセツ君の背中には⋯⋯桜と龍がこれでもかと舞っている、鮮やかな入れ墨が刻まれていた。龍がまるでこちらを睨みつけてるみたい。桜は美しい花吹雪として散っていて、それがかえって龍の迫力を引き立たせていた。私は、セツ君がたまらなく怖くなった。心臓が激しく痛いくらいにバクバクしてる。まさか、本当にヤクザだなんて。優しいセツ君が、どうしてなの。信じられない、信じたくない。 でも、あの入れ墨どう見たって本物だよ、ね。 「何気に人に見せないからさ、こういうの。びっくりしたでしょ」ワイシャツを着なおしたセツ君は、まるでなんでもないよ、みたいな態度。 やけに落ち着いた口調で、微笑んでいる。びっくりも何も、一体どういうことなのセツ君⋯⋯!?ーー嫌だ。セツ君が、ヤクザだなんて。    「ごめんね、黙ってて。怖いよね」口調があまりにも優しいから、私は混乱してしまう。「い、いや⋯⋯」 「こんな僕から、逃げないでね。もし、逃げたら」 逃げたら、どうするの。まさか⋯⋯私に酷いことするとか?そんなん、セツ君がするはずない。ゆっくりと近づいてきて、手首を掴んできた彼に、思わず声をあげてしまった。「なーんてね。花ちゃんを傷つけたりしないよ。逃げられないように、今から捕まえてあげる」セツ君の顔が近づいてきて、恐怖のあまり目をつむってしまった。唇に柔らかい感触がして、キスをされたのだと分かった。  「僕は、花ちゃんの普通の日常を壊してしまうよ。僕を心底好きになる運命にしてあげる」 今までに見たことのない表情をしたセツ君。 本当に私を捕らえるような、妖しい微笑み。 なんだか、獲物を求めるケダモノみたいで。 いつもの優しさなんてほんの少しですらもない顔だった。再びキスをされそうになり、拒むと私の頭を引き寄せて、舌を入れてきた。嫌なはずなのに、身体が反応してしまう。拒むと尚更深いキスになっていく。 熱が下腹部に集まるような、きゅっとした甘たるい痛みを感じてしまう。ざらりとした舌が絡んでくるのが、気持ちよくて頭がぼんやりとしてくる。 でも、受け入れちゃ駄目。危ない人なんだから。分かっているはずなのに。セツ君の優しさに、甘いぬくもりに抗えば抗うほど堕ちていくみたいで、たまらなく怖い。
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